悠久幻想曲 ティクス
第一話 辿り着いた場所
「くっ……!」
ひっそりと静まり返った森の中で、一人の男が呻き声を上げた。
「ちっ……一体どこまで飛ばされたんだか……皆目見当が付かない…」
そう呟くと男はもたれ掛かっていた大木から身体を起こし、右手に握った剣を杖代わりにして歩き出した。
…はぁ…はぁ…はぁ……
男の荒い息が森に響き渡る。
「…ぶった切られた状態で無理に『飛んだ』からなぁ……身体に掛かった負担が洒落にならん」
男がそう言うように目立つ物でも三つ、全身にも無数に細かい傷ができており、
身に付けている服や軽装鎧は流れ出た血で真紅の色に染まっていた。
本来ならば、木漏れ日を受けて、美しく輝くであろう甘栗色の髪も、流れ出た血により、頬に張り付いている
「あの二人……置き去りにして来ちまったな…また会えればいいんだが……
まぁ、あいつならすぐに見つけてくれるだろう…と思う…」
去りかける意識を繋ぎ止める為に延々と独り言を繰り返す。
「しっかし…連中も…俺一人の…為に…よくもまぁ…あそこまで出来るもんだ…」
男の声が途切れ途切れになって来た頃やっと森が開けてくる。
「ん・・・…街道が…見えて来た…かな…? …さて、もう一踏ん張り…!?」
そう言い掛けた処で木の根につまずき盛大にこける。
「つっ…マジで…ヤバイ…身体に…力が……入ら…」
男は起き上がろうとするも、既に身体の感覚はゼロに等しく。また、多量の出血の為、視界もほぼゼロになっている。
「まだ…死ねない…死ぬ訳には…いかないんだ…」
再び全身に力を込める。
「帰るまでは…あいつ等に会うまでは…会って………」
片膝をつきながらも身体を持ち上げる事に成功する。
「俺は…帰るんだ………」
そして、両の足で立ち上がり―――――
「エンフィールドに……!!」
そこで男の意識は途切れた。
―――同時刻、街道では―――
「確かにこっちの方から声が……」
「でも誰もいないっスよご主人様」
ジョートショップ(何でも屋)の女主人、アリサ・アスティアと、目の不自由な彼女のサポートをする魔法生物のテディは
山菜取りの途中でアリサが聞いたという人の声の出所を探していた。
「空耳だったんじゃないっスか?」
「でも……」
「それにこれ以上行くのは危険っス!これ以上行くとモンスターが出てくるかもしれないっス!!」
「それならこんな所に人一人放って行くわけには……っ!!テディ!」
「どうしたっスか!?」
「血の…血の臭いがするの。テディ、分かる?」
「ちょっと待って下さいっス…クンクン…クン…!?ほんとっス!ちょっと見て来るっス!ご主人様はここで待ってて下さいっス!!」
「ええ、お願いねテディ」
そう言うとテディはアリサの腕の中から抜け出し血の臭いを頼りに走り出す。
―――そして、数分後―――
「あーーーーーーー!!大変っスーーーーーー!!」
「どうしたの!?テディ!?」
「大変っス!!大怪我した人が倒れてるっス!!」
「まぁ大変!!テディすぐ案内して!!」
「うぃッス!!」
テディは元気良く答えると可能な限り急いでアリサを怪我人の元へ案内する。
「これは……」
アリサはテディの見つけた怪我人の男を見てそれを口にするのがやっとだった。
それぐらい男の怪我は酷かった。鎧の背中には大きな裂け目が出来ており、その時に付いたのだろう背中の傷は何で付けられたのか
全く想像できないようなモノだった。もちろん傷はそれだけではなく、胸部と腹部に一ヶ所ずつ大きな怪我をしており、
全身には大小無数の切り傷、火傷などの怪我をしていた。
「どどどどうするっスか?ご主人様」
「テディ!すぐに町まで戻って人を呼んで来て!!」
「ウィッス!了解っス!!」
テディはアリサの指示を受けると一目散に町へ向かって走り出した。
所変わってここは大衆食堂「さくら亭」、今日はこの町の基準で概ね平和だった。
「ねぇねぇシーラ、今度一緒にリヴェティウス劇場に……」
「えっ…?えっと…あの…」
「やめようよアレフ君…シーラさん、嫌がってるじゃない」
いつもの事ながら、シーラを口説くアレフとそれを止めようとするクリス、そしてアレフの誘いをどうやって断ろうかと思案するシーラの姿があった。ちなみにこの店の看板娘であるパティはいつもの事という感じで皿洗いをしており、さくら亭の泊り客(居候)であるリサはそろそろ止めようか、などと思いつつも静観を決め込んでいた。
「なーに、照れてるだけだって、なぁいいだろ?」
クリスの言葉をあっさりと受け流す。まぁ、間違ってはいないのだが。
―――カランカラン―――
「こんにちは!パティさーん、オレンジジュース二つ、如月さんの奢りで!!」
「おい、トリーシャ、勝手に決めるなよ。さっきもアイスを奢ったばかりだろう?」
そうこうしている内に一組の男女が入って来た。
「あぁ、いらっしゃいトリーシャ。えーと、そっちは確か…?」
「自警団第三部隊所属、如月(きさらぎ)・ゼロフィールドだ。パティは二回目、他は初めてだったよな?まっ、よろしく」
パティの疑問に答えるように自己紹介を終える如月。ほぼ黒に近い青の髪と瞳…
興味を持ったのかリサが話し掛けてくる。
「へぇ、新入りかい?」
「まぁね。第三部隊の隊長さんに昔世話になった事があってね、この街に住み着くに際してお手伝いをしようかと」
「ふぅん、そうなんだ。やっぱり住んでる所は団員寮なの?」
自然と他の人間も会話に加わってくる。
「その通り。未だに紐を解いていない荷物がいくつかあるけどね、ところで」
「なんだい?」
「あの娘、助けなくていいの?困ってるみたいだけど」
その言葉で振り向くと、
そこへ―――
「大変っスーーーーーーーー!!手を貸して欲しいっスーーーーーーー!!」
テディが大声で叫びながら凄まじい勢いで飛び込んできた。
「なっ!?なんだこの犬は。珍しい奴だな…新種か?」
「しっ、失礼な人っス!!ボクは犬じゃないっス!!」
いきなりボケた事を言う如月に反論しつつも、当初の目的を思い出したのか再び大声を上げた。
「って、そんなことは後でいいっス!!ご主人様が行き倒れを見付けたっス!!大怪我してるっス!!
重くてご主人様一人じゃ運べないっス!!手伝って欲しいっス〜!!」
その言葉にいち速く反応したのはリサだった。
「それで?場所は何処なんだい!?」
「雷鳴山の近くの街道っス!!すぐ案内するっス!!」
と言いつつ弾丸のように飛び出して行くテディ。それに続くリサ。
「ボクも行く!!」
「私も手伝います!」
「ここで手伝わなかったら男がすたるってね。いくぞクリス!!」
「待ってよアレフ君!!」
トリーシャ、シーラに続きアレフ、クリスが飛び出して行く。
「ちょっと!!救急箱無しでどうするつもりなのよ!!」
と言いつつパティも救急箱を持って追いかける。
後に残ったのは如月一人……。
「はぁ…、皆飛び出ていっちゃったよ。仕方ない、俺はドクターに連絡するか」
そう呟くと誰も居ないさくら亭の札を準備中に替え、診療所に向かって走り出した――――――――
―――数分後――――
途中エル、シェリル、メロディ、面白そうと言ってついてきたピート、マリアと合流し、一同はアリサの元へと辿り着いた。
すぐさまクリス、シェリル、トリーシャの三人が回復魔法をかけ始め、
その横でアリサとリサが応急処置を施す。
(こりゃまずいかもね……)
治療を施しながらリサはそんなことを思っていた。大きな三つの傷の内、腹部と背中の傷は確実に急所を貫き、
胸部の傷からは多量の出血が起こっており、全身を紅く染め上げていた。顔色もほぼ真っ青である。
他の皆も気付いたのか半ば諦めにも似た表情で治療の様子を見ている。
「…これで良しっと…」
「ふみぃ…この人助かるのぉ?」
「大丈夫よメロディちゃん…この人はきっと助かるわ…きっと…」
だがその言葉が慰めにもならないことは一目瞭然であった。
「ふぅ…アレフ、エル悪いけど……」
「ちょっと待って…っと良し出来た。」
ちょうどその時二人は即席の担架を作り終えた所であった。
「流石にその怪我人をおぶって行くのは辛いだろう?」
「それにトーヤんとこ連れてくならこの方が良いだろうしな」
そう言って男を担架に乗せる二人。
「やるじゃないか、二人とも」
「まね。とりあえずここから離れよう。血の臭いに釣られてモンスターや狼なんかが寄ってこないとも限らない」
「そうだね、それじゃ皆、急いでここから離れるよ」
リサの言葉に全員が頷いた。
「ドクター!悪いけど…」
「話はそこの自警団員から聞いている。急いで患者を手術室へ運べ」
勢い良く飛び込んできた面々に準備万端整ったトーヤが指示を出す。
アレフとエルは急いで男を手術室へと運び込む。
「さて、後は俺の仕事だ。心配するな、必ず助けてみせる」
「お願いします。先生。」
不安げなアリサの声を背に受けてトーヤは手術室の中へと入っていった。
数十分後―――
―――――ガチャ……
手術室の扉が開きトーヤが顔をだす。
「…ふぅ……」
大きな溜め息をつく。
「先生、彼は…」
「ドクター!」
「どうなんだいドクター!?」
詰め寄る一同にトーヤはこう言い放った。
「もうほぼ完全な健康体だ。とっとと連れて帰れ」
…………………………
「はぁ!?なんだよそりゃ!!」
詰め寄るアレフにトーヤは冷静に言い返した。
「応急処置の時はどうだったか知らんが…、手当てをしていく度に傷が塞がっていく。
もう傷で残っているのは胸、腹、背中の大きな傷があったところだけだ」
唖然とする一同。
「えっと……どうする?」
間の抜けた声を上げるアレフ。まぁ、無理も無いが。
その時、アリサが進み出てきてこう言った。
「ならその人……家で預かっても宜しいでしょうか?」
「アリサさん……?」
「家なら部屋も余ってますし…最初に見つけたのは私ですから、最後まで面倒をみさせては頂けないでしょうか?」
「まぁ……アリサさんがそう言うのであれば………」
「ありがとうございます」
そう言うとアリサは病室の中へと駆けて行き、他の面々もそれに続く。
トーヤの呟きを聞いたのは最後まで残っていた如月だけであった。
「まさか…あの男…?…しかし…」
こうして男はジョートショップへと運び込まれ、アリサ他数名の看病を受ける事になる。
目覚めるのは二日後、陽が中天に差し掛かる頃――――