中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:39
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:39 光と闇と・・・


「よく此処が解ったな?」
「アレだけ闇の気配をばら撒いておいて、よくも言う。」
シャドウの言葉に言い返し、彼の傍らにある装置に目を遣る。
「・・・火山制御装置か。今群発している地震の原因はそれだな?」
「その通り。こいつを使って、この雷鳴山を活発化させたのさ。地震はその副作用。」
言いながら、シャドウが装置のボタンを一つ押す。瞬間、地面が激しく揺れ、凄まじい地鳴りが聞こえてくる。
「くっくっくっ・・・随分とこの山も昔の状態に戻って来たな。」
「貴様・・・!」
怒りに表情を歪めるシオン。逆に、シャドウは歓喜に顔を染めた。
「心地良いねぇ・・・その憎しみの波動!そうだ、もっと俺を憎め!!」
「安心しろ、貴様に言われるまでも無く・・・俺は貴様を赦せそうに無いからな・・・」
表面上は冷静を保ってはいるが、内面では怒りの念が渦巻いている。シオンはそれを制御し、爆発させる時を待っているのだ。
「聞きたい事は幾らでもあるが・・・どうせ素直に答えるつもりはあるまい?」
「当り前だ。聞きたい事があるのなら、力尽くで聞き出してみな!」
力を解き放つシャドウ。激しい闇の奔流が、周囲の空間を満たしていく。
「・・・ならば・・・そうさて貰おう!」
シオンもまた、自らの力を解放する。圧倒的な力が、シャドウの放つ闇とぶつかり、拮抗する。二つの桁外れの力のぶつかり合いに、周囲の空間が軋み始める。
「此処で戦うつもりは無い。場所を変えるぞ。」
「好きにしな。」
シオンの直ぐ傍に、巨大な穴が生まれる。先にその穴に飛び込んだシオンを追うように、シャドウもまたその穴に飛び込む。二人が行き着いたのは、地面も空も無い、見渡す限り闇が続くだけの、異様な空間だった。立っていると言うよりも、浮かんでいると言った感じの方が正しいような感じで、シオンとシャドウは対峙した。
「此処は・・・」
「俺が生み出した異相空間。此処なら、全力でやれる。」
ヴンッと言う音と共に、シオンの右手に長大な剣が現れる。身の毛も弥立つほどに禍々しく、それでいて見る者全てを魅了するほどに神々しい。全く両極端にある二つの特長を併せ持った剣。それを見て、シャドウが表情を歪める。
「神魔剣セイクリッドデス・・・そいつも、封印が解けたか・・・そうでなきゃ、面白くないぜ!」
叫び、右腕を前方に突き出すシャドウ。その手に闇が渦巻き、一振りの剣が現れる。歪に歪んだ、禍々しき刀身。柄にも異様な装飾の施された、邪悪な魔剣。感触を確かめるように、それを一振りするシャドウ。
「・・・殺してやるぞ、シオン!!」
剣を構え、吠えるシャドウに、シオンもまた剣を構える。
「・・・決着をつける・・・シャドウ!!」
今此処に、人知を超えた力を持つ者同士の、最後の決戦が始まる。


「はああああっっ!!」
「ぜああああっっ!!」
咆哮と共に繰り出された斬撃が、音を立ててぶつかり合う。凄まじい衝撃が生み、激しいスパークを放ちながら鍔競合う。一瞬後、互いに相手を吹き飛ばすようにして剣を振りながら距離を取る。一拍置き、先程よりも更に加速して相手に突っ込む。その動きは、最早音速を軽く超え、光速の領域にさえ近付いていた。
「斬り裂けぇぇぇぇっ!!」
シャドウが大上段から振り下ろした斬撃が、シオンを襲う。が、シオンは身を返して斬撃をかわすと、お返しとばかりにシャドウの後方から横薙ぎの斬撃を放つ。それを後ろでに回した剣で受け止めるシャドウ。だが、衝撃そのものは殺せず、吹っ飛ばされる。
「チッ・・・死ねぇっ!!」
シャドウの突き出した左手から、闇の竜が生まれ、シオンに襲い掛かる。シオンは剣を大上段に構え、力を収束させていく。
「神魔封滅流・真式・・・奥義・天冥光斬剣!!」
収束した力が剣を覆い、身の丈の数倍ほどもある光り輝く刃となる。それを亜光速で振り下ろし、空間その物ごと闇の竜を切り裂く。激しい衝撃を発しながら、爆砕する闇の竜。それを見たシャドウは、小さく舌打ちする。
「忘れてたぜ・・・記憶が完全に戻ってるんだったな。だがっ!!」
闇を蹴り、シオンに斬りかかるシャドウ。シオンはその場で構え、シャドウを迎え撃つ。
「死ねっ!!」
シャドウの振り下ろした斬撃を紙一重でかわすと、シオンは連続した斬撃を返す。体勢を崩していたシャドウは辛うじて避けるが、その回避行動で完全に体勢を崩してしまう。
「くっ!?」
「貰ったっ!!」
必殺を期して放ったシオンの斬撃を、シャドウは無理な体勢を無理矢理捻って避ける。更に、無茶な体勢から蹴りを放ち、その慣性を利用してシオンとの距離を取る。
「賢しい事をっ、消えろぉっ!!」
「なめるなぁっ!!」
シオンの放った巨大な光弾と、シャドウの放った闇の弾丸とがぶつかり合い、激しい衝撃とスパークを発して互いを消滅し合う。身体能力、攻撃の威力、そのどちらも互角だった。シオンの方が若干戦い慣れしている感はあるが、そう大きな差は無い。
「流石に、この程度で倒せる程甘くは無いか。」
「そろそろ様子見は終わりにしようぜ。・・・お互いになぁっ!!」
シャドウから放たれる闇の波動が、その強さと密度を増す。やがてその闇が凝縮し、シャドウの背に蝙蝠のような翼を形成した。
「そうだな。・・・遊びは終わりだ・・・!」
シオンの体から、爆発的な光と闇の奔流が放たれる。光と闇は其々収束し、純白と漆黒の翼を形成する。二人が発する力の波動が、先程までとは比べ物にならないまでに強まる。
「・・・行くぞ」「・・・行くぜ」
同時に呟き、同時に動く。双方、一瞬にして光速の速さまで加速し、ぶつかり合う。
「おおおぉぉぉっ!!」
「ぬああぁぁぁっ!!」
激しくぶつかり合う二人。シオンは光の氣を纏い、シャドウは闇の氣を纏う。動くたびに其々の纏った氣が尾を引き、宛ら白と黒の流星が二つ、絡み合って流れているようである。尤も、そんな光景を見る事が出来るのは、彼等と同じ次元にある者だけだろう。常人では、光速で飛行し、ぶつかり合う彼等を視認する事など出来ないからだ。
「くっ・・・!」
「ぐぅっ・・・!」
一瞬の交差の間に、数千数万と言う数の斬撃を叩き込み、また同時に相手の斬撃を捌いていく。互いにぶつかり合う時間はホンの一瞬だが、その際に生じる衝撃と、肉体への負荷は並大抵のモノでは無い。互いが人知を超えた強大な力を持っているだけに、その負荷もまた尋常ではなかった。その負荷に耐えるために、小さなうめきを漏らす二人。一旦距離を置き、動きを止めた彼等の体は、ともに大小様々な傷を無数に負っていた。避けきれなかった相手の斬撃による物や、ぶつかり合った際に生じた衝撃波で負った物もあるだろう。体力的にもかなり消耗しているのか、肩で息をしている。
「・・・くっ・・・埒が明かないな・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・クソッ垂れがっ・・・!」
二人とも剣を構え直し、力を溜めていく。次の一撃で終わりにする為だ。永遠とも思える静寂の後、二人が動いた。
「これで終わりだ・・・シャドウ!!」
「終わりにしてやるよ・・・シオン!!」
シオンは突きの構えで、シャドウは袈裟切りの構えで其々相手に突っ込んで行く。互いの眼に、相手の動きがまるでスローモーションのようにゆっくりと映る。同じ光速の領域に居るが故の独特の感覚の中、必殺の一撃を放つべく、その予備動作に移る。そして、其々の剣の間合いに相手が入った瞬間、シャドウの視界からシオンの姿が消えた。
「!?」

ドシュゥッ!!

「ぐっ・・・」
肉を切り裂く鈍い音を立て、シオンの繰り出した剣がシャドウの右の脇腹あたりを貫く。心臓などの臓器に傷は負っていないものの、傷の深さを考えれば、完全に致命傷だろう。だが、シャドウはまだ諦めては居なかった。俯くようにして剣を突き出しているシオンの髪を引っ掴み、動きを封じると、大上段に構えたままの剣を、全体重を乗せて振り下ろした。
「っああああぁぁぁっ!!!」

ザンッ!!

シャドウの振り下ろした剣がシオンを捉えようとした瞬間、シオンは咆哮を上げ、俯いたままの体勢で、シャドウを貫いた刃をそのまま上に切り上げる。脇腹から肩にかけて切り裂かれたシャドウは、振り下ろした剣を取り落とし、自らも仰向けに倒れ伏した。傷口からは止め処無く血が溢れ、噴出した鮮血が、シオンの顔や服を紅く染めていた。最早ピクリとも動かないシャドウ。死んではいないようだが、指一本動かす余力も無いのだろう。こうして、人知を超えた二人の対決は、幕を閉じた。


「くっ・・・・・・くはははっ・・・」
暫しの静寂の後、倒れ伏していたシャドウが、突然笑い声を上げる。それは今までのような狂気じみた哄笑ではなく、憑き物が落ちたかのような笑い声だった。間違い無く致命傷であろう傷を負っても、シャドウの意識はしっかりしていた。尤も、流石に体を動かす事は出来そうに無く、仰向けに倒れたままだが。
「結局・・・俺では勝てなかったか・・・」
「・・・その割には、随分と楽しそうだな。悔しくは無いのか?」
「悔しいさ。だが・・・ああも実力の差を見せ付けられればな・・・。最後のあの一瞬、あの時だけだろう?貴様が本気を出したのは・・・。それまで、ずっと手加減していた筈だ。違うか?」
「・・・ばれていたのか。」
シャドウの言葉を肯定するような事を言うシオン。では、今までシオンは全力ではなかったと言う事だろうか?アレだけの力を発して尚全力ではないと言うなら、シオンの全力とは如何ばかりのものであろうか?
「ばれないとでも思っていたのか?俺は・・・貴様の『影』なんだぜ?」
「・・・そうだったな。」
「そんな事だから、あんな屑共に付け込まれるんだ。」
どこかからかうような響きのシャドウの言葉にも、シオンは顔色を変える事無く頷く。会話を交わす二人の間に流れる空気は、先程まで命の遣り取りをしていたとは思えないほど、穏やかな物だった。
「くっくっ・・・まぁ良い、何か聞きたい事があるんだろ?俺が喋れる内に聞きな。」
「そうだな。先ず・・・お前を生み出したのは、誰だ?」
「言わなくても解ってるんだろう?あの屑共・・・傲慢な神々だよ。」
その言葉を口にした途端、シャドウの表情が歪む。紛う事無き憎しみと殺意に彩られた表情。一方、シオンは全く表情を変えない。唯、ポツリと呟きを漏らす。
「・・・あの時の連中か」
「そうだ。奴等、貴様が以前神界の一部分を消滅させたのを根に持っているみたいでな。あの時神界に残った貴様の力の残滓から、俺を造り出したんだ。貴様を苦しめ、隙あらば殺す為にな。」
「くだらない事をするものだ。神界を消したのは、自業自得だと言うのに・・・」
若干嘲るような響きを持たせた声を出すシオンに、シャドウは明らかに嘲りの感情を込めた声で答えた。
「そんな事が解るくらいなら、初めから傲慢になったりなんてしねぇよ。そもそも、自分の分を弁えてるような奴が、貴様に手出しするような真似をするかよ。」
「ふん・・・確かにな。まぁ良い、それじゃ次の質問。何で休火山を活発化させるような真似をした?俺の憎しみを得たい理由は・・・まぁ想像つくが、それだけなら他に幾らでも方法はあった筈だ。」
「・・・神界へと至るゲートを開く為さ。」
シャドウがポツリと漏らした言葉に、些か怪訝そうな表情をするシオン。それを見たシャドウは、苛立ちとやっかみが入り混じったような表情で喚く。
「あのなっ、言って置くが、俺はテメェみたいに、異なる時空間を自由自在に行き来するなんて言う芸当は出来ないんだよ!俺が異世界に行く為には、その世界へと至るゲートを開かなきゃならないんだ!・・・神界に至るゲートを開くのは並大抵の苦労じゃないからな。自力で開けない事も無いが、それじゃ消耗が激しすぎる。」
「・・・成る程ね。それで、火山噴火時に生じる膨大なエネルギーを利用しようとした訳だ。」
「ぐっ・・・そうだよ、悪いか!?」
図星を指され、それでも尚強がる子供のような反応を示すシャドウに、シオンは思わず苦笑を漏らしてしまう。苦笑されたシャドウは、ますます子供じみた態度を見せた。
「くそっ、だからテメェは嫌いなんだ!何時でも余裕ぶった態度を取りやがって・・・!」
「余裕があるのだから仕方が無い。ンで、次の質問に移って良いかな?」
「好きにしやがれ!」
先程までのシリアスな空気は何処へやら、投げやりな態度で言うシャドウに、更に苦笑を漏らす。と、シオンが今思いついたとばかりに、シャドウに尋ねる。
「そう言えば、神界に行って何をする気だったんだ?」
「!・・・決まってんだろ。あいつを・・・あいつの想いをいいように弄んだあの屑共を、皆殺しにする為・・・だったんだがな。それも今となっちゃぁ、如何でも良い事だ。」
「・・・俺が死んだ時の保険か。」
「そう言う事だ。何せあの邪竜の一件があるまでは、テメェの記憶が戻るかどうか、怪しいもんだったからな。記憶も力も取り戻していないテメェなんざ、一瞬で打ち殺せたからな。」
「・・・返す言葉も無いな。」
からかうようなシャドウの言葉に、苦笑してしまうシオン。実際、シオンも記憶が戻るとは思っても居なかったのだ。もしかしたら、こうして倒れ伏すのは、シャドウではなくシオンだったかも知れない。そう思うと、シオンはなにやら複雑な心境になるのだった。
「で、如何する気だ?」
「ん?」
「とぼけんな。奴等を消すのか?」
シャドウの問い掛けに暫し黙考した後、シオンはゆっくりと頭を振った。
「いや・・・やめておく。態々神界まで行くのも面倒だしな・・・。もし次に俺の癇に障るようなことをしたら、その時は容赦なく潰す。」
「おーおー、怖い怖い」
「・・・お互い様だろう?」
「・・・違いねぇ。」
顔を見合わせ、互いに苦笑するシオンとシャドウ。そんな二人の様子は、気の置けない友人か何かのように見えた。暫し笑いあった後、シオンが口を開いた。
「フゥ・・・。次で最後の質問だ。ハメットの片棒を担ぎ、美術館から美術品を盗み出したのはお前だな?」
溜息混じりの呼吸で間を置き、表情を真剣な物に改めて尋ねるシオンに、シャドウもまた表情を切り替える。
「・・・そうだよ。お前さんを貶めるのに、絶好の機会だったからな。利用させて貰ったのさ。」
「やはり、か。予想通り・・・とは言え、どうやってこの事を周囲に認めさせるか・・・」
考え込むシオンに、シャドウが思い掛けない事を言った。
「ショート邸にある奴の私室に、俺と奴との契約内容を記した書類がある筈だぜ。」
「!・・・本当か?だとしたら・・・随分と迂闊な事をする。」
「随分と几帳面な性格だったからな。書類として残しておかなければ気になるんだろうよ。」
「何にせよ、これで俺が圧倒的に有利になったな。研究施設の一部私物化の嫌疑で、奴の部屋を査察するようにして・・・」
ブツブツと何事か呟くシオンに、シャドウはひどく真面目な表情で尋ねた。
「シオン、お前はあの街に居続けるつもりか?」
「・・・」
「一部の連中は、お前を受け入れただろうが・・・全員が全員、お前を受け入れるとは限らんぜ?何せ、怪しさ爆発の変装をした俺の言うことをすんなり受け入れ、世話になったお前を平気で殺そうとする奴等も居たくらいだからな。」
「・・・」
「最悪、過去の二の舞になるぜ。それでも・・・お前はあの街に居続けるのか?」
シャドウの問い掛けに、答える事無く無言で佇むシオン。いい加減痺れを切らしたシャドウが再び問いかけようとした時、シオンが口を開いた。
「・・・正直、迷っている。エンフィールドは嫌いじゃないさ。アリサさん達の事も。だが、お前の言う通り、住人全てが俺を受け入れてくれている訳じゃない。俺自身はそんな事気にしたりはしないが・・・その事が原因で、アリサさん達に迷惑をかけてしまうかもしれない。そして何より、俺の存在そのものが、災厄を招く事になってしまうかも知れない・・・そう考えると、な・・・」
僅かに表情に悲しみの色を浮べ、俯くシオン。と、シャドウが意外な事を言う。
「良いじゃねぇか、迷惑かけてもよ。」
「?」
「今までお前は、色んな物をたった一人で背負い込んできたんだ。少し位人に頼ったって、構わないと思うがね。仲間ってのは、そう言うもんなんだろう?」
「・・・」
「少なくとも、俺が今まで見て来たお前の仲間達なら、そう言うだろうがな。」
シャドウの言葉に、呆気に取られるシオン。まさかシャドウから、そんな言葉を聞くとは思わなかったと言わんばかりだ。と、シオンの表情が崩れ、自然と笑みが零れて来る。そして、シオンにしては珍しく、声を上げて笑い始めた。
「おい、テメェ・・・何を笑って居やがる!?」
「あっははははっ・・・い、いや・・・悪い・・・。まさかお前の口から、そんな言葉が出て来るとはな・・・くっくっくっ・・・」
「チッ・・・何時までもそうやって笑って居やがれ!・・・何にせよ、最後に決めるのはテメェ自身だ。外野が如何こう言おうと関係ねぇ。」
「ふっ・・・そうだな・・・」
ひどく穏やかな表情で頷くシオンに、シャドウは心なしか満足げな表情を浮かべる。そして、溜息とともに言葉を吐き出した。
「フゥ・・・これで、俺の役目も終わりだな・・・いい加減、存在を維持するのも疲れてきた・・・」
「・・・結局、お前は何時から自分の意志を持ち始めたんだ?」
「・・・初めてテメェと対峙した時からだな。あれ以来、少しづつだが、自我を持てるようになった。そう言う意味じゃ、感謝してるぜ。最後の最後まで、あの屑共の操り人形のままだ、なんて事になったら、死んでも死に切れなかったからな・・・」
呟くように言葉を紡ぐシャドウの体が、ゆっくりと薄れていく。歪んだ方法で生を与えられた存在が、在るべき姿へと還ろうとしている。即ち、シオンの力の一部へと・・・。
「まぁ、楽しいっちゃぁ楽しい時間だったぜ。あばよ・・・」
薄れゆく体に鞭を打ち、その顔を覆う眼帯を外す。その下から現れたのは、信じられない位透き通った、翡翠色の瞳。そう、シオンのそれと全く同じ瞳だった。最後の最後に、穏やかな微笑を残し、シャドウは純粋な力の塊へと姿を変え、本来のあるべき場所である、シオンの中へと還った。
「・・・お疲れさん、シャドウ・・・」
自らの力の欠片より生まれ、今再び自らの中へ還って来た存在に、労いの言葉をかけるシオン。その瞳は、優しい光に彩られていた。


「・・・結構人が集まっているみたいだな。」
あの後、自らが生み出した異相空間から元の空間に戻ったシオンは、先ず火山制御装置を作動させ、雷鳴山の活動を休止させた。これまで溜め込まれたエネルギーによる地震はまだ暫く起き続けるだろうが、それはたいした規模にはならない。これで、エンフィールド崩壊の危機は完全に免れたのだ。その後、シオンは来た道を引き返し、今し方出入り口である教会にあった扉の前まで戻ってきたのだ。分厚い扉越しに、かなりの人数のざわめきが聞こえる。音が反響する所為で判別しにくいが、リカルドやアルベルトの声も聞こえる。どうやら、ざわめく一般市民に注意を促しているようだ。何とは無しに苦笑しつつ、シオンは目の前の扉を押し開いた。シオンはなるべく音を立てないように気をつけながら開いた筈なのだが、扉自体が古かった所為か、結構な音が立ってしまった。その音で、リカルド達は扉の直ぐ傍に佇むシオンに気付いた。
「!シオン君!」
「よかった、無事だったんだな!」
シオンに歩み寄るリカルドと蒼司。少し離れた所では、アルベルトも若干ながら安心したような表情を見せていた。
「・・・心配をかけたようだな。すまない。だが・・・全てのけりは付けてきた。もう・・・この街が崩壊する危険は無い。」

ワアアアアアァァァァッ!!

シオンの言葉が聞こえたか、途端に歓声が沸き起こる。涙を流して喜ぶ者も居れば、隣の者と抱き合って喜ぶ者も居る。その喜びが一段落すると、今度は口々にシオンを称え始めた。シオンを称える人々の中には、シャドウに唆され、シオンを殺そうとした者も含まれていたが、シオンは敢えて無視した。
「フッ・・・一躍英雄だな、シオン君。」
「止めてくれ、柄じゃない。」
「良いじゃないか、住民達がお前を認めてくれた証拠だろ?素直に喜んどけよ。」
蒼司の言葉に、唯曖昧な笑みを浮べるだけのシオン。と、住民達に今までとは些か毛色の違うざわめきが起こる。その事に気付いたシオンが視線を動かすと、人の波を掻き分けるようにして、ローラに付き添われたアリサが歩み寄ってきていた。周囲の人全員が見守る中、遂にアリサがシオンの目の前に立った。黙ったまま、おずおずと伸ばされたアリサの手が、何かを確認するかのようにシオンの頬に触れる。シオンは、黙ってその行為を受け入れていた。その手が離れたかと思うと、アリサは感極まったかのように、涙を流し始め、そして、ゆっくりとシオンに抱きついた。
「シオン君・・・本当にシオン君なのね・・・」
「・・・ええ」
「良かった・・・帰って来てくれて・・・本当に良かった・・・」
それだけ言うと、後は唯黙ってシオンの胸に顔を埋めるアリサ。シオンはアリサの髪を、優しく梳き、その華奢な肩を、壊れぬようにそっと抱き締める。何やら離れた場所でアルベルトが喚いているが、二人の耳には届かなかった。ざわめいていた住民達も、今は黙って二人を見守っている。暫くして、泣き止んだアリサが静かに言葉を紡ぐ。
「お願いだから・・・サヨナラなんて言葉は二度と言わないで・・・」
「アリサさん、俺は・・・」
「良いの。シオン君が何者かなんて関係無い。だって・・・貴方は・・・私の大切な『家族』なんだから・・・」
何か言おうとしたシオンの言葉を遮るようにして言うアリサの言葉に、シオンの中の何かが壊れる。シオンの心を縛っていた鎖が、アリサの言葉で少しずつ壊されていく。
「何処かへ行くのを止める気は無い。それを選択するのは、シオン君自身だもの。だけどね、その時に言う言葉は『サヨナラ』なんかじゃないわ。『行ってきます』よ・・・」
「あの店は・・・私達の家は・・・そして私は・・・何時だって貴方の帰りを待っているのだから・・・」
今まで以上に、優しくシオンを抱き締めるアリサ。シオンは、その瞳から一筋の涙を零していた。彼がエンフィールドに来て以来、初めて見せた涙。だがそれは、悲しみの涙ではない。遥かな過去に喪ったもの、二度と手に入らないと思っていたもの、心の其処から渇望していたもの、それを手にする事が出来たが故の、喜びの涙だった。
「・・・約束しますよ、アリサさん。俺は・・・此処に居ます。・・・貴方が、俺を家族として認めていてくれる限り・・・俺はずっと此処に居ます・・・」
「シオン君・・・約束よ・・・?破ったりしたら・・・承知しませんからね・・・?」
アリサの問い掛けに、頷くシオン。それと同時に、周囲から祝福の声が上がり始める。やがてそれは、シオンを称える声とともに、大音声となって教会を満たした。周囲の状況を今更ながらに思い出し、赤面するアリサ。流石のシオンも、若干照れ気味だ。
「・・・考えてみれば、あれってある意味プロポーズの言葉だよな。」
「ばっ、要らん事を言うな!!」
蒼司がポツリと漏らした言葉に、シオンが突っ込む。が、時既に遅し。一瞬の静寂の後、周囲の祝福の声は更に高まった。しかも、何を勘違いしたのか結婚なんて言葉を出す者まで現れる始末だ。此処まで来ると、最早呆れるしかない。シオンが呆れて物も言えない状態で佇んでいると、普段通りの微笑みを浮べたアリサが、言葉を紡ぐ。周囲の大音声に比べれば、雀の涙ほどの声量の筈なのに、何故か鮮明に聞こえた。
「・・・お帰りなさい、シオン君。」
だからシオンは、返事を返した。その顔に、優しい微笑を乗せて。
「・・・ただいま、アリサさん」


こうして、エンフィールドの街を襲った未曾有の危機は回避される事となった。今回の事で、シオンは一躍英雄扱いされる事となったのだが、シオンにとってそれは如何でも良い事でしかなかった。尤も、数日後に控えた再審請求日に備えて、と考えれば、かなり有利になった事は否めないが。
余談ではあるが、この後ジョートショップに帰ったシオンは、待ち構えていたアレフ達にかなり怒られる事となった。シーラやエスナ、シェリルなどは怒りが昂じて泣き出してしまったほどだ。だが、それさえも、自分が彼等に受け容れられている証拠だと思えば、シオンにとっては嬉しいものなのであった。


Episode:39・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。光と闇の交響曲版『迸る悪意の果てに』です。如何でしたでしょうか?
38、9話と連続していますが、本来この話は1話分しかなかったんです。が、あれもこれもとネタを出している内に、結局2話分となってしまいました。
シャドウの性格が結構ゲームとは変わってますが、このSSではシャドウの位置付けが違いますからね。あくまでシャドウはシオンの力の欠片に人格を付与して生み出された存在であり、シオンの心の闇とは関係ありませんから。
さて、このシリーズも残す所再審の話とエピローグを残す所となりました。今しばらくの間、お付き合い頂ければ幸いです。
それでは、Episode:40でお会いしましょう。
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