中央改札 交響曲 感想 説明

Lunatic Emotion 幽楼奇縁皐月


Lunatic Emotion


広がる鮮やかな色をした血。
青年を排出した虚空の穴はすでに閉じている。ようやく落ち着いてきたのか
テディがアリサに呼びかける。

「御主人様・・この人は・・・」

その言葉というよりは音であろうそれでアリサはハッと気づいた。

「テディ。急いで人を呼んできてこのままじゃ危ないわ!!」
「は、はいッス」

珍しくアリサが声を荒げる。
それを聞き急いでエンフィールドへと向かうテディ。
あの急ぎ方では十分ほどもあれば着くだろう。
そして残ったアリサと青年。
血の流れが幾分収まってきたようだが単に流れを作るほどの血がないだけであろう。
作られた血だまりの中へ膝をつき青年の血で汚れた顔へためらうことなく
手を伸ばす。
掌が紅く血に濡れる。
撫でるようにその輪郭を確かめるように掌を動かす。

「カイン君・・・」

血だまりの上で何かが散った。
涙だ。アリサの涙、何を想うてか流れた涙。

「あの時死んでしまったと思った。あの時私も死んでしまいたかった」

青年に語るように独白を続けるアリサ。込められたのは深い哀しみと後悔。

「けど・・・死ねなかった。私は死ぬことが許されなかった」

アリサの脳裏に浮かぶのはいつかの満月の夜。

「あの人に出会うまで私は人形のように生きていた。
 そしてあの人ももういなくなってしまった」

思い出す・・・かつて想い人だった人が眠る墓標の冷たさを。
それに童女のようにしがみつき泣いた自分を。

「私がいる街は暖かい・・・それでも私の心はその温もりを受け付けないかのように
 冷たくなっている」

思い出す・・・エンフィールドで出会った人々の顔を。

「私の隣にはもう誰も・・・いないから・・・」

アリサの掌で血が拭われ表れる青年の顔。
表れた顔は人には決して与えられることのない美貌。
どれ程天才と世にはせた画家であってもその美貌を描くことはできないだろう。
描こうと筆を動かすも何一つとして描けずに頭を狂ったかのように掻きむしり
ただ叫ぶことしかできないであろう程の美貌。
それは人のものに非ず。時がたてば老いて醜くなる人間になど決して天が与えまい
であろう。
それこそ神か魔の美貌だ。
が今はその人外天与の美貌も血に紅く汚れている。
最もそれすらも妖絶な色香を与える化粧でしかない。
死に至りかねない血を流しながら瞼を閉じ眠っているかのように静かだ。
その美貌に眉一つ動かすことなくアリサはただ涙と独白を哀しみに彩り流し続ける。

「カイン君・・・私は・・・」
「御主人様ぁ!!」

テディの声でうち切られたアリサの言葉。
涙を袖で拭い今の今までの事を無かったかのようにしアリサはテディを呼んだ。

「テディ!!」

その声が森の中へ響くと同時に足音が複数アリサの元へと向かってきた。

「アリサさん!!」

最初に表れたのは大柄な男だった。
逆立てた髪と手にハルバートを持ち焦った顔でアリサの元で止まる。
それなりに整った顔立ちではあるのだがいかんせん今は焦りに顔が歪んでいるように
見える。

「アルベルトさん。よかったぁ。この方が急に倒れてきて見ての通り血塗れで
 私・・・私・・・」
「ま、任せてください!!アリサさん!!この俺に掛かればこんなの病院には、運ぶ なんて朝飯前です!!」
「まぁ、そうですか。アルベルトさんお願いしますこの方を助けてください」
「わ、わかりましとぁ!」

しゃべり終えると同時に青年を担ぎエンフィールドへと走るアルベルト。
後に残された自警団員は呆然としてその光景を見送るのであった。




                  ******




アルベルトが青年を担ぎエンフィールドの唯一の医療場所クラウド医院へと辿り
着いてから僅かに遅れてアリサ達が院内へと入ると其処は普段以上に人がいた。

「あ。アリサさんこっちこっち」

入り口で立ちつくしているアリサとテディに呼びかける声があった。
呼びかけたのはまだ少女と呼べるような年齢の娘で長いブラウンの髪を黄色いリボンで止めている少女だ。

「トリーシャちゃん。これは・・・」
「えっと、アルベルトさんすごい綺麗な人を背負ってたんでちょっと・・・」

僅かに目をそらし言うトリーシャと呼ばれた少女。
どうやらこの少女がここまで人が集まる原因を作ったようだ。
不意に奥の扉が開く。そこからでてきたのは三白眼の鋭い目つきをした男だった。

「トーヤ先生、彼は・・・」

この医院とエンフィールド唯一の医師でもあるトーヤ・クラウド。
彼は僅かに眼鏡を押し上げアリサに言った。

「信じられんが大丈夫だ。本来あそこまで血液を失えば死んでもおかしくないのだが
 輸血の必要も無く傷は既に塞がっている」
「そうですか・・・。あの・・・」

小さく一息をつくアリサ。続ける言葉を続けられなかったがトーヤはそれを察し
言った。

「本来であれば絶対安静なんだが、今は既に健康体としか言いようがない。
 少しであれば面会を許可する」
「あ、はい!」

その会話を聞いていた周りの人間はいつにないアリサの必死な姿見て驚いていた。
最も若干一名鼻息を荒げている者がいたが。
部屋の中へ入ったアリサは僅か数メートルの距離も長いと感じるのか駆け足で
青年の元へと行った。
青年のいやアリサの言葉が正しくばカインの顔の血は既に脱脂綿等で拭われ差し込む
日差しの元神々しい美貌を見せつけていた。
その様子を部屋の外からのぞき込む面々。
少女等はトリーシャより聞いた言葉ですら言い表せていなかった天与の美貌を前に頬を赤らめていた。
アリサはただカインの顔を見つめていた。
その視線に込められた思いがなんなのかどれ程の者なのかは余人には計り知れる物で
はないがその思いが通じたのかカインは、んっと小さく身じろぎをし目を薄く開いたのだった。




                  ******





目を開けるとそこには顔があった。
カインはそんなことを思いつつ未だ覚醒仕切れていない頭を無理矢理覚醒して
視界を完全な物にした。
目の前にある顔・・・どこかで見たことのある顔。
カインの記憶の中のある少女の顔と今、目の前にある顔がだぶる。

「お前・・・・・・アリサか・・」

その言葉を聞いた瞬間アリサの瞳から涙が溢れた。
何の涙かはアリサにも分からなかった。
ただ今は目の前にいるカインの胸に顔を埋め幼子のように泣きたかった。
しばらく病室の中にアリサの嗚咽する声が響く。
誰も言葉を発せなかった。
彼らの知っているアリサ・アスティアはこのような事をする人には思わなかった。
こんな幼子のように誰かに抱きつき涙するようには・・・。
だが、今この瞬間だけは誰も邪魔してはいけないと思った。
アルベルトもだ。
カインに対する憤りはあるがそれでもこの瞬間だけは神聖な時が流れているかのように邪魔をしてはいけないと思った。

アリサが嗚咽をあげる中その神聖な時の中その張本人たるカインはというと
アリサの頭を撫でながら一体何事だ?と場にそぐわない思考をしているのだった。
ましてや未だ泣き続けるアリサに

「アリサ・・・お前、老けたな・・」

などと言う辺りどこか心が間違っているのは確かだった。

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