第二十一話 シェフィールド家にて
「こんにちわー。ジョートショップでーす。荷物をお届けに参りましたー」
立派な門の前でやる気の無さそうな声を上げているのは、
ジョートショップの居候、レニスであった。
「……気が進まないなあ、ここに来るのは」
そう言って見上げる先には、仕事仲間の一人、
シーラの家であるシェフィールド邸がある。
「仕方ないか、仕事だしな……」
そう呟くと、レニスは諦めたような顔をしながら呼び鈴を押した。
呼び鈴に答えるように出て来たのは、
やはりというかなんというか、メイドのジュディだった。
「まあ、わざわざ申し訳ありませんレニスさん」
「まあ仕事だしな。じゃ、俺はこれで」
踵を返し、とっとと帰ろうとするレニスだが、
なぜか、行く手を阻むかのように立つ一人の女性が居た。
レニスの前に立つその女性は、艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、その美しい面に穏やかな微笑を浮かべている。
年齢は二十代前半から三十前半のどれを言われても納得してしまうだろう。
「はじめまして『レニスさん』。私はシーラの母、レナ・シェフィールドといいます。
いつも娘がお世話になって…」
「いや、そんな事は無いですよ『奥さん』。こちらこそ娘さんにはいつも助けられていますし」
ニコニコニコニコニコ……
「あ、あの奥様…?」
「あらあら、せっかく来て頂いたのに私ったらお茶も出さないで。
ジュディ、『レニスさん』をお通ししてお茶の用意をしてくれるかしら?」
「は、はい奥様。 さ、レニスさんこちらへ…」
「ちょっ、おい、ま……」
「ささ、遠慮なさらずに『レニスさん』。どうぞ奥へ」
そのままジュディとレナに引き摺られるように案内されるレニス。
―――ハメられたか…?―――などと考えながら……
応接間に通されたレニスは、騒ぎを聞きつけたシーラと
取り留めの無い世間話をしていた。
「あの…レニス君?」
「ん? どうしたシーラ」
「気のせいかもしれないけど……怒ってる?」
恐る恐ると上目使いで訊ねてくるシーラを見て、
―――子犬みたいだな―――との感想を抱くレニス。
「別に怒っちゃいないさ。ただ、少し強引だったけど」
「よかった…」
シーラが安堵の溜め息をついたとき、扉が開きこの家の主が姿を現す。
「待たせてしまって申し訳無い『レニス君』。私はシーラの父でハルク・シェフィールドと言う者だ」
「はじめまして『シェフィールドさん』。レニス・エルフェイムといいます」
挨拶と同時に張り詰めた空気が部屋に充満する。
二人ともニコニコ笑ってはいるが、眼は全く笑っていない。
「シーラ。すまないが父さん達は彼と三人で話がしたい。
席をはずしてくれないか?」
「パパ、レニス君は悪い人じゃ…」
「大丈夫よシーラ、わかっているわ」
いつの間にか部屋に入って来ていたレナが娘をなだめる。
「そう、わかっているわそんな事は……」
「ママ…?」
しばしの間、困惑しながらレニスと両親の顔を交互に見ていたシーラだが、
やがてゆっくりと出口へ向かい躊躇いながらもその部屋を後にした。
―――――バタン。
「………………………陸見だな?」
「正解」
「……ぁの男わぁ〜…」
額に青筋を浮かべながらレニスはうめいた。
「別に黙っている事とかを問い詰める為に招き入れたわけじゃない。
ただ、お前と話がしたかっただけだ」
「……ホントにそれだけか…?」
疑わしそうにハルクをにらむが、他意は見受けられない。
「ああ、それで早速聞きたいんだが…」
「???」
ずいいっと身を乗り出してくるシェフィールド夫妻。
「「家の娘の事をどう思う?」」
…………こけた。そりゃあもう盛大にこけた。
「は…? 大事な友人で、一緒に仕事をする仲間…と言った所だが…?」
「ふーむ、これは苦労するな」
「ホント、シーラにももうちょっと頑張ってもらわないとね」
「??????」
困惑の表情を浮かべるレニスだが、この二人が何かを企んでいるのだけは理解する事が出来た。
「…この話は置いておこう。本題はだ。シーラが演奏する音楽祭まで後2週間。できればその時まであの子を支えてやって欲しい」
「本当は私達がやらなくてはならないのでしょうけど…レニスのほうが適任なのよ」
「親としては多少悔しいがな」
そう言っている割にはなぜか嬉しそうな二人。
「つまり親子揃って面倒見ろと?」
「そう言う事になるな」
「懐かしいわね……」
「……全く、シェフィールド一家は俺に面倒見られる為に存在してんのか?」
「そう腐るな。どうせ私たちが頼まなくても、シーラの力にはなってくれてたのだろう?」
「……その通りなのが腹立つな…」
不貞腐れた表情でそっぽを向くレニスを見て、シェフィールド夫妻の顔に思わず笑みがこぼれる。
「ああそうそう。お前の事、きっちり調べさせてもらったぞ?」
ヒキィッ
「………マジ?」
「ふっ、シェフィールド家の情報収集能力なめんなよ」
「結構派手に暴れてたのねレニス」
「陸見から話を聞いた時に気になってな。それにシーラからお前の二つ名を聞いていたから結構簡単に見つかったぞ」
「あら、レニス様とお呼びしなければいけないかしら?」
「それはやめろ」
いつの間にやら隠し事がばれていた事で頭を抱えるレニス。さらに――
「ちなみに、モーリスさんとの共同捜査だったぞ」
ガンッ!
「あらあら、大丈夫レニス?」
「そんな、頭を下げなくてもいいのに……」
「ちがあうっ!! んじゃ何か!?モーリスさんにも俺の事はばれてるのか!?」
額からダクダクと血が流れているが本人も含めて気にしていない。
「いいじゃないか。これでシェフィールド家とショート家、両方の協力が得られたんだ。
確実に敵を追い詰めるにはもってこいだろ? 特にショート家の強力はでかいな」
「…………………」
「それになんでも一人で解決しようとするのはお前の悪い癖だ」
「……如月にも協力してもらっている」
「同じ事さ」
「……俺のような『バケモノ』に協力を惜しまないと?」
「レニス…?」
「調べたんだったら知っているんだろう? 俺が、人間ではないって…」
暗く、低い声で、呟くように語るレニス。が、
「うん。すごく納得できた」
「ええ、これ以上ないってくらい」
「……………………あいつと同じ反応かよ」
さらっと返され、逆にショックを受けるレニス。
「それにお前を人間だと思っていた人が何人いた事か」
「片手で数えられるんじゃないかしら?」
二人の追加攻撃によって完全にノックアウトされる。
て、ゆーかどんな奴だったんだ? レニス。
「……俺そんなに人間離れしてたか?」
「お前なあ…今更だぞ?」
「大人一人分はある岩を蹴り砕いたり町の自警団員全滅させたり……」
「もういいです……」
心当たりがあり過ぎるらしい。
しかし、ホントにそんな事をしてたのか? レニスよ。
「『甘栗色の悪夢』の二つ名は今も健在だぞ。レニス」
「レニスは『炎熱の帝王』と『甘栗色の悪夢』。どちらがお気に入りかしら?」
「どちらも迷惑だあぁぁぁぁぁっ!!!」
思わず大声で怒鳴るレニス。いつの間にか、先程の暗い雰囲気は跡形も無く消え失せていた。
別室でピアノを弾いていたシーラは、突如聞こえて来た大声に思わず演奏の手を止めた。
「レニスくん……? 何かあったのかな…」
心配そうな表情を浮かべるものの、少し間を置いて楽しそうな笑い声が聞こえてくると
安心した表情を浮かべ、再び演奏を再開する。
窓から吹き込む風が碧の黒髪を揺らし、白い陶器のような指が鍵盤の上を走る。
差し込む陽光がその音色を祝福するかのように輝き、白いカーテンがそれを抱き留めるかのようにゆれる。
「……!?」
目の前を通り過ぎた輝きに驚くものの、奇跡的に演奏の手を止めることはしなかった。
そして、聞こえてくるのは聞き覚えのあるフルートの音色。
ゆっくりと振り返るとそこには、甘栗色の髪の青年が、少し古ぼけた銀のフルートを吹く姿があった。
窓から差し込む天光。
部屋を飛び回る自然界の子供達。
青年と少女の体に舞い降り、耳を澄ます光。
歓喜の笑顔と共に、少女の演奏に力強さが宿り。
それに答えるように、青年の笛は更なる旋律を生み出す。
――そして、少女は見る―――――
青年の全身から、零れ出るように現れる白亜の翼を。
悪魔の騎士の漆黒の鎧を纏ったかのような左腕を。
闇に染まりしその髪を。
血と炎を思い起こす紅の瞳を。
―――が、それも一瞬の事。
一度の瞬きの後。いつも通りの甘栗色の瞳が、優しくこちらに微笑みかけていた。
パチパチパチパチパチ………
「素晴らしい演奏だ」
「本当に。聞き惚れてしまったわ」
その言葉に、少し照れくさそうにしながらも、いつものように何処かへとフルートをしまうレニス。
「さて、と。用事も終わったし、これで失礼させてもらうよ」
「レニス君もう帰るの?」
「シーラ。一応もう6時なんだけど」
慌てて外を見るシーラ。確かに、窓の外には夜の帳が落ちかけている。
どうやらかなりの時間演奏していたようだ。
「レニスさん、またいらして下さいね?」
「はい、ありがとうございます……。シーラ」
「なにレニス君?」
「また、明日な」
「ええ、また明日」
それだけ言うと、レニスはとっとと踵を返し玄関へ向かう。
「ああ、そうだ」
出て行く直前、レニスは振り返り一言告げる。
「シーラ。俺は悩みや不安を打ち明けられる事を迷惑だ何て思わないからな?」
「え…?」
「じゃ、おやすみシーラ」
今度こそ本当に帰っていくレニス。
後には、頬にうっすらと朱の刺したシーラと、
満足げな表情を浮かべるシェフィールド夫妻の姿があった。