中央改札 交響曲 感想 説明

時計 後編
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喫茶クーロンヌ
街でも評判の美人姉妹が働いていると言われる喫茶店である。
多少値段は高くとも、今日も件の少女達を一目見ようと大勢の客が押しかけていた。
からん、とカウベルが鳴り、扉が開く。
いらっしゃいませ、とリーゼは何時もの客に対する様に声を出そうとして、止まった。
開いた扉から入って来たのは、背の高いしなやかな青年と、帽子をかぶった少女。どちらも見覚えがあった。
「ルシードさん!! それに更紗ちゃん、いらっしゃい」
「よ、席空いてるかい」
「あいにく相席しかないのですが……」
「相席か」
そう言ってルシードは考え込んだ。自分は別にいい、だが隣の少女はそれを嫌がるのではないか
そう考えていたルシードの袖が、くいくいと引かれた。
「……大丈夫だから」
「ん…そうか、なら相席で頼む」
少し更紗を見て、ルシードはリーゼに肯いた。隣の小さな少女が自分から言うのであれば、大丈夫だろうと考えてである。更紗はあまり話さないように見えて、実はかなりはっきりと物を言う。ミッシュヘーゼンの女将を初めとする、自分が心を許せる範囲の人間だけにだが
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

そう言われ連れて来られた所には…
一人の男が、新聞を広げている。その男は、ルシードたちに気づくと新聞をたたみ、着ていた帽子を抜いで挨拶をした

「おお、ルシード君ではないか。壮健かね」
「あんたかよ」
そう言って大仰に頷いたのは、年のころ30後半のさえない男。だがこの男こう見えて、売れっ子のホラー作家である。
ニコラス・ピースクラフト。
以前、ある事件で知り合いになった作家であり、ルシードたち、ブルーフェザーとも面識があった。
正直ルシードはあまりこの男が好きではなかった。
話している内にこちらのペースを見失ってしまうからである。
だが、来てしまったからには仕方ない、という事と、隣で服をつかんでいる更紗の表情に負けて、しぶしぶと腰を下ろした。作家の真正面に。更紗がその隣に座る。
「ご注文はいかがしましょう」
「クーロンヌティラミス、それとブレンド」
「エスプレッソ、それと何か腹が膨れるもの」
「……これと、これ」
三人が次々に注文するのを、リーゼがプロの技で対応する。
「ご注文を繰り返させていただきます。ティラミスがお一つ、サンドイッチがお一つ、ガナッシュパイがお一つ、ブレンドがお一つ、エスプレッソがお一つ、カモミールティーがお一つ、以上でよろしいでしょうか?」
「頼む」
ルシードは、いつもながらさすがだ、と言う目で、リーゼの細くしなやかな後姿を見送った。と足の小指に痛みを感じた。見ると更紗の靴がその上から踏みつけている。
「更紗…痛いんだが」
「……知らない」
そう言って、足をはなしはしたもののぷいっと横を向く更紗、そこに言葉を挟んだのはピースクラフトだった。
「あまり変わっていないようだね。あんなことがあったから心配してたんだが」
「?」
その言葉の中にただならぬものを感じたルシードは鋭い目で目の前の男を見る。それを見て、失言だったか、と言う風に口をつぐむピースクラフト。
「……何かあったのか?」
「……その様子だと知らないようだね、これを見てみるかい?」
そう言って渡された新聞の一覧のある部分をルシードは何気なく読んでいた。と、ある部分で目が留まる。そこにはこう書かれていた。
『人権法案可決!? 人間以外はこの町から出て行け!!』
ルシードは目の前に射る男の目を見る。
「これはあるタカ派の議員が一人で主張していることなんだがね……人間とそれ以外の種族との境界を明確にしようという動きが出てきている。あくまで個人の主張だが、賛成するものも少なくない」
「―――――――ちっ」
舌打ちをするルシード
更紗は深い透明な目でその新聞を見つめていた。その表情からは何を考えているのかうかがい知ることは出来ない。



などと考えている間に、いつの間にかお盆を持ったリーゼが彼らの座っている机の前に、不思議そうな顔をして立っていた。
「あの……失礼します。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
そこで初めてルシードは、先ほど注文したものが机の上に全ておかれていることに気づく。
「ああ、ありがとうな」
「――――? どうかしましたか? ルシードさん、それに更紗ちゃんも」
「いや……なんでもないよリーゼさん」
ピースクラフト氏までがそう言ったため、納得していない顔をしながらもリーゼは引き下がった。営業時間でもあったため
注文が来てから少しの沈黙、それを破ったのはピースクラフトの一言だった。
「――――――――心配しなくても、これは可決されない」
そう断定したピースクラフトを、ルシードはまじまじと見つめた。
「どうしてそう言えるんだ?」
「一つとして、反対する勢力の方が今は強いと言うこと。ちなみにこの町の三分の一以上は純粋な人間ではない。そして、議員の中にも自分の出身を詳しく調べられたらまずいと言う輩もいるというわけさ」
「なるほどな……まあ確かに、その境界はいつになっても明確にはならないだろうと言われている、か……」
「だが確かに、不快なことには変わりないね。人間とそれ以外にどんな区別があると言うのか―――――――――生きているかどうかが重要だと言うのに」
そう言って、ティラミスにフォークをつけるピースクラフト。彼を見習ってルシードもサンドイッチをつまむ。
ふと、隣の少女が何のリアクションも起こしていないことに気づいた。彼女は新聞のある部分をじっと見ている。
「? どうした? 更紗」
「これ……見て」
そう更紗が指を差した場所にかかれてあったものは
「―――――――ライシアンのための特別保護区設定か、それは…私が言うのもなんだが可決される可能性がある」
「どういうことだ?」
そのルシードの問いに、ピースクラフト氏はブレンドのカップを持ちながら言った。
「更紗君のようなライシアン種が希少種と呼ばれているのは知っているだろう? 西へ行けば希少種は高値で売れる。それこそ密猟者がいるくらいにな。だが今、ライシアンという種はほとんど見つかっていない。自然破壊や密猟の結果だと言われているが、確かなことは何も分かっていない」
「そこで―――――これ、か」
「そして更紗君はその第一号となるかもしれないな」
それに対して更紗は――――――――本当に珍しく感情を表に出して――――――拒否した。
「絶対に、嫌」と
それから、ガナッシュパイに取り掛かる更紗。さくさくという音だけがその場に響いていた。
ルシードとピースクラフトは、完全にその雰囲気に呑まれていた。
気まずい思いをしたまま、食事が進む。
だが、更紗自身がその話題を続けたくなかったためか、珍しく言葉が多かった。
そのためいつもとは雰囲気が違ったが、次第に楽しい雰囲気になっていったと言うことをここに記しておく。


「それでは、またいつか近いうちに」
「ん、そだな」
「……さようなら」
ちなみにクーロンヌでの食事は、珍しく氏が奢ってくれた。曰く
「印税が入ったからね。今日はそれのお祝いとさせてくれ。それと……更紗君、嫌な思いをさせてしまってすまなかった」
「……気にしてないから」

ルシードと更紗はクーロンヌの前でピースクラフト氏と別れ、ブルーフェザーへ向かう橋の上を歩いていた。
「……ルシード」
「ん?」
「……私は、ずっとルシード達と居たい」
「ああ」
そう言って、わしわしと更紗の頭をなでる。
「あんなところにやったりしねえよ」
「……うん」
更紗はルシードの手を握った。
夕焼けが、街を照らしている。



私は更紗が大好きです。
読んでくださった方、ありがとうございました。
また何時か機会がありましたら

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