中央改札 交響曲 感想 説明

真・闇の逸品食べます
たかやま[HP]


それはある日の午後に起こった。

「なんで、こんな仕事を」
あなたはため息を吐かずにはいられなかった。
周囲を見回すと綺麗に着飾った人々がグラスを片手に談笑している。
もちろん、あなたも正装している。
もっとも、周囲の男性が着ている燕尾服や礼装でなく、
騎士時代に着ていた式典軍装に似せてあるスーツだが。
「そろそろ準備するか」
遠くに見える時計台を見てあなたは移動した。

騎士を辞めて、と言うよりも国自体が消滅して、
軍装をする必要性が消滅したあなたがここで似たような服を着ているのは、
もちろん仕事のためである。
来る十月十三日にオープンする旧ブランフィールド男爵邸の宣伝イベントのため。
旧王政時代の建築特徴を色濃く残すこの建物は、
王政から解放された後もある資産家の持ち物になっていた。
その後、エンフィールドを訪れた著名な建築家レフトが
「グラシオコロシアム、旧王立図書館、リベティス劇場と並ぶ貴重な建物。
 ましてや当時のままの家具や庭が整っているのは非常に貴重だ」
と述べたのがお役所のお偉いさんに届き、
さらに資産家の財政事情の悪化、最近の市民による旧王政時代建築物の保存運動、
ショート家の色々な謝罪を込めた街への多額の寄付金が
後押しをした結果、男爵邸は観光名所として解放されることになった。

あなたには、男爵邸の庭に半世紀前に没した名庭師ランダーの特徴を見て取れた。
元々の土地の起伏を活かした造営、二等辺三角形の形を使うことによって
実際よりも大きく錯覚させる池、要所に平地を配してテーブルを置けるようにした気遣い、
塀を隠すように植えられている背の高いグラルマツリーなどがその一例だ。

今日は、ここで模擬ガーデンウェディングパーティーを開き、
この建物の多用な利用の仕方を宣伝しようと言うわけだ。
エンフィールドの上流階級には、旧王政時代の華やかさに憧れる風潮があるので
宣伝効果は十二分に期待できるとあなたは思った。

問題は、ウェディングと付くだけあって、新郎新婦の役であった。
プロのモデルを使う案もあったが、世間から浮いたように思えるのでボツ。
そこで市民から選ぶ案が出された。
さらにどうせなら旧王政時代の華やかさを感じさせる服装が良いという案が出て、
それならつい最近まで騎士をしていた人間が良いだろうと結論になった。
それがどういう流れで伝わったか知らないが、
ジョートショップの居候は元上級騎士だとの情報が運営委員会の耳に入り、
依頼となってあなたの元に訪れた。

あなたとしては、騎士であったことがばれたのは構わないが、
新郎役だけは避けたかった。
なにせ本当に新婦になって欲しい人間がエンフィールドを離れているのである。
いろいろな交渉の結果、妥協案が出された。
それが・・・

コンコン

「アレフ入るぞ」
あなたは扉を開けた。
「どうだ?」
アレフがあなたに訊ねてきた。
白い第一種礼装は、アレフの長身をさらにスマートに見せていた。
左の胸に正騎士勲章、第二等戦功勲章、精霊騎兵勲章、銀縁人命救助勲章が飾られ、
左の腰には、宝飾品の多い礼装用の短剣が下げられている。
どれもあなたの持ち物で、もちろん本物だ。

勲章はそれぞれ正規の騎士である証明、戦場等で多大な功績を挙げた証明、
精霊魔法を使える騎乗する騎士の証明、人命を救助した功績の証明である。
二等や銀縁は勲章の等級を示しており、最初の三つは大陸国家共通で、
その人の身分と功績を一目で判断できるように大陸条約で規定された。
最後の人命救助勲章は、幅広い布教範囲を誇る大地の女神マーファス教が、
特に功績のあった生き物(人に限らない)に授与している。
つまり、あなたの身元がばれない物ばかりと言える。
短剣は、連隊か独立大隊指揮官が国王から下賜される恩賜の短剣だ。
もっとも、短剣の柄にあったエルバニア王家の紋章入りの飾り石は外し、
代わりにアレフの誕生石であるトルア石をはめ込んである。

「なんか本物の騎士になったみたいだ」
とのアレフの台詞にあなたは
(当たり前だろ、服装を除いて本物の騎士の持ち物で固めてあるのだから)
と思わずにはいられなかった。
もっとも、あなたがこれらを身に付けて正装する機会はなかったのだが。

「そろそろ時間だろ?準備は良いよな」
あなたはアレフの勲章の角度を調整しながら訊ねた。
「ああ、何時でも大丈夫だ」
「よし、行こう」
あなたはアレフに飾り羽根を着けたベレー帽を被せ扉を開けた。

「それでは新郎のアレフ・コールソン入場です」
会場に司会の声が響きリビングの扉が開いた。
アレフがオープンテラスから庭に設置されたステージまで続く赤い絨毯の上を歩く。
あなたは半歩左斜め後ろから付き従う側付きの護衛騎士の役目が割り振られていた。
ステージ手前でアレフから離れ、ステージの端に行く。
とりあえず人の好奇心が逸れたので庭に設置されているテーブルを見る。
テーブル上には色々な料理が並んでいた。
料理は、なぜかラ・ルナでなくさくら亭が作った。
なんでも出資者の一端であるショート財閥からの要望とのことだが、
あなたには不思議に感じられて仕方がなかった。
なぜショート家がさくら亭を推すのかについては、読者様にはご存じのハズ。

ともあれ、テーブルの上の料理は大した物であった。
結婚式の定番ロブスターのテルミドール、切断面が綺麗なロゼのローストビーフ、
南フラヴァンス風ラタトゥイユに季節野菜のサラダ、ホタテのムース、
魚介類の揚げ物、そろそろ旬も終わりであるスズキのポワレなど、
どれをとってもラ・ルナの料理に劣らない一品だ。
特に凄いのは、中央のテーブルにあるウェディングケーキ。
通常三層からなるところを五層にしてある。
あなたが知る限りでは、ブリティア王国王子の結婚式で出ただけである。

「続きまして、新婦・エリー・シルビア入場です」
「「ゲッ」」
あなたとアレフの声からうめき声が漏れた。
説明しよう。エリー・シルビアはアレフの恋人の一人。
しかも嫉妬深さでは、群を抜いている。
イベント「ダブル・ブッキング」のエリザベスとレイナに匹敵すると言えば、
お分かりになられるだろうか。

(おい、どうする?)
アレフがあなたに小声で尋ねてくる。
(どうすると言われても。でも、考えようによっては良かったかも)
(なんで?)
(もしも、彼女以外の人間が新婦役だったら厄介事になっていたかも)
あなたの台詞にアレフが少し首を傾げた。
(実はお前に言っておかないといけないことがある)
嫌にひきつった顔のアレフの台詞にあなたは嫌な予感を覚えた。
それはもう悪寒が背中を走り、顔に青い縦線が入るくらいに。

(聞くだけは聞いてやる)
近づきつつある新婦を見ながらあなたは言う。
(この会場にエリザベスとレイナ、メリアがいる)
(はいぃぃい!?)
あなたは急いで視線を会場中に走らせる。
幸いにも三人とも知っている顔であった。
凄い形相のエリザベス、笑顔は見事だが右手でハンカチを握りしめているレイナ、
ハイヒールの踵で地面をグリグリしているメリアを視認。
いや、よく見ると会場のあちこちにあきらかに表情の怪しい女性が・・・。

(お前、何人ここに恋人がいるんだ!?)
(視界に入る範囲で十五人ほど・・・かな)
あなたは急激に意識が遠退くのを感じた。
どう考えても無事に済むとは思えない。
いや、この会場では何事も起こらないだろうが、
会場を出たらどうなるか・・・騒ぎは以前の比ではないだろう。
(俺達親友だよな?)
アレフが嫌な状況で確認を求めてくる。
幸いなのか不幸なのかあなたが返事する前に新婦がステージに来た。
あなたは新婦に軽く一礼をして、脇に離れる。

「なんか大変なことになりそうね」
あなたに小声で話しかけてきたのはパティだった。
彼女は王室付きのロイヤルメイドの服装だった。
「気付いていたのか?」
正面を向いたまま、小声で聞く。
「ええ、料理を用意するために招待客のリストを見たときから」
好き嫌いやアレルギーなどを調べるために招待客リストを
さくら亭は受け取っていたのである。
ついでに言っておくと、新郎新婦役は当日まで秘密で、
あなたとアレフも新婦役を知ったのは、つい先ほど本人を見たときだ。
「なんで言ってくれなかったの!?」
「アレフには良い薬でしょ?」
そう言って微笑むパティは、実に良い笑顔をしているのだが、
あなたにはニヤリと笑ったように見えて仕方がなかった。

あなたの心配をよそに式は順調に進み、キスのマネを無事に終わった。
会場のあちこちから聞こえた小さな声を無視すればだが。
ケーキが切られ配られる。
司会がケーキの説明を始める。
「このケーキは一番下の段から上から三番目までが
 本日の招待客の皆様にお配りするものです。
 上から二段目は新郎新婦のご両親に、最上段は新郎新婦に配られます」
確か、本来は最上段は新郎新婦の最初の子供が産まれたときに食べるはず。
これからも分かるように基本的なウェディングケーキは保存性が求められる。
通常はフルーツケーキなどにアイシングなどでカバーしデコレーションを行う。
今回のケーキも作り方は基本と同じらしい。

ケーキが配られ、リトルオーケストラの演奏が始まった。
参加者は手を置いて音楽に聴き入っていた。
いや、ケーキを焼け食いしている人達がいる。
あなたが見回したところ、先ほど怪しい表情をしていた女性ばかりであった。
新婦役のエリーも勝利の表情らしき物を浮かべて食べている。
(あ〜あ、せっかくの演奏なのに)
あなたは心の中でため息を吐いた。

「では、新郎新婦の退場です。皆様、盛大な拍手でお見送り下さい」
あなたは会場から庭園前の馬車寄せに腕を組んで歩く
新郎新婦の左斜め後ろを付いていった。
庭の出口で新郎新婦が立ち止まる。
あなたは出口を出て、庭から馬車へ敷かれている赤い絨毯の横に立つ。
あなたの他に数人が絨毯を挟んで向かい合うように立っている。
少し息を吸い込み唇を舌で湿らせる。
「新郎と新婦の門出を心から祝福する。
 総員、抜剣、敬礼」
あなたは剣を抜き、胸元の前で剣の腹が正面に来るように立てる。
その後、剣を起こし、剣の腹を左手で叩く。

パンパン

音は見事に揃った。
「奉剣」

シャン、ガシャン

向かい合う者同志の剣が絨毯の上で組まれ、
剣のアーチが見事に出来る。
(ふう、練習不足だったけど、どうにかなったか)
あなたは安堵のため息を吐いた。
剣のアーチを新郎新婦が通過する。

もう少しで馬車に到達のその時!!
「お待ちなさい!!」
女性の声がした。
その方を向くとエリザベスが立っていた。
「アレフ様をお渡ししません。そこの女、お退きなさい!!」
(うそぉぉぉ!!!!)
どうやら最後の最後で大きな問題発生である。
あなたとしては、どうせ明日辺りにゴタゴタだろうと思っていただけに、
この段階での事態の変化に思わず思考がフリーズした。
「あのお嬢さん」
脇から司会の人が抑える。
「邪魔よ!!」
司会の人が振り払われる。
問題は、振り払われた司会の人が凄い勢いで横に飛び・・・

ドゴガシャーン

木をへし折って不時着したことだろう。
(マズイ)
あなたの体は考える前に騎士としての行動を取っていた。
それは・・・
「お止めなさい」
護衛対象、この場合は新郎新婦と不審人物の間に入ること。
あなたは庭の出口に立っていた。

「あなた、そこをお退きなさい」
「そう言うわけには参りません」
いや、もちろんあなたとしては退きたい。
それはもうプライドも何もかも捨てて退きたい。
ただイベントの進行上、それは出来なかった。
ここでアレフが原因でイベントが失敗したら、
ジョートショップの責任である。
幾ら経営状況が改善されたとは言え、この失敗は大きすぎる。
後ろ手でアレフに早く馬車に乗るように指示する。

(アレフ、これは貸し一つだぞ)
あなたは正面を見据えたまま心の中で呟いた。
馬車さえ出せば、後はイベントを盛り上げる芝居だったと言い繕える・・・
可能性がないわけでもないとあなたは考えた。
自分でも難しいだろうなと思いながら。
しかし、状況はあなたの楽観を許してくれなかった。
アレフが馬車に乗ろうとしたその時!!
「待って、アレフ様!!」
「アレフ様、お待ちになって!!」
レイナ、メリアが名乗りを上げる。
いや、その後ろに一ダースほどの女性が!!

「い、え、あ、ちょっと!!」
既にあなたの顔の血は総員退避を完了していた。
思わず一歩下がりかけたその時!!
「お黙り!!アレフ様は私の物よ。オーホッホッホッ」
高笑いがあなたの後ろから響いた。
ちらりと後ろを振り向くと新婦が片手を口に当ていた。
ついでに言うとさっきまで一緒に剣のアーチを作っていた面々は、
既に危険を察して何処かに行っていた。
実に賢明な判断だ。

「奪えるものなら奪ってごらん。衛兵、一人残らず懲らしめてあげなさい!!」
どうやら衛兵と言うのは、あなたのことのようである。
(ああ、孤高の蒼騎士、精鋭無比の精霊騎士と言われた身も、
 ここでは馬鹿娘から衛兵呼ばわりされるわけか、トホホ)
思わずあなたは我が身の転落ぶりの激しさに天を仰いだ。
もっとも、その馬鹿娘は、あなたの親友の恋人の一人。
つまり、アレフさえ親友でなかったら、このような目に遭わなかったことになる。
回り回って自業自得と言うわけだ。

目の前で般若のような形相に変わりつつある女性軍を見ながら、
あなたは悲壮な覚悟で装飾剣を鞘ごと引き抜く。
エルバニア帝都攻防戦で敵騎兵小隊の突撃をわずか三人で
迎撃した時と同じくらいの悲壮さで・・・。
もっとも、あの時と同じで突破を完全に防ぐことは無理だろうな、と思いつつ・・・。

結果から言うと、あなたの献身的な覚悟は報われた。
『護衛役の騎士様が本物みたいだった』(本物です)
『あそこまで劇的な演出があるなんて思いませんでした』(演出ではありません)
『騎士様の献身さが演劇「ブローマルク家の興亡」の主人公みたいで素敵』(主人公と違って死んでいません)
『男性主体でなく女性を主役に持ってきているのが革新的でした』(そんな革新狙っていません)
と言った意見が寄せられ、
ジョートショップは運営委員会から「演出」に対する感謝として、
三割り増しの依頼料を受け取った。
もっとも、あなたとアレフの医療費を除くと初期金額と同じであったし、
事後の逸失利益を考えると実質利益は半額であったが。

「お前、いい加減にしないと次は命を落とすぞ」
あなたは今も痛みの残る体をソファに横たえながら言った。
あのイベントから四日が経ち、あなたとアレフはようやく退院できた。
あなたとアレフの服はボロボロ、勲章と装飾された剣と短剣は、
なんとか無事に回収された。
「ああ、俺も少しは気を付けることにする」
「そうかい」
あれだけの目にあって、少ししか気を付けないのがアレフらしいと言うか、
逞しいと言うか、男の煩悩尽きること無し言うべきか。
「でも、私もそのウェディングケーキ食べてみたかったわ」
アリサさんが残念そうに言う。

あの騒ぎの後、ケーキを配ろうと切り分けてあったテーブルに行くと、
何故かケーキは全て地面に落ちていた。
運営委員会は「騒動の余波だろう」と説明したが、
あなたはケーキの置いてあったテーブルが巻き込まれたとは思えなかった。

そう、あなたは実はウェディングケーキが騒動の原因と知ることはなかった。
ウェディングケーキに使われたフルーツケーキのドライフルーツを漬け込む酒に
戦意高揚、筋肉増強の作用を持つマルスシードと言う名の薬草酒が使われていたことを。
さらに言うならば、さくら亭の親父がウェディングケーキを隠密裏に処分し、
運営委員会事務所から数枚の書類を持ち出したことも。
その書類に不正所得の裏帳簿だと言うことも当然知ることはなかった。

その後、時々市役所からの高級な送迎馬車が
さくら亭の前に停まっていることに疑問を抱くことはあっても。

おしまい。
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