中央改札 交響曲 感想 説明

エンフィールド幻想譚 影人:第6話
正行


エンフィールド幻想譚
影人:第6話















「ところで―――」
「はい?」
 四人―――ライフ、セラ、メロディ、ローラ―――は教会の子ども達の相手を昼寝の
時間までしてから、今はのんびり休憩している。
 しばらくは雑談をしていたのだが、ふと沈黙が下りた時ポツリとセラが訊ねてきた。
「雅信さんって、もしかして強いの?」
 その問いにライフは至ってノーテンキに答えてくれた。
「はい。もちろん。軽く見積もっても、普通の騎士(マスター)以上に強いですよ」










 ザッザッザッザ……………
 志狼が慎重に間合いを詰めてくる。俺はそれをそのまま迎え撃つ。
 ザ。
 止まった。

 ヒュ―――

 真正面から一気に踏み込んできた志狼は”一太刀”で数々の斬撃を見舞ってくる。
俺は呼吸を盗み、慎重にかわしていく。
 一つ一つの攻撃を見事につないでいるそれは連続した軌跡を描き、俺に喰らいつこうと
していた。
「ふっ!」
 だが、やがてできた一瞬の間隙を狙い、刀の腹を蹴り上げる。
 わずかに志狼の上体が泳いだその小さな隙に離脱し、再び距離をとる。
「ふー、さすが志狼。恐ろしいほど鋭い斬りこみだな」
 体の数箇所に細かな切り傷ができている。見なくてもそれくらい分かる。
「その全てを、決定打を避けてかわしきったのはお前じゃないか。いくつかは会心の出来
 だったんだぞ」
 そう言って半眼で睨んでくる。
 まあ確かに。いくつか肝を冷やしたのがあったな。
「さて、続けようか」
 今度は俺も足を使い、ゆっくりと距離を詰めていった。










「……………え?」
 その予想外のライフの答えにセラはただボケっとしていた。
「んー、そうですね……雅信さんの戦いぶりを見る機会はごく限られてるんですけど、
 一回私が仕合った時、その時は……まるで風に舞う木の葉のような、それでいて
 大きな山を相手にしているみたいでしたね」
「なんか……それって変じゃない?木の葉と山って…」
 眉をひそめてローラ。
「ですね。私もそう思うんですけど。
 あ。この街にいるアインさんっていう方がいるんですけど……」
「あ、あの人? なんか…ふらふらふわふわしている………」
「……あ、あはは。中々いい表現しますね、セラさん。
 まあそれはいいとして、その人もこれまたとんでもなく強い……というか、固い
 んですけど、その人を盾と例えるなら、雅信さんは鎧ですね。盾は動きますが、鎧は
 動かない。なんというか重い、そんな感じです」
「??? はーい、先生。全然分かんないです〜」










「……………」
 もうかれこれずっと沈黙が続いている。
 だがその間は1ミリ秒たりとて頭を休める事はない。これは互いの動きを知っている
相手同士のイメージ、シミュレーションによる先手の取り合い。先の読み合い。相手や
自分の微かな動きや変化で移ろう結果を迅速に読み取り、最善の手を取る事で展開を有
利に進めるための戦い。時にはここで戦いの全てが決まる場合もある。
「……………」
「……………」
 互いに固まって30分ちょっと。既に何十何百と想像で闘った結果、仕掛ける事なく
引いたのは―――――志狼。
「やっぱりというか……この分野だと中々雅信には敵わないな。次々潰された」
 間合いをそっと外してそんな事を言う志狼に、俺は苦笑が出てしまう。
「それは違うぞ。2つばかり、俺にも先の読みきれなかった妙手があった」
「あれ? そうなのか?」
「気付いてなかったか……ここ一手の閃きは俺より上だろうな」
 再び、空気が張り詰める。
「では、仕切りなおしといこうか」
「ああ……………いくぞ、雅信!」
 今度は大胆にも一気に攻め入って来た。
「!」
 だが、打ち込んだはずの志狼が逆に顔を歪め、俺から飛び退く。
「……………<貫>、か?」
 正解。
 俺の持ち技の中で最も使用頻度と完成度が高い技。それが、<貫>。そして<貫>は
基本にして奥義。様々な発展形・応用技がある。
「……………」
 志狼が飛礫を飛ばし、同時に駆ける。なるほど。見極めようという腹か。
 俺は飛礫の弾道を頭に描き、ほぼ無視する形で志狼に集中する。

「―――――なっ!?」

 志狼をギリギリでかわし、俺の回し蹴りを刀で受けた志狼が何かの衝撃を受け、地面に
溝を掘りながら後退した。
 飛礫は―――体に当たった瞬間力を失ったようにポトリと落ちている。
 但し、粉々に砕け散っていたが。
「そういえば、この街に来て見せるのは初めてだったか?」
 分かりやすくするため、より強く俺の体全体をピッタリ包む薄い膜のようなものを展開
する。これでハッキリ見えるはずだ。
「そう。これが、俺の真の<貫>だ」
「それは……?」
「ある武術では、打撃の衝撃を”徹す”技術があるのは知っての通りだ」
「……なるほど。お前の<貫>は掌底からの物理的な衝撃に加え、インパクトの瞬間に
 放出する透過性の『気』の衝撃。それは2通りあったよな。物質を徹して衝撃を伝え
 るのと、直接中身に伝える……か」
「それが<貫>の基本。そして、今のこれがその発展形」
「―――手の局部ではなくその膜、つまり体のあらゆる部位で<貫>を行う、か」
「そう。お前が投げた小石は当たる瞬間に俺が<貫>の衝撃をぶつけて威力を相殺した。
 粉々になったのはそのせいだ」
「その膜はさしずめ……抜き身の刃か。どんな形であれ触れただけでやられる。
 アインさんの『龍鱗』が専守防衛ならそれは攻防一体だな」
「さて、もう十分だろう。いくぞ」
 すり足で志狼との距離をつめる。が、刀を持つ志狼の方がリーチがあり、当然そう
やすやすとは懐へ入れてくれない。迎えてくれたのは白刃の煌きだった。
 それをなんとかさばきつつ、一旦わずかに間合いの外へ出て、

 ゴォウ!!

 蹴り上げた足は大気を切り裂く。そこから生まれた巨大な真空波が志狼に襲い掛かる。
「蹴りで真空波を!」
 それを志狼は右飛びにかわし、俺は予測していたその避けるルート上に既に割り込ん
でいる。
「破!」
 開いた左手、掌底を志狼の顔へと見舞い、それをおとりに視界を防ぐ。そして右側頭
部への蹴り。が、左腕でガードされる。
 …ドッ!!
 衝撃が足に伝わってくる。
 ガードされるも、それをもろともせずにそのまま志狼の足は地を離れ、後方へ軽々と
飛ばされた。
 ………思ったより飛ばなかったな。あの瞬間、咄嗟に打点をずらされたか。
 そんな事を思いながら志狼を見る―――――
「!」
 吹き飛ばされた志狼は、一足の着地に爆発的な力を以って止まるどころかそのまま
こちらへ速攻をかけてきた!
「む…」
 その勢いは危機感を覚えるのに十分であり、間合いをズラす意味もかねて一歩後方へ。
 ほう。この苛烈な闘気、今までとは段違いだ。さて、ではお手並み拝見といくか。
 志狼が刀を振りかぶり、叩きつける。途端巻き起こる爆風。
「…………」
 家一軒もっていかれるであろうその暴風の中、わずかばかりの騒々しい風が吹き付け
るが無視する。俺は一歩も動かず、志狼を待った。
「―――――さて」
 正面を見ると、決意した顔の志狼。

 ――――――――――

「っ!」
 右左上突き―――――!
「おおおおっ!!!」
 っつぅ!! 攻めが格段に鋭くなっている……!
 ほとんど特攻に近いソレ。次々と繰り出される刃に、徐々に追い詰められている事を
認める。そして、なおもその剣筋は冴えを見せる。
 …このままだと、かわしきれなくなるな。
 <貫>を以って要所要所の斬撃をはじきつつ、同時に志狼へとダメージを渡している
のだが、志狼は全く意に介していないようだ。
 だが、志狼の方もこうも激しい攻勢を続けてはさほど長くはもたないだろう。おそら
くもって丸1日……………俺は3日は続けていられるだけの体力はあるが……
 最小の動きで猛攻をさばきながら、志狼には最大の動きを”させる”。地味ながらも、
それは着実に志狼の体力を削っていく。
 空ぶった刀が大地に穴を穿つ。
 その瞬間、俺は体勢を崩した。わずかに背を見せる。
「!」
 志狼はその隙を見逃さず、即座に詰めに入り―――――

「甘い…」

 俺は志狼のその変えようとした動作に入り込む。崩したように見せかけた、その体勢
で浮いた刀を蹴り上げ、肩から体当たり。そして息を吸い込む。
「せいっ!!」
 ここで初めて、俺が本気の攻勢に移る。
 地を揺るがす震脚から伝わる衝撃と合わせた渾身の一撃をその無防備な胸に叩き込ん
だ。










「ところで………セラさん、調子悪そうですね」
「………えっ?」
 そのライフの言葉にセラははじかれたように顔を上げる。
「よく眠れてないんですか? 顔が…憔悴してませんか?」
「だ、大丈夫ですよぉ! あはは、やだなぁライフさん」
「ふみぃ。しょーすい?」
「ああ、疲れてるって事です」
「ふみゃ〜。セラちゃん、疲れてるの?」
「ううん、そんなことないよ。ほら、こんなに元気だし!」
 そう言って、セラは可愛い力こぶをつくってみせようとする。
「……………」
「ふみゃぁ! あのね、あのね。疲れたときは桃が一番なの・だー!」
「あははっ、ありがとう」










「…………………………」
「……っかふ……ごふ…」
 再び、にらみ合い。志狼はせきこみ、口から赤い血をのぞかせている。
「……………まさか、あの状態から…一撃入れてくるとは…な」
 ぶらり、と力なく下がった俺の右腕。しばらく使い物にならないな。
 最高威力を確実に最大効果で与える。最小の損失で最大の効果、それが俺の戦闘理念。
それでもってあの瞬間、あの隙に完全な一撃を与えられると踏んだんだが……
「離れる一瞬、それでこれだけの事をするとは恐れ入った」
 思わず苦笑がもれる。
「だが、まだ決着はついていないな」
「……………そうだ、な」
 トータルでは、どうやら志狼の方がダメージは大きいようだ。だが、終わるまで闘い
は分からない。過程がいかに不利であっても、闘いはどう転ぶか分からないものだ。
「……志狼。この街は、何故か強者が集まってくる」
「? まあ…そうだけど」
「そして、この街の誰よりも、俺が興味を持っているのが、志狼。お前だよ」
 再び、構える。そしてまた志狼が攻める。





 ―――サハリアのゴーレム……

 互いに先程より鈍りながら、なお苛烈さを増す闘い。俺は志狼とせめぎ合いを続けな
がら、その合間にぽつりぽつりと話す。

 ―――魔獣ランダーフォウ、ウィルミントの虐殺は知っているか?

「……ああ。どれも昔の事件だろ。何でも凄まじい人死にが出たっていう。それが?」

 より、慎重に。今は守る。決定的な隙に最大の一撃を確実に叩き込むその時を待って。
今はただ、守る。

 ―――あれらはおそらくお前が考えているよりずっと凄惨だ。人はあそこまで鬼の

    形相をできるのかと知った。何も知らない赤子や女子供は皆、泣いていたの

    が少しずつ静かになっていく様。恐怖に怯えながらも挑み、紙くずのように

    散っていった兵士達。必死で生き延びようと逃げる人々が逃げられないと知っ

    た時の絶望の顔。

 フェイントをまぜてタイミングを狂わせてやる。志狼はそれでも、なおも攻め立てて
きたが、それは判断ミスだ。これで、2撃―――――

「おいおい。まるで見てきたような言い方をするんだな」

 ―――そうだな……

 頬をかすめる斬撃。少しずつ、肌が血に濡れていく。…疾い。内臓にきたな、今のは。

「どうしたんだ? いつもと違うぞ?」

 ―――なあ、志狼。

「ん?」

 ―――お前は………お前は……



 ――― 一人の命と世界。…どちらを選ぶ?





 ザザザザ………!
 また、互いに距離をとる。そして志狼がぼやいた。
「この依頼………やけに高額だったわけがやっと分かったな」
 それに雅信は済ました顔で、
「そういう事だ。しばらく仕事にはならないだろうからな。その分、最後まで付き合って
 もらうぞ」
「お前なぁ………珍しくお前から言い出したと思ったらこれか。まあ、付き合うけどな」
 息をきらせながらそう言って、志狼はブンと刀を一振り。再び構える。
「そういえば……………雅信、お前本当に無手が流儀なのか?」
 …………
「どういう意味だ?」
「いや………なんか、お前の無手って変な感じがして…」
 …中々、鋭いな。
「俺の戦闘の基本は無手だ。その理由は…これが相手に気を直接伝えられ、一番効果が
 高いからな」
「……ふーん、そうか」
 俺の………全力は見る機会がないにこしたことはないから、な。
「さて、志狼………次で最後だ。疾風刃でこい」
「な……………」
 俺のリクエストに志狼が絶句する。
「ちょ、ちょっと待てよ。いくらなんでも疾風刃は…!」
「まあ、防げなかったら、死ぬだろうな」
 天羽流剣技・疾風刃。それは高速の居合い。本来は武具へと斬り付け、断つ技。そし
て、人体へ撃つと、斬られた傷から血が流れないという。
「これは寸止めができる技じゃないんだぞ?!」
「いいから、こい」
「……………分かった。けど、間違っても死ぬなよ」
「ああ。当然だろう」
「…そうだな」
 ふと、笑いあう。
「さあ…やろうか」



 風が頬を撫でる。

 空高くから鳥の声が聞こえる。

 足元で揺れる草。

 周り全てを支配下に置く感覚。

 全てと融和する感覚。



「……………」
「……………」

 互いに、駆ける。



 ――― 天羽流剣技・疾風刃! ―――

 ―――     貫!     ―――





 決着は―――――











「ふむふむ。で、決着は?」
 クラウド医院の白いベッド―――赤や青、緑だかのベッドがあれば見てみたいが―――
で胸に包帯まいて寝転がるけが人が一丁。
「………ヒロ、その前に勝手に人の見舞い品の果物を食べるのは止せって」
「いいじゃないか、ちょっとくらい」
「半分をちょっととは言わない!」
「んー、気にしない気にしない。で、決着は?」
「はぁ……一応引き分けってことになった」
「そういう事だ」
 ドアの前に立つ、これまた三角巾で右腕を吊っているのは雅信だった。心なしかその
顔はげっそりしている。
「トーヤ先生の説教は終わったのか?」
「ああ」
 二人、トーヤ・クラウドの無言の説教を受けてちょっとグロッキー気味だったりする。
「まあ、あれは引き分けというより俺の負けだったろうが、な」
「そうか?」
 実際には、二人は互いに技を撃つギリギリの直前で止めていた。なぜなら、同時にイ
メージが浮かんだからだ。相打ちというイメージが。
 志狼は雅信の体深くに斬り付け、雅信はそれでも志狼に絶対の一撃を与えて……。
「ふーん? それは、雅信らしくないな」
 シャリシャリと実に4個目のリンゴに取り掛かるヒロがそんな感想を言う。雅信は
それに答えず瞑目する。
 ヒロのその言葉が意味するところ。それは『雅信は生き延びる事に特化した武。
故に”全力を出して”相打ちという結果を良しとするタイプではない』という事だ。
だからこそ、試合といえどその結果に疑問をおぼえた。いや、本当はどこまで分かっ
ているのか……
 雅信はすぐに目を開けて続けた。
「で、トーヤ医師には悪いがそのけが、2,3日で回復できる程度に魔法を使わせて
 もらうぞ。そうだな、メルクに頼むか」
「…なんでだ? いつもなら、雅信も魔法治療は薦めないだろ?」
 事実、雅信も自然治癒を推奨しているクチだ。普段は魔法での治療はなるべく避けて
いるのだが……試合といい、本当にらしくない。
 雅信はそれに答えようとするそぶりを見せずに、窓の外を見上げる。そこには斜めに
かかった太陽と、大きな黒い雲。
 窓が、風に震える。
「っと、風が出てきたか……今夜は雨になるかもな」
 志狼は窓の外をのぞきながらそうひとりごちる。
「……………もうすぐ、紅月の夜がくるな」
 ぽつりと、雅信も外を見ながらつぶやく。
 紅月、それは月が紅く染まる日。そして魔が増幅される夜。
 後ろでは、先程までシーラに看病されていた志狼をヒロが楽しそうにからかっていた。
「ああ、それと志狼。二つめの依頼というか、頼みなんだが……………」










 そして、これは寸話。

 風に吹かれるまま、まるで静止画のように二人は荒野にいた。やがて、どちらともな
く息をつき、それで『訓練』は終わりを告げた。
 そして………
「やはり、な………志狼、お前の疾風刃は未完成だ」
 唐突に、雅信がそんな事を言い出した。
「俺の知る完成された疾風刃を教えてやる。……といっても、さすがに俺の力量で実演
 はできないが」
「え……………?」
「感じろ。剣と一体になれ。流れに身をまかせ、あとは自ずと剣が導いてくれる。
 なれば、お前のそれは最速最強の技となる。おおよそ斬れないものはなくなるだろう。
 弓も、槍も、これは全て同じことだ。
 生憎…俺も未だその境地に至らないがな………とある、雷様の言だ」
「雷様?」
 キョトンとオウム返しに聞き返す志狼に、雅信は珍しく…とても珍しい事に、本当に
楽しそうな笑顔を見せていた。
「ああ。天を翔ける雷様の、な」

 この話はそれで終わった。










 そして、これが今日最後の話。

「セラ?」
「あ、雅信さん…」
 夕暮れに伸びる影。ジークフリード家に向かうローズレイク横の小道から少女、セラ
が一人で歩いて来ていた。対して、雅信はぼうっとローズレイクを眺めていた。その姿
にはもう表立ったケガは見られない。
「配達ごくろうさま。疲れただろう、家に冷たい飲み物があるぞ」
「……………」
 微笑む雅信に、セラは思いつめた表情で歩いて隣に来る。
「配達、どうだった?」
「うん。ちゃんと全部できたわよ」
「そうか」
 横の少し下にある空色の髪をなでる。それになすがままのセラ。どうにも、元気がない。
 やがて、二人は連れ立って家路へ。
「……………」
「……………」
 沈黙。
 だが、ややあってセラの口が開く。
「………あの…ね」
「そうそう。セラに一つ聞きたい事があるんだが…」
 気付かなかったのか、聞こえなかったのか…雅信は唐突にそんな事を切り出した。
「明日から……そうだな、4.5日ほどジョートショップに泊りがけでお邪魔してみない
 か? ああ、向こうの了解もとってある。みんなOKだってさ」
「え……………?」
 鳩と豆鉄砲。それがセラを表す一番の表現だろう。
「それに、志狼とも一緒にいれるゾ」
 今度は人のイイ笑みで雅信。
「え、あ?! ま、雅信さんっ!!」
「はははっ」
 夕日によって赤く染められたセラの顔。それを横目で見ながら、一転して優しい声で、
雅信はポンとセラの頭に手を載せながら言った。
「行っておいで。何、悪さをしてないか俺もちゃーんと見に行くから」
「そ、そんな事しないわよっ!!」
 ムキになって大声で否定しながら腕を振り上げる。が、すぐにその腕も力なく降りる。
それと同時にセラの足が止まったため、二人して夕日の中に立ち止まる事になる。
「それと、セラ。お守りをあげよう。俺からのプレゼントだ」
「これは……………?」
 ポケットからセラに渡されたのはシンプルなデザインの小さな指輪だった。宝石ではな
いが、綺麗な淡い翠色の石がはめられている。
「まぁ、雑貨屋で買ったもので大したものじゃないんだが…肌身離さず身につけていると
 いい」
 手のひらにあるそれをじっと見つめる。セラは視線を落としたまま、何か消え入りそう
な言葉を口にした。
「………ごめんなさい」
「…どうした?」
「ごめんなさい…ごめんなさい……」
 セラが何を謝っているのか、その意図は知れない。だけど、その声はひどく泣きそう
な声で…
「あたし、本当は…今日、雅信さんとおじいさんにお別れを言うつもりだった…」
 ぎゅ、とセラは俯いたまま雅信の服の端を握る。 
「あたしはいけない子なの。本当はここにいちゃいけない。でも、ここを離れたくない。
 今日も何もなかったから、もうちょっとここにいたい。けど、あたしがここにいれば、
 いつかみんな死んでしまう。あたしがみんなを……。でも、イヤなの」
 セラは何かを告白している。だけど、感情が高ぶっているのだろう、よく分からない。
「あたしは離れたくないの。ずっとずっと逃げて、今ここにいるの」
 セラのすがりつくように服を握る手、そして体が小刻みに震える。
「怖いよ……………死にたく、ない」
「セラ、いいんだ」
 優しく諭そうとした雅信にもセラは首を振って、
「分からない! 何も分からないよ! あたしはただ、お母さんと一緒にお家で暮らし
 てただけなのに!! なんで、なんで、どうしてこうなるの!? 今までずっとなん
 にもなかったのに。分かんないよ!!」
「?!」
 近くのローズレイクの湖面が大きくざわめく。これは―――――地震だ。
「あたしは―――――!」
 ひどく大きな揺れがエンフィールド一帯を襲った。



「ふぅ………」
 完全に太陽が落ちてしまった道を歩きながら、背中の少女を背負い直す。よほど感情
が爆発したのだろう、まるでぷっつり糸が切れるように気を失ってしまった。
「それにしても、昨日に引き続き今日もおぶって帰る事になるとはな」
 そっと、背中の少女を見る。
「…残酷なものだな。ちゃんと、こうして温もりもあるのに…」
 ゆっくりと、二人は帰路をたどる。
「セラ……みんなが…志狼が、必ず君を守ってくれるさ。あの、特にお人よしなあいつ
 ならな」
 今日もまた、一日が過ぎる。















”志狼………昔、お前と同じ選択をした者がいた…”

”ある者は見捨てる事もできず、ある者はどちらも救う道を選んだ…”

”そして、そいつらは死んだよ。何も得るものなどなく。その結末、その事件は更に
 無残な死者を出し続けた”

”1%でも希望にかける? それもいいだろう。だがな、現実、己の力量を知れ。自分
 も見れずに夢を追うなど片腹痛い。言葉だけならどうとでも言える”

”世界は『平等』だ。全てを救う道をとり、如何なる労力・努力を払おうとも、どんな
 に夢を願っていても、それが絶対現実になるという保障はどこにもない”

”100%なんて……………どこにも、ないんだ”

”だからこそ、俺は―――――”















     続く




 ちなみに、今回の試合はただ単に技量の勝負です。
 志狼は(最後は例外としても)奥義を使わなかったし、雅信も特殊能力を使わず
無手の戦闘技術だけで闘ってましたから。
 剣術VS格闘術
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