中央改札 交響曲 感想 説明

海南大 物の怪奇談 第弐話:Talk of Devil and he‘ll appear
心伝


護は呆然としていた。
目の前の少女−奈々美は微笑を浮かべている。

−どこかで見た。
−笑顔
−?
−笑顔なんてよく分かるな、俺。

「…」
「…?どうしました、先輩?」
「え?」
護は慌てて首を振ると奈々美を見た。
爽やかな笑顔を浮かべて、護を見ている。
−白昼夢でも見たか?
そんな気がしたので、顔を振ると苦笑を見せる。
「あ、わり…ちょっとボーっとしてた」
「まーもちゃぁん?」
横から桜が笑みを浮かべて顔を覗き見る。
「あんた、さっきからずーっと奈々美ちゃんの顔見てるけど、どうしたのよ?」
「あん?俺、そんなに見てたか?」
「うんうん」
「そっかぁ?…って、ね…じゃねえ、部長。何だよ、その顔は」
「いやぁ、まさかね」
桜は含み笑いをしながら護に近づき、耳元で小さく呟いた。
「惚れた?」
護の顔が急激に赤くなる。桜を払うようにして護は叫ぶ。
「違うっ!」
桜は目を細めながら
「あらぁ、そんな事なってるって事は…案外図星?」
「だーかーらー!違うって言ってるだろーがっ!!」
護は腕を振り上げて桜に怒るが、桜は笑顔を浮かべたままである。

「何が違うんですか?」
急に横から奈々美が聞いてきた。その顔は一体何があったのか分かってないようである。
「い、いや。なんもねぇ」
護が作り笑いをすると桜は奈々美に指を一本立てると、
「あー、この神薙君はね」
「わーっ!わーっ!」
慌てて桜の口を塞いで押さえつける。「むー、むー」と何か言っている桜を無視して
護は相変わらず不思議そうな顔をしている、奈々美に向かって笑みを浮かべた。
「あーいやー、うん。なんでもねーんだ」
「はぁ…」
なんとなく納得していたようなので、護は桜の手を離した。
桜が膨れっ面で睨んでいるが、それを無視して護は
「ところで、水原…だったけな?お前、授業無いのか」
「え?」
奈々美は時計に目をやると、顔色を変えた。
「ああー!3時間目があるんでしたー!」
奈々美は慌てて椅子の横においてある鞄を取ろうとして、バランスを崩した。
「わっとっとっと…」
右手でマイクスタンドを掴む。
「わっ!」
左手でMDケースを掴み、
「わわわわわっ!」
ついでとばかりに、回りの機材を道連れにして
「わわわわわわわああっ〜!」
派手な音を立てて奈々美は転んだ。

「…やりやがった。コイツ」
護は片手で顔を覆って呟いた。目前にはマイクやら機材の下に埋まっている奈々美が
目を回している。
「…だ、大丈夫?」
健太郎がマイクやスタンドをどけながら声をかける。
「つーか、何で『何も無いのに転ぶ』んだ?」
「わ、私、おっちょこちょいなので…」
「…天然か、お前」
ため息をつくと、護は健太郎と共に機材を片づけはじめた。
「あ、私も−」
「いい」
奈々美が言い終える前に、護はぶっきらぼうに手を振って断った。
「次、講義あるんだろ?片づけておくから、とっとと行けよ」
顔を見ずに護は言った。
「あ…はい」
奈々美は少し落ち込んだ様子で答える。
桜は苦笑を浮かべると、奈々美の肩を軽くたたいた。
「ゴメンね。うちのイトコ不器用モンだから、あんな言い方だけどそんなに怒ってないからね」
「そうなんです…か?」
「そーなのよ。情けない弟分なんだけど…女の子にはぶっきらぼう過ぎるから、
誤解受けまくりなのよ。ね、まーもちゃん?」
「知らん」
低い、感情を押さえた声で護が答える。
桜は苦笑を浮かべて奈々美を見た。奈々美もなんとなくおかしいのか、
笑みを浮かべている。
「あれでも、結構後輩思いだから。何か、あったらアイツ頼っていいからね」
「あ、はいっ」
小さく、しかし強く奈々美はうなづいた。
よし、と言うと桜は奈々美に一枚の紙を渡した。
「これ、入部届けだから後で書いといてね。さ、講義遅れるわよ」
「はいっ!」
奈々美は鞄に入部届けを入れて走り出そうとして−止まった。
「…って、部活どこでするんですか!?」
駆け足を踏みながら奈々美が聞くと桜は指差して
「あっちの3号館の2階、323。いったん、そっちに来てね」
「はい、それじゃっ、失礼しまーす!!」
奈々美は頭を下げながら走り去った。


「また…騒がしいっていうか」
「元気な子だね」
機材を片づけ終わった護と健太郎がそれぞれの感想を言う。
「ま、そうなんだけど。アンタ達の後輩になるのよ。しっかり面倒見てやってね」
「とはいってもよ、あいつどこに所属するつもりだ?」
桜は顎に手をあてて考える。
「うーん…技術課には似合いそうにないわねぇ…入っている女の子には悪いけど、あの子が機材、いじれるように見える?」
護はしばし、奈々美が技術課に入った事を想像してみた。
さっきの機材を倒しまくった事が浮かぶ。
「あいつなら機材壊しそうだな。さっきの見たら…」
「それは、言い過ぎだよ。護」
健太郎はたしなめると少し考えて言った。
「アナウンス課でしょうね」
「そう?」
「はい、まず顔もいいし、それなりに声もはっきりしてますし」
「何か、以外と目立ちたがりって感じだしな」
護の相づちにうなづくと、さらに続ける。
「それにあの子…なんか、猫っぽくありません?」

「はぁ!?」
「猫…ねぇ」
桜は苦笑し、奈々美がいなくなったドアの方を見た。
ドアが先ほどの奈々美が閉めずにいったせいか、開きっぱなしになっている。
護は健太郎をまじまじと見ると、
「オマエ…どっから、あの子を見たら猫に見えるんだよ?」
「いや、あのいつも忙しそうなところとか」
「は?」
「何か…気まぐれっていうか、どこでもかしこでも行きそうな所が猫っぽいかな…と」
「そっかぁ?俺にはそう見えないなぁ」
頭をかきつつ護は考える仕種をした。
「まぁまぁ、ともかく今日の初令で言うから、何か奈々美ちゃんへの、質問考えておいてね」
桜は荷物を片づけると、ドアの前に立った。
「そいじゃ、お姉さんはちょいと旦那の研究室行ってきまーす。戸締まりよろしくね」
「あ、お疲れ様でした」
「そいじゃな、姉ちゃん」
と、桜は足を止め、方向転換すると護の前に来た。
「な、何だ?」
「まぁもちゃん」
桜は満面の笑顔を浮かべるとこめかみに拳を当てた。
「いっ、いてっいていていていていていてぇっ!!」
「『ぶ・ちょ・う』でしょ?ったく、気をつけなさいよー」
所変わって、海南大4号館。最も大人数が入る事のできる講義室がある所で有名だ。
護達にとっては入学式の後のガイダンス等でここで教授の指導を受けていた…と、
いったあんまりいい思い出がない。
ちなみに、ここを使う教授は『人気が高い』教授が多いらしい。
何故かと言うと勝也曰く
「近ごろの生徒もマトモに聞く奴おらんから、『聞かせる事の出来る』教授やないと
つらいんちゃうか?」
との事。最も、ここは多くの講義が重なるために本当にいい教授に当たるのは少ない
らしい。
そして、今、その教授の前で勝也と和人は講義を聞いていた。
「…ふむ」
一人呟くと和人はノートにシャーペンを走らせる。そこには男性にしては珍しく、繊細な文字で覆いつくされていた。和人はこの講義−というよりも教授の講義が好きでこれだけは欠かさずに来ている。この教授は昔気質な人で特に厳しいので有名だが一部の
『真面目』な学生には人気があった。和人も講義をたまたま受けたが、何かしらの興味を持ち熱心に受けている。元々真面目に講義には出ている性質なのだが、特にこれだけは講義に関する本を買ったり、教授の研究室におしかけたて質問したりと熱心さを見せていた。
「あー…どないしょっか」
横の勝也はページをけたたましくめくりながら眉間に皺を寄せて考えていた。
横目で和人はその紙を見る。
確かに、講義の本は開かれているがまったく動いていない。適当な所で止まっている。
動いているのはその下、多くの紙の用紙だった。
そこには『学食リーズナブルグルメVol4』や『夏本番!近場の縁日デートスポット』と銘打たれた紙が乱雑に置かれていた。
勝也は小さく呟きながらも紙に書いては消しゴムで消している。教授からは、二人が遠いので熱心に勉強しているように見えるだろう。もしばれたなら、即刻退場ものである。
「かっちゃん…」
和人は小さい声で勝也を指で突ついた。
勝也は気づくと、渋い顔をして呟く。
「何や…?」
勝也が同じく小さい言葉で返してくる。
「それ、今回の学内新聞の記事かい?」
「そうや。やから、ちとほっといてくれ。今は集中したいんや」
勝也は新聞部に所属している記者の一人である。学内や周辺の事を記事に上げるというどこにでもあるようなモノだったのだが、勝也が入ってからやたらと、忙しくなった。
一回生の頃は大人しく言われた記事を書いていたのだが、二回生になった途端
「おもろないっ!」
の一言で記事の方針を強引に変えてしまった。今までの単なるお知らせから、本人のバイタリティーとそのアイディアを豊富に使い、より詳しく学生が興味を持つようなものを取り上げ、面白味が増えたため新聞部は活性化したように見えた。しかし、勝也がどっからか教授のゴシップやらスキャンダルのネタを取ってきては掲載しようとするので部長の大熊は頭痛で悩まされているとの事らしい。

「えーと…あれでもないし…あーもう…なんであの部長、締め切りこんなにはよぅ
したんやぁっ!」
「今回、何の記事なの?」
視線を教授に向けたまま和人は勝也に聞く。勝也も視線を下にしたまま、話した。
「『学食リーズナブルグルメ』の次と『夏のデートスポット』んでもって…」
鉛筆を走らせながら、一呼吸置いて話す。
「夏にありきたり、怪談や」
「ふうん…」
勝也は頭を掻き毟ると独り言のように言い出した。
「今時って感じもするんやけど、ここらへん元、お寺さんとかやったりするらしいからな。ネタにはかかさへんのやけど…あーもうっ!締め切りが早いっ!!あのボケ、マジにネタにしたろか!」
「おいおい、かっちゃん。そんなに声上げると…」
和人の声が急に止まった。
「な…」
自分の視覚を疑う。しかし、事実だ。窓の外には体育館がある。その赤い屋根は球型になっており、下では今ごろスポーツ関係の講義が行われている事だろう。無論、普通の人が登れるような所では無い。しかし、その屋根には−
「おーい…」
勝也が横から突っつく。
「え?」
和人は我に帰ると勝也を見た。怪訝そうな顔を浮かべて勝也は小さな声で言う。
「さっきから、窓みて何かあったんか?」
「い、いや…」
先ほどの事を思い出す。本当のようだが…一瞬でしか見ていない。
−多分、疲れているんだろう。
そう自分に言い聞かせ和人は微笑を浮かべた。
「ゴメン。ちょっと、疲れてるみたいんなんだ」
勝也は怪訝な顔を浮かべると、やがて笑みを浮かべた。
「ははぁ…ついに和人にも『コレ』が出来たかぁ?」
小指を目の前に突き出す。苦笑を浮かべながら、和人は指を離す。
「違うよ。綾にも出来ていないのに、僕が出来るわけないだろ?」
「まーた、綾ちゃんかい…このシスコン」
「悪かったね」
軽く勝也をこづくと前から咳払いが聞こえてきた。教授がこちらを睨んでいる。
「あ…かっちゃん。話、後でね」
「ちっ…しゃーないな」
勝也は舌打ち一つすると下を向いて記事を書き始めた。和人は教授に軽く目礼をする。
やがて、講義は再開した。

(まさか…ね)
和人は心中呟く。先ほどのがどうしても気になるが…もはや、調べようがない。
もう一度窓の外の体育館を見てみる。ややペンキが薄くなっている赤い屋根には何もなく、ただ白い雲が流れていた。
(錯覚…かな?)






放課後、全ての講義が終わった護は一人、放送部の集合場所へと向かっていた。本来、文化系のサークルは大体部室でするのだが放送部等、人数が多い所は別の教室を借りて部活を行う。護と桜はアナウンス課、健太郎はディレクター課に所属している。後もう一つ技術課を合わせて構成されておりそれぞれの腕を磨く−と、いうより遊んで楽しむというのを元に活動をしている。OBにも放送局等に入った人もいるらしく、以外と伝統があるらしい。
「っつー…ちと、居眠りしすぎたか」
首を押さえながら護は階段を登っていると、後ろから自分を呼ぶ声に気づいた。
「…おう、今泉か」
「どうも、お疲れ様です!」
やや細身の少年−今泉孝志が挨拶をする。細身とは裏腹に目は子供のように丸く、愛敬があった。何故か護になつき、よく話をするようになった。護が格闘ゲームやアニメ等をよく見ているので、それで共通の話題ができているのかもしれない。
「どうしたんですか、先輩?何か疲れた顔していますけど…」
「ん?まぁ、いろいろあるんだよ。お前と違ってな」
護は苦笑を浮かべる。
「あ、それ、ひどいですよ!俺だって昨日、とんでもない目に合ってるんですからね!」
「何だよ、それ?」
護は怪訝そうな顔をして今泉を見ると、今泉は少しうつむいて、顔を上げた。
「先輩は幽霊って信じますか?」
「幽霊…ね」
苦笑を浮かべる。護は少し考えると今泉を見た。どうやら、本気で言ってるらしい。
「まぁ、この世にゃ不思議な事が一つや二つはあるからな。幽霊がいろんな意味でいる…かもしれねえな」
「そうですか…見ました」
「は?」
急に手を握ると
「見たんですよ!幽霊を!!」
「誰が?」
「俺が!」
「どこで?」
ある方向を指差す。そこは運動場だ。
「…」
護はしばし考え込むと、今泉の額に手を当てた。
「熱は…無いか?」
「ありませんっ!」
乱暴に手を払うと今泉は口をとんがらせた。
「昨日ですね。沙耶ちゃんと帰ってたんですけど…」
沙耶とは今泉の彼女の石田沙耶の事だ。今泉が放送部に入ってわずか10日で作ったという彼女である。初めは高校からの付き合いかと部員全員が思っていたが、実は会ったばかりと言うことを聞き放送部の伝説に残る程のものと言われている。
一度、護がどこが気に入ったのか聞くと、どこか、遠い目をして
「赤い糸って奴ですかね…」
と、夢見ごごちで呟いたため、護が突っ込みの右フックを入れたのは言うまでも無い。ちなみにこの石田は新聞部の学外担当であり勝也の後輩である。

「で、石田と帰ってて、どうかしたのか?」
「ちょうど、19:00ごろだったかな…?二人で運動場を横切って、自転車置き場に向かってたんですけど」
運動場の方を指差して横線を描くように指を動かす。
「あそこ辺り…今、ラグビー部が練習している辺りで人影が見えたんです」
「で?」
「その日は運動場どこも使ってなくて、何しているのかなって、二人で見てたら…
そうしたら…急にフッと消えたんですよ!」
今泉の顔が恐怖に引きつる。
「それで、二人して腰ぬかしてた…って先輩!何ですか、その顔は!?」
護は額を押さえると呟く。
「あのなぁ…今泉、いくらなんでも見間違いじゃないのか?」
「そんな事ないです!沙耶ちゃんだって見たんですから!!」
「お前、時々どこか『アレな』発言多いからなぁ…夏だから頭やられたか?」
「だから、本当ですって!」
珍しく、むきになる今泉を見て護は再び考するえる仕種をする。
「幽霊ね…お前、何でそれを『幽霊』と思ったんだよ?」
「はい。何か青い光とか見えてましたし…」
「青い光!?」
今泉は両手で球体のようなものを持つような仕種をして、
「こう…もう少し大きかったかな?バレーボールぐらいの大きい火の玉みたいな浮いてたんです。その人を囲むみたいに、それで、鬼火かなって思ったんです」
護は運動場の方に目をやると、ふむと呟く。
「でもなぁ、夏だからって言ってお化けがそう出るものなのかよ…」
「俺も初めは驚きましたよ。でも、一回先輩の知り合い−中条さんでしたっけ?
霊感とか強いそうですから、聞いてもらおうかと…」
「恭司に?ま、考えといてやるよ。それより、部活始まるぜ」
護と今泉は、話しながら階段を上がる。放送部が集まる323教室へと向かっていった。
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