中央改札 交響曲 感想 説明

エンフィールド幻想譚 影人:第5話
正行


エンフィールド幻想譚
影人:第5話










「―――――以上だ」

踵を返し、立ち去る影を見つめる男

そこへ新たな影が実体を形作る

隣とは違い、もう消えた影を今なおそこにいるような鋭い目で射抜きながら

「一体何なの、アイツ」

「・・・・・ただの”交渉人”だそうだ」










『――――』の解放まで後5日










―――グラリ

家が揺れた。
「ととっと」
ジョートショップ内では地震のせいで棚から落ちかけた物を手際よく回収する人物が。
メルク。
メルクはイスに座って本を開いたまま、部屋内全ての落下物を魔力で操って棚まで運ん
でいた。ほとんどオートだ。
「・・・・? 志狼はどうした?」
地震があったせいか、ルシアが二階から下りてきて、さっきまでいたはずの志狼の事を
訊ねる。
「ああ。なんでも、雅信さんが用事あるらしいって、言って行っちゃっいました」
「ふん。剣を持って・・・か。珍しいにもほどがあるな」
「それにしても、最近地震が多いですねぇ」
パタン、と本を閉じてテーブルにそっと置く。
「・・・・だな。雷鳴山は死火山となっているが・・・・」
そしてルシアは目を閉じてそのまま動きを止めた。

どっかーーーーーん☆

耳をつんざく轟音。ガタガタ叫ぶ窓。町並みから立ち上る黒煙。震える家屋。
「・・・・・・・マリアさんでしょうね」
「ああ。そうだろうな。☆がいい証拠だ」
・・・・・何故あんたらは擬音のマークまで分かる・・・・?

”うーらうらー、どいたどいたーーーー!”

ズドドドドドドド・・・・・・・!!

すぐ店前の通りを何者かが爆走。そのまま通り過ぎていった。
「今のはピートか」
「ですね」
そして、二人に何とも言えない沈黙が下りる。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・まあ、地震の原因が『ああいうの』ではないとは思いますが・・・・・」
ふぅ、と何やら色々と含んだ息をつくメルク。
そんなメルクにルシアはただ否定も肯定もせず、ただ静かに窓の外を見ていた。










「・・・・・・ん?」
一人歩いていた雅信は雑踏の中、足を止めて一点を凝視した。
その視線の先には、一人の女性がいた。
長い空色の髪を一本の三つ編みにしており、ゆったりとした服装にカーディガンを羽
織っている。
落ち着いた物腰のその女性は30代半ばかそれ以上だろうか。
何か引っかかるのを感じてそのまま見つめていると、やがて相手と視線が合った。
「あ、失敬」
だが彼女は目をパチクリとさせて見つめてきた。
「・・・・・・・・・・・・」
そして、やっと記憶の糸が繋がった。
「・・・セア・・・・おねえちゃん?」
「・・・・・?」
不思議そうに頷いてくる。
「あー! セアおねえちゃん、俺だよ俺、雅信・ノウス!」
「・・・・・・えっ!? もしかして・・・雅信ちゃん?」
「そうそう!」
「うわー、うそー、大きくなったわねー」
互いに駆け寄り、手を取り合う。
「おねえちゃんこそ、昔と変わって元気そうだね」
「ふふふ、雅信ちゃん・・・・あ、ごめんなさい。雅信くんは変わらないわねぇ。
 こーんなに図体は大きくなったのに、子どもみたいね」
「いーじゃんかべつにー」
彼女はそんな雅信の様子にクスッと魅力的な笑顔を見せてくれた。
「まあここじゃなんだし・・・・向こうに公園があるからそこに行かない?」
「ええ。いいわよ」
10数年の年月を経て再開した二人は楽しそうに並んで歩いた。
     ・
     ・
     ・
「でも、よく憶えてたね、俺の事。ほんの1年程度しかなかったのに」
「もちろん、憶えてるわよ。私の数少ない友達ですもの」
そこで何やら意地悪い表情になったかと思えば、
「それとも、忘れていてほしかったのかな? あの祭りの事件とか」
「・・・・・あははははは」
「そーいうとこ、笑ってごまかすところも変わってないわねぇ」
「・・・・・・・・・・・」
その言葉に、雅信はほろ苦い微笑みを浮かべて、すぐに消した。
「別れたのが・・・・いつの事だったっけ?」
「あら、それも忘れたの? えっと、私が19だったから・・・16年前ね」
「そうか・・・そんなに経つのか・・・・」
雅信は少し、思い出す。
彼女は体は弱い方だったが、それほど裕福というわけでもなく、やがてはどこかの貴族
だかの屋敷に住み込みで働きに出されたはずだった。
「この街に引っ越してたの?」
「ううん。ちょっといなくなった娘を探してて・・・サフィラ・スターレスっていうん
 だけど、知らないかしら?」
「・・・・・・うーん。いや、知らない」
「そう。まったくあの子は・・・」
その時の彼女の顔は、ひどく、憔悴して見えた。
「・・・・たぶん、この街にはいないんじゃないかな?」
「・・・・・・・・・・・・・」
雅信のその言葉に少し肩を落とした彼女は片手を顔に当てて、そっと息をついた。
どうやらかなりまいっているらしい。
だが、それでも雅信はそんな彼女に慰めの言葉などかける気配はなかった。
「でも、そっかぁ・・・娘さんがいるんだ」
「ええ。結婚したの」
「それは・・・・・・おめでとう」
「ありがとう」
雅信の祝福の言葉に少し頬を赤く染めて笑った彼女は、本当にキレイだった。
それは、今では年をとっていささか輝きは薄れたものの、昔の彼女を知る雅信にとって
は懐かしいものであり、そしてどこかあどけなさを感じた。
「相手はどんな人?」
「そうね、優しい人よ」
彼女は大して時間もかけずにそう答えた。愛しているのだと、そう思えた。
「私の事を大事にしてくれてるし、私を必要としてくれているの」
そこで彼女は雅信に向かって微笑んだ。
雅信はその笑顔を正面から受け止め、やがてわずかに目を伏せた。
「雅信くんは?」
「ん?」
「ここに住んでるの?」
「俺は知り合いの所に居候」
「そう・・・・」
草が薙いで、木々がざわめく。
「そろそろ行かなきゃ」
「―――――あ。俺も待ち合わせしてたんだった!」
「あらあら。ダメよ、女の子を待たせちゃ」
ちょっと茶目っ気出して、つん、と人差し指で雅信の鼻をつつく。
「はは。違うって。男の友人さ」
「あら残念」
「なんで?」
「人生の先輩としては、雅信くんと付き合う娘がどんな娘か気になるからよ」
その言葉に思わず苦笑してしまった。
それは今までとは違う顔。
彼女の知る雅信とは違う―――
「・・・・・・?」
気付けば眉をひそめた彼女がじっと凝視していた。
「・・・今度は何?」
「雅信・・・くん?」
「うん」
何故か疑問形の彼女に
「あ、ああ。ごめんなさい。なんだか・・・」
(ううん。違う・・・そういえば昔も、こうだった?そう。私が気付かなかっただけ
 で・・?)
「どおっ!?」
彼女は思考を中断させられ、素っ頓狂な声の発生源に顔を向けるとそこにはひっくり
返った雅信がいた。
「ど、どうしたの?」
「い、いや、毛虫が足からよじ登ろうとしてたのを見つけて・・・・」
そんなお間抜けな雅信に彼女はつい、吹き出してしまった。
「ああっ、笑ったな!」
「だって・・・・」
「はぁ・・・恥ずかしい所を見せたな」
「じゃあ、私はこれで行くけれど・・・また今度会いましょう」
「ああ。またね」
雅信は手を振って、去りゆく彼女の背中を眺めていた。
「なあ」
ふと、その背中を呼びとめた。
「?」
彼女は振り返り、なに、と聞いた。
「今・・・・・幸せか?」
そっと、ささやくような問いかけだったが、彼女はそれにハッキリと返した。
「ええ。私、今とても幸せよ」
そう言って微笑む彼女は、本心から幸せそうだった。
だが・・・



雅信は、その微笑に、血が凍りつく程の、恐怖を、覚えた。



長年、人が生み出す数多の感情、それも怨嗟・渇望・執着・狂気・憎悪等を直に目の当た
りにしてきた。幾度となく、死と対面してそこから這い上がってきた。
その雅信が、震え上がった。
「・・・・・・・・・・・・」
近くで、子ども達がはしゃぎまわっている。公園内を駆け回り時折聞こえてくる遊び声。
だが、雅信には近くのはずのその声がずっとずっと遠くから聞こえてくる。
既に彼女の姿はもうどこにも見当たらなかった。
足が震え、立ち竦んだ雅信を置いて・・・・
そして雅信に残ったのは、ただ重いやるせなさだった。










「はい、ライフさん。注文のお薬を確かにお届けしました」
「ありがとうございます。あ、これはお代です」
セラが持っていた包みを渡し、ライフが代金を支払う。
今日のセラの仕事は、こうした薬の注文の配達だった。
「あ、セラさん。これ一つどうですか?」
ライフが差し出してきたのは桃だった。
「え、いいの?」
「はい。少し多めに買ったら、更にフォウンさんがオマケしてくれまして。
 誰かにあげようかと思ってたんです」
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく頂きまーす」
近くの綺麗な水で洗ってセラはさっそく桃をおいしそうに食べ始めた。
「あっ、ライフちゃんだー!」
そこへ突然聞こえてきたその声にライフは反射的に直立不動になった。
「あ、メロディさん。こんにちは!」
「こんにちはぁ、セラちゃん」
満面の笑顔で挨拶をするメロディ。
セラとメロディ。体つきには差があるものの、どうにも雰囲気的には同年代といった
感じがするのか、結構気が合っていたりする。
「・・・・・・・・・・・」
そして未だに石像となっているライフにメロディは首をかしげて、
「ふみぃ・・・・ライフちゃん、その手にもってるの・・」
くんくん、と鼻をひくつかせて桃の匂いを嗅ぎ取ったようだ。
「あ、これあげます!」
もはやライフのこれは脊髄反射といってもいいだろう。
「ふみゃあ! いいの!?」
「ええ」
「わーいっ! ありがとうなの、だー!」
喜びを体全体で表現するかのごとく、がばっとメロディはライフに抱きついてきた。
「わ、わわわ!? めめめ、メロディさん!?」
顔中真っ赤にして抱きつかれたまま手をばたばたさせるライフ。でも、すごく嬉しそう
だ。
「あーあ、なっさけなーい。鼻の下伸ばしちゃってー」
そこにやけに冷ややかで、どこか・・・怖い声色がした。
「ローラちゃん? なんだか怖いの〜・・・」
ちょっと怯えたようにメロディがライフに身をすり寄せる。
「・・・・・・・」
それが、更にローラには気に食わないようだ。
「ローラさん、メロディさんが怖がってますよ」
「へぇ〜、そう、ライフはメロディをかばうのね。ふん、いいよ、いいですよーっだ!」
状況は泥沼と化したようだ。
そんなやり取りを傍観者のように見ていたセラは、とりあえず思った事をぽつりと述べて
みた。
「もしかして・・・これって三角関係・・・?」










「おーい!」
「ああ、志狼。遅れてすまなかったな」
人気のない街外れ。やってきた雅信に志狼は鞘を地面に突いて早速本題に入った。
「で、俺に用って?」
「ああ。とりあえず用件は2つ。1つは依頼票の通りだ」
「訓練に付き合って欲しい、か?」
訝しげな顔のままの志狼。
「正確には、仕合だな」
「・・・・何か、あったのか? お前が自分からこんな事を頼んでくるなんて」
志狼がそう考えるのも無理はない。何しろ、雅信はかなり、というかほとんど滅多に
こういった力の試し合いなどしないのだから。
雅信がその力を振るう姿というのは実はかなり珍しい事なのだ。
だからこそ、志狼はそう訊ねたのだ。
「・・・少し、お前の力を見ておきたくなってな」
「まあ・・・・いいけど」
まだ少し納得していないのか、渋い顔だったがその仕合に応じる事にしたようだ。
「さて、やろうか」
そのまま自然に、二人は闘いを始めた。










     続く
中央改札 交響曲 感想 説明