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エンフィールド幻想譚 影人:第3話
正行


エンフィールド幻想譚
影人:第3話





エンフィールドから遥か西の彼方。
そこの山間に小さな村があった。今、その村は実に何年ぶりかの賑わいを見せていた。
それは一つの事件。

猟奇殺人事件。

ある民家の家族、老人、夫婦、子ども。計7名。内4名が家で、2名が離れた山の中で
死体として発見された。
何より山での死体、いや、正確にいうなら発見されたのは服と貴金属、僅かな血、そして
頭部だけだった。
その周りは正に『食い散らかした』かのようなモノが乱雑に残っていた。

唯一の生き残りである男性のその瞳にはなにも光が映っていない。
男のかつての姿はなく、今や口をもごもごと動かすだけで言葉も喋れない状態。
一体何があったのか。一人の人間を壊したその事件は今だ未解決だ。
やがてしばらくして、言葉にならないうわ言を毎夜毎夜続けたかと思いきや、唐突に
その男は夢から覚めた。
空全体が雲に覆われた夜。それは事件の日と同じ夜。
ふらりと外へおぼつかない足を引きずりながら。
溶けた刻の続きが男を襲う。
最後に、人としての光を取り戻した一瞬の言葉。
「あれ、は………人間、じゃ…な……い………………」
それだけを残して、そよ吹く草むらでもう二度と男は動く事はなかった。










―――の解放まで後6日










ひんやりした空気が肌をさらう。
今は明け六ツ(AM6:00)前だろうか。
空も青みがかかって徐々に白みがかっていく。このグラデーションの刻一刻と移り変わっ
てゆく様がまた見てて飽きない・・・・・・・のだが、
「ね〜雅信さぁん」
彼女はそれほどでもないようだ。
「ん?」
眠たそうな少女、セラが目をこすりながら数歩後ろから憑いて、もとい付いて来ている。
今日はブラウスに薄緑のケープ、スカート、髪はリボンで一本の三つ編みにしている。
「眠たいのならまだ家で寝てて良かったんだぞ」
「おじいちゃんも雅信さんももうとっくに起きてるじゃない。あたしだけ眠ってるのは
 ちょっと…」
あはは、とちょっとばつが悪そうな顔で笑う。
「それに今日こそは雅信さんの朝の散歩に付いて行きたかったの……!」
やはり眠いのだろう。体には気合が入ってるようだが言葉に力がない。
「ふぁ…」
いつもよりちょっと開いてない目で伸びをする。
そんなセラを見ていると口元が少しほころんぶ。
雅信はローズレイクの側まで下りて行き、手招きした。
チャプ、と両手で水をすくいながら、
「ほら、少し目を覚まさないか? 冷たいぞ」
「ん〜」
よてよてと来るセラの姿には昼の活動期の面影すらない。
「さて………」
太陽が徐々に顔を出していく。
雅信は目陰を差して太陽に向き合い、ゆっくりと深呼吸する。
二人を照らす朝一番の光は次々と地上に残る闇を払っていく。
広い湖の一角で小さな水音を立てるローズレイクは今日も澄んでいた。





「糞ッ、糞ッ、クソオオォォォオオォーーーーー!!
 あのクソ野郎……ざけやがってぇ!! 何様のつもりだ!!」
バカン!!
男が乱暴に振りぬいた腕は樹をへし折った。
重い振動が辺りを揺らし、葉が散乱する。
「……骨の回復はそれなりに良好のようだな」
樹の上から別の声がするも、姿は見えない。
「チッ! 忌々しいぜ……なんで待機なんだ! クソったれ!!」
「うっさいわねぇ。もっと静かにしなよ」
また新たな声。男の後ろにある大岩に腰掛けている女だ。
「あン?」
「だーいたいねー、あんた弱っちぃのよ。だーかーら、あんな魔弓使いなんかにやられ
 ちゃうのよん」
そして随分と、この場にそぐわない可愛らしい声が加わる。
声の主は大樹の枝に足を引っ掛けてぶらん、と逆さまになっていた。
「ケッ、テメエは真っ先にジジイにやられただろうが!」
「アハハ。言っとくけどー、あのおじいちゃん……あんたが殺り合ったヤツとは格が違
 うのよん」
「確かに……今でも信じられん。あれ程の強さ、全く……何も感じ取れなかったとはな」
「そもそも、この街はなによ? ふざけた氣が多すぎない?」
女が大岩でにちゃにちゃ、と何かを掻き回していたナイフを舌で舐めとる。
そしてこんどは『それ』にナイフを引っ掛け、一気に抜き出す。
「あ、成功」
血と管と贓物でまみれたその頭蓋骨をナイフに引っ掛けたまま軽くクルクル回す。
「でもこんな所にこんなのがいたなんてねぇ」
その女がヒマ潰しにいじっていた死体、それは聖獣とも呼ばれるユニコーンだった。
そんな女にも全く気にしないまま話は続く。
「その中でも……あれほど『何も感じとれない』者はいなかったな」
「まぁね。そりゃあ多少は敵に回すと『ヤバイ』って感じ取るのには自信あるさ」
この道の者では、相手がどれだけの腕を持つかを見極められる事は己の生死に関わる。
「それでも………唯一あの者だけは…何も反応できなかった」
「ま、言い訳するつもりはないけどねー。……あたしは生きてる。次、殺るときはこう
 はいかないわ」
「…………あれは、止めておいた方が……いい」
相変わらず姿の見えない男だが、葉から血が滴り落ちてくる。
「ちょっとー、こっちにかけないでよねー」
「このマゾ男が………!」
樹の上で、自分の体に傷をいれては興奮し、治しているであろう中年の男に侮蔑の意味
を込めて吐き出す。
「そもそもー、あんたら二人がかりで遅れをとったんだってねー? なっさけないのー。
 あんたはどーでもいいけどー、あたしらの隊に泥塗らないでよねー」
ヒュン!
「あ? なに? やる気ー?」
黒の覆面が外れて、どこか能天気な声にそぐわない不敵な顔が顕わになる。
「ピーチクパーチクさえずんな。………殺すぞ?」
「あんたに殺されるようじゃーあたしもおしまいねん」

瞬間―――――空間が悲鳴をあげて軋んだ。

「あーあ、だーから言ったのにー」
「………威勢がいいだけでは……」
「あんたさー、この中でいっちばん弱いんだから、分をわきまえてよねー。
 あーあ気持ちわるーい、お肌に変なのついちゃったよー」
相変わらずぶら下がったままぶつぶつと愚痴をこぼしながら体についた液体を嫌悪を露
に拭い取る。
「あ……く」
ヒューヒューと笛のような音をさせながら地べたに這いずる男。
「はっ……! クソガキが……テメエの男に散々に裏切られた挙句売り飛ばされたんだ
 ってなぁ……それで男に復讐か? ハン、ざまあ……ねえな」
「あー、よく知ってるねー。でもーそれは違うよー。あたしは嬉しかったのー。
 だから彼の望む至福の瞬間を彼の『全て』にしてあげたの」
クスクスクス、とまったく邪気で曇りのない笑顔になる。
それは聖女の微笑みであっただろう。彼女の言葉さえ聞かなければ。
「………この…………!」
全てをない交ぜにした混沌の微笑み。全てが玄(くろ)で塗りつぶされていながら、万
色を内包している少女。
そこで初めて、男は心臓を鷲づかみにされたような圧迫感を覚えた。
未知への恐怖……今までの誰よりも、少女が一番恐ろしかった。
「……クソ!」
「……どこへ行く?」
「俺の勝手だ……俺はあいつの飼い犬じゃねえ!」
「あんたは新入りだからねぇ……まだ、分かってないんだね」
憐れむような声を黙殺し、男は一人でその場を後にした。
男の向かう先―――――どこまでも続きそうな、太陽の光すら届かない奥深い森に背き、
男は薄く光の差し込む下へと消えた。
いつまでも耳に残る、さざめくような笑い声が後ろから付きまとっていた。





二人はのんびりと街を遊歩していく。
今日は動物コース。家で飼われている、野良であるに関係なく街にいる動物がいる場所を
主に巡っていく。
途中、同じく朝の散歩中である顔見知りとも挨拶し、セラはシベリアンハスキー(名前は
ピーニャちゃん)とセントバーナード犬(名前はラーニャちゃん)に遊ばれていた。
ぶんぶんぶんぶん!(尻尾の音)
ペロペロペロペロ。(舐める音)
「きゃんっ、や、わー」
二匹に迫られマウントポジションをとられつつあるセラを脇に雅信とその飼い主が談笑。
「楽しそうですねぇ」
「ええほんと。うちの子たちもあんなにはしゃいで。ちょっと妬けるわね」
ふふ、と笑うご婦人に雅信もつられて破顔する。
「ハッハッハッハッハ。…ウォン!!」
「ひーん! へるぷー」
お、寝技にもちこまれている。陥落したか。
「家ではあそこまで遊ぶ事はないんですか?」
「そうねぇ、あんまりないわね」
よほど懐かれたようである。
「あ、ちょ、そこ、だめ、はぅ……ふぁっ、〜っ!」
ふむ、といい加減雅信がセラを見やる。
「その子たちに迷惑がられない程度にな、セラ」
「よかったわねぇピーニャ、ラーニャ。たくさん遊んでもらって」
ぱたぱた。
「バウ♪」
のっしり。
「ウォン♪」
ずっしりぴったりぴくぴくぎゅー。
「こらぁ〜〜〜〜〜〜」



とまあ、いくつかの小イベントをこなしている内に大分外にも人の姿が見られてきた時
分になり、帰途へつく。
「ほらほら、雅信さんっ、早く早く!」
「まあそんな急がずとものんびりしていけばいいさ」
大分エンジンがかかってきたのか、随分と先を進んでいる。
ん?
「あ、あれってローラさんと…ライフさん?」
ローズレイクのほとりで斧を振り回しているライフとそれを少し離れた所から座って眺
めているローラの組み合わせだ。
「フッ……フッ…フッ…」
鍛錬中だ。
立ち止まったセラの横に着く。
「うわー、すごーい。はやーい」
「確かに」
あの斧とスピードから繰り出される斬撃はほとんどの防御を打ち砕く威力がある。
所詮衝撃は『質量×加速度』なのだから。ライフはあの重量でも軽々と斧を超高速で振る
う事ができる。
「あれ〜? 二人ともどうしたの?」
「おはよう、ローラ」
「おはよー!」
「あ、おはよう。ねえねえ雅信さん、デート? 仲がいいんだ〜」
「ローラさんっ!!」
「あ〜、セラちゃん、もしかして〜?」
「え、えと、ちっ違います」
「でも顔赤いしー」
「えっ!?」
自覚がなかったのか?
「それに、顔が笑ってるわよ」
ばっ、とすぐに顔に手をやる。
「へー、そっかそっかぁ。雅信さん果報者よね〜。あたしてっきり一生独身かと思って
 たのにー」
一人勝手に結論付けているローラ。何気にひどいが・・・正鵠を射る発言だ。
「…………」
これは参った、といった風にこっそり苦笑する。
「でも雅信さんもロリコンだったなんてねー」
何も言えない雅信にローラは止まらない。
もしも人の一生の内で何か情熱を向け続けられるモノを見つけ、それに全てを注ぎ込む
力、若しくはその力の矛先が見つからず内に秘めたままでいるのが若さというならば、
雅信は既にその力を出し尽くしている。いや、今のところは。
一方、雅信から見て目の前の少女、ローラは最近その対象ができつつあるようだ。
尤も、本人は現在「あたしの理想はもっと高いの!」と否定しているが。
とりあえず、セラの件に関して一つ、言っておこう。
「そうか、ローラはまだ知らないんだな」
この様子からして知らないのは間違いなさそうだ。
「え? なになに?」
「わーーわーーーわーーーー!!!」
さっきよりも真っ赤になってぶんぶんと手も振ってセラが割って入ってくる。
「雅信さんっっっ!!!」
本気で怒ったような顔をするが誰が見ても全く怖くない。
雅信も笑いを堪えている。
「雅信さん、今日の夕飯の漬物はナシですっ!」
「うっ、それは……」
何かに押されたかのように一歩後退りする。
「む〜…」
「くぅ……」
妙な緊張感が清廉な朝に漂う。
「…わかった、俺の負けだ」
がくりと膝折れる。
「すいません」
「ん。分かればよろしいっ」
「雅信さん…」
あ、なんかローラの目が冷たい。
「何も言わないでくれ、ローラ。所詮俺は家では一番立場が低いんだ」
明後日を向き、こぼれそうになる雫を堪える。
実際、今やカッセル家の家事を担っているセラには頭が上がらない。なんとも情けない
話ではあるが、家事をこなしてくれる者には精神的に逆らえないものがあるのだ。
いや、雅信がだらしないわけではない。むしろ部屋とかは綺麗に片付けてある方だ。
そして家長のカッセルは言うに及ばず。
「ふふっ、居候の身には風が冷たいぜ」
夜の港に一人、遥か海の彼方に思いを馳せ、コートのポケットに手を入れながら海風に
身を震わせる。
わけわからん。
「いーかげんにしなさいっ!」

―――天羽流無手技・獣拳破!―――

バキィ!
「な、なかなか…過激なツッコミ……だな、セラ」
まともに喰らって沈む雅信に、輝く笑みを浮かべ、
「この前志狼さんに無理言って教えてもらったの♪」
獣拳破・・・ファイナルストライクの強化版だと思えばいいだろう。
「あははっ、雅信さんってセラちゃんには敵いそうにないね」
「あ、えーと! そんなことはないよー!」
「というか、ファイナルストライクを習得してたのか……」
「でも今日のセラちゃんって嬉しそうね。何かいい事あったの?」
「あ、うん。えっへっへー。今日は一日雅信さんが付き合ってくれるって」
「へー」
それから今日の服装などについて女の子二人の世界が広がり、そこから弾き出された雅信
はしばらくローズレイクを眺めていた。
やがて鍛錬が終わったのか、ライフが止まり、空気が緩む。
「お早うございます!」
軽快な足取りで来たライフ。朝っぱらから元気だ。
雅信とセラも挨拶を返す。
「左腕の調子は良さそうだな」
「ええ。ほとんど本物と変わりないくらい思った通りに動いてくれます」
「そうか。ところで、いつもローラとライフはこうして二人でいるのか?」
その言葉の意味を頭が呑み込むやいなや、
「ち、違うわよ! あたしはこーんなお子様は相手にしないのよ」
「誰がお子様ですか。そういうローラさんは私より3つ年下でしょう」
「残念でした〜。あたしはねぇ、あんたなんかよりずーっと大人なんだから〜」
「あ、そうでしたね。なにしろおばあちゃんですしね」
「あ、あんたねぇ……!」
実はふたりのこういう言い合いは割りと見られる光景である。
しかし、ライフはもう20に近い年なのに肉体的にも精神的にも16ぐらいにしか見え
ない。童顔なのだ。身長も170に届いてないという。
「大体ねー……」
「それはこっちのセリフです!」
未だ続く二人を放り、
「ねえ、雅信さん」
「ん?」
「もしかしてわざと爆弾落とした?」
「…まあ、二人とも若いから、な」
雅信的に、現在ライフの動向は気になるところだ。
ライフが最も心を許し純粋に好意を寄せているメロディか、現時点でライフの『本名』
と過去と血を一番知っているという唯一特別な位置のローラか。
相手がどう思っているのかは分からないが、この二人がライフの最有力候補だ。
閑話休題。
「どーするの、これ?」
「うーん」
どうやら口論はまだ続きそうだ。
「じゃあ二人とも、俺達はここで帰るから」
「二人とも程ほどにね〜」
すると申し合わせたように止まり、
「はい。それでは」
「あ、セラちゃん今度一緒に遊ぼうね」
笑顔で挨拶をしてくれた。そして二人は再び前線へと戻る。
「さて、それじゃあ帰ろうか」
「うん! でね、今日の朝ごはんのメニューはね・・・・」
結局雅信とセラは生ぬるい目で二人の行く末を見守る事にしたようだ。
なんとかはテディも食わないというやつだ。

                         「ボクは犬じゃないッスーー!」





「ただいまー!」
「ただいま」
「ああ、お帰りセラちゃん。はい手ぬぐい」
朝の爽やかな散歩から帰ってきた二人を出迎えたのはアメ。
渡された布で洗った手を拭きながら、軽くお喋りをしつつ台所へ向かう二人の後を雅信が
見守るようにして続く。
そしてセラが朝食の用意をして、それを雅信が手伝う。
『いただきます』
しばしゆっくりとした時間が流れる。
静かな湖畔の一軒家。聞こえてくるのは水の音と鳥の声。
時々談笑を交えながら箸を進める。
ご飯の事、今日一日の事、朝の散歩の事、ちょっと窓の建て付けが悪い事。
今日もまたさほど変わらない朝食の光景だ。
『ごちそうさまでした』
「おそまつさまでした」
そして各々の一日が始まる。





     続く
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