悠久幻想曲 ティクス
時の調べ
第二十二話 あるまげどん(爆)
その日、珍しくレニスが寝坊していた。
すでにジョートショップに集まっていたいつもの面々は
しきりに首を傾げている。
「どうしたんだ? あいつが寝坊なんて・・・」
「ねえ魅樹斗、何か知らない?」
「え?う〜ん・・そういえば、昨日は夜遅くまで起きてたみたいだけど・・・」
マリアが魅樹斗に訊ねるが大した答えは帰ってこなかった。
「そういえば、フィリアさんの姿も見えませんね」
シェリルの言う通り、フィリアの姿も見えない。
「暇だから寄ってみれば・・なかなか珍しい状況ね」
「全く。鶏よりも早起きなあいつが…ね」
なぜかこの場でくつろいでいる某人妻と某第三部隊隊員。
特に某第三部隊隊員。最近職務怠慢だぞ。(爆)
「・・・ったく!このままじゃ仕事になんないじゃない。ちょっと起こしてくるわ」
「俺も行こう。上手くいけばかなり珍しいものが見れるからな」
痺れを切らしたパティと、好奇心一杯の表情の如月が素早く二階へ移動していった。
トテトテトテ――――
トントン
・・・・・・・・
トントントントン
・・・・・・・・・・・
ドンドンドンドンドン!!!!
・・・・・・・・・・・・・・ガチャ
「・・・・・・・・ふぁい?」
いかにも「私は寝不足です」と言った顔を覗かせるレニス。
「あんったねえ・・・一体何時まで・・!?」
―――絶句
「・・・・なぜにフィリアがレニスの部屋にいるんだ?」
そう、なぜかレニスの部屋にフィリアが。
しかもベッドの上に座り込み、少し乱れた着衣をこれまた眠そうな顔で整えている。
「ああ・・・・わざわざ呼びに来てくれたのか・・・・すまんなパティ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・?どうしたんだ、パティ。具合でも悪いのか?」
「・・・・・!!!!」
次の瞬間。ジョートショップの二階から凄まじい轟音が響き渡った。
「・・・それでパティの機嫌が悪いのかい」
「ああ、・・・・他にも機嫌が悪くなったのが何人かいるようだが」
如月の指摘通り、先程の話を聞いた者の中には、あからさまに機嫌が悪くなった者が幾人かいるようである。
「う〜ん・・・・レニスがねえ・・・。なんか・・・ねえ」
如月の隣りでは睦月がしきりに首を傾げている。
「これはすぐにでも皆に知らせないと・・!!」
「やめとけトリーシャ。俺の勘だが・・・・今回の事言い触らしたら後が怖いぞ」
「それは同感。止めときなさいトリーシャちゃん」
如月と睦月の二人に止められ渋々元の席に戻るトリーシャ。
しかし、どんな小さな情報だろうと聞き逃さないように耳をダンボにしているのを見て、
如月は小さな溜め息を吐いた。
一方、話題のレニスは―――――
「・・・・・ムシャ・・・くー・・・」
「レニス兄さん、ほら起きて。もー、見っとも無い。ああ、ああ、フィリア姉さんも〜」
軽めの朝食を食べながら半分以上夢の世界にいっている二人を甲斐甲斐しく世話する魅樹斗。
健気な子だ・・・・(笑)
「しっかしレニスも人の子って事だよな〜♪」
ギンッ!!
一部の女性陣の氷のように冷たい視線がアレフに突き刺さる。
「うっ・・・・。ま、まあレニス。仕事に遅刻するぐらい頑張るのは止めた方がいいぞ。うん」
ピクッ×2・・・・
一瞬、二人の食事の手が止まる。
「へへ〜んだ!二人がいなくたってマリアがいれば問題無いわよ☆」
ピクピクッ×2・・・・
握りつぶされるスプーン。二人のおでこに血管が浮いて見えるのは、気のせいではないだろう。
「フィリア・・・・俺って心が狭いかなぁ?」
「いえ、安心してくださいマスター。私も同じ気持ちです」
「『何故か』寝不足なせいで怒りっぽくなっているのを除いても、怒るのに問題は無いです」
「だよな・・・? ふっふっふっ・・・・」
「お、お二人とも・・・どうしたんですか? いきなり笑い出して・・・」
さきほどまで「不機嫌組」になっていたシェリルは、突如低く不気味な声で笑い出した二人に思わず訊ねた。
「知りたいかい? シェリル。いいだろう。咎人達も忘れているようだから、一から教えてやろう・・・・」
そして、一部の女性陣よりも数倍不機嫌な声で、
笑いながら語りだすレニスの姿は・・・・ハッキリ言って怖かった。
昨日―――
「お帰りなさいレニス様。・・・あら?その荷物はどうされたんですか?」
「ただいまフレア。いやなに。ちょっとお客さんから明日まで預かってくれって頼まれてね」
自分の抱える大荷物を見て、興味深そうに寄って来る精霊達を軽くあしらいながら、布に覆われたそれをテーブルの上に置く。
「まだ仕事が残ってるから出て来るよ。それまでこの荷物、よろしく頼むよ」
「「「はい!」」」
元気な声で見送る三人。レニスは軽く手を振って仕事へと戻っていった。
見送りが終われば、精霊達にも自分の仕事が待っている。
30分後――
「レニス〜? っと、いないのか?・・・なんだこれ」
「なんだ。アレフか」
「な、なんだはないだろうイリス? ところで、これなんだ?」
「主様が預かってきたんです」
店の奥から顔を出しながら簡潔に答えるレミア
「へえ〜・・・一体なんなんだろうなあ?」
「知りません。それと触らないでください」
「ハハハ、信用無いなお・・・」
ガンッ
―――ガッシャーン――――――
「・・・・・・・・・・・・」×3
クルリッ
「それじゃこれで」
「またんかい」
「じゃーなーーーーー」
そのまま必死の形相で走り出すアレフ。
最近女の子達に鍛えられた足は伊達ではないようだ。
「既に有視界領域からは消えています・・・最近人間離れしてきましたね・・・」
「なんでレミアはそんなに落ち着いてるのよ!?」
「大丈夫です。確かフィリアさんなら物質修復は可能なはずです」
「あ、そっか・・・。でも、あの男の罪が消えたわけじゃないよね・・・・」
「当然です。これは主様の私達に対する信頼にも関ってきます」
カランカラン――――
「ヤッホー☆ レニス居る? ・・・って、どうしたの?」
「マリアですか・・・」
続けてやって来たマリアを見て、深い溜め息をつくレミア。
その横では、何も考えずにマリアに状況を説明するイリス。
・・・結果は当然。
「わざわざフィリアを待つまでもないわ。マリアが人形直したげる☆」
「いい! それは絶対に止めて!!」
「遠慮しなくてもいいって。え〜と、呪文はたしか・・・」
そう言って、『あからさまに別の系統の呪文』を唱えるマリア。
二人は慌てて止めようとするが、マリアは『ちょこまかと移動しながら』詠唱を続け・・・完成した。
「えいっ☆」
ぽひゅん
間抜けな音と共にピンクの煙に包まれる人形。
そして・・・・
「・・・・直ってない」
「あっれ〜おっかしいな〜・・・。どこで間違えたんだろ?
よし、家に帰ってもう一回調べてこよっと」
人形をほっぽり出し、騒々しく出て行くマリア。
そこになってようやく長女のフレアが二階から降りてきた。
「どうしたの? さっきから物音が凄いけど・・・・」
「ね、姉さん・・・(汗)」
「イリス? 一体・・・きゃあああああ!?」
イリスの方へ視線を移しその傍に落ちている人形を見つけたフレアは、思わず悲鳴を上げていた。
「レ、レニス様から預かった人形が! イリス、レミア! これは一体どういう事!?」
普段の彼女からは想像も出来ないほどの剣幕で詰め寄るフレア。
最も、ここまで怒るのはレニス関係の事だけである。(フィリアと妹達も同様である)
「わ、私じゃないよ! アレフが壊したんだから!
・・・そりゃあ傍に居て何も出来なかった事は認めるけど・・・」
「その後でマリアが自称物質修復魔法をかけていきました。
・・・ごめんなさい、止められませんでした・・・」
「そうなの・・・・。ごめんね、怒鳴ったりして」
そんな二人を見て落ち着きを取り戻したフレアは
とりあえず人形を回収しようと手を伸ばし・・・・
「痛っ!?」
「どうしたの姉さん、大丈夫?」
「・・・・・呪い」
『へ?』
「さっきまでただの人形だったのに・・・呪いがかかってる」
「―――――というわけです」
「帰った後が大変だったな。三人が泣きそうな顔で謝ってきてそれを宥めるのに骨折ったし」
「しかも呪いを解こうと調べた所『人形』に呪いがかかっているのではなく、『人形の全て欠片』に
呪いがかかっている事が判明しまして・・・」
「さらに欠片一つ一つに全く違う系統の呪いが多数複雑に絡まった状態で存在してた。
・・・つい数十分前まで解呪作業の真っ最中だったんだよ」
「フレア達はあまりの疲労に今日はお休みです」
沈黙。特に、アレフとマリアは、レニスとフィリアの二人の視線に貫かれ、滝の様な冷や汗をかいていた。
「さて、この二人どうしようか、フィリア?」
「私としては・・・・アレフさんはエリザとキャッシーに引き渡せば良いかと。
マリアさんは・・・そうですね。勉強ついでに一週間図書館の書籍整理の仕事でも任せましょうか。
それとお給料40%カットは絶対ですね」
一瞬にして凍り付く二人。
もはや、彼らを救う術は無い。
「とことん機嫌が悪いな、レニスとフィリア」
「見てる分には楽しいんだけどね・・・・」
如月の囁きに力無く答える睦月。
他の面々は呆れた顔をしながらも、
巻き込まれるのを恐れてなにも口出しはしなかった。
と、そこに―――
ぐううぅぅぅぅぅ・・・・
「・・・腹が減ったのか? アレフ」
「・・・ハハハ、気を抜いたら、つい」
先程まで張り詰めていた空気が和やかな物へと変わる・・・
「ふう、仕方の無い奴だ。ま、今週は急ぎの仕事はもう無いし、お茶でも飲んでから仕事にかかるか」
「では紅茶を入れてきますね、マスター」
そう言って立ち上がるフィリアにレニスが声をかける。
「・・・確か戸棚の奥に昨日作ったクッキーが有ったな。出して来てくれないか?」
その時、如月はとてつもなく嫌な予感を抱き、思わずレニスに尋ねて『しまった』
「な、なあレニス。そのクッキーって・・・?」
ニヤリ
「俺とフィリアで作ったものだ」
ピキィィィィィィィン―――――――――
次の瞬間、如月、睦月、魅樹斗の三人は傍から見ても不自然なほどに凍りついた。
しかし、周囲の者達はそんな彼等の変化に気付いていないようだ。
「へぇ〜、そりゃ楽しみだ」
「フィリアさんのお菓子は美味しいですからね」
「レニスもなかなか料理が上手だからね、楽しみだ」
(ナニモシラナイカラソンナコトガイエルンダ・・・・・(滝汗))×3
数分後――――
そこには、見るもおぞましい物体が転がっていた。
数分前まで「アレフ」「マリア」と呼ばれていた肉塊である。
「・・・一体何を食わせたんだい?」
誰にともなく呆然と尋ねるリサ。
その問いにいつもより若干機嫌の良さそうな声で答えるレニス。
「別に普通の物だぞ? 材料だって市販の物だし、
ここには目の不自由なアリサさんがいるんだ。毒物なんて危なくて置いとけない」
「で、でも・・・アレフ君とマリアちゃん・・・緑色に・・」
「目が血走ってる・・・。しかも更にクッキーに手を伸ばしてるし」
「あ、二人の紅茶が無くなりそうだな。フィリア、入れてあげて」
遠巻きにそれを見る皆を尻目に、言われたままに紅茶を注ぐフィリア。
実に嬉しそうだ。
そんな二人を眺めつつ、誰に聞かせるわけでもなくポツリポツリと話し出す魅樹斗。
「・・・レニス兄さんはね、パティさんも知ってると思うけど、料理のサポートはとても上手なんだ。
その人の実力を120%引き出させることができるからね」
そこで溜息を一つ。
「でもね、レニス兄さんが料理をした場合、見た目、香りは最高級の品物。
しかし味は・・・・見れば、わかるよね? サポートが上手いから誤解されやすいけど」
思わず例の二人の様子を覗き見る。
・・・・・・紫色に染まっていた。
「しかも『それ』を食べたが最後。もうお終いだよ。味覚を筆頭に五感が嫌と言うほど研ぎ澄まされる。
意識は妙にハッキリしてるし、いくら食べても気絶なんてできないし、『アッチ』の世界に逃避することもできず、
ただただひたすらに『それ』を食べる事しかできなくなる・・・・・・地獄なんて生温い物じゃないよ、あれは」
現実逃避できる分マリアとローラの料理の方がマシである。
「えっと・・・もしかして、食べた事、ある?」
恐る恐る魅樹斗に尋ねるトリーシャ。
沈痛な面持ちで頷く魅樹斗。
・・・・その隣で、如月と睦月も頷いていた。
「・・・・感想は?」
「・・・・・・チョコレートが・・なんで、なんでチョコが・・・川向こうにお花畑が・・・」
魅樹斗。
「・・・い、嫌だ、来るな、来るんじゃない、来ないでくれ・・・・・・お、親子丼がっ、親子丼がっ・・・」
如月。
「スパゲティは嫌スパゲティは嫌スパゲティは嫌スパゲティは嫌スパゲティは嫌スパゲティは嫌・・・・・・・・・・」
睦月。
その時の事を思い出したのか、部屋の隅で縮こまりブツブツ呟きだす三人。
心の奥底にしっかり恐怖を刻まれてしまっているようだ。
「あ・・・ぐぁ・・・ぐむぐむ・・・・ごほぁっ」
「あう〜・・おぷぅっ・・・・むがむが・・じゅぶっ」
にこやかな笑顔を浮かべるレニスとフィリア。
その隣で、今だにレニス特製クッキーを貪り続ける二人。
彼らを救う術は無い。