中央改札 交響曲 感想 説明

悠久行進曲:第十四話
正行


果て無き道を歩む者
悠久行進曲:第十四話










―――そして、新月の日―――










「お願いだから、どうかあの人に出会いませんように………」
 おそるおそると森で少年が一人、草を掻き分けながら木々の間を進んでいた。その姿は
数日前、森の奥へと忍び込み湖の近くで眼帯の男と出会った二人の姉弟のうちの弟の方。
 名前はハーズ。
 さて、あの衝撃的な出来事のあった日から数日。何故再びここへとやって来たのか、と
いうのは訳がある。



 それはあの日、森から帰ったその夜。
「あれっ?」
(お姉ちゃんからもらった大事な石が…ない)
 綺麗な色をした珍しい石で、とても気に入っておりいつも身に着けていた。
 部屋中をひっくり返し、思いつく限り心当たりのある街のあちこちを駆け回る。しかし
探し物はどこにも見つからなかった。
 そして翌日、少年は一つの可能性に思い当たった。
「まさか……あの時、森で……?」



(……………!? いた……!)
 数日前、大人達の戒めを破り、度胸試しで入っていった森の奥。あのあまりにも現実離
れしたものを見せ付けられたあの湖。
 そこに、今日もあの眼帯の男はいた。
(ね、眠ってるのかな……?)
 そろ〜っと、慎重に木の影から顔を出して覗く。眼帯の男は湖の畔、一本の木の下で体
を投げ出していた。
(や、やっぱり帰ろう……)
 心臓がバクバクいうのを抑えて、震える足を必死になって前に出そうとする。
 今は一人という事もあってか、腰が抜けそうだった。
「う……」
(っ!?)
 背中からの声にハーズの心臓が一際高く跳ねた。
(ああ…うう)
 ガクガクと膝が笑い、足が凍りついたように動かない。脇に冷たい汗が流れる。後ろ
を振り向く勇気もなく、ただ見つからない事を一心に祈っていた。
 そして、次に聞こえてきた声はハーズが想像すらできなかったものだった。
「あ、あああっ! はぁ…ぐ、そう……はぁはぁはぁー…あ、う、ぐあああ…!」
「え……………?」
 呆然としてしまった。
 そして今までの呪縛が解けたかのように、軽くなった体で振り向く。
「あ、ああ、ああああ゛―――っ!」
 眼帯の男は、苦しんでいた。
 四つんばいになり、土を握り締め、必死になって何かに耐えようとしている。それは、
ハーズにとって到底信じられない光景だった。あのモンスターよりモンスターらしい恐
ろしさを以って自分の前に現れた男。恐怖の象徴。悪魔の具現化。
 そんなイメージがあった眼帯の男。
「…………………………」
 それが、今、自分の目の前で苦悶の声をあげている。
「う――あぁっ!」
 その苦しみを殴り飛ばそうというのか、拳を湖に突き立てる。すると湖が爆発した。
「はぁー……はぁー……はぁー…ちくしょうが…」
 眼帯の男はまた一人、ごろんと仰向けになって静かになる。
 ハーズは一人、呆然とその様子を眺めていた―――――





「……………おいガキ、何をしている…?」
 ビクッ!
「あ……その」
 体を横たえているシャドウの横で、覗き込んでいたハーズの顔がバネ仕掛けのように
離れる。
 シャドウはその顔にかぶさっていた冷たい湿り気のある何かを無造作に掴み、目の前に
ぶら下げる。
「………ハンカチ…?」
「あ……………その、気分が悪そうだったから……えっと…」
 段々と尻すぼみになっていくその言葉にシャドウは呆れたような気配をみせる。
「お前、昨日の今日で………アホだろ」
「そ、そうですね」
 傍から見てもビクビクオドオドしている少年にシャドウは小さくため息をついた。
「……………とっとと帰れ」
「―――――え?」
 少年の予想外の言葉に、これまた予想外の柔らかい声色。
「ここはお前のような子供が来ていい場所じゃない。早く帰れと言ったんだ」
「いや、そのー………あなたが、石で…あれ?」
「俺様は石じゃねーぞ、オイ」
「あ、それはそうですね。あははは……………」
 正直ハーズは殴られるのはおろか、殺されるかもしれないと思っていた。思っていたの
だが、それ以上に何かが少年の足を向かわせていた。
「よもや俺様に会いに来たってわきゃーねーだろ……何かの石でも探しに来たのか?」
「あ、はいっ!」
 何故か直立不動の気をつけの姿勢ですぅーはぁーと深呼吸を繰り返し、更にはラジオ
体操を始める始末。しかも何故か第二。
(注:ラジオなんてこの世界にないっていう野暮な事は言いっこ無しでね〜)
「何錯乱してんだ、おい………」
「えっ? ああっ!?」
「……まあいい。好きにしてろ。用が済んだらとっとと帰るこったな」
 ごろん、と再び木の根に寝転がる。以後は、もう関心ないといった風体だ。
「……………」
 まるで鳩に豆鉄砲のハーズはしばらく固まっていたが、やがてそ〜っと再び何か―――
石を探し始めた。

「……………」
「……………」
 しばし、時が過ぎる。森に木霊するのは鳥の鳴き声、水の音、遠吠え、蛇か何かが這い
ずる音。
 その中でハーズは未だ湖の付近をチョロチョロと動き回っている。そして、チラチラ
と、やはり気になるのだろう、時々シャドウに視線を送る。
「……………」
「………オイ、いつまで探してんだ」
「え、あっと〜、まだ見つからなくて……」
「……フン」
 シャドウはそれきり、また黙り込む。
「あ、あの〜……」
 オズオズと、しかし相当の勇気を振り絞っているのだろう、ハーズは勇敢にもシャドウ
に話しかけた。
「あなたはここで生活してるんですか?」
「……………」
 シャドウは答えない。ハーズにとって痛い沈黙が下りる。
「あ、いや、なんでもないんです! ただちょっと気になったからでっ!」
 慌てたように手を振る少年に―――――
「まあ、そんなところだ」
 如何なる気まぐれか、シャドウはまともに受け答えをした。
「危険…じゃないですか?」
「……………お前、バカだろ」
「ええっ!?」
「昨日、お前はここで何を見た? お前が一人で来たのはどこだ?」
「……………」
 あんぐり。ハーズは口を開けたままシャドウを見つめる。
「じゃ、じゃあこの前は、なんで………あ、あの人を………こ、殺し…たんですか?」
「………随分と直球だな、お前」
「え? え? そ、そう……かな?」
「―――――ふ。まあいい、どちらにしてもお前に答えたところで何にもなんねーよ」
 シャドウはぞんざいに追い払うような仕草で手をふる。
「そ、そうですか……」
 まるでうなだれた子犬のようにシュンとする。
 と。
「あ、こんなところに花がある」
 草をガサガサと掻き分けていたハーズは思いがけないものを見つけたような声をあ
げた。その目の先には2,30cmくらいの白い花がいくつかまとまって咲いていた。
「……………それはタマスダレだ」
「え?」
「食べると吐き気、けいれん。多く摂取すると死ぬ。真正の毒草でそれ自体は一切薬に
 ならん。ニラとの誤食もあるな」
「よく、知ってますね」
 目をパチクリとさせ、そこには感嘆の色がある。
「まあ…………な」
 ………そしてこの時、シャドウは漠然と”失敗した”と直感したとかなんとか。





 ―――――で、それから30分後。





(……………俺様は何をしてるんだ)
 と、ガサガサ草をのけながらふと、シャドウは思った。
「あ、シャドウさん。これ食べられるんですか?」
「それはアミガサユリ。中枢神経をマヒさせ、呼吸や自発運動に作用し、心筋をおかし
 たり、血圧を降下させたりする」
「??? どういう事です?」
「有毒だ」
「………え"。うわああぁっ!?」
「んな、慌てなくても触るだけじゃ死なねーよ。それに、専門家なら薬用にもできる」
(本当、何やってるんだろーな?)
「……………と、ん?」
 手に、想像に近い感触。茂みから手を抜き出すとそこには注文通りの石が。
「おら、見つけてやったぞ。これか?」
 放り投げてよこす。それを危なげにキャッチするハーズ。その顔にみるみる喜色が
広がっていった。どうやら答えは聞くまでもないようだ。
「……もう、ここには来るな。いいな!」
 改めて、強い調子で念を押すシャドウにビクリと震えるハーズだったが、
「―――――チ、また、きやがった………か……………!!」
 途端、弱弱しい調子で近くの大木へと寄りかかり、そのままズルズルと座り込んだ。
「あ。ど、どうしたら…………」
「ク、ソが……」
 だから、とっとと帰れと言っているだろうが―――――!
 シャドウは相変わらずオロオロとするハーズに、そんな悪態もできないまま倒れた。



「………とりあえず、てめーのバカさ加減はよっく分かった」
「はい? 何か言いました?」
 クルリと。そんなシャドウの起きぬけの一言に、湖でハンカチを絞っていたハーズは
振り返った。
 熱があるわけでもないのに濡れたハンカチをシャドウの額に置いていたのだが、ここ
に至ってもう好きにしろ、という何かをどこかに放り投げた心境のシャドウ。
「んにゃ、変わったやつだっつったんだよ」
「へ? 変わってますか、僕」
「ああ。臆病なくせして、変な所で…な」
「あ、これさっき見つけた結構珍しい木の実なんですけど…食べます?」
「いらね」
「そうですか…おいしいのに」
「………もう少し、南の方にいけばそんなのはたくさん採れるぞ」
「わ、そうなんですか。いいなぁ」
「ったく」
 簡単に笑顔を見せるハーズにシャドウはため息一つ。どうやら、一度危害を加えない
と分かったら、とことん開けっぴろげになるヤツらしい。
「……………昔、お前みたいなヤツが…いたよ」
 唐突だった。そして、静かに語ってくれた。
「義弟でな、よく義姉にくっついて”俺”の様子を後ろから見ていたもんだ」
「へー、ご兄弟がいるんですか」
「いいや」
「え?」
「俺が……殺したよ。衝動のまま、この手で二人を……そして、義理の親父もな」
「あ……………」
「それだけの…話だ」










そして、新月の日から三日後―――――

 カララン。
「いらっしゃいませ」
 ジョートショップの店に一人の依頼人が訪れた。
「ん…あなたは」
 依頼人は青い瞳と金色の髪をした少女。
「………グレースさん、でしたね」
「―――――! は……い」
 雅信とは二回ほどわずかに面識のある少女。まさか向こうが憶えているとは思ってな
かったのだろう。
 彼女はわずかに逡巡した後に口を開いた。

「お願いがあるんです……あたしの弟、ハーズの事なんですけど―――――」








     了


>あとがき
 次でシャドウイベントは終了です。
 …何分、話と話の間に日が開きすぎてるからたぶんグレースの事を憶えている奇特な
方はいないでしょうねぇ。一応2話と3話にちょこっと登場してます。
 今までわざとグレースっていう名前を出してませんでしたが、12話で分かった人は
すごいぞ!(^^)
中央改札 交響曲 感想 説明