中央改札 交響曲 感想 説明

光と闇の交響曲Episode:41
刹那


悠久幻想曲SideStory
−光と闇の交響曲−

Episode:41 EternalSymphony


「里帰り・・・か・・・」
ジョートショップの自室で、シオンは手にしたロザリオを弄びながら、ポツリと呟く。今日は仕事は無い。・・・と言うか、再審があったあの日から、ジョートショップは暫くの間長期休業中なのだ。シオンが真昼間から部屋でボーっとしているのは、その所為である。ボーっとしながらも、シオンはある事を考えていた。そのある事と言うのが、里帰りの事である。
「・・・いい加減、逃げ続けるのも終わりにしなければな・・・」
呟き、立ち上がったシオンの表情は、何かを決意したかのように引き締められていた。


「え〜と、そのテーブルはこっちに運んで!」
「あいよ・・・っと!」
「パティ、こっちのテーブルは如何すんだ?」
「それは・・・そうね、そっちの方に運んで!」
本日貸切の札が下げられたさくら亭の店内は、ある意味普段より騒がしかった。シーラの留学が2日後に迫っている為、その門出を祝う宴の準備が為されているのだ。陣頭指揮をとるパティに、テーブルなどの大きな物を運ぶアレフとピート。他のメンバーも来る予定ではあるが、其々の用事が終わってからの話だ。それまでは、店の人間であるパティと、暇なアレフ達が主力になる。同じく暇なシオン、エスナ、リサの三人は、手分けして必要な物の買出しに出ている。帰って来るまでは、もう少し時間がかかるだろう。本来こう言った肉体労働を嫌うアレフだが、流石に友人を送り出す為の準備とあってか、文句を言わずに働いている。

カランカラン♪

「すいません、今日は貸切・・・って、シオンじゃない。」
カウベルを鳴らし店内に入ってきたのは、シオンだった。
「些か暇だったんでな。手伝おう。」
「助かるわ、流石にこれだけじゃ手が足りなくて焦ってたのよ。」
「ふむ・・・。」
テーブルや椅子を持ってあっちこっち行き来しているアレフとピートを見遣り、納得したように呟く。因みに、この後並べたテーブルを拭き、店内に飾りつけも行わなければならない。更に、料理の準備などもある。今のままでは、恐らくパーティーの開始予定時刻までには準備は終らないだろう。これから人が集まってくるとはいえ、それでは間に合わない。其処まで考えたシオンは、パチンと指を鳴らす。すると不思議な事に、テーブルや椅子等がまるで意思を持っているかのようにふわふわと漂い、予定していたセッティングにそって位置を変えていく。ものの5分とかからず、テーブル類はしっかりとセッティングされていた。
「まぁ・・・こんなものだろう」
「は〜・・・凄いと言うか何と言うか・・・」
「お、俺たちの苦労って一体・・・?」
「こんな事が出来るなら、初めからシオン呼んでおけばよかったんじゃ・・・」
満足げに頷くシオンと、呆気に取られるパティとアレフ、ピート。が、何時までも呆けている場合ではないと思い直し、アレフとピートは早速テーブル拭きに取り掛かり、パティは料理の準備に取り掛かる。シオンは取り敢えずパティを手伝う事にした。


「ただいま戻りました。」
「買出し終わったよ。お?もうテーブル並べるの終わってるんだね。」
「ただいま。なんだい、私等の出番は無しかい?」
買出し組が時を同じくして帰って来た。エスナは飾り付けの為の道具類を、リイムは足りない食材を、リサは不足するであろう酒類を、それぞれ買出しに出ていたのだ。其々が買って来た品を確認すると、エスナとリサは飾り付けを、リイムは料理の手伝いを始めた。


リイム達が帰って来てから小一時間も経たずに、ほぼ全員が揃い、パーティーの為の準備を進めている。後来ていないのは、主賓のシーラだけだ。彼女は全ての準備が終わった上で呼びに行く事になっているのだから、当然と言えば当然なのだが。既に殆どの準備は終わり、後は飾り付けをするだけである。其処彼処から、楽しげな声が聞こえてくる。ややすると、全ての準備も終わり、シオンがシーラを連れてくる事で、パーティーは始まりを告げた。


「えーっと、それじゃ先ずは主賓のシーラさんのご挨拶から、行ってみよう!」
こう言った時に率先して司会を務めるアレフに促され、些か照れた様子のシーラが全員の前に進み出る。少しだけ言葉を選ぶかのように沈黙した後、顔を上げて静かに語り始めた。
「・・・私は2日後の朝、この街を出る事になります。私の大好きな音楽を学ぶ為、私自身が選んだ選択です。だから、後悔はしていません。でも・・・やっぱり少し寂しいです。その寂しさを埋める為に・・・今日は心行くまで楽しみたいと思います!」
「シーラの挨拶にもあったことだし、今日は心行くまで楽しんで、シーラを笑顔で送り出そう!それじゃ、シーラの門出を祝って・・・乾杯!」
『乾杯!!』
シーラの後を継いだアレフの音頭で、グラスが高々と掲げられる。こうして、宴は始まった。

「ん〜!これ美味い!」
「こっちも美味しいのぉ!」
テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々に、猛烈な勢いで食らい付きながら舌鼓を打つピートと、のんびりしたペースを保ったまま、次々と料理を平らげていくメロディ。

「む・・・これは中々の上物だな。」
「お、解るかい?流石だねぇ、態々ラ・ルナに特注で取り寄せて貰った甲斐があるよ。」
「ふっ、其方こそ、酒を見る目があるな。」
リサが買って来た酒の質の良さに唸るリカルドと、若干誇らしげなリサ。どうやら二人は酒の話題で意気投合したようだ。

「お?アルベルト、お前新しいリップつけてるだろ?」
「フフン、流石に気付いたか。確かに、これは今月の新色だぜ。」
「相変わらず化粧が好きだね、お前。やっぱ男ならスッピンで勝負しなきゃな。」
「・・・やるか?」
「・・・やってやろうか?」
何時の間にやらジョートショップの仲間に馴染んでいるアルベルトとアレフが、ファッションの事で睨み合う。この二人は、何時も通りのようだ。

「わぁ、これ可愛い!」
「ふふ〜ん、良いでしょう?これ、つい最近発売したばかりなんだよ。」
「ぶ〜☆マリアも欲しいぃ〜!」
「明日にでも買いなよ。まだ残ってる筈だから。」
最近発売されたアクセサリの事で盛り上がるトリーシャとマリア。彼女達の可愛い物好きも、普段通りだ。

「クリスく〜んっ、ささ、飲んで飲んで!」
「わわ、由羅さん止めて下さいよぉ!」
「だ〜め!飲むまで放さないわよぉ!!」
「ひええっ!?」
・・・この二人も相変わらずである。以前の出来事で少しは成長したかに見えたクリスも、由羅にはまだまだ逆らえないようだ。

「ん〜美味しい・・・。あの、パティさん、これどうやって料理したか教えて貰えますか?」
「ん?良いわよ。えっと・・・」
「あ、ちょっと待って下さい!メモメモ・・・」
「クス、良い?これはねぇ・・・」
出された料理の調理方法を尋ねるシェリルと、解り易いように教えてあげるパティ。どうやらシェリルは、本以外にも趣味を持てるようになりそうだった。

「あら、これ香りが良いのね。香草を使っているのかしら?」
「あ、それはですね・・・」
「まぁ・・・そんな使い方もあったのね。早速試してみようかしら。」
其々の料理の知識を出し合うアリサとエスナ。料理上手のアリサも、流石に他の大陸の伝統的な料理方法は知らなかったのか、エスナの知識は新鮮だったようだ。真面目に聞いている。

「へぇ、じゃあんたもチェスは得意なんだ?」
「まぁね。尤も、国に居た頃にシオンに教えて貰ったからなんだけどね。一応、シオン以外には負け無しだよ。」
「羨ましいもんだ。俺はどうもチェスって苦手なんだよな・・・。」
「ま、蒼司はねぇ・・・。あんまりそう言うゲームが得意そうには見えないからねぇ?」
「言いやがったな、このヤロウ・・・将棋なら、俺も負けないんだけどな・・・」
チェスの事で盛り上がるエル、リイム、蒼司の3人。尤も、蒼司はチェスよりも将棋の方が得意なようだが。

談笑する皆の様子を、少し離れた場所から眺めるシーラ。その様は、まるで記憶の中に今の光景を焼き付けようとしているかのように見える。と、彼等の中に自分が最も気になる人物−シオンが含まれていない事に気付き、周りを見渡してみる。すると、シーラと同じ様に、皆の様子を眺めているシオンの姿があった。歩み寄り、話し掛けるシーラ。
「シオン君?」
「ん?・・・シーラか。如何した?」
シーラの呼び掛けに、淡い微笑を浮べながら振り向くシオン。シーラはその表情に僅かな違和感を感じながらも、努めて普通に話し続ける。
「シオン君、一人で居たから・・・如何したのかと思って。・・・ひょっとして、楽しくない?」
「いや、そんな事は無いが・・・。少し、離れた場所から皆を眺めてみたいと思ってな。」
「そうなんだ。・・・実は、私もなんだ。」
そう言って、窓辺に寄りかかるようにして立つシオンの直ぐ横に、自らも同じ様な体勢で立つシーラ。その表情は、お酒を飲んだからかそれとも別の理由からか、若干赤らんでいる。
「・・・4年間、この光景とはお別れしなきゃならないと思うと、ね。どんなに離れていても、どんなに時が過ぎても思い出せるように、しっかり記憶に焼き付けておこうって思ったの。」
「そうか。・・・そうだな。4年は・・・長いな。」
「・・・?シオン・・・君?」
何か、シーラの語った事以上に感慨深げな声色で話すシオンに、更に違和感を強めるシーラ。が、シオンはその事に気付かず、言葉を続ける。
「・・・人が哀しみから立ち直るには、十分過ぎる時間だ。いや・・・立ち直らなければならない期間と言った方が正しいか・・・」
「シオン君・・・如何したの?」
自らの哀しみを無理矢理に抑え込んでいるかのようなシオンの様子に、心配げに声をかけるシーラ。その声でシオンも我に返ったか、直ぐにその哀しみに満ちた表情を隠し、苦笑交じりの微笑を浮べる。
「・・・いや、何でも無い。フッ・・・こんな表情は、この雰囲気には合わないな。」
「・・・うん、そうね。楽しい時を過ごすのなら、やっぱり笑顔じゃなきゃ。ね?」
先程の表情が若干気になりながらも、取り敢えず普段のシオンに戻ってくれた事で、自然に微笑が浮かぶシーラ。後は無言で、唯皆の様子を眺め続ける二人。静かな、だが優しさを感じさせる空気が、二人を包んでいる。そんな時間が、最後まで続いていくものと思えた。

・・・が。幾らシーラが今回の主賓とは言え、些か抜け駆け気味の行動を許すほど、エンフィールドの少女達は甘くなかった。
「しぃ〜〜らぁ〜〜?」
「ぱ、パティちゃん?えっと・・・何かな?」
「ふっふっふ・・・こ〜んな席で抜け駆けとは・・・良い度胸じゃなぁい?」
顔を赤く染め、据わった目付きでシーラを睨むパティ。どうやら、大分酔っているようだ。が、実は他の少女達も似たような状態だったりする。あっという間にシオンから引き離され、パティ達に取り囲まれるシーラ。取り囲んだ輪の中から、必死に弁明するシーラの声が僅かに聞こえてくるのが、可笑しいと言えば可笑しかったりする。その騒ぎで、男性陣なんかも、シオン達が離れた場所に居た事に気付いたようだ。シーラの『処置』は女性陣に任せ、男性陣はシオンに『処置』を施そうとする。と、皆の注目が集まったのを見て取ったシオンは、真剣な表情で声を上げた。
「・・・盛り上がっている所悪いが、少し聞いて欲しい事がある。構わないか?」
真剣みを帯びたシオンの声に、皆が一瞬にして静まり返る。それはシオンの話を聞く体勢になったと言う事だ。それを確認し、シオンは言葉を繋げた。
「・・・実は、俺も少しの間この街を出る事にした。」
・・・静まり返る皆。シオンの言葉の意味が浸透するに連れ、少しずつ皆の表情が強張っていき、そして・・・。
『えええええぇぇぇぇっ!!?』
一気に爆発した。声を揃えて叫ぶ皆に一瞬呆気に取られるシオンだが、直ぐに気を取り直すと、取り敢えず皆を落ち着かせる。
「・・・取り敢えず落ち着け。そんなに驚かれたら、話も出来ない。」
「あぁ、悪い・・・ってそうじゃなくて!街を出るって・・・何でだよ!?」
「そうだよ、理由を言ってくれなきゃ、納得出来ないよ!」
「だから落ち着けって。今から説明するから。」
戸惑いと驚愕と、若干の怒りを込めた表情で詰め寄る皆を宥め、説明し始める。
「・・・久しぶりに、里帰りをしてみようかと思ってな。」
「里帰り?」
「ああ。記憶も戻ったし、俺の動きを制限していた事件も片付いた。それで、な。ついでに、イシュトバーンにも顔を出すし、此処から故郷までのまだ訪れていない場所も、周ってこようかと。・・・元々、俺は旅の途中だったんだしな。」
「それは・・・そうだけど・・・」
「そんな急に言い出されても、なぁ?」
シオンの説明にも、まだ納得のいかない様子の皆。だが、シオンの決心は変わらないようだ。
「今さっき決めたと言う訳じゃない。これは、事件が終わってから、ずっと考えていた事だ。兎に角、これは決めた事だ。今更取り止めるつもりは無い。」
言い切るシオン。皆は納得がいかないとばかりに、シオンを睨んでいる。と、今までずっと黙っていたアリサが、静かに問い掛ける。
「シオン君、一つだけ聞いても良いかしら?」
「ええ、構いません。」
「・・・この街に、帰って来るつもりはあるの?」
この問い掛けに、シオンよりも寧ろアレフ達の方がはっとする。皆シオンが街を出るという事ばかり気にして、その先の事を考えていなかったのだ。そんな彼等を気にする事無く、シオンはアリサの問いに答えた。
「・・・以前にも言いましたよね。俺は・・・アリサさんや皆が認めてくれる限り・・・此処が俺の『帰るべき場所』である限り、帰って来ますよ。必ずね。」
「そう・・・。なら、私は反対しないわ。寧ろ、賛成する。」
シオンの返した答えに頷き、微笑むアリサ。その微笑に後押しされるように、皆も頷いていく。
「そう・・・だよな。うん、行ってこいよ、シオン。」
「ちゃんと帰って来てくれるなら、反対する理由も無いしね。」
「シーラさんもシオンさんも出て行っちゃうと、少し寂しいけど・・・しょうがないよね。」
その表情に、まだ若干の寂しさを残したまま、シオンの里帰りに皆が賛同していく。と、リイムがふと思いついたように、また皆を驚かせるような事を言った。
「・・・そうだ、それなら僕達も一旦国に帰ろうか。」
「え、リイムも!?」
「そうですね、幾つか報告したい事もありますし・・・。時期的にも、丁度良いかも知れません。」
「エスナまで・・・」
リイムにエスナまで街を出ると言い出し、最早呆気に取られるしかないエンフィールド在住組。そんな彼等を励ますように、リイムは苦笑いをしながら言う。
「あはは、僕達は直ぐに戻って来る事になると思うよ。国が危険な状態にでもならない限り、僕達はこの街に居ようかと思ってるから。」
「そうですね、私達もこの街の事が好きになりましたし・・・シオン様の帰る場所が此処だと言うのなら、尚更ですね。」
直ぐに戻ってくると言うリイム達に、取り敢えずホッとする皆。いい加減踏ん切りがついたか、アレフが自棄気味に叫ぶ。
「えぇ〜いっ、こうなったら今日はとことん騒ぐぞ!たった今から、このパーティーはシーラ及びシオン、リイム、エスナを送り出す為のパーティーだ!!」
『お〜〜!!』
アレフに続き、主にエンフィールド在住組が握り拳を高々と掲げる。そんな彼等の様子に苦笑するシオン。リイムやエスナも同じ様な表情をしている。が、決して呆れている訳ではない。寧ろ、感謝に似たお思いさえ感じている。本来は余所者である自分達の事を、此処まで思ってくれている彼等に。だからこそ、彼等も騒ぎに加わっていった。近く訪れる、暫しの別れを哀しい物にしない為に・・・。


「なんだか、随分と寒いね。」
シーラがポツリと呟く。もう3月も終わりだと言うのに、空気が酷く冷たい。帰宅の途につくシオンとシーラの吐く息が、白く霞む。あの後は随分と盛り上がったのだが、それがいけなかったのか、殆どの者がそう時を挟まずに酔いつぶれてしまった。それでお開きとなったのだが、既に夜も遅いと言う事で、男性陣が女性陣を送っていく事となった。シオンが誰を送っていくかで、本人を無視したところで一悶着あったのだが、取り敢えずシーラを送ると言う事で片がついた。そして今、シーラを自宅へと送り届けている途中なのである。
「この地方でこの季節に、この寒さというのはかなり珍しいな。まぁ・・・あり得ない事じゃないから、異常と言う訳ではないが・・・」
「そうだね。でも・・・その所為かな、空が澄んでて、月明かりが綺麗ね・・・」
「・・・まぁ、それについては異論は無いな。」
彼等の言う通り、雲一つ無い深遠の闇の中、満月に程近い月と星が瞬く様は・・・半ば幻想的でさえあった。暫し無言で、その光景に見入る二人。と、シーラが僅かに震えている事に気付き、シオンは羽織ったコートを脱ぎ、それをシーラに羽織らせる。
「し、シオン君?駄目よ、シオン君が風邪引いちゃう・・・」
「大丈夫。俺は別に寒くは無いから。いや、やせ我慢とかそう言う事じゃなくて、本当に寒さを感じないんだ。」
「でも・・・ふぅ、解ったわ。ありがたく、借りるわね。」
最早何を言ってもしょうがないと悟ったか、素直に好意を受け容れる事にするシーラ。羽織ったコートの前を合わせ、その暖かさに身を委ねる。シーラとシオンでは身長差が20センチ程もあり、そのコートはかなりぶかぶかなのだが、それさえもシーラには嬉しいものに感じられた。擬似的にではあるが、シオンに抱き締められているかのように思えるからだ。その後は、ただ黙って歩き続ける。無音の世界の中、無言で歩き続ける二人。だが、其処に気まずげな空気は無い。寧ろ、穏やかささえ感じさせるのだった。


暫し歩いた後、シェフィールド家の前に付く。取り敢えずシーラが屋敷の中に入るまで見ていようと立ち止まるシオン。が、シーラが何時までも家に入ろうとしないのを見て、怪訝そうな表情をする。
「シーラ?」
シオンの呼びかけにも答えない。何かを考えているかのように、ただ黙って俯いている。何か思う所があるのかと、シオンはシーラが動くのを黙って待ち続ける。一分も経たないうちに、シーラは俯いたままで喋りだす。
「ねぇ、シオン君。私ね・・・怖いんだ・・・」
「怖い?」
「・・・この街を離れる事が。見知らぬ街へ行く事が。変よね、自分の意志で決めた事の筈なのに・・・」
寒さとは違う震えを起こす源。それは、見知らぬ異郷への不安、見知った地を離れなければならぬ事への寂寥感。それらが混ざり合い生まれた、紛う事無き恐怖と言う名の感情。皆と別れ、今またシオンとも別れると言う時になって、シーラは孤独と言う物を強く感じてしまった。それ故に、今更のように恐怖が込み上げて来たのだ。その事に思い至ったシオンは、震えるシーラの体を優しく抱き締めた。不安に震える幼子をあやすかのように。シオンの暖かさに触れ、若干だが震えが治まったかのように見える。シオンの胸に顔を埋めたまま、シーラはポツリと呟いた。
「・・・シオン君、一つだけ我侭を言っても良いかな・・・?」
「・・・俺に出来る事ならな」
「・・・私に、貴方の強さを分けて欲しいの・・・この街を離れても、恐怖に負けないように・・・」
言葉と共に、顔を上げる。その潤んだ瞳が、シーラが何を求めているのか雄弁に語っている。それが解らないほど、シオンは愚かではない。自分なんかとそんな事をしても良いのか・・・などと尋ねるほど、無粋でもない。了解の返事の変わりに、シオンはただ無言で顔を近付けていく。シーラもまた、その潤んだ瞳を閉じ、その時を待った。気の早い影が、一足先に重なる。そして、降り注ぐ月の光に照らされた街の中で、二人の唇が静かに重なった・・・。


「ん・・・」
微かに漏れた吐息と共に、二人の唇が離れる。時間にして僅か10秒程。しかし、シーラからすれば、無限にも思える時間だった。自分から望んだ事とは言え、流石に照れたか、顔を赤らめるシーラ。
「・・・それじゃ、ね・・・」
別れの言葉を残し、シオンの返事を待たずにシーラは自宅へと入っていく。玄関の扉を閉める前に振り向くと、シオンはまだシーラを見ている。そして、シーラが自分の方を見た事に気付くと、小さく手を振って答えた。その顔に浮かぶ優しい笑みを見たシーラは、ますます顔を赤くし、自らも小さくてを振った後、直ぐに家の中に入っていった。
「・・・俺も帰るか。」
シーラから返して貰ったコートを羽織り直し、自らも帰宅の途につく。歩きながら、ふと思いついたように声が漏れた。
「・・・しかし、シーラの奴・・・俺なんかとキスしてホントに勇気が出るのかねぇ・・・?ああいうのは、普通好きな人とするものだと思ったが・・・」
呆れた事に、シオンはあそこまでしても、まだシーラの想いに気付いていなかった。やはりこの朴念仁に解らせるには、しっかりと言葉にしなければならないらしい。自分だけが答えの解らない問いに首を傾げながら、ジョートショップへ帰っていくのだった・・・。


翌日の朝、シオン達は皆に見送られ、出立していった。ローレンシュタインまでは、シオン達3人も同行するらしい。その後、馬車を乗り換えて港まで行き、そこからイシュトバーンに渡る予定だそうだ。別れはあっさりとしたものだった。皆が皆、普段通りに振る舞い、別れにつきものな涙を流す者は、誰一人としていなかった。彼等は永遠に街を出る訳ではない。何時か戻ってくると解っているから、彼等は皆笑顔で送り出す事が出来たのだった。そして、皆は其々の日常へと戻って行った。其々の道を歩みだした彼等に、自らの生き方を誇る事が出来るように。そして、長旅から帰って来た彼等を、笑顔で迎える事が出来るように・・・。


『一人の青年の物語は、ここで一区切りを迎えます。しかし、終わりではありません。青年が歩き続ける限り、彼が彼であり続ける限り、青年の紡ぐ物語は、何時までも続いていくのですから。私は、この物語に一つの名前をつけたいと思います。その名は、悠久幻想曲。青年と、街で知り合った沢山の仲間達との絆が織り成す、永遠の調べ。これからも、彼等は多くの物語を紡いで行くのでしょう。願わくば、彼等の行く先に、幸多からん事を・・・。』
                        −シェリル=クリスティア・著−


Episode:41・・・Fin

〜後書き〜
どうも、刹那です。Episode:41、如何でしたか?
如何にも最終回と言った感じの終わり方ですが、後一話あります。次で終わりと言う事になりますね。
それでは、Episode:42でお会いしましょう。
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