中央改札 交響曲 感想 説明

雫の20:ライフ<4>
正行


雫の20:ライフ<4>










「ふう」

 どこから俺の誕生日を聞きつけたのか、誕生パーティも終わり、後片付けも済み、
みんなも解散した夜更け。

 俺はなんとなく、外へ出る。

「…ライフか?」

「はい」

 店の前に流れる川。そこの土手にライフはいた。一人、ぽつんと月光を浴びて。

「どうした」

「いえ……今日は、楽しかったですか?」

「そうだな。毎日が俺にとっては大切さ」

「あはは……」

 先程までとはうってかわって小さく見えるライフ。そんなこいつは振り向くこともせず
にただじっとせせらぐ川を見つめている。

「私は誕生日なんて大嫌いです」

 ライフは淡々と、ハッキリそう口にした。そこには憎しみすら窺える。

「年齢は…それだけで死への宣告ですから」

 サラサラサラ………

 水音が小さく鼓膜を打つ。絶え間なく流動する水が暗い光を反射している。

「だが、年齢などなくても時の前には皆無力だ。それは全てに、平等に与えられる。
 そして、死には年齢なんて関係ない。日常の至るところに死は潜んでいる。確率という
 名でな」

「あはは。私はなにも今更繰り返そうなんて思ってませんよ」

「…………………………」

 対岸の向こうにある家から漏れていた灯火がフッと消える。同時に、川辺を照らして
いた明かりも消えた。

 薄い月明かりだけの世界。

「誕生日は私の始まり。そこから始まったという証。これまで積み重ねてきた時間。
 誕生日を祝うのは、一つの区切り。これまで過ごしてきた1年とこれから始まる
 1年……それをみんなで祝う。

 ……………ただ、ですね」

 そこで、初めてライフが俺と向き合う。ライフの目は気圧されるほど澄んでいた。

「私は思うんですよ。限られた時間の中、私は何をしたいのか、何をすべきなのか。
 ”私達”は……何故こんな体で生まれてきたのか」

「俺は、しかと憶えていよう。ライフという人を。お前の苦悩を」

「―――――っ!」

 鋭く息を飲む音。

「そして、俺への憎しみを。憎悪を」

「それがっ…! 何になるというんですか!!」

 ライフが激昂した。

 胸倉を掴まれ、激しく叩きつかれる。

「それが私への慰めになるとでも!」

「ああ。俺はお前を救えない。お前の苦しみを引き受ける事も、分かち合う事もできない。
 俺がお前にかけられる言葉は何一つとて、偽りのものでしかない」

 そう。俺は半永久的な生命を持つから。不老不死に近いから。

 そう。俺の存在がライフを惑わせる。

 だから、俺が”彼ら”にする事は憶えておく事。

 心に血を以って刻み付ける事だ。

「……すいません。取り乱して」

「……………」

 ライフはそう言って、力なく手を緩めた。

「………誕生日は嫌いですが…それを祝ってくれるみんなは、みんなには………」

 言葉が濁る。

 俺はそっと、夜空を見上げた。

「もう…嬉しくて、だけど………泣いてしまうくらい悲しくて………」

「………そうか」

 ライフは、ふう、と一息ついて心を落ち着ける。

「私が残ってたのは、今日のお祝いが本物だという事を言っておこうと思いまして」

 ああ、そうか。

「……すまない、ライフ」

 俺の言葉にふるふると首を横に振って、

「違いますよ、雅信さん。私は謝られるために祝うんじゃありませんよ」

 ……ははは。そうか。そうだな。ライフも、言うようになったな。

それでも、俺は少しばかりの感謝を手に。

「ありがとな、ライフ」

「前の事は、色々とすいませんでした。そして、これからもよろしくお願いしますね」









 ちなみにこれは『行進曲』後のお話です。
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