中央改札 交響曲 感想 説明

Lunatic Emotion 陽下再縁皐月


Lunatic Emotion


カインの場にそぐわぬ言葉の後病室内にほんの少し沈黙が訪れた。
おそらく感動的な再開であろう時間が今のカインの一言で三流の笑劇のような瞬間
になったことは疑うべくもない。
その言葉にアリサは顔を上げた。
泣きはらした目は赤く今なお涙が絶えない。

「あの時からもう何年も経ったんです!私も年をとります」

失った歳月をなお吐露しようと言うのか年齢にではなくカインのいない時の音を出す
それは激情のように激しくだが静かな哀しみであった。

「カイン君・・・もういなくならないですよね?あの時のように、あの人のように」

それは母親に問いかけるような不安に満ちた声だった。
カインの服をもう離さないと言わんばかりに掴みながら吐き出した言葉。

「私は・・・もう誰かが・・・大事な人がいなくなるのに・・・私はもう耐えられない・・・」

夜のように静謐な言葉ながらそれに込められた想いは言葉で表すことができないほどに深い。
不安げな顔をしながらカインの返事を待つアリサ。
そんな彼らをよそ目に部屋の外では何人かの男達がアルベルト押さえつけるのに
必死であるのはどこか滑稽だ。
そしてカインはというと、黙ってアリサの言葉を想いを聞きアリサの顔を見つめていた。
カインが言葉を発するまでの間の時はアリサにとって永遠のように感じられた。
ふぅと小さく息を吐き出しカインは・・・。

「・・・どこか行くときはお前も連れていくよ」

短い返事。
だがアリサにはそれで十分だった。
未だ溢れ続ける涙をさらに溢れさせ喜色一杯の表情をしカインに抱きついた。
その瞬間部屋の外でムゴーとくぐもった叫び声が聞こえたがカインはもとより
アリサには届いていなかった。

「カイン君・・・」

カインの名を小さく呟きまたその胸へと顔を埋めるアリサ。

「よかっ・・・た」
 
泣き疲れたのかはたまた安心したのか聞こえてきたのは静かな寝息だった。
誰も動けなかった。ほんの僅かな合間に見た事があまりにも鮮烈すぎて。

「・・・これからどうすればいいんだ?」

一人動ける中にあったカインがトーヤに問う。

「とりあえずはアリサさんを休ませよう。お前アリサさんの家は分かるか?」
「知らん」
「そうか、それじゃあ・・・」

部屋の外にいる人間をざっと見回しどうしたものかと思案する。

「リカルド頼めるか?」

部屋の外にいる唯一の壮年の男性に聞く。

「むっ。ああ、かまわない」

その言葉と共にまた暴れ出すアルベルト。

「アル!いい加減にしないか!」

さすがにその一言は聞いたのであろう渋々とだが常人であればそれだけで気死
出来そうなほどに殺意を込めた目でカインを睨む。

「ふぅ。それじゃあカイン君だったかな?行こうか」
「ああ」

ベッドより降りアリサを背負いリカルドの後を着いていくカイン。
医院の戸が閉じてその姿が見えなくなっても誰も動けないままだった。

「いつまでここにいる気だ。ここは病人がいるべき場所だぞ」

トーヤがいささかきつい口調で言う。
その言葉でようやく動き始める一同。
最後の一人が出ていきようやく広く静かになった医院内でトーヤは一人ため息を
ついた。

「ようやく・・・アリサさんも泣きやめるか・・・」

おそらく気づいていたのは五人もいないだろう。
彼女がアリサが浮かべる笑顔がどこか虚ろな物であると。
いつも皆の前で見せる微笑みは仮面じみていた。
空元気の様な物だ。常に笑顔を見せられるがその仮面の裏では無表情が常だ。
感情が無いわけではない。感情が心がどこか壊れてしまったのだ。
トーヤは知っている。そんな表情を浮かべていた者を。
自分・・・自身だ。
かつて妹を亡くしたときに妹の使っていた鏡を覗き込むたびに見せつけられた
自分の仮面の顔。
いつからか、おそらくアリサの夫が死んでからだろうが彼女は仮面を付けていたのだろう。
強い人だ。とトーヤは思った。あの頃の自分は例え偽物であっても笑うことはできなかった。
無情の顔の上に無表情の仮面を付けていただけだった。

「アルベルトの馬鹿め。それに気づく事すらできずどうやって守るというのだ」

アリサを優しいとアルベルトは言うだがあの優しさはただの代替行為だ。
・・・・・・亡き夫と暮らしていたときの・・・優しさ・・・。
               



                ******




クラウド医院を出た一同は全員とはいかないが大体の者たちはさくら亭という
大衆食堂で腰を下ろしていた。
だが誰かが話し出すということはなく病室にいたときと同じように沈黙があった。
普段であればこのメンバーがそろうと良かれ悪しかれ騒がしいものなのだが
いつもと違い静かなメンバーに誰もが不思議そうな顔をしていた。

「ね、ねぇねぇやっぱりアリサおばさまとあのカインっていう人って恋人同士だった とか。それで長年離れて運命的に再開できたとか・・・」

最初に口を開いたのはピンクの髪をした少女だった。
見た目はまだ幼い、せいぜい10歳ほどだろう。
フリルのついた服を着て少しばかり好奇心を目の奥に光らせ全員に話しかける。
が。

「ローラ、やめな」

それを止める声が響く。
筋肉質の褐色の肌と逆立てた銀髪が目立つ女性だ。

「えーどうして?リサさんだって気になるでしょう。あーけどホント素敵。
 長年離ればなれになった恋人達が・・・」
「やめなって言ってるだろう!!」

ローラの言葉を店中に響くような声で断ち切るリサ。
その声に誰もが談笑を止めリサを見た。
ビクリと体をふるわせ押し黙るローラ。
その目に涙を溜めリサを見上げる。
気まずい顔をしリサはすまないと一言呟き階段を上っていた。
取り残され未だリサの声が呪縛の如く残り沈黙から解き放たれない人達。
それから僅かか長くか分からない時の後にまた談笑が始まった。
最もリサの声に関してが談笑の多くを占めたが。

「まっ、女性の過去を詮索するのは確かに良い趣味じゃないな。
 それじゃ俺は他の娘たちと楽しい時を過ごすかな」

がたんと椅子を動かしカウベルを鳴らしながらさくら亭を出るアレフ。
そして他の面々もアレフの一声でそれぞれ動き出すのであった。




               ******




所変わってジョートショップ。

「それでは後は頼んでいいかね?」

入り口でリカルドがカインに問いかける。
既にアリサはベッドに寝かしつけている。
流石に妙齢の女性の部屋へと入ることにリカルドは抵抗したためカインに部屋の場所のみを教え自身は入り口で待ち受けていたのだが。
ちなみにテディはカインに首を絞められるように運ばれていたため目を回している。
この後そのぞんざいな扱いにテディがカインに抗議するのだがカインの一睨みで
泣く泣く黙ったというエピソードもあるのだがここでは記す必要もない。

「ああ」

リカルドの言葉に短い返事を返すカイン。
その言葉には無意味に自信が溢れていた。

「それでは済まないが頼む」

そういい残し街道へと出るリカルド。
数歩ほど進んだ辺りで振り返る。

「そういえばカイン君。君は再会したアリサさんを見てどう思ったかね?」
「変わらず変な奴。今はそれに馬鹿が付く」

一切間をおかず即答するカイン。
その言葉を聞き風に消えそうな苦笑を浮かべるリカルド。

「アリサさんを頼む」

今度は振り返ることなく喧噪へと進むリカルド。
それをほんの少しだけ見送るとカインも扉を閉めるのであった。
リカルドを見送ったカインはアリサの寝ている部屋へと向かった。
アリサの部屋の中は持ち主の性格を表し几帳面に整頓されながらそれぞれが調和を
保っていた。
その部屋の中を無造作に進むカイン。
床板がギシギシと鳴りこの建物の蓄積された時を告げる。
ベッドの前で立ち止まるカイン。
アリサが小さく寝息を立てているのが分かる。
その目元には涙の痕。
それを指でなぞりながらカインは叫んだ。

「アリサ!!起きねぇと水掛けんぞ!」

ガバッと起きあがるアリサ。

「カイン君!起きたから水なんて掛けないで下さい!」

あわてた口調で同じように叫ぶアリサ。
いささか錯乱しているようだ。
必死に首を振り残夢を振り払うアリサ。そうこうしている内に自分がどこにいるのか
気づいたようだ。

「え?え?お店?」
「・・・まだ寝ぼけてんのか。お前」

呆れた口調で言うカイン。
その声の主を無理矢理覚醒させた頭で認め止まった涙がまた溢れだしてくるアリサ。

「カイン君・・・夢・・・じゃなかった」

再び抱きつくアリサ。それに対するカインの反応は冷たかった。

「だぁもう、ひっつくな!」

アルベルト辺りであれば感激のあまり涙しそうであるがカインにしてみれば
暑苦しいことこの上ないようだ。

「だってまた居なくなったりしたら私・・・私・・・」
「そ・れ・はさっき聞いた」
「それじゃあ居てくれるんですねここに」

先程と変わらず不安げな顔で見つめるアリサ。カインも頭を掻きながら言った。

「別に良いけどよ」

その言葉を聞き喜色満面な顔をするアリサ。
この時この場所この瞬間ジョートショップに新たな人間が増えた。
そしてこの時この場所この瞬間アリサ・アスティアという人間の心に無くした
ピースがはまった瞬間だった。
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