悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−
Episode:17 謀略のシナリオ
メロディを謎の男達が狙ってきた翌日、シオンと蒼司、リイム、エスナがさくら亭に集まっていた。
「さて・・・何から話そうか?」
「そうだな・・・出来れば、最初から話して欲しい。」
蒼司の答えに一つ頷くと、シオンは話し始めた。
「以前、ショート科学研究所から奇妙な依頼があった。少し前から、何処からとも無く奇妙な音が聞こえてくる、気味が悪いから調査してくれ、ってな。そして、調査を始めた俺は、其処で同じく研究所を調べていたトラヴィスと出会った。」
「?何で其処でシーフズギルドのマスターの名前が出て来るんだ?」
「トラヴィスは俺とは別件で研究所を調査していたんだ。最近、この街にゴロツキや傭兵といった職種の余所者が多く出入りしている事を知っているか?」
シオンの問いに、蒼司達は頷く。自警団である蒼司は当然として、リイムやエスナも自分達が余所者であるが故に、そういった事には結構敏感になるのだ。
「その事を妙に思ったトラヴィスは、独自に調査を始めた。そこで、そう言った連中の内の何人かが、街に入ったまま消息を絶っていることに気が付いた。そして、消息を絶つ前に関わっていたのが、研究所だったらしい。そうして、トラヴィスは研究所を調査するに至ったというわけだ。」
「でも、そんな話は聞いた事は無いが・・・。」
研究所に多少なりとも関わった事のある蒼司がそんな事を言うが、シオンはそんな疑問を見越したかのように話を続ける。
「そう、通常の研究所にはそんな話は無い。俺も調べてみるまで解らなかったんだが、地下部に隠された研究所があった。問題が起こっていたのはその部分だったんだ。」
「・・・地下に隠された秘密の研究所・・・よくあるパターンではあるけれど・・・。」
「在り来たりであるという事自体、有効性の証明ですからね。実際、今の今まで誰もそんな研究所の存在に気付かなかった訳ですし。」
リイムとエスナがそんな感想を漏らす。そんな二人に軽く頷きかけながら、シオンが話を続けた。
「・・・其処で行われていたもの、それは・・・」
「それは?」
「・・・禁忌とされた生命に関する研究だった。」
『!?』
シオンが出した言葉−生命の研究−は、今現在存在し得るあらゆる学問の中で最も難解とされ、同時に王都等に存在する王立研究所等でのみ、研究を許されている学問でもある。少なくとも、世界でも有数の権力と財力を持っているとは言え、一財団が所有する程度の規模の研究所で行って良い研究ではない。あまりにも成功率が低すぎるからだ。そして、その事は学問に携わる事の無い一般人でさえ知っている事である。尤も、禁止されているとは言え、明確な規律が存在している訳ではないのだが・・・。
「俺達が調べる事が出来た範囲では、2種類の研究が行われていた。一つは肉体能力の向上。そしてもう一つは・・・人造生命体の誕生。」
「人造生命体って・・・まさか!?」
「そう・・・俺がこの街に来る前、凡そ一年程か・・・その頃、その研究所で、偶然一つの命が誕生した。だが、その生命体は彼等の研究所から逃げ出してしまった。そして、街外れに住んでいたライシアンの女性に引き取られた。その妹として。その生命体はメロディ=シンクレアと名付けられ、今に至る・・・。」
今度こそ完全に絶句する蒼司達。友人の一人が、そんな過去をもっていると知れば、誰もそうなるであろう。
「尤も、メロディはその事を自覚していないし、そんな過去の事など如何でも良い事だ。今此処に、メロディ=シンクレアと言う少女がいる。唯、それだけの事・・・。」
続けられたシオンの言葉にはっとする蒼司達。シオンの言う通りである。メロディの生まれが如何であれ、彼女が自分達の友人である事に変わりは無いのだから。
「・・・それじゃ、もう一つの肉体能力の向上って言うのは?」
我を取り戻したリイムが、メロディの話はこれで終わりとばかりに話を逸らす。シオンもそれに頷いて、説明を始めた。
「もう一つの研究、その成果が蒼司も昨日見たブーステッドヒューマンだ。」
「そう言えば、昨日も言ってたよな。何なんだ、そのブーステッドヒューマンってのは?」
「・・・人間の脳には、肉体に必要以上に負担をかけないよう、無意識の内に筋力を制御する機能があるのを知っているか?肉体そのものを鍛える度に、そのリミッターの限界も育っていくが、どんなに鍛えようがリミッターそのものが完全に外れる事は殆ど無いんだ。」
「殆どって事は、外れる事があるって事か?」
「火事場の馬鹿力という言葉があるだろう?アレが脳のリミッターが外れた状態だな。後は、魔法などで一時的に外す事も出来る。だが、それらは一時的なものだ。常時その力を発揮できるように、脳の情動をつかさどる部分に手を加えてリミッターを意図的に外し、肉体能力の限界を超えて力を引き出した人間、それがBHだ。」
「でも、それなら別に問題は無いんじゃないか?」
シオンの説明を聞いて、蒼司が質問する。少なくとも、今の説明では忌避するような所は無かったように思われた。だが・・・
「言っただろう?脳の情動を司る部分に手を加える、と。リミッターを外すには、情動を消す、即ち、人間としての感情そのものを捨て去る必要があるんだ。見ただろう?昨日の8人のBH、そのいずれもが瞳に光を映していなかったのを。」
その言葉は、先程のメロディの話の時とは別種の驚愕を蒼司達に呼び起こさせた。感情を廃棄し、能力を強化した人間、それは蒼司達にはあまりに異様なものとして感じられた。
「・・・もしかして、失踪した他の街の傭兵達は・・・」
「その通り、実験体となったんだよ。それも、俺が知っている限りでは、無理矢理ではなく、自ら望んで、な。馬鹿げた話だ。其処までして、意味無き力を求めて何をしようというのか・・・。」
苦々しい表情で、吐き捨てるように呟くシオン。リイムやエスナもシオンと同じ様な表情をしている。戦争を体験し、力というものが生み出す悲劇を幾つも見てきた彼らにとって、不必要に力を求める彼等の行為は、あまりにも馬鹿げたものでしかなかった。そんな重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、蒼司が話を続けようとする。
「なぁ、それはショート氏の意向でやっている事なのか?」
「・・・いいや、違う。その地下研究所の責任者は、ショート財団社長秘書との事だった。」
「つまり、ハメットと言う事か・・・。って事は、奴が自警団に介入してくる理由、それは地下研究所の事を知られない為?」
「恐らくな。俺達も、それ以上の事は調べようが無かった。」
「それだけ調べられれば十分な気もするけど・・・?」
「シオン様は、その研究所が今回の盗難事件に関係があると思われていたのですか?」
エスナの確認するような質問に、やや考え込んでから答える。
「今でも関係はあると思っている。俺が考えたシナリオはこうだ。奴らは、偶然の産物でしかない人造生命体を更に生み出す為、研究所の拡大を考えた。だが、地下の研究所を広げる事は出来ない。なら、新しい土地を手に入れればいい。その時、丁度ジョートショップと言う手ごろな土地に目をつける。そして、其処に居候する青年に何らかの関わりを持つシャドウと言う男が現れ、利害が一致、そして今回の盗難事件を起こした・・・。片や俺への恨みか何かの為。片や、ジョートショップの土地を手に入れる為。俺はこの通り疑われる立場に追い遣られたし、居候がそんな事になれば、ジョートショップだってただでは済まない。実際、俺の保釈金の為の借金の所為で危険な状態にあるしな。」
「可能性が無い事は無いか・・・。でも、問題は残る。」
「そう、これはあくまで俺の仮説に過ぎない。証拠が無いんだ。唯、連中が新しい土地を欲しがっているのは確かだからな・・・。その辺から切り崩せれば良いんだが・・・。」
「それなら、その辺は俺達の領分だな。しかしショート研究所がねぇ・・・俺達は地下組織の方ばかり気がいってたのにな。」
「エンフィールドの地下組織というと・・・『物言わぬ柱』だね?」
「!?何でリイムが知ってるんだ?」
リイムが自分達が追っていた地下組織の名前を出した事に驚く蒼司。だが、当のリイムやエスナ、それにシオンは何を今更と言った表情をする。
「・・・あの、私も知ってますが・・・。」
「当然俺もな。大体、ちょっとばかり街の裏側を調べれば、簡単に解るぞ。」
「あぅ・・・そう言えば隊長も言ってたな、『物言わぬ柱』は地下組織としては致命的に情報秘匿率が低いから、名前程度であれば一般人でも知っている可能性があるって・・・。」
そう言って、情けない顔をする蒼司に苦笑しつつ、シオンが言う。
「大体、今回の盗難事件は地下組織である可能性は恐ろしく低い。」
「・・・何故?」
「あ、解りました!盗難品がシオン様の部屋に置かれていたからですよね?」
「正解。エスナの言う通り、盗難品が俺の部屋に置かれていた。これは、少なくとも美術品を金銭に換える事を目的としてない事を示している。それ故、態々実態を捕まれる危険性を冒してまで、こんな事をする理由が無い。示威行為、或いは自分達の力量を試すといった理由である可能性は無きにしも非ずだろうが、可能性としては恐ろしく低い。そんな可能性の低い理由に拘るよりは、別の理由を持った別の組織、或いは個人の犯行と考えるべきだろう。」
「成る程なぁ・・・。」
感心したような呟きを漏らす蒼司。今度は逆にシオンが尋ねた。
「そっちは、何か新しい情報は無いのか?」
「う〜ん・・・言った通り、俺達は地下組織の方を調べてたからなぁ・・・全然見当違いって事だし・・・。」
「なら、その地下組織について聞かせてくれ。何か参考になるかも知れない。」
そんなシオンの言葉に、蒼司が話し始める。
「まぁ調べたっていっても、そんな大した事は解ってないんだけどな。物言わぬ柱のトップとその側近連中が現在穏健派と過激派に分かれて争っているらしいって事位しか・・・。」
「組織の方針争いか・・・しっかりとした組織体制を持たないからそうなる。地下組織には良くある事だな。」
「そう言っちゃうと身も蓋も無いんだけどね・・・。でも、そんな状態だからか、かえって実態を掴めないんだ、物言わぬ柱って組織は。それが、不気味でもあるんだけどな・・・。」
「・・・まぁ取り敢えずは気にしなくても大丈夫だと思うが?組織と言うものは、方針の統一が為されなければ、まともな行動は取れないからな。」
シオンの言葉が今までの意見を纏める。それからシオン達は、これからの事を話し合った。
「・・・まぁ多少の問題はあれ、方向性としては間違っていない筈だ。」
「だな。ショート研究所の方に関しては、俺達に任せてくれ。立場上俺達の方が調べ易いだろうからな。」
「なら、俺はもう少し別方面からアプローチしてみるか・・・。」
シオンのその言葉で、今回の情報交換は終わりを告げた。未だ仕事の残っているシオンとリイムは揃って仕事に出かけ、エスナは自室に戻り、蒼司は自警団の事務所へと戻って行った。
「成る程な・・・。そんな事が・・・。」
さくら亭での情報交換の後、事務所に戻った蒼司はリカルドとノイマンに先程の遣り取りを伝えていた。
「しかし、ショート科学研究所か・・・以外に盲点でしたな。」
「ふむ・・・だが、ある程度の絞込みは出来た。」
「何か、進展があったんですか?」
ノイマンの含みのある物言いに、蒼司が詰め寄って尋ねる。勢い込む蒼司を手で制しながら、ノイマンが説明を始めた。
「落ち着け蒼司。事件当夜、シオン君をはっきりと見たという証言をした者達がいたのを覚えているか?彼等は月明かりも、街灯も無い場所ではっきりと顔を見たと言っていた。そんな事が出来るはずは無いのに、だ。恐らくシオン君を陥れる為の偽証だろうと思っていた。そしてその考えを裏付けるかのように、その偽証を行った5名全員が、同じ時期にこの街を出ている。」
「!?それって・・・。」
「そうだ。偽証の証拠隠滅の為だろう。1人2人なら偶然で片がつく。3人4人なら未だ良い。だが5人もの人間が、時を同じくして街を出るなどと言う事がある筈が無い。」
「そして、シオン君らしき人影を見た、と言う証言をした人間に再度確認を取った所、背格好がシオン君に似ていると言うだけで、シオン君だと特定に至る証言は得られなかった。」
「更に、だ。シオン君を見たとはっきり証言し、街を出た5人の人間は、いずれもショート財団所縁の人間なのだ。」
ノイマンとリカルドが交互に説明した内容、そしてシオンから得た情報と彼の立てた仮説は、今回の盗難事件が仕組まれたものであると判断するには十分過ぎる物だった。各仮説に対する証拠等は未だ無いが、事件の方向性は定まったも同然である。
「蒼司、君は現在別件の捜査に当っているロビンが戻り次第、ショート財団への捜査を行ってくれ。但し、これはあくまで非合法捜査である事を忘れるな。」
「了解です。しかし、財団からの圧力は如何するのです?無視する事は出来ないと思うのですが・・・。」
シオン達との情報交換の折にも話していた懸念を口にする蒼司。だが、ノイマンは笑ってその懸念を切り捨てた。
「言ったであろう?今回の捜査は非合法。自警団組織としての行動ではない。あくまで団員個人が捜査を行っているだけなのだ。そんな個人レベルの行動まで、幾ら大口の出資先とは言え、口を出される謂れは無い。」
ノイマンの台詞に一瞬唖然とする蒼司だが、すぐさま笑顔を見せ、おどけた調子でこう言った。
「了解しました。それでは第3部隊隊員守代蒼司は、勝手に捜査をさせて頂きます。」
敬礼をし、第3部隊の隊長室を出て行く蒼司。それを見送ったノイマンとリカルドは、厳しい表情で目を合わせた。
「・・・これから忙しくなりますな。」
「うむ・・・。しかし、シオン君とは一体何者なのであろうな?アレだけの情報を、たった一人で集めてしまうとは・・・。是非とも自警団に欲しい人材だよ。」
「とは言え、彼は組織の器に収まるような小さな男ではないでしょう。」
「ふむ、確かに、な。アリサさんの人柄が在りこそすれ、彼と言う存在を繋ぎ止めておける、と言う事だろうな・・・。」
ノイマンは隊長室の窓から外を眺め、そんな事を呟いていた。
Episode:17・・・Fin
〜後書き〜
どうも、刹那です。大元の盗難事件に関するシオン達の推理と、再審後の展開に向けての布石の話です。
説明的な会話って言うのは表現が難しいです。まだまだ勉強不足ですね。
それでは、Episode:18でお会いしましょう。