中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:35
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:35 未来へのプレリュード


その日、シオンは疲れ切っていた。以前引き受けた石膏像修復の仕事の依頼人が、その出来の良さに感動し、臨時の仕事を依頼してきた所為だ。等身大の石膏像の修復と、木彫りの置物の作成の2種類なのだが、当然の如くジョートショップの手伝いをしているメンバーの中に、そんな器用な真似が出来る者は居ない。そんな訳で、期日通りに品物を収める為、此処2、3日ずっと徹夜作業だったのだ。シオンにとって3日程度の徹夜は、普段なら何のことも無い。だが、極度の緊張を強いる作業を行いながらの徹夜は、流石のシオンにも応えた。漸く仕事が終わり、リヴィングでだれていた所に、また更に彼を疲れさせるような話が持ち込まれてきた。
「・・・相談?」
怪訝そうな声色で、目の前の人物に尋ね返すシオン。先程までだらけきっていたのに、今では普段通りの態度に戻っている。見栄を張っているというよりは、相手への礼儀の為だろう。
「はい。日にちは何時でも構わないそうです。あ、勿論早めに来て頂けるのなら、それに越した事はありませんが。」
「とは言ってもな・・・」
今シオンの前に座り、シオンを困惑させる話を持ち込んで来たのは、シェフィールド家のメイド、ジュディだ。
「俺なんかに相談するより、御両親に相談した方が良いんじゃないか?確か今、地方公演から戻って来てるんだろう?」
「ええ、ですが内容が内容だけに、御主人様方よりも、シオン様に相談なさった方が宜しいかと思いまして。僭越ながら、私が進言させて頂きました。」
「進言って・・・。俺はあまり相談に乗ったりするのは好きじゃないんだが・・・」
心底困ったように言うシオンに、此方も心底心配で堪らないと言った表情で言い返すジュディ。
「そうは言いましても・・・お嬢様も、随分と悩んでおいでなのです。勿論、身勝手なお願いである事は重々承知の上ですが・・・」
「それだけ悩んでいると言う事は、それだけ重大な悩みって事だろう?」
「はい。お嬢様の将来に関わる問題なのです。だからこそ、軽々しく人には相談出来ません。」
「人生相談か・・・益々持って苦手なんだが・・・」
そう、シオンを悩ますジュディの話というのは、シーラが何事か悩んでいる為、その相談に乗って欲しい、と言う事なのだ。シーラ自身、シオンに相談に乗って欲しいと言っているらしく、既に邸宅の方に招待までされている。それでも、シオンは中々首を縦には振らなかった。珍しい事もあるものである。あまり人の内情に干渉するのを嫌うシオンだが、自分が心を許した友人ならその限りでは無い。リサやクリスの一件からも解るように、シオンの面倒見は結構良い方なのだ。だからこそ、今のように返事を渋るシオンは珍しかった。
「大体にして、何故俺なんだ?」
「それは・・・」
何を当り前の事を、と言いそうになり、慌てて口を紡ぐジュディ。好意を寄せる相手に、自分の将来に関する相談に乗って欲しいと思うのは別段不思議な事ではない。だが、朴念仁のシオンにはそんな事は解る筈も無い。ホントはジュディの口から言ってもいいのだが、それはあまりフェアじゃない。そんな訳で、口にするのを躊躇ったのだ。
「・・・シオン様は、見たところ過去に様々な経験をして来ていらっしゃるように思えます。実際、この街に訪れるまでは、世界中を旅して周っていらっしゃったのですよね?そのように経験豊富な方なら、良い助言が頂けるのでは、と思いまして。それに、シオン様は・・・何といいますか・・・相談され慣れている、とでも言うべき感じがするんです。」
事実を述べる代わりに、当り障りの無い理由を述べる。尤も、その内容の殆どは、実際にそう思っている事なのだが。
「まぁ・・・確かに相談されたりする事はあるが・・・」
「でしたら・・・」
あくまで渋るシオンに、何とか承諾させようと迫るジュディ。暫く苦々しげな表情を変えないシオンだったが、ジュディの気迫に負けたのか、ジュディの頼み事を引き受ける事を承諾した。
「ハァ・・・まぁ友人が困ってるのを見捨てるのも、後味が悪いしな・・・。解った、今日の・・・夕方にはそっちに行くと伝えておいてくれ。」
「本当ですか!?ありがとう御座います!それでは、早速お嬢様にお伝えしますね!」
シオンの承諾を受けて、嬉々として店を飛び出していくジュディ。後に残されたシオンは、何とも言えない思い溜息を付いた。
「フゥ・・・。大体内容は予想が付くんだけどな・・・。まぁ良い、さっさと納品を済ませてくるか・・・」
自分に言い聞かせるように呟くと、シオンは完成した依頼品を取りに自室へと上がって行った。


一方、シェフィールド家へと戻って来たジュディは、早速シーラへ報告する為に、彼女の部屋を訪れていた。
「そう・・・シオン君、引き受けてくれたんだ。」
「はい、今日の夕方頃にお越しになると仰られていましたよ。」
「そんなに早くに?」
ちょっと驚いたような声を出すシーラ。彼女もシオンが今忙しい事を知っていたため、例え相談に乗ることを引き受けてくれても、日にちを置いてだと思っていたのだ。
「それじゃ、せめて部屋の掃除くらいしておかないと・・・」
「私も御手伝い致しますね。」
はっきり言って、シーラの部屋は毎日のように掃除されている為、かなり綺麗な状態だ。それでも、何か気になってしまうのは・・・やはり、訪れる相手が意中の相手だからだろうか?尤も、シーラの性格なら、例え同性の友人が訪れると言うだけでも、室内のチェックを行ったりしそうではあるが・・・。何はともあれ、シーラ達はシオンを迎える為、室内を整理し始めた。扉の外で、誰かが先程の会話を聞いていた事にも気付かずに・・・。


幾ばくか時が過ぎ、もう直ぐ夕暮れ時という時に、シオンはシェフィールド邸に到着していた。
「納品がスムーズに終わったのは良いが・・・些か早く来過ぎたかな?」
愛用の懐中時計で時間を確認すると、時刻は4時を少し回った所。季節柄日が沈むのが早いとは言え、夕方と言うにはまだ幾分早い時間だ。とは言え、来てしまったものは仕方がない。シオンはノッカーを鳴らした。待つ事数秒、直ぐに大きめの立派な扉が開き、ジュディが顔を出した。
「シオン様?随分とお早いですね・・・お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「ああ、予想より早く終わったからな。もし都合が悪いようなら、もう少し時間を潰してくるが?」
「あ、いえ。どうぞ、御入り下さい。」
「ん、それじゃ・・・お邪魔します。」
ジュディに促され、邸宅に入る。外から眺めた事はあるが、実際に中に入るのは初めてだ。ジュディに案内されながら、辺りを興味深そうに見渡す。
「ほぅ・・・中々良い趣味だな。あの絵は・・・ミアン作か?」
「御判りになりますか?仰る通り、あの絵はミアン氏の作品です。」
ホールに飾られた大きな絵を見て、世界的に有名な画家の名を挙げるシオンに、感心したように答えるジュディ。有名な画家の作品とは言え、飾られているのはシェフィールド家に贈る為だけに描かれた物だ。余程芸術的センスのある人間でなければ、一瞥しただけで判別する事は不可能だろう。
「まぁ・・・俺自身絵画は好きだし、ミアンの作品は結構数を見ているからな。作風が少し似ている。」
「シオン様は、本当に多芸ですのね・・・感服致します。」
飾られた美術品の話をしながら、二人はシーラの部屋と向かった。

「着きました。此方が、お嬢様のお部屋です。・・・お嬢様、シオンさが御見えになりました。」
2階に上がって直ぐの扉の前で、ジュディが立ち止まる。どうやら其処がシーラの部屋らしい。ジュディが呼びかけると、中から直ぐに返事が返ってきた。
『どうぞ、入って貰って』
「畏まりました。・・・どうぞ、シオン様。」
ジュディが扉を開き、シオンを促す。シオンが室内に入ると、ジュディもその後ろから室内に入ってきた。
「いらっしゃい、シオン君。来てくれてありがとう。さ、遠慮しないで座って?」
「ん、それじゃそうさせて貰うよ。」
シーラに促され、座り心地の良い高級そうなソファに身を沈める。それを見て、シーラもそのソファとはテーブルを挟んで対面に位置する場所に座る。二人が座ると、ジュディはお茶を煎れて来ると言って部屋を出て行ってしまった。
「えと・・・来て貰って言うのもなんだけど、お仕事の方は大丈夫?」
「ああ、そっちは問題無い。今日の分の仕事は既に終わったしな。それに、再審までに10万稼ぐのも、問題は無い。それより・・・相談があるんだろう?」
些か話し難そうにしているシーラを見兼ね、シオンの方から本題を切り出した。
「うん・・・。以前にも少し話した事があると思うんだけど、ピアノの事で少し・・・迷っている事があるの。」
「迷っている事?」
「私は、小さい頃からずっとピアノを弾き続けてきたわ。それこそ、友達と遊ぶ暇さえ無いほどに。以前はそんな自分の人生に、何の疑問も持たなかったわ。」
「以前は?と言う事は、今は違うと?」
シオンの合いの手に、微かながら頷くシーラ。
「ええ。4月から、私はシオン君のお手伝いをするようになったでしょう?御蔭で友達も沢山出来たわ。それで・・・今のままの生き方で、本当に良いのかなって思うようになったの。これからずっと、ピアノを弾き続けるだけの生き方で、私は本当に満足出来るのかな、って・・・」
「成る程ね・・・。でも、それだけじゃないだろう?悩んでいる事は。」
探るような目で見るシオンに、驚いたような表情を見せるシーラ。それは的外れな事を言われたが故の驚きではなく、的を射た事を言われたが故の驚きだ。
「凄い・・・どうして解ったの?」
「まぁ・・・今聞いたシーラの、悩みの深さ故、だな。それだけ深刻な悩みを抱くようになるには、それなりの切っ掛けが必要になるからさ。それで、何が切っ掛けだったんだ?」
「・・・あのね、以前音楽コンクールがあったでしょう?実は、あのコンクールで審査の先生方の目に留まった人は、ローレンシュタインへの留学権が与えられるの。それで、先週告知が来たの。既に留学の為の書類なんかは纏まっていて、後は私が返事をするだけ・・・」
「それで、今自分の生き方に疑問を持つようになってしまった・・・と言う訳か。」
確認するようなシオンの言葉に、黙って頷くシーラ。シオンは少し考え込むと、幾つか質問し始めた。
「幾つか聞きたい事がある。先ず、シーラはピアノを弾くのは嫌いか?」
「え・・・ううん、嫌いじゃない・・・と思う。嫌いなら、今まで弾き続ける事は出来なかったろうし・・・」
「ふむ・・・。なら、逆に好きか?」
「・・・如何かな・・・。嫌いじゃないとは言えるけど・・・」
「急いで答えなくても良い。ゆっくり考えてくれ。」
シオンの言葉に、自分なりに答えを出す為に考え出すシーラ。やや間を置いて、シーラが答える。
「・・・好き・・・なんだと思う。だからこそ、今の曖昧な気持ちのままで、ピアノを弾き続ける事に抵抗を感じているのだと思うし・・・。今のままじゃ、ただ子供の頃からの惰性で弾き続けている事になってしまうから・・・」
「何だ、もう自分で答えを出しているじゃないか。」
そう言って、微笑を浮べるシオン。言われたシーラは、何のことか解らずきょとんとしている。
「良いか?シーラはピアノを弾く事は好き。だけど、今の自分がピアノを弾く理由が、子供の頃からの惰性で続けているだけと言うのが納得できない。其処まで理解しているなら、後は簡単だ。如何するべきか、自分の意志で決めれば良い。」
「自分の・・・意志で?」
「そうだ。今の自分の気持ちに正直に、答えを出せば良い。シーラの悪い癖は、色んな事に気を遣って、自分の意志を押し込めてしまう点だ。今は余計な事を一切考えなくて良い。唯、今の自分が何を望み、何をしたいのか・・・それだけを考えるんだ。そうすれば、自ずと答えは出る。」
「今の私が、何を望んでいるのか・・・」
シオンの言葉を繰り返しながら、考え込むシーラ。シオンは何も言わず、唯シーラの事を見守り続けた。そろそろ日も沈み始めた頃、シーラが顔をあげる。その表情は、先程までのような迷いは一切見受けられない、晴れ晴れとした物だった。
「・・・私、決めたわ。やっぱり私はピアノが好き。これからも、ずっと続けて行きたい。子供の頃から続けていたからとか、そんな理由じゃない。ピアノが好きだから・・・だから、自分の意志で、続ける事を選んだ・・・。そして、今よりももっとピアノを上手く弾けるようになる為に、留学もするわ!」
シーラの出した答えに、満足そうな表情を浮べるシオン。
「答えはちゃんと出せたようだな?」
「うん!シオン君の御蔭よ。」
「・・・違うな。答えは初めから出ていたのさ。俺は少しだけ後押ししてやっただけ。答えを出したのはシーラ自身なんだから。」
シオンの言葉に、首を振って否定するシーラ。その表情は、興奮ゆえかやや赤らんでいる。
「ううん・・・。シオン君は、迷っていた私に道を示してくれた。私一人じゃ、迷ってばかりで答えなんて出せなかったわ。だから、私が答えを出せたのは、シオン君の御蔭。・・・本当に、ありがとう・・・」
感激やら何やらの感情が入り混じり、目尻に涙まで浮べるシーラに苦笑しつつ、その涙を指先でそっと拭う。
「あ・・・」
「嬉しいのは解るが・・・涙まで流していたら、折角の綺麗な顔が台無しだぞ?」
「し、シオン君・・・!?綺麗って・・・」
シオンの突然の言動に、完全に真っ赤になってしまうシーラ。今度は逆に、シオンの方が驚いた。
「・・・其処まで照れるような事じゃないんじゃ・・・」
「だ、だって・・・」
二人とも黙り込んでしまう。シオンはシーラの予想以上の反応ゆえに、そしてシーラは、シオンの行動に完全に照れてしまったがゆえに。なんとも奇妙な沈黙が訪れる。気まずい・・・と言うほどではないが、些か居心地が悪い。とは言え、話し出す切っ掛けが掴めない。そんな曖昧な空気を振り払うかのように、控えめなノックが鳴らされた。

コンコン♪

「あ・・・あ、はい?」
『お嬢様?お茶をお持ちしましたが・・・』
「あ、ありがとう。入って。」
『はい、それでは失礼致します。』
静かに扉が開き、お茶のカップやクッキーなどが乗ったトレイを持ったジュディが姿を見せる。先程まで漂っていた奇妙な空気が払拭され、人知れずホッと溜息をつくシオンとシーラ。そんな二人の様子に怪訝そうな顔をしながらも、ジュディは二人の前にカップを置くと、紅茶を注いだ。
「ありがとう、ジュディ。」
「いえ、構いません。あ、そうでした。お嬢様、実は・・・」

コンコン♪

何事か言いかけたジュディの言葉を遮るように、再びドアがノックされる。思わず怪訝そうな表情をジュディに向けるシーラ。今日は彼女の両親はモーリス氏の所に挨拶に行っているため、家には居ない筈。基本的にシーラに関する事はジュディに一任されている為、他の使用人達がシーラの部屋を訪れる事はまず無い。更に、今日はシオンの他に来客予定など無い。万全の用意をしてあった筈だ。それなのに、今ドアをノックしたものが居る。シーラは軽いパニックに陥っていた。
「あの・・・お嬢様、落ち着いて聞いて下さいね?実は・・・御主人様方が帰宅なさっているのです。それで・・・シオン様に一言御挨拶なさりたいと・・・」
「え、じゃあ?」
シーラの声を合図にしたかのように、ドアが開かれる。扉の向こうから姿を現したのは、礼服に身を包んだ紳士然とした男性と、シーラがそのまま年を重ねたかのような女性だった。
「ぱ、パパ、ママ!?」
「ただいま、シーラ。水臭いじゃないか、大切なお客様が見えられていると言うのに、黙っているなどと。」
「そうですよ。シオン様・・・ですね?初めまして、私はセレナ=シェフィールド。シーラの母親です。貴方の事は、シーラから良く聞いていました。」
「此方こそ、初めまして。シオン=ライクバーンです。」
「初めまして、シオン君。私はリヒター=シェフィールドと言う。シーラの父親だ。」
驚きに硬直するシーラを余所に、友好の挨拶を交わすシオンとシーラの両親。
「じゅ、ジュディ〜」
「申し訳ありません、お嬢様。どうもお嬢様にシオン様の返事を報告したのを、何処かでお耳に挟んだようで・・・」
泣き出しそうな表情で縋りつくシーラに、流石に申し訳なさそうな顔をするジュディ。とは言え、一介のメイドに過ぎない彼女には如何する事も出来なかったのだ。談笑する3人を余所に、シーラとジュディの二人は重い溜息をついていた。

「ほぅ、シオン君はマーレライを訪れた事があるのかね?」
「ええ、一年程前に。」
結局あの後、場所をシェフィールド家のリヴィングに移し、両親を交えた4人でのお茶会となった。尤も、時間が時間だけに、そう長く続く事は無いであろうが。
「マーレライは音楽の都ローレンシュタインに対し、絵画の都と呼ばれる絵画美術のメッカでしょう?やはり観光か何かで?」
「いえ、観光と言うよりは・・・趣味の為、でしょうね。俺自身、絵を描く事が好きなので。」
「ふむ、そう言えば以前娘が言っていたな。シオン君は絵が非常に上手いと。」
「そんな・・・大した物ではありませんよ。」
名立たる音楽家であり、芸術全般に通ずる相手に褒められ、流石に若干の照れを見せるシオン。そんなシオンに、リヒターは一つの提案をした。
「如何だろう?もし良かったら、私達の絵を描いてくれないかな?」
「まぁ、それは良い考えですわ。如何でしょう、シオン様?あぁ、勿論時間の都合がついた時で構いませんから。」
「それは・・・構いません。ですが、良いんですか?俺なんかの絵で。」
「勿論だよ。いや、その時が楽しみだな。」
言って、軽快な笑い声を上げるリヒター。紳士然とした外見と、音楽家と言う気難しげな立場に関わらず、かなり気さくな人物のようだ。妻のセレナも、喋り方や物腰こそ楚々としたお嬢様である事を感じさせるものだが、性格自体は非常に気さくで明るい。両親が不在の時間が多いという環境の中で、シーラが捻くれる事無く育ったのは、この二人の性格も大きな要因なのだろう。ある意味、親としては理想的な二人だ。シオンはそんな事を思っていた。
「シーラよ、如何したのだ?先程からずっと黙ったままで・・・」
ふと、リヒターがシーラに声をかける。彼の言う通り、シーラは場所を移してからずっと黙りっぱなしだ。尤も、何か不満があるといった雰囲気ではないのだが。
「・・・顔が赤いが・・・熱でもあるのか?」
「え、あ、ううん。大丈夫よ、ちょっと考え事をしていただけだから。」
心配げに覗き込むシオンに、慌てて答えるシーラ。そう、シーラが黙っているのは、シオンと同じソファに座っている為に、照れてしまっているからだ。公園内の同じベンチに座るだけでも照れてしまうのに、格段に大きいと言う訳でもないソファに隣り合って座っていれば、その照れの程度は自ずと知れるというものだ。実際、真っ赤になった娘の表情を見て、シーラの両親はその理由に思い至ったようだ。
「成る程、そう言う事か。しかしなぁ・・・」
「シーラ?慎ましさは女性の魅力の一つですが・・・それも度が過ぎると、他のライバルの方々に美味しい所を持って行かれますよ?」
「もぅ、パパ、ママ!」
頂点に達した照れを隠す為に、珍しく声を荒げるシーラ。尤も、本気で起こっている訳ではないのは、その表情を見れば一目瞭然だが。唯一人、シーラが黙り込んでいた理由に思い至らなかったシオンだけが、訳が解らずきょとんとしている。
「?・・・何なんだ、一体?」
そんなシオンの呟きに、場が一瞬静まり返る。
「むぅ・・・鈍いとは聞いていたが・・・まさかこれ程とは・・・」
「シーラ・・・道のりは長いわよ?」
「えっと・・・うん、解ってるわ。覚悟の上だもの。」
「?」
複雑そうな顔で頷きあう親子3人に、未だに訳がわからずきょとんとしたままのシオン。この一連の遣り取りで照れも取れたか、その後はシーラも会話に加わり、楽しい時間は過ぎて行った。


「それじゃ、俺はそろそろ・・・」
もう既に日も暮れ、そろそろ夕食時という時になり、お茶会はお開きとなった。
「シオン君、如何だ?もし良ければ、今日は家で夕食を食べていかないか?」
「え?いや、しかし・・・」
「是非そうなさって下さいな。そうだわ、今日は久しぶりに私が料理を作ろうかしら。」
「あ、それなら私も手伝うわ。是非食べていって、シオン君。あ、でも・・・もうアリサおば様がシオン君の分も作ってしまっているかしら?」
引き止めるシーラ達に、やや困惑した表情をするシオン。その表情を見たシーラが心配げに尋ねるが、シオンはそれを否定した。
「いや、今日は外で食べて帰ると言ってあるから、それは無いんだが・・・」
「なら良いじゃない。駄目?」
期待に潤んだ瞳を向けるシーラ。視線を少しずらしてみると、両親も期待に満ちた視線をシオンに向けている。3つの視線に迫られたシオンは、少しの間渋っていたが、結局承諾した。
「・・・・・・ハァ・・・解りました、御招待に応じさせて頂きます。」
溜息混じりにそう言うシオンに、してやったりと言った感じの表情を浮べる親二人と、純粋に喜ぶシーラ。結局、シオンはその日半日以上をシェフィールド家で過ごす事となった。

余談ではあるが、この日出されたシェフィールド家の料理は、アリサの料理に優るとも劣らない、かなりの美味であったという。


Episode:35・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。Episode:35、シーラの話です。如何でしたでしょうか?
今回シーラの両親が出てきましたが、彼等の名前はオリジナルです。筆者の記憶では、公式の設定は無かったような気がしましたので、勝手に決めさせて貰いました。
もし公式の設定が存在し、それを知っていると言う方がいらしたら、教えていただけると幸いです。直ぐに訂正いたしますので。
それでは、Episode:36でお会いしましょう。
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