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海南大 物の怪奇談 第壱話:BOYS MEETS GIRL
心伝


夏−
太陽がいやという程、自己主張をする季節。
空が濃い海の色に白い雲を浮かべていた。
ここの所、先月の雨続きの日が嘘のように晴れている。
ここ地方都市にある大学−海南大学にも夏は来た。

大学のキャンバスを歩く学生達は友人達と喋りながらも、服を団扇代わりに扇ぎ、
教授達は背広を緩めては、ハンカチ汗を必死に拭いていた。
蝉の泣き声が一層やかましく、暑さを演出している。
多くの学生達はせめてもの涼を取るために、学生食堂へと足早に向かうのである。



「くそっ、あっついなー!」
食堂のハイテーブルに座っている、眼鏡をかけた青年がうっとおしそうに額をぬぐう。
余りの大声からか、回りの人間が驚いたような顔でその青年を見ている。
よく見ると、その青年の体格は人よりもやや太っていたから
より、暑く感じるのかも当然のように思えた。眼鏡を乱暴に外すと青年は大声を出す。
「ホンマに、クーラー効いとんのか!?どっか、壊れてんのちゃうやろかな?」
すると、今まで黙っていた、横に座っている長身の青年が微笑した。
対照的にこちらは細身である。
「そんな事ないよ。勝也がさっき走ってきたからじゃないかな?」
眼鏡の青年−勝也はやや呆れた顔をするとため息をついた。
「そりゃ、分かっとるけどなぁ…ホンマ暑いでこれは」
勝也は、眼鏡を拭き終えると改めて掛け直した。
青年の顔がはっきりと見える。
その顔立ちは良く見ると、女−に見えないことも無い。最も、その長身と彼の男物のオレンジのサマーベストがあるから
何とか、男に見えた。それがなければ間違いなく、大学で2、3人に声をかけられていただろう。
「健ちゃん。何で、キミ汗かいてないんや…キミもさっきまで外、出とったやろ?」
「何でかな…?」

「中岡の場合、お前より脂肪が少ないからじゃないのか?」
かき氷を載せたトレイを持ってきた、刈り上げの青年が意地悪い笑みを浮かべて、
勝也の隣に座る。
「勝也、その太鼓そっくりな腹、どーにかしろよな」
やや軽薄そうな笑みを浮かべながら刈り上げの青年は勝也の腹を軽く叩いた。
「大きなお世話や、恭司」
「何の話をしているんだい?」
恭司の後ろから茶髪の青年が興味深そうに聞いてきた。背は4人の中で一番低いが、美男子、と言っても過言では無い。
恭司は口の端で笑うと、勝也の脇腹を掴み、
「コレの話」
「おい、恭司、えーかげんにせい!」
苦笑を浮かべると片手を上げて恭司は辺りを見回した。
「あれ…?和人、神薙は?」
茶髪の青年は苦笑を浮かべると、一方を指差した。
「まだ、あそこにいるよ」

「くっそー!どれにすっかな…」
神薙護は迷っていた。己の両手には今、昼食の味の一部がかかっている。
そして、それは自分の『満足』にも関わってくる。
目の前の冷陳台に並んでいるジュースのパックを取っては戻している。
現在、彼の財布の中身は、
「150円…一個しか買えねえ…」
先ほど、無け無しの金で『夏限定!サマーランチ』というのに惹かれ
それを買ってしまったせいだろう。
「くそー…こっちのジュースは味はいいけど量がすくねえし、あっちのはそこそこだが
量はたっぷりあるんだがなぁ…」
護は目をつぶり、考える。
そして−目を開く。
その目は決意に満ちた目であった。
「よぉぉぉぉぉっし!!」
「はよせい、ボケェ!!」


護が左手を突き出そうとした時、後ろから衝撃が来た。
「つつつ…な、なんだ、勝也!人が今日の昼食の命運をかけ−いてぇっ!どっから、
その『突っ込み用ハリセン』持ってきた!?」
「やーかーまーし!!オラ、お前のせいで健ちゃんや和人や恭司が待っとんや。
とっととついてこんかい!!」
勝也はジュースの一個を強引に護のトレイにのせてレジに引っ張った。
「ああっ!こらっ!勝手に決めるんじゃねえっ!!」


「ったく強引なんだよ、お前は」
サマーランチのデザートであるかき氷を食べながら、勝也に文句を言っていた。
「せっかく無け無しの金でいいもの食おうとしたのに…」
勝也は鼻で笑うと、
「オマエがあのまんまやったら俺らがメシ食えんわい」
「馬鹿野郎、健太郎は待ってただろうが」
「健ちゃんは人が良すぎるんや」
「でも…」
健太郎が心配そうな目で護を見る。
「そんなにお金無いの、護?」
護は苦虫を潰したような顔をすると、
「ああ、この前コイツに『儲かるから』って言われてパチンコ行ったんだけど…」
勝也に指を指しながら、声が荒くなってくる。
「大損したんだよ!何が『2倍、3倍は当たり前』だ!」
「オマエがヘタなだけ。オレやったら軽く3倍にはしとるな」
「何ぃ!」
「でも、それ以前に…」
和人が顎に手をあてて呟く。

「僕ら、まだパチンコしてはいけないんじゃなかったかな?」

「…」
「…和人、それキツイわ」
勝也は苦笑すると、自分が注文した冷やしつけ麺を食べはじめた。
「ま、カズさん。それは内緒って事で…。」
護も苦笑するとかき氷を食べるのを再開した。

「あいかわらず、『みぞれ』が好きだな、神薙」
恭司が、同じかき氷を食べながら言った。
一方、恭司のかき氷は白では無く真っ赤な色に染まっている。
「いいじゃん、うまいんだし。恭司こそイチゴばっか食ってねえか?」
「まぁね。俺、ここのは好きなんだよ」
恭司はイチゴの氷を混ぜると口に入れた。
「うん、うまいっ!」
最高の笑みを浮かべると恭司はさらにかき氷をむさぼるように食べる。
「恭司、あんまり食べるとお腹を壊すよ」
和人は何かどろりとした、透明な液体をパフェにかけると食べはじめる。
「うまい…」
静かにうなづく。
「あー…カズさん?」
「何だい、神薙君?」
護はさっきかけたものを指差す。
「それ、何?」
「あ、これ?」
和人は容器を護に見せる。そして、笑顔。
「シロップ」
思わず氷を噴き出す。
「あ、あのなぁ!プリンパフェにシロップかける奴がどこにいる!?」
「ここにいるよ」
「…んだけどよ」
冷静に自分を指差すと、護は肩を落とし、勝也が笑う。
「まぁ、そやけどこの海南大の中でパフェの甘みが足りんのでシロップかけるのは
オマエ、藤原和人ぐらいしかおらんで」
「仕方ないさ。もう少し甘ければ僕も喜んで食べるんだけどね…」
和人は苦笑すると中のプリンを崩して食べはじめる。
ただでさえ甘いのに…和人の味覚を考えると護は舌を出して吐くふりをした。

「しかし、ま、そろそろテストだなー」
恭司はかき氷を食べおわると片肘に顎を乗せるとつぶやいた。
「俺はレポートもあるんだよな。ったく何が悲しくてあの教授、レポート10枚も
書かせやがるんだ…」
護はため息をつくとスプーンをなごり惜しそうにくわえる。
さすがに、夏休み前となると夏休み前のレポートや前期のみの講義のテストが始まろうとしている。この5人もそろぞれ学部は違えども課題を持っている。
「僕、もう書いたよ」
「何ぃ!」
健太郎がのほほんとした顔で言う。
「だって、護がこの前教えてくれたじゃない」
「俺、まだ手も付けてないのに…」
ため息をつくと、健太郎が慰めの響きを含めて言った。
「だって、僕は演劇部の夏公演があるからだよ。そうじゃないと護みたいに締め切り
寸前に出してるよ」
「そう言うても護はいっつも遅いけどな」
「うるさい!」
護が机を叩く。

それと同時に後ろから一人の女性が声をかけてきた。背は女性にしてはやや高く、つやのある黒髪を伸ばしていた。目は子供のように無邪気さを出している。
五人の共通の先輩−松本桜だ。
「よっ、いつもの五人がまた何話してんの?」
「あ、松本先輩」
「どうも」
それぞれが挨拶する。桜も笑顔で答える。
「しっかし、あんた達いっつも男ばっかねー。たまには女の子とかと話さないの?」
「オレはいつでもOKなんですけど、相手がきませんのや」
「壬生クンの場合はキャラが濃いからね。女の子が近づきにくいんじゃないの」
と、微笑する。
よく見ると、一人、桜を無視して御飯を食べ続けているのがいた。
桜はゆっくりと、その男の後ろに立つ。
そして、満面の笑みを浮かべるとおもいっきり耳を引っ張った。
「い、痛てっ!ね、姉ちゃんっ、やめろっ!!」
「こぉら、まもちゃん。あんた部活の先輩に向かってその態度はないでしょ」
さらにこめかみに拳をあててぐりぐりと当てる。
「それに、『ねーちゃん』とは失礼な。私は放送部部長であんたは一部員でしょ。
それぐらいの礼儀は守らないとねー。せめて、『部長』と呼びなさい」
「い、いいじゃねえかっ!従姉弟なんだし」
「だーめ。うりうりうりうりー」
「ぐあぁぁっ!!」


桜は海南大学放送部の部長である。この五人は高校時代に意気投合して仲良くなっていった。その中で桜は同じ高校の先輩として、高校時代から護達五人を時には姉代りとして五人を暖かく、もしくは遊び半分で見守ってきた。
特に護と桜は従姉弟として実の姉弟以上の付き合いがあった。
−子供の頃からのまもちゃんとはそりゃぁ、すんごく仲良かったよ。
と、笑顔で桜は言っている。
しかし、ほとんど悪戯好きの姉に振り回されている護はこの従姉弟との縁を
早く切りたいらしい。
−ねーちゃんと一緒に一日すごしたら俺の寿命が10年縮む。
とは高校時代、健太郎に護が言った言葉である。
小学生の頃に祖父の神社の御池に投げ込まれたとか
中学生の頃に『遊び』と称し実家の山奥に放り出され夜中に死に掛けながら帰ったとか、
『新作料理のお試し』と称し人体実験されたとか、
高校受験の時に昼夜問わず桜の学園祭の企画に手伝わされた等−。
エピソードは他にも多々とあるらしい。
しかし、健太郎達四人はいつもの護が扱われるのを見ると『愛情の裏返し』としか見えないのである。

「ったく、その女の子に対しての無愛想ぶり、どーにかなんないの?それだから
『彼女いない歴19年』なのよ、まもちゃんは」
「その『まもちゃん』って言い方やめい!」
手を乱暴に払うと護は桜を睨み付ける。だが、当の桜は不敵な笑みを浮かべると、
「ふーん、そんな事するんだぁ…おねーさんにむかって」
「な、何だよ…」
護から見るとさらに邪悪な、
−回りの人から見ると茶目っ気のある笑みを浮かべると桜は人差し指をたてた。
「あんたの秘密って一杯あんのよねぇ
…あ、そーそー。まだ、4人に教えてない事ってあるから教えてあげよっか?」
途端、護の顔が蒼白になる。
「ね、ねーちゃん!って、おいコラ勝也!密かにメモの準備するな!」
「ちっ、今回の新聞部ゴシップネタはこれにしようかと思ったんやけどな」
「それで、松本さん。神薙君の秘密とは?」
「カァーズさぁん、密かに聞き耳立てて何しようとしてるのかなぁ?」
「ま、まぁ…神薙君。指鳴らすのはやめてくれないか?」

何とか、護は『自分の秘密』を守ると桜を隣に座らせた。
「んー、もう少しでまもちゃんの信用ガタ落ちだったのになー」
と、桜は名残おしそうにつぶやくのを睨んで護は制した。
「まそれはともかく、松本先輩、何か用事でもあるんですか?」
健太郎が聞くと、桜は思い出したように手を打った。
「あ、そーそー!そういえばまもちゃんと健太郎クンに用事があったのよ」
「用事って…?」

改めて桜は5人を一通り見ると、微笑した。
「新入部員がはいってくるのよ」
「はぁ?この時期にか?」
護が意外だといった顔をする。
大学のサークルは確かにいつ入部しても構わないが、だいたいは春の入学時期に入部してくるのはほとんどで他の時に入って来る人はほとんどいない。もしいたとしてもその
サークルに友達がいて薦められるといった感じである。
しかし、今回の子は一人できたらしい。

「珍しいな。放送関係目指して入ってくる奴なら、すぐに入るだろうしな」
「そーなのよね。ま、一回生だから余裕はあるでしょうね」
と、桜は一旦言葉を切る。横を見ると勝也が嬉しそうな目をして笑っていた。
「で、松本先輩」
「ん?」
「男ですか、それとも…女の子ですか?」
桜は苦笑を浮かべ
「女の子。しかも、かなりカ・ワ・イ・イ」
言った途端、勝也が飛び上らんばかりに両手を振り上げる。
「おっしゃー!!護!健ちゃん!ぜってーに紹介せーよ!!」
途端、勝也の頭に拳が振り下ろされた。
「ったー!!護、何でオマエにどつかれにゃいかんのや!?」
護は右手を振ると勝也を睨む。
「おめーはまた…女の事になったら暴走すんじゃねぇっ!」
「何をぬかす!出会いがあったら声をかける。これ真理やっ!」
「んな真理あるか!」
「おいおい、ここで暴れるなよ。で、松本先輩。この二人に用事ってのは?」
うまく間に恭司が入り桜に話をうながす。
「ん?いやね、今その子がウチの部室に来てるから一応先輩に挨拶させとこうかなーと」
「あん?部室にいるのか?」
時計を見る。針が12時を少し過ぎた所である。
「おいおい、もう次の講義始まるぞ。さっさと行かないと、そいつ
次に講義あったらどうするんだよ」
護はイスから降りると皆を急かした。
「そいじゃ、オレも…」
「ちょっと待った」
和人が勝也の腕をつかむ。
「和人…後生やっ!」
「あのね、勝ちゃん。この前単位がやばいとか言ってただろ?今回は諦めて僕と一緒に講義でてもらうよ」
「そんなん言うてもなー。あんな暇な授業、天才のオレにかかれば…」
「もうノート貸さないよ」
「…ちっ」
和人はやや勝也をひきずるようにして言った。
「それじゃ、僕らはこの辺で。また夕方にでも、うちの喫茶店においでよ」
「護!健ちゃん!ぜってぇ紹介せーよぉ!」
と、半ば容疑者を連行するような形で二人は出ていった。

「さてと…恭司はどうする?」
「俺?見たいのはやまやまなんだけど…部活の方で集合かかってるんだよ」
恭司は苦笑いを浮かべながら言った。恭司は趣味でしていた三味線にがやりたくて桜の薦めの放送部を断り小さいながらも和楽同好会に入り演奏会を行っている。
しかし、司会を放送部から頼む事もあるので放送部との縁は深い。
現に桜が一度恭司がいた時に司会を務めた事もある。
「ま、俺も喫茶店で聞かせてもらうよ。そいじゃな!」
恭司はバックを肩にかけると軽く手をあげて行った。


残った三人は部室に行きながら無駄話をしていた。
桜が先頭で嬉しそうな顔をしながら話している。
「それでさーウチのダンナがね。寝ぼけてたせいか机にパチキいれてたのよ」
「そ、それは…痛かったでしょうね」
健太郎が苦笑しながら相づちをいれる。
「いやね、それが『夢でオマエにキスしようと思って』とか言うのよ!だからと言って自分の愛妻と机を間違える!?」
桜は言葉とは裏腹に笑顔で健太郎の相づちに答えた。
「ま、まぁ…」
「なぁ、姉ちゃんよ」
護が間に入る。
「ん?どーしたの?」
「俺達未だにねーちゃんの『ダンナさん』見た事無いんだけど…」
「そうですね、護と先輩のお爺さん達は知っているらしいですけど、一体誰なんです?」
桜は口に微笑を含めてゆっくりと、言った。
「ヒ・ミ・ツ」
護は大きなため息をつく。
実は、桜は既に既婚者だったりする。いつの間にといった感じだったが、
護が大学初めての冬、クリスマスに桜から電話があった。
「私、結婚したから」
と、言って次の年の正月、新婚旅行と称して実家にも帰らなかった。
桜の家に行っても『今、ダンナいないのよ』といって会った事が無い。
だから、未だ護は今のところ大学の教授の誰かだという事しか分かっていないし、
顔さえも見た事ないのである。
「これで、5回目だぜ…この大学にいるってのは聞いたがよ。」
「ま、出し惜しみって奴ね。いずれ紹介するわよ」
と、言っているうちに部室の前へとついた。
「さてと、いるかな…?」
桜はゆっくりとドアを開ける。と、
「お!いたいた!ゴメンねー。待たせちゃって」
「いえ、そんなに待ってませんから…」
涼やかな声が中から聞こえてきた。

護と健太郎は部室の中に入る。中には桜ともう一人−女の子が立っていた。
「あ、こんにちわ」
小さくおじぎをすると長い髪の毛が揺れた。
そして、瞳が合った。
「…」
「あ、紹介するね。この子が新しく入る水原 奈々美ちゃん。」
「始めまして!水原と言います。あの…」
「あ、こっちは一応水原さんの先輩になる神薙 護と中岡 健太郎。」
「よろしく、水原さん」
健太郎が微笑すると軽くおじぎをした。
「…護?」
「…」
横にいる護はじっと奈々美を見ている。
「おい、護」
「…」
「護っ!」
夢から覚めたように護はかぶりを振った。
「あ、わり…。水原…だったか?ま、よろしくな」
「はい、よろしくお二人ともよろしくお願いします!」

深々と礼をして−また、瞳が合った。
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