悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−
Episode:12 彷徨える心
紅月と戦った日から2日が過ぎた。あれ以来、リサはジョートショップに顔を出す事は無かった。
「・・・そうか、まだ立ち直れてないのか。」
さくら亭に来たシオンは、パティから話を聞いて嘆息する。溜息をつきたいのはパティも同じ様で、複雑な表情をしている。
「もう2日よ?一体何があったのよ。」
「俺が話していい内容じゃ無いだろう。リサ本人の口から聞かないと意味がない。」
「そうは言っても、徒事じゃなかったわよ。今朝だって・・・」
「今朝?何かあったのか?」
言いよどむパティに先を促す。パティは軽く頷いてから先を続けた。
「2日前から朝食食べてなかったんだけどね、今日は珍しく朝食を食べたのよ。それで、漸く立ち直れたのかと思ったんだけど、悲壮と言うか何と言うか、凄い形相だったの。」
「・・・悲壮であれ何であれ、表情を見せると言う事は何らかの動きを見せる事を決意したか。問題は、それがどんな方向性を持っているかだな。」
「ホントね・・・。」
カランカラン♪
パティ達が話していると、カウベルが鳴り人が店に入ってくる。
「おい、シオンはいるか?」
「珍しいな、アルベルト。何か用か?」
「・・・あの女を何とかしてくれ。」
「は?」
店に入るなり話し掛けてきたアルベルトの台詞に、思わず惚けるシオン。パティも同様だ。大体、いきなりあの女を何とかしろ等と言われて、どんな反応をしろと言うのか。
「あの女ってのは誰の事だ?」
「リサの事だ。いきなり事務所に入ってきたと思ったら、自分を自警団に入れろってうるせぇんだよ。さっさと連れ帰ってくれ。」
「嘘・・・何でリサが・・・?」
アルベルトの台詞に、パティが呆然とする。無理も無い、敵対とまではいかないまでも、事ある毎に対立している自警団に入ろうと言うのだから。それとは対照的に、シオンは落ち着き払っていた。
「・・・まぁ理由の程は聞いてみれば解るさ。それより、自警団事務所の方に行くか。パティも来るか?」
「行きたいのは山々なんだけど、店を留守には出来ないわ。悪いんだけど、連れて来てくれる?」
「オーライ。」
パティに答えて、シオンはアルベルトと連れ立って店を出て行った。
自警団事務所に着くと、中から誰かの声が聞こえてくる。かなりの大声だ。
「もしかして、アレが?」
「ああ、リサの声だ。ったく、朝からあの調子だぞ?五月蝿くてかなわん。」
アルベルトがぼやく。苦笑しつつ、シオンは事務所に入っていった。
「やあシオン。漸く迎えが来たか。」
事務所に入ったシオンを蒼司が出迎えた。
「リサは第1部隊の隊長室にいる。案内しよう。」
そう言って前に立って歩き始める。シオンは無言でそれに続いた。
やがて目的地が近づいたのか、聞こえる声が大きくなってくる。やがて1つの扉の前で立ち止まる。声は其処から聞こえてくるようだ。
「此処が第1部隊隊長室。・・・リカルド隊長、失礼します。」
一声かけてドアを開ける。シオンが中に入ると、蒼司とアルベルトも中に入る。
「リサさん、ちょっと待ってくれ。・・・来たか、シオン君。」
「・・・坊や?何しに来たんだい?」
リカルドが声をかけて初めてシオンが来ている事に気がつくリサ。(随分重症だな)と思いつつ、リサの近くまで行く。
「焦りで手段を選ばなくなってる元傭兵を連れ戻しに来た。個人の内面に深く関わる問題にはあまり口出ししたくないんだがな、クレームが来た以上そうは言ってられない。そう言う訳だから、戻るぞリサ。パティも心配してる。」
シオンのその言葉にも、リサは従う様子を見せなかった。
「悪いね、私はまだ戻るわけにはいかないんだ。リカルド、頼む、私を自警団に入れて欲しい!」
「ですからリサさん、何度も言うようだが君の要求を聞き入れる訳には行かない。」
「何故だっ!私では役に立たないとでも!?」
「そうではない。リサさん、君が自警団入りを望む理由・・・それは先日の辻斬り犯、紅月がそうだろう?」
リカルドの言葉に、体を振るわせるリサ。あの時の悔しさを思い出したのか、思い詰めたような表情を見せる。
「・・・そうだ。私は紅月を追っている。奴だけは私の手で倒さなければならないんだ!自警団に入れば、腕を磨く事も出来るし、奴を堂々と追う事も出来る。だからっ」
「スマンが、そのような理由では君の自警団入りを認めるわけにはいかんのだよ。我々は、この街を守る為に存在する。奴だけを追おうとする者は自警団には不要だ。」
「なっ、別に私はっ」
「君の言っている事はそう言う事なのだ。それにな、息巻いている所に水を差すようで悪いが、紅月を倒す事は出来ん。私や君も含めた、誰にもな。」
リカルドの言葉に愕然とするリサ。それでも、勝てないと断された事が気にくわないのか、リカルドに食って掛かる。
「何故、奴に勝てないと解る!?そんな事はやってみないと解らないじゃないか!」
その言葉には、後ろで聞いていたアルベルトや蒼司も頷く。
「解るのだよ。何故なら、紅月は・・・」
「霊体、だろう?それもかなり特殊な。」
リカルドの声を遮るかのように、今まで黙っていたシオンが口を開く。その言葉に、リサ達は愕然とし、リカルドは別の意味で驚いていた。
「知っているのか?」
「先日戦った時にな。斬り付けた時に奇妙な手応えが残ったし、何より奴の持つあの雰囲気だ。まぁ会ったときは咄嗟の事で気付けなかったが。」
「そうか。・・・リサさん、理解して貰えただろうか。」
リカルドがリサに視線を向ける。そのリサは、俯くようにしていたが、やがて顔をあげ、何かを決意したような表情で言う。
「だからって・・・だからって、はいそうですか、と割り切れるものか!あいつは、私の弟を殺したんだ!奴を探して傭兵となり、やっと見つけた!このまま、このまま見逃すなんて出来るか!!自警団に入れないと言うなら、私は私で奴を追わせて貰う!」
そう言うなり、隊長室を出て行こうとするリサ。その後姿に、リカルドが声をかける。
「リサさん、どうしても奴と戦いたいと言うなら、カッセル老を訪ねるといい。何か助言をしてくれる筈だ。」
「・・・有難う。」
礼を残して、リサは隊長室を出て行った。
「やれやれ・・・もう暫くは付き合う事になりそうだな。」
「シオン君、出来る事なら彼女を止めてやってくれ。君なら解るだろう?紅月に挑む事の無意味さが。」
「・・・紅月、か。奴は昔からあんなだったのか?リカルドは知ってるんだろう?生前の奴を。」
「気付いていたか。確かに私は彼を知っている。彼もまた、50年前の戦争で共に戦った仲間だからな。詳しい話は、カッセル老がしてくれるだろう。」
「ん。それじゃ、お邪魔したな。」
そう言い残し、シオンも先に出たリサを追った。
「リサ、これから直ぐにカッセルの所に行くつもりか?」
「当り前だ。別に坊やは来なくても良いんだよ?」
「付き合せて貰う。今のリサはあまりにも危なっかしいんでね。」
「・・・好きにしな。」
友人同士の会話と言うには、あまりに殺伐な雰囲気を纏った二人。その雰囲気は変わる事無く、二人はローズレイクへと向かった。
ローズレイクの辺に建てられたカッセル老の住居に着いた二人は、早速扉をノックし、呼びかける。
「カッセル、居るか?」
「・・・随分と珍しい組み合わせの客じゃな。立ち話も何じゃ、中に入れ。」
中から出てきたカッセルは、リサとシオンの組み合わせを見てやや意外に思いつつも、室内へと招き入れる。シオン達はそれに従った。
「それで、この老骨に何用じゃ?」
「紅月に関して、聞きたい事がある。」
「紅月・・・か。随分と懐かしい名前が出てきたものじゃな。」
「頼む、知っている事を教えて欲しい!」
カッセルに対し、詰め寄るリサ。シオンは、その様子を厳しい表情で見詰めているだけで、特に何も言おうとはしなかった。
「・・・その前に、何故紅月を敵視するのか、その理由を聞きたい。」
紅月の言葉に、一瞬躊躇するが、直ぐに話し始める。
「・・・私には、弟が一人いた。あいつは、私と同じナイフ使いでね。街の自警団に入り、活躍を期待されていた。そんな時、奴が・・・紅月が現れたんだ。弟は単身紅月に挑み・・・そして殺された。私は仇を討つ事を誓い、傭兵となった。そして、今此処に至るというわけさ。」
「成る程のぅ・・・。理由はわかった。じゃが、今のお主に、紅月の事を教えるつもりは無い。」
「!何故だ!?」
理由を話し、協力を仰げると思っていた所に、いきなり断られてリサは思わずカッセルに掴みかかった。と、それまで黙っていたシオンが口を開いた。
「・・・いい加減にしろ。」
「!・・・坊や?」
「憎しみに任せて他人に衝突する。最低の人間の在り方だな。大体、そんなに焦りながら、今紅月の事を聞いて如何するつもりだ?」
「如何するって・・・倒すに決まってるじゃないか!」
「出現しない相手をどうやって倒すんだ?奴は、満月の晩にしか現れないはずだったな。」
「あ、そ、それは・・・」
シオンに正論を言われ、言葉に詰まるリサ。確かに、今此処で焦ったところで、紅月が現れない以上如何しようも無いのだ。そんなリサの様子を見ながら、カッセルがシオンの台詞を引き継いだ。
「リサよ、今のお主では紅月を倒せぬ理由・・・それは、シオンの言った通り、お主が憎しみに支配されておるからじゃよ。」
「どういう事だい?」
「紅月が霊体だと言うことは知っておるか?」
「一応は。」
「紅月はのう、現世への強い執着と、自身に向けられる他者からの強い感情のうねり・・・即ち、憎悪や敵意、殺気といった、負の感情を糧にして、実体を形成しておるのじゃ。それ故、例え浄化の魔法や特殊な武器を用いた所で、それらの使用者の根底にあるものが憎悪では、紅月に力を与える事はあっても倒す事は絶対に出来ん。」
力強く断定するカッセルの言葉は、リサにかなりの衝撃を与えた。半ば呆然としながらも、リサは何とか言葉を搾り出す。
「・・・それでは、私に奴を憎む事をやめろと言うのか?奴を敵視することを?冗談では無い!弟の仇を討つまで、私は奴を憎む事を止めない!」
「・・・それで、奴を倒せば、お前の憎しみは消えてなくなるとでも?」
「え・・・?」
シオンの声が、零れ落ちるように出てくるリサの言葉を遮る。
「俺は憎しみの感情も、復讐という行為も否定はしない。むしろ、肯定する位だ。だが、それは憎しみに駆られて復讐を為そうとする者が、自身の感情をしっかりと制御出来ていればの話だ。」
「感情を、制御・・・。」
シオンの言葉を、惚けたように繰り返すリサ。シオンの声は静かだが、その静謐さ故に、人の心の奥深くまで浸透していった。
「憎しみと言うのは人の持つ感情の中でも、強い部類に入るものだ。それ故、しっかりと制御しなければ、それは自身や向けられるべき対象以外にも、無意味な被害をもたらす。行き過ぎた感情のうねりは、悲劇を生み出す温床でしかない。」
静かだが確かな強さを秘めたシオンの声に、最早何も言えないリサ。完全にシオンの雰囲気に呑まれている。
「先程も言ったが、俺は別に復讐という行為は否定しない。だが、自身の感情に振り回されている今のリサに、復讐を為す資格は無い!」
シオンに断言されても、リサには何も言い返せなかった。なまじ今までの自分の行為を振り返る事が出来る程度には冷静であった為、シオンの言葉はリサにとってどんな刃物よりも鋭く突き刺さったのだ。そんなリサの様子を見ながら、諭すように言葉を続ける。
「まだ時間はある。考える材料は与えられたんだ、ゆっくりと考えればいい。自身の事、弟さんの事、紅月の事。そして、本当に復讐を為すべきなのか・・・。少なくとも、感情に任せて突っ走るより、遥かに建設的だと思うが?」
「・・・そう、だね・・・。ちょっと頭を冷やした方が良いみたいだ。こんなんじゃ、弟に笑われるね・・・。」
憑き物がおちたかのように、表情か陰が消える。完全ではないとは言え、落ち着きを取り戻した証拠だ。
「もう暫く考えて、それで結論が出たら・・・また助言を受けに来ても良いかい?」
「構わんよ。その時には、紅月の事を詳しく話そう。それまでに、お主が復讐を諦めると言う結論を出す事を祈っておるよ。」
「それは・・・無理かもね。それじゃ、邪魔したね。」
そう言って、リサは家から出て行く。その後姿に、シオンが声をかけた。
「リサ、早めに帰ってやれ。パティが心配してたぞ。」
「・・・ああ、そうするよ。」
そう返事を残して、リサは帰っていった。家に残ったシオンは、カッセルに話し掛ける。
「さて、ああは言ったが、あそこまで思い詰めるような事だし、リサが復讐を諦めるとは思えないが?」
「・・・そうじゃな。その時は、儂に考えがある。」
「考え、ね・・・。まぁ良いさ。そろそろ俺も失礼させて貰うとするか。」
そう言い、シオンもカッセル宅を後にした。
「・・・ああも人の心に浸透する事を言える人間とは・・・な。あの若さで、どれほどの経験をすればああなれるのか・・・。不思議な男じゃな。」
二人を見送ったカッセルは、一人そう呟いた。
翌日、シオンはリサの様子を見るために、仕事の休憩も兼ねてさくら亭へ来ていた。
「しかしまぁ、ああも変われるものかね?」
「良いんじゃない?元気が出たんだし。」
会話を交わすシオンとパティの視線の先には、ピートとピザの早食い競争をしているリサがいる。その様子は、昨日までのそれとは全く違っていた。
「後は次の満月の日か・・・。どんな結論を下すのやら・・・。」
「え、何?何か言った?」
「いや、何でもないさ・・・。」
怪訝そうに聞いてくるパティに答えながら、シオンはリサを見続ける。その目は、まるで親が子を見守るかのような、そんな優しさに満ちていた。
Episode:12・・・Fin
〜後書き〜
どうも、刹那です。前回に引き続き、今回もリサのお話です。
前回最後で思いっきりリサを落ち込ませてしまった為、リサのメインシナリオ3の一部分をアレンジして使って、立ち直ってもらいました。此処で立ち直って貰わないと、今後紅月と決着つけるまで出番が無くなってしまいますから。
それでは、Episode:13でお会いしましょう。