中央改札 交響曲 感想 説明

エンフィールド幻想譚 影人:第4話
正行


エンフィールド幻想譚
影人:第4話










街のあちこちから賑わいが聞こえてくる。
雅信とセラは人が忙しなく行き交う通りを縫うようにしてのんびり歩いていた。
「さーてとっ! 今日はどこに行くんだ?」
「うーんとねー……」
今のセラは外出用にちょっとおめかしをしている。前々から今日一日雅信と一緒に街に繰
り出す約束だったのだ。
よほど楽しみにしていたのだろう。スキップしながら鼻歌でも歌いそうな勢いでニコニコ
している。
「あ、じゃああそこ行こ、あそこ!」
雅信の袖を引っ張りながら一つの露店を指差す。ちょっとした小物・雑貨屋だ。
「おーし! じゃ、冷やかしに行くかっ!」
「いえーす!」
勢いよく二人そろって天に拳を振り上げた。








「おーい、セラ。こんなのはどうだ?」
「んー……もうちょっと大人しいのがいいなー。
 あっ、雅信さん。これ可愛い〜」
「どれー? …………そ、そうか?」
セラが指したのは、どうお世辞に見ても『可愛い』とは思いがたい代物だった。
最近の若い者の感性が分からん、とちょっと悩む雅信。
「うん! ほしいなー……」
「あ、ああそうだ、ホラあっちなんかのはどうだ、セラ?」
「え? どれ? これ?」
あからさまに避けようとする雅信に従うセラ。
素直だねぇ。
「そうそう。なんなら、今までのお手伝い賃も溜まってるしな、買ってもいいぞ」
「うーん。やっぱりやめとく」
「そうか?」
「ん? ねえ、雅信さん。それなぁに?」
「ああ、これか? これはだな………」
雅信が手にとって、セラは食い入るように見ている。そんなセラに見せるようにしながら
手にハンカチをかぶせる。
「いっくぞぉー!」
「? わくわく」
「ほいっと」
ぽん♪
「わっ!」
手にかぶせたハンカチを取ると何も無かったそこから手のひらサイズの長方形の箱が出
てくる。箱の中身はトランプのカード。
もう一度ハンカチをかぶせる。
「まーだまだっ」
「わわわっ」
ぽんぽんぽんぽん。
手からこぼれていくカードが次々に花へと変わる。
「そーら」
右手を腰に当てたかと思うとそこからスルスルと紐につながれた旗が出てくる。
左手にはいつのまにかステッキが握られており、手を離すと浮遊しながらクルリと雅信の
周りを一周する。
「昔はこうやって手品師で食ってた事もあったからなー」
そのまま止まらずに次々と手品ショーは続く。
「えっ! これもしかして魔法じゃないの?」
「モチ! そらっ」
「わっ!?」
ぽぽぽぽぽん♪
セラの体中から花が咲き乱れる。
「あははははは♪」
「ハッハッハ。これぞ数ある俺の秘芸の1つ! 手品は世の中を渡る上で必須の能力なの
 サ♪」
「すごーい!」
「「「おーーーーー!!!」」」
パチパチパチパチ!
「やー、どもどもー!」
万雷の拍手を送るギャラリーに応えながらもハンカチからなおも鳩を出す。
と、そこへポンと肩をたたかれる。
「ちょっと」
「?」
振り返ると・・・青筋を浮かべた妙齢の女性がにこやかにワラッテイタ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あのね・・・・・・」
ギリギリギリと肩が悲鳴をあげるのを聞きながら、とりあえずへらっと笑ってみる。
すると、女性も先程より3割増しのキラキラ輝く微笑みで迎えてくれた。
「人の商売の邪魔だからどっか行け♪」










「セラー」
後ろから呼ぶ声が。
「ん?」
振り返ると、手で何かを包んでいるらしき雅信がいた。
「ちょっとちょっと」
「?」
そのまま手を出してきて、つい覗き込もうとする。
すると、
「わぷっ!?」
カエルが飛び出してきて、ペタっと顔にへばりつく。
―――ピシ
どこからか凍った音がした。
「ハハハ! やーい、引っかかった〜!」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・あれ? セラ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・い」
「あ、なんかヤな前兆だな」

「いやあああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

「おー」
ドタバタ駆けずり回る。いや、見事な狂乱っぷりだ。周りに人が少なくて幸いだが。
「お。転んだ」
しかしそれでもなおまだカエルは顔にへばりついたままだ。
「うーん、なかなか根性のあるカエルだ」
つい、そんな感心をしてしまう。
と、そこへ救世主が。
「・・・何やってんだ?」
ぺいっ、と無造作に騒動の原因(カエル)をひっぺがしたのは久だった。
「はあぁ〜〜〜・・・」
ペタリとその場に座り込むセラ。何気に半泣き状態なのが雅信の罪悪感を煽る。
「あーそのー、悪かったなセラ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「いや、なんだ・・・・」
なおも言い連ねようとした雅信に何かが閃いた。
「あべし!?」
雅信の体が鮮やかな曲線を描きながら空を舞う。
「抜けば玉散る氷の刃・・・・・」
冷え切った言葉が久のすぐ近くで発せられた。
黙って放物線を見ていた久はその言葉に目を移す。
そこには釘バットを片手にゆらりと佇む少女がいた。てらてらとバットに赤い雫が付着し
ているのがちょっぴりホラーちっく。
「なあセラ。その釘バットは?」
「シーラさんにもらったの」
なるほど、と頷く久。彼にとってこの答えは十分納得のいくものだったから。
だが雅信にとってはそれだけでは済まない事は火を見るより明らかだ。
(し、シーラァァ〜〜〜〜・・・なんて物を!)
「ま、マテ、話し合おう! 平和の一歩はまず話し合いから・・・」
とりあえず和平を申し込む。
「問答無用っ!」
キラリ。
今日、ちょっと早めの一番星が上がった。



「いや、だから悪かった、悪かったって」
「・・・・・・・・・・・・・ふん」
その後、ひたすら低姿勢でペコペコと頭を下げてお姫様の機嫌をとっている青年が公園
で見受けられたとか。










「はははははははは!」
「ううー……雅信さんのイジワル!」
「ククク…ははは、は。いやー腹がよじれそうだ」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないっ!」
グーで拳を振り上げて殴るマネをする。
「おっとっと」
ごいん!
セラから逃れようとして出っ張った部分に頭からぶつかった。
「っだ〜〜〜……」
うずくまる雅信にすかさずセラがずびしと指していう。
「天誅!」
「ぐっ……」
「大体、あたしは初心者なんだからね! しょうがないじゃない!」
むきー、と手にした筆を振り回す。墨が周りの人にかかるぞ。
「いやーしかしセラって羽子板弱いなー」
「ううー・・・」
まるで噛み付かんばかりの唸り声。まあそれも仕方ないかもしれない。
こうもいいように顔に落書きされては・・・
公園の周りの人たちもクスクス笑っている。
通算12戦10勝2敗。雅信はチョビ髭と『WANTED』と額に書かれている。
「これがうら若き乙女に対する仕打ちなの!?」
「いや、仕打ちも何も、そういうルールだし」
「・・・・雅信さん。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」
「そんな事いっても、約束の時間まで消すのは不許可♪」










「雅信さん、あれ何?」
「ん? ああ、あの店はな・・・・」
店の方で材料や作り方なんかを用意・説明して、客が何を作るかを選んで自分で作って
いくという店だ。
「ふーん、面白そうね・・・」
「・・・・ふっふっふ」
「?」
いきなりセラの隣から不敵な笑い声がした。
「ふふふ、ふはーはっはあ! この時が来るのを一日先週の思いで待っていたぞ・・・」
「・・・千秋でしょ」
無視。
「よかろう。かつて、そして今なお『前衛的芸術のマサちゃん』と呼ばれる俺の
 実力をしかとその目に焼き付けるがいい」
文脈も無視してるし。
「おおお〜〜〜! な、なんか凄そう・・・!」
「さぁ、セラくん! ついてきたまえ!」
二人は意気揚々と乗り込み―――――



簡潔に述べよう。

セラはかなり器用だった。それこそ、その店に飾っていいか聞かれる程。

そして雅信のそれはあまりにも前衛的すぎた。



「あははははははははははは!!」
「ううー……セラのイジワル」
「フフフ…ははは、は。あー、お、お腹が〜…」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないっ!」
「雅信さん、あたしと張り合わないで!」
「あ、バレたか?」
「バレるもなにも・・・気持ち悪いし」
「うぐっ」
「でも・・・ダンゴ?」
木から彫った手のひらサイズの像を指差して笑う。
ニスや色もつけているが・・・
「違うっ! 鳥だ、鳥!」
「百歩譲っても生き物には見えないけど」
「・・・全部不器用が悪いんだ・・」
隅の方で暗い縦線を背負って地面に『の』の字を書き出す。
いい年した大人のすることじゃないと思うが。
「あああ、そんないじけなくても・・・ね。ほら、そこはかとなく鳥に見えなくもないし」
セラが慌ててポンポンと背中を優しくたたく。
「さっきダンゴって言った・・・」
チラリ、と拗ねてる子どもよろしく口を尖らせる。
「ああっ、もう! ほら貸すっ!」
そう言って無理矢理問題の品を奪い取って、代わりに自分の作った色鮮やかな鳥の彫り物
を雅信の手に握らせる。
「取替えっこ、これでいいでしょ」
ちょっとの間雅信はセラと手の中の鳥を交互に見ていたが、やがて微笑した。
「いいのか?」
「もっちろん。それに・・・・・・・記念、よ」
「ありがとう、セラ」
そしてポンポンと頭に手をやってそっと撫でる。その目も今までとは打って変わって、
優しいものになっていた。
「わ」
セラは不意打ちにちょっと驚いたものの、黙ってされるがままでいた。
そこへ―――

「引ったくりよーー!」

絹を引き裂くような叫び声とともに、二人同時に声の方向を振り向く。
すると、誰か―――おそらく犯人と思われる若い男―――が魔法の風の纏わせながら二人
の方へと疾走しているのが見えた。
「だめっ!」
突然、セラが前に飛び出る。
「!」
犯人は立ちふさがる少女に気づき、その手に光る物を取り出して突っ込んで来た。
―――刺される!
そう、思われた瞬間セラの体が宙に浮き、手を引いた雅信によって一気に抱き寄せられた。
「ちっ」
犯人は舌打ちしてそのまま駆けて行った。
「馬鹿! 考えなしであんな行動をするな!」
「で、でも」
セラは初めてみる雅信の剣幕に戸惑い、言葉が口の中で消えていった。
「あいつはナイフを持っていた。刺されてもおかしくなかったんだぞ・・・」
その間、
ドテ!
二人の後ろからそんな音がした。
?、と疑問に思ったセラは雅信の向こう側をのぞくと・・・
「ああ、マヌケな引ったくり犯が出っ張った地面に足を引っ掛けたんだろ」
雅信は振り返りもせずにそう即答した。
見ると雅信の言うとおり、引ったくり犯は顔面からずっこけていた。
「ち、チクショウ!」
慌てて身を起こして再び逃走を図る。
が、
ドシャ!
すぐまた転んだ。
「な、何なんだ!?」
狼狽しながら立ち上がろうとした犯人は、いきなり伸びてきたぶっとい腕に吊り上げられ
た。
その腕の主は、厳つい顔の傭兵の風情を持つ男で、その周りにも同じような空気を纏った
連中がいる。
おそらく傭兵団だろう。それも、少々荒っぽい、あまり性質がよくない連中のようだ。
「おらよ」
やってきた自警団員2人に無造作に投げ渡す。団員はそれを軽々と片手で受け取る。
「ご協力、感謝致します」
やって来た団員―――星守輝羅―――は一礼し、チラリと雅信に軽く目配せをした後、
引ったくりの現行犯として犯人を連行していき、残りの一人は被害者の相手をしていた。
当の捕まえた連中といえば、
「ったく、興ざめだぜ」
「おら、見世物じゃねーぞ、散れ散れ!」
などと口々に言いながら去っていった。
そして雅信とセラは、
「セラ、行こうか」
「・・・・・・・・・」
「・・・セラ?」
うつむいたまま、顔を上げようとしないセラに訝しげな顔でいると、
「・・・・ひっく・・・ひっく・・・」
セラは今にも泣きそうにしゃくり上げていた。
「そ、そんな泣くほど怖かったか?」
慌てて安心させようと笑顔を浮かべ、屈みこむ。
「もう、大丈夫、大丈夫だ」
そこかしこから奇異や好奇の目が突き刺さるが、雅信はそれらに構わずセラが落ち着く
までずっと声をかけ続けていた。










「あの野郎は・・・・・間違いない。昨日は夜だったが・・・あの目、あの闇夜に煌々
 と浮かんでいた紫の片目と同じ・・・・」
へ、へへへ。まさかこんな所で会えるたぁなぁ・・・・
ちょうどいい、あのクソ野郎どももいねぇし・・・・・・・

―――あんたは新入りだからねぇ……まだ、分かってないんだね

っ、ざけんな!!
・・・・関係ねぇ。俺は俺のやりたい様にする。それだけだ・・・・!










「すぅ・・・すぅ・・・」
「眠ったか」
帰り道。雅信が「んしょっ」とセラを背負いなおす。
「んー・・・」
「ん?」
なにか肩のあたり、セラの頭がくっついているところから変な感じがする。
「セラ・・・?」
顔だけをやってみると、ぽろぽろと閉じられた瞼から溢れるものがあった。
「・・・よしよし」
「・・・・・どこにも・・かない・・・」
「? 寝言・・・か」
二つの影が一つとなって地面へと伸びる。
家へと続くレンガの道は少しずつ赤く染まりつつあった。










―――――深夜

「ん〜・・・」
セラがごしごしと眠気まなこをこすりながら布団からむくりと起き出して来た。
「のど…かわいちゃったな。水飲みにいこー……」
かちゃ。
ペタペタペタ。
ひんやりする空気。柄杓を水瓶に入れてそのまま口にもっていく。
「ふぅ・・・・あれ?」
外から物音がする。気になって窓から外をそーっと覗いてみると・・・
「あれ?」
ガタガタ、と窓を開けて首を伸ばす。 
「・・・雅信さん?」
「ん? ってセラか」
「・・・どこ行ってたの? こんな夜中に」
「ああ、外見てみるといい」
「?」
改めて入り口のドアから外に出て雅信の横に並ぶ。
「・・・・・うわぁ・・・」
夜空に月が静かに浮かんでいた。
そして街の灯りのない森と湖を白々と月光が照らし、ゆらゆらと湖にその月の姿を写し
ている景色はどこか神秘的なものだった。
「・・・・・・・・・・」
雅信は黙っていたし、この景色を前に何も言うつもりもなかった。
しばらく二人してほとんど魅了されていたが、やがて風が出てきたのを案じてセラに戻
るよう促した。
セラはそれに素直に従い、雅信もセラの後に続く。
「・・・・・・・・・・・・・ふぅ」
ドアを閉める前、一度だけ、雅信は夜の闇を見透かさんとばかりに鋭い目を向けて、
家の入り口は閉じられた。










刺すような月光が下りている。

村の外、バラバラに集ってきた影の元に最後に一つの影が舞い降りる。

―――いくぞ

あらかじめ決められた符丁らしき手話をかわし、影は闇へと潜る。

狩人達は着実に獲物を捉え、追い込んでいった。

―――見つけた!

東へ・・・・・・





     続く
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