中央改札 交響曲 感想 説明

時計 前編
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志賀直哉の言葉である


「僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る」




事実、自分が『今』と感じている時間でさえも、一瞬前の出来事だと言うのに
その一瞬は絶対に戻らないものだと解かっているのだろうか



時計
前編


暗い冥い部屋の中。赤青黒白の4つの魔方陣が描かれている。
その中に、男が一人立っていた。
「世界を織り成す数多の精霊達よ、答えよ。その姿なき心を私達の前に現せ。そして契約を行い。自らの意思を表そう…………」
しばらくの沈黙
そしてため息
「―――――やはり無理だったようだな」
その背中に、声がかけられた。
「……ゼファー。見ていたのか」
ああ、と頷いて、ぱち、と電気をつけるゼファーと呼ばれた男。
先ほどのわけの解からない言葉――一般人にはなじみのない言葉であるが、これは精霊魔法を習得するための儀式である。
ちなみに部屋の中でおかしなことをやっていた男はルシード・アトレーと言う。共に保安部隊第三課に所属。エリートの窓際族と呼ばれている部署である。
そんなことは気にもせず、ゼファーはルシードに話しかける。
「いつも言っているが、お前のそれは生まれつきのものだ。努力でどうにかなる範囲を超えている」
「でもな……あんな事件がまたあったらと思うとな…」
それは、先日おきた事件。旅芸人が持ち込んだモンスターにより引き起こされた事件である。
両者の間に重苦しい沈黙が流れた。
「ルシード―!! お客さんだよー」
「…ルーティーか、行ってきたらどうだ?」
後は直しておこう。と言うゼファーの言葉に、ルシードはすまない、と返した。
「……悪い、頼む」


肩を落としてルシードは精霊魔法習得部屋を出て行った。その後姿をゼファーは黙って見つめている。
「あいつの場合はあまり必要がないともいえるんだがな……いや、自分を守るため、か」
その言葉は、抗魔法対策が施された灰色の壁に消えていった。



ルシードが降りてきたとき、彼の目に映ったのは、ソファーに座っているルーティーと、開いた扉の前に立っているフローネだった。
「呼んだのか 誰だ?」
「へっへーん、見たら解かるよん、ほらっ」
ルーティーがそう言うと、フロー音の後ろから、ひょっこりと二つのふさふさした耳が出てきた。
その耳を持つ少女に、ルシードは心当たりがある。
「……ルシード」
「更紗じゃねえか、何かあったのか?」
「ううん……おばさんから差し入れ……」
「そうか、そりゃすまなかったな」
「うん……」
そう言って黙ってしまう二人、しかしそれを回りは許さなかった。幸か不幸か
「ルシード、せっかく来てくれたんだから、少しくらい付き合ってあげなよ。更紗それを楽しみにしてたんだろうしさ」
真っ赤になってフルフルと首を振る更紗。しかし尻尾は縦に激しく揺れている。
ルーティは更紗を前に押し出した。
更紗――――――旅芸人の一座が連れていた―――――いや、見世物として『飼われていた』と言うのが正しい少女である。人間とは違うライシアンと言う種族である。狐の耳としっぱを持つ身目麗しい種族であり、ある事件から紆余曲折を経て、今はミッシュヘーゼンの女将の養女となっていた。
そして、その事件の時から見た目には分かり辛いが、見る人が見ればわかる程度――――何故か、ルシードには心を許していた。
女将からそれを聞かされても、ルシードとしては首をひねるばかりであったのだが。

「でも手を出したら犯罪だからねー」
「うるせえよ!! 人を何だと思ってやがるんだ」
「ロリコン」
いらん事を言ってくるバーシアとルーティに何と言い返そうかルシードが言葉を捜していると、横からくいくいと袖を引かれた。見ると、更紗の小さな手が服をつかんでいる。
「ルシード…大丈夫? なんだかぴりぴりしてる……」
「……」
「行ってきたら? あんたここにいても墓穴掘るだけでしょ」
「今日は先輩は非番ですし………ここにいてもやることはないと思います」
フローネ、お前もか!? と言う目でルシードは青い髪の少女を見る。だが周りから帰ってきたのは生ぬるい視線だけだった。

結局、ルシードは更紗をつれてしばらく外に出ることにした。周りの視線に耐えかねたというよりは、更紗の視線に耐えかねたと言うほうが正しかったが




「――――――――ルシード」
ルシードがしばらく市街地を歩いていると、共に歩く更紗から声が発せられた。
ちなみに彼女は紺色の、頭をすっぽりと覆うベレー帽をかぶっている。ルシードが以前にプレゼントした代物で、街を歩く時、更紗は必ずこれをつけて出るようになっていた。
それに、何だ? と言う風に振り向くルシード
「どうした?」
なんでもない風を装ってルシードは答えた。だが、その答えに対する少女の言葉は、ルシードが予想していたものとは少し違っていた。
「困ってる?」
何を? と一瞬聞こうとしてルシードは立ち止まったが、やめた。
更紗は時たま妙に勘の鋭いところがあり、それを彼はよく知っていたからだ。そして、今の彼女の問いも抽象的ではあるが故に、何かあれば話して欲しい、と少女が行っているようにルシードには聞こえた。
「そうだな…少し難しい話になるけどいいか?」
こくん、と更紗はうなずく。それを確認してから、ルシードは話し始めた。
自分の体質と、それに伴う悩みについて
「まず―――――俺が何故保安部第四課―――通称超常現象対策課――まあもし幽霊が事件を起こした場合とかに対応する所だ――――居るのかについてだが――――――俺は昔から変な力を持っていてな、それが、今ではほとんど見つからないらしい能力だそうだ。それが幽霊とかに役に立つんだとさ」
「ルシードの、人と違うところ―――――――例えばその赤い目?」
「ああ、これは持つ魔力容量が少し人より大きいからこうなっているらしい。で、使える力の中には精霊術、神聖術、魔術の三つがあるんだが――――――前の二つ、俺はまったく使えないんだ」
「―――――――ごめんなさい、その三つの違いがよくわからない」
そうだな、と無意識に更紗の頭をなでながらルシードは言葉を捜す。その下で少女が顔を真っ赤にしていることにも気づかずに。
「ル、ルシード…………」
「精霊術は肉体強化、神聖術は治療、魔術は――――破壊、だな。魔術に対してもほとんど使えない。ただ、体力だけは在るから格闘のほうで全部補っている状態か」
「………………………………」
言葉が返ってこないことに気づき、下を向くルシード。そこにはいつもと変わらない少女の姿。少し嬉しそうなのはこちらのうぬぼれだろうか
難しい話をしてしまったか、と反省する。一度このことは話した事があったのだが、そのときは更紗はただ聞いていただけだった。
「っと、悪い、話し込んでしまったか――――――――――まあどちらにしろ、自分が出来ることをするしかないんだがな、できることが在るうちは」
少女は、ただ一言
「――――――ルシードなら、きっと出来る」
と言っただけだった。
返事は期待していなかった。それだけに少女から言葉が帰ってきたときは、少女の顔をまじまじと見つめてしまったのだが
その言葉は、何故かルシードの記憶の底に留まることとなる。だが、今はただ、更紗が当てずっぽうで慰めてくれたと言う推測があっただけだった。
話しているうちに日が傾いてきた。またしばらく更紗とすごしてもいいか、とルシードは考える。
結局、彼らは一緒にいてお互い心地いいと感じているのだ。




「更紗―――クーロンヌに行かないか? 何かおごるぞ」
しばらく考えた末にルシードが出した結論は、更紗に対して自分は保護者―――この場合は兄、と言うのが一番近い。いくらルーティやバーシアなどの同僚にからかわれようと、更紗本人から純粋な愛情を注がれようと、そのポジションだけは変える気はなかった。
こくり、と更紗がうなずく。
それを確認して、ルシードは歩き出した。



前編です。
読んでくださった方ありがとうございました

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