第四話
「・・・・・・」
凌斗はさくら亭の看板を見上げて呆然としていた。
(まさか文字まで日本語とは思わなかった。しかもメニューも日本とさほど変わらない・・・、どうなってんだ。)
「どうしかしたんですか?凌斗さん。」
「あ?別に。入るか。」
カランカラン
「あら、シーラじゃない。いらっしゃい。そっちの人は?」
パティが凌斗を見て言った。
〔パティ・ソール、さくら亭の看板娘、勝気で男勝りな性格。〕
「凌斗さんって言って、街道で私のことを助けてくれたの。」「よろしく。」
とシーラが紹介し凌斗が適当に挨拶した。
「ふーん、どっから来たの?」
「遠くの小さな街だよ。」
東京都、などと言っても通じるわけがないので適当に答えた。
「凌斗さん、ここのお料理おいしいんですよ。」
「そうか。ビーフシチューをくれ。」
「OK、ちょっと待ってて。」
そう言って厨房に入っていき、入れ違いにリサが入ってきた。
「シーラ、大変だったらしいね。」
〔リサ・メッカーノ、さくら亭で住み込みで働いている女戦士。〕
なぜリサがこのことを知っているのか。それは何処からとも無くネタを仕入れ噂としてばらまくあの二人がいればこそだろう。この二人に知られたら、一時間と無く広まると言われている。
「ええ、この人が助けてくれたの。」
「へえ、あんたかい?あのオーガを倒したのは。」
「あ?あのデカ物の事か。それがどうした?」
「自警団じゃ大騒ぎだよ、誰がやったのかって。」
自警団と言うのはショート財団がスポンサーの治安維持のための機関である。
「どうでもいいな。食わないのに殺した事の方が問題だ。」
食わないものや食えないものは殺さない事にしているのだ。
凌斗がそう答えたときパティが戻ってきた。
「はい、ビーフシチューお待ちどうさま。」
そのとき奥の席から怒声が響いた。
「なんだって、マリア!もういっぺん言ってみな。」
「何度でも言うわよ、魔法も使えないのーなしエルフ。」
いつものマリアとエルのケンカである。
「騒がしいな。」
(魔法?そんなものがあるのか。)
いい加減頭が混乱しそうだが、とりあえず現実として受け入れる事にした。
「ほっとけばそのうち静まるから。」
パティが呆れ顔で言ったが、
「確実に周りを巻き込むタイプのケンカだな。」
事実常連客は巻き込まれるのを恐れて店の反対側に逃げていた。
「そうなのよね。ま、そのうち終わるから。」
「触らぬ神にたたりなしってやつだな。」
と納得していた。すると、
カランカラン
アルベルトとシュウが入ってきた。
〔アルベルト・コーレイン、自警団一の長槍使いを自負する化粧大好き男。〕
「ここに街道の一件の当事者がいるって聞いたんだが・・・、」
シュウがそう言うと3人は一斉に凌斗を見た。
〔シュウ・ルインズ、自警団第3部隊の隊員。缶詰だけで日々生活している。〕
「ん、このシチューよく煮込んであってうまいな。」
が凌斗は何処吹く風といわんばかりにシチューを食べていた。
「お前か、あのオーガを倒したのは。話を聞かせてもらおう。」
アルベルトがそう言いながらリョウの肩を掴んだ。
「面倒くさい。第一人に頼む時はそれなりの頼み方があるだろうが。」
とアルベルトの手を払うと、
「是非お話を聞かせてくださいお願いいたします。」
とアルベルト顔を引きつかせながら言った。
そのとき、
「Carmine Spread!!」
とマリアがエルに向かって魔法を使った。しかし
発生した火の玉のいくつかが凌斗のほうに向かってきた。
「よろしく。」
そう言いながら凌斗は素早くアルベルトを掴み盾にした。
ドドドドン
煙の中には黒く焼け焦げたアルベルトとほこりを払う凌斗がいた。
(これが魔法か。原理が知りたいもんだ。)
とアルベルトの容態など微塵も考えず魔法に興味を示していた。そして、
「こいつ生きてるのか? まあ、仕事に殉じる事が出来て本望だろ。」
そう言いながら凌斗は合掌した。
「人を勝手に殺すな!大体人を盾にするとはどういう了見だ。」
とアルベルトが当たり前の抗議をした。
「悪いな、盾になるものが外に無かったんだ。避けるのは簡単だが避けたらシーラ達に当たるかもしれないだろう?それに自警団って言うぐらいだから市民を守るのが仕事だろ。」
凌斗はアルベルトの神経を逆なでしている
「貴様〜〜!」
アルベルトの怒りが頂点に達しようとしていた時、
「アルベルト、怒るのはもっともだがマントの火を消した方がいいんじゃないか?」
とシュウがさっきの魔法によってアルベルトのマントに火がついている事を指摘した。
「何っ?!」
アルベルトはすかさずマントについた火を踏み消した。
「・・・お前はサイか。」
猪突猛進かつ火を踏み消す行動、なるほど確かにサイに見える。
「とにかく、一緒に来てもらおうか。」
火を消し終わって、息せき切らせたアルベルトが再び凌斗を連れて行こうとした。
「面倒くさい、と言っている。人に同じことを二度も三度も言わせるのは頭が悪い証拠だぞ。」
まさに一触即発の状況になりつつあった。
「そのぐらいにしてやりな、そいつは自警団の仕事で来ただけなんだから。」
とリサが仲裁に入った。
「はぁ、めんどくせぇな。」
カランカラン、
リカルドが入ってきた。
〔リカルド・フォスター、50歳を超えているとは思えない体力を誇る自警団の隊長。非常に真面目で礼儀正しい性格。〕
「隊長、なぜここに?」
「アル、用がある時は自分から会いに行くのが礼儀と言うものだ。」
「あんたが隊長さんか、部下のしつけが出来てないんじゃないか?」
とアルベルトを指して言った。
「ふむ、何か非礼があったなら謝ろう。」
と頭を下げた。
「別にいいよ頭なんか下げなくて。それより何の用で来たんだ?」
「君がオーガを倒したときの状況を聞きに来たのだよ。」
「状況、ねえ・・・。」
と渋りながら話し出した。無論よそから来た事にして。
「・・・まさか、あんなナイフ一本でオーガを倒すとは・・・。ところで君はこの先当てはあるのかね?」
事情を聞き終わったリカルドが凌斗に聞いた。
「別に、離れる予定も留まる予定もない。」
「それならば自警団に来ないかね?状況判断力、戦闘能力共にたいした物だ。」
リカルドの突然の申し出にアルベルトは抗議しようとしたが、
「申し出はありがたいが俺は集団行動が嫌いなんだ。
それにそこの奴と反りが合いそうにない。」
凌斗はあっさりと断った。
「そうか、では私はこれで失礼するとしよう。アル、帰るぞ。」
リカルドはアルベルトたちを連れてさくら亭を後にした。
「ふぅ、パティ、灰皿をくれ。」
と煙草に口にくわえ、火をつけようとした。
「止めたほうがいいんじゃない?身体に悪いし。」
パティは灰皿を手渡しながら言った。
「大きなお世話だ。」
凌斗は灰皿を受け取りながら煙草に火をつけた。
「ねえねえ、この人誰?知り合い?」
マリアがしゃしゃり出てきた。
「・・・・・」
(さっきのガキか、ガキとは関わりあいになりたくないな。)
そんな凌斗の思惑を知ってか知らずか、
「えへへ〜、あたしマリア!よろしくね。」
〔マリア・ショート、街一番の富豪の娘でいつもエルとケンカしている。〕
とマリアが勝手に自己紹介を始めた。
「・・・凌斗だ。」
「ふーん、凌斗ってのかい。あたしはエル、よろしく。」
〔エル・ルイス、魔法が使えないことを気にしてないように振舞ってはいるが
内心とても気にしている。〕
「よろしく。エル、ちょっと耳を貸せ。」
と言うとリョウはエルに耳打ちした。
「ガキはまともに相手するな。疲れるだけだ。」
「ぷっ、あはははは!そりゃそうだ、あんたの言うとおりだね。」
「なんて言ったの?」
リサとパティはなんとなく予想がついているようだったが
マリアとシーラはわかっていないようだった。
「さあ?聞かない方がいいんじゃないか?」
ととぼけた表情で言った。
そのとき、バーーーン!!という音とともにピートが入って来た。その後ろにはメロディとクリス、クリスにまとわりつく由羅と一歩下がった所を歩くシェリルがいた。
「オーーーーッス!」
〔ピート・ロス、一言で言えばガキ、もう少し言えば好奇心旺盛で元気すぎるガキ。驚異的な体力の持ち主。〕
「あんた扉が壊れるからやめなさいって何回言ったら分かるのよ。」
「あれは?」
「あれって、ピート君の事?」
とピートを指した。
「じゃなくてその後ろの猫の格好したガキ。」
「ああ、メロディちゃん。猫の格好してるんじゃなくて、そういう種族なの。」
〔メロディ・シンクレア、舌足らずな言葉を使い、精神年齢は低いが、
学習能力がとても高い。〕
「じゃ、その後ろの派手な女もか?」
「ええ、由羅さんって言って一緒に住んでるんですって。」
〔橘由羅、クリスがお気に入りで追いまわしている。いつもハイテンションで酔っ払っているかどうかの区別がつきにくい。〕
「うわぁ、止めてよ由羅さん、離れてよ。」
クリスが由羅から逃げようとしているが由羅は放さない。
〔クリストファー・クロス、女性アレルギー、大きめのサイズのものが好き。〕
「いいじゃない、あたしはクリス君が好きなんだから。」
由羅はクリスを追っかける事に夢中になっている。
「あの後ろでおどおどしてるのは?」
「シェリルちゃんって言って、いい子なんだけどちょっと人見知りが激しいんです。」
〔シェリル・クリスティア、本の世界にのめりこむ傾向がある。〕
カランカラン
「ニュース!ニュース!オーガを倒した人をここで見たって・・・あれ?」
トリーシャが入ってきた。がトリーシャの言っているニュースはここにいる人間
ほぼ全員が知っている事だった。
〔トリーシャ・フォスター、大の噂好き。この娘にかかれば、どんなニュースも一晩で街中に伝わる。〕
「ネタが古いわよトリーシャちゃん。」
そう言いながらローラが壁から入って来た。
〔ローラ・ニューフィールド、幽霊少女。本人は幽霊ではないと否定しているが傍から見れば立派な?幽霊。トリーシャとセットにすると噂が一時間ほどで街に広まる。〕
「い、今、壁から・・・。」
さすがにこれには驚いた。
「ローラちゃんって幽霊なんです。」
「幽霊ぃ?」
(魔法の次は足のある幽霊、なんでもありかよ。)
カランカラン
アリサとテディ、それにアレフが入って来た。
「いらっしゃい、アリサさん。」
「こんにちは、パティちゃん。」
〔アリサ・アスティア、非常に落ち着いた物腰の盲目の女性。〕
「こんにちはっス。」
〔テディ、アリサのペットの魔法生物、
あの外見は気ぐるみだという人間が少なからずいる。(らしい)〕
「ここじゃ犬が喋るのか。(何でもありだな。)」
とリョウがあきれた。
「僕は犬じゃないっス。」
とテディがリョウに抗議した。
「シーラ、この人は誰だ?」
テディの抗議を無視して聞いた。
「アリサさんって言うの。アリサさん、こちらは凌斗さん。」
「あら、入れ違いになったのね。初めまして、アリサ・アスティアと申します。」
と深々とお辞儀した。一度家に戻り再びクラウド医院に行った所、ここにいるんじゃないかと聞いてきたのだ。
「葉崎凌斗です、初めまして。」
軽くお辞儀した。
「シーラが俺以外の男と親しげに話してる。」
アレフはその事にショックを受けて固まっている。
〔アレフ・コールソン、街一番のナンパ師を自負し女性の部屋の鍵のコレクションが趣味という男。振られた事は有っても振ったことがないのがいい所。〕
「ところでパティ、どこか住み込みで働けるような所に心当たりないか?」
凌斗は話題を変えた。
「んー、特にないわね。」
「あら、仕事を探してるの?」
アリサが話に加わった。
「ええ、住み込みで働ける所を探してるんです。」
「凌斗クン、あなた力仕事は?」
とアリサが凌斗に質問した。
「平気ですよ。」
「そう、じゃあうちに来ない?大してお給料出して上げられないけど。」
ジョートショップと言う店を経営しているが御主人が死んでから女手一つの為、
経営があまり芳しくないのだ。
「ホントですか?住むとこと三食さえあれば充分です。」
「じゃあ、決まりね。良かったわ、主人が死んでから力仕事が出来る人がいなくて困っていたの。」
こうして凌斗がジョートショップで働くことが決まった。
続く