中央改札 交響曲 感想 説明

Lunatic Emotion皐月


Lunatic Emotion


月の光が煌々と地を照らす。
照らされる地は銀のヴェールが掛かり幻想的に染め上げられていた。
美しいと呼べる光景であった・・・・・・普段であれば。

ただ変わらぬ静謐の夜であれば彼の地は虫の音色が神韻の如く響き
夜のみにその可憐さを表す夜想の如き花が百花繚乱と咲き乱れていただろう。
だが今そこにあるのは数え切れぬ夥しい骸の山。
空気は血臭を含み夜想の花は骸に押しつぶされ地が朱に染まっている。
どれ程の数が死んだというのか?天より見下ろす目があればそれは地平の果てまで
骸の大地が築かれていることが分かるだろう。
幾千では足りない幾万でも足りるであろうか?
その屍々類々の中この凄惨という言葉ですら足りない中に人影があった。
その人影は軽く手を伸ばし何かを掴んでいた。
何か・・・満身創痍の人間だ。
最早息をすることすら難しいであろうと言うことが誰の目にも明らかだというのに
それでもその人間は言葉を出した。
地獄の底より響くかのような声であった。
だがそのような声を聞いたところで人影は何一つ変わらず死人と呼べるような
人間の頭を掴んでいた。

「ここで・・・我々を・・殺したところで・・・何も・・・終わりはしない・・・」

死の間際にありながらその声は嘲りを含み人影にぶつけていた。
だがそれもそこまでだった。
言葉の終わりと共に人影が手に力を入れた。
力を入れたようには僅かにも感じられないそれでも死人は死人に正しくなった。
地を打った音は二種。
男が落ちる音と握りつぶされた頭より溢れた脳漿と血塊だ。
頭部を握りつぶした影は手を染め上げたそれを口元に持っていた。
舐め上げる・・・舌が蛇の如く這いてらてらと唾液と血の混ざり合った
線を一筋二筋と作っていく。
月光に照らし上げられ死骸が幾万と積み重ねられるその光景の何と不気味な事か
何と妖しいことかそして何と・・・美しいことか・・・。

不意に骸の地に影がまた一つ落ちた。
始まりよりありし影は血に舌を這わすのをやめ新たな影に向き直る。
風が鳴り始めた。轟々と新たな死闘を世界に報せるかのように。
どちらからか影が歩き始めた。
未だ温もりと柔らかさを持つ生命の息吹無き肉塊をグチャリグチャリと踏みしめ。

そして、世界を閃光が覆った。



                ******



ハッと小さくだが鋭く息を吐く音が響いた。
辺りはまだ薄闇に覆われ夜だと告げていた。
女はゆっくりと体を起こした。その際掛けられていた薄手の布団がずれる。
女は未だ薄闇の中の自分の部屋を見渡し嘆息した。

「・・・夢・・・。あれは過去(むかし)の事だというのにまだ終わらない・・」

ベッドより降り窓へと向かう。
窓から差し込んでくる月の光が優しい。

「月・・・月の光は嫌い・・何も変わらないから私にあの夜を思い出させる・・」

哀しみに似た色を瞳に浮かべ独白が続く。

「もう・・・彼は居ないのに・・・。どうして私は生きているの・・・」

女の独白かはたまた懺悔はまだ終わりそうにない。
それをただ月だけが見ていた。それは神の御観の如く静かに天よりあまねく地を
ただ静かに見ていた・・・・・・。




                ******




陽光が月光に変わり地を照らし上げた。昨夜の誰かの哀しみはその光に払拭されたのかその陰りもない。
鳥の囀りが美しい音楽のように鼓膜を振るわせる中、街が活気に彩られていく。
中には未だ夢の中で微睡む者もいるがエンフィールドの一日は開けた。




                 ******




木々の間より木漏れ日が漏れ鮮やかな一色の色彩を見せる森の中。
早朝の僅かに冷たく澄んだ空気が体に心地よい冷気を与える。
虫のざわめきと鳥の囀りが響く森の中を歩く人影があった。

「ご主人様。あそこにあったスッ!」

人影の肩に乗る奇妙な犬のような生き物が明るく軽い声を出す。
その言葉を聞き僅かに顔を横向ける人影。
その顔を木漏れ日が照らし上げた。
女だ。年の頃は外見から見ると20代後半木漏れ日の光彩の元琥珀の如く透き通る
ブラウンの髪、美しい顔立ちをした女性であるがその瞳が鈍い光で覆われている。
柔らかい笑みが誰おも春の日差しの如く安らぎへと誘わせるだろう。

「そう、テディありがとう」

静かに暖かく言葉を返す。
そしてその言葉と共に緩やかに歩き出すそれを先導するテディ。
歩を止めた場所は花が咲き乱れるところだった。
色鮮やかに咲き乱れる幾種もの花々、辺りに充満する強い芳香がそれを香草だと
知らせる。
香草を摘み持っていた籠の中に入れていくアリサ。
その周りでテディが遊んでいるとしか言いようがない動きをしながら一応同じように
香草を摘んでいた。

どれ程の時が過ぎたのか。最初はまだ地平より少し上の位置にあった太陽が今は
中天とまでは行かないがそれなりの高さにまで来ていた。
体に心地よい冷気を与えていた空気も今はまた別種の暖かい空気へと代わり
時間の過ぎたことを教える。
それを目の見えぬアリサは感じそろそろ戻ろうかしらと立ち上がった。
籠の中は今まで摘んだ香草でいっぱいとなっている。

「テディ、そろそろ帰りましょう」
「ういっす」

未だ香草の中で遊んでいるようなテディに呼びかけアリサは朝来た道をまた
戻っていった

新緑が強い緑の匂いを醸し出す。
朝とはまた異なる鳥の囀りが聞こえる中を一人と一匹は歩いていく。
おそらくかなりの人が歩いていたのだろう。アリサが歩く道は舗装されたか
のように道が堅く締まっていた。
道より僅かに目を離せば其処には白や紫、黄色等の幾種もの花が咲き心を和ませる。
その香り薫中を歩きながらアリサはこんな時は目が見えたらと思いつつ歩を進める。
エンフィールドまではまだ時間が掛かる。
それでもこのような自然の息吹を感じながらであればその道のりもまた遠くはないだろう。

「ご主人様!今日は何を作るッスか?」

先程摘んだ香草の使い道を期待のこもった声で聞いてくるテディに苦笑しつつ
答える。

「そうね、昨日はケーキを作ったから今日はクッキーでも作ろうかしら」
「やったッス!」
「できあがったらテディ。パティちゃんのところに届けてもらえるかしら?」
「了解ッス」

いつもと変わらない光景いつもと変わらない会話。
これが続けばいいと思う。変わらず続けばと・・・。
そんな想いを抱きつつアリサは歩く。
が、終わりは唐突に来た。アリサの想いを否定するように永遠など無いと無慈悲に
告げるように彼は現れたのだった・・・・・・。




                 ******




今この瞬間まで囀っていた鳥が一斉に飛び立った。
木々の梢を大きく揺らし怯えるように飛び立った。
空に描かれていく幾つもの黒点今もまだ広がり続けていく。
虫も鳴くことをやめ辺りは一瞬にして静寂に包まれた。

「御主人・・・なんか変ッス」

テディが怯えた声を出す。
静寂の中アリサは目の前を見つめ続けていた。
テディの言葉も聞こえていないのかただじっと目の前を。
不意に何かが変わった。それは目に見えるものでなく五感に分かるものでなく
それ以外の何かが告げる変わり方だった。
世界の変質・・・静寂から変化した。
この世界とは相容れぬ何かが現れようとしている。
それは彼女たちの目の前に。
彼女たちの目の前で空間が世界が歪む。
捻られてゆくように絞られていくように其処は変わっていった。
そして世界が壊れた。
目の前にあるのは黒とすら呼べぬ虚空。
黒よりもなお深くまた闇よりもなお深い。

「ご、御主人様・・・逃げたほういいッス」

恐怖に彩られた声が響く。
声の響きが無くなると共に虚空は何かを排出した。
ドサッと地を打つ音が響く。
それは人だった。
身につけている黒いコートの裾が地面に広がる。
それと共に広がっていったのは紅い血だ。
ゆっくりと地面を浸食していく血。
頭だけではない体からも血が溢れている。
これほどの血を流す怪我は生死に関わる。
それでも動けなかった。
テディはこの異常な状況のためみ。
アリサはその人を青年を見た際に呟いたカイン君の言葉のために。
辺りに血臭が満ちる昼の明るい陽光の下で突如現れた青年。
未だ広がり続ける血と共に始まる物語。
新緑の中凄惨たる血だまりの中でこうして物語は始まったのだ。
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