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光と闇の交響曲Episode:37
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:37 覚醒〜The Annihilater〜


『まさか・・・人間の手で解放される事になるとは思わなかったぞ。』
重厚且つ意外に鮮明な声で喋る邪竜。その目は、眼前に立つシオン達を嘲るかのような色を示している。
「復活したてで悪いがな。お前には此処で滅んで貰う。」
『人間風情が我を滅ぼすと?フンッ、笑わせるな!!』
ビリビリと言う音さえ聞こえそうなほど、邪竜の放つ威圧感が強まる。
『身の程を教えてやろう・・・掛かって来るが良い!!』
その声が、戦闘開始の合図となった。

「大いなる精霊達の王よ・・・あらゆる精霊を統率せし汝が祝福を、我と我が友に齎したまえ・・・今此処に、精霊の福音を奏でよ!エレメンタル・ゴスペル!」
エスナの魔法が、全員の身体能力を飛躍的に上昇させる。エーテル・バーストを遥かに越える恩恵に、全員の表情が僅かに希望の度合いを強める。
「よっしゃぁっ、先ずは俺からだぜ!!」
「メロディも行くのぉ!!」
先ずは素早さに秀でたピートとメロディが、邪竜の巨体を物ともせずに突っ込んで行く。邪竜がその巨大な爪を二人に振り下ろした瞬間、ピートとメロディは其々左右に飛び退く。そして、邪竜が二人に気を取られた瞬間を狙い、魔力を付与した魔剣を振りかざしたアレフと、光刃を生み出したリサが揃って切りかかる。
「喰らえっ、ファイナル・ストライク!!」
「はあああぁぁぁっ!!」
『があぁっ!!』
二人の強烈な斬撃が、比較的皮膚の薄い肩の辺りを切り裂く。思わず苦悶の声を上げる邪竜。が、すぐさま反撃に転じる。
『塵どもがぁっ・・・図に乗るなぁぁっ!!』
長大な尻尾を打ち払い、周囲を薙ぐ。それを飛び退いてかわすアレフとリサ。その後方から、今度はシーラとパティが突っ込む。
「えぇいっ!!」
パティのトンファーを使った連撃は、打撃時の衝撃が内部に浸透し、邪竜の内臓そのものにダメージを与える。目に見えて動きの鈍った邪竜に、シーラは先端部が剣の様に変化した手甲で切りかかる。
「ファイナル・ストライク!」
渾身の力をこめた一撃は、分厚い皮膚を持つ邪竜に、甚大な被害を与えている。
『ぐっ・・・人間風情が・・・舐めるなぁっ!!』
シーラに対して漆黒の炎を吐き出す邪竜。だが、シーラは炎の届かない範囲まで退避してしまう。
「今度は僕達だよ!アイシクル・ランス!!」
「行くわよぉ!ブラスト・レイン!!」
「ボクも負けないよ!ヴァルキュリアス・ジャベリン!!」
後方から魔法を放つクリス、マリア、トリーシャ。クリスの放った巨大な氷柱が、邪竜の吐き出す炎を打ち消し、体に突き刺さる。マリアの放った純粋な魔力の塊が、雨のように邪竜に降り注ぎ、その巨躯を貫いていく。最後に、トリーシャの放ったヴァルキリーの力を具現化させた投槍が、邪竜の胸を貫く。
「行きます・・・ヴァニシング・ノヴァ!!」
シェリルの魔力によって引き起こされた巨大な爆発が、邪竜の巨体を呑み込む。邪竜の体は傷だらけになっていたが、邪竜は怯んだ様子を見せなかった。
『死ねっ!!ダークネス・ブラスト!!』
邪竜の発した魔力が凝縮し、無数の漆黒の弾丸となり、一斉にシオン達に降り注ぐ。
「法より生まれし光よ、我が眼前に集いて盾と為れ!セイクリッド・シールド!」
シオンの生み出した光の盾が、無数の弾丸を防ぐ。完全に防がれるとは思っていなかった邪竜が、思わず驚愕に囚われ、動きを止めた。
「勝機!ファイナル・ストライク!!」
「蒼輝真刀流・絶技・・・破神!!」
「リゼリア流聖剣技・奥義・・・聖光崩魔斬!!」
「光の精霊アスカよ、雷光の精霊ヴォルトよ・・・汝等が力持て、魔を貫き、天地を繋ぐ雷光を齎さん!アーク・サンダー!!」
リカルドの渾身の一撃が、蒼司の光速の斬撃が、シオンの光を纏った斬撃が、エスナの放った聖なる雷光が、邪竜の体を貫いていく。
『がああああぁぁぁぁっっっっ!!?』
それまでに負った傷の上に、それまでよりも遥かに強力な攻撃を受けた邪竜は、苦悶の声を上げながら、巨体をのた打ち回らせる。出鱈目に振り回される尻尾から逃れる為、一旦距離を置くシオン達。
「・・・何だか、思っていたより強くないんじゃ?」
「多分、封印から解き放たれたばかりで、完全に力を発揮する事が出来ないんだろう。」
「と言う事は、だ。今のうちに押し切れば、被害を出さずに奴を倒せるって事か。」
蒼司の言葉に頷きつつ、止めを刺す為に力を溜め始めるシオン。やがて若干痛みが収まったか、邪竜がのた打ち回るのを止める。
『ぐぅっ・・・まさか人間風情がこれ程・・・』
「そうやって何の根拠も無しに他者を見縊るからそうなる。・・・止めだ!!」
爆発的な氣を収束させた剣を振りかざし、邪竜の頭部よりも高く飛び上がる。そして、落下の勢いを利用し、邪竜を切り裂かんとする。が・・・。
「!?」
『馬鹿めっ、死ねぃっ!!』
何かに驚愕したかのように、剣を振り下ろすのを止めてしまうシオン。その隙を付き、邪竜がその巨大な爪を横薙ぎに打ち付ける。
「くぁっ!」
何とか身を捻り、直撃は避けるが、掠った衝撃で吹っ飛ばされてしまう。空中で何とか体勢を整え、地面に叩き付けられる事無く着地するシオン。そんなシオンの周りに、皆が集まってくる。
「如何したんだよ、何で剣を止めたんだ!?」
「・・・アレを見てみろ。」
シオンの指差す方向を見た皆は、先程のシオンと同じ様に驚愕の表情を見せた。
『くっくっくっ・・・やはり人間とは不思議な者だ。それだけの強さを持ち得ながら、容易く情に流される。』
嘲笑う邪竜。その邪竜の丁度胸の辺りに、意識を失ったエルが磔になっている。いや、磔と言うよりは、邪竜の体内から浮き出てきたような感じだ。とは言え、エルが邪竜の盾の役割を果たしている事に変わりは無い。
「卑怯な真似を!動けない者を盾にするなどと!!」
『卑怯?勝つ為の手段に卑怯も何も無いだろう?それに・・・この位置ならば、頭部辺りを攻撃すれば、盾にはなるまい?』
「なろぉ・・・お望み通り、脳天かち割ってやらぁっ!!」
「止すんだ、蒼司君!迂闊に手を出すな!」
邪竜の挑発に切れた蒼司が、刀を振りかざし走り出す。リカルドが制止の声を上げるが、蒼司は貸す耳を持たなかった。
「でああああっっっ!!」
上空高く舞い上がり、大上段から刀を振り下ろす。刀が邪竜の頭部を切り裂く寸前、邪竜が嘲るような笑みを浮べたのを、シオンは見逃さなかった。
「風の精霊よ・・・我が声に答え、彼の者の動きを封じよ!」
シオンの声に答えるように、風が逆巻き、蒼司の体を絡め取る。風はそのまま蒼司の体をシオン達の傍まで運んできた。風から解放された蒼司は、シオンに食って掛かる。
「シオン、何で止めるんだ!?」
「そうだぜ、頭を砕いちまえば、エルが盾にされる事だって・・・」
蒼司と一緒に、アレフも文句を言う。リカルドを除いた全員が、怪訝そうな表情をしている。
『くっくっ・・・どうやら貴様と、其方の男は気付いたようだな・・・』
嘲るような声が、邪竜から発せられる。その邪竜は、シオンとリカルドに視線を向けている。視線を向けられた二人は、自分の想像が当っていた事を知った。
「やはりか・・・」
「最悪だな。」
呟く二人は、存外に落ち着いているように見える。が、実際にはかなり焦っている。その焦りを、持ち前の精神力で抑え込んでいるのだ。
「如何言う事なんですか?最悪って・・・」
「『身代わり人形』と言うマジックアイテムを知っているか?」
「あ、マリア知ってるよ。魔法の契約を結ぶと、契約者の怪我を人形が肩代わりするって言うアイテムでしょ?」
「今のエルの状態が、まさにそれだ。今邪竜を攻撃すれば、その全てのダメージがエルに向かってしまう・・・」
シオンの言葉に、思わず言葉を失ってしまう皆。そんな彼等に嘲りの視線を向けながら、邪竜が遂に動き出した。
『さて・・・貴様等に受けた傷もそろそろ癒えた。今度は此方の番だな。死ねいっ!』
言葉と共に、漆黒の炎を吐き出す。皆飛び退いてかわすが、シオンとリカルド、それにリイムやエスナ、リサと言った、戦闘経験豊富な者以外は動きに精彩を欠いている。今の炎とて、普段なら容易くかわせただろうに、今は辛うじて避けたといった風情だ。
「リジェネレーションか、厄介ではあるが・・・」
「ダメージを与えられない現状では、あまり意味のない事だな。」
炎を飛び退いて避けつつ、シオンとリカルドが会話を交わす。二人の視線の先では、今だ癒えてない傷が、ゆっくりとではあるが塞がって行く。自然に傷を癒すリジェネレーション能力。普段なら厄介な能力だが、二人の言う通り攻撃できない現状では、大した影響は無い。
「何とか、エルを引き離さないと・・・シオン、何か考えは?」
「・・・考え中だ。物理的な繋がりなら兎も角、魔力的な繋がりでは・・・!セイクリッド・シールド!」
リイムに答えつつ、魔法の盾を発生させる。今にも邪竜の長大な尻尾が、動きの鈍ったアレフとクリスを薙ぎ払おうとしていたのを、シオンの生み出した盾が防ぐ。
「スマン、シオン!」
「ありがとう!」
礼を言うアレフ達に軽く手を上げて答え、何か手はないかと模索し始める。現在、彼等は数名ずつ分散する事で、邪竜の攻撃を少しでも避け易くしている。が、事体力の面で言えば、彼等と邪竜とではあまりに差がありすぎる。何時までも避け続けると言う訳には行かないだろう。皆の体力が尽きる前に、何とか手を考えなければならない。
『ちょろちょろと・・・煩い溝鼠どもがっ!!』
邪竜の頭上に、巨大な黒い炎の塊が生まれる。
『纏めて焼き尽くしてくれるわ!!』
邪竜の咆哮と共に、黒い炎が無数の炎の弾丸に分散し、雨のように降り注ぐ。
「全員固まれ!水よ、荒ぶる炎を鎮めし壁となれ・・・アクア・ウォール!!」
分散していた皆がシオンの周囲に集まり、それを覆うように水の結界が展開される。そこに降り注ぐ炎の雨。水の壁と炎の弾丸が、凄まじい音を立ててぶつかり合う。
「くっ・・・!」
『大した魔力だが・・・何時まで耐え切れるかな!?』
少しずつ、炎の勢いが強くなっていく。それに併せ、水の壁も強度を増す。だが、このままではジリ貧だ。他の皆が加勢しようにも、拮抗する二つの魔力の質が高すぎて、下手に手を出せない。かといって、邪竜に攻撃を加えるわけにもいかない。
『そろそろ止めだ!死っ!?』
更に炎の勢いを強めようとした邪竜が、突如動きを止める。何かを堪えるかのように、その巨体を小刻みに震わせている。攻撃が止み、水の壁を消したシオン達も、突然の事に戸惑っている。
『ぐっ・・・小娘・・・貴様ぁ・・・』
「お前なんかの・・・好きにはさせない・・・!」
邪竜の傍から聞こえて来た声、それはシオン達にとって馴染みのある声だった。
「エル!?」
「・・・邪竜の意識を、内側から抑え込んでいるのか・・・?」
彼等の視線の先、邪竜の体に囚われたエルが、その顔を苦しげに歪めている。先程までは、死んだように眠っていたのに、である。
『貴様っ・・・たかがエルフ如きに・・・この我が・・・っ!?』
「くっ・・・眠れぇっ!!」
『ぐああぁっ!?』
苦悶の声を上げた後、完全に動きを止める邪竜。その瞳は色を失っている。完全に意識を失ったようだ。
「シオン・・・そこに居るんだろ・・・?」
「何だ?」
苦しげに呼びかけるエルに、シオンが近付いて行く。若干離れた場所に、万が一に備え全員が佇み、見守っている。
「あんたに、頼みがあるんだ。」
「頼み?後で幾らでも聞いてやる。それより、今は邪竜から離れる事を考えろ。・・・内側からは、如何にか出来ないのか?」
シオンの問い掛けに、弱々しく首を振る事で答えるエル。その表情は、ますます苦しげになってきている。
「駄目・・・みたいだ。原理とかはわかんないけど、今アタシは完全にこいつと一体化してしまっているんだ・・・切り離すのは不可能だよ・・・だから・・・シオン・・・こいつごとアタシを・・・殺して欲しい・・・」
エルの言葉に、息を呑む皆。シオンがその表情を歪め、言い放つ。
「馬鹿な、出来る訳無いだろう?」
「出来るよ・・・あんたなら。ううん・・・やってくれるよ・・・アタシの知るシオンならね・・・」
その瞳に映るのは、死への恐怖でもなければ、理不尽な運命への憎しみでもない。唯、シオンに対する信頼感のみが映っている。
「もう・・・長くは抑えられない・・・アタシが解放されるには、他に方法が無いんだ・・・解ってるんだろ・・・?」
「それは・・・っ」
エルの言う通り、最早エルごと殺す以外、邪竜を討つ方法はない。それに、時間が無いのも事実だろう。エルの表情は更に苦しげに歪み、邪竜の目に意識の色が戻り始めている。このままでは、邪竜は意識を取り戻し、逆にエルの意識は完全に邪竜に呑みこまれてしまうだろう。
「うっくっ・・・シ・・・オン!アタシを・・・殺し・・・て・・・!アタシが・・・自我を・・・保っていられる・・・間・・・に・・・!」
苦しげに歪んで尚揺らがない、シオンへの信頼に満ちた眼差し。その瞳を見た瞬間、シオンの中で、何かが弾けた。


――トクン――
(・・・私を殺して下さい・・・他ならぬ、あなた自身の手で・・・)
(私が・・・私で居られる間に・・・貴方を・・・殺してしまう前に・・・)
――トクンッ――
(貴方は・・・生きて下さい・・・そして・・・幸せになって下さい・・・)
(貴方には・・・幸せになる権利があるのですから・・・)
――ドクン――
(・・・何時か必ず・・・貴方を必要とし・・・貴方を支えてくれる人が現れる筈・・・)
(忘れないで・・・どんな時でも・・・貴方は・・・決して一人なんかなじゃい・・・)
(未来への希望を・・・失わないで・・・生き続けて下さい・・・私の分まで・・・)
――ドクンッ――


「・・・」
意識の空白。その空白の時間に『見た』光景。その光景が・・・その光景の中で、シオンに呼びかける少女の声が・・・失われた全ての記憶を、シオンに思い出させた。そしてその記憶が、シオンにある決意をさせた。
「・・・一つ聞く。エル、生きたいと言う意志はあるか?」
「え・・・?何を・・・言って・・・」
「死ぬよりも辛い目にあってでも、生きたいと願うつもりはあるか?」
苦しげに歪むエルを射抜くかのように、鋭い視線を向けるシオン。その視線に込められた決意に後押しされるかのように、エルが言葉を紡ぐ。
「・・・生き・・・たいよっ・・・それが適うなら・・・どんなに辛くたって・・・生きたいっ・・・」
本当は生きたい。だが、自分の存在は仲間達の枷となってしまっている。迷惑はかけたくない。そんな思いの裏に隠された、エルの本心。邪竜に意識を乗っ取られかけ、自分が死ななければ、皆が死んでしまう事になる・・・それでも、生きたいと願う思いは変えられない。そんな思いが、涙となって溢れる。そして・・・それを見たシオンは、場違いとさえ思えるほどに、優しい笑みを浮べる。
「ならば・・・生きれば良い。」
「そんな事・・・出来ないよ・・・アタシが生き残る方法は・・・あぅっ!?」
エルの表情が、苦悶に歪む。更に、邪竜の目に宿る意識の光が、若干強まっている。最早邪竜の意識が戻るのは、時間の問題だ。
「くっ・・・シオン・・・早く・・・アタシを・・・」
「殺さない。」
はっきりと言い切るシオン。その瞳に、一切の迷いは存在していない。
「もう二度と・・・あの時の悲しみは繰り返さない・・・」
「何を・・・言って・・・ああぁっ!!」
『小娘ぇぇっ!!』
邪竜が咆哮を上げる。邪竜の意識は戻り、逆にエルの意識が侵食され始めた。
『無駄な足掻きをっ・・・良いだろう・・・意識を残したまま、貴様の知己の者が殺されるのを見続けているが良い!!』
叫び、体に残る倦怠感を振り払うかのように、翼をはためかせる。その巨体から発せられる威圧感が増す。解放されてから時間が経ち、本来の力を取り戻しつつあるのだ。
「殺さないって・・・何か方法があるのか?さっきは、方法が思いつかないって・・・」
「・・・皆は下がっていてくれ。」
声に込められた何かに圧されるように、皆が邪竜とシオンから距離を置く。邪竜はその行動を怪訝そうに見ている。
『何のつもりだ?』
「・・・貴様を消す為の準備さ・・・」
一瞬にして、シオンの纏う雰囲気が変質する。思わず気圧される邪竜に、否、邪竜に取り込まれ、意識を残したまま自由を奪われているエルに、シオンが呼びかける。
「エル、今助ける。」
一瞬だけ笑みを見せた後、ゆっくりと言葉を紡いだ。嘗て、その忌まわしさ故に自ら封じた力を、今再び解き放つ為に。
「・・・法と混沌の母・・・万物の根源たる虚無を司りし力・・・大いなる始まりと終わりを司りし力よ・・・我が声に答え・・・今此処に・・・封縛より解き放たれん!!」
眩い光が、シオンの体から発せられる。邪竜を含む他の皆が眩しさに目を細める中、光はやがて収まってゆく。やがて完全に光が消え去った時、シオンの容姿は変貌していた。そう、嘗てリイム達が見た時と同じ姿になっている。腰まで届く長い髪は漆黒に染まり、その瞳は翡翠色に染まっている。その身に纏う衣服も、黒を基調にしていると言う点を除き、どこか神々しさを感じさせるものに変わっている。以前と違う点といえば、嘗てはおぞましいほどの威圧感を放っていたのに、今はそれが無いという事位か。
『虚仮威しを・・・!姿が変わったから何だと言うのだ、貴様等が手出しを出来ぬという状況に変わりはあるまい?それとも・・・自らの手で知己の者を殺めるか?』
嘲笑を漏らす邪竜に、シオンは答える事無く、唯黙ってその手を翳した。
「・・・切り裂け」
ポツリと言葉を漏らすと、翳した手を勢い良く振り下ろす。何の意味も無いと思われた行動。だが、次の瞬間・・・。
『何のまっ!?ぐがあああぁぁぁっ!!?』
嘲りの言葉を途切れさせ、絶叫を上げる邪竜。何事かと一同が注視する中、邪竜の体に半分埋まるような状態で磔にされていたエルの体が、ゆっくりと邪竜から剥がれ始めたのだ。ものの数秒で、完全に邪竜から切り離されたエルの体は、空を滑るようにして見守る皆の傍に到達した。あまりの事に呆気に取られ、硬直する一同。そんな彼等を、シオンの声が現実に引き戻した。
「エルの様子は?」
「え、ああ。・・・大丈夫、唯気を失っているだけだ。」
些か呆然としながらも、エルの状態を確認して報告する蒼司。それを聞いたシオンは一つ頷くと、邪竜に視線を戻す。
『ぐっ・・・貴様・・・何をした!?』
「別に・・・貴様とエルの魔力的な繋がりを、無理矢理切り裂いただけだ。お前がエルの意識を乗っ取り返してくれた御蔭で、彼女に余計な苦痛を与えずに済んだよ。」
事も無げに言い放つシオン。が、今言った事は、本来容易く行えるような行為ではない。魔力によって結ばれた繋がりを絶つには、繋がりを結んだ者を遥かに上回る魔力を必要とするからだ。だが、実際にシオンはそれをあっさりと遣って退けたのだ。それは、シオンの力が邪竜のそれを遥かに上回っていると言う事の、紛れも無い証拠であった。
『クッ・・・だが、まだ負けた訳ではない!死ねぇっ!!』
佇むシオンに向けて、今までに無いほど、巨大な火球な撃ち出される。邪竜の巨体ほどもある黒い炎の塊が、シオンの呑み込もうとした瞬間、シオンの体から生まれた光が、その炎を打ち消した。
『なっ!?』
「さぁ・・・滅びの時間だ・・・」
呟いた瞬間、シオンから異常なまでに強大な力が放出され始める。大気が鳴動し、大地が揺れる。やがて大気の鳴動は、異音として人の耳に聞き取れるほど大きくなり、大地の揺れは、最早普通に立つ事さえ出来ないほどのものとなる。
「これは・・・シオン君の魔力に、周囲の空間が悲鳴を上げているのか?」
「何て力・・・!幾らなんでも、人が持てる力じゃない・・・」
「ん?おい、あれ見ろ!」
地震もかくやという揺れの中、必死に体を支える一同が、アレフの声に一斉に視線をシオンに向ける。その視線の先では、シオンに更に異変が起きていた。
「翼・・・光と闇の・・・」
「綺麗・・・」
シオンはその背に翼を生やしていた。右側には光り輝く純白の翼を、左側には深遠なる漆黒の翼を、其々6枚ずつ、計12枚の翼を生やしている。その姿はあまりに神々しく、例え場違いと言われようと、綺麗だと言う呟きを漏らしてしまうほどに美しかった。
『なっ・・・天使・・・?いや、違う!貴様は・・・まさか!?』
「灰は灰に、塵は塵に・・・闇より生まれし者は、闇へと還れ・・・」
何かに気付いたかのように驚愕の声を上げる邪竜を無視し、言葉を紡ぐシオン。同時に、前方に伸ばした手の先に、握りこぶし大の闇の球体が生まれる。それは急激に肥大化し、邪竜を呑み込んで余りある大きさとなる。
『こ、これはっ・・・混沌領域!?やはり、貴様は・・・!』
「・・・消えろ」
シオンの呟きに応じ、闇の球体が邪竜を呑み込んで行く。闇に囚われた邪竜は、逃れようとして必死に暴れるが、邪竜が暴れれば暴れるほど、闇はより強く絡み付いていく。
『ぐっ・・・馬鹿な、こんな・・・こんな馬鹿なっ・・・うがあああああぁぁぁっっっ!!!』
断末魔の悲鳴を残し、完全に闇の球体に呑み込まれる邪竜。役目を終えた闇の球体は、次第に小さくなり、ものの数秒で完全に消えてしまった。
「・・・ふん」
それを見届けたシオンが、小さく鼻を鳴らす。それを合図にして、シオンの背に生えていた翼が、其々光と闇の粒子となって消えた。
「シオン!」
「大丈夫なのか?」
後方に下がっていた皆が駆け寄り、シオンに心配そうに声をかける。そんな彼等に、シオンは些か心外そうな顔を見せた。
「・・・不思議に思わないのか?」
「?何を?」
「何をって・・・俺の力の事とか、髪や眼の色が変わった事とか・・・」
シオンの言葉に、一同が顔を見合わせる。と、全員が一斉に笑い出した。
「???」
「不思議にって言われてもなぁ?」
「まぁ・・・今更って感じだしね。」
「これまでにも、色々信じられないような事やってるのを見た事あるし。」
「まぁ元々シオンは規格外だと思っていたしね。」
いきなり笑い出した皆に、きょとんとするシオンを余所に、顔を突き合わせて言い合うアレフとリサ。蒼司とリイムは、聞きようによってはかなり失礼な事を言っている。
「それに・・・どんな姿になっても、どんな力を持っていようと・・・」
「シオン君はシオン君でしょ?」
エスナとシーラの言葉に、全員が頷く。シオンは、恥ずかしいような嬉しいような、複雑な表情をしながら、ポツリと一言だけ呟いた。
「・・・ありがとう」
「ふっ・・・それでは、この空間から出ようか。」
リカルドがそう言うと、突然空間に穴が開く。どうやら、そこが出口のようだ。シオン達はその穴を潜り、元の世界へと戻って行った。


「で・・・如何だ?」
アレから2日後のジョートショップ。そのリヴィングにエルは訪れていた。
「ん、大丈夫だな。後遺症その他一切心配なし。魔力への順応も、問題は無い。」
邪竜を解き放った衝撃、そしてその後の邪竜との意識の奪い合い等、かなりの負荷が体にかかっていたエルだが、シオンの治療によって僅か2日で意識を取り戻していた。体調も完全に回復し、封印が解かれる事で、エル本来の魔力も戻って来た。これで漸く、エルは完全に邪竜から解放されたと言う事だ。
「まぁ・・・まだ体が鈍っている部分はあるだろうから、急激な運動や高度な魔法の使用は避ける事。後は・・・俺よりトーヤの領分だな。」
「そっか。ありがとな、シオン。さ〜てっと・・・」
「如何するんだ?」
「あの魔法馬鹿に、今までの鬱憤をぶつけてやろうと思ってね。」
「・・・あまりやり過ぎるなよ」
「解ってるって。それじゃな。」
手を振って上機嫌で店を出て行くエルに、些か疲れたような溜息をつく。
「お疲れさん。ほれ、コーヒーで良いよな?」
「ああ、サンキュ。」
アレフが差し出したコーヒーを受け取るシオン。アリサが今買い物に出ているため、アレフが自分で煎れたのだ。自らもコーヒーを飲みつつ、アレフが思い出したように聞いた。
「ああ、そうだ。ずっと聞こうと思ってたんだけどよ」
「ん?」
「お前の髪ってさ、今と前のどっちが地毛なんだ?」
「今の方。前は、記憶と力の封印に引き摺られて、俺自身の存在が歪んでた所為で、髪や眼の色が変わってしまっていたんだ。」
「ふ〜ん」
解ってるんだかいないんだか、気の抜けた返事を返すアレフに思わず苦笑してしまうシオン。
「全く、聞いたのはお前だろうに・・・。で、それがどうかしたのか?」
「いや、お前ってさ、前々から中性的って言うか、女性的な所があったけどさ、髪が黒になってから、ますます女みたいになったな。はっきり言って、知らん人間が見たら、絶対男だと思わんぞ?」
「・・・言うな。実際昨日隣町まで買出しに行ったとき、男にナンパされたんだから・・・」
「あ、そう・・・。」
心底疲れたような、情けないような、そんな曖昧な表情で溜息をつくシオンに、アレフは唯引き攣った顔で相槌を打つしか出来なかった。と、その時、いきなり離れた場所から爆音が響いて来た。

チュドーーーーンッ!!

「・・・エルとマリアだな。」
「だな。魔法を使うのが二人になった分、騒ぎも2倍か。」
「・・・平和だねぇ・・・」
「・・・平和だな・・・」
何とは無しに、しみじみと呟きあうアレフとシオン。今日もエンフィールドの街は平和だった。
「待ちなっ、この爆裂魔法お嬢!!今日と言う今日は思い知らせてやる!!」
「何よっ、この魔法音痴エルフ!!マリアの魔法で返り討ちにしてあげるわよ!!」
極一部を除いては、の話ではあるが・・・。


Episode:37・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。光と闇の交響曲Episode:36、7をお送りしました。如何だったでしょうか?
エルの話に、シオンの覚醒を絡めました。サブタイトルの英文は、そのまんま『邪竜』と『殲滅者』と言う意味です。前者は名前の通りで、後者はシオンの事ですね。
偉そうな事言ってる割には、邪竜がなんか弱いですが・・・その辺は、あまり気にしないで下さい(汗)
それでは、Episode:38でお会いしましょう。
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