中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:32
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:32 月下終焉〜The Origin Of Chain〜


「それで、話と言うのは?」
休日の昼下がり、ジョートショップのリヴィングに向き合って座るシオンとリサ。つい先程、リサから話があると言われたばかりなのだ。
「・・・多分、察しはついていると思うけどね。紅月の事だよ。」
「・・・まぁ・・・そろそろ来る頃だろうとは思っていた。最近また奴の目撃件数が増えて来たからな。それで・・・決心は付いたのか?」
シオンの問い掛けに、頷くリサ。その表情には多少の緊張は見られるものの、以前のように我を忘れているような気配は無い。それを確認し、小さく嘆息するシオン。
「まぁ・・・自分で考えて、それで決めた事なら、俺はとやかく言うつもりは無いさ。それで、結局如何するんだ?」
「ん・・・やっぱりね・・・奴への憎しみを忘れる事は出来そうに無いよ。奴を討たなければ、私はこれ以上先に進む事は出来そうに無い・・・。」
「そうか・・・」
暫し、重苦しい沈黙が訪れる。そんな空気を吹き飛ばすように、リサが努めて明るく言う。
「話はそれだけだよ。手伝ってくれ、なんて厚かましい事を言うつもりは無い。ただ・・・決意の程を知っていて欲しくてね。それじゃ・・・」
「リサ。」
言って、立ち去ろうとするリサを呼び止める。怪訝そうに振り返ったリサに、シオンは笑いかけた。
「俺も付き合おう。」
「坊や!?」
「決意の程を聞かされてはい終わり、じゃあまりに素っ気無いだろう?どうせ此処まで付き合ったんだ、最後まで付き合せてもらう。まぁ・・・余程の事が無い限り、傍観者に徹させて貰うがな。」
唖然として立ち尽くすリサを余所に、シオンはさっさと店を出ようとする。
「ほら、なにボーっとしてるんだ?カッセルの所に行くんだろう?」
「あ、ああ。」
今だ多少呆然としながらも、リサもシオンと一緒に店を出る。そんなリサの様子に、シオンは思わず苦笑を漏らしていた。


「そう言えば、坊や。紅月の事で聞きたい事があったんだ。」
「・・・紅い満月が出ない日でも、奴が現れる理由、だろ?」
「気付いていたのか?で、理由は?」
「まぁ・・・簡単に言うと、だ。奴の存在が、此方の世界に定着しかけてる所為だ。」
シオンの説明に、イマイチよく解らないと言った表情を見せるリサ。それを見て、シオンは更に噛み砕いて説明する。
「霊体ってのは、本来この世界には存在できない物だ。それは解るよな?そう言った存在が此方の世界に存在するには、何らかの触媒が必要になる。それが生前への強い未練だったり、何らかの物品だったりする。或いは紅月のように、他者の負の感情を喰らって自身の力を強め、此方の世界に存在している者も居る訳だ。」
一旦言葉を切り、リサの方を確認する。リサは取り敢えず此処までは理解しているようだ。
「でだ。紅月のように他者から向けられる感情に頼っている場合、それだけでアレだけの質量を伴った体を作る事は出来ない。それを補うのが、満月の夜に起きる魔力の異常増加現象、通称『ルナティック・ハイ』だ。だが、紅月は余程不安定な存在のようでね、通常の満月時には十分な魔力を得られない。で、満月の中でも最も魔力の高まる時・・・つまり、月が紅く染まる時だけ、奴は此方の世界に現れる事が出来る。・・・これが奴が普段紅い満月の時しか現れない理由なんだが、解るか?」
「まぁ・・・大体は。だけど、それと最近奴が頻繁に現れるようになった理由と何か関係があるのか?」
リサの問いに頷くと、シオンは説明を再開する。
「奴が紅い満月時以外にも出没するようになった理由は二つ。奴はこれまで何度か此方の世界に現れている。そして、その際に出会った人から向けられる恐怖や憎悪と言った感情を蓄え、奴自身が力を増していると言う事。これが理由の一つ。もう一つ、こちらの方がより大きな理由だな。」
「それは?」
「さっき、ああいった霊体なんかは此方の世界には通常では存在できないって言ったよな?あれは、本来この世界に居るべきでは無い存在であるとして、異分子を世界そのものが排除しようとするからなんだ。だから霊体は、この世界にあって然るべき物を依り代とする事で、一時的にこの世界に存在を認められようとすると言う訳だ。だが、紅月のように何度もこの世界に現れていると、次第にその存在を世界が認め始めてしまう。そうすると、霊体でも自由に此方の世界に存在できるようになる。これが、存在の定着と呼ばれる現象だ。」
「成る程ねぇ・・・。」
「はっきり言って置くが、今の奴は、以前とは比べ物にならないほど強いぞ?奴自身の力が強まっている事に加え、存在の維持に力を割かれる割合が極端に下がっているからな。」
「・・・覚悟の上さ。私だって、あれから何もしてこなかった訳じゃない。それに、だからこそ、今奴を倒すヒントを持っているカッセル爺さんの所に向かってるんじゃないか。」
「そう・・・だな。」
リサの台詞に頷くシオン。二人はこれ以後も他愛も無い話をしながら、カッセルの家へと向かった。


「そうか・・・やはり憎しみを捨てる事は出来んか・・・」
リサから話を聞いたカッセルは、沈痛な面持ちで呟く。カッセルとしては、出来る事なら憎しみを捨て、別の答えを導き出して欲しかったのだ。
「仕方があるまい、約束じゃしな。紅月を倒す方法を教えよう。」
「すまないね、カッセル爺さん。」
「済まぬと思うならば、他の答えを出して欲しかったものじゃが・・・。」
言いつつ、微かに表情を曇らせるカッセル。小さく首を振って表情を改めると、静かに語り始めた。
「紅月を倒す方法を教えるには、先ず紅月が何故霊体となってしまったのか、それを話さねばなるまい。」

「今から凡そ50年前、この地が戦火に塗れていたという事は知っておるな?紅月は、その戦争で活躍する傭兵の一人じゃった。実は紅月には結婚を誓い合った恋人がおってな、その恋人は戦争で滅びる前のエンフィールドの街があったこの場所に住んでいたのだ。」
溜息をつくように息を吐き、一息入れるカッセル。リサは一言も聞き漏らすまいとするかのように、気を張っている。カッセルが再び語り始めた。
「二人を悲劇が襲ったのは、丁度終戦直前の事じゃった。紅月が戦場で討たれたのじゃ。ほんの僅かな隙を付かれたらしく、リカルドの話では、即死だったそうじゃよ。そして、そんな紅月の後を追うように、奴の恋人もまた、疫病にやられ、死んでしまった。」
「・・・戦時下では、よく聞く悲劇だな。」
「そう、此処までは比較的良くある話じゃ。・・・本来あってはなならぬ話ではあるがの。まぁそれは兎も角、この話はこれで終わりではなかった。」
「死んだ筈の奴が、霊体となって現れるようになった・・・」
呟くようなリサの言葉に、静かに頷くカッセル。
「・・・自らを霊体に貶めて尚、紅月は恋人との再会を願った。だが・・・先程も言ったように、紅月の恋人は既に他界しておる。結果として、紅月は願いを果たす事も出来ぬまま、現世をさ迷い続けて居るのじゃ・・・。」

「・・・話を聞く限りじゃ、何で紅月が負の感情を糧にするようになったか解らないんだけど?」
リサの質問には、シオンが答えた。
「紅月が霊体となったのが戦場だったからさ。戦場には負の感情、死の気配が満ちている。紅月は、霊体となる際の触媒とする為に、周囲に漂う負の感情を喰らってしまった・・・。」
「そうじゃ。だからこそ、殺気や憎しみを抱けば、奴を討つ事は出来ぬ・・・。」
「だから、その対策を聞きたいんじゃないか。」
以前なら激昂してカッセルに詰め寄っていたであろうリサも、今は表面的には落ち着いている。その事に取り敢えず安堵しつつ、カッセルは本題に入った。
「フム・・・先ず紅月を倒す方法は二つ。一つは、紅月の魂ごと完全に消滅させる方法。が、これは難しいぞ。憎しみを抱くのは構わんが、紅月の精神力を超えた精神力が必要になる。」
「確かに難しいね・・・。死んでも尚生き続けようとするほどの精神力の持ち主だからね・・・。もう一つの方法は?」
「こちらの方が簡単じゃな。何らかの方法で、奴を浄化・成仏させれば良い。」
「成仏って簡単に言うけど、今の奴には神聖系の魔法も効果無いんだろ?」
「その通りじゃ。だから、魔法等で強制的に成仏させるのではなく、奴の無念を晴らしてやれば良いのじゃ。」
あっさりと言い放つカッセルに思わず唖然とするリサ。何となく予想はしていたのか、シオンは苦笑を堪えている。
「あ、あのねぇ!何で私があいつの願いを叶えてやらなきゃならないんだい!?大体、奴の恋人はもう死んでるんだろう!?」
「まぁまぁ落ち着け・・・。お主の気持ちも解らんでもない。じゃが、他に手段が無い以上仕方あるまい?」
「それは・・・っ」
言葉に詰まるリサ。彼女自身、例え剣の力量で紅月を上回り、彼を圧倒出来たとて、自分では紅月を滅ぼす事は出来ないであろう事は理解している。だからこそ、躍起になって紅月を倒す方法を探しているのだから。
「・・・解ったよ、奴を成仏させる方法で良い。それで、如何すれば良いんだい?さっきも言ったけど、紅月の恋人とやらはもう死んでるんだろう?」
「その事に関して説明する前に、お主等に一つ頼み事をしたいんじゃが・・・良いかな?」
「・・・なんだい?」
「そうかっかするでない・・・。祈りと灯火の門の近くに、言葉を話す花が咲いているらしいのじゃ。それを摘んで来て欲しい。」
「そんな事で良いのかい?・・・なら、早速行かせて貰うよ。」
そう言って早々に立ち去ろうとするリサを追いかけようとしたシオンを、カッセルが呼び止める。
「シオン、ちょっと良いかな?」
「ん?何だ?」
「お主に聞きたい事があってな。・・・お主、何故リサを止めなんだ?」
「・・・今リサを止めるのは、かえって危険だからさ。」
シオンの言葉の意味が解らず、怪訝そうな顔になるカッセル。少しばかり神妙な表情で、シオンが言葉を続ける。
「今リサは表面的には冷静さを保っているように見える。だけどそれは、薄氷の如き冷静さ、或いは暴走する一歩手前の冷静さなんだ。自身の中にある復讐心を、無理矢理に押さえ込んでいる反動だろうな。・・・下手をすれば、リサの精神が負荷に耐え切れず、崩壊しかねない。」
「!?・・・まさか、其処まで追い詰められておるのか?」
「リサ自身は自覚して無いだろうがな。精神崩壊の危険を冒してまでリサを止めるより、多少無茶をしてでも早期解決を考えた方が良いと判断した。」
「其処まで・・・リサの復讐心は強いと言う事か・・・。」
「まぁ・・・大切な家族を喪えば、な・・・。さて、そろそろ行かせて貰う。今のリサを放っておくのは危険だからな。」
そう言い置いて、部屋を出て行くシオン。カッセルにはその後姿を黙って見送る事しか出来なかった。


「爺さんと何を話してたんだい?」
「ちょっとした警告みたいな物だ。今は気にしなくて良い。」
カッセルの示した条件、言葉を話す花を探す為に、祈りと灯火の門に向かう際のリサの質問に、シオンは切り捨てるかのように答える。何となく聞き難いものを感じ、リサは話題を変えた。
「それにしても、言葉を話す花・・・ねぇ。坊やはそんな花を知ってるかい?」
「いや・・・あまり聞かないな。思い付くパターンとしては、妖花か魔物の擬態、魔法実験の産物・・・それ位か・・・。」
「妖花って?」
「妖精や霊体が取り憑いた花の事だよ。この世界で言葉を話す花というと、大抵この妖花を指す。多分、カッセルが指定した花もその類だろうな。」
「ふ〜ん・・・」
それ以上何を話すでもなく、二人は祈りと灯火の門へと向かった。


「さて・・・門の近くに来たのは良いけど、件の花は何処に咲いているのかねぇ?」
門の近くまで来た二人は、周囲を見回し其れらしき花を探す。が、少なくとも今見える範囲内には其れらしき花は咲いていない。
「・・・もう少しあっちの方だな。何か・・・微妙な気配を感じる。」
「・・・よく解るね、坊や・・・」
先導するように歩くシオンに、半ば呆れたような呟きを漏らすリサ。これまでも人並み外れた事を平然と遣って退けてきたシオン故、今更何をされても驚くより呆れてしまう。
シオンの先導で歩いていると、不思議な歌声が聞こえてくる。だが、その声の主らしき人影は無い。
「・・・どうやら、あの花らしいな。」
そう言ってシオンが指し示したのは、ホンの数歩歩いたところに咲いている何の変哲も無い一輪の花だった。リサはなんと言ってよいやら解らず、呆然と立ち尽くしていると、やがて歌は終わりを告げ、辺りに静寂が訪れる。と、その静寂を破るかのように控えめな拍手の音が響く。
「綺麗な歌だな。」
唖然とするリサを余所に、シオンは普段通りの態度で花に話し掛ける。
「まぁ・・・ありがとう御座います。珍しいですね、私に人が気付くなんて。」
「あんたを取って来て欲しいって人が居てね。探していたんだ。」
「私なんかを?・・・困りましたね。」
心なしか困ったように見えなくも無い雰囲気で、花が呟く。
「その人に会うのは構わないのですが、其れだと何時も来て下さる女の子が悲しみますね。」
「女の子?」
「ええ、毎日のように会いに来てくれるんですよ。・・・あぁ、噂をすれば何とやら、今日も来てくれたようです。」
花の言葉にシオンが振り返ると、やや離れた所から一人の女の子が歩み寄ってくる。その手には盲目の人用の杖が握られている。やがて少女は花の近くまで来ると、シオン達にも気付いたようだ。
「こんにちは、お花さん。えっと・・・そちらの方々は・・・?貴方達もお花さんの歌を聞きにいらしたんですか?」
「ん・・・まぁそんなようなものだ。」
適当に言葉を濁すシオン。軽く相槌を打った少女は、花との世間話に興じている。其れを横目で見つつ、リサがシオンに小声で尋ねる。
「どうするんだい、シオン?」
「・・・取り敢えず、様子を見よう。」
そうこうする内に話は終ったのか、話し声が途絶え、変わりに先程も微かに聞こえた歌声が響き始める。シオンが言ったとおり、其れはとても綺麗な、優しい気持ちになれる歌だった。
「・・・この歌を聴くと、何だか頑張れるような気分になるんです。」
「何か辛い事でも?」
ポツリと呟かれた少女の言葉に、シオンが控えめな態度で尋ねる。答えたくなければ答える必要は無い、言外にそんなニュアンスを含めたシオンの態度に、少女が小さな笑みを漏らす。
「優しいんですね、貴方は。別段、辛い事があったとかじゃないんです。何となく・・・また明日も頑張ろうって・・・そんな気持ちになれるんです。・・・変でしょうか?」
「いや・・・解るような気もするな。」
二人がそんな会話を小声で交わす間、リサはじっと少女を見詰めていた。その視線は、睨みつけていると言っても良いほど鋭い。
「なぁ・・・辛い事があった訳じゃないって言ってるけど・・・目が見えない事を辛いと思った事は無いのかい?」
やや後ろめたげなリサの質問に、少女はきょとんとした表情を見せる。心底意外な事を聞かれたと言った表情だ。
「私は・・・目が見えない事を辛いと思った事はありませんよ。確かに目は見えません。けど、変わりに周りの光景を強く心で感じ取る事が出来ますし。家族の皆も良くしてくれますし・・・かえって目が見えなくて良かった事なら沢山ありますよ。」
屈託の無い笑顔を浮べながら、少女はさも当然の事のように言う。リサは理解する。この少女は何も憎んではいない。盲目の自分も、そんな体に生んだ母親も、そんなモノを背負わせた運命も・・・全てを憎む事無く、逆に受け入れている。そんな少女に、リサは言いようの無い苛立ちを感じていた。
「・・・ホントにそうかい?無理をしているんじゃないのかい?」
そうでない事は解りきっている。それでも、この苛立ちを消す為には、この少女の中に負の要素を見つけ出さなければならない。半ば強迫観念めいた感情に流されるまま、リサは質問を重ねる。だが・・・
「無理なんてしてませんよ。辛い辛いと思うからホントに辛く感じるのですし・・・。生まれた時から目が見えないのなら、ソレを受け入れて、明るく生きた方が良いじゃないですか。」
少女の言葉に、何も言えなくなってしまうリサ。シオンは黙り込んでしまったリサを暫く見ていたが、直ぐに視線を外すと微かな溜息をつく。尤も、その溜息が何に対して向けられたものかは解らなかったが。
そうこうする内に、花の歌う歌が終る。不思議な静けさに包まれる中、少女が沈黙を破るように声を出す。
「それじゃ・・・私はこれで失礼しますね。お花さん、今日も綺麗な歌を聞かせてくれてありがとう。また明日ね。」
少女は軽くシオン達に会釈すると、ゆっくりと歩き去っていった。その少女の後姿を何とは無しに見遣るシオンに、花が話し掛ける。
「それで・・・如何しましょうか?」
「ん・・・。そうだな・・・君を摘んで帰るのは遠慮させて貰う事にした。」
「坊や!」
「事情を話せば君を欲しがっていた相手も納得するだろうし、あの少女の楽しみを奪うのも気が引ける。そう言う訳だから、俺達も今日は失礼するよ。」
何事か言いたげなリサを無理矢理押さえ込み、シオンは立ち去る。それに引き摺られるようにして、リサもまた立ち去っていった。
「・・・愉快な人達ね・・・」
そんなシオン達を見送る(?)花の呟きは、風に吹かれ消えていった。


Episode:32・・・Fin
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