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第十五話 懺悔
ティクス


朝の混雑が過ぎ去ったさくら亭。
パティが後かたずけをしていると―――

カランカラン――――

「いらっしゃい…って!?」
「やっほー、パティちゃん。泊まり来たよー♪」



――――――――――――――
「久しぶりだね、睦月」
「リサさんもお元気そうで」
リサに向かい元気よく挨拶をする少女―――睦月。
如月の冒険者時代の相棒(現在もその関係は継続中)で、良家の奥様でもある。
「それで…」
リサが幾分言い辛そうに口を開く。
「ん?」
「…もう、いいのかい?」
その質問に睦月は小さく微笑みながら、
「あの時も言ったけど…サンドラの苦しみとレニスがやった事を無駄にするようなことはしたくないの」
そう答える。
「ま、それはこっちに置いといて」
『置いといて』の所でジェスチャーしながら、睦月は元気よく宣言する。
「二週間ぐらいこっちにいるつもりなんで、よろしく!」

「『よろしく!』じゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」

スコーーーン!!

突如、店の外から聞こえて来た大声と共に飛来して来たチョップ棒が、睦月のどたまに命中する!

カランカラン――――

「さて、睦月も捕まえた事だし。邪魔したな」
そう言って、さっさと出て行こうとする男―――如月を慌てて引き止めるパティ。
ちなみに、睦月は先程の一撃で伸びている。
「ちょ、ちょっと!うちの客をどうする気よ!」
「どうするって……強制送還だが?」
さらっと酷いことを言う如月。恐ろしい事に目が笑っていない。
「ハァ、ハァ、ハァ……如月さん、足速いよ〜……」
息を切らせながら入ってきたトリーシャは、小さな抗議の声を上げ、その場に座り込んだ。
「わざわざ付いて来なくてもよかったのに…あ、チョップ棒返すな。助かったよ」
その場に落ちていたチョップ棒を拾い上げ、トリーシャに手渡す。
「さて、それじゃ…ん?いない!?」

ヒュッ…

ガシィィィィィィッ!!!!

「……なにをする睦月」
「それはこっちの台詞よ如月」
いつの間に抜いたのか。睦月は、全長二mもの巨大な剣を、如月に向かって振り下ろしており。如月の方は、半ばまで抜いた愛刀でそれを受け止めていた。恐らく、完全に抜いていたら、如月の体は真っ二つになっていたであろう事は間違いない。
「何でこんなことしたのか、説明してもらいましょうか?」
剣にさらに力を込め、ニッコリ笑いながら訊ねる睦月。その身に纏う殺気が無ければ、まるで女神もかくやと言うほどの美しい笑顔である。
「いやなに。つい先日、ハセルばーさんからお前を捕まえて送り返してくれ、との手紙が来てな」
押し返しながらも答えるその声には余裕が無い。
「ふ〜ん……それで?」
「いや、決して『お礼に緑茶&わらび餅一年分差し上げましょう』と手紙に書かれていたからではないぞ。うん」
「……………………………………………殺ス」
如月の失言でさらに殺気が膨れ上がる。魔王も裸足で逃げ出す恐ろしさ(笑)
(こ、これは…!死ぬ、死んでしまう!!ああ、ごめんなさいノイマンさん。僕は恩返しをする前に死んでしまいます。先立つ不幸をお許しください………って、死にたくねぇーーー!!緑茶&わらび餅一年分を手に入れるまでは!!)

スパパーーーーーン!!

「いい加減にしとけ。お前らの喧嘩は周囲に甚大な被害を与えると言うのが解らんのか」
いつの間に来たのか、チョップ棒を片手に持ったレニスが呆れ顔でそこに立っていた。
「痛いぞレニス」
「じゃかあしい。パティの機嫌が悪くなったらお昼のCランチの味に影響が出るんだ。俺にとっては死活問題なんだからな」
「……誉めるのかけなすのかどっちかにしてよ…」
パティの呟きを闇に滅しながらチョップ棒をトリーシャに返す。
《お二人は相変わらず仲がいいのですな》
《ミャ、この二人が仲違いする事は天地がひっくり返ってもありえニャいミャ》
レニスの足元では、つい先日登場したばかりの使い魔コンビが、可愛らしい声を上げていた。
「…はれ?なんで白狛が?もしかして彼女もここにいるの?」
「いんや。あいつから頼まれて預かってるんだ。断る理由も無かったからな」
睦月の疑問に苦笑気味に答えるレニス。
その横ではトリーシャが白狛に小さく耳打ちをしていた。
「ねね、白狛のご主人様ってさ、もしかして女の人?」
《うむ。その通りだが…それが何か?》
「へえ、興味あるね。どんな人なんだい?」
会話を聞いていたリサも加わってくる。
《とても美しい女性だ。雪のように白い肌、深緑の瞳と薄紅色の髪を持ち、名をシファネと言う》
「そんなに綺麗な人なの?」
《ミャ、ハッキリ言ってあんな美人は滅多にいないミャ。世界でも五本の指に入るんじゃニャいかミャ?》
赤琥まで加わってくる。これはもう止められんな。
「あー、シファネだろ?あいつ美人なのはいいんだが、あの性格は何とかならんのか?」
如月参戦。
《そんニャの無理に決まってるミャ。シファネさんと主の性格は死んでも直らニャいミャ》
「そういえばレニスとはすごく仲良いよね。あの二人こそどうなってんのか……」
睦月参戦。
「ボウヤも隅に置けないねぇ」
「それにしても、よくレニスに預けられる気になったね。白狛」
《主が絶対の信頼を置く方だ。我もレニス殿の事は嫌いではないからな》
「ね、ね、二人ってもしかして付き合ってた?」
「うーん。それは無いな。でも、俺達よりも仲がよかったぞ。レニスにとっても『特別』だったみたいだし」
「特別?それってどういう……」

ヒュボッ!!

「わぁっ!?」
「ぬおっ!?」
いつの間にか円陣を組んでいた一同の目の前に、突如、赤い炎が舞い踊った。
「お前等えーかげんにせーよ?」
そこには、少しキレかけのレニスが、右手で白い火の玉をを弄びながら微笑んでいる姿があった。
《ミャ、ミャー》
「赤琥。あとで仕置き決定な]
《ミ〜…》
「ハハハ…、レニスさん眼が笑ってないよ…?」
「気のせいさトリーシャ」
「レ、レニス。俺としてはその手の炎を消して欲しいんだが」
「…もう余計な事は言うなよ」
腕を一振りし火を消すとそのままカウンターの席につく。
「…ん?」
奇妙な気配を感じたレニスはそちらの方に目を向ける
「…………………」
「どうした、パティ?」

ドンッ!!!

「なんでもないわ、レニス」
「……そ、そうか?」
「ええ、気にしないで」
それ以上聞いてはいけない。
まな板に深々と突き刺さった(貫通した)包丁を見ながらレニスはそう確信した。
(……何故不機嫌になっているんだ?まぁ…これで今日のCランチはボツ確定だな…………はぁ)
涙を飲んで耐え忍ぶ。…そこまで好きかCランチが。
「当然だ。あの鳥のから揚げを噛み締めた時の油の甘味が…」
「…レニス。傍から見たら危険人物だぞ」
「…すまん如月。今日のCランチがボツかと思うと…くっ」
「……そうか。何で機嫌が悪いのかな?」
「俺が知るわけなかろう?」
「そりゃそうだ」
「………………似たもの同士」
二人の会話を聞いていた睦月は、そう呟いて大きな溜め息をついた。



「どうしたんだパティ?そんな不機嫌な顔して」
「父さん……。別に、どうもしないわよ」
パティの言葉に苦笑しながら現れたのは、さくら亭の主人にしてパティの父親、陸見(りくみ)・ソールであった。
「おーおー。どうもしないのにまな板一枚ダメにしたのか?」
ニヤニヤしながらパティの手元にあるまな板を手に取る。
なぜか怒らない事を不思議に思ったリサが訊ねる。
「いつから聞いていたんだい、マスター」
「ん〜…レニスがそこの二人を殴り飛ばした辺りかな?」
つまりほとんど最初からである。
「自分の店で立ち聞きとは…いいご趣味で」
「そう言うなレニス。……まぁ、そのおかげで面白い事がわかったけどな」
「面白い事?」
「一つはプライベートな事なので秘密だ。もう一つはパティの事だな。ふっふっふっ…」
「と、父さん!?」
「どうしたパティ、何を焦っている? …ふっふっふっ、父さんに隠し事をしても無駄だぞ?」
慌てふためくパティと意味深な笑顔を浮かべる陸見。
どうやらパティはこの父親に頭が上がらないらしい。
「さてと、レニス、話があるからちょっと上まで来てくれないか?」
「ここじゃダメなのか?」
陸見からの突然の誘いに困惑するレニス。
ちなみに、周囲の人間は興味津々といった感じで行方を見守っている。
「俺の方は良いけど……な」
含みのある台詞を吐きレニスのほうをジッと見る陸見。
「…………………わかった。行こう」
長考の後、レニスはその申し出を受け、席を立った。




バタン――
「で?何の用だマスター?」
「……久しぶりだな。レニス」
「…さっき話もしたし昨日も会ったと思うが?」
陸見に背を向け、顔を右手で覆う。
「ああ、『ジョートショップの青年』とは会ったな」
「…………」
「いい加減に白状してくれないとアリサさんにばらすぜ?」
「……ふぅ、いつから気付いた?陸見」
「ほとんど最初から、とゆーよりもほとんど外見が変わってないんだ。お前を知ってる奴ならすぐにわかると思うが?」
「…俺を知ってるからこそ、気付かれないと思ったんだが」
「確かに。お前を知っている他の連中もそこがネックになっているようだからな」
「………………」
「………………」
「……何も聞かないのか?」
「…なら一つだけ。なんで名乗らない?」
「今の状況で名乗ったらアリサに迷惑が…」
「なにふざけた事ぬかしてやがる」
「………………」
「お前はそれを口実に逃げてるだけだろうが」
「違う…!」
「違わねぇよ。…怖いんだろう?あの時、この町から姿を消したことを責められるのが」
「そんな事は…!」
「あるよ…レニスよぉ、俺は…あいつ程じゃないがお前の事を知っている。…逃げるのは止めろ。約束が守れなかった事で自分を責めるのは止せ。誰も、お前が自分から約束を破っただなんて思っちゃいない。皆、許してくれる…」
「だとしても!!!」
大声を上げ、自分の体を抱きしめるレニス。
その姿はまるで―――――
「周りが許してくれても…俺が、自分を許せない……」
「レニス――」
「自分の意思ではないとはいえ…この町から消え……やっと、帰ってこれたと思ったら…いると思っていた奴がいなくて……」
「………………」
「一緒にいてやると…守ってやると約束して……守れなくて…そんな時に、傍にいてやる事も出来ずに……あいつが必要としていた時に、傍にいてやる事も出来ずに…のほほんと、旅をしていた自分が許せなくて……一人じゃなかった自分が許せなくて…」
「…もういい」
「俺は…俺は…!」
「もういい、レニス!」
その姿はまるで―――自分の大事なものを自分で壊してしまって泣いている子供のようで―――悲しかった。



「……ハァ…ハァ…すまん」
「いや…気にすんな」
「……どっちにしろ、今回の事件が片付くまでは名乗るつもりはない」
「何故だ?」
「恐らく、犯人の狙いが俺ではなく、ジョートショップの方にあるからだ」
「なん…!どう言う事だ。ジョートショップをどうこうして得する奴がいるとは思えん」
「いるんだよ。名乗ればそいつらに逃げられる恐れがある。…まだ尻尾を掴んでいない。だから…」
「お前が名乗った所でほとんど変わらんと思うが…」
「いや、その…な」
「…?」
「別口で…ちょっと」
「何したんだお前…」
「スマン。これは言えない。…終わったらちゃんと説明するから」
「…わぁーったよ。でも、ちゃんと説明してくれよ?」
「はいはい。…それより腹が減ったぞ。Cランチ食わせろ」
「相変わらずこだわるな…たまには他の物も注文してくれ」
「いやだ」
「ガキめ…」
「まだ十九歳だからな、お前にしてみりゃ十分ガキだろ」
そう言って微笑み、レニスは部屋を出て行った。



「そうか…あいつは十九歳なのか……ハァ…」
陸見はしばらくジッとしていたが、再度、大きな溜め息をつくと、騒がしくなった食堂へと向かった。
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