中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:30
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:30 エンフィールド大武闘会〜後編〜


「リカルドが負けた・・・って、相手は?やはりマスクマン辺りか?」
「それが、ケビンって言う相手らしいんスけど・・・」
控え室に戻ってきた途端告げられた内容に、シオンはやや困惑気味だ。更に、テディが言う名前はシオンも聞いた事の無い名前だ。それが更に困惑を煽る。
勿論、無名の選手の中にも十分手練は居る。とは言え、リカルドほどの実力者を倒せる相手など、そうそうは居ない筈だ。
「相手はそれ程の使い手なのか?」
「それが、良く解らないんだよな。何でも、負戦敗だったって話も聞いたんだが・・・」
今度の質問には蒼司が答える。だが、その解答はますますシオンを困惑させる。
「更に問題なのは、次のシオンさんの相手が、そのケビンって人なんだって事なんだよ。」
「・・・確か組み合わせではまだ次の次位じゃなかったか?・・・あぁ、相手が痺れ薬で棄権したか?」
「棄権は棄権なんスけど、理由は違うっス。何でも、ゴーレムを一撃で倒すような相手に、自分が勝てる訳無いって言って、棄権したらしいっス。」
「何だよ、それは・・・」
情けないと言えば情けない相手の態度に、思わず頭を抱えるシオン。と、その時聞き慣れない声がシオンを呼んだ。
「あの、シオンさんってあんただよね?」
「あれ、君誰?」
「俺はケビンって言うんだ。」
『ケビン!?』
声を揃えて驚く蒼司とトリーシャに、ケビンと名乗った少年はやや引き気味だ。そんなケビンに、シオンが話し掛ける。
「俺に何か用か?」
「実は、お願いがあるんだ。」
「お願い?」
「・・・何も言わずに、次の試合を棄権して欲しいんだよ。」
ケビンの突然の提案に言葉を失うシオン達。ケビンの目を見る限り、冗談で言っている訳では無さそうだ。
「何故、そんな提案をする?」
「ゴメン、理由は言えないんだ。」
「そんな身勝手な・・・!」
激昂仕掛ける蒼司を手で制し、シオンは更にケビンに問い掛ける。
「理由も話さず、一方的に提案を受け容れて貰おうと言うのは、確かにフェアじゃない。だが、今はそんな事は如何でも良い。・・・君は、今までの相手にもそうやって提案してきたのか?」
「そうだよ。」
「それがルール違反だって事は解っているのか?」
「・・・うん。」
「なら、その行為がこの大会で真剣に戦っている者達全てに対する侮辱だって事は?」
「そ、それは・・・」
言葉に詰まるケビン。そのケビンを冷たい目で見下ろしながら、シオンは言い放った。
「悪いが、その提案は受け入れられない。」
「!・・・どうしても?」
「ああ。」
縋るような問い掛けにも、顔色一つ変えずに言い切るシオン。それを見て最早説得は無理と悟ったのか、ケビンは意気消沈して部屋を出て行った。
「ねぇ、シオンさん。大丈夫かなぁ?」
心配そうに見守っていたトリーシャが、耐え切れなくなったように尋ねる。
「何がだ?」
「もしかしたら、凄く切羽詰った理由だったのかも知れないよ?」
「・・・例えそうでも、受け入れるわけには行かない。」
冷徹とさえ言えるシオンの様子に、納得がいかないのか不満げなトリーシャとテディ。蒼司はシオンの態度に理由に思い至ったのか、納得顔だ。
「要するに、アレだろ?理由も言わずに提案だけ、何てのは受け入れられない、と。」
「まぁそれもあるが・・・。それ以上に、彼の行動そのものが許し難い。」
「何でっスか?」
「簡単な理由さ。さっきも彼に尋ねた事だが・・・彼の行為は、この大会に出場している者達を侮辱する行為に他ならない。」
言い切るシオンに、思わず顔を見合わせるトリーシャとテディ。そんな二人に、シオンは説明した。
「この大会に出ている者達は、其々の理由の為に真剣に戦っている。ある者は自らの実力を試す為。ある者は賞金を得る為。ある者は勝利の栄光を掴む為。理由は違えど、皆が皆その実力を賭して戦っている事に変わりは無い。中には、闘いに敗れ、願い適わなかった者も居るだろう。だが、全力を尽くした相手同士、例え敗れても勝者に対し祝福を贈る事も出来るし、次回に向けて願いを繋ぐ事も出来る。・・・身勝手な解釈かもしれないが、この大会の本意・・・それは、この点、つまり本気で相手とぶつかり合う所にあるんじゃないかと思っている。だからこそ、戦う事もせず、理由を話す事さえせずに目的だけを達しようとする彼の行為を許す事は出来ない。」
シオンの言葉に、思わずはっとするトリーシャとテディ。その通り、この大会の醍醐味は、出場者が其々の技と技を競い合う所にある。共に真剣だからこそ、この大会は此処まで人気が出るほどになったのだ。もしケビンが持ちかけてきた、八百長めいた事が当然の様に行われていたら、この大会は今頃廃れ、無くなっていたかも知れないのだ。
「・・・まぁこんな小難しい理由を並べ立てなくても、もっと簡単な理由もあるさ。」
「どんな?」
「決勝の相手は、先ず間違い無くマスクマンだぞ?あの闘いに至上の意義を見出す男が、あんな提案を受け入れると思うか?」
「あ・・・」
「下手すりゃ殺されるだろうよ。」
苦笑しつつ言うシオンに、思わず納得してしまう3人。同じ負けるなら、ちゃんと手加減して貰えるシオンに負けた方が、まだ彼にとってはマシと言えるだろう。
そうこうする内に係員がシオンを呼びに来て、シオンはフィールドへと向かった。


「さぁ、本大会もそろそろ佳境に入ってきました!次なる試合、脅威の力量を見せつけるシオン選手に対しますは、此処まで運良く不戦勝が続く、ケビン選手です!」

ワアアァァァッ!!

「その小柄な体から如何なる攻撃を繰り出すのか!?それでは、試合開始!」

カァァァンッ!

「うわあぁぁぁっ!!」
ゴングが鳴り響くと同時に、剣を振りかざして突っ込むケビン。子供だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、あまりに稚拙な攻撃だ。ブンブンと、勢いだけは良く振り回される剣を、軽く避けると、シオンは相手の剣にぶつけるようにして剣を振るう。
「うわぁっ」
ガシッと言う音と共に、ケビンが軽く吹っ飛ぶ。あまりの呆気なさに、静まり返る客席。と、突然客席の一角にざわめきが生まれた。そのざわめきは次第に広がり、同時にシオンに対する批難めいた声が聞こえるようになって来た。

「何だって?それじゃあのケビンって子は・・・」
客席で観戦していた蒼司は、アレフとパティの持ち込んできた情報に絶句する。二人が持ち込んできた話はこうだ。あのケビンと言う少年は、街の孤児院の最年長者で、最近経営が思わしくないのを知り、何とかしようとこの大会に出る事を考えたと言うのだ。
「それでね、誰かがその事を言い触らして回っているらしくて、シオンに批難が集まってるのよ!」
「まずいぞ・・・如何するんだよ、シオン・・・」

そんな客席での心配を余所に、シオンは突っ掛かってくるケビンを軽くあしらう。シオンがケビンを吹っ飛ばす度に、客席からは批難の声が上がる。
「うっく・・・・・・」
「解ったか?これが何の考えも無しに短絡的な行動に走った結果だ。」
冷たく切り捨てるようなシオンの声に、無理矢理押し込めていた恐怖が頭を擡げる。それは体の節々を走る痛みと共に、確実にケビンを侵蝕していく。
「成る程、孤児院の為と言う理由は解った。だが、それなら何故誰に相談する事もせずに、こんな真似をした?」
どうやら、シオンの異常聴力は客席のざわめきから真相を聞き取っていたらしい。声色を変える事無く、シオンは問い掛け続ける。
「その様子では、武闘会に出ようと言うのに、何の練習もしていないようだし。まさかあんな八百長めいた手段だけで、全部上手くいくとでも思っていたのか?」
「う・・・」
「君がやった事は、褒められる行為でも、勇気ある行為でも何でも無い。唯の無謀な行為・・・いや、唯の愚行だ。」
「う・・・うわあぁぁぁぁっ!!」
叫びながら、何も考えずに突っ込むケビン。その瞳に宿るのは、追い詰められた者特有の狂気のみ。
「・・・此処は戦場だ、此処で目的を達する為には、力の限り戦う以外に方法は無い。戦う決意を持てない者が・・・戦場になど出てくるなぁっ!!」
シオンの叫びが、会場全体を打つ。再び静まり返る会場内。そして、シオンは素早くケビンの後方に回り込むと、首筋に手刀を打ち込む。それで、全ては片付いた。ケビンは糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「あ・・・し、勝者、シオン!」
我に返ったように、慌ててシオンの勝ち名乗りを上げるアナウンサー。が、場内は静まり返ったままだ。だが、シオンに対する批難の声もまた、静まり返っている。そんな会場の状態を余所に、シオンはさっさと控え室に戻って行った。

「・・・どう・・・なってるんだ?」
「何か、急に静かになったわね。」
観客席では、蒼司達が戸惑っている。今までシオンを責めていた客達が、揃って黙り込んでしまったからだ。
「シオン君の言葉の所為だろうな。」
「あ、お父さん。」
何時の間にやら来ていたリカルドが、彼等の疑問に答える。
「シオンの言葉が、この大会の本質を客に思い出させたのだ。この大会は互いの技を競い合う物。それ故、酷な言い方だが力の無い者はそもそも淘汰されるものだ。」
「あ・・・」
「それに、彼の言う通り、ケビン君の行為はあまりにも無謀。決して褒められたモノでは無い。それに・・・忘れては居ないか?譲れぬ思いを背負って戦っているのは、何もケビン君だけではない。シオン君もまた、ジョートショップの為に戦っていると言う事を。」
リカルドの言葉に、思わずはっとする蒼司達。完全に忘れていたのだが、シオンはジョートショップの借金返済の為にこの大会に出ているのだ。忘れていた事実を指摘され、項垂れる蒼司達を余所に、リカルドは何事か考え込んでいた。
「・・・しかし、あまりに不自然過ぎる。誰かがシオン君に悪いイメージを植え付ける為に情報を流したか・・・。だが、だとすれば誰が・・・」


既に選手の数も減り、出番が周ってくるのが速くなる。先程一戦を終えたシオンは、直ぐにフィールドに戻って来た。
「さぁ続きますは・・・シオン選手VSリイム選手!共に優れた技量を見せつける者同士、白熱した戦闘が期待されます!」

ワアァァァァッ!!

既に最初の頃のボルテージを取り戻している観客に苦笑しつつ、シオンはリイムに顔を向ける。
「・・・まさか、お前が出てるなんてね。」
「僕も、久しぶりにシオンと手合わせしたくなってね。それに、二人出れば賞金を持ち帰る事の出来る可能性は上がるからね。」
「はいはい・・・忘れてたよ。お前って結構この手のものって好きだったんだよな。・・・そう言えば、エスナは?」
「ああ、僕の代わりに、さくら亭の仕事を手伝ってる。今日は客が多いからね、応援には来られないんじゃないかな?」
「・・・鬼だな、お前。」
呆れた様に呟くシオンに、リイムは笑顔を浮べるだけであった。
「さぁ何やら言い合っていますが、そろそろ試合を始めましょう!それでは、試合開始!」

カァァァンッ!

「いくよっ!」
ゴングと同時に、素早い踏み込みからの鋭い突きを繰り出すリイム。シオンは身を開いてそれを避けると、体を回転させつつ横薙ぎを放つ。それをリイムは距離を取ってかわす。一拍置き、二人は同時に音速を超える速度でぶつかり合う。
「はあぁぁぁぁっ!」
「てぇぇぇぇぇっ!」
耳障りな音を立ててぶつかり合う剣と剣。切り下ろし、突き、薙ぎ払い・・・あらゆる角度からの連撃を放ち合う二人。ぶつかり合う剣が奏でる音でさえ、あまりに速い二人の動きに追い付けず、微かなタイムラグを置いて二人を音が追いかけると言う状況になっている。尤も、そんな事は余程の達人でもなければ気付かないだろうが。
「ちっ・・・相変わらず動きに無駄が無いか・・・ふっ!」
「其方こそ、動きが鋭すぎて、追うのがやっとだよ!・・・せいっ!」
シオンが大上段から、リイムが横合いから放った斬撃が、甲高い音を立てながらガッチリと組み合う。此処からは、速さではなく力の競い合いとなった。

「すげ・・・」
「な、何が起こってるのか全然解らないんだけど・・・」
人間離れした二人の技量に、付いて行けないアレフとパティ。トリーシャは横で眼を回している。それなりの技量を持つ彼等でさえ追いかけられない動きなのだ、他の一般の観客がどうなっているかは、推して知るべし、である。
「凄い凄いとは思っていたけど・・・まさかこれほどとは・・・目で追うのがやっとだなんて・・・」
「目で追えるのなら大した物だよ、蒼司君。恐らく、この会場内で彼等の動きを追える者は10人も居ないだろう。」
呆然と呟く蒼司に、リカルドが言う。斯く言う彼とて、気を抜けば見失ってしまうほど二人の動きは速い。そうこうする内に、二人は剣を組み合わせたまま、動かなくなる。

「力では、まだまだ俺の方に分があるみたいだな!」
「くぅ・・・僕は、技量で勝負する性質なんでね!」
言いつつ、絶妙のタイミングで力を抜き、相手の体勢を崩そうとするリイム。だが、シオンもそれを読み、同じタイミングで力を抜いてやり過ごす。
「甘い!」
「まだまだぁ!」
相手の体勢を崩す筈が、逆にタイミングを外されるリイムだが、強引にずらされたタイミングを元に戻し、剣を振るう。シオンはそれを避けつつ、距離を取る。そして、再びぶつかり合う。そんな事が20分近く続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・そろそろ、けりを付けないとな・・・」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・そうだね、いい加減、体力も無くなって来たし・・・」
互いの間合いの外で呼吸を整えていた二人が、同じ結論に達する。そして、二人は同時に加速した。
『おおおぉぉぉぉぉぉっっ!!』
シオンは逆袈裟に、リイムは横薙ぎに、其々音速を超えた斬撃が振るわれる。そして・・・

バキィィィィィンッ!!

限度を越えてぶつかり合った互いの剣が、鈍い音を立てて砕け散る。剣が砕けた衝撃で、体勢を崩すリイムに、シオンは更に追撃を仕掛ける。
「なっ!?」
「崩魔戦術・拾四式・・・獅子咆哮撃!」
練り上げた氣を纏い、肩口から背中全体でぶつかるような感じで体当たりを叩き込むシオン。直撃を喰らったリイムは、勢い良くフィールドと客席を仕切る壁に激突し、崩れ落ちる。
「其処まで!勝者、シオン!」

ワアアァァァァァッ!!

アナウンサーの勝ち名乗りに、沸きあがる場内。シオンはそれを余所に倒れているリイムに駆け寄った。
「・・・意識はあるか?」
「くっ・・・な、何とかね・・・。」
ふら付きながら立ち上がろうとするリイムを、シオンが横から支える。リイムは済まなさそうにしつつ、シオンに掴まって歩き出した。
「それにしても・・・まさか君が徒手空拳での氣闘法を使えたとはね・・・」
「ん?ああ、イシュトバーンを出た後に知り合った人から教えてもらったんだ。一応、俺の切り札だな。」
「成る程ね・・・。切り札を使わせたのは、光栄に思って良いのかな?」
「そうだな・・・。」
そんな遣り取りをしつつ、二人は医務室へと向かった。

この後、武闘会はシオンがマスクマンを下し、優勝を決める事で幕を閉じた。余談だが、今年の武闘会での収益は過去最大だったと言う。


「うぅ〜・・・」
「あ〜・・・だから、ゴメンってば・・・」
後日、さくら亭。あからさまに不機嫌な様子で唸っているエスナを、リイムが必死に宥めている。
「謝ったって許しません!私だって、シオン様の活躍する様を見たかったんです!それなのに、リイムがどうしても抜けられない用事があると言うから、涙を呑んで店の手伝いを代わったんです!それを、何ですか、リイムだけちゃっかりシオン様の試合を見て、あまつさえ大会に出てシオン様と試合までして!」
「あぅ、いやそれは「言い訳なんて聞きたくありません!」
何事か言いかけたリイムの言葉を、エスナの怒鳴り声が遮る。普段大人しい彼女が此処まで怒るのは、非常に珍しい。
「・・・何か、凄い荒れてるわね。」
「エスナは普段大人しい分、切れると怖いからな・・・」
リイムとエスナの遣り取りを、少し離れた席で見遣りながら、シオンとパティは他人事のように言う。尤も、二人からすれば完全に他人事なのだが。
「そう言えばさ、結局賞金は如何したの?」
「ああ、それなんだがな・・・」

「孤児院に寄付、ですか?」
武闘会の終了後、優勝賞金を持ち帰ったシオンにアリサが提案したのは、孤児院への寄付であった。
「ええ、駄目かしら?」
「いや、駄目も何も、これが無いと下手すればこの店は・・・」
「でも、確実に如何にかなってしまう訳じゃないでしょう?」
「まぁ・・・そうなんですけど・・・」
アリサの言葉に、思わず返答に詰まるシオン。実際、賞金が無くとも10万G集める事は可能だ。それに、再審で無罪判決を受ければ保釈金もそっくりそのまま帰ってくるのだ。借用時の契約では、利子その他は一切無しとの事なので、帰ってきた保釈金を返済に充てればそれで事足りる。要するに、今回の賞金は一種の保険のようなものなのだ。
「だったら良いじゃない。私達は絶対に必要って訳じゃないけど、孤児院にとっては必要な物なのだから・・・ね?」

「じゃぁ、結局賞金は寄付したんだ?」
「ああ。」
「でもさ、それならシオンも批難され損よね。今でも、偶に居るんでしょ?あんたの事冷血漢だとか何だとか言ってる人って。」
「まぁ・・・な。別にどうだって良いさ。あの時理解を得られなかったのなら、今更何を言った所で変わり映えはしない。これからその悪評を打ち消せる位努力すれば良いだけの話だ。」
そう言って、軽く肩を竦めるシオン。シオンは簡単に言うが、実際問題として、悪評を打ち消すと言うのは簡単な事ではない。良い評判と言うのは容易く消えてしまうが、悪評と言うのは根深く残る物。それを打ち消そうと言うのは並大抵の行為では不可能だ。それが解るからこそ、パティにはひどく理不尽な物に感じられた。
「でもさ、ひどいよね。あの場合、怒られるべきはケビンって子の方であって、シオンは悪くないんだもの。そうでしょ?」
「・・・大衆は、絶えず美談を求めるものだからな。子供が孤児院の為に何かをする、と言うのは、大衆にとって格好の美談なのさ。例えその手段が、あまりに愚かしい事であってもな。」
「どうしてよ?そういう時って、怒ってでも止めるのが普通でしょ?」
「そう言った行為を擁護する事で、自分もその行為に加わっているような錯覚を覚えたいのさ。だから、その行為を諌めるような事は悪として決め付ける。そうする事で、相対的に自身の価値を高めたいんだよ。・・・浅ましいものさ・・・。」
冷然と呟くシオン。その態度は、侮蔑・・・と言うよりは、最早何を期待する事さえしない、と言った態度の表れである。
「もしかしてさ・・・以前にもこう言う事あった?」
「ん?・・・まぁ、似たような事はあったな。街と言う一つの社会の中で、俺のような余所者の存在は、格好のスケープゴートだからな。良くある事だよ・・・。」
何処か遠くを見るように呟くシオン。その声に込められているのは、やはり強い諦観の念だった。
パティ共々、沈んだ雰囲気に陥ってしまった時、誰かが店に入ってきた。

カランカラン♪

「いらっしゃい・・・って、あんた・・・」
パティの台詞が途中で固まる。カウベルを鳴らしながら入ってきたのは、ケビンと一人のシスターであった。
「あの・・・シオン様は此方にいらっしゃるでしょうか?」
「え、ああ其処に居るけど?」
カウンター席に座るシオンを示すパティ。シスターとケビンは怪訝そうな顔をしているシオンの前まで来ると、二人していきなり頭を下げた。
「この度はケビンが大変な迷惑をお掛けしまして・・・本当に申し訳ありません。」
「あの、ゴメンなさい!」
二人にいきなり謝られ、きょとんとするシオン。すると、シスターが訳を話し始めた。
「この度の事・・・私の監督不行き届きでした・・・。本来私がやらなければならなかった事を肩代わりさせてしまい、あまつさえ貴方様に不愉快な思いをさせてしまって・・・」
「あ、いや・・・それは・・・」
「せめて謝罪なりと、と思い、こうして参った次第です。」
「ホントに、そんな謝る必要は無いって。俺は自分の考えた通りの事をしただけだし・・・それに、もう済んだ事だしな。」
そう言って、軽く苦笑してみせるシオン。そんなシオンに、今度はケビンが話し始めた。
「あのね、シオン兄ちゃん・・・」
「ん?如何した?」
「こんなので罪滅ぼしになるか解らないけど・・・シオン兄ちゃんが孤児院に寄付してくれたって、街の皆に言って周ってきたんだ。」
「そうか・・・。ありがとな。」
軽く笑いつつ、シオンはケビンに礼を言う。この後、二人はもう一度謝罪をしてから帰っていった。
「・・・良かったじゃない、当の本人に理解して貰えて。」
「そうだな・・・。」
「ね、あの子が言ってた事って、効果あると思う?」
「・・・俺が寄付したって事を言い回った、って奴か?・・・多分な。」
苦笑しつつ言うシオンに、何となく違和感を感じながらも、ケビンの行為の効果が出てシオンの悪評が削がれるのならそれで良い、とパティは考えていた。


後日、シオンの言う通りケビンの行為は劇的な効果を見せた。今までシオンの事を悪し様に噂していた者達が掌を返したかのように、シオンを評価し始めたのだ。結局、シオンの評価は悪くなる所か、以前よりも遥かに良くなった。
尤も、シオンに言わせれば「より大きな美談に乗り換えただけさ。俺が無茶をした子供を諌め、且つ店の経営を押してまで孤児院に寄付をした、と言う美談にね」と言う事なのだが、どちらにせよ、シオンの評価が上がった事に変わりは無い。パティやアリサ達は、取り敢えず素直に喜ぶ事にしたらしい。

・・・余談だが、リイムとエスナの諍いは、一ヶ月間さくら亭の手伝いをリイムがエスナの分まで肩代わりする、と言う事で一応の決着を見たらしい。尤も、それから暫くの間は、エスナはリイムに対してだけ、刺々しい態度を崩さなかったのだが。
「当然です!これでもまだ生温い位なんですから!」
「ハァ・・・」
更に余談だが、この時のエスナの様子を見て、アレフ達他の友人達は、絶対にエスナだけは怒らせてはならない、と固く心に誓ったと言う・・・。


Episode:30・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。『光と闇の交響曲』版エンフィールド武闘会、如何でしたでしょうか?
世間一般でも批判の多いこのイベント・・・というか、ケビンの扱い。自分なりにアレンジしてみたんですが・・・如何でしょう?最後はもうちょっと変え様があったようにも思えますが、自分的にはまぁまぁかな・・・と。
それでは、Episode:31でお会いしましょう。
中央改札 交響曲 感想 説明