中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:26
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:26 顕現


夜よりも尚深い闇。一辺の光すら差し込まぬ闇が渦巻く中に、ソレは居た。
「くくく・・・お膳立ては整った・・・。」
ソレは闇の中で徐々に人の形に変容しながら、虚ろな笑い声を上げる。その声に含まれる感情はただ一つ、絶対なる狂気のみ。
「見せて貰うぞ・・・お前の中に眠る俺と同じ力・・・『殲滅者』の力を・・・。」
やがてソレは明確な人の姿になる。漆黒の拘束衣。顔のほぼ全体を覆う眼帯。ソレ自身が闇を纏う存在。
「さぁ・・・宴の始まりだ!」
闇から抜け出し、ソレ−シャドウは哄笑を上げる。此処には居ない誰かを嘲笑うかのように・・・。


「シオン、居るか!?」
朝のジョートショップ。シオンが今日の仕事の準備をしていた所に、蒼司が飛び込んでくる。かなり切羽詰った様子に、シオンの目が訝しげに細められた。
「・・・何かあったのか?」
「悪い、此処じゃ言えないんだ。事務所まで来て貰えないか?」
「理由も聞かされずに?」
「・・・頼む。」
暫し蒼司を睨みつけるシオン。凄まじい圧力が蒼司に投げかけられるが、蒼司は決して目を逸らす事はしなかった。
「・・・解った、ついて行こう。アリサさん、もし他の連中が来たら、今日の仕事は休みだって伝えておいて下さい。」
「解ったわ。行ってらっしゃい。」
アリサに伝言を頼み、シオンは蒼司と共に自警団の事務所へと向かった。


事務所に着いた二人は、第1部隊の隊長室へと向かう。部屋が近くなってくると、中から数人の話し声が聞こえてくる。どの声もかなり焦っているのが感じられる。
「リカルド隊長、蒼司です。シオンを連れて来ました。」
「うむ、入ってくれ。」
返事が返ってくると直ぐにドアを開け、中に入る。其処にはリカルドとアルベルト、それにリイムとエスナが居る。なにやら深刻な表情で話し合っていたようだ。
「良く来てくれたな、シオン君。」
「何が何だか解らないんだが・・・。何故リイム達まで居るんだ?」
「・・・訳を話そう。実はな、本日未明、隣町からある物を輸送して来た一団が、魔族の集団に襲撃され、移送していた品を奪われてしまったんだ。」
「・・・それがどうかしたのか?」
何処か冷め切ったシオンの様子に、微かに表情を歪めるリイム。リカルド達はそれに気付く事無く話を続けている。
「問題は、奪われた品にある。ファランクス4基と、新型のファランクス・ツヴァイが1基。」
「・・・ちょっと待て、何でそんなモノを移送していた?戦争でも始める気なのか?」
シオンが口を挟む。その声は、先程のような冷め切ったものではなく、普段のシオンと同じ雰囲気の声だった。リイムは人知れず溜息をついた。
「いや、目的地は此処ではない。街道を更に先に行った所にある、城塞都市レーベが目的地だった。あそこは、魔族の住む領域と隣接しているからな、防備の為に別大陸から取り寄せたらしい。」
「で、それを輸送中に奪われた、と。だが、魔族に奪われた所で、問題は無いんじゃないのか?魔族にアレが作動させられるとは思えないが。」
「・・・唯の魔族ならば、な。生き残りの報告では、グレーターデーモンが数体、確認されている。更に、その群れを率いてたと思われるのは、奇妙な装束に身を包んだ人間だったらしい。」
リカルドの説明に、何事か考え出すシオン。やや間を挟んで、口を開く。
「・・・ファランクスを奪った一団は何処へ?」
「雷鳴山の方向へ向かったそうだ。我々はこれから雷鳴山に向かう。それで、君達にも協力して貰いたいのだ。如何だろう、協力しては貰えないかな?」
そう言って、リカルドはシオン達を見回す。その問い掛けに、リイムとエスナは頷く事で答えた。
「協力するのは構わないが・・・自警団の連中は、住人の避難に回した方が良い。」
「何故だ?」
「奴等の・・・奴の狙いは、この街だからだ。」
何故か確信を持って言うシオンに、リカルドを含めた全員が不審な表情を見せる。
「魔族の群れを率いていたのは、ほぼ間違い無くシャドウだ。そして、奴ならばファランクスを使ってこの街を狙撃する位の事は、やってのける。」
「・・・ふむ・・・そうだな、シオン君の言葉を信じよう。ならば、我々は住人の避難及び彼等の警備に回る。蒼司君、君はシオン君達と行きたまえ。」
「解りました!」
「よし、急いで行動しよう。奴等が、この街を砲撃する前に!」


「エスナ、蒼司、ちょっと良いかな?」
シオンの導きで、雷鳴山山頂を目指す事になった一行。その前に、リイムが蒼司とエスナを呼び寄せる。シオンには聞こえないよう、小声で、だ。
「如何したんだ?何か、心配事でも?」
「・・・シオンの事なんだ。」
「シオン様の?何かあったんですか!?」
「シッ、声が大きい!実は、先日・・・」
小さな声で、先日さくら亭で見た光景を説明するリイム。シオンが急に眠りについたこと、眠っている最中、その髪が漆黒に染まった事、起きてから暫しの間、その瞳が翡翠色に変わっていた事を話すと、蒼司達の表情がやや厳しげなものになる。
「・・・そんな風な変化をする要因って何だ?」
「解りません・・・。普通では考えられない事ですね。」
「ああ。ひどく嫌な予感がするんだ。二人も、それとなくでいい、気を配っていて欲しい。」
「解りました。」
「任せてくれ。」
3人は頷きあい、先に歩き出しているシオンを追いかけた。3人ともが、何処か不安げな表情をしている。リイムが感じた嫌な予感は現実のものとなるのだが、それはもう少し先の話である。


「・・・想像以上だね、これは・・・」
雷鳴山山頂に到着した彼等を待ち受けていたのは、夥しい数の魔物の群れだった。ゴブリンやコボルドといった小物から、オーガやトロルといった中堅の魔物が無数に犇き、更に上空にはハーピーが空を埋め尽くさんばかりに羽ばたいている。群れの奥の方には、レッサーデーモンやグレーターデーモンといった、本来こんな所に居るはずの無い魔族が佇んでいる。ざっと見て取っただけでも、20体は下らない。そして、魔族達に守られるように、4基のファランクスと1期のファランクス・ツヴァイがある。砲身は既にエンフィールドを向いているが、発射体勢には入っていないところを見ると、ギリギリで間に合ったようだ。
「・・・どうやら、この異常な数の魔物は、アレが原因らしいな。常時発動性の魔方陣か・・・厄介な物を・・・!」
シオンの視線の先では、淡く光を発する魔方陣が、今尚魔物を吐き出し続けている。常時発動性の魔方陣は、周囲のマナを喰らって発動している。その為、魔方陣そのものを破壊しない限り、その活動を止める事は出来ないのだ。
「・・・先ずは魔方陣を破壊し、すぐさまファランクス周辺に居るグレーターデーモンを討つ。グレーターデーモンが居なくなれば、ファランクスを操作できる者は居なくなるからな。」
「なるべく、雑魚に時間はかけたくないね。想定時間は?」
「ツヴァイのチャージは初期型の3倍近くかかるからな・・・恐らく、1時間弱。良いか、ツヴァイの魔力弾には、対魔法術式が施されている。その為、どんな強力なものであろうと、魔法の結界は何の意味も持たない。」
「と言うと?」
「要するに、発射されれば防ぐ手立ては無いって事だ。愚図ってる暇は無い、初めから全力で行くぞ!」
『了解!』
シオンの説明が終ると同時に、一斉に突っ込んで行く。先ずはエスナが補助の魔法を唱える。
「精霊よ・・・汝の祝福を、我等に齎せ・・・エレメンタル・ブレス!」
4人の身体能力が淡い光に包まれ、身体能力が上昇する。勢いを増した4人は、此方に気付き行動を開始した魔物の群れに飛び込んだ。

「神魔封滅流・斬式・・・奥義・狼王裂撃斬!!」
シオンの放つ狼を象った地を這うように疾る衝撃波が、射線上の魔物を纏めて屠る。その隙間を縫うように一気に駆け抜けようとするが、他の魔物が素早く進路を塞ぐ。
「ちっ、知性の低い魔物が組織行動を取る・・・シャドウめ・・・こいつ等の意識に刷り込みをかけてるのか・・・!邪魔だっ、どけぇぇぇっ!!」
叫びと共に振りぬいた刃から生まれた衝撃波が魔物を吹き飛ばすが、また直ぐに他の魔物が押し寄せてくる。振り抜く度に10体近い魔物を屠りながら、シオンは必死に進撃していく、が、その速度はあまりに遅々たるモノだった。
「リゼリア流聖剣技・奥義・・・星光翔破斬!!」
リイムの放った衝撃波が、無数の光の槍に変化し、魔物を貫いていく。絶命した魔物の死骸を乗り越え、別の魔物が飛び掛ってくる。その魔物を迎撃し、一旦態勢を整える。
「くっ・・・・・・個々の能力は低いが、これだけ数が居ると・・・てぇぇぇあっ!」
舞うようにして斬撃を繰り出し、少しづつ歩を進めていく。だが、目的の魔方陣のある場所へは、まだかなりの距離がある。リイムの表情が、本人も気付かぬうちに、微かな絶望に染まりかけていた。
「これじゃ、他のメンバーを置いてきたのは正解だったか!蒼輝真刀流・奥義・・・疾風・閃!!」
蒼司は意識を集中し、一瞬だけ脚力を異常強化し、音速の弾丸と化して駆け抜ける。集中が切れたとき、軌道上にいた魔物は全て切り裂かれていた。だが、魔方陣まではまだ遠い。
「駄目か、一気に抜けるのは無理・・・ならば!喰らえ、疾風・乱!!」
音速で繰り出された乱撃から、無数の衝撃波が疾る。それは蒼司の周囲のみならず、シオンやリイムの周囲を取り囲む魔物をも屠った。
「シオン、リイム、俺の位置からじゃ魔方陣まで遠すぎる!援護に回るから、後は頼む!!」
蒼司の叫びに、シオンとリイムは頷く。それを確認すると、蒼司は刀の封印を解き放つ。
「行くぞ・・・蒼輝真刀流・妖技・・・旋空妖撃破!!」
蒼司の持つ禍々しき妖刀・不知火から放たれた紅い衝撃波が逆巻き、真紅の竜巻を作り出す。次第に巨大化していく竜巻は周囲の魔物を呑み込みながら、シオン達の進行方向の敵を根こそぎ薙ぎ払う。その一瞬を待ち構えていたシオンとリイムは、一気に駆け抜ける。
「神魔封滅流・斬式・・・奥義・獅哮衝裂斬!」
「リゼリア流聖剣技・奥義・・・聖牙・駆狼!」
シオンとリイムは、共に突撃系の奥義を放ち、魔物を屠りながら戦場を疾駆する。だが、際限無く吐き出される魔物達の群れを抜ける事は出来なかった。半ば絶望しかけた時、場違いとも言える澄み切った音色が響いた。
「これは・・・エスナ?精霊言語(エレメンタル・ロアー)か!」
戦場に響き渡るエスナの声。それは、人には理解不能な響きながら、何処か歌っているような雰囲気を感じさせる。そんな中、戦場に異変が起きた。周囲の空気が、明らかに変質し始めたのだ。
「これは・・・一体、何が・・・?」
動きを止め、呆然とする蒼司。シオンとリイムはこれから何が起こるか知っている為、来る時の為に、力を溜め始める。リイムに至っては、この隙に剣の封印を解除し、稲妻の刃を生み出している。
――リィィィィィィ・・・リィィィィィ・・・リィィィィィ・・・――
精霊言語は知らない者には鈴が鳴るかのようにしか聞こえない。やがて、戦場全体に鈴の音のような歌声が響き渡り・・・
――リィィィィィィ・・・キィィィィィィィンッ!!――
空気が軋むような音を立て、一帯の空間と精霊界が一時的にリンクする。そして、精霊界の力=破魔の力が一気に溢れ出す。溢れ出た破魔の力は、滅びの雨と為りて、魔物の群れに降り注いだ。断末魔の声を上げながら、次々と滅んでいく魔物達。そんな中、シオンとリイムが動いた。
「行くぞ、リイム!」
「解った!」
次々と屠られていく魔物の群れを、一気に駆け抜ける。辛うじて死滅を免れた魔物が二人を遮ろうとするが、尽く蒼司が薙ぎ払っている為、シオン達は速度を緩める事無く魔方陣へ近付く事が出来た。
「神魔封滅流・斬式・・・奥義・牙龍裂陣剣!!」
「雷華光舞・・・襲牙!!」
氣を高濃度に凝縮し、剣先に収束させる事で破壊力を飛躍的に上昇させたシオンの斬撃と、剣を構成する雷の魔力に氣を上乗せしたリイムの斬撃が、同時に魔方陣を形成する核=凝魔石を粉々に破壊する。魔方陣が消えると同時に、今まで比較的統制の取れた行動を取っていた魔物達が、てんでバラバラに動き出す。どうやら、魔方陣は魔物達の司令塔をも兼ねていたようだ。統制を失った魔物達など、シオン達の障害にはなりえない。残った魔物の掃討を蒼司とエスナに任せ、シオンとリイムは一気に群れの最奥、デーモン達とファランクスがある場所へと走る。

「何とか・・・間に合うかな!?」
「油断は出来ないぞ。グレーターデーモンが10体弱、レッサーデーモンが20体強!一気にけりを付ける!」
走りながら、シオンは呪文を唱え始め、リイムは剣にありったけの氣を込め始めた。
「・・・始まりの虚無より生まれし法の力よ・・・我が意をもて、闇を薙ぎ払いし光の刃と為りて、眼前に立ち塞がりし全ての魔を滅ぼせ・・・セイクリッド・スマッシャー!!」
「稲妻よ集え・・・雷鳴よ響け・・・天空より舞い降りし聖なる雷光よ・・・我が剣に宿れ・・・!行くよ、雷華光舞・・・神撃!!」
シオンの放った膨大な光を凝縮した光の波が、リイムの放った稲妻を纏いし巨大な氣弾が・・・ファランクスを守るように立ち塞がるレッサーデーモンを塵と化し、発生した衝撃波が数体のグレーターデーモンを薙ぎ払う。勢いに任せ、一気に片を付けようとしたシオンとリイムの目に、発射体勢にあるファランクス4基が映る。
「!?まずいっ!」
シオン達が思わず動きを止めた瞬間、4基のファランクスは同時に放たれる。巨大な魔力弾が、シオン達に肉薄する。
「ちっ・・・法より生まれし光よ、我が眼前に集いて盾となれ・・・セイクリッド・シールド!」
シオンが魔法を唱え、巨大な光の盾を作り出す。刹那、ファランクスの魔力弾がその盾に着弾した。
「くううぅぅぅ・・・!!」
激しい衝撃に、吹き飛ばされそうになるシオン。手の空いているリイムがシオンの体を必死で押さえる。幾らシオンの魔力が膨大だとて、攻城兵器であるファランクスの4基同時砲撃を防ぎきるのはきついのか、光の盾が軋み、耳障りな音を立てる。後少しで盾が崩壊するという直前、ファランクスの魔力弾はその魔力を拡散しきり、微かな残光となって消えた。
「くっ・・・何とか・・・!?」
一気に大量の魔力を放出し、軽い貧血状態になったシオンが、何かに気付いたかのように動きを止める。リイムもそれに気付き、視線を向けると、同じ様にその動きを止める。
「・・・間に・・・合わなかった・・・?」
二人の視線の先、ファランクスより一回り程大きなツヴァイの砲身内部に光が溢れている。それは、ツヴァイが既にチャージを終え、何時でも発射できる状態にあると言う事だ。愕然とし、急激に力が抜けていくシオン達を見て、ツヴァイを操作しているグレーターデーモンの一匹が、嘲るようにその醜い顔を歪る。
「・・・!やらせるかぁっ!!」
「シオン!?止せ、幾らなんでも無理だ!」
脱力しかけた体に活力を取り戻し、一気に駆け寄るシオン。そのシオンの考えに気付いたリイムが必死に呼び止めようとするが、最早手遅れだった。シオンの後方、エンフィールドに向けて発射されるツヴァイの魔力弾の前に、シオンが立ち塞がる。
「・・・そう言えば、言い忘れてたな。ツヴァイの魔力弾は、一定以上の質量を持つ物体に当ると、その場で全魔力を解放してしまう。故に、魔力以外の何かを盾にすれば、発射された後でも防げる。そう、例えば・・・人間とか、な。」
「シオン、避けろ、死にたいのか!?」
「・・・街の人間が死滅するより、遥かにマシだよ・・・。」
シオンがそう呟いた時、撃ち出された魔力の奔流が、シオンを完全に呑み込む。そして、巻き起こる爆発。その余波で、リイムはやや離れた所に居た蒼司達の所まで押し戻される。
「う・・・嘘だろ・・・?」
「シオン・・・様・・・・・・」
十分にチャージされた魔力は、今だ消える事無くシオンが居た場所を包む光球と為っている。その中は、凄まじいまでの破壊の嵐が吹き荒れていて、リイム達も迂闊には近寄れない。最早シオンの死亡は、間違い無いと思われた。


(・・・俺は・・・死んだのか・・・?)
おぼろげな意識の中で、そんな事を思う。自分の体という概念が無くなり、意識だけが中空を漂うような、不安定な感覚。
(・・・取り敢えず・・・最悪の事態が免れただけで良しとするか・・・)
薄れ行く意識の中、シオンは自分でも不思議なほど自身の死を受け入れていた。まるで、初めから死ぬ事を望んでいたかのように。
(・・・俺・・・は・・・)
段々と薄れていく意識。最早、自分を自分として認識する事さえままならない。そんな中、ホンの一瞬だが、何かのイメージがよぎる。
(・・・な・・・んだ・・・?)
おぼろげなイメージは、シオンの朦朧とする意識の中でその姿を変える。始めはアリサ。次にテディ。その次はシーラ。パティ。エル。リサ。シェリル。マリア。メロディ。トリーシャ。クリス。ピート。アレフ。蒼司。リイム。エスナ。アルベルト。リカルド。ローラ。由羅。トーヤ。カッセル。・・・・・・。エンフィールドで知り合った、掛け替えの無い人達。そして最後に、シオンには見覚えの無い、だが、知っている筈の、知っていなければならない筈の少女の悲しげな笑顔が、浮かび上がる。
(・・・き・・・み・・・は・・・?)
その少女のイメージが、より鮮明になったと思った瞬間、光が、弾けた・・・。


――トクン――
「!?・・・今、何か感じなかったか?」
「確かに、何かを・・・!?」
今だ呆然と佇んでいたリイム達の視線の先、シオンが居た場所を包み込んでいた光球に変化が訪れた。まるで卵が孵るかのように、無数の亀裂が走る。一瞬凝縮された魔力が尽きたのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。ツヴァイの傍に佇む魔族達も、予想だにしない状況に困惑し、リイム達を攻撃する事を忘れている。
――ドクン――
其処に居る全員が注視する中、光球に走る亀裂が更に増えていく。
――ドクンッ――
そして、光が爆ぜる!
――ッィィィィィィィィンッ!!――
耳障りな音を立て、光が弾け飛ぶ。乱舞する光の中に浮かび上がる一つの影。やがて光は薄れ、影の正体がリイム達の眼前に晒された。
「シオン・・・なのか・・・?」
リイムが掠れた声で呟く。目の前の光景が信じられないのだ。リイム達の視線の先に立っていたのは、確かにシオンだ。だが、本来茶色だった筈の髪は漆黒に染まり、膝元まで伸びている。更に、その瞳は水色から翡翠色に変貌している。その姿は、先日リイムが見たシオンの容貌と同じだ。もっとも、よりはっきりと変容してしまっているが。
「・・・シオン様?無事・・・だったんですね?」
エスナが恐る恐るといった感じで近寄りつつ、話し掛けるが、シオンは其方を一顧だにしない。普段からは想像も出来ないほど冷たい眼で、魔族達のいる方を見詰めているだけだ。永遠に続くかと思われた静寂の中、シオンが歩き出した。魔族達の居る方向へ。
「!?・・・た、唯歩いているだけなのに・・・何なんだ、この威圧感は・・・!?」
「ぐぅっ・・・根こそぎ気力を奪われそうだぜ・・・一体、何が・・・!?」
「くぅぅっ・・・し、シオン・・・様・・・」
唯歩いているだけの筈のシオンから恐ろしいほどの圧力を感じ取るリイム達。それは魔族達も同じなのか、苦悶の表情を浮べている。今のシオンが発する威圧感は、以前のフレアドラゴンやシャドウが放って見せた威圧感など、歯牙にもかけないほどに強大な物だ。もし此処に一般人が居たら、この圧力だけで殺せる事だろう。
「光よ・・・来たれ・・・闇よ・・・来たれ・・・」
ある程度歩いた所で立ち止まったシオンが、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。その声は、視線と同じく恐ろしく冷め切っており、それを聞いたリイム達は言い様の無い恐怖に囚われた。
「今此処に・・・殲滅者たる我が命ず・・・万物よ・・・始まりの虚無へと還れ・・・アルファ・レヴォルーション」
微かな呟きに答えるかのように、魔族達の周囲の空間が鳴動し、切り取られる。隔絶された空間の中、虚空から生まれた光と闇が絡み合い、反発しあい、打ち消しあう。その際に生ずる膨大なエネルギーの全てが純粋な破壊力となり、空間内の全ての物質を消滅させていく。一瞬後、空間内の全ての物質は塵一つ残さず消滅し、切り取られた空間が元に戻る。
「何て威力・・・でも、魔法じゃ無い・・・一体、何なの・・・?」
その光景を呆然と見ていたエスナが信じられないとでも言うかのように呟く。今し方シオンの行った攻撃は、全くもって魔力の反応を示していない。即ち、魔法ではないという事になる。だが、魔法以外にあんな真似が出来る方法があるのかと問われれば、Noと答えるしかない。少なくとも、人間には不可能だ。
「シオン・・・?」
リイムの微かな呼びかけに答えるように、シオンがゆっくりと振り返る。その瞳に浮かぶのは、先程までのような冷徹さではなく、紛う事無き悲しみの感情だ。その絶望の一歩手前にあるかのような深い悲しみに、息を呑むリイム達。その視線の先で、糸が切れたかのように、シオンが崩れ落ちる。
「っ、シオン!」
「シオン様!」
「シオン、おい、しっかりしろ、シオン!」
慌てて駆け寄る3人。蒼司が抱え起こし、何度も呼びかけるが、シオンが眼を覚ます気配は一向に無い。その時、再びシオンに変化が現れる。漆黒に染まっていた髪が、元の茶色に戻ったのだ。流石に長さは伸びたままだったが。
「・・・一体、何がどうなっているんだ・・・?」
リイムの呟きが、静寂に包まれた辺りに空しく響く。無数の魔物の死骸とそれが放つ死臭の中、下山する事も忘れたまま、リイム達はその場に佇み続けていた・・・。


闇。そうとしか表現し様の無い空間の中で、シャドウは不快げに呟きを漏らす。
「ちっ・・・やはり記憶が無いままでは完全な覚醒は不可能か・・・。まぁ、一瞬とは言え覚醒後に安定していたのが確認できたのが、唯一の収穫か・・・。」
呟きは闇に呑まれて消えて行く。無限の闇の中、シャドウはその眼帯の下の表情を、やや嬉しげに歪める。
「それにしても・・・想像以上だな・・・。俺の力とは比べ物にならない・・・。流石はオリジナルと言ったところか・・・。」
其処まで呟き、再び不快げな表情に戻る。もっとも、外見上は眼帯に隠れる為、判断できないのだが。
「・・・さて、どうやって記憶を取り戻させるか・・・。幾ら俺でも、あの時と同じ状況など作れんし・・・。フン、まぁ良い、時間はまだ幾らでもあるのだから・・・。」
その視線の先、何も無いはずの闇の中に、シャドウは何を見たのか・・・。
「せいぜい残された時間を楽しませて貰おう・・・。もう暫くは俺主催の宴に付き合って貰うぞ、シオン。」
微かな呟きを残し、シャドウは闇の中にその身を委ねた。まるで、母に抱かれ、眠る赤子のように・・・。


Episode:26・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。シオンの正体関係の話が続きましたが、如何でしたでしょうか?
少しずつシオンの正体が見え隠れしてきてますが、完全に明かすのはやはり最後周辺です。そうじゃないと、話が続きませんからね・・・。
それでは、Episode:27でお会いしましょう。
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