雫の7:雅信・ノウス<2>
「ふぅ・・・何用だ?」
「・・・・・・・へぇ」
私は茂みから、闇から姿を現す。
「・・・女性か。相当な血の臭いがするな」
「なに、用件は簡単な事だ。私と死合ってもらう」
シャッ、と剣を風にさらす。
「断る、と言ったら?」
「お前の意思は関係ない。私が仕合いたいから、だから戦う。戦わねば死ぬだけだ」
「何故俺なんだ? 他にもいるだろうに」
「それはまあ偶然だ。最初、この街で出会った強者がお前だっただけでな。まずは
お前に決めて、それでようやく機会ができたというわけだ」
一振り。軽く挑発してみる。
あっさりとこいつの頬に×が描かれる。
「?」
だが、こいつはそれに反応した様子はない。
まさか見えなかったわけでもあるまい。それとも期待はずれか?
そんな事を考えていると、こいつはふう、と一息吐いて微笑んだ。
「正直・・もう戦いは飽いたんでな」
「なに?」
「もう、無用な血の匂いは十分という事だ・・・」
「何を言う。戦いこそ我ら戦士の喜び。己を鍛え、強さを追い求め、強き者と戦う。
貴様も分かるはずだ。分からないとは言わせんぞ」
「・・・・・・・・・」
そう。私は試したい。自分の力がどこまで辿り着けるのか。そして、戦いたい。
それが私の楽しみ。
「そんなに・・・戦いとやらが望みなのか?」
その言葉が終わるや否や、闇夜にぼんやりと浮かぶ紫の片目だけがいやに煌々と―――
「!!!!」
思わず全力で後退り、距離をとる。
全身が総毛だった。
なんだ・・・今のは・・・!? この私が、呑まれただと?
まるで、心臓を直接鷲掴みにされたような・・・いや、そんなものじゃない。
そう、魂が凍てついたような・・・まさか、あれは殺気?
馬鹿な、馬鹿な! あれが、あんなものが殺気だというのか!?
底冷えのするその一点の紫。薄闇の中で不気味なまでに映えるそれから目が離せない。
足が震える。歯が噛み合わない。剣先が定まらない。
怖い! 恐い!!
あんなもの・・・どんな猛者だろうと、暗殺者だろうと感じた事がない。
「貴様、一体どんな修羅場をくぐっている・・・!」
少なくとも、ただ戦い、殺した数だけでは、到底発せない、発せられるはずもない。
「一体どんな風に生きれば・・・そんな殺気を発せられるというのだ・・・」
いや、そもそもあれは”殺気”なのだろうか。私の知りうる限りでは、最もその
表現が近いというだけで・・・あるいは別のものでは・・
「そうだな・・・俺にも分からない」
気がついたら、もう何も感じなかった。
どっと汗が噴き出す。ひどく体がふらつく。あの殺気だけで、このザマか。
「一つ、言っておこうか。今、君は俺以上の実力がある。そう、君は天賦の才に恵
まれている。だが、それに溺れ、ただ強さを追い求めるだけの人間にならないよう
にしておけ。
振り返って何も無かったら・・・血しか流れていなかったら、寂しいだろ。誰も傍
にいない道なんて・・・
それと、君は本当はいい子なんだから辻斬りみたいな真似はもうやめておけ。腕試し
をしたいなら今度俺を訪ねてこい。それなら付き合おう」
そしてあいつは最後「次にまた俺に刃を向けるなら、俺は君を敵とみなす」そう冷たく
残して去って行った。
私はそれをただ見送って、考えてみる。
「そう・・・か」
ふふふ。
「すべて、今までの全てをあの男に奪われてしまったか・・・」
だが、悪くない。そう、悪くないな。
あいつは、私がまた同じことをすれば今度こそ私がさっき望んだ戦いをしてくれるだろう。
強くなりたい。だけど・・・
チン。
剣を納める音が涼やかに響いた。
・・・子供、という事か。
「そうだな」
男の消えた背中を見つめる。もうそこにはいないけれど、自然と笑みが浮かぶ。
では明日さっそく訪ねてみるか。この気持ち、あいつに全部ぶつけてやろう。
明日が楽しみだ。
精々私に付き合ってもらおうか。さっきの言葉を後悔するくらいに。