中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:34
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:34 Roar〜人と獣の狭間で〜


「失礼、シオンは居るかな?」
「トーヤ?珍しいな、あんたが此処に来るなんて。何があった?」
珍しい人物の来訪に、心底怪訝そうな表情を見せるシオン。因みに、彼は普段着の上に汚れの目立つ前掛けをつけて、手にはやはり汚れている作業用の手袋をつけている。
「・・・何かの作業中だったか?」
「ん、いや石膏像の修復依頼を請けてね。丁度今さっき終った所だから、気にしないでくれ。」
「そうか、それでは用件に入らせて貰おう。俺が此処に来たのは、コレの事で相談したかったからだ。」
そう言って、トーヤは何かをシオンに手渡す。それに目を遣ったシオンは、その表情を厳しくする。
「・・・何か解ったのか?」
「幾つかな。」
頷くトーヤを、取り敢えずリヴィングに招き入れるシオン。其処に、アリサが丁度お茶を持って現れた。
「いらっしゃいドクター。シオン君もお疲れ様。御二人とも、紅茶で構いませんよね?」
「ああ、アリサさん。どうぞお構いなく。」
トーヤの前に紅茶のカップを置くアリサに、一応の礼儀として断りを入れておく。そして、視線だけでシオンに問い掛ける。
『・・・アリサさんに聞かれても構わんのか?』
『構わない。寧ろ、アリサさんには聞いていて欲しいくらいだ。恐らく、今回の件ではアリサさんが最も重要なファクターになる筈だからな。』
同じく視線で答えるシオン。そして二人は頷き合うと、先ずシオンが話を切り出した。
「アリサさん、これから重要な話しがあります。お時間は大丈夫ですか?」
「?時間は大丈夫だけど・・・良いの?私なんかが聞いても。」
「ええ、寧ろ聞いて欲しいんです。」
「シオン君がそう言うなら・・・」
アリサの了承を得て、今度はトーヤが話し始める。
「先ず先に言っておく事は、これは仕事の話ではないと言う事です。寧ろ、ひどく個人的な話と言えるでしょう。」
「個人的な話・・・ですか?」
「そうです。しかも、直接的には我々にも関係が無い。」
トーヤの言葉に、怪訝そうな表情になるアリサ。更にトーヤが言葉を続ける。
「・・・今回の話は、ピートに関わる話です。しかも、最悪命に関わる問題になるでしょう。」
「!ピート君の!?」
さっと表情に緊張が疾るアリサ。命に関わるなどと言われれば、当然の反応だ。自然、トーヤやシオンの表情も厳しい物になる。
「以前風邪がエンフィールド中に蔓延した時の事を覚えていますか?」
「え、ええ。」
「実は、あの時シオンがこんな物を見つけました。」
そう言って、アリサの手に一房の毛の塊を乗せる。
「コレは・・・何かの毛ですか?」
「そうです。黄金色の体毛・・・それは、人狼の体毛です。」
「人狼・・・ですか?それと、ピート君に何の関係が・・・まさか!?」
「そう、そのまさか。ピートは人狼族です。」
トーヤの告げた事実に、声も出ないほどに驚愕するアリサ。それでも、その驚愕を無理矢理押し込め、絞り出すような声で尋ねる。
「それで・・・命に関わると言うのは?」
「それに関しては、俺から説明します。先ずピートが人狼族であるということは理解して頂けましたね?人狼族には、満月の力を得て変身すると言う特性がある事は知っていますね?そして、今日が満月の日であると言う事も。」
「ええ、知っているわ。」
「では・・・人狼族は、その本質が人にあると言う事は?」
シオンの問い掛けに、やや考え込んだ後首を振るアリサ。シオンは一つ頷き、言葉を続ける。
「本質は人であるが故に、人狼族は人狼となる事で精神的に多大な疲労を強いられます。また、人狼は本質とは異なった、魔獣としての本能を制御する事が出来ません。それ故、人狼は初めて獣化が始まった時点からある程度時が経つと、魔獣の本能に人としての人格が耐え切れなくなってしまう。そうなってしまう前に、人狼族ではある儀式を行うんです。」
「儀式・・・?」
「厳密に言うと儀式とは違うかも知れませんが・・・。魔獣の本能に支配されている人狼の状態で、人としての意識を取り戻させる事、それが儀式です。」
「でも、儀式と言うからには、ちゃんとした手順があるんじゃないの?」
「手順と呼べる程の物はありませんよ。人狼に人の意識を取り戻させる方法は一つしかないんです。外からその人狼に近しい者が呼びかける事。コレ以外に、人の意識を取り戻させる方法はありません。この外部からの呼びかけを、人狼族では儀式と呼んでいるんです。これは本来親の役目なんですが・・・拾い子であるピートに、親は居ませんからね。そこで、ピートがホントの母親のように懐いている、アリサさんにその役目をお願いしたいんです。」
「そう言う事なら、喜んで協力させて貰うわ。あ、でも・・・如何してそれで命に関わるの?」
何気なく発せられたアリサの質問に、一瞬言葉に詰まるシオン。トーヤも、思わず顔を顰める。だが、黙っている訳にもいかない。
「・・・先程、時が経てば人狼は魔獣の本能に人としての人格が押し潰されてしまうと言いましたね?ピートは・・・今日がタイムリミットなんです。もし今日彼への呼びかけに失敗し、ピートが人としての人格を取り戻さなかった場合・・・ピートは魔獣の本能に支配され、完全なる殺戮の魔獣と成り果てます。」
「!?」
アリサの顔が、驚愕に歪む。シオンの言葉が真実ならば、もし自分がピートの説得に失敗すれば、二度とピートが戻ってこないばかりか、彼を殺人鬼にしてしまうと言うのだ。驚かない方がおかしい。そんなアリサに追い討ちをかけるかのように、シオンが言葉を紡ぐ。
「・・・もしピートの説得に失敗したら・・・その時は・・・・・・俺がピートを殺します。」
「!シオン君・・・」
静かに告げられたシオンの言葉。其処に込められた決意と、覆い隠そうとして尚隠し切れぬ深い悲しみに、思わず言葉を失うアリサ。シオンは、言葉も無く目の前に置かれた紅茶を飲み干す。その瞳には、若干の揺らぎも見受けられない。だが、シオンが友人を殺す事に悲しみや苦しみを感じない筈が無い。それはトーヤも、アリサも知っている。だが、シオンと言う人間が、自身の悲しみに戸惑い、その戸惑いが逆に友人を苦しめる事になるのなら、自分の心を平気で殺し、為すべき事を為す人間である事も知っている。だからこそ、アリサもトーヤも何一つ言葉をかける事が出来ない。シオンはそんな二人の特に気にした風も無く立ち上がり、声をかける。
「・・・身勝手な願いかも知れませんが・・・ピートを救ってやって下さい。それじゃ、俺は準備がありますから、失礼します。トーヤ、あとの事は頼む。」
そう言うと、無言で店を出て行くシオン。その瞳に、揺るぐ事無き決意を浮べて・・・。


夜、全ての準備を終えたシオンは、静寂に支配された夜の街を歩いていた。その手には、愛剣セイクリッドデスが鞘に収まった状態で握られている。何時如何なる状況にも対応できるように、だ。
「・・・そろそろ時間か・・・」
空を見上げながら、ポツリと呟く。その視線の先では、雲間から綺麗な満月が覗いている。その満月が最も地上に影響を与える時間・・・即ち、ピートの獣化が始まる時間は、丁度12時。もう数分で12時となる。
「・・・不思議なものだな・・・。最悪の場合、俺の手でピートを殺さなければならないというのに・・・不思議と心が落ち着いている・・・」
歩みを止める事の無いまま、シオンはそう呟く。そして、刻が訪れた。
――ウォォォォォォォォンッ!!――
「・・・向こうか・・・」
静寂の帳を引き裂かんばかりに聞こえて来た遠吠えの発生源−ピートが居るであろう方向にあたりをつけると、シオンは音も無く疾走する。まさに風の如きスピードで駆け抜けたシオンは、ものの数十秒で、獣化したピートの眼前に立ち塞がっていた。

『グルル・・・』
「・・・ラグナウルフか・・・。厄介と言えば厄介だが・・・」
今にも此方に飛び掛って来んばかりに興奮しているピートから決して視線を逸らさないまま、シオンは呟く。−ラグナウルフ−。人狼族の中にあって、最強ともいえる力を持った種族で、エンシェントドラゴンなどと同じく、神代の代から連綿と生き続けている古代種の一種である。その力は、人と同サイズに限定するならば、神や魔神を除いて最強クラスであり、生身の人間などが如何足掻いた所で、勝てるような相手ではない。とは言え、ピートはまだ幼く、しかもつい最近獣化を経験したばかり。おまけにシオンは色んな意味で人を超えている。付け入る隙は幾らでもあった。
『グルルゥ・・・グガアァァッ!』
「!」
唸り声を上げて、シオンに飛び掛るピート。凄まじいスピードで繰り出された拳の一撃を、天空高く舞い上がり、軽やかに避ける。着地すると同時に、シオンはピートから決して距離を離し過ぎない程度に、街を疾駆する。そしてシオンの思惑通り、彼を追いかけるピート。驚異的な脚力を誇るシオンも、流石に人狼のピートには分が悪い。時折距離を詰めたピートの一撃がシオンを襲うが、その威力とスピードに反し、あまりに直線的なピートの攻撃を避ける事は、シオンにとって造作もない事である。
「さぁ、こっちだ!ちゃんと付いてこいよ!」
挑発するかのように声をかけるシオン。興奮状態にあるピートはその挑発に容易く乗り、シオンの後を追って街を駆け抜ける。何度避けられても懲りずに攻撃を繰り出すが、何の考えも為しに繰り出された、直線的な攻撃に当るシオンではない。ピートの攻撃を適当にいなしつつ、シオンは目的の場所に向かって只管走った。


やや経って、ピートの攻撃をかわしつつだった為些か予定より時間がかかったが、シオンは目的地に到着した。其処は、陽のあたる丘公園だった。
「ピート、お前の獲物はこっちに居るぞ!」
挑発し、ピートを公園の中央に誘き出すシオン。殆ど攻撃らしい攻撃をしてこないシオンに不審なものを感じたのか、若干警戒しつつも、ピートは公園の中央に歩み寄る。と、ピートが公園中央に至った瞬間、シオンが声を上げる。
「今だ、エスナ!」
「大地の精霊達よ・・・我が声に応え、我が敵に不破の束縛を齎せ・・・グランド・ケージ!」
シオンの合図で、木陰に潜んでいたエスナがピートに魔法をかける。ピートの足元の大地が盛り上がり、6本の土の鎖となってピートに絡みつく。突然の事に混乱し、何とか束縛から逃れんと暴れまわるピート。だが、土で出来た鎖は外れるどころか、暴れる度にその体にきつく食い込んで行く。
「無駄だ、その鎖は魔方陣で強化してある。幾らラグナウルフの馬鹿力でも、その鎖を壊す事は出来ない。」
静かな声でシオンが告げる。良く見ると、ピートの足元が僅かながら発光している。どうやら、公園に生えた草に隠すようにして、魔方陣が描かれているようだ。
『グルルルルっ!ガァァァ!!』
「・・・落ち着け、俺はお前に危害を加えるつもりは無い。」
近づくシオンに対し、威嚇するように吠えるピート。が、シオンはそれを気にする事も無く、ゆっくりと近付いて行く。そして、ピートの直ぐ傍まで来ると、ピートの額に優しく手を触れる。
「・・・そう・・・落ち着いて・・・此処には、お前の敵なんて居ないのだから・・・」
『グルル・・・』
静かに、諭すように呟くシオンの声に、少しずつ落ち着いて行くピート。頃合と見たか、シオンが暗闇に呼びかける。
「アリサさん。」
シオンの呼びかけに促され、暗がりからアリサが歩み出てくる。その傍らには、付き従うようにトーヤとリイムの姿がある。アリサに頷きかけ、ピートから離れるシオン。シオンと入れ替わるかのように、アリサがピートの直ぐ傍に立つ。
「ピート君・・・」
『グルゥ・・・?』
アリサに何か感じる物があったのか、首を傾げるような動作をしながら、アリサを見遣るピート。そんなピートに、何時もの優しげな微笑を浮かべたまま、アリサがゆっくりと手を回していく。
「ピート君、私の声が聞こえる・・・?」

「エスナ、もう魔法を解いて大丈夫だ。」
「はい。・・・精霊よ、我が声を持って、彼の者を束縛せし鎖を解き放たん・・・」
エスナの声と共に、ピートの体を戒めていた鎖が消えてなくなる。同時に足元の魔方陣も効果を失ったかのように消えてなくなる。が、アリサは元よりピートもそんな事を気にはしなかった。
「何とか、上手く行きそうだな。」
「ああ。そう言えば、誰か出歩いていたりはしなかったか?」
「僕達が見て周った限りでは、外出者は居ないよ。」
リイムの報告に、胸を撫で下ろすシオン。
「そうか。もし今のピートの姿を見られたら、それを説明するのが厄介だからな・・・」
「確かに、あのような異形では、ピート本人であると納得させた所で、彼を受け入れられるか甚だ疑問だからな。」
シオンの呟きに答えるように、トーヤが言葉を紡ぐ。それ以降何を話すでもなく、4人はアリサとピートを見守る。アリサが呼びかける度に、ピートの目には理性の光が戻り始めていく。誰もがピートの説得を成功したと思った瞬間、ソレは起こった。

ヒュンッ!!

「!?ちっ!」
突如空気を裂いて飛来した矢を、驚異的な反応速度で叩き落とすシオン。何か不穏な物を感じたか、ピートが再び警戒に身を強張らせる。折角取り戻しかけた理性の光が、完全にではないが殆ど失われてしまっている。思わず舌打ちするシオン。その視線を、矢が飛来した方向に向ける。やや対応に遅れたリイム達も、今では戦闘態勢を整えている。トーヤは後ろに下がってアリサの前に立ち、アリサはピートへの呼びかけを一時中断し、そのピートを庇うかのように、その身に腕を回している。
「出て来たら如何だ?それとも・・・姿を見せる事無く、惨めに死ぬか?」
明らかな殺気を伴ったシオンの声に気圧されたか、暗がりの中から人が数人、歩み出てくる。全員が全員、その手に何らかの得物を持っている。内一人は手に小型のクロスボウを持っており、彼がピートを狙撃しようとしたのだろう。
「何なんです、貴方達は!?」
「無駄だエスナ。こいつ等に何を聞いてもな。」
「彼等が、以前君の言っていたブーステッドヒューマンだね?」
「そう言う事だ。・・・来るぞ!」
シオンの声に重なるように、BH達が驚異的な瞬発力で突っ込んでくる。BHは全部で12人。それに対するはたったの3人。BHの能力を考えれば、些か分が悪いように思えた。が・・・。
「ふっ!」
先頭をきって突っ込んでくるショートソードを構えたBHを、シオンの鋭い突きが貫き、そのまま横に薙ぎ払い、直ぐ横のもう一人のBHも切り裂く。絶命したBHは直ぐに体が塵となって消えてしまう。
「・・・そう言う仕掛けか・・・。せいっ!」
塵となって消えたBHに一瞬目を見張るリイムだが、直ぐに気持ちを切り替え、目前の敵を切り裂く。
「雷精よ、汝が生み出せし雷撃をもて、我が敵を貫け・・・ライトニング・ジャベリン!」
エスナの放った3条の雷光が、後方からクロスボウを撃とうとしていたBHと、それを守るかのように佇むBH2人を纏めて貫く。
「何だか・・・人と言うより人形を相手にしている気分ですね・・・させません!ブレイズ・ウォール!」
迂回しつつピートに向かおうとしたBH2人を、炎の壁が纏めて焼き尽くす。その炎に何ら臆する事無く、残りの4人がピートを狙う。だが・・・。
「フレア・レイ!」
シオンの放った炎の塊が、空中で無数の槍となり、雨の如く降り注ぐ。4人のBHはかわす暇もなく焼き尽くされた。

全ての敵を倒したシオン達は、すぐさまピートに目を向ける。その視線の先では、敵が居なくなった事を確認したアリサが、再びピートへの呼びかけを再開している。だが、目の前で行われた戦闘に警戒してか、一度目程の成果は上がらない。懸命に呼びかけを続けるアリサだが、ピートはその声に対しても、警戒心を抱いてしまっているようだ。満月が沈み、夜が明けるまでもう幾ばくも無い。最早これまでか、とシオン達が思った瞬間、予期しなかった事が起きた。
「!ピート、アリサさん!」
諦めの空気が漂い、誰もが一瞬気が逸れる。その瞬間をを狙ったかのように、ピートの直ぐ傍の木の上から、BHが一人飛び降り、着地と同時にピート達に突っ込む。真っ先に気が付いたシオンが慌てて駆け寄ろうとするが、如何せん時間が無い。並みの相手ならば間に合ったかもしれないが、相手は身体能力だけなら達人級のBHだ。出だしが遅れた所為で、間に合わない。
「きゃあぁぁっ!」
気配を察したアリサが思わず悲鳴を上げる。だが、そんな事で感情を廃しているBHが動きを止める訳が無い。その手に握られた刃がアリサごとピートを切り裂こうとした瞬間、ピートがその黄金色の体毛に覆われた腕を伸ばし、BHの刃を弾き飛ばす。
「!ピート?」
武器を弾かれ、思わず後ずさるBHだが、腰から予備のダガーを引き抜き、飛び掛る。その相手は、人質にでもするつもりか、アリサだった。だが、アリサの前にピートが立ち塞がる。
「おばちゃんは・・・おばちゃんは俺が守るんだ!!」
叫びと共に、ピートはその鋭い爪でもってBHを交差しざまに切り裂く。BHが崩れ去った事も確認せず、ピートは慌てた感じで座り込んでいるアリサに駆け寄る。
「おばちゃん、大丈夫!?」
「え、ええ、私は大丈夫よ。それより・・・ピート君、自分を取り戻したのね?」
「へ?あ、うん。そう・・・なのかなぁ?良く解んないや。」
イマイチ信用ならない台詞を吐いて、ピートは照れたように頭をかく。そんなピートに、アリサは優しい笑みを向けながら、一言だけ、心からの言葉を贈る。
「お帰りなさい・・・ピート君。」
「うん・・・ただいま、おばちゃん。」

「どうやら、ギリギリで上手くいったようだな。」
アリサとピートを離れた所から見守りながら、トーヤがそんな事を言う。それに頷き、シオンは表情を僅かに綻ばせる。
「母親の危機に、自我を取り戻す・・・か。魅せてくれるじゃないか、あいつも。」
「まぁ・・・今回ばかりは、彼に美味しい所を持っていかれたね。それより・・・」
リイムの声が、やや硬質な物に変わる。それを受け、今まで微笑ましげにピート達を見守っていた3人の表情を厳しい物になる。
「BH・・・明らかに、ピート君とアリサさんを狙ってましたよね?」
「ああ、間違い無く・・・な。これがハメットの指示なのか、それとも・・・」
幾つかの意見が出るが、証拠も無い以上、正しい事は解らない。
「・・・どちらにせよ、ピート自身が危険の源になる事は無いが、今度は逆にピート自身が狙われる事になったか・・・。メロディ共々、何でこう一つ所に留まらない奴ばかりが狙われるかね・・・」
心底疲れたように呟くシオン。とは言え、見捨てる気など無いのは目に見えている。
「及ばずながら、手助けします。」
「僕も、ね。」
エスナとリイムが、シオンの両肩に手を置きつつ言う。トーヤは、シオンに苦笑を向けた。
「ふ・・・お前も苦労するな。」
「殊更言葉にするな、トーヤ・・・余計疲れるから・・・。」
情けないシオンの言葉に、笑みがこぼれるリイム達。そんな彼等を尻目に、シオンは今後の事を考えていた。
(・・・ピートとメロディを護るのは吝かではないが・・・。奴も焦っているんだろうな、再審までそう時間が残っていないから・・・。最悪、再審前に奴に引導を渡す事も考慮に入れて置くべきか・・・)
些か物騒な事を真顔で思考するシオン。だが、取り敢えずは目の前の友人の無事を祝おうと、気持ちを切り替えた。
「さて、帰ろうか。ピート、良かったら今日は俺が夕飯を作ってやるよ。どうせ未だ食べてないんだろう?」
「え、ホント!?」
「へぇ・・・珍しいね、シオンが自分からそんな事を言い出すなんて。ピート、楽しみにしていると良いよ、シオンの料理は絶品だから。」
「うわぁ、ラッキー!俺、さっきから腹へってしょうがなかったんだ!」
「はいはい。リイム達も食べていくか?」
涎を垂らさんばかりのピートに苦笑しつつ、傍らのリイム達も誘う。当然とばかりに頷くリイムとエスナ。更にシオンは、トーヤにも声をかけた。
「トーヤは如何する?」
「ふむ・・・そうだな、偶にはそう言うのも良いかも知れん。御馳走になろうか。」
「決まりだな。」
「あ、俺おばちゃんのデザート食べたい!」
「ふふ・・・解ったわ。それじゃ、私はシオン君のお料理に負けないようなデザートを作らないとね。」
楽しげに響く声。全ての問題が完全に片付いた訳ではないが、それでも当面の問題は片付いた。取り敢えず、シオン達は今の平穏を楽しむ事にした。


「へぇ・・・ピートがねぇ・・・」
後日、シオンはさくら亭に訪れ、仲間内に事件の顛末を説明した。世間で話題になっていた満月の夜の遠吠えは、群れから逸れた狼の物で、既にその狼はシオン達で保護してある、と言う事になっている。まさかピートが人狼で、あの遠吠えは彼のものだ、なんて言える訳が無いからだ。とは言え、仲間内にはホントの事を言って置こうと思い、さくら亭に集まってもらい、事の顛末を説明したのだ。
「まぁ・・・それはもう解決したんだし、問題無いんだろうけど・・・アレ、如何したんだい?」
呆れた様に尋ねるリサの視線の先では、テーブルについてうっとりしている少女達が居る。
「・・・シオン君の手料理・・・シオン君の手料理・・・」
「うぅ・・・私より上手い・・・」
「ま、マリアよりは下かな・・・あ、ちょっとトリーシャ、それマリアが狙ってたのよ!」
「ちっちっち、こう言うのは早い者勝ちだよ、マリア。いっただっきま〜す♪」
「ハァ・・・とっても美味しいです・・・」
「ふみぃ、とっても美味しいのぉ♪」
台詞は上からシーラ、パティ、マリア、トリーシャ、シェリル、メロディ。彼女達は、やや大きめのテーブルに所狭しと並べられた豪華な料理に舌鼓を打っているのだが・・・。
「いや、昨日ピート達に料理を作ってやったって言ったら、自分達も食べたいって言い出してな・・・」
因みに、アレフ達男性陣にも当然振舞われているのだが、女性陣の異様な雰囲気に圧され、別のテーブルで普段のさくら亭の料理を食べている。
「まぁ・・・解らないでも無いんだけど・・・。何だかなぁ・・・」
呆れたようなリサの呟きを余所に、少女達はそれから暫くの間シオンの料理に惚け続けて居た。


「う〜ん、シオンの料理も美味しかったけど、俺はやっぱりおばちゃんの料理の方が好きだな!」
「ふふ、ありがとうピート君。」
「ご主人さま、このピザもう一枚食べても良いっスか?」
「ええ、良いわよ。沢山食べてね。」
一方、ジョートショップでは・・・何時もと変わらぬ平和な光景が広がっていた・・・。


Episode:34・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。ピート説得の話ですね。
ゲームの方では自警団なんかも絡んできて、結構どたばたするんですが、この話ではジョートショップ関係者とトーヤだけです。後はやられ役ですか(苦笑)
残すキャラはシーラとエル。次はシーラの話になりますね。
それでは、Episode:35でお会いしましょう。
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