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時の調べ 第二十五話 刹那の平穏
ティクス


時の調べ 第二十五話 刹那の平穏





めっきり冷え込んできた今日この頃。
寒風吹き荒ぶ中、レニスは久しぶりに図書館へと足を運んでいた。

「さて、一般人が閲覧できる物は全部読破したか内容知ってる物だし、
イブに頼んで地下にある本でも読ませてもらおうかな〜」

呆れた事にあの量を読み尽くしたらしい。
手持ちの本は現在魅樹斗の勉強に使用されている。

「ま、暇つぶしにはなるか」

そう呟くと、寒さを感じさせない足取りで図書館の門をくぐった。







「おーい、イブ・・・って、如月にラピス? どうしたんだ?」

地下書庫の閲覧の許可を取ろうとイブの所へ行ったレニスは、
珍しい人間を二人見つけ思わず目を丸くした。

「レニスか。いや、地下の本を借りたくてな。今イブと交渉していた所だ」

「仕事でな、調べ物があったんだが、どうもそこらの本じゃ解らなくてな」

「へえ? それは奇遇だな。俺も地下の本を借りたかったんだ」

「あら、レニスさんもなのかしら? まあ、貴方も信用できる人だから構わないのだけれど」

そう言うと黒髪の美しい女性――イブは三人を促した。

「しっかし寒いよな、ここ。暖房ついててもこの広さじゃ余り意味は無いし」

頭を掻きながら如月がぼやく。
実際、冬場に図書館を利用しようと言う物好きは、自分達か宿題の追い込みに焦る学生達ぐらいな物だろう。

「仕方が無いわ。今だって暖房器具はかなりの数を使用しているし
これ以上増やすような余裕も無いもの」

「まあそれでも人がいるのが凄いっちゃあ凄いんだが」

「・・・・」

「どうしたラピス」

「・・・・寒い」

・・・・今ここに由良がいたならば、ラピスは格好のターゲットである。

「なら暖かくしようか?」

「はい?」

パチンッ

レニスが軽く指を鳴らすと、今まで肌寒かった空気が見る間に快適な暖かさを持つようになった。

「・・・・凄い物だな」

「こんな魔法は始めてみるわ」

思わず眼を見張る二人。
レニスが先程使った魔法の効果は部屋の気温の上昇。
しかし、実はこれが難しかったりする。
炎属性の魔力は全属性の中で最も扱い辛い物である。
単純に温度を上げるだけならば簡単なのだが、一定の温度、
しかも人間が生活するのに快適な気温に保つ為には、
恐らく高位古代呪文を完全に制御できるだけの魔法制御能力が必要とされている。
それを指を鳴らすだけで実行したレニスの力は、推して知るべし、である。

「地下書庫の気温は変えてないぞ? 本は低温の方が長持ちするそうだからな」

「え、ええ。ありがとう」

「レニス、そういう事が出来るんならもっと早くやってくれ」

「ん、他人が寒がってるのを横目にぬくぬくとまどろむのがなかなかに良い具合なんだが」

「そういうのを悪趣味って言うんだよ」

「睦月も使用できたはずだが? 俺が手づからに教えたし」

「あ〜い〜つ〜は〜・・・・」

「・・・・暖かいな」

・・・重ね重ね言わせて貰えば・・・
現在のラピスは由良の格好のターゲットである。

「・・・着いたわ。借りたい本が見つかったのなら私に声をかけてくれればいいわ」

「ありがとイブ。さて、と。面白そうな本は無いかなっと・・・」

「感謝する。では如月、探すぞ」

「おう」










「・・・意外とあるものだな・・・」

半ば感心し半ば呆れながら無尽蔵にある本を一つ一つ手に取るレニス。
どうやら想像以上にいい物があったらしい。

「これ・・・もしかして『ネクロノミコン』の写本か? こっちは天使と魔族の合体魔法・・・・」

さらに幾つかの本を手に取り軽く目を通す。
異世界の魔術書やほぼ完成された飛行技術が記された物、更には高位魔王との契約指南書まである。

「更に『オリジナル リグ・ヴェーダ』・・・エンフィールドって、俺が思う以上にヤバイ場所なんじゃなかろーか?」

後頭部にでっかい汗を貼り付けながら呟くレニス。
こんな物が外部に流れたら世界がどう言う道を歩むのか・・・・・
興味は尽きぬが実行しようとは思わない。

・・・・ふと、思う。

「・・・あの二人はこんな所で何を調べようってんだ?」





レニスが思いをはせた時、その二人は途方に暮れていた。

「・・・無いな」

「この量だからなあ・・・整理されてるようにも見えないし」

「しかしここ以外で解る場所など・・・」

「無いだろうな」

「「・・・・う〜む・・・」」

「何を探しているんだ?」

頭を抱える二人の頭上から声がかかる。
見上げると、そこにはレニスが浮いていた。

「・・・なぜに飛んでる?」

「広くて探すのが面倒だったから」

「そ。・・・レニス、呪術関連の書物を見なかったか?」

「呪術・・・? こんな所まで探しに来るという事は、神や魔王。もしくは魔道王と呼ばれる者達の?」

レニスの問いに肩をすくめながら頷く如月。
ラピスは黙々と本を手に取っている。

「依頼は『仮面の輸送』。だけどこの仮面が曲者でな。持ち主以外が下手に近づくと
並みの人間なら軽く精神崩壊を起こすような映像を脳裏に刻むんだ」

「そんなもん誰が依頼したんだ?」

「ショート財団の会長秘書だよ。スポンサーだからとかなんとかで無理矢理ね」

吐き捨てるように言う如月。相当溜まっている様だ。

「そんな呪術がかかっているのなら持ち主が運べば良いってのに。完全な嫌がらせだぜ、これは」

台詞の最後の部分、微妙にニュアンスが入っており、レニスもそれに気付く。

「ハメット・ヴァロリーって言うんだがな。ハッキリ言ってむかつくぞ」

「ほう・・・(モーリスさん、人を見る眼が無いのか・・・?)」

「如月、いつまで喋っている。そんな暇があるのなら手伝え」

ラピスが本を速読しながら声をかける。
・・・どうやら彼はルーン文字ぐらいなら読めるようだ。

「ああ、その事なんだけどな。俺がなんとかしようか?」

「ん? 知っているのか?」

「正直、実物を見るまでハッキリとは言えないが大丈夫だ。
その類の術は覚えがある」

「ふむ・・・頼んでもいいか?」

「ああ。で、いつやる? 別に今日でも構わないが」

「いや、明日でいい。仕事自体が明日の物だったのだが、対処法がわからずに困っていた所だからな」

レニスに対し深々と感謝の礼を取るラピス。
そしてすぐに本を開き始める。

「・・・ラピス、なにをしている?」

「折角貴重な本を読む機会が得られたのだ。何冊かは借りていきたい。
時間はまだある。如月も何か探すといい」

「意外といい性格してたんだな、お前・・・・」

そんな二人に苦笑しながら、レニスも再び本の物色に入った。








その後、レニスが五冊。如月が二冊。ラピスが三冊を借りる事にし、
地下書庫を後にする。

「もういいのね? 書庫を閉めるわ」

ぎぃぃぃぃ・・・・バタン

「イブ、ここの本はもう少し厳重に保管した方が良い。
読める人間が片手の数しかいないのが救いだが余りにも危険だ」

「・・・貴方、あそこにある本を読めたの?」

「遥かな過去から現在に至るまで、世に存在した九割九分九厘の言語は読めるし喋れる」

もう驚くのも馬鹿らしい。
イブは軽く頭を振るとレニスに向き直る。

「わかったわ。館長に話しておくわ」

「そうしろ。あ、それとこれやる」

そう言って握り拳大の赤い石を差し出す。

「さっきの魔法を使用できる魔力石だ。
魔力供給式で半永久的に使えるから経費削減にも繋がる優れものだぞ」

「いいの? こんな物を貰っても」

「来る度に暖房代わりにされるのは堪らん。
それに、この程度なら苦も無く創れる」

「そう、ならありがたく頂くわ」











「レニス〜、あの石俺にもくれ」

「面倒臭い。第一お前だってやろうと思えば出来るだろうが」

「俺の支配聖霊は『水』だぞ? そうそう上手くはできないんだよ」

図書館を出てからずっとこの調子である。
しかし会話の内容がとんでもない事に聞こえる人間が何人いるだろうか?
実際隣で聞いているラピスは頭が痛くなってきている。

「・・・化け物三人、か・・・・」

「どー言う意味だラピス」

「そうだ、同僚に向かって化け物は無いだろう。俺はレニスと違って至って普通の好青年だ」

「お前が好青年かはともかく・・・そのとんでもない会話を止めろ。頭が痛くなる」

ラピスの眼に剣呑なそれが宿る。
ハッキリ言って、怖い。今にも血と硝煙の臭いが漂ってきそうである。

「あはは・・(汗)脳天に風穴空く前に退散するとしよう。じゃあな、二人とも!」

「おう! 明日は頼むぞ!」

如月の声に手を上げて答えるレニス。
そんな三人を包む町はとても穏やかで・・・・平和であった。








眼の前の現実から逃げ、今日という平和な日常を過ごす、炎の帝。

己が半身と共に、傷ついた心を支える、月の皇子。

閉ざされし右目を覆い隠す、鋼の御子。


彼等は気付いているのだろうか?
自分達の歩む道が分岐点に差し掛かっていることを。
そして、その道如何では、闇に飲まれ、護るべき物を見捨て、全てを失うやも知れぬ事を。







その時は、近い―――――
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