中央改札 交響曲 感想 説明

第十二話 招待状
ティクス


その日、レニスはアリサに頼まれて、教会に大量の古着やお菓子を持ってきた。
「このピアノは…シーラか」
教会から流れてくる優しい調べに、しばらく聞き惚れる。自然と表情が優しくなっていた事に、レニスは気付いていただろうか?
「ん…?いつもと音が違うような……気のせいかな?」
多少の違和感は感じたものの、そのまま教会の扉を開ける。
「こんにちわー。来たぞ皆の衆、元気だったか?」
「あ!レニス兄ちゃんだ!」
「遊んで遊んで〜」
「お話してよ、お兄ちゃん!」
すぐに子供達が集まってくる。滅多に顔を出さないのになぜか人気者である。
「悪いが、今日は神父さんに話があるんだ。時間があったら相手してやるよ」
「え〜…」
「つまんな〜い…」
子供達は、次々と不満の声を上げるが、素直に道を開けてくれる。
「こんにちわ神父さん。これ、アリサさんからです」
「ああ、レニス君。いつもすまないね」
「そういう事はアリサさんに言ってください。俺は何もしていない」
「そんなことはありません。貴方が来てくれると子供達も喜びますし」
「ほとんど来ないのに、何で懐かれるのか…」
小さく笑うレニス。と、急に真剣な顔になった神父が尋ねてくる。
「それで…、犯人の方は見つかりそうかね」
「どうなんでしょうね。一応いろいろ調べてはいますが…そっちは如月にまかせっきりなもので」
「そうですか…私には君のような人間が、あのような犯罪を犯すとはどうしても思えん。同じ考えの者も……」
「でもね、神父さん」
神父の言葉を遮り、多少自嘲的な笑みを浮かべる。
「時々思うんです。俺が出て行くことで、アリサさんが助かるのなら、それでもいいかなって…」
「なんてことをいうのだ!そんな事を彼女は望んではおらん。頼むレニス。彼女にもう、家族を失う悲しみや辛さを味合わせないでやってくれ……。勝手な願いだというのはわかっている。しかし、たとえどんな事になろうとも彼女の傍にいてやってくれ……」
悲痛な面持ちで懇願してくる神父に、レニスは多少困った様子で、
「…大丈夫です。そんなことはしませんよ……。俺も…この町を離れたくはありませんから」
「そうか…すまない」
そこで真面目な話は終わる。なぜなら…
「あー!お兄ちゃん来てたんだ」
「ローラか。久しぶりだな」
「お兄ちゃん!私とデートしよ!」
「……なぜにデート?」
「私がお兄ちゃんとしたいから!」
「そういうことは如月やラピスに言ってくれ。こう見えても結構忙しいんだ」
「え〜!?この前暇だとか言ってたじゃない!」
「そんな過去の事は忘れたな」
「も〜〜!!」
そのままローラとのじゃれあいを楽しんでいたレニスだが、ふとシーラがこちらを見ていることに気付き声をかける。
「よっ、シーラ」
「あ、こ、こんにちはレニス君」
「………」
「………」
いきなり会話が終了する。
シーラの方は何か言いたそうにレニスの顔色を伺い、レニスの方は先程感じた音の違和感の正体を探るように、ただ黙ってシーラを見つめている。
「……ん?」
シーラを見ているうちに、彼女が帰り支度を済ましていることに気が付いた。
「今から帰るのか?だったら送っていくけど」
「えっ…でも忙しいんじゃ…」
「気にするな、送ってく時間くらいはあるさ」
「うん、それじゃ…お願いしようかな」
そう言って嬉しそうに微笑むシーラ。
「じゃ、そういう訳でこれで失礼します」
「バイバイお兄ちゃん、また来てねー!」
「時間が空いたらなー」



教会からの帰り道、先程の沈黙が嘘のように二人は言葉を交し合っていた。
「レニス君、子供達の人気者よね」
「教会には五、六回しか行った事が無いんだけど……なぜかね」
楽しそうに会話をしながらも、レニスは心の底ではホッとしていた。
(さっきはつい黙り込んじゃったからな…。シーラの様子もここ最近なんか変だし、何かあったのかな?違和感の原因はたぶんそれなんだろうけど……)
「あの…これ、貰ってくれないかな…?」
思考の海に潜っていたレニスの前に、突如、何かの封筒が差し出される。
「これは?」
「えっと、今度…十月に音楽祭があるの。その招待状」
「それって、かなり有名な人達も聴きに来るやつだよな?シーラも出るのか?」
「う、うん…」
「なるほど、おめでとうシーラ。夢の実現まで後一歩ってところだな」
「ありがとう…」
優しく微笑みながら祝福するレニスに、嬉しそうに礼を言うシーラ。
「…でも、俺が行ってもいいのか?音楽の事が解らないと言うわけじゃないが…」
「うん。その…レニス君に、聴いて欲しいから…」
そう言って俯き、顔を赤く―――――
「…? 大丈夫かシーラ?顔が青いぞ」
「えっ、…うん、大丈夫」
慌てて取り繕うも、足がふらついていては説得力は無い。
「嘘をつくな。とても大丈夫そうには見えない」
「本当に大丈夫だ…から……」
そのまま力なく倒れこむ。慌てて受け止めるレニスだが、シーラは既に気を失っていた。
「シーラ!!…チッ、いてくれよトーヤ!」
レニスは小さく呟き、すぐさまシーラを抱きかかえ、クラウド医院へと走り出した。




眼が覚めるとそこは小さな部屋だった。
(ここは……?)
眼がおぼろげにしか見えず、意識のハッキリしない状態ではあったが、シーラはその部屋に見覚えがあることに気付く。
(病院…かしら?)
体中がだるく、しっかり物が考えられない。どうやら、意識は完全に目覚めてはいないようだ。再び眼を閉じる。
「た……過労……………日も寝て………る」
「そう……よ……た」
おそらくは隣の部屋からであろう誰かの会話が聞こえてくる。
「……な、面倒……て」
「ふん、………診る…………とし…当然……だ」
声からしてレニスとトーヤだろう。壁越しで聞いているせいか、うまく聞き取れない。
と、突然扉が開き誰かが中に入ってくる。その人物は、シーラの枕元まで来ると、小さな声で呼びかけてくる。
「シーラ…おきてるか?」
その声に答える為、うっすらと眼を開く。
「おきてる…?いや、半覚醒状態…寝惚けてるって所か。この様子じゃ頭がハッキリするのは結構後だな」
そのままその人物――おぼろげにしか見えないが、声からしておそらくはレニス――は前かがみになり、シーラの顔を覗き込む。
(レニス君……ちょっと恥ずかしい)
などと考えていると、レニスは体を上げ周囲の様子を窺った後、
「トーヤはしばらく戻って来ないし…シーラは半覚醒状態か…。今のうちにやる事やっとくか」
そう呟くと再び前かがみになる。
(えっと…あの…レニス君……)
右手をシーラの額に当てる。
「こんな事なら軟気功も使えるようになっとくんだったな…。ま、今更言っても仕方ないか」
手の触れている部分が光りだす。
(あっ…。レニス君の手…暖かい)
なぜか、レニスの顔が見たくなった。よく見えない目を必死に凝らす、が、彼の顔は見えなかった。かわりに――――
(病院の天井って…こんなに白かったんだ……)
見えたのは『白』。
(綺麗…雪みたい…)
その『白』に見とれる内に睡魔が襲ってくる。
「お休み、シーラ…」
彼の優しい声を最後に聞きながら、シーラは再び眠りに付いた…………



再び眼が覚める。
今度は完全に意識が覚醒している。
部屋を見渡すと、やはり病室だった。
(じゃあ…やっぱりさっきのはレニス君なのかしら)
顔を赤くしながら寝ていたベッドから起き上がり、扉の方へと向かう、
「……?」
ふと、天井を見上げたシーラは小さく首を傾げる。
「白は白だけど…?」
天井は確かに白かった。しかし先程見た雪のような『白』ではなかった……。


「ん?おきたのか、シーラ。もう大丈夫か?」
「えと…その……ごめんなさい」
病室から出てきたシーラは、病室に向かって歩いてくるレニスと鉢合わせた。
「あの…私……?」
「ああ、過労だって。最近無理してるように見えたけど…ここまでとはな」
「…ごめんなさい」
レニスの言葉に小さく落ち込むシーラ。その様子を見たレニスは軽く苦笑する。
「ちがうよ、シーラを責めているわけじゃない。最近のシーラの様子に気付いていながら、何もしなかった自分に呆れているだけだ」
そのまま頭を下げ謝罪するレニスに、慌てて頭を上げてくれるように言うシーラ。
「…ありがとう。じゃ、とりあえずドクターの所に行くか」
そう言ってきびすを返すレニスに、シーラは慌ててついていった。


「レニスに聞いたかもしれんが、ただの過労だ。二、三日も寝てれば………と言いたいのだが」
そこで言葉を切り、レニスを睨みつける。
「レニスが軟気功でお前を回復させた。もう疲労は抜けているはずだ」
「黙ってやった事は悪かったって。もう、勘弁してくれ」
トーヤに向かって謝るレニスの姿に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「…ふん。それではレニス、責任を持ってシーラを家まで送っていけ」
「言われなくてもそうするよ。じゃ、行こうかシーラ」
「うん」
外に出て行くレニスに続き、扉に手をかけた所でシーラはふと思い出す。

―――こんな事なら軟気功も使えるようになっとくんだったな―――

(あれ?でも……、どういうことだろ?)
多少疑問に思いながらも、外から自分を呼ぶ声が聞こえてきたので、慌てて病院の外に向かった。





外は既に闇に包まれていた。道に立てられている街灯の明かりの下、二人はシェフィールド邸に向かって歩いている。
シーラのことは既に連絡が行っている筈なのだが、誰も迎えに来ない。理由は……なんででしょうね?(笑)
「…シーラ、聞くだけ聞いて欲しい」
「なに?」
いつもより真剣な声でレニスが訊いてくる。
「……音楽祭。それがシーラの重石になっていないか?」
「!?……それは…」
いきなりそんな事を言われ、戸惑うシーラ。
「多分、シーラにとってピアノは好き嫌いを通り越して、すでに自分の一部なんだと思う。でも、今回の音楽祭の話が来た時に、君の中のピアノが自分の一部から『義務』つまり弾くもの、弾かなければならないものになってしまった……」
「うん……」
レニスの言った事のほとんどは、シーラ自身考え、悩んでいた事だった。
「…別に結果なんて気にすることは無い。自分にとって最高の演奏をすればいいんだ。…自分が楽しくないのに演奏したとしても、それは悲しい曲にしかならないからな……」
「レニス君………ありがとう」
とても嬉しかった。彼が自分のことを見ていてくれたこと、心の底から心配してくれていたであろうことが。
「大した事は言ってないが……丁度いい所で着いたな」
照れくさげに頭を掻きながら言うレニスの言葉に前方を見ると、いつの間にやら大きな屋敷――シェフィールド邸が目の前にあった。
「もう着いちゃった……」
少し残念そうな顔をするも、すぐにいつもの表情に戻りレニスに向き直る。
「送ってくれてありがとう。ここまで来れば一人で帰れるわ」
「そうか?ここまで来たら最後まで送っていこうと思うんだが…」
「ううん、大丈夫。おやすみなさいレニス君」
「おやすみ、シーラ。また明日な」
そう言って家の方に駆けて行く。
その背を見つめながら、レニスは懐かしそうに、しかし多少複雑な表情で微笑んでいた。
「……そんなつもりは無いんだが……嫌でも重なるな。二度ある事は三度ある、とはよく言ったものだ」
中央改札 交響曲 感想 説明