第十七話 汝炎を統べし者(後編)
魔竜サイド―――
「神無月流剣術奥義!伍ノ太刀・紅坂!!」
勢いを殺さずにそのまま突撃し、魔竜の体を切り裂きながら上へ上へと上って行く。
「まだだ!!弐ノ太刀・蓮華!!」
背中で立ち止まり、凄まじい速さで両の翼を切り裂く。
「おのれ!エネジーアロー!!」
牽制の魔法で如月をその背から下ろし、続けて魔法を放つ。
「クリムゾン・ナパーム!!」
「やらせない!ウィンド・ファランクス!!」
突如、横から飛んで来た圧縮空気の槍が魔竜に命中。魔竜の放った魔法は狙いを大きく外した。
「睦月!」
「一人で突っ走らない!行くよ!!」
そのまま突っ込み、その大きな剣を振り回す。
「この程度!!ライトニング・ジャベ――!!」
「やかましい!!レイ・アーク!!」
呪文を詠唱する前に如月の魔法に邪魔をされ、満足に反撃もできない魔竜。だが―――
「こざかしい!!」
おもむろに口を開くと、そこから高密度の魔力の塊が吐き出される。
ガァァァァァアッ!!
「ぐぅぅぅぅっ!!」
「…きっつ〜」
何とか耐え抜くものの、そのダメージはかなりの物だ。
「人間風情が…」
「へっ…調子に乗るなよ……」
「それはこちらの台詞だ!!」
火竜サイド―――
「せぇぇぇぇぇっ!!!」
ブォン!!
「グォォォォォォォッ!!!」
「おっと」
一撃を入れた後、振りかざされた爪の一撃を軽く飛んで避けるエル。
「図体がデカイだけで大した事ないね」
「ちょっとエル、油断しちゃダメよ」
「わかってるよ」
こちらは先程からエルとパティがヒット&アウェイを繰り返し、確実にダメージを与えている。
レニスは―――
「カーマイン・スプレッド!!」
ドン ドン ドン!
魔法による援護攻撃を行っているが…
「ちょっと!火竜に火炎系魔法が効く訳無いでしょ!」
「いいじゃないか。爆風で体勢は崩せるんだし」
「そりゃあそうだけど…」
「せめて別の属性にしなさいよ」
そうこうやってるうちに火竜が体制を立て直している。
「クソッ、タフな奴だ……これで!!」
「待て、エル!退け!」
レニスの緊迫した声に反応し、その場から勢い良く飛び退くエル。すると―――
ヒュゴァァァァァァァァッ!!!
真っ赤な炎が先程までエルのいた空間をを焼き尽くす。
あまりの熱量に、その周りの岩が溶けていた。
こちらの被害はレニスのおかげでほぼゼロ。あえて言うならパティが棒を取り落とし、
それが消し炭になったぐらいのものである。
「……冗談じゃない。こんなの食らったらひとたまりも無いよ」
「どうやら攻撃方法をブレス主体に切り替えたようだな」
「…マジ?」
どうやら、楽勝というわけにはいかないようだ。
鎧竜サイド―――
他のサイドとは違い、こちらは膠着状態にもつれ込んでいた。
鎧竜の攻撃は基本的に簡単に避けれるのだが、いかんせん攻撃が一切通用しない。
お互いに決め手を欠いたまま既に十分は経過している。
「くっ…、かてぇ〜…」
「鎧竜の名は伊達じゃないねぇ」
ぼやきながらも鎧竜の突進をあっさりかわすリサ。
「しかし…このままではジリ貧だ」
《奴のスタミナは底無しだからな…》
「せめてレニス様と如月さんが来るまでは持ち堪えないと」
「だね。それじゃ…イリス、いっきまーす!!」
勢い良く突撃するが…
「きゃうっ!」
《イリス!無茶するな》
「あ〜ぁ…ごめん赤琥」
弾き飛ばされた所を赤琥に拾われる。
「アレフ!アルベルト!そっち行ったよ!」
「へっ!!レニスを待つまでもねえ、この俺が叩っ切ってやる!!」
そうして、無駄な体力を使おうとするアルベルトを押さえつつ、アレフ達は厄介な敵と睨み合いを続ける―――
魔竜サイド―――
「それはこちらの台詞だ!!」
再び口を開け、高密度の魔力を吐き出そうとする。しかし――
「どうする?」
「待ちましょう」
「だな」
なぜか、かなりの余裕を持っている二人。その様子を見た魔竜は怒り、その魔力に全ての力を注ぐ。
「死ねぇっ!!」
そして、魔力を放とうとした瞬間―――!!
ドゴオオオオォォォォッ!!!!
「ゲヒャァァァァァアアァッ!!?」
再び横から飛んで来た魔法が魔力塊に接触。その結果―――
「だーいばーくはーつってね♪」
「ぎ、ぎざばら……!!」
「その口じゃもうブレスは使えないだろう?魔法もな」
「戦場では常に周りを見ないと生き残れないわよ?」
それぞれの武器を構え、特殊な呼吸法を開始する二人。
「……はぁぁぁ…」
「……ひゅぅぅ…」
そして、
『神無月流剣術双奥技・霊子千月破!!』
残像を残すほどのスピードで、二人が魔竜の周囲を駆け回り、三日月の輝きを思わせる軌跡を数十、いや、数百生み出していく。
『斬!!』
そして最後に、左右から二人の渾身の一撃を受け、魔竜はその体を地面に横たえた……。
火竜サイド―――
ヒュゴォォォォォォォ……
「あつっ!…っく〜…、これじゃ近づけないわ」
「そうでもないけど…ルーン・バレット!!」
レニスが魔法を放つが、あっさり鱗に弾かれる。
「あーもう!だから他の属性を使いなさいって言ってるでしょ!?」
「使ってもいいけど大した威力じゃないからな、たぶん結果は同じだ」
返事を返しながら再び火炎弾を放つ。が、火竜はそれをあっさり避ける。
「どうせなら当てなさいよ…」
「いや、パティ、どうやら当たりみたいだよ」
その言葉に振り向くと、エルの指し示す方向に、レニスの火炎弾により魔力塊を爆発させられた魔竜の姿があった。
「あいつに効かなくても他の奴には効くからな」
再び呪文の詠唱を開始。火竜の方もブレスの発射体制に入るが―――
「遅い!!マグナ・ブラスト!!」
一瞬速くレニスの魔法が完成、発動する。
「ガァァァァァァッ!!?」
地面が割れ、そのクレパスから紅蓮の炎が舞い上がる。
その勢いで大地が隆起し、即席の岩の牢獄が完成、火竜を封じ込める。
「エル、パティ、今の内にアレフ達の所へ行け!」
「え!?」
「どうやら向こうの方がやばそうだ。だから向こうの援護に向かってくれ」
「何言ってんだ!?一人で火竜を相手にするつもりか?」
「こっちはどうとでもなる。それに……」
そこでレニスは小さく笑う。
「最強の援軍の到着だ」
鎧竜サイド―――
一切の攻撃を受け付けず、疲れを知らないかのごとく突撃を繰り返してくる鎧竜。
しかし、アレフ達の方は、その顔に疲労の色が浮かび、動きも先程までの切れが無くなって来ていた。
「ハァ、ハァ、本当に、バケモンだな、ハァ、ハァ、こいつは」
さすがのアルベルトも体力が限界に近づいたのか息も絶え絶えである。
《鎧竜の強さの秘密は、絶対の防御の他に、この無限とも思えるスタミナも関係しているようだな》
「そこぉ!冷静に分析する暇があったら何か手立てを考えろ!!」
「ハイハイ、静かにしなアレフ。体力の無駄だよ」
白狛に突っ込みを入れるアレフをなだめながらも、リサは鎧竜から注意を外さない。
しばらく今までと変わらない行動を繰り返していたが、突如、鎧竜が今まで見せなかったスピードを出し、アルベルトの方へと突撃する。
「な!?しまっ…!」
パターンにはまっていたアルベルトは、その動きに対応できず、行動が遅れる。
「アルベルト!!」
「くっ…のぉぉぉぉっ!!」
避けられない―――誰もがそう思ったその時。
「せいっ!!」
ドゴォッ!!!!
「……Gaoo」
盛大に吹っ飛ばされる鎧竜。そして、その傍には―――
「隊長!!」
「怪我は無いか、アル?遅れてすまなかったな」
「いえ!そんな……」
しばらくは嬉しさに打ち震えていたアルベルトだが、鎧竜が何事も無かったかのように立ち上がるのを見て、慌てて立ち上がる。
「鎧竜か…厄介だな」
「ご存知なんですか?隊長」
「うむ。一度、相対したことがあったのだが…逃げる事しか出来なかった」
「な…!?」
絶句する一同。まあ無理もないが。
「リカルドさん」
「君は…確かレニス君の?」
「はい、フレアです。レニス様からの伝言をお伝えします。『鎧竜は任せた、そこにいる連中も好きに使っていい。火竜は俺が引き受ける。 P.Sこの件が終わったらさくら亭のCランチ奢れ』とのことです」
リカルドはその伝言に苦笑しながらも、すぐにアルベルト達に指示を出し始めた。
「リカルド隊長のお出ましだ…俺達も行くか」
「レニスは?放っておくの?」
「火竜ごとき瞬殺できるあいつが何もしないんだ。何かあると見ていいだろうな」
「だから後回し? ま、いいけどね」
二人は、一人火竜と相対するレニスに向かい、ビッと親指を立て、すぐさま鎧竜の方へと駆け出した。
「ねえエル」
「なんだ、パティ」
「鎧竜の動き…速くなってない?」
パティの指摘通り、いくら疲れが出てきたとは言え、先程まで軽々と避けれた突撃が、今や際どく避けるといった感じになっている。
「……確かに。このままじゃヤバイね」
「レニスの言う通りになったわね」
もうこれ以上何も起こらないでくれ、と心の中で呟きながら二人は鎧竜との戦場に向かった。
火竜サイド―――
レニスは、向こうで親指をビッと立てている二人に、ピースサインを返しながら思案していた。
(何か在るのは確かなんだが…分からん。……普通に殺ったらヤバイ…よな?)
その間にも、即席の牢獄から抜け出した火竜が、炎のブレスを吐き続ける。
「何か分かるまで時間稼ぎ……だな、よし!!」
レニスは気合を入れると、再び火竜との追いかけっこを再開した。
鎧竜サイド―――
こちらではリカルドの指揮の下、鎧竜との睨み合いが続いている。
しかし、鎧竜のほうは先程から謎の成長を続け、能力が上昇しており、リカルド達も指をくわえてその様子を見続けるだけではなかった。
「今だっ!アル!アレフ君!」
『おおおおおおおおおっ!!!!』
二人の全力の一撃が鎧竜の両足に直撃する。
ダメージこそ無いものの、その衝撃でバランスを崩す鎧竜。
その間、リサがナイフを両目に投げつけるが、これは瞼を閉じられたために防がれる。
そして、その隙をリカルドは見逃さない。
「イフリータ・キッス!」
腕力増強の精霊魔法を使い、自分の全ての力をこの一撃に込める。
「ファイナルストライク!!」
赤い光を纏わせた剣が、恐らく最も装甲の薄い部分――首筋に向かって振り落とされ――――
キィィ――ン―――――
「何っ!?」
「馬鹿なっ!!」
リカルドの最大の攻撃力を持った一撃は、その鱗の表面に小さな傷を付けるのみに終わった。
「Gaooooooooo!!!!!」
「がっ!!」
そして、雄叫びを上げた鎧竜の尻尾が一振りされリサが吹き飛び、
「Gyuuooooooo!!!!!」
「なっ、話が違うぜ!?」
ドオォォォォォォォン……
そして、アレフとアルベルトは、鎧竜の放った『高密度の魔力塊』により、致命傷には至らぬものの、甚大なダメージを受けた。
「鎧竜がブレス使うって……なんてインチキ!!」
「イリス姉様、他人の台詞を言ってる暇があるなら手を動かしてください」
「やってるわよ!」
精霊の姉妹は、転移の術を使い、行動不能に陥った三人を拾い上げる。
「ちょっと、大丈夫!?」
「ひどいもんだね…」
そこへパティとエルの二人が駆けつけ、思わず声を上げる。
「丁度いいわ、この三人の事お願いね。行くよレミア!」
「はい」
そのまま三人を押し付け、返事も聞かずに飛び出していってしまった。
一方、鎧竜との戦いの場には、如月と睦月が駆け付け、なんとか膠着状態にまで押し返す事に成功していた。
「神無月流剣術奥義!四ノ太刀・走牙!!」
如月が、神速の速さですれ違いざまに斬りつけるも、やはり傷一つ付ける事が出来ない。
「睦月、突貫します!!シヴァンストライク!!」
《炎よ、我が意に従え!!》
《はぁぁぁぁっ!!》
睦月と使い魔二匹の連続攻撃が立て続けに命中するが、横倒しにする事は出来ても、ダメージは全く与えられない。
「むぅ…、このままでは……よし」
「リカルド隊長?」
「もう一度行く。如月君、援護を頼む!」
「隊長!? …ちっ!仕方ない、ちょっときついが…」
一瞬、リカルドを止めようとした如月だが、すぐに呪文の詠唱を始めた。
(レニスがいない状態では手は一つしかないか…)
考えをまとめ、すぐさま実行に移す。
「アース・クレッシェンド!!」
ゴガアッ!!
「……やはりダメージ無しか…」
今の鎧竜ははっきり言って異常だった。
動きが速くなる。これはまだいい。しかし、身体の構造上絶対に使えないはずのブレスを放ち、しかも先程からちらほらと撃ってくるのは魔法である。
竜族では、魔竜しか使えない筈の……
「Gyooooooooaaaaaaa!!!」
咆哮と共に数十の氷槍が出現し、雨あられと降り注ぐ。
「くっ…!これじゃ足元を壊しても隊長が近づけない。…行かなきゃダメか」
ぼやきながら再び鎧竜に向かって行く如月だが、その胸中は穏やかではなかった。
(あぐっ…!さっきのブレスのダメージが予想以上に大きい……もつか?)
「如月! リカルドさん突撃して行くけど何する気!?」
「睦月か……、このままじゃら致があかないからもう一回斬るんだと」
「…………なんとまあ…」
「と言う訳だから――」
「…私がやるわ。今の如月じゃきついでしょ?」
「スマン、睦月」
「さくら亭のAランチで手を打ってあげるわ」
「今月は厳しいんだが…仕方ないな」
如月は楽しそうに笑うと再び鎧竜の元へと駆け出した。
火竜サイド―――
その頃レニスの相対する火竜の動きが変わった。
「ん…? なっ!?」
突如、火竜の胸が割れ、無数の触手が飛び出しレニスの全身を絡め取る。
「くっ…! こいつ…!?」
触手に巻き付かれた瞬間、奇妙な脱力感を感じたレニスは一瞬でその正体を悟った。
「本気か!? 何でここまで…! まさか!!」
次の瞬間、レニスの視界は血と炎の乱舞に埋め尽くされていた―――――
鎧竜サイド―――
少し時間はさかのぼる。
リカルドは鎧竜の放つ魔法とブレスの雨により近づけないでいた。
よしんば、魔法とブレスを掻い潜ったとしても、その巨体がすさまじい速さで突進してくるのだ。
ハッキリ言って手が出せない。
「『援護を頼む』ってリカルド隊長も無茶言うよなあ」
「これもお仕事でしょ? さ、やることやって終わらそう」
そのまま散開し鎧竜の注意を引きつけようとするが……
「こっちは無視かい」
「今自分を倒せる人間がリカルドさんしかいないって気づいてるのかもね」
「だったら、注意を向けざるを得なくしてやるさ!」
一声叫ぶと再度「走牙」で突撃し、斬りつけた後鎧竜の近くで急停止する。
「食らえ!零距離レイ・アーク!!」
両の手を鎧竜の足に当て、現在出せる全魔力を放出する。
「まだだ!フォレスト・バーン!!」
続けて放たれた爆発の勢いもプラスされ、轟音とともに俯きに倒れ込む。
「今です!」
「うむ!」
如月の声に応えリカルドが走る。が―――
グルン
「おいおいおいおーい!?」
「それこそ正に反則でしょう!?」
なんと、鎧竜はその首を180度回転させリカルドにブレスを放とうとしているのだ。
「今更避けた所で……ならば!!」
ブレスを撃たせまいとスピードを上げるリカルドだが……
「奴の方が…速い…!」
「…っ、間に合わない!?」
何とか鎧竜のブレス発射を阻止しようとする二人―――
「はぁぁぁぁぁっ!」
撃たせまいと更に加速するリカルド―――
―――そして、竜の口からそれが放たれる瞬間。
―――リカルドの横を、「何か」が通り過ぎる。
―――極限まで高められたリカルドの集中力がそれを捕らえ、認識する。
―――それは、一直線に竜の口へと向かい―――接触。
ドゴオオオオオオォォォ!!!
そして爆発。
「イフリータ・キッス!!」
再び腕力増強の魔法を自分に掛け、自分の力の全てを込める。
「ファイナル…!!」
ここまでは先程と同じ。
しかし、今は如月と睦月がいる。
『オーバーブースト!!』
睦月の口から、聞いたことの無い呪文が飛び出す。
それと同時に、リカルドの剣に掛けられた魔法が、より一層その輝きを増す。
「…ストライク!!」
そして―――鎧竜の首が―――音も無く―――地に、落ちた―――
同時刻・自警団事務所屋上にて―――
「こんなものか……」
そういって、自警団第三部隊隊員ラピス・レンバードンは構えていた長大なライフルを下ろした。
「後は任せても大丈夫だろう」
訳の解らない言葉を呟き、そのまま事務所に入ろうとした所で、ふと足を止める。
「……そうだな。このままという訳にもいかないか…」
しばし、そのままの状態で考え込んでいると、屋内に続く扉が開いた。
「ラピス、こんな所にいたのか。仕事で少し手伝って欲しい事が……」
「ロビンか」
屋上に来た同僚にそっけない返事を返し、再び元の姿勢に戻る。
「…おーい、ラピスー?……」
「…そうだな、そうするか」
なにかの結論を出したラピスは、ロビンを無視してそのまま屋上を出て行った。
「……俺、無視?」
無視された悲しさからか、地面に「の」の字を書きだすロビン。
「…ロビン、何をしている?」
「ラ、ラピス!?」
いなくなったと思っていたラピスが、いきなり戻ってきたので慌てるロビン。
「ああ、ちょっと手伝ってくれ。さっき言っていた仕事の代わりにな」
「へ?」
「さ、行くぞ」
そのままずりずりと引き摺られていくロビン。
「…俺の意思は…?」
「そんなものは無い」
その日、自警団事務所で不気味な泣き声を聞いたという情報が多数送られたという……。
「……終わったよね?」
「流石に首を切ればな…」
ぐったりとした様子の二人が確認するように鎧竜の骸を見る。
「…くっ…? 終わったの…か?」
聞こえた声に振り向くと、倒れていた一同が呆然とこちらを見ていた。
「ああ、流石はリカルド隊長って所か。一刀両断って奴だな」
「如月君。私一人で倒したわけではないよ。それに…」
「それに?」
「いや…、なんでもない(あの時、鎧竜の放とうとしたブレスを
爆発させたのは…やはり)それよりもレニス君の方は………」
リカルドが喋るのと、一同の耳に巨大な爆発音が聞こえてきたのは
ほぼ、同時だった。
「う…そ……」
誰かが淡々と呟く声が聞こえる。
その声は不思議と、その場にいる全ての者の耳に届いていた。
先程までレニスが戦っていた場所には今だ炎が舞い踊り、その熱で岩は溶け、
黒煙が天をも焦がさんとばかりに立ち上っている……
「レニスは…どこ…?」
パティがふらりと歩き出す。
「どこに…いるの…?」
「パ…パティ?」
ふらふらと歩くその足どりがだんだんしっかりして行き……
走り出した。
「レニスが…レニス…!!」
「待ちな、パティ!」
あわや後一歩で溶岩に足を踏み込むと言う所でリサがパティを抱き止める。
「放して!あそこにレニスが…レニスがいるの!!」
「落ち着くんだパティ!いくらなんでも…これじゃあ…」
リサに続きアレフもパティを落ち着かせようとするが、ひたすらに前に進もうとするパティ。
「放して!行かせてよぉっ! …レニス…ッ!」
「あー、盛り上がってる所申し訳ないんだけどー……ねえ?」
「………むつ…き?」
「生きてるわよ?レニス」
『………は?』
睦月の突然の一言に言葉を無くす一同。
その近くでは、困ったような申し訳ないような複雑な顔をした如月と睦月が、ポリポリと頭を掻いていた。
「俺達はな、伊達や酔狂で『炎熱の帝王』だの『爆炎の支配者』だの大層な二つ名をつけた訳じゃないんだ」
「ま、すぐわかるわよ……ほらね?」
睦月の言葉に促されるままに、今だ燃え続ける場所に視線を向けると―――
「炎が…踊ってる?」
エルがポソリと呟く。その言葉の通り、その場にある炎は奇妙な動きをしていた。
上へ舞い上がらずに真横に流れ、そうと思えば上から下へと移動する。
その動きはエルの呟き通り、炎の円舞のようであった。
「…おい!あれって…」
「レニス…?」
舞い踊る炎の中に人の影が見え始める。
炎は綺麗な弧を描き、その人影の左腕へと吸い込まれて行き――消えてゆく。
それはとても美しく、幻想的な…一つの完成された芸術のごとく………美しかった。
「ふう……、疲れた」
「ごくろーさん。いつもより時間が掛からなかったか?」
「爆発の範囲を俺の周囲だけに止めたからな…それより」
「ん?」
「終わったんだろう?だったら、俺の所に来る前にトリーシャ助けて来たらどうだ?」
「あ…!」
「それもそうね。さ、早く行くわよ」
そのまま如月を引き摺って石牢の方へ向かう睦月。
「あー!まてまて!トリーシャちゃんを助けるのは俺達自警団だ!!」
大声を上げながら二人を追うアルベルトと苦笑しながらその後を追うリカルド。
「如月は自警団員じゃないのか…?」
「ま、あいつなりに気を使った結果じゃないの? さ、行くよアレフ」
そのままリサ、エル、アレフの三人もその場を離れ―――
残ったのは、レニスとパティの二人だけだった。
レニスが今だ固まらない溶岩の上を汗一つかかずに歩いて来る。
「よっと……ん?どうかしたのかパティ?」
「なっ、なんでもないわよ!」
いつもと変わらぬ口調。いつもと変わらぬ顔。
それなのに、レニスの顔をまともに見ることが出来なかった。
(あ〜〜…やっぱりさっきのって…聞かれてたわよね? 恥ずかしくてまともに顔なんてあわせられないわよ)
顔を赤くしたままそっぽを向くパティを怪訝そうな顔で見るレニス。
「そう言えば爆音でよく聞こえなかったけど…なんか俺の事話してなかった?」
「…! え?う、ううん別に!何にも話してないわよ…って、わ、私達も早く行こう!」
そのまま早足で石牢の方へ歩き出す。
(聞こえてなかったんだ…はあ、安堵と不満がごっちゃ混ぜ…)
パティの背をしばらく眺めていたレニスだが、不意に小さく笑うと駆け足でパティに近寄り、
その耳元で小さく呟いた。
「心配してくれてありがとう」
「!!??」
レニスはそのまま素通りし、後には顔を真っ赤にしたパティが残された。
ペチペチ
「おーい。起きろトリーシャー」
「こっちも…フサの子供も起きないわよ」
ペチペチペチ
「おい!トリーシャちゃんは無事なんだろうな!?」
「命に別状はないわ。ただ寝てるだけよ。…でも起きないわねえ」
ペチペチペチペチ
「如月君…そろそろトリーシャの頬を叩くのは止めてくれないかね?」
「…そうですね、起きる気配もありませんし」
困った顔でいうリカルドに、すでにあきらめモードに入った如月が、トリーシャを叩いていた手を止める。
「散々大騒ぎしておいてお姫様がこれじゃあねえ」
「……あ、一つ方法があるかも」
苦笑気味に言うエルの言葉に、ひらめいたといった感じで手を打つ睦月。
「どうするんだ、睦月?」
「ふっ、眠り姫を目覚めさせる方法は一つだけよ」
その言葉に対する皆の反応は次の通りである。
「…おお!なるほどな」
「それなら確実かもしれないねえ」
「ま、トリーシャも文句は言わないだろうし。別に良いんじゃないかい?」
「やる相手は決まってるしなあ」
「むう……それは…?」
「…その方法ってなんだ?」
ちなみに、上からアレフ、リサ、エル、アルベルト、リカルド、如月である。
ちなみに、最後の二人は分かっていない。
「そりゃあ決まってるじゃないか…」
ガシッ
「眠り姫を目覚めさせる唯一の方法って言えば…」
ガシッ
「おい…なぜに俺の両腕を封じる。アレフ、アルベルト?」
「「いや、気にするな如月」」
にこやかな顔で声をハモらせながら答える二人。
「……で?目覚めさせる方法ってのは?」
この時の質問を、如月は後々まで後悔したと言う。
「王子様のキスに決まってるじゃない♪」
「………………………は?」
その言葉は、如月の時を止め、リカルドの額に血管を浮かび上がらせるという快挙を成し遂げた。
「もちろん王子様は如月って事で。じゃ行ってみよー!」
「ちょっと待てぇーーーーーー!?」
睦月に食ってかかろうとするが両腕をがっちりと固められている為その場で暴れているようにしか見えない。
「ささ、私達の事は気にせずにどうぞ一発!」
「お前は俺に死ねと!?」
「もー、大袈裟ねえ。そんなことあるわけないじゃない♪」
如月は切に願う。ならば今すぐ後ろの殺気をなんとかしてくれ。
「……如月君。私は、君が、眠っている女性にそういう事をするような男ではないと信じているよ?」
「は、はは……」
「さ、如月。……か・く・ご・は・い・い・か・し・ら?」
(勘弁してくれ……)
如月がどうするべきかと心の中で泣きながら考えていると。遅ればせながらも救いの手は差し伸べられた。
「リフレッシュ」
「……ん…ん〜、あれ?如月さんに…お父さん!皆も…」
「…チッ、後少しだったのに」
いきなり目覚めたトリーシャを見て小さく舌打ちをする睦月。
もちろん如月の視線は受け流す。
「睡眠薬かなにかで眠らされてたんだろ。解毒すればすぐに起きるさ」
「…助かったぞレニス」
神を見るような潤んだ目でレニスを見る如月に苦笑交じりの返事を返す。
「さすがにかわいそうだったんでな。…さて」
そこで言葉を切り、振り返る。
今までとは全く違う空気を身に纏い、完全に戦闘モードへと移行している。
「トリーシャもフサの子供も保護した…いい加減に出て来い」
「ヒャハハハハッ!やはり気付いてたかよ?レニス?」
突如、岩の陰から染み出るように出現する男。
「シャドウ…だったな? …今回の事、お前が仕組んだのか?」
「名前を覚えてくれてて光栄だぜ! …俺が黒幕かどうか…か?
その通りだよ!ヒャーッヒャヒャヒャヒャ!!」
「……トリーシャとフサをさらっただけじゃなく…あの三匹の竜。…マリオネットにしただろ?お前」
「え!?」
「どう言う意味だ!?」
「怪しすぎだろ…? 特に鎧竜。あんな事は自然界では絶対にありえない。
それに、火竜にしても自爆してまで俺を殺そうと言う理由が無い。
…死にたくなければとっととトリーシャ達を俺達に返せばいいんだからな」
絶句する一同。先程まで自分達が戦っていた竜達は、この男によって操られていたのだと
知らされれば、無理も無いかも知れない。
「こんな事をして…何が目的だ?」
「ヒャハハハ!俺はお前に憎まれればそれでいいんだよ!!
もっと憎め!もっとだ!もっともっともっと憎めぇぇぇっ!!」
いきなり大きな声で笑い出したシャドウに、アルベルトがあっさりキレた。
「このサイコ野郎が!!そうゆうことなら半殺しにして牢屋にぶち込んでやる!!」
「待て、アル!!」
リカルドの静止を振り切り、シャドウへ肉薄するアル。そして――
キィィィ―――――ン
「な…んだ?これは…?」
「残念だったなぁ」
黒い光に包まれたシャドウがいやらしい笑いを浮かべる。
「これはお釣りだ。取っておけ」
「があっ!」
ゴミ屑のように簡単に吹き飛ばされる。
「『闇の衣』か!」
「『闇の衣』?」
リカルドの呟きを聞きとめたエルが問い返す。
「唯一つの魔術以外の攻撃を全て遮る魔力障壁だ」
「その魔術って!?」
「いや、闇の衣共々その魔術は余りにも危険な為禁呪に指定されている…。
あのような術を…一体どこで…?」
「おいおいおいおい、世間話をしている余裕があるのかなあ?
俺様を何とかしないとここから帰れないぜえ?」
ニヤニヤ笑いながらこちらに歩み寄ってくる。
「ちっ、どうすりゃ…」
「うざいな」
そう言ってシャドウの前に出たレニスが手をかざし…
「ダーク・バレット!」
ちゅどーーーん!!
あっさり貫通し吹き飛ばされるシャドウ。
「続けてダーク・バレット!!」
ちゅどどーーーん!!
如月が放ち。
「さらにダーク・バレット!!!」
ちゅどどどーーーん!!
睦月が当たり前のように闇の弾丸を放つ。
「止め!『我手に集え魔界の黒狼、我に刃向かいし愚者達の魂を
その血肉と共に喰らうがいい!!死狼煉獄陣!!!」
レニスの左腕から飛び出した、十数匹の黒い炎の狼が一斉にシャドウに踊りかかり、その姿が視界から消えた。
そして狼達がいなくなった後には………何も残っていなかった。
「……逃げたか」
「やけにあっさり引いたわね」
「あの様子ならまた来るだろ」
何事も無かったかのように言葉を交わす三人。
しかし、リカルド達にしてみれば驚愕以外の何者でもない。
「あ…、レ、レニス君!い、今の術は…!?」
「…はあ?ダーク・バレットって言う術だが…それが何か?」
「それは…その術は禁呪に指定されているんだぞ!」
突然目の前で平気な顔して禁呪を使われ混乱してしまったリカルドが怒鳴るが
当の本人達はよく分かっていないようである。
「禁呪ねえ…?基本の術だぞ?…まあ、人間が簡単に使えるような物じゃないのも確かだが…」
「レニスにとってはそうかもしれないけど、私と如月には結構きついわよ?」
「ま、使い慣れたから問題無いけどさ。お手軽だし」
禁呪文を「お手軽」呼ばわり…恐るべし。
「なんか…レニスの台詞って、自分が人間じゃないって言ってる様に聞こえるんだが」
「さて、どうだろうな?そこら辺は好きに解釈してくれ、アレフ」
笑いながらアレフの肩を叩くとレニスはリカルドの方へと向き直った。
「さて、と……リカルド。今すぐ戻ってトリーシャの誕生日を祝ってやれ。
仕事が残っているなら俺が変わってやる。…どんな理由があるにせよ自分の
誕生日に親が居ないって言うのは…寂しいからな。俺もそうだったし」
「……わかった。すまないな、レニス君。それで、先程の魔法の件だが……」
いきなり父親の顔から自警団第一部隊隊長の顔になったリカルドの言葉に顔に手をやるレニス。
「あ〜…やっぱりまずいのか? まさかあの術が禁呪とは…」
「ふっふっふっ…レニス!これでお前を堂々と逮捕…」
てをワキワキさせながら凄く嬉しそうにレニスににじり寄るアルベルト。しかし――
「凄まじい魔法だったな。あんなに『赤く』美しい炎は見たことが無いよ」
「へ…!?た、隊長?」
「お父さん!」
眼が点になっているアルベルトを無視して踵を返すリカルド
「さ、帰ろうかトリーシャ。遅くなってしまったが…私にも誕生日を祝わせてくれるか?」
「え、あ、当たり前だよ! …ありがとうお父さん!」
そのまま笑顔で帰路に着くフォスター親子と、慌ててその後を追うアルベルト。
「さて、私達もトリーシャを祝いに行かないとね」
「おう!行こうぜ!!」
そして、レニス達ジョートショップ組も、トリーシャを祝う為帰路に着くのであった。