中央改札 交響曲 感想 説明

第十話 その眼に光を
ティクス


悠久幻想曲    ティクス

第十話 その眼に光を




ジョートショップの窓際に座り、紅茶片手にえらく難しそうな本を読んでいるレニスは、何やら満足げに呟いた。
「…平和だ」
「ほんとよねー…」
近くの席でだらーっとしているパティが賛同する。休みを貰ったのだが、暇なので遊びに来たらしい。
「この店で静かに本が読めるとは思わなかった」
いつもなら、マリアやメロディあたりが騒ぐのだが、今日は二人ともどっかに行っている。
「レニスクン、パティちゃん、お茶のおかわりはいるかしら?」
「あ、お願いします、アリサさん」
「有難うございます、おばさま」
アリサの入れた紅茶に一口つけ、再び読書を再開する。
「…さっきから何の本を読んでるの?」
気になったのか、パティが横から本を覗き込んでくる。
「……………」
「『麗翼の聖域』と言う本だ。高位の神聖魔法の、様々なアレンジ方法が記されている」
「…読めないんだけど」
「そりゃそうだ。古代ハイエルフ文字だからな」
しばし、沈黙が流れる…
「なんなら、教えてやるぞ?」
「いいです。どーせわかんないし」
そのまま、レニスの傍に座り込む。
アリサは、そんな二人を楽しそうに眺めている。
「…私も何か読もうかな……」
小さな呟き。しかし、レニスの耳にはしっかりと聞こえていたようだ。
「なんなら、何冊か貸そうか?勿論、一般の字で書かれた物だ」
「そうね…」
そう呟き、考え込む。
基本的に、レニスの読む本は一般人には縁の無い物が多い。見た目や雰囲気などからは意外だが、かなりの知識の持ち主でもある。が、シェリルやメロディなどの影響か、最近では普通の娯楽の為の本等にも手を出している。
「それじゃあ…」
と、パティが口を開いた瞬間。
カランカラン――――
「大変大変!」
叫びながら飛び込んできた少女――トリーシャは肩で息をしながら、レニスの方に近づき、告げた。
「アリサさんの目が治るかもしれないんだ!!」




「んで、その目薬茸があれば、アリサさんの目が治ると?」
「あ〜!レニスさん信じてない!」
冷ややかな反応を示すレニスだが、しばし考え込んだ後、なにか思い付いたのか、表情を輝かせた。
「トリーシャ。今すぐに何人集められる?」
「え?」
「レニス?」
「天窓の洞窟はとても綺麗な所らしいからな。目薬茸が在るにしろ無いにしろ、ピクニックには丁度いい」
それを聞くと、トリーシャは飛び上がらんばかりに喜び、すぐに集める人間をリストアップしていく。
「えっと、確実なのがアレフさん、シーラさん、エル、ちょっと難しそうなのがシェリル、リサさん…………」
「とりあえずさくら亭に集合だ。行け!トリーシャ!!」
「ラジャー!!」
レニスの掛け声と共に飛び出していくトリーシャ。
「レニスクン…私なんかの為にわざわざ…」
「別にアリサさんの為だけじゃないですよ。さっきも言ったでしょ?ピクニックだって。なんなら、アリサさんも行きます?別に危険な場所じゃありませんし」
レニスの誘いに、微笑みながら小さく首を振るアリサ。
「私はいいわ、皆で楽しんでらっしゃい」
「……わかりました。テディ、アリサさんを頼んだぞ」
「ウィッす!まかせるっす!」
いつにも増して、元気良く答えるテディ。その元気が空回りしなければいいのだが…




森の中、如月とラピスがのんびりと言葉を交わす。
「まったく、アルベルトの奴にも困ったもんだ」
「ああ、アルのああいう所はなんとかして欲しいものだ」
「…………お前等、何事も無かったかのように会話してんじゃねえ」
突っ込みを入れつつ後ろを振り返るアレフ。そこには、如月の魔法とラピスの精密射撃の前に、完膚なきまでに叩きのめされたアルベルト達の姿があった。レニスを除く面々も、呆れた顔で二人を見ている。
「……一応、自警団員で、親友だろう?お前等」
「ああ、アルなら問題無い。ものの十分もすれば復活するだろう」
「手加減もしたし、大丈夫だって」
「どこら辺を手加減したんだ?」
「俺は刀を抜かなかった」
「さっき使用した弾丸は、暴徒鎮圧用のゴム弾だ。問題無い」
「慰めになってねえ…」
ゴム弾とはいえ、仮にも暴徒鎮圧用。当たれば痛いし、如月の魔法は物が物だけに半端じゃない威力を持つ。
「そろそろ洞窟の入り口が見えてきたな…」
レニスは、一旦振り向き、今回ついて来た顔ぶれを見渡した。
ついて来たのはアレフ、クリス、シーラ、パティ、エル、メロディ、そして情報提供者のトリーシャと、如月・ラピスの自警団コンビだ。
「しかし・・・如月はともかく、ラピスまで一緒に来るとはな……」
「迷惑だったか?」
「いや、ただこういう事に興味があるようには見えなくてな」
平然と失礼な事を言いながら再び移動を開始する。
「今日は非番でな。何もする事がなかったので、アルや如月と一緒に戦闘訓練でもしようと思っていたんだが…」
「そこにトリーシャが来たのか」
「ああ」
「それでアルベルトの奴がここに居たって訳だ」
エルの言葉に静かに頷く。
「その通りだ、目的は同じなのだから一緒に行こうと言ったのだがな。『奴には負けられん』などと呟いて走り去って行ったのだ……しょうがない奴だ」
「あの〜…ラピスさん?だからと言って、延髄に散弾銃の零距離射撃は可哀相だと思うんだけど…」
「かまわん。あいつには良い薬だ」
恐る恐る訊ねるトリーシャにラピスは平然と切り返す。
「レニス君、お弁当重くない?」
「あ、シーラ。へーきへーき。心配しなくても、折角のパティとトリーシャの合作だ。落しはしない」
「そう言う意味じゃないんだけど………」
シーラが困った顔をしていると、不意にレニスが足を止める。
「レニス君?」
「アレフ、弁当頼む。…落とすなよ?」
「…って!おいおいおい!?」
慌てるアレフを置いて、一足飛びに洞窟の入り口に辿り着く。
「…来たか」
その瞬間、レニスの周囲に十数人の男達が出現し、彼めがけて襲い掛かる!
「レニス君!!」



「で?お前等なんで俺を襲ったわけ?」
死屍累々と横たわる男達の中で、比較的軽傷の奴―――奇妙な仮面を被ってはいるが―――を引きずり出し、いつもと変わらぬ口調で尋問を始めるレニス。勿論、彼は無傷である。
「なんだ…、今のは…?」
「すごい…」
群がってきた男たちを魔法一発で吹き飛ばせば驚きもするだろう。
「そりゃあ…最近は魔法を使い出したけど……」
町に来た当初、レニスは全く魔法を使用せず、剣や拳等による攻撃しか行わなかったのだ。
最近は、ルーン・バレット等の低級魔術を使用する様にはなっていたのだが、そのようなイメージが定着していたレニスが、見た事も聞いた事も無い魔法を使用する姿は、一同に少なからず衝撃を与えているようだ。
「あいつの魔法を見るのも久しぶりだな」
さも当然、といった感じの如月に、一人冷静なラピスが訊ねる。
「あれも精霊魔法か?見た事が無いが…」
「ああ。ここら辺じゃ身体能力上昇が基本みたいだけどな」
「なるほど」
こっちはこっちであーだこーだとやっているとレニスが戻ってくる。
「なんだって?」
「この洞窟にお宝があると思い込んでた馬鹿」
「ふみぃ、ここにはお宝があるんですかぁ?」
「そんな物は無いよメロディ。第一、天窓の洞窟は数十年前に探索が完了してるんだ。お宝があったとしても、もう回収されているだろうな」
とりあえず、仮面の男もシバキ倒し、見苦しい物は森の奥深くへと放り投げる。
「んじゃ、気を取り直して行くか」
『おー!!』
元気のいい声と共に歩みを再開する。
ラピスは、何か考えているようだったが、特に何をするでもなく、そのまま皆の後に続いた。




天窓の洞窟の中程、今、レニス達の前に大きな湖が広がっていた。
「うわぁ……!」
「こんな所に、これだけの規模の湖があったとはね……」
驚く皆の横で、トリーシャとパティが、なにやら思案顔で湖を覗き込んでいる。
「どうした、二人とも」
「あ、レニス…、この湖の水持って帰って、料理かなんかに使えないかな〜って」
「でもこれじゃあ…無理だよね…」
そう言って足元を覗き見る。レニス達の立っている場所は湖面より七〜八mの高さに「垂直」に存在している。つまり…
「崖だもんな……」
しばし考え込んでいたレニスは如月を呼んだ。
「何だ?」
「お前、確か水の聖霊と契約を交わしてたよな?」
「何を今更……」
「なら問題無い。早速行ってくれ」
「どこへ…?って、へ?」
足元の感覚が消える。しばしの浮遊感に包まれた時、如月は全てを理解した。
「レーーーーニーーーーーーーースーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
ドッポーーーーーーーーーーーン!!!
「如月さん!!?」
「おいおいマジかよ…」
しばらく経つと、湖面から声が聞こえてくる。
「レニス!!お前は…………!!!!」
ヒュン、ヒュンヒュン、ヒュンヒュンヒュウ〜〜〜〜………
ボチャ、バチャ、ゴン!ガン!ボチャ、ボチャ、ゲイン!
「うがぁあぁっぁ!!??」
突然何かが落下してくる。何個かは頭に直撃した。
「如月〜!その水筒に水汲んできてくれ〜!」
「な?」
見ると、周りを数個の水筒が漂っている。先程、頭を直撃したのもこれだろう。
「ちゃんと、水の安全は確かめろよ〜!」
何やらぶつぶつと文句を言っているようだが、ちゃんと言われたとおりに行動している。
「レニス…ありゃないんじゃないの?」
「水の聖霊の加護で溺死する心配は無い。それに、いざとなれば救出する手段ぐらいはあるさ」
そんなレニスを見て、アレフがエルに耳打ちする。
「なんかレニスって…変わったよな?」
「ああ…吹っ切れたというか…開き直ったと言うか…?」
再び、湖面から声が響く。
「汲んだぞ!早く引き上げてくれ!」
「よし、フレア、イリス、レミア頼む」
いきなり目の前に出現する如月。
「わざわざ転移を使わんでも…」
「時間が勿体無い。さ、行こうか」





「おではこの洞窟の番びしゃア!!?」
「いやあ、綺麗な所だ。ああ、上を見てみろよ、あれが天窓の洞窟の由来だな」
「ほう…、ところでレニス。あそこに丁度いい広場もあるし、そろそろ弁当を食べないか?皆お腹が空いてきた頃だと思うし」
「そうだな、丁度行き止まりみたいだしな」
そう言って、横に転がる『物体A』を無視して歩き出す。
如月も後に続き、他の面々は、何も見なかったかのように、楽しげに談笑しながら続く。
「…………」
ラピスはその『物体A』が僅かに動いているのを確認し、
ズドンッ!!ズドンッ!!ズドンッ!!
「…………」
何事も無かったかのように皆に続いた。


「あー!ボクのエビフライー!」
「クリスこれ貰うぜ」
「あ!やめてよアレフ君」
「ふみぃ、桃がありませ〜ん」
「こういう所で食べると一段と美味いな」
「あ、レニス君もそう思う?私もなんだ」
「ラピス、何をしている?早く食べないと無くなるぞ」
「必要な栄養は摂取した。問題無い」
「なーにが問題無い、よ。折角作ったんだからちゃんと食べなさいよ」
「誰か、悪いけどお茶くれないかい?」
「イリス!お行儀が悪いわよ!」
「こんな所でそんな事言わなくてもいいじゃない。あ、そっちのリンゴちょうだい!」
「…美味しい」
広場の中央に位置する、大きな木の傍で弁当を広げ、完全なランチタイムに突入している一同。
日が差してて良い感じだ。ちなみに、目薬茸は木の根元に生えているのを見つけ、すでに入手済みである。
「ひゃ〜っはっはっはっ!…敵かどうかも確認せずに攻撃とはなぁ」
背後から声をかけられたレニスは、パティ特製コロッケを頬張りながら振り向く。
そこには、拘束衣のような服を身に付け、顔の上半分を隠すほどの大きな眼帯をした男がいた。
「アンタ誰?弁当欲しいならそこら辺にでも座って勝手に食え」
「…おい!そうじゃねえだろ!」
「あっ!アレフ!俺の肉団子取るんじゃねえ!」
「はいはい、アタシのあげるから大人しくしなさいって」
「あっと、悪いなパティ」
のんきに弁当を食べ続ける一同。ほのぼのした空間が広がる中、当然男は取り残される。
「……ちっ、まあいい、今日は顔見せのつもりだったからな、今日の所は帰ってやるよ。…俺の名はシャドウ、覚えとけよ」
そう言い残し、シャドウは姿を消す。
「食いたいんならそう言えばいいのに…」
なかなかにボケた事を呟き、再び弁当に手を付けようとした時にフレアが寄って来た。
「レニス様」
「? 何だフレア」
なにやら、フレアがレニスに耳打ち(大きさの関係でそのように見える)しているのを見つけたアレフは、興味を持ったのか会話に割り込んで来る。
「なんだなんだ、なんかあったのか?」
「あ〜…っと、そうだな…やるか」
「レニス様がリクエストに答えるなんて珍しいですね」
「ん〜…この前、精霊達に無理させたからな、そのお礼とお詫びを兼ねて」
そのまま立ち上がり、木の方へと向かう。
「リクエスト?一体何をやるんだ?」
「すぐにわかりますよ」
嬉しそうに微笑みながら、妹達の方へと飛んで行く。
と、不意に、美しい旋律が広場に響き渡る。音を頼りに周りを見渡すと、木の枝に座ったレニスが、フルートを吹いているのを見つける。
「へえ、あいつあんな事もできるんだ…」
「この曲、私知らないんだけど…シーラ知ってる?」
「ううん、私も知らない曲……なんて曲だろ?」
シーラが首を傾げる間も、レニスはフルートを吹き続ける。
「……『片翼の少女』か、懐かしいな」
「この曲知ってるの、如月さん?」
「…ああ」
如月はそのまま黙り込み、フルートの調べに身を任せる。
トリーシャは、少し不満そうにしていたものの、目の前を横切った物を目にして、思わず声を上げる。
「どうしたんだいトリーシャ?如月になんかされたのか?」
「エ、エル!あれ見て、あれ!」
からかう様な口調で話し掛けてきたエルに、驚いた顔のまま頭上を指し示す。
「……こりゃあ…!?」
そこには、大小様々な光があった。よくよく見てみると、光の中にはフレア達の様な小さな少女や少年がおり、フルートの調べに合わせて皆楽しそうに踊っている。
「綺麗…!」
「レニスの調べは精霊達を呼び寄せる…。最低でも数十は集まるな」
「数十だって…?もう数百ぐらい集まってるんじゃないのか…?」
「うみゃ〜、フレアちゃん達も踊ってるの〜♪」
見ると、フレア達もレニスの周囲でそれぞれの個性が現れる踊りを披露していた。
フレアは宮廷舞踏のような優雅な舞を――
イリスは飛び跳ねるように木の枝をすり抜けながら――
レミアは静かにゆっくりと流れるように――
「…最近は精霊達がレニスにせがむようになってな。いつもは断るんだが…どうやら、今日は機嫌が良い様だな」
この幻想的な精霊達の舞踏会は、天窓から差し込む光が消えるまで続き、帰る頃には西の空が茜色に染まっていた。



「ただいまー!」
「ただいまアリサさん。今帰りました」
精霊達の踊りを堪能し、上機嫌での帰還である。
「お帰りなさい、その様子だと楽しんできたみたいね」
「うん!実はね、レニスさんが―――」
「トリーシャ、本来の目的を忘れるな、目薬茸はあったのか?」
トーヤの問いに、品を差し出して答える。
「ふむ、それで、天窓の洞窟にあった湖の水は汲んできたか?」
「ああ、それなら大丈夫。如月の英雄的行動のおかげで、しっかりと汲んでこれた」
「……英雄的行動ねぇ」
如月の皮肉をあっさり無視し、水筒をトーヤに渡す。
「いつ出来る?」
「すぐだ……。よし、出来た。さ、どうぞアリサさん」
「はい…」
しかしアリサは、差し出された薬を手に持ち、そのまま動かなくなってしまう。
生まれてこのかた、ずっと付き合ってきた先天性の弱視から解放されるかもしれないのだ。期待がふくらむ一方、恐ろしくもある。
「…大丈夫」
そのまま、じっとしていたアリサだったが、レニスの言葉に反応してか、意を決したように薬に口をつけた。
「どうッスか?ご主人様」
「駄目、何も変わらないわ…」
問うテディに失望と安堵の入り混じった声で答える。
「ダメッスか…。でも!ご主人様の眼は必ず治してみせるッス!」
決意を新たに元気良く宣言するテディ。
レニスは、そんなテディを見て、申し訳無さそうな顔をしていたが、そのままトーヤに残りの目薬茸を差し出す。
「残りはドクターにやるよ。アリサさんには効かなかったけど、目の薬である事には違いないんだろ?」
「ああ、有り難く頂戴しよう」
こうして、レニス達のピクニックは終わりを告げた。


――――――
「なあレニス。なんか今日は本性丸出しじゃなかったか?」
「如月か…最近、悟った事があってな」
「? どう言う事だ?」
「隠そうが隠すまいがアリサのやる事は変わらないって事だ」
「…確かに。もう既に、アリサさんにとっては家族の一員だもんな、お前」
「ちょっと複雑な気分だよ。嬉しいけど」
「でも、お前の正体はもう少し隠しておいて欲しいけどな。こっちとしては」
「…何か掴んだのか?」
「ああ、今お前の正体が判明しようものなら、尻尾すら掴めそうにない」
「了解。…結局、一年間は黙ってなきゃいけないのか…?」



後日、この時の居残り組から「フルート吹いて」とせがまれ、レニスが辟易した事は言うまでも無い。
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