悠久幻想曲 ティクス
第三話 さくら亭
レニスが目覚めた翌日。
パティはいつもの様にさくら亭のカウンターに立っていた。
カランカラン――
「あら、いらっしゃいテディ…と…あら?」
「どうしたの?パティちゃん」
パティの上げた疑問の声に戸口を振り向くシーラ。
と、そこにはテディに連れられるようにして押し戸を開けるレニスの姿があった。
「もう歩き回っても平気なの?」
「ああ、怪我なんてとっくの昔に治ってたし」
笑いながら答えるレニス。どうやら完全に回復したしたようだ。
「で、テディも一緒に何しに来たの?」
「助けてくれた人達へのお礼と昼飯を食べるためだ。テディは案内」
「その通りっス!」
「つーわけで座らせてもらうよ」
席を探して店内に視線を走らせると、カウンター席にシーラの姿を見つけたので話し掛けようと歩み寄る。
「こんにちは、えーと、シーラ…だったよね?」
「えっ、あっ、はい、」
たちまち赤くなって俯いてしまう。
「…?昨日は何だかんだでちゃんとお礼が言えなかったから改めて…助けてくれてありがとう」
「え、いえ、その、私は何も……」
ますます赤くなって俯いてしまう。俺は何かしたのだろうか、などと考えているとパティが笑いながら説明した。
「あはは、シーラはね、男に免疫がないの」
「???」
「小さな頃からピアノの勉強ばかりで家を出ることが少なかったのよ。
だから話した事があるのはピアノの先生と父親ぐらいなの、
これでも結構マシになった方なのよ」
(これでマシなのか?)
などと思ったが口には出さないでおく。
「あっと、パティにも改めて、助けてくれてありがとう」
「別にいいわよ。それより注文は何?メニューならそこにあるわよ」
「Cランチ」
メニューも見ずに即答した。
「…メニューぐらい見なさいよ……」
「この店にCランチは無いのか?」
「別に無いわけじゃないけど…」
「じゃ、問題ないな。お願いするよ」
レニスの返答に納得がいかないのかぶつぶつ言いながら厨房に入っていくパティ。
カランカラン―――
「こんにちは――って、あ!」
「ん?あんた、もう起きても平気なのかい?」
さくら亭にやって来た二人はトリーシャとエルであった。
「ん?えっと、トリーシャと…あんたは?その事を知っているって事は助けてくれた一人なんだろうけど」
「ああ、私の名前はエル、エル・ルイスだ。よろしくな」
「レニス・エルフェイムだ。二人とも、俺を助けてくれた事、礼を言う」
「そんな…べつにいいよ」
「気にするほどの事じゃない」
そう言ってティクスの近くの席に座り、料理の注文を済ませた後レニスやシーラを交えて雑談を始めた。
パティも加わり、盛り上がっていた楽しい談笑も、たった一人の小さな乱入者によって終わりを迎えた。
「こんな所で何やってんのよ!バカエルフ!!」
「…はぁ、五月蝿いのが来た……」
その台詞を聞き、二人の仲を察したレニスはトリーシャに尋ねた。
「…あの子は?」
「マリアっていうんだけど…エルとはとても仲が悪いんだ」
「ちなみに、ろくに使えもしない魔法を考え無しに使う大馬鹿者だ」
二人の会話が聞こえたのかエルが付け加える。
「なんですってぇ!!魔法も使えないクズエルフのくせに!!」
「なんだとぉ!!この爆裂魔法お嬢が!!」
そして始まる口喧嘩。レニスは呆れた顔で他の三人+一匹に尋ねた。
「いつもこうなのか?」
「ウィッス。この二人はいつもこうっス」
「魔法史上主義のマリア。魔法嫌いのエル。喧嘩になるのは目に見えてるんだけどね」
「エル…魔法が使えないって事でいろいろあったみたいだから………」
「ちなみに、マリアもあんたを助けた内の一人よ」
その間にも二人の口論は続く。
――十数分経過――――
「長いな……」
「ねぇ、トリーシャちゃん、なんだかいつもより…」
「うん。二人ともいつもよりヒートアップしてるみたい」
「…って事は…マリアさんやっちゃうっスか!?」
「…なにをやるって?」
「ちょっと!それ以上やるなら店の外でやってちょうだい!!」
しかし、パティが叫んだ時にはすでに手遅れだった。
「ぶ〜〜!!こうなったらマリアの力、見せたげるわ!!」
いきなり魔法の詠唱を始めるマリア。
「!!っ店の中で魔法をぶっ放すつもりか!?」
レニスが気付いた時にはもう遅く。マリアの口から最後の一言が放たれた。
「ルーン・バレット!!」
四つの火球が螺旋を描いてエルに迫る。と、次の瞬間、全員の顔が驚愕の表情へと変わった。
いきなり横から手が伸びてきたかと思ったらいきなりルーン・バレットを掴み取り、そのまま外へと放り投げてしまったのだ。
そもそも、ルーン・バレットという魔法は、着弾と同時に爆発するという性質をもつ。
その為、防ぐ事は出来ても掴む等という事は不可能である。投げ返すなど論外だ。
「ふぅ、危ない危ない。危うく昼飯がダメになる所だった」
放り投げた張本人は何事も無かったかのように席に着き、食事を再開する。
最初に我に帰ったのはマリアだった。
「ち、ちょっとあんた!一体今何やったのよ!?」
「ルーン・バレットを掴み取る方法なんて聞いた事ないぞ!」
「レニスさん手!手は大丈夫!?」
「ちょっと、シーラ大丈夫!?」
騒ぎ出す面々。シーラなんかは顔が青ざめている。
「ん?ちょっと手にシールドかけただけ」
ちなみに、シールドに当たっても爆発する代物である。
「全く…なんて非常識な奴なの……」
「うむ、非常識極まりない奴だ」
いきなり後ろから聞こえて来た声にレニス以外全員がそちらを向き―――
「如月さん!」
「よっ、久しぶりだな皆。行き倒れも元気になったようで良かったよ」
そこに居たのは、この二日間姿を見せなかった、自警団第三部隊隊員、如月・ゼロフィールドであった。
「何時からそこに?」
「ああ、『一体今何やったのよ!?』ぐらいからかな?まぁ結構面白い物を見せてもらったよ」
「そ、そうなんだ……あっレニスさん、如月さんもレニスさんを助けてくれたんだよ」
「うむ。助けてやったんだぞ」
といいつつレニスの隣に座る。無言で食事を続けるレニス。
「と、いうわけでここは一つ命の恩人たるこの私にお昼ご飯などを奢ってくれ。つーか奢れ」
「おい、ちょっと図々しくないか?」
「そういうことは言うもんじゃないでしょ!?」
咎めるような声を上げる二人、如月は気にもしていない。
と、レニスがメニューを差し出し、にっこり笑って注文する。
「パティ、メニューのここにある『スーパースペシャルウルトラデラックスパフェ』なる物を甘さ79%増でこいつに出してくれ」
「OK」
「御免なさい。お願いですからそういうのは勘弁してください」
いきなり謝り倒す如月。甘い物は嫌いなのだろうか?
「全く、挨拶代わりのほんの冗談じゃないか、そんなに怒るなよ」
「いきなりふざけた事ぬかすからだ」
二人の交わす会話に全員の顔に疑問符が浮かぶ。
「で?何でこんな所にいる?」
「ここに住み着く事にしたんだ。宜しくな」
「…まぁいいか、お前も一緒なのはいつもの事だ」
「あのー。二人ともちょっといいかなぁ?」
トリーシャが一同を代表して話し掛ける。
「もしかして二人って…知り合いなの?」
「知り合いも何も…半年前まで一緒に旅をしていたからな俺達」
「いくらなんでも初対面の人間にあんな事を要求はしないよ。お礼だけで十分」
「なーんだ、そうだったんだ」
安堵した様に息をつくトリーシャ。横ではエルが密かに苦笑していた。
――――――――
「まだ日も高いのに、もう帰ってったな」
「まだお礼言ってない人が何人かいるみたいだから」
あれからエル、マリア、シーラが帰り、今現在のさくら亭には三人しか居なかった。
「しかし、二人が知り合いだったのには驚いたなぁ。人の縁って不思議だね」
「そうかな?そうでも無いと思うけど」
「不思議だって」
「…ま、どっちにしろ俺達はこの町で出会っていただろうけどね(なんたってアイツの旅の終着点は初めからこの町だったんだから)」
「なんか確信に満ちた台詞だね?」
「理由が知りたいか?」
「うん」
「秘密だよ」
ドンッ!!!!!
トリーシャが文句を言いかけた瞬間、如月の目の前に凄まじく巨大な『何か』が置かれた。
「…………………何だこれは?」
「なにって……注文のあった『スーパースペシャルウルトラデラックスパフェ』(甘さ79%増)よ♪」
「…………………………………………………………」
「代金ならレニスから貰ってるわ。安心してドンドン食べてね♪」
「…………………………………………………………マジか?」
「マジよ。全部食べるまで帰さないからね」
「ゴメン、如月さん。ボク、夕飯の仕度があるから帰るね。それじゃっ」
そう言い残すと脱兎の如く逃げ出すトリーシャ。
「少しぐらい水に流してくれ、レニス……………………………………」
後には途方に暮れる如月だけが残された。