中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:23
刹那


−光と闇の交響曲−

Episode:23 その想い、奏でし旋律に乗せて


この日、エンフィールド中がある一つの行事に盛り上がっていた。
――ショート財団主催・エンフィールド音楽コンクール――
唯音楽のコンクールが開催されるだけならこれほど話題には上らなかっただろう。だが、その主催がこの街に居を構えるショート財団であり、更にそのコンクールに、この街が誇るピアニスト、シーラ=シェフィールドが出場するとなれば、話題にならぬ方がおかしかった。
誰もがこのコンクールに強い興味を抱いている。それは、朝から妙に騒々しい此処−ジョートショップでも変わりは無かった。
「シオンさん、準備は出来たっスか〜?」
胸に蝶ネクタイをつけ、彼なりに御洒落な格好をしたテディが、自室で準備中のシオンに呼びかける。返事は直ぐに返ってきた。
「ちょっと待て・・・良し、これでいいだろ・・・。」
そう言いつつ部屋から出てきたシオンは、普段のラフな格好からは想像も出来ない格好をしていた。
「シオンさん、如何したんスか?その服。」
「ん?あぁ、これはイシュトバーンに居た頃に貰ったんだ。あの国の、貴族の服だよ。正装ではなくて略装だがな。」
シオンは、黒を基調とした裾の長い上着に、白のシャツ、上着と同じ黒のズボンと言う出で立ちだった。シャツとズボンは元より、上着には華美になり過ぎない程度に装飾が施され、何かの紋章のような物が胸元に付けられている。
普段とは違った貴族の服に身を包んだシオンは、質素だが何処か気品に満ちており、貴族という言葉が不思議に合っていた。
「アリサさんも準備は出来てるんですよね?」
「ええ、大丈夫よ。」
シオンの問い掛けに答えたアリサも、白を基調にした落ち着いた配色の礼服に身を包んでいる。
「それじゃ、行きましょうか。」
最後に一度戸締りだけ確認し、3人(2人と1匹?)は連れ立って店を後にした。


「ん?お〜い、シオン。こっちだ〜!」
シオン達がリヴェティス劇場の近くまで来ると、入り口付近でアレフが手を振っている。その傍にはパティやシェリル、トリーシャと言った面々も見える。
「よぉ。結局、リサやエルなんかは来なかったのか?後はピート達にも招待状は届いてる筈だろ?」
「ンにゃ、もうちょっとしたら来る筈だぜ。あいつ等礼服なんて持ってないからな、今由羅が見立ててる筈だ。クリスはその付き添い・・・と言うか、由羅に無理矢理ラチられた。リイムとエスナは先に中で席を確保してくれてるよ。」
「そうか。・・・如何したんだ、お前等?」
アレフの説明に納得したシオンは、ふと自分を見て真っ赤になったまま固まっているパティ達に気付いた。怪訝そうに声をかけるが、彼女達から返事は戻ってこない。
「・・・なぁ、如何したんだこいつ等は?」
「・・・自覚が無いってのは、ある意味罪だよな・・・。」
誰が見ても解りそうな状況なのに、全く理由が解らないシオンに、アレフはひどく脱力したように呟いた。それでも、シオンはまだ怪訝そうである。これ以上放っておくと話が進まないので、仕方なしにテディが説明した。
「シオンさん、皆シオンさんに見惚れてるっスよ。」
「見惚れって・・・あぁそうか、あんまり普段着ない服だからな。仕方ないか。」
「・・・駄目っス。僕にはシオンさんに真実を伝えられないっス・・・。」
「泣くなテディ、お前の気持ちは痛いほど解るぞ・・・。」
あまりにもすっ呆けた台詞をのたまうシオンに、テディとアレフは頭を抱えてしゃがみ込む。
「ふふ・・・シオン君も相変わらずね・・・。さ、何時までも此処に居ると、他の方の迷惑になるわ。リイム君たちにも悪いし、中へ入りましょう。」
アリサの台詞で、シオン達は中へ入っていった。固まったままだったパティ達は、シオンが『トリーシャチョップ』をかます事で我を取り戻した。もっとも、顔は赤いままだったが。
「何でこいつ等赤い顔してんだろうな・・・?」
「・・・一生言ってろ、朴念仁・・・。」
ホントに解ってないシオンの台詞に、思わず殺意すら覚えかけたアレフであった。


劇場内に入ると、既にかなりの数の客が入っており、中には出演者と談笑している者も居た。そんな客達を眺めつつ、シオン達はリイム達を探す。暫く会場内を眺めていると、中程の席にリイムの姿が見えた。
「あそこみたいだな。」
シオンが他の皆を促し、リイムに近づく。リイムの方でも近づいてくる気配に気付いたようで、シオン達に軽く手を挙げて挨拶する。
「や、漸く来たね。他の皆は未だかい?」
「ああ、今服を見繕ってるらしい。・・・エスナは?」
「エスナなら、喉が渇いたって言って水を飲みに行ってるよ。昼頃からずっと此処に居たからね。」
「それは・・・悪かったな。もう少し早く来れば良かったか?」
リイムの台詞に、ややバツが悪そうな顔で尋ねるシオン。だが、リイムは笑ってそれを否定した。
「気にしなくても良いさ。出演者の公開練習なんかもあって、退屈はしてなかったからね。さ、そんな所に座ってないで、皆座りなよ。」
「ンじゃ、俺はあっちの端にするかな。」
そう言って、さっさと列の一番端にアレフが座る。パティ達も、奥から順に座っていった。
「それじゃ俺も・・・」
「駄目。シオンは先にやる事があるだろ?」
「やる事って?」
「お前ね・・・シーラに挨拶に行って来いっての!その為に態々花束まで持って来たんだろうが!」
「ああ、そうか。・・・って、お前は行かないのか?何時もなら真っ先に行きそうなのに。」
シオンの質問に、心底残念そうにアレフは首を振る。
「・・・今回は遠慮しておく。ホレ、プログラムが始まっちまう前にさっさと行って来い。」
「そうか?まぁ良い、ンじゃちょっと行ってくる。」
そう言うと、シオンは花束を持って出演者控え室の方へと歩いていった。シオンの姿が見えなくなると、アレフは微かな溜息をつく。それを見咎めたパティが、からかうような色を滲ませた表情で質問する。
「ホントに行かなくて良かったの?」
「い〜んだよ!考えてもみろよ、あいつはシーラから直接招待状を貰ったんだぜ?今更勝負にならないって。引き際は潔いのも、イイ男の重要な条件の一つだぜ。それより、お前等こそ良いのかよ?」
「・・・まぁ、折角の晴れ舞台だしね。」
「シーラさんの晴れ舞台を邪魔するほど、ボク達野暮じゃないよ。」
からかうように聞き返されたパティは一瞬答えに詰まるが、直ぐに笑顔で返した。隣で聞いていたトリーシャも、複雑そうではあるが、笑顔で言う。シェリルも同じ気持ちのようだ。
「まぁそれは良いとして、何でシオン花束二つも持ってたの?」
「あれ、パティは知らないのかい?あれは今この街で話題に上っている茅場マドカという娘に渡す物だって言ってたよ。」
「・・・マドカって先日の?まさか、街を一緒に周ってる時に何かあったの!?」
予想外の名前が出て来た事に、かなり不機嫌な様子を見せるパティ。トリーシャは既に知っているのか、複雑そうではあるが、不機嫌では無い。シェリルは不機嫌と言うよりは不安そうだ。
「あ〜、ホレ、今話題になってるだろ?コンクール出演者の茅場マドカと、誰かが公園で二人だけの演奏会をやってたって。その誰かってのがシオンのことだよ。」
「嘘・・・だからこの前帰って来た時様子が変だったのね・・・。」
パティが愕然と呟くが、最早後の祭り。シオンは既に控え室の方へ行ってしまっている。
「はぁ・・・でも、どちらにしろ邪魔なんて出来ないし・・・結局は変わらないか・・・。」


パティが疲れたような呟きを漏らしていた頃、シオンはシーラの控え室の前に来ていた。マドカの方が出番は早いのだが、シーラの控え室の方が場所が近かった為、此方に先に来たのだ。

コンコン

「はい、何方でしょう?」
軽くドアをノックすると、中から女性の声が聞こえてくる。恐らく、シェフィールド家のメイドのジュディだろう。
「シオンだけど、シーラは居るかな?」
「あら、シオン様。今ドアを開けますね。」
そう声が聞こえた後、一拍置いてドアが開く。中からジュディが顔を出した。
「お久しぶりです、シオン様。お嬢様は中にいらっしゃいます。さ、どうぞ御入り下さい。」
ジュディに促され、部屋内に入るシオン。声が聞こえていたのか、シーラが近づいてくる。
「シオン君、来てくれたのね!」
「まぁ約束したからな。ハイこれ、チト気が早いような気もするが・・・。」
「わぁ・・・綺麗・・・。ありがとう、シオン君!」
差し出された花束を、心底嬉しそうに受け取るシーラ。シオンも、演奏前と言う事でやや遠慮していたのだが、喜ぶシーラの表情を見て、来て良かったと思っていた。
「でも、本当に来てくれて嬉しいわ。」
「それだけ喜ばれれば、来た甲斐があると言うものだ。・・・迷いは、吹っ切れたみたいだな?」
「え?・・・うん。以前シオン君に受けた助言の御蔭よ。自分でも不思議な位気持ちが落ち着いているの。」
「そうか。なら、今日の演奏は期待できるかな?」
「ふふ・・・期待に添えられる様、頑張るわね。」
和やかな談笑。其処に流れる雰囲気はとても自然で穏やかだ。シーラに気を利かせてやや離れた所に立っていたジュディは、ふとシーラが抱えたままになっている花束に今になって気が付いた。周りを見回して空の花瓶があるのを確認すると、やや恐縮しながらシーラに近づいた。
「お嬢様、御花を花瓶に生けますね。・・・あら、シオン様、そちらは?」
「ん?あぁこれは別の知り合いが出演するんでね。」
「シオン君の知り合い?私も知っている人かな?」
「如何だろうな・・・。茅場マドカって言うんだが・・・知っているか?」
「茅場・・・マドカ・・・さん?」
マドカの名前が出た途端、シーラの笑顔が凍りつく・・・とまではいかないまでも、やや引き攣り気味になる。が、シオンはその表情の変化に気付かなかった。
「ああ。先日知り合ってね。シーラとは畑違いだが、才能は確かだな。」
「そ、そうなんだ・・・。」
「・・・如何かしたのか?少し顔色が悪いようだが・・・」
「あ・・・う、ううん、何でも無いの・・・。」
この期に及んで、漸くシーラの顔色が悪い事に気が付くシオンだが、その理由にまでは考えが至らなかったようだ。
「そうか?それなら良いんだが・・・って、そろそろ行かないとな。」
ふと何かに気が付いたように、そんな事を言うシオン。シーラはかなり名残惜しげだ。
「もう、行っちゃうの?」
「ああ。ヴァイオリンの方がピアノより先だからな。それじゃ、頑張れよ。客席から応援してるから。」
「あっ・・・」
シーラが慌てて何かを言おうとするが、シオンはそれに気付く事無く控え室を出て行ってしまった。
「お嬢様・・・」
「大丈夫よ、ジュディ。だって、シオン君が聞きに来てくれて、応援してくれている事に変わりは無いもの・・・」
心配そうなジュディに微笑んでみせるシーラだが、何処かその笑みは痛々しかった。


「さて、マドカの控え室はこの辺の筈だが・・・此処か。」
シーラの控え室から少し奥に行った所に、マドカの控え室はあった。シーラの時と同じ様に、ドアを軽くノックすると中からマドカの声が聞こえてくる。
「どちら様でしょうか?」
「シオンだよ。」
「シオンさん?ちょっと待って下さいね、今ドアを開けますから。」
程なくしてドアが開き、マドカが顔を出す。その光映す事の無い暗い瞳には、何処か嬉しげな色が見て取れた。
「態々来て下さったんですか?」
「ああ。ホレ、演奏前ってのがどうも違和感を感じるが、前祝だと思ってくれ。」
そう言って、マドカの手に乗せるように、花束を渡す。
「わぁ・・・ありがとう御座います、シオンさん。あら?でもシーラさんには渡さなくていいんですか?」
「シーラには先に渡してる。それはマドカに渡す為に用意したんだ。って、俺シーラの事話したっけ?」
「いえ、アレフさんに聞いたんです。シーラさんの事は知っていましたから、彼女の事を聞こうとしたら、シオンさんと親しいって聞いて・・・」
「そうか・・・。まぁそれは良いとして、どうだ、調子は?」
「ええ、良い感じです。不思議と落ち着きますし・・・。多分、この街の雰囲気の御蔭ですね。この街の暖かな雰囲気の御蔭で、自然とリラックス出来るんです。」
「成る程な・・・。っと、そろそろ時間だろう?俺は客席の方に戻らせて貰うよ。頑張ってな。」
言葉どおり、とても落ち着いた雰囲気で話すマドカ。そんなマドカに軽く激励の言葉をかけてから部屋を出るシオン。小さく手を振ってそれを見送ったマドカは、軽く息をついて気持ちを切り替えると、愛用のヴァイオリンを持って控え室を出て行った。


「や、戻ってきたね。丁度マドカさんの出番みたいだよ。」
「ん。タイミングはバッチリだったわけだ。」
客席に戻ってきたシオンに軽く声をかけて、席を1つずれるリイム。其処に座りながら、シオンは舞台上に目を向けた。その視線の先では、丁度マドカが袖から出て舞台中央に出て来た。軽く一礼し、ゆっくりとヴァイオリンを構える。一呼吸置き、演奏が始まる。
「・・・凄いな・・・。他の人達に悪いけど、レベルが違う・・・。」
「ええ・・・何だか、引き込まれていくみたい・・・」
微かな声で呟くリイムとパティ。言葉にしてはいないが、アレフ達もかなり驚いている。何とは無しに其方を見たシオンは、アリサが驚いている所を初めて見たような気がした。そうこうする内に、マドカの演奏は佳境に入る。最早、会場の誰もが彼女の演奏に惹き込まれていた。やがて、演奏が終る。マドカが一礼すると、割れんばかりの拍手が送られる。シオン達も他の客同様に拍手を送っている。その拍手は、彼女が舞台から消えるまで続いた。
「はぁ〜、凄かったなぁ・・・。ボク汗かいちゃったよ・・・。」
「私もです・・・。」
「俺も、此処まで凄いとは・・・。やっぱ天才ってのは違うんだな。」
「・・・才能以上に、彼女の努力の賜物だろうな。どんな原石も、磨かなければ宝石にはならない。」
マドカの演奏終了後、小さな声で談笑を交わすシオン達。舞台上では他の人の演奏が続いているのだが、聞いてない人の方が多い。マドカの演奏の後では、他の演奏者の奏でる音色は、あまりに稚拙に感じられた。そんな空気を奏者の方も感じているのか、尚更その演奏はだらけた物になってしまっている。
「やれやれ・・・どんな空気の中ででも、自分の実力を出し切って見せるのがホントの実力者だろうに・・・。これでは、見向きもされないのは、自明の理だな。」
「シオン、それはちょっと厳しいんじゃないか?」
「芸術家ってのはそんなもんだよ。努力が報われない場合の方が多いんだ。それでも頑張った奴が、ホントの芸術家を名乗れるようになる。それが出来ないなら、初めから芸術家など目指さなければ良い。」
「辛口だね・・・。」
ある意味辛辣とさえ言えるシオンの酷評に、ちょっと気圧されるリイム。そんな会話を交わしている内に、何時の間にやら演目がヴァイオリンからピアノに移っている。そろそろシーラの出番と言う所で、遅れていた他のメンバー達も合流し、それと同時に、シーラの出番が訪れた。
舞台中央に設置されたピアノの前に歩み出て、一礼するシーラ。その動きは普段通りに見えるが、付き合いの長いシオン達には、何処か妙に見えた。
「・・・何だか、シーラの動き硬くない?」
「パティさんもそう思いますか?何だか、何かを必死で我慢しているような・・・」
小声で言葉を交わすパティとエスナ。他の皆も奇妙な違和感を感じているようだ。そんな中で、シーラの演奏が始まる。
「・・・何だか、何時ものシーラさんらしくない感じです・・・」
ポツリと漏らされたシェリルの言葉は、其処にいる皆の心情と同じだった。決して下手ではない。寧ろ、他のピアノ奏者より余程上手い。だが、それは唯譜面を正確になぞっているだけの、何処か機械じみた上手さだ。本来のシーラの演奏とは程遠い物である。
「・・・何だか、鬼気迫るって感じだね。無理矢理、意識を演奏に向けているような・・・」
リイムがそう呟いた時、突然大きな揺れが会場を襲った。
「きゃぁっ!?」
「な、何!?」
「地震!?結構大きいぞっ!」
至る所で起こる悲鳴。ここ数年、いや数十年起きた事の無い程の大きな地震に、会場の殆どの人間が軽いパニックになる。だが、その地震も大きさに反比例するかのように短い時間だけ揺れ、直ぐに収まる。それに併せ、会場も落ち着きを取り戻し、演奏再開となる。だが、何時まで経ってもシーラが演奏を始める気配は無かった。先ほどとは別種の喧騒が生まれ始める。
「如何しちゃったのよ、シーラ・・・」
「さっきの地震の所為で、集中が途切れたんだ・・・。立ち直るのは難しいかも・・・」
パティ達の微かな呟きを余所に、何事かを考えていたシオンは、何かを思いついたように立ち上がり、会場を出ようとする。
「シオン、何処に行くんだ!?」
「直ぐに戻る。」
問い質すアレフに簡単に返事しただけで、後は振り返る事無く会場を出て行ってしまった。


(どうしよう・・・早く演奏を再開しなきゃ・・・でも・・・駄目・・・指が動かない・・・!)
舞台の上、ピアノに向かいながら、シーラは必死に指を動かそうとしている。だが、石膏か何かで固めたかのように、指が動く気配は無かった。刻一刻と過ぎていく時間。次第に大きくなる周囲の喧騒。それに伴い、強くなっていく不躾な視線の数々。その全てが、シーラを追い詰めていく。
(・・・駄目・・・やっぱり、棄権するしか・・・?何かしら・・・)
追い詰められ、演奏を再開することを諦めかけたその時、ふとシーラの耳に聴き慣れない音色が聴こえて来た。ホントに微かな、だが、周囲の喧騒にあって尚掻き消される事の無いその音色は、シーラにしか聴こえていないようだ。
(何だろう・・・聴いた事の無い音色・・・でも・・・不思議と落ち着いてくる。それに、この曲は今の課題曲と同じ・・・。)
やがて、その曲はシーラが中断してしまっている個所に到達する。すると、その音色に導かれるように、シーラが演奏を再開した。直ぐに収まる周囲の喧騒。だが、シーラはそんな事は気にならなかった。自然と演奏に集中できる。先程まで感じていた焦燥が嘘のように消えていく。そればかりか、演奏前に抱いていたもやもやしたものも、洗い流されていくようだ。シーラの意識が集中されるに連れ、先程の音色は聴こえなくなっていったが、それでもシーラは調子を崩す事は無かった。
(・・・また、助けられちゃったな・・・。何もお礼は出来ないけど、せめて、精一杯の想いを込めて、この曲を貴方に捧げます・・・)


「ふぅ・・・ちょっとあざと過ぎたか・・・。とは言え、持ち直したようで良かったよ・・・。」
劇場の屋根の上、周囲から死角になっている場所に立つシオンは、そんな事を呟きながら、手にしたフルートをしまった。先程シーラが聴いた不思議な音色は、シオンが奏でていたのだ。
「さて、後はちゃんと客席に戻って聴かせて貰うか。」


シオンが会場内に戻ると、シーラの演奏は丁度佳境に入ったところだった。先程のマドカの演奏の時以上に、客はその演奏に惹き込まれている。会場の出入り口付近に立つシオンは、満足げな表情でその様子を見遣り、自身もシーラの演奏に聴き入った。
やがて演奏は終わり、一礼するシーラに割れんばかりの拍手が送られる。そんな中、シーラは何かを探すかのようにキョロキョロとしていたが、シオンに気付くと満面の笑みを浮べ、走り寄って来た。
「シオン君!」
「お、おい、シーラ!?」
近くまで来たと思った瞬間、シオンに思い切り飛びつくシーラ。普段の彼女からは考えられないほど大胆な行動にかなり驚きながらも、取り敢えずシーラを抱き留める。シオンに抱きしめられながら顔をあげたシーラは、笑顔のままで礼を言った。
「ありがとう、シオン君。私がちゃんと弾けたのは、貴方の御蔭よ!」
「な、何の事かな・・・?」
周囲が注視する中、まさか自分が演奏の手助けをしたなどと言える訳も無く、内心冷や汗をかきながらも誤魔化そうとする。
「ふふ、何でもいいの。ホントにありがとう!」
そう言って、更に強く抱きつくシーラ。周囲の冷やかしと祝福と一部の嫉妬の視線を浴びながら、シオンは身動きが取れずに途方に暮れていた。
この後、更に何人かの奏者の演奏を終え、コンクールは終了した。最後に各楽器毎の最優秀演奏者が発表されたが、ピアノとヴァイオリンの部門で誰が選ばれたかは、最早言う必要の無い事であろう。


「それじゃ、色々とお世話になりました。」
そう言って、シオンに頭を下げるマドカ。此処は祈りと灯火の門の馬車の発着所。コンクールを終えたマドカはすぐにエンフィールドを発つ事にしていたのだ。今此処には、見送りに来ているシオンとシーラしか居ない。
「別段世話をしたつもりは無いんだが・・・」
「そんな事は無いですよ。それから、シーラさん。ホントに、素敵な演奏でした。また、何処かで聴ける日を楽しみにしてますね。」
「そんな・・・此方こそ、何時かまた聴かせて下さいね?」
握手を交わす二人の音楽家の卵。同じ才能を持つ者同士何処か気が合うのか、数分話しただけなのに二人の様子は既に数年来の友人のようである。
「っと、もう馬車も出るみたいですし、行きますね。さようなら・・・。何時かまた、何処かでお会いできる事を祈っています。」
そう言って、マドカは馬車に乗り込み、エンフィールドを去っていった。
「また・・・何処かで会えるかな?」
「会えるさ。そう願っていれば、何時か何処かで、な・・・。」
マドカの乗った馬車を見送りながら、シオン達は小さく呟く。馬車が見えなくなって、シオン達はその場を立ち去った。シーラとマドカ、楽器は違えど同質の才能を持つ二人の天才が、音楽の都ローレンシュタインに於いて再会を果たすのは、もう少し先の話である。


Episode:23・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。シーラ主役のEpisode:23、お楽しみ頂けたでしょうか?
前話に引き続き、音楽関係のお話です。前話はオリキャラが主役で、今回はシーラが主役になります。・・・美味しい所は全部シオンが持って行ってしまっている気もしますが(苦笑)
それでは、Episode:24でお会いしましょう。
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