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第十三話 ある男の結末
ティクス


今日も平和な(?)エンフィールド。ジョートショップの一階で、レニスは鞘に入ったままの剣をジッと見つめていた。
「レニスさん、剣なんか見つめてどうかしたっスか?」
「ん?テディか…なに、この剣もしばらく使ってないからな、たまには使おうかと思って」
そう言って軽く一振りする。
「確かその剣って、レニスさんが最初から持っていた剣っスよね?」
「ああ、使い始めて三年、といった所か。なかなかに良い剣だ」
「…その剣が『なかなか』って言うんなら最高の剣は何処に在るのよ?」
「お帰り、イリス」
どこかに行っていたらしいイリスに簡単な返事を返す。
「ただいま。あ〜疲れた。肩借りるわね」
「イリスさん、一体何処に行っていたっスか?」
「ヒ・ミ・ツ☆」
顔の前で指を振りながらニッコリ笑顔で答えるイリス。
「…イリスさんがやるとなんか気持ち悪いっス」
「ぬぁんですって〜…!」
一転、怒りの表情でテディを睨みつけるイリス。身の危険を感じたのか、すぐさま逃げ出すテディ。
「あ!待て!!」
「ちょい待ち」
追いかけようとするイリスを掴み取る。
「イリス、先に報告を頼む」
「え〜…テディ痛めつけた後じゃ駄目?」
「それは何時でも出来るだろうが。取り敢えずは先に報告」
「は〜い…とは言っても、大した事は分からなかったんだけどね」
「そうか」
「あっ、関係あるかどうかは分からないけれど…」
「なんだ?」
「ショート科学研究所で人工生命体が生まれたらしいわ」
「な!?本当か!?」
驚愕の表情を浮かべるレニス。魔道生命体であるホムンクルスは別として、完全なる人工生命体を完成させる技術はこの世界には存在しな

い。
「私達がここに来る前。大体一年ぐらい前かな?その時に様々な偶然が重なって生まれたらしいわ」
「…マジかよ…確認するが、ホムンクルスとかじゃないんだな?」
「当然。ホムンクルスなら研究所から逃げ出したりしないわ」
「逃げた?」
「ええ、理由は本人に聞かないと分からないけどね」
「そうか……イリス、この事は…?」
「えーと、如月に教えたぐらいかな?他には話してないよ」
「ふむ……少しその事を調べてみてくれないか?ついででいいから」
「りょーかい。あ〜、今日はもう休んでもいいよね?」
「構わんよ。鈴に戻るか?」
「鈴に戻るよりもここの方がいいや、このままでいい?」
「好きにしろ」
そう言って再び剣を見つめ直し、抜こうとした瞬間―――

カランカラン――――

「レ〜ニ〜ス〜〜!!」
「…ふぅ、アレフじゃないか。今日はデートじゃなかったのか?」
ジョートショップの扉を乱暴に開け放ち、勢いよく飛び込んできたアレフに冷めた視線を送りながら呆れた声で訊ねる。
「そ〜なんだ!デートだったんだよ!でもな、俺が行ったときには余所者が口説いて連れて行った後だったんだ!!」
「……あーそーかい」
思いっきり脱力して机に突っ伏すレニス。イリスは何とかレニスの襟にしがみつき、落下から免れている。
「さ、というわけで一緒に行くぞ!!」
「なにが『というわけで』だ!何で俺が!!」
レニスの抗議を無視し、アレフはレニスを引きずりながらジョートショップを後にした。


「…で?なんでさくら亭?」
あの後、レニスを引きずったアレフが辿り着いた場所はさくら亭であった。
「ここにその余所者が泊まっているんだ」
「…まあ、ここまで来たら見守るぐらいの事はしてやるよ」
「よし!行くぞ!」
凄まじく気合の入ったアレフがさくら亭へと入っていく。
その後姿を見ながら、やれやれといった感じで肩をすくめレニスも後に続いた。


「あんたも彼女を取られた口?」
「俺はつき合わされているだけだ。ついでに言えばそういう相手がいないから取られようがない」
開口一番、パティの口から出てきた言葉を投げやりな口調で否定する。
「くそ〜、このままではまた俺の子猫ちゃんたちが〜!!」
ふと見るとアレフが雄叫びを上げている。
「どうしたんだ、こいつは?」
「あっ、これ?探してる余所者が留守なのよ」
「なるほど。あっ、俺コーヒーね」
飲み物を注文し、そのままいつものメンバー達が座っているテーブルに着く。
「おや?珍しいねぇ、あんたが帯剣してるなんて」
リサの問いかけにレニスは苦笑しながら答える。
「久しぶりに倉庫の中から引っ張り出してきたんだけど…そのままアレフに引きずられてな。
置いとくわけにもいかないから持ってきたんだ」
「へぇ〜…ねえ、見せてもらってもいい?」
トリーシャが目を輝かせながら訊ねると、以外にもあっさり許可が出る。
「いいよ。多少乱暴に扱っても壊れないし」
「ちょっと、レニス!本気!?」
「大丈夫だよイリス。問題無いって」
「やた!ありがとうレニスさん」
「へぇ、どれどれ」
「あ、私にも見せてよ」
興味を持った一同がトリーシャの周囲に集まりだす。雄叫びを上げていたアレフも興味を持ったようだ。
「綺麗な細工だね…」
柄の装飾に見惚れるトリーシャ。他の面子も同じような顔で柄の模様に見とれている。
「でも…その割には鞘が地味だね」
「まね、その鞘は後で俺が作ったものだから」
「作った?」
「いろいろとね、あったわけなんです」
パティから受け取ったコーヒーを飲みながら答える。
「ね、抜いてみてもいい?」
「危ないよトリーシャ」
エルが忠告するがレニスはまたもあっさり許可を出す。
「構わんよ。危険なんて欠片もないし」
「えへへ…それじゃ、えい!」
可愛らしい掛け声と共に一気に剣を抜く…が、
「……何?これ…」
「刃が無いじゃないか…」
そう、その剣の刀身に刃は無く、美しい装飾が施されただけのただの細身の鉄板だけがあった。
「これ…剣としての価値…有るの?」
呆れた口調で呟くパティだが、レニスは大して気にも留めていないらしい。
「ハハハ…ま、俺にとっては三年間付き合ってきた大事な相棒だからな、そんなことはどうでもいいんだよ」

カランカラン――

「おおっ!こんな所にこれほど美しいお嬢さん方がいらっしゃるとは…何たる幸運。これも……」
入ってきて突然大声で何かを喋りだしたスーツの男を鬱陶しそうに横目で見ながら、
(ああ、こいつが例の余所者か…)
(女の敵決定)
と断定するレニスとイリス。
その間に一通り喋り終えた男は、たまたま入り口の近くにいたエルを口説き始めるが、エルの方は一瞥もくれることなく「消えろ」の一言

を発し、それっきり無視を決め込む。
エルを口説き落とすのは不可能と思ったのか、今度は皆と一緒のテーブルについていたシーラを口説き始める。
「美しいお嬢さん。この僕とお茶をご一緒してはいただけませんか?」
「え…!?あの…えっと…」
途端にしどろもどろしだすシーラ。その様子を見て(行ける!)と思った男はシーラの手を取る。
その瞬間―――

スパコーーーーーン!!!

突如飛来した硬球が男の顔面にクリーンヒット!男は顔にボールの痕をしっかり残してひっくり返る。
かなりのダメージらしくなかなか起き上がろうとはしない。
一方、男に命中した硬球の方は、弧を描き、そのまま投げた張本人――レニスの手の中に戻る。
「……当たり所が悪かったか?…ま、どうでもいいや」
男の様子を一瞥すると、すぐに興味を失ったかのようにコーヒーを一口飲む。
シーラの方を見ると、嬉しそうにこちらを見ているのでとりあえず微笑みを返しておく。
「いきなり何をするんだ!?」
その怒声に振り向くと、男が怒りの表情を浮かべていた。ちなみに硬球の痕はしっかり残っている。(笑)
「…家訓曰く、『名乗りもせずにいきなり口説こうとする無作法者はとりあえず半殺し』」
目に剣呑な輝きを宿し、物騒な家訓を口のするレニスに、多少引きながらもようやく男が名乗りだす。
「わ、私はさすらいのナンパ師ガイ。世界中の街という街をさすらい、美しいお嬢さん方に一夜の夢を与えている者です」
「ようするに一夜でその『お嬢さん』をポイ捨て、もしくは貢がせるだけ貢がせてポイ捨てってことか」
「人間の屑ね」
その自己紹介を聞いたレニスとイリスの二人はあっさりと切り捨てる。
『…………………』
凄まじく重い沈黙が流れる。言われた男の方は、こめかみに青筋立ててたりする。
「…言ってくれますね」
相当怒っているようだが、二人は何処吹く風といった感じでくつろいでいたりする。
その様子を見て、急に怒気を削がれた男は、気を取り直してレニスに訊ねる。
「そういえばこの町一番のナンパ師がここにいると聞いて来たのですが…君じゃないですよね?」
「それはアレフ。そこに突っ立ってるのがそうだ」
アレフの方を指差し、完全に興味が失せたのか、何処からともなく取り出した数個のボールでお手玉を始める。
レニスの行動が理解できないガイは、とりあえず放って置く事にする。
「…で?俺に何の用だ?」
「君と私。ナンパ師としてどちらが上かナンパ合戦を申し込む」
「くだらない。そんな事のために女の子を口説くなんて俺には出来ないね」
「そんな事を言っていてよく町一番のナンパ師などと名乗れるな」
「俺は、彼女達を傷つける為にナンパをしているわけじゃない!」
徐々に口論が激しくなっていき、それに比例してなぜかレニスのお手玉の数が増えていく。
本来なら緊迫した雰囲気が漂うはずのその場所は、レニスの大道芸によりほのぼのとした空気が漂っていた。
「上手ねレニス君」
「レニスさんすご〜い!」
感嘆の声を上げるシーラとトリーシャ。雰囲気に飲まれた二人には、目の前の口論などもはや別世界の話である。
そして、お手玉からジャグリングへと進化して――――
「…よし、新記録」
心なしか誇らしげに宣言する。
今現在、レニスは片手で十個づつ、合計二十個のボールを操っていた。しかも頻繁に右のボールと左のボールを入れ替えたりしている。
「………」
「………」
口論していた二人も、毒気を抜かれたような顔をしてレニスの方を見ている。
「……ここら辺が限界か」
そう呟くと、レニスはいきなり全てのボールを放り投げ――
「せーの……はっ!」
ボールの落下してくるタイミングに合わせ、両手を内側から大きく左右に振る。と―――
「わっ!!」
「ボールが消えた!?」
驚く一同を尻目に、冷め切ってしまったコーヒーを一気に飲み干す。
「ふぅ…。よし、次の目標は三十個」
などと呟き席を立つ。そしてなにかを思い出したのか、振り返り口を開く。
「そういえば口論の結果は出たのか?」
「あ…」
「ぬ…」
その一言で先程までの自分達の状況を思い出し、バツが悪そうな顔で再び対峙する。
どうやら二人ともレニスの芸に見とれていたようだ。
「…と、とにかく!この私と勝負しろ!」
「だから、俺には出来ないって言ってるだろう!!」
照れ隠しなのかどうかは分からないが、お互い先程よりも大きな声で口論を再開する。

カランカラン――

「こんにちは、レニスクンはいるかしら?」
「あ、あそこにいるっス」
アリサとテディが店に入ってくる。妙な気配を感じたレニスが、ちらと横を見ると、彼女を見たガイが
「おお、ここまで美しく可憐な方がいたとは…、彼女は私の理想だ」
などとほざいている。このままではろくな事が起こらないと判断したレニスは、ガイがなにか言う前に
「どうしたんですかアリサさん。何かあったんですか?」
話をそらす。そしてレニスの試みはうまくいったようだ。
「ええ、急なお仕事が入ってきたの…。申し訳ないのだけれど、ジョートショップまで戻って来てくれないかしら?」
「構いませんよ。……っと、トリーシャ、剣返せ」
「あっ、ハイ」
トリーシャから剣を受け取り、アリサと共にさくら亭を後にするレニス。
しかし――――
「決めたぞ、アレフ。先に彼女を口説いたほうが勝ちだ」
「何!?」
「それでは、お嬢さん方ごきげんよう」
「って、おい!!」
言うだけ言うとガイはさくら亭を出て行ってしまった……。



―――ジョートショップ―――
「殺すか」
ガイより先回りしたアレフから事情を聞き終わった後、いの一番に言ったレニスの台詞である。
「おいおい、物騒だな」
「当然だ。そんな大それたことをしでかそうとする輩は、この俺が許さん」
眼がマジである。アレフは半身引きながらも訊ねる。
「じゃあ、アルベルトは?」
「あいつは基本的に悪い奴じゃない。そういう意味ではアリサさんも相手にしていないからな。…だがあの屑なら話は別だ。まあ、殺すの

は保留にするとしても…どうするか」
「ああ、いくらなんでもアリサさんを口説くなんて俺には出来ない」
「そうだな…」
「あの人は亡くなった旦那さん以外を好きになりそうじゃないし…」
「………」
「…レニス?」
「ん?…ああ、何だ?」
「なんだ、じゃないだろう。ガイの奴をどうするかって話じゃないか」
「ああ、すまない。…そうだな、アリサさんに迷惑かけるのもなんだし、全部話す事にするか」



「と、言う訳なんですが」
「そう、そんな事があったの」
「とんでもない奴ッス」
全てを聞いたアリサが依頼表を取り出し、レニスに差し出した。
「実は、急に入った依頼ってイリアさんからなの。流れ者のナンパ師から鍵を取り返して、町から追い出して欲しいって」
「イリアから!?」
「なるほど…。力ずくで取り返せば楽なんだけど、それじゃ本当の犯罪者になるからな…」
「レニスさん、眼がマジっス…」
「ま、そういうことならアリサさんに任せるしかないな。俺はこういった事の経験は皆無に等しいし」
「ええ、任せて頂戴」


結局、花束を持ったガイが来たのは、それから数十分後の事だった。
「私はあなたを一目見て心奪われた者です。コレは…あなたへの捧げ物です」
「まぁ…、どうもありがとうございます」
人付き合いの上手いアリサは、騙している事などおくびにも出さない。
「…それでは、これから私とお茶をご一緒していただけますか?」
「いいですよ。…でも条件があります。それを飲んでいただけるのなら」
そう言って、ニッコリと微笑む。
その瞬間、ガイは小躍りしたくなる衝動を必死に抑え、アリサに見えない所で密かに拳を握り締めていた。
「…いいでしょう。その条件とはなんですか」
「一つはイリアさんから貰った鍵を返却し、謝ること。もう一つは今日中にこの町から出て行くこと」
その瞬間、ガイの頭の中が真っ白になる。
「なっ…!?」
「私は、人が傷つく様な事を平気でして、反省もしないような人は嫌いなんです」
そう言って再び微笑む。最も、先程の笑みとは違い、ある種の威圧感が漂っていたが。
「…くっ!分かりましたよ。鍵は返しましょう。こんな最低な町、こっちから出て行ってやる!」
大声で怒鳴ると、鍵をテーブルに叩きつけ、そのままの勢いで店の外へと出て行った。
おそらく、そのまま町から出るつもりなのだろう。


「ふう、やっと終わったよ。…でもアリサさんちょっと怖かったな、そう思わないか?レニ…ス…?」
一部始終を物陰から見守っていたアレフが、隣にいるレニスに声をかけようと振り向いた場所には……誰もいなかった。
「あれ…?どこいったんだ…?」
しばらくその場で考え込む。と―――――

ヒュボオオオオオオオオオオ!!!!!

凄まじいい轟音が響き渡る!
慌てて窓の外を見ると、町から少し離れた街道の辺りに、天まで届かんとばかりに巨大な火柱が立ち上っていた。
「………あれって…」
呆然と呟くアレフ。数秒後、火柱は消え去り、先程までの静けさが戻ってくる。
「どうした、アレフ。変な顔して」
「うおっっっっ!!!!!」
突然かけられた声に振り向くと、驚いた顔をしたレニスが立っていた。
「ったく、どうしたんだ?いきなり大声出して」
「い、いや、なんでもない」
そう言って再び窓の外を見る。恐らくは、転移でもしてどこかに出掛けていたのだろう。
「あ、あのさ…レニス?」
「なんだ、アレフ?」
外を見ているので表情は分からないが、声からして、とても上機嫌な顔をしているのだろう。
「あー…ガイの奴って…どうなったのかな?」
「ああ、あの男か」
レニスの声が変わる。言葉には表せないほどの、小さな変化。
「……余計な事を言わなければ、五体満足で町から出れたものを…」
「……三回連続で転移させるのって疲れるのよねー」
レニス続いてイリスの声が聞こえる。その言葉が耳に入って来たとき、アレフの精神は思考の渦に飲み込まれた。
(余計な事?五体満足?三回連続で転移って……行って…戻って…『三回』って何!?)
突然、目の前にイリスが現れ、一言呟いた。
「お魚って…可愛いよね」
クスッと笑い、再び視界から姿を消す。
「……………………」

アレフが「考えるのはよそう」と言う結論に達するのに、そう長い時間は掛からなかった。
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