中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:36
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:36 覚醒〜The Evil Dragon〜


燃え盛る炎。廃墟と化した街並み。逃げ惑う人々。そんな光景を上空から見下ろしながら、『彼女』は声の限り叫んだ。
(止めろ!もう止めてくれぇ!!)
否、叫んだつもりだった。だが、普段使わないほどの声量をもって吐き出された筈のその声は、『彼女』自身の耳に僅かに聞こえただけに過ぎない。今『彼女』の眼下で繰り広げられる惨劇を止めるには至らない。それでも、『彼女』は叫び続けた。そうでもしなければ、心が如何にかなってしまいそうだから。
(もう・・・もう嫌だ!何で・・・何でアタシがこんな物を見なければならないんだ!?)
叫ぶ『彼女』の眼下で、幼い少女が巨大な爪に引き裂かれ、内臓をぶちまけながら壁に叩き付けられる。更に、黒い炎が周囲を焼き払い、それに飲み込まれた数人が、骨すら残す事無く焼き尽くされた。その炎を掻い潜り、逃げようとした親子連れを、太い鞭のようにしなった尻尾が薙ぎ払う。吹っ飛ばされ、路面に叩き付けられた母親は、全身の骨が砕け散った痛みに絶叫しながら、絶命した。子供の方は、叩きつけらた衝撃で四肢がバラバラに引き千切られている。余りに凄惨な光景。余りに一方的な虐殺。それを、『彼女』は唯見続けることしか出来ない。惨劇を止める事も、その光景から目を逸らす事も出来ないのだ。更に、爪で肉を引き裂き、炎を吐き、尻尾で人を叩き潰す。その行為によって齎される感触だけは、『彼女』にも実感できるのだ。その事が、『彼女』の神経を更に磨耗させて行く。
(止めて・・・お願いだからぁ・・・・・・)
普段からは考えられないほど、弱々しい声を出す。最早、叫ぶ気力すら『彼女』には残っていなかった。そんな『彼女』の事等気にする風も無く、眼下の惨劇は続いていく。惨劇を繰り返す『ソレ』の前に、『彼女』にとって馴染み深い者達が姿を現す。虐殺を繰り返す『ソレ』を止める為に現れたのだろう。だが、巨大な体躯と強大な力を持つ『ソレ』に比べ、彼等は余りに脆弱に感じられた。
(駄目だ・・・早く・・・・・・早く逃げてぇ・・・・・・!)
喉の奥から搾り出すようにして叫ぶ。そんな事など無意味な事だと解っていても、それを止める事は出来なかった。そして、『彼女』の眼下で、遂に恐れていた事が現実となった。『ソレ』に対し、果敢に攻める彼等。だが、その実力差は歴然としていた。多少の痛手を被っただけの『ソレ』に対し、一人、又一人と『ソレ』の餌食となっていく彼等。ある者は爪によって引き裂かれ、ある者は炎に焼き尽くされ、ある者は尻尾に叩き潰され・・・そして、『ソレ』は何を思ったか彼等の内幾人かをその巨大な爪に挟んで持ち上げると、自らの口に放り込み、噛み砕いた。
(うっ・・・・・・うぁ・・・・・・)
知己の者を咀嚼すると言う余りに現実離れした感覚に、思わず込み上げて来た嘔吐感を堪える。辺りに、グチャグチャと言う咀嚼音だけが響く。永遠とも思える絶望の時間は、唐突に終わりを告げた。
(あぅっ!?)
突如体に疾る衝撃。先程彼等と戦っていた時にも多少の衝撃は感じたが、今感じた衝撃はそれらを遥かに上回る物だった。視線を下に戻した『彼女』が、一人の青年を見つけた。周囲を取り巻く炎を物ともせず、唯決然とした表情で此方を見据える青年。ある意味で、先程の彼等以上に、『彼女』にとって特別な人。その人がたった一人で『ソレ』の前に立ち塞がる。
(駄目・・・幾らあんたでも、『こいつ』には勝てないんだ・・・!だから・・・お願いだから、逃げてよぉ!!)
『彼女』の叫びを余所に、怒り狂った『ソレ』が青年に攻撃を仕掛ける。だが、如何なる攻撃も青年には当らなかった。逆に、青年は的確な反撃を返してくる。その一撃一撃が、『ソレ』の命を削っていくのを、『彼女』は確かに感じていた。だが、青年が『ソレ』に勝てない事も知っていた。何故なら・・・。
(!駄目っ、動きを止めちゃ・・・!!)
突如、それまでの動きが嘘のように動きを止める青年。その表情は、信じられない物を見たかのような驚愕に歪んでいる。構えは解かれ、完全に隙だらけになってしまっている。そんな隙を見逃す『ソレ』ではない。尻尾による横殴りの打撃が、些か華奢とも言える青年の体をガレキに叩きつける。凄まじい衝撃に、吐血し、倒れこむ青年。その青年に、巨大な爪が振り下ろされた。
(!!!)
思わず目を瞑る『彼女』だが、直ぐにその目を開く。其処に映ったのは、引き裂かれた青年の姿ではなく、深遠なる闇だ。何時もそうだった。この光景は幾度となく見てきた。そして、青年が切り裂かれそうになる直前になって、全ての光景がブラックアウトし、後はこの闇を只管に見続けることになるのだ。だが、今回は何時もと違っていた。いきなり、何者かに肩を叩かれたのだ。
(!!?)
思わぬ事に、身を竦ませる。が、気を取り直して後ろを向いた。因みに、周囲が闇に包まれた時点で体の自由は戻っている。
(え・・・?シ・・・シオ!?)
目の前に立っていたのは、先程殺されかけた青年だった。見たところダメージは無く、五体満足のようだ。思わず安堵し、手を伸ばした『彼女』の眼前で、突如ソレは起きた。
(あ・・・・・・あぁあぁぁぁ・・・)
思わず言葉を失う。『彼女』の眼前で、青年の体が突如グズグズに崩れだしたのだ。高熱の炎に炙られているかのように、皮膚は爛れ落ち、筋肉は削げ落ち、内臓は零れ落ち・・・唯体を構成する骨と、頭部だけが無事に残っている様は、『彼女』に恐怖を喚起させるには十分過ぎた。
(あぁ・・・あぁぁ・・・・・・ああああああぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁああっっっっっ!!)
骨が崩れ落ち、丁度『彼女』の手に収まるように転げ落ちた青年の表情が、憎悪と絶望と、ソレを上回る苦痛に歪む。それを見た『彼女』は、狂気に取り付かれたかのように、唯絶叫を上げる事しか出来なかった。


「あああああぁぁぁぁっっっっっ!!」
絶叫を上げ、毛布を跳ね上げながら飛び起きた『彼女』−エルは、今までの光景が夢であり、今は現実である事を認識すると、絶叫を止め、荒い息を付いた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・また・・・・・・あの夢・・・・・・」
荒い息の合間を縫うように漏らされた声は、余りに弱々しかった。だが、弱々しいのは声だけではない。エルの表情は疲れきっており、目の下には隈が出来てしまっている。猫科の獣を思わせたしなやか体躯は、疲れゆえか弛緩し切っている。最早、一目見た限りでは以前のエルと今のエルが同一人物だとは思えないだろう。それほどまでに、エルは憔悴しきっていた。
「・・・アタシ・・・如何しちまったんだ・・・・・・?」
呟きを漏らしながら、得体の知れない恐怖に慄く自らの体を抱き締める。それから暫く、エルは自室で震える自らの体を抱き締め続けていた。


「夢?」
ジョートショップのリヴィングで、訪れたエルの相談に乗っていた。余りに衰弱した様子のエルに怪訝な表情を見せたシオンだが、そのエルの言った言葉に、更にその困惑の度合いを深めた。
「夢見が悪いと言うと・・・悪夢でも見たのか?」
「悪夢と言うか・・・何だか、ひどくリアルな夢で・・・」
自分が最近幾度と無く見る夢の内容を、具に語るエル。エルの話が進むにつれ、シオンの表情は険しくなっていく。やがてエルが話し終わる。と、シオンは奇妙な事を言った。
「・・・エル、少し確認したい事がある。目を瞑って、心を楽にしていてくれ。何があっても、目を開けるなよ?」
「え?あ、ああ、解った。」
言われた通り、目を瞑るエル。シオンはそんなエルの両肩に手を置き、自らの額とエルの額を重ね合わせる。そして、ゆっくりと意識を集中させていった。
「んっ・・・」
「少し熱いかも知れんが、ガマンしてくれ。」
重ね合わせた額が熱を持ち始める。エルがその熱さに小さな声を出すが、シオンに促され、その熱さを堪える。暫しその状態が続いたが、5分ほどしてシオンが額を離すと、嘘のように熱は消え去った。
「ふむ・・・」
「何か解ったのか?」
「答えを言う前に、もう一つ確認したい。エル、体の何処かにドラゴンか何かを模したような痣は無いか?」
シオンの質問に、驚きの表情を浮べるエル。そして、表情はそのままに頷いた。
「ある。左胸、丁度心臓の上辺りに・・・。それも、何か関係があるのか?」
「・・・間違い無し・・・か。テディ、ちょっと良いか?」
「何スか?シオンさん。」
答えを聞きたそうにするエルを待たせ、シオンはテディを呼ぶ。キッチンでアリサの料理を見ていたテディは、直ぐに姿を見せた。
「悪いんだが、さくら亭に行って皆此処に来るように言ってくれ。大至急だ、とな。それから、蒼司と・・・出来ればリカルドも呼んでくれ。」
「ういっス!了解っス!」
店を飛び出していくテディを見送り、自らは何事か考え始めるシオン。エルはそんなシオンを、不安そうな目で見続けていた。


20分程して、ジョートショップのリヴィングにはシオンが呼んだ全員が揃っていた。リカルドも居る。
「それで、一体何事なんだ?」
「今から説明する。・・・先ずエルの質問に答えようか。結論から言うと、エルが見た夢は、エルの中に封じられた存在の復活を予言している物だ。」
「・・・封じられている物?アタシの中に?」
「実感が湧かないかもしれないがな。エルはエルフなのに魔法が使えない。生物学的には絶対に有り得ない事だ。なのに、実際にエルは魔法が使えない。何故か?」
「エルが出来そ「マリア、要らん混ぜっ返しはするな。」
「・・・ゴメンなさい。」
冗談を言おうとしたマリアを、シオンの冷たい声が遮る。その眼差しは真剣であり、冗談を言って良い雰囲気ではない。その事を察したマリアは素直に謝った。
「話を戻すぞ。理由は唯一つ。エルの魔力は、とある存在の封印に全て回されているからさ。」
「まぁ・・・理屈はあっていますね。それで、エルさんの中に封印されている存在と言うのは、一体何なのですか?」
「・・・邪竜。」
『!?』
ポツリと零すように漏らされたシオンの呟きに反応したのは、4人。一人はエル、それにリカルド、エスナ、リイムだ。
「邪竜・・・1000年以上も昔に、時の英雄達によって封印されたと言う、あの邪竜か!?」
「そうだ。」
「・・・伝承では、彼の邪竜は、一人のエルフの魂を触媒として封印されたと言う。と言うことは、エルはそのエルフの転生者と言う事になるね。」
「ですが・・・長生種であるエルフの命を糧としたその封印は、決して破られる事は無い筈、それなのに、何故今になって?」
「今になったからさ。」
シオンの言葉に、怪訝そうな表情を浮べる一同。些か皮肉げな表情を浮べ、シオンは言う。
「彼等も予想出来なかったのさ。遥かな未来の事はな。当時、エルフ族はかなり閉鎖的な種族で、精霊達の住む森の中で、世俗とは隔絶した生活を送っていた。もしエルフ達がそのままの生活を送っていたなら、邪竜の封印は破られる事は無かっただろうな。だが、その英雄達との一件で、エルフ達は閉鎖された世界から出て、世俗にまみれて暮らすようになった。その結果、封印は人が抱く負の感情に晒される事となった。」
「闇の竜たる邪竜にとって、負の感情は格好の餌。それを長い年月をかけて喰らい続け、力を蓄えた・・・?」
「そう。そして遂に、封印が破られる時が来た、と言う訳だ。エルが見ている夢は、その封印された邪竜が見せているものだ。エルの心を憔悴させ、封印を破り易くする為に、な。」
シオンの言葉に、愕然とするエル。他の者達も、驚きを隠す事が出来ない。そんな彼等を、更に驚かせるような事を言うシオン。
「封印ってのは、本来破られかけたらそれを補強すれば済む。だが、今回はそうはいかない。何故なら、その封印はエルフ族の魂を触媒とする物だからだ。もし破られかけた封印を補強するとなると、エルの魂、要するに死と引き換えに・・・と言う事になってしまう。」
「それじゃ、如何するんだ・・・?」
「・・・敢えて邪竜を封印から解き放ち、そして封印するのではなく、完全に消滅させる。」
『!!?』
皆驚愕に顔を引き攣らせる。それはそうだろう。嘗ての英雄達でさえ倒し切れず、仲間の命を犠牲に封印するしかなかった化け物を、今度は完全に消滅させようと言うのだから。
「ち、ちょっと待て!お前、正気か!?相手は『あの』邪竜なんだぞ!?」
「・・・それが如何した?」
「し、シオン・・・?」
いきり立ったアレフがシオンに詰め寄るが、シオンが発した余りに冷たい声に、思わず言葉を失う。驚愕にざわめいていた他の皆も、その声に含まれた威圧感に、静まり返ってしまっている。
「エルを救う方法は他には無い。他に方法が無いなら、それをするだけだ。敵が誰であろうが関係無い。俺の大切なモノを奪うような存在は・・・・・・この世界から滅ぼすだけだ。」
言葉と共に発せられる、恐ろしいほどの威圧感。それを目の当たりにしたリイムとエスナ、そして蒼司は、ある事を思い出す。嘗て、変貌した時のシオンもまた、今のものと同質の威圧感を放っていた事を。エルの事とは別の心配に囚われる彼等を余所に、他の皆はシオンの威圧感すら伴う決意に圧されたかのように、自らも戦う事を承諾していった。
「そう・・・だね。シオンの言う通り、他に方法が無いもんね。」
「こっちにはお父さんやシオンさんも居るんだもん、きっと勝てるよ!」
パティとトリーシャの言葉に、リイム達とエルを除いた全員が頷く。そんな皆の様子を見ていたエルが、ふと口を開いた。
「駄目・・・絶対に駄目だ。もし、夢と同じ様なことになってしまったら、アタシは「エル」
叫びそうになるエルを、シオンの声が制する。
「夢と同じになんてさせない。その為に、俺達は此処に居るのだから。それに・・・エルの見た夢は、所詮邪竜がエルの心を弱らせる為に見せた、奴にとって都合の良いものでしかない。そんなモノを、正夢になんてさせない。・・・信じて貰えるか?」
決意を込めた眼差しを向けながら尋ねるシオンに、一瞬言葉を詰まらせるエル。だが、直ぐに自らも決意を秘めた眼差しをシオンに返しつつ、頷いた。
「・・・解った。あんた達に任せる事にする。アタシの中の、あの忌まわしい邪竜を滅ぼして欲しい。」
エルの言葉に頷く一同。こうして、エルの中に封じられた邪竜と戦う事が決まった。

「しかし・・・邪竜と戦うのは構わんとして、場所を如何するかだな。シオン君、考えはあるのか?」
「任せてくれ。それについては既に考えてある。」
リカルドの問いに、頷くシオン。と、懐から一枚の羽根を取り出す。
「あ、ソレは・・・」
「そう、彼女に協力してもらう。全員集まってくれ。」
そう言うシオンに全員が近付いて行く。ある程度固まったところでシオンが羽根を翳すと、羽根が放つ淡い光が急激に強まり、皆を包み込んでいく。眩しさに目を瞑る皆。やがて光が収まった時、彼等は見慣れない、シオンとシェリルにとっては久しぶりの教会に来ていた。
「此処に住む天使ならば、絶好のバトルフィールドを用意してくれる筈だ。」


教会の中に入ったシオン達は、教会の管理者である智天使フェリシアに会い、彼女に事の次第を話した。
「・・・つまり、私は邪竜と皆さんが戦う為の、隔離空間を作れば良いのですね?」
「ああ。出来るか?」
「ええ、それ位なら問題はありません。ですが・・・」
「?何か問題でも?」
完全に問題無いと思っていたが故に、やや困惑した表情を見せるシオン。が、フェリシアの言葉は、彼が予想した物とは違っていた。
「先程も言った通り、空間の作成自体は問題ありません。ただ・・・邪竜が自力で脱出できず、且つ戦闘の衝撃にも耐えられるほどの空間となると・・・今の私では、全力で生成しなければならなくなります。万が一のことがあっても、助けに入る事が出来なくなってしまうんです。他の事に力を割く余裕など、無くなってしまうでしょうから。」
「そう言う事か。それなら問題は無い。戦いの場さえ用意してくれれば、それで十分だ。」
「解りました。それでは、私は礼拝堂に居ます。準備が出来たらお越し下さい。」
シオンの返答に頷くと、フェリシアは姿を消した。残されたシオン達は、戦う前の準備を整える。とは言え、装備品などの確認は既に済んでいる為、シオンから幾つか注意を受けただけだ。
「先ず、隔離空間に転移後、エルの体から邪竜を引き摺り出す。この時点で、エルは昏睡状態になってしまう為、戦力にはならない。その事を念頭に置いておいてくれ。邪竜の方は、恐らく精神体の状態で封印されている為、実体化しようとするだろう。俺達は実体化するのを待ち、攻撃を開始する。生半可な攻撃は通用しないからな、初めから全力で行け。」
『了解!!』
シオンの言葉に、声を揃えて返事をする皆。あまりに綺麗に声が揃っていた為、苦笑を漏らしてしまうシオン。そんなシオンの様子に、皆の緊張は良い感じに解れたようだ。尤も、真剣な眼差しは些かも変わっていないが。
「良し・・・それじゃ行こうか!」


「準備は出来ましたね?既に隔離空間の生成は終わっています。何時でも行けますよ。」
礼拝堂に集まった皆を待っていたフェリシアの傍らには、大人の男が潜れる程度の大きさの穴が広がっていた。その先には闇が続くだけだ。この穴が彼女の創り上げた隔離空間へと続く道なのだろう。
「それでは、この穴を潜って下さい。潜った先は、もう隔離空間になっていますから。帰る際は、私に呼び掛けて下さい。直ぐに道を開きますから。」
頷き、一人ずつ穴を潜っていく。他の全員が潜り終わり、残る所シオンだけとなった時に、黙って見ていたフェリシアが声をかけた。
「シオン様。」
「ん?」
「・・・何だか、嫌な予感がするのです。どうか・・・お気をつけて・・・」
「解っている。・・・こんな所で死ぬつもりは無いし、誰一人死なせるつもりも無い。」
言い切り、シオンは穴を潜っていった。シオンが穴の向こうに姿を消すと、その穴は音も無く消え去った。その穴があった場所を見詰めつづけながら、フェリシアはポツリと呟きを漏らす。
「どうか・・・お早いお帰りを・・・」


シオン達が辿り着いたのは、何処かの廃墟のようだった。元は結構大きな街だったのか、時折その名残を見せる瓦礫の山が見えた。
「どうやら、此処は嘗ての英雄達が邪竜と相対した時と同じ場所のようだな。」
「ふん・・・要らぬ気遣いだな。・・・始めるぞ。エル、其処に横になってくれ。」
横になったエルに近づき、痣がある左胸に手を添える。
「・・・痣があるのは、此処でいいんだな?」
「ああ、そうだよ。」
「・・・少し痛いかも知れんが、ガマンしてくれ。」
そう言うと、少しずつ腕に力を込めていく。すると、ズブズブと言う音と共に、シオンの腕が解けるようにしてエルの体内に沈んでいく。
「んっ!んああぁぁっ!!」
体内に異物が入り込む感覚に、思わず体を跳ねさせるエル。それでもシオンの腕を撥ね退けようとしないのは、シオンへの信頼の現れであろうか?
「くっ、リイム、蒼司!エルの体を押えてくれ!」
「解った!」
「任せろ!」
遠巻きに見守っていたリイムと蒼司が駆け寄り、エルの体を押さえ込む。だが、女性とは言え怪力を誇るエルだ。二人だけでは押えきれず、アレフとリカルドも協力する事になった。4人がかりで何とか押さえ込み、取り敢えず動かなくなった事で、エルの体内に腕を沈めるのを再開するシオン。シオンの腕が沈んでいくにつれ、エルの体が跳ね上がろうとする力も強まっていくのだが、4人は必死に押さえつけた。
「んくぁっ、ああぁぁっ!!」
シオンの腕が肘辺りまで沈んだ後、シオンは何かを探すかのように腕を動かす。その動きに、苦痛の悲鳴を上げるエル。それでも、シオンは腕の動きを止めなかった。数分後、何かを掴んだかのように、シオンの腕が動きを止めた。
「!見つけた!」
そう言い、一気に腕を抜き放つシオン。その手には、占いで使うような水晶のような球体が握られている。占いで使う水晶と違うのは、その球体の中が、どす黒い何かで埋め尽くされている事だ。リイム達がエルを瓦礫の影に隠れる場所に寝かせている間、シオンはその球体に何事かを呟き続ける。そして、リイム達が戻り、呟きが終わった後、視線を皆に向けた。
「これが封印の結晶体。これを砕けば、邪竜は復活する。・・・最後の確認だ。準備は・・・良いな?」
シオンの言葉に、唯黙って頷く一同。其々が自らの得物を手に、既に臨戦体勢は整えてある。それを確認すると、手にした封印体をやや離れた場所に放る。地面に落ちた封印体は、カシャンと言う、意外に呆気ない音をたてて砕ける。と、一瞬まばゆい光を発したかと思うと、黒いもやのような物が天空に立ち昇り、それが竜を象っていく。やがて完全に竜の形に纏まると、次第に実体を伴っていく。シオン達が見守る中、邪竜の実体化は完了した。
『ウォオオオオオオオオッッッッッ!!!』
歓喜の咆哮を上げる邪竜。遂に、邪竜は完全に復活した。破壊を齎す、唯その為だけに・・・。


Episode:36・・・Fin
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