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第二十話 大追跡
ティクス


第二十話 大追跡



その日は、突き抜けるように青い空と美しい雲が見られる清々しい日であった。
フィリアは、レニスに頼まれた仕事を午前中で終え、
早く報告を終わらせてレニスと魅樹斗の三人で昼食をとろうと、
急ぎ足でジョートショップへと向かっていた。
「ふう、マスターと魅樹斗、待ちくたびれてるでしょうか。もっと早く帰れる予定だったのに」
仕事先で依頼主に気に入られてしまい、なぜか依頼主の息子と顔合わせさせられ、
さらに食事にまで誘われたのだが、昼食はレニス達と取りたかったので丁重にお断りして
帰ってきたのだ。
フィリアは別に約束をしたわけではない。
ただ、今までもそうであったし、レニス達の方もそれが当たり前のように時間を合わせて
くれているので、今日も三人で(アリサとテディも居てくれればなお良し)
一緒に食べたいと思っての行動であった。
「マスター、フィリア只今戻りました。…あれ?」
ようやくジョートショップに戻ってきたフィリアの視界には、
不機嫌な顔で散乱した書類を整理する魅樹斗の姿しかなかった。
「どうしたの魅樹斗? ……マスターは?」
周りを見渡すが、彼女の主は影も形も無い。
「今日アレフさんがデートをダブルブッキングしたんだ……」
「???」
脈絡も無くそんな事を聞かされ戸惑うフィリア。
「それで怒った女の子に追いかけられて――最初はその二人だけだったらしいんだけど
その数が数十人に膨れ上がったんだって。…自業自得だけど」
「…………………」
「そしてなぜかジョートショップに逃げ込んできて……」
「………マスターを連れて逃げたんですね…?」
話の内容が読めてきたフィリアが低い声で呟いた。
魅樹斗は黙って頷く。
「…………………」
「…………………」
暫しの沈黙。
「……ミキ。ここをお願いします」
「了解」
額に青筋を浮かべたフィリアはそのまま踵を返した。




カランカラン―――
「いらっしゃい!…あら、フィリアじゃない。どうしたの?」
「まさか『アレフを探してる』なんて言わないよね?」
さくら亭の看板娘パティと宿泊客(居候)のリサが口々に尋ねてくる。
何か臭う……どうやらリサは酒を飲んでいたようだ。
「そうです」
説明抜きで簡潔に答えた。
その瞬間、リサの瞳が剣呑な光を放つ。
「あの男は……! パティ!!アタシちょっと出てくるよ」
疾きこと風の如く。その言葉を再現したかのようなスピードで飛び出して行く。
フィリアは嘘は言っていない。『アレフに連れて行かれたレニス』を探しているのだから間違っていない…はずである。
「ちょっと、リサ!? …行っちゃった。でもフィリア、なんでアレフなんか探してるの?」
「マスターが連れて行かれてるんです。…まだお昼ご飯食べてないのに…」
最後の台詞は少し拗ねた表情をしながら小さな声で呟く。
「ああ、そうゆう事。残念だけど一足違いね、
さっきアレフの女の子達が推しかけて来たから、裏口から逃がしたのよ」
「……そうですか。それではこれで失礼します」
どうやら最後の台詞は聞こえていなかったらしい。
パティの言う通りだとするとここには居ない、
フィリアは挨拶も早々に町へと飛び出していった。




「見つかりませんね…………」
日の当たる丘公園で一人呟くフィリア。
あれから町中を探し回ったのだが、いたるところに二人の逃亡劇の痕跡があるため、
逆に全く居場所の見当が付かない状態になっていた。
「もう二時ですか…魅樹斗はまだお腹を空かせて待っているのでしょうね」
以前、一緒に夕食を食べる約束をした時、偶々緊急の用事が出来てしまった事があった。
その時、連絡の不備により、魅樹斗へ用事が入ったという連絡が行かなかったらしい。
次の日の朝、レニスと一緒に帰ったフィリアが見たのは、冷めたご飯を前に、二人の帰りをお腹を空かせて一晩中待っていた
魅樹斗の姿だった。
「あの時はマスター共々焦りましたね。まさかパン一切れすら口にせず、
一晩中起きて待っているとは思いもしませんでしたから」
その時の事を思い出したのか懐かしそうに微笑を浮かべる。
「マスターが『力』を使ってくれれば居場所もわかるのですが…」
先程リサと会った。
まだアレフを探しているらしい。
多少酔っ払っていたようだが、止める理由も無いので放って置いが。
と、突如、目の前の空間が歪みだした。
「…? これは人間の使う転移術ですか…? 空間の歪め方が雑ですね。
人間の術だとしても余りに酷い…素人の術でしょうか?」
しばらく何が出てくるのか見ていたが、そこから意外な人物が飛び出してきた。
「っつ〜…どけアレフ!」
「わ、悪いレニス」
アレフに潰される様にして出て来たのは、フィリアの大事な探し人。
すぐさま駆け寄ろうとしたフィリアだが、空間の歪みから飛び出て来た大勢の女性達に道を阻まれた。
「アレフ様!!」
「もう逃がしませんわ!!」
「どわあああああっ!!逃げるぞレニス!!」
「だぁかぁらぁ、なんで俺までに逃げにゃならんのだぁぁぁぁ!?」
逃亡を図ろうとするアレフだが、公園の外からやって来た一団に退路をふさがれてしまう。
慌てて引き返すアレフ。
結果、レニスがアレフの盾になるような位置に立つ事になった。
「邪魔しないで下さい!!」
「まったくですわ!!」
逆上しまくっている女性達は問答無用で殴る蹴るの暴行を加え始める。
「がぁっ!ちょっと待てぇ!!」
「この、この!!」
「痛いって!!」
「五月蝿いですわ!!」
その後ろではアレフも袋にされている。
このまま二人とも、女性達に撲殺されてしまうかの様に見えたその時。
「止めてください」
静かな、しかしよく響く声で制止の声がかかる。
無視して殴り続けようとした者も居たようだが、
滲み出る様にして溢れてくる威圧感と怒気にさらされ、その動きを止める。
「ああ、フィリア。こんな俺を助けに来てくれるなんて…!」
アレフがそんな事をほざくが、フィリアはきっぱり無視して次の言葉を紡ぎだす。
「あなた達がアレフさんを如何しようと勝手です。
えーそりゃあもう、殴ろうが蹴ろうが刺そうが焼こうがご自由にどうぞ。
何なら協力しますよ? 急所を外し、なおかつ凄まじい苦痛、激痛を与える方法も知ってますし、
精神的ダメージを与える事を極限まで追求した魔法も知ってますから」
柔らかな笑みを浮かべながら、さらっとえぐい事を提案するフィリア。
アレフは元よりレニスですら多少引いている。
最も、レニスが引いた理由は言葉の内容ではなく、
彼女の機嫌がこれ以上無いと言うぐらい悪い事に気付いたからである。
「…しかし、アレフさんはどうでも良いですが、
マスターを傷付けることは許しません!!即刻離れなさい!!」
その瞬間、全身から『気』を開放する。
『気』に貫かれ、女性達は金縛りに遭ったように動けなくなる。
その間をすり抜け、無事レニスを包囲網から脱出させる事が出来た。
「ふう、助かったよフィリア」
「大丈夫ですかマスター? 御怪我はございませんか?」
「大丈夫だって。…有難うな」
そう言って、心配そうに見つめているフィリアの頭を撫でてやる。
「あ……そ、それじゃ、帰りましょう。ミキがお腹を空かせて待ってます」
「ちょっと待って!」
顔を赤くしながら帰ろうとするフィリアを呼び止める声がかかる。
「……なんですか?」
フィリアがむっとした顔で振り向くと、
なかなか整った顔立ちをした金髪の女性と、同じく紫髪の女性が立っていた。
「その…ごめんなさい、貴女の大切な人まで傷付けてしまって…」
「頭に血が上ってて…ホントにゴメン!」
「もういいです。今度からこんな事が無いようにしてくれれば
私からは何も言う事はありません」
レニス至上主義のフィリアだが、こう素直に謝られるとあっさり許してしまう辺り、
彼女本来の御人好しの性格が現れている。
最も、あれ以上レニスに暴行を加えていたら問答無用で吹っ飛ばしていただろうが。
「私、エリザベス。エリザベス・マ−ティーって言うの」
「私はキャッシー・アルネイト。あなたは?」
「フィリア・エルフェイムと言います」
「そう。フィリア、ちょっとこっち……」
誘われるままにレニスから離れ、二人の傍へと向かう。
(なんで貴女があの人のことを『マスター』って呼ぶのかは気になるけどこの際どうでも良いわ。)
(でも、アレフほどじゃないけどあの人競争率高いわよ? しかも鈍いし。)
いきなり小声でそんな事を言われ、面食らったが、すぐに立ち直り同じく小声で答えを返す。
(…例えマスターが他の人を選んだとしても、マスターが幸せになってくれればそれはそれで良いんです。
私は…マスターの傍に立ち、マスターを護る盾になる事を誓いました。マスターが私を要らないと言うまで…
私はマスターを…あの人を護り続けます。あの人を傷付ける者がいれば、それを屠る剣となりて彼の者を滅ぼします。
それが私の………決意です。)
小声での会話であったが、フィリアの言葉は二人の耳に確かな衝撃を与えた。
そして、彼女がどれほどあの男を愛しているのかという事を理解する。
「あなた…! 気に入ったわ!フィリアって言ったわよね?
私と友達になってくれない?」
「私もよ! ぜひお願いするわ!」
いきなりの事について行けないフィリアは、思わず視線でレニスに判断を任せようとする…が、
「いちいち俺に許可を取るな! 自分の友達ぐらい自分で選べ。
……それと、俺みたいに判断を間違えるなよ」
逃げようとしていたアレフに影縛りをかけながら答えを返すレニス。
その言葉を聞いたフィリアは、しばし考え込んだ後……
「…はい。こちらこそよろしくお願いします」
「やった!じゃ、今度からは私の事は呼び捨て、もしくはエリザでいいわ」
「私も呼び捨てでいいわ。貴女の事も呼び捨てにするから」
早くも打ち解けたようだ。
新しい女の友情が結ばれているその横では、
影縛りから脱出したアレフが再びレニスに捕まっていた。
「ご、後生だレニス!見逃してくれ!!」
「スマン。そんな気は毛頭無い」
「一緒に町中駆けずり回った仲じゃないか!!」
「過去は過去さ……ま、俺はそうだが彼女達はどうかな?」
そう言って一歩下がるレニス。
同時に一歩前進する女性達。
「さて、少し遅くなったが昼食にしよう。行くぞ、フィリア」
「あ、少し待って下さいマスター……………………………はい、お待たせしました」
そのまま二人並んで日の当たる丘公園を後にした。
公園を出るときリサとすれ違ったが……止める理由も必要も無いだろう。



ジョートショップへ向かう道すがら、
レニスは公園を出る前から気になっていた事を訊ねてみた。
「最後に彼女達に何か渡してたよな? あれなんだ?」
「ああ、あれですか? とりあえず私が知ってる『お仕置き』の方法を記したメモと
この前商人からサービスで貰った『伝説の武器』です」

『伝説の武器』に関しては?三話を参照のこと

「なるほど。まあアレフなら三日で復活するだろう」
既にアレフを人間扱いしていないようである。
「今から食事の仕度をしていたら夕飯になっちまうな…よし、さくら亭に行くぞ」
「はい。ちゃんとミキにも伝えてくださいね?」
「あの時の事か…解ってるって」
レニスも思い出したのか笑いながらフィリアに答えた。


その後、彼女達にボコボコにされたアレフはレニスの予想を裏切り、





































翌日には元気な顔でジョートショプに顔を出したのである。
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