中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第二十七話 開放されし力(後編)
ティクス


闇の中に誘われ、ただ困惑する一同。
その少し離れた場所に立ち、こちらを見ている男――シャドウ。

「ちょっと! こんな所に連れ込んで一体何の用!?」

「カッカッカッ、いやなに、ね? お前さん達にいい事教えてやろうかな〜とか思ってよ」

闇の中に立ち、ニヤニヤと笑いかけてくる。
顔の半分を覆う眼帯。拘束具のような黒い服。
その全てが、自分達を嘲笑っているような錯覚に陥る。

「ふみぃ〜、おねえちゃあ〜ん」

「大丈夫よメロディ。ほらほら泣かないの」

周囲の異様な雰囲気に涙目になったメロディをあやす由良。

「・・・いい事、とは?」

幾分不機嫌になりながらもシャドウに問い掛けるフィリア。しかし、

「うーん、残念ながら手前はもう知ってる事なんだよなあ〜。
知ってる奴に話してもつまんねえよなあ〜?」

「・・・だから、何かと聞いているんです」

怒気を滲ませながら詰め寄るフィリア。
なぜか、この男に対しては憎悪の感情しか抱けない。

「ヒャッハッハッ、それはなあ・・・これさ」

パチンッ

シャドウが指を鳴らす。
すると、周囲がゆっくりと歪みだし・・・・


見渡す限りの赤い荒野が広がっていた。











無数の銃声。飛び交う爆音。割けた巨木。燃え上がる遺骸。
そこに広がるのは、正しく戦場。しかし、そこで行われるのは戦いではなく・・・・
殺戮。

無尽蔵に湧いて出る魔物達。

それを無感動に撃ち殺す、若干十六歳の少年。

少年の右眼が異様な輝きを放つ。
両手のダブルガトリング砲が火を噴き、全身に装着された箱から無数の己が意思持つ爆薬が解き放たれる。
異常さと非常識さが同居したその光景は、それを見る者に一切の恐怖を与えはしなかった。
そしてそれは、自警団第一部隊隊員アルベルト・コーレインと言えども例外ではなかった。

(・・・・なんだ、この感じは・・・)

(これだけの数を相手に、全く引く様子が見えねえ。・・・これがラピスの力?)

(怖くねえ・・・そう、怖くねえ!
これだけの魔物に囲まれて、もし一匹でも後ろに逃がせば町が破壊されると言うこの状況で―――)

(なぜ、俺は恐怖を感じないんだ!?)

(ラピスに任せれば問題が無いから・・・?)

(魔物達が町に向かわずに俺たちを狙っているから?)

(違う! そうじゃない、これは・・・これは・・・)

(この場にいる者達全て・・・『恐怖』が消えてやがる!?)

(魔物どもも、あれだけやられてるってのに全く怯えた様子がねえ)

(だから・・・そうなのか?)

(恐怖を感じないから・・・・)

(遠くにいる獲物よりも・・・近くにいる獲物を殺そうとして・・・)

(恐怖を感じないから・・・相手の強さにも気付かずに群がってくるって言うのか!?)

「・・・・フルバースト、発射」

アルベルトの混乱をよそに、残弾全てを周囲の敵に叩き込む。
近くに敵がいなくなったことを確認すると、地面に五芒星、逆五芒星を穿ち、中空に正六芒星を描く。

「・・・古に封じられし聖獣よ、今、血の盟約の元我が眼前に集え」

両手で結んだ呪印を突き出し、己が言葉を、言霊へと変える。

「玄武、白虎、朱雀、蒼竜、麒麟」

星の頂点が輝きだし、それぞれの輝きの中から五色の魔導人形≪騎士≫が出現する。
黒き盾剣、白き双槍、紅き長弓、蒼き戦斧、金色の大剣。
そして、再びラピスの全身に見た事も無い兵器が出現する。

「作戦目的・・・敵の殲滅、および町の防衛。行け」

その声に応え、宙を舞う騎士達。
それを見届けた後、ラピスは脇の下から前方に突き出した巨大な砲身を
魔物が密集していると思われる場所へ向け―――緑眼が光る。

「広域殲滅形加電粒子砲<ファイナルニュークリア>、発射」

真昼の太陽も霞むほどの閃光が視界を覆い尽くした。












数本の大木が同時に切断され、森が悲鳴を上げる。

「如月!」

「・・・・・・・・・」

黙したまま刀を振るい、再び森を切り刻む。
二人の前に現れ、二人を『皇子』『聖女』と呼ぶ男は、
かすり傷一つ負わず、如月の斬撃を避け続けていた。

「・・・愚かな。あのような些細な事でこれほど取り乱すとは・・・」

「!!・・・些細、だと」

「駄目! 如月!!」

如月の声が沈む。
睦月の制止の声も聞かず、再び男に向かい突撃する。
大地は陥没し、身体は音の壁を超え、発生したソニックブームが更に木々を薙ぎ倒す。

「・・・・何度も言うようだが・・・・・愚かだ」


パキィィィィィィィィィィィィィィィ――――――――――


後一歩。後一歩で間合いに入るという所で、壁に遮られるかのように如月の身体が受け止められる。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・」

「無駄だ。我が壁を貫く事は不可能」

男の言葉を無視し、壁を打ち砕こうとする如月。しかし――

「・・・・・憐れな男だ」

ドンッ

「・・・・カハッ・・・」

如月の背に剣が生えた。
睦月は、その意味を理解するのに数秒の時を要し・・・・

「・・・・・・殺す!」

「全く・・・この程度で我を忘れるとは・・・見込み違いか?」

力を無くした如月の身体を、大きなゴミを捨てるように蹴り飛ばし、
その眼に冷たい炎を宿した睦月を見据える。

「貴様らは強くなる。今以上に強くなる!! なのに!!」

感情に高ぶりと共に、如月の身体を踏みつける。

「くだらん感情に振り回されおって! その程度か! 貴様らは!!」

「・・・ゴチャゴチャ五月蝿い」

背後から聞こえた声。
本能に従い、身体を固定しようとする精神を意志の力で捩じ伏せ、身を捻る。

「むっ・・・・」

「貴方が私達に期待するのは勝手だけど。それに応えなければならない理由は無いのよ」

一体いつの間に移動したのだろうか?
そこには、先程まで男の眼前にいた睦月が、巨大な剣を振り抜いた状態で立っていた。
・・・無論、如月を守る様に。

「二つ聞かせて」

「なんだ」

「一つ。魔物達を召喚しているのは貴方?」

「その通りだ。ついでの仕事でな。本命はお前達だ」

「二つ目。貴方は、私たちを強くする為に・・・その『くだらん感情』を排除する為だけに、彼女を殺したの?」

先程と変わらぬ冷たい炎。その炎に僅かな悲しみが混ざる。
それを見取った男は、初めてその顔に表情を見せた。
嘲笑と言う、表情を・・・

「それ以外に理由が必要か?」

「ダーク・プリズン」

男が闇に包まれ、その周囲から黒き刃が出現する。

「貫け!!」

ズドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!

男を捕らえた闇が、無数の刃に刺し抜かれる。
しかし、睦月は僅かに顔をしかめ、すぐに如月を担いでその場を離れる。

「・・・いい判断だ。頭に血は上っても冷静なようだな」

先程いた場所の横合いから、ゆっくりと男が姿を現す。

「・・・でも、私達はそれを捨てなかった・・・」

「そう、正直お前の良人を殺しても良かったのだが・・・目の前の方が良かろう?」

「なにを・・・?」

「《剣聖》の娘・・・トリーシャとか言ったか?」

男の右腕が消えた。

「・・・なっ!? がぁぁぁっ・・・・!!」

「探し物はこれか・・・?」

横手からかかる声にそちらを見る。
そこには、睦月に抱かれていたはずの如月が全身を血に濡らし、左手で男の腕をかざし立っていた。
その顔からは一切の表情が消えている。
しかし、更に異常なのは・・・

「鎖・・・だと?」

「如月・・・駄目・・・」

彼の全身に縛りつき、絡まるそれは、先程までは確実に存在しなかった物であり――

「ほう・・・汝の方も縛られておるか・・」

男の言葉の通り。如月のそれよりはずっと細いそれが、睦月の身体にも巻き付いている。

「如月、駄目! それ以上無理したら・・・!」

ブォン!!

睦月の言葉を遮るように、右手を一閃させる。

ザシュッ!!

「くおおっ!? ぬううぅぅ・・・それは・・・・」

男の腕を捨て、『それ』を両手で持ち直す。

「ククク・・・そうか、それがお前の真の武器か・・・」

男が始めて剣を構える。

「・・・・『開放する者』魔鍵セイクリッド・キー」

時が経ち、夜となったその空に。
蒼き大鎌を照らす、紅き満月があった。








赤き荒野に放り出された一同は、何がなんだかわからずに周囲を見渡した。

「・・・・・・・なあんにもねえー」

「寂しい所ね・・・」

ピートの不満そうな声とシーラの多少沈んだ声が重なる。
シャドウの姿はこの場所に来た時から消えていた。

「一体何だってんだろうねえ? ・・・おや、大丈夫かいフィリア」

その時、フィリアは震えていた。
もともと白い肌から更に血の気が失せ、両手で身体を掻き抱くようにし
何かに怯えるように震えていた。

「うそ・・・なんで・・? ここは・・・」

「フィリア、フィリア?」

「私達の罪・・・マスターに・・・」

「しっかりしな! フィリア!!」

両肩を掴まれ、ようやく我に返るフィリア。
しかし、その顔は今だ青く、全身からは大量の汗が溢れ出ていた。

「だ、大丈夫です。御心配をおかけしました」

「いや、それならいいんだけど・・・フィリア、ここが何処だか知っているのかい?」

「はい。でも・・・ここは既に存在しないはず・・・・」

「ねえ、こっちに人が来るわよ。ちょっと聞いてみましょうよ」

パティが指差した方角に小さな影が見える。
よくよく目を凝らしてみると、それは紛れも無い人であった。
大きな布をマントの様に纏い、強い風に吹かれながらもしっかりした足取りでこちらへ向かってくる。

「・・・なんか、気味悪いな、あいつ」

「アレフ君、失礼よ」

アレフの呟きを聞き、咎めるシーラ。
しかし、アレフの言う通り、その人物の持つ雰囲気は不気味だった。
フードに覆われ、顔は見えず。その外見から十四、五の少年だと思われる。
どこが違うと言われれば困ってしまうが、根本的な何かが違うような印象を受けた。

「おーい! すみませーん!!」

大声で呼びかけるが、無言。

「っかしーなー、聞こえてないのか?」

「まっさかあ、この距離よん?」

「ふみゃあ、すみませ〜ん」

接触まで十メートル弱。
聞こえない方がおかしい。

「無視してんのか耳が聞こえないのか・・・」

「・・・そういう事ですか」

フィリアが、なにか合点がいったと言わんばかりに天を仰ぐ。
その美しい面には憤怒と憎悪が浮かび、怒髪天を突くかの如く怒り狂っていた。

「シャドウ! 貴方と言う人は!!」

【ヒャーッハッハッハッ! 気に入ったかい天使様?
でもあんたはこれから始まるショーを邪魔しそうだからな。退場してもらうぜ】

何処からともなくシャドウの声が響き渡る。
そして、フィリアの身体に異変が起こった。

「くっ! シャドウ!!」

「フィ、フィリア!?」

フィリアの姿が突然透け始め、掻き消えた。

「シャドウ! フィリアを一体どうした!!」

【心配しなくても、この世界の『外』に出しただけさ。
自力で中に入るのには時間が掛かるだろうな。・・・さあ、楽しいパーティーの始まりだあっ!!】

そのまま完全に消え去るシャドウ。
悔しそうに地団太を踏むアレフだが、次のリサの叫びに身体を緊張させる。

「気を付けな! 他にも誰かいるよ!!」

次の瞬間、凄まじい突風と共に、三人の男達が目の前の少年を取り囲んだ。
全員が慌てて少年を助けようと動いたその時。


どごおおおおおおおおおおおおおんんん!!!


少年が予備動作、呪文詠唱無しで放った火球がその足元で炸裂する。
発生した爆風がフードを飛ばし、その素顔を白日の元に曝け出す。

「!!? ・・レニス君!?」

そう、その少年は彼らの知るそれより幾分若いものの、間違い無く
ジョートショップの住み込み店員。レニス・エルフェイムその人だった。

「な、なんで若いレニスがここにいるんだよ!?」

「・・・そうか、なるほどね」

「リサ、何か解ったの?」

得心がいった顔をするリサ。
何が起こっているのか理解できていないパティは
困惑の表情を浮かべながら訊ねる。

「ああ。ここは恐らく、レニスの過去を再現した仮想世界だね。
その証拠に、こんな至近距離でレニスの魔法が炸裂したのに、誰も火傷を負っていない。
あの三人は火達磨になってるってのにね」

思わず少年――レニスを見つめる一同。
その顔は正しく彼らの知るレニス。だが、その身に纏う空気は似ても似つかぬ物だった。

レニスは既に二人を仕留め、残る一人をネックハンギングで吊り上げている所である。
その眼には特に感情は見受けられない。そして、冷たい瞳を全く変えぬまま

ごきりっ

男の首が在らぬ方向へと曲がった。

「あ・・・っ!!」

「ふみゃあ!?」

思わず上がる悲鳴。
人を殺す前も、瞬間も、後も、レニスの眼には、なんの感情も浮かんではいない。
ただ、それが当然の事のように殺した。己が心の中に、良心など存在しないとでも言うように、
ほんの躊躇いも無く、その手で人を殺めた。
しかし、それで終わりではなかった。

レニスはおもむろに手にした男の死体に顔を寄せ・・・・



喰らい付いた。



ガブゥッ・・・メリ・・・ゴキ・・・ブチブチブチ・・・ブシュアアアアアアアアアアアアア・・・・・・

肉と骨を食いちぎり、その箇所から噴き出る鮮血を飲み水とし、飲み下す。
一瞬、そこにいた者達は目の前の光景がなんなのか、理解できなかった。
しかし、目の前で繰り広げられる惨劇を、いつまでも理解の外へ出して置く事は
彼等には出来なかったのである。

「・・・・ぁ・・あ・・・イヤアアアアアアアアアアアアッ!!!??」

「・・・・あ・・な・・・」

「ふみぃいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

「わああああああああああああ!!!!」

あまりの凄惨な光景に目をつぶろうとするが・・・・

「か、体が・・・・・」

「うごか・・ない・・・?」

【おいおいおい、折角この俺様が招待したパーティーだぜ?
しっかりと楽しんでくれ。食事は・・・目の前にあるだろう?
クククククッ、ヒャーッハッハッハッ!!!】











夜となった戦場に、静かな声が響く。

「索敵開始・・・反応無し。敵の殲滅を確認、これより他部隊の援護に回る」

掠り傷一つ無い五体の《騎士》に周囲を警戒させながら、敵を殲滅させた事を宣言するラピス。
その周囲には、黒い塊り―――炭化した魔物の死骸が無数に転がっている。
その数は数百、いや、もしかしたら数千にも届くかもしれない。
見渡す限りの『死』。

ラピスは傍に落ちていたバンダナを大事そうに懐にしまうと、
アルベルトに向き直る。

「・・・《騎士》はこのままこの近辺の警戒に当たれ。行くぞ、アル」

「駄目だ」

「なに・・・?」

「お前を行かせる訳にはいかねえ」

断固としてその場を動かぬアルベルトに、ラピスは僅かな恐怖を覚える。

「理由は何だ」

「周りの風景をよく見てみるんだな」

(ああ、やはり駄目だったか・・・・)

ラピスの心に、暗い闇が落ちる。
『あそこ』を出て今まで生きてきた。
その中で出会った人達。優しかった人達。その全てが彼を拒絶する。
それでも、希望はあった。最初に出会った人達が自分を受け入れてくれたから。
この『力』を受け入れてくれたから。
だから、諦める事ができない。人と会えば希望を持ってしまう。
その度裏切られ、罵られ、石を投げられ、家畜以下の扱いをされ、そして・・・殺されかけた。

(なんか・・・疲れた)

そうだ、アルの反応も当然だ。
『力』を小出しにしても拒絶されるのだ。
その全てを解放したのだから、拒絶しない方がおかしい。
そもそも、何故俺はアルに気を許した?
ノイマン隊長に拾われ、あいつと始めてあった時から・・・
・・・いや、そんなことはどうでも良い。
アルになら、殺されてもいいかな?
しかし、あの人達との約束もある。そう簡単に死ぬ訳にはいかない。
そうすると・・・・

(もう・・・ここにはいられないか・・・)

「何してる! 早くクラウド医院に行くぞ!」

・・・・・・・・・

「・・・・・なに?」

一瞬、何を言われたのか解らず、きょとんとした顔をする

「自分じゃ気付いてないかもしれねえがなあ、フラフラなんだよ! お前!
顔なんて真っ青だぞ。ほら、行くぞ」

そのままラピスの襟首を掴み、町の方へと引き摺っていく。

「盗賊達の方は隊長や皆に任せておけば良いんだよ。
大体これだけの事したんだぞ、自分の体力考えた事あんのかよ」

突如、ラピスの身体から力が抜ける。

「・・・・そう言えば、無かったな」

「・・・ったく」

やれやれ、と肩を竦めながら小柄なラピスの身体を抱き上げる。

「スマンな、アリサさんじゃなくて」

「ななななななんでア、ア、ア、アリサさんが出てくるんだ!?」

余りの慌てように目を丸くするラピス。
別に他意は無く、ただアルベルトはそっちの方が良いのだろうと思って言っただけなのだが。

「ククク・・・ハハハハハハハ」

「笑うな! くそっ、捨ててってやろうかこいつ」

そっぽを向き、悪態を付いたアルベルトは、再びラピスに目を向け――その動きを止めた。

そこにあったのは、本来の歳より若干幼く、それゆえに純粋な笑顔。
夜空の月に照らされたそれは、とても幻想的で・・・

「・・・ル。アル。どうした?」

「・・ハッ! あ、ああいや、なんでもない」

「?」

見とれていた人物の声で覚醒し、幾分赤くなった顔を隠す為に月を見上げる。
ラピスの顔は、いつの間にかいつもの無表情に戻っていた。

「・・・如月達はどうしたかな?」

「大丈夫だろう、あの二人なら」

「・・・そうだな」

夜空に輝く紅い月。
その光に照らされた二人は、町への帰路をゆっくりと歩いて行った・・・













「やめて如月! 魔鍵を収めて!!」

響き渡る剣撃、捕らえられぬ影。
目の前の戦いに介入する事も出来ず、睦月は、ただ己の無力さを噛み締めていた。

(この鎖を切れば・・・でも、そうしたら如月の鎖も切れる!)

「ふはははははははっ!! これだ! 我が求めていたのはこれだあ!!」

「・・・・・・・」

男が剣を振るい、それを大鎌の柄で受ける。
その間に蹴りを繰り出し、男を壁ごと蹴り飛ばすと
鎌を大きく振りかぶる。

「はああああああああっ!!!」

壁を無理矢理一点に収束し、受けようとする男。しかし、

すうっ・・・

ガスッ!

「・・・やはりその魔鍵の前には、この類の防御方法は無効化されるか」

先程まで男がいた地面を抉ったセイクリッド・キーを持ち上げ、再び相対する。

「魔鍵セイクリッド・キー・・・『開放する者』とはよく言ったものだ。
物理的なそれは勿論、世に存在するあらゆる『扉』を開く鍵・・・結界などは意味を成さんな。
それを『扉』と定義されればすぐに『開かれて』しまう」

「・・・・・・・・」

黙り込む如月。いや、既に喋るだけの余裕が無いのかもしれない。
先程貫かれた胸からは今尚大量の血が流れ、更に――

「如月! それ以上魔鍵を使ったら如月が持たないよ! お願いだから収めて!!」

魔鍵を振るう度にその身体を縛る鎖が食い込んでいく。
既に何箇所かの骨はヒビが入り、場所によっては砕けているだろう。

「フフフフ・・・それでこそ戦り甲斐がある・・が」

男は楽しそうに笑うと、足元に落ちている斬り飛ばされた腕を拾い、切断面を合わせる。
見る間に切り口が消え、元の状態へと再生された。

「今は時ではないようだ・・・我名は『バーカス』憶えておけ」

「ま・・て・・・・・」

如月の唸るような制止の声を無視し、夜の森の中へと消えるバーカス。
後には、やりきれぬ思いを胸に秘める睦月と、怨嗟の声をこぼす如月だけが残された。










赤い荒野の中、ただ立ち尽くすアレフ達。
顔を背ける事も目を閉じる事も出来ず、一同は、ただ目の前の光景を見続ける事を義務付けられる。
頭蓋を割り、脳漿を啜り、臓腑を引きずり出してはそれを口へと運ぶ。
血が『零れそう』になると、すぐにそれを飲み、骨を噛み砕いてはのどを通す。

カリッ、コリッ・・・・クチャ・・ピチャ・・・・・

そして、最後の食事が終了した。
レニスは、何事も無かったかのように立ち上がり、再び赤い荒野へと去って行く。
ふと、立ち止まると。両手足や口元に付着した肉片と血を舐め取り、また、歩き出した。

【どうだったかな、パーティーの感想は? 楽しかっただろう?
なんたって皆の大好きなレニス君の昔が見れたんだから。
これでお前等の理解も深まって、より仲良くなれるわけだ。
う〜ん、俺ってやっさしい。あ、でも食べられないように注意しろよ?
ヒャーッハッハッハッハッ!!!!】

「デタラメ言うんじゃねえ! レニスがこんな事するかよ!!」

「そうだ! レニスはこんなことはしないぞー!!」

【だったら・・・ご本人に尋ねてみたらどうだ?】

「え?」

パキ・・ピキ・・・

何かが割れる様な音が響いてくる。
それはだんだん大きくなり、ついに、

パキーーーーン――――

「皆、怪我は無いか!?」

「レニス!!」

近くの空間が砕け散り、そこから本物のレニスが顔を出す。
全員の安全を確認し、さっと左右に視線を回すと、

「そこっ!」

振り向きざま、背後にダークバレットを撃ち出す。
そのまま彼方へと消え去るかと思われた闇の弾丸は途中、何かによって打ち消された。

「・・・ひょう、相変わらずいいカンだなあレニス」

「黙れ、貴様如きに馴れ馴れしくされる言われは無い」

虚空から出現したシャドウは、レニスを軽く一瞥すると、その視線をレニスの背後へと向ける。

「まあまあ、それはともかく。後ろの連中がお前に聞きたい事があるそうだ」

「・・・・なに?」

「こ・れ・さ♪」

シャドウが、その身体を一歩横へとずらす。

「・・・!!」

そこには先程と同じ光景が広がっていた。
四肢を切り刻まれ、散らばる死体。赤い水溜りの中で蹲る少年。
少年の手の中で弄ばれる、首。
そして、その血肉を喰らう、少年の口――――

「答えてやったらどうだ? ん〜?
答えてやれよお。『私は人間を食べるのが大好きな食人鬼です。
今日も沢山殺して食べました。美味しい所は心臓と脳味噌で、不味い所は
アソコです。後一人食べれば一千万の大台に乗るんです』ってか!? ヒャーッヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

嫌らしい笑い声を響かせるシャドウ。
だが、彼の言う事はある意味、その場にいた者の総意だった。

そんなシャドウを前にして、何も言わぬレニス。
その姿を見て、シーラは思う。
否定して欲しい。いつもの表情で違うと言って欲しい。
いつもの笑みを浮かべ「なんだそりゃ」と言って欲しい。
例えそれが嘘であったとしても・・・否定して欲しい。


しかし、レニスは以前沈黙を続けている。
もう、それは肯定の意を表している以外に考えられなかった。
しかし、それでも、確認せずにはいられない。

「レニ・・ス。うそ・・だよ、ね?
シャドウが言ってる事って・・・嘘、なんでしょ? ねえ?」

パティが、必死の表情で訴える。
シャドウは先程からニヤニヤと笑っている。
その顔が、とても気に入らなかった。

「・・・・・・・い」

「・・・・え?」

聞こえてくる声。
しっかりと聞こえた筈のそれ。しかし、彼女達の耳は、それを聞く事を拒んだ。

「奴の・・・シャドウの言った事は嘘じゃない」

今度は、はっきりと宣言された。
嘘ではないと、人を食ったと。
脳はその事をハッキリと理解し、精神はそれを拒む。
各々が葛藤する中、レニスはシャドウと対峙する。

「ヒャーッヒャヒャヒャヒャ! まあ楽しかったぜ。
今回はこれでお終いだ、またやりてえなぁー? ヒャーーーッヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

「フレイム・バースト!!」

レニスの炎が届く寸前、シャドウの姿が掻き消え・・・周囲の風景が、教会へと戻った。

「マスター! 御無事で!?」

「ああ、俺は何ともない。大丈夫だ」

軽く笑い、フィリアを安心させる。
後ろを見ると、元の空間に戻った時のショックでか、シーラが床に座り込んでいる
思わず手を差し伸べ―――

パチンッ――

座り込んでいるシーラは、呆然と自分の手を見つめた。
自分が何をしたのか解らずに、ただ手を見つめ――理解する。

「あっ、と・・・悪い、余計な事だったか?」

バツが悪そうに手を引くレニス。


――――違うの――


「まだ・・・リカルド達が戦ってるみたいだから、手助けに行って来る」


――そんなつもりじゃないの――――


「フィリア、ここは任せる」

「・・・はい、マスター」

その甘栗色の瞳に、謝罪と優しさと哀しみの色を浮かべ、
教会の外へと向かうレニス。


―――――行かないで―――


一度も振り返る事無く、扉の前に立ち、


―――レニス君!――――


扉を開け放ち、闇の中へと消えていった・・・・



自警団が盗賊達との戦いに勝利したと伝えられたのは、
この時から、僅か数十秒後の事であった。









いつからか、夜空の月は雲に覆われ降り注ぐ月光は大地へ落ちる事はなくなった。
闇に包まれた森の中、二つの影があった。
かなりの時が経った後、一つの影がゆっくりと立ち上がり、もう一つの影に歩み寄る。

「如月・・・・」

「・・・・・・」

影――如月の傍に座り、握り締められた右手を静かに開いていく。

「やっぱり・・・爪が食い込んでた・・・」

現れた時と同様魔鍵の姿は無く。代わりに、食い込んだ爪により出来た傷。

「血が・・・出てるよ」

「・・・・・・」

「病院、行かなくちゃね」

「・・・・・・」

「消毒し・・て・・・っ・・・」

「・・・・・・」

「ほう、た・・いっ・・・まい・・て・・・・」

言葉の端々に嗚咽が混じる。
傷ついた右手を握り締め、うつむき、何かに耐えるようにしていたが・・・

「スマン、睦月」

そこまでだった。
如月の胸に顔を埋め、子供のようにしゃくり上げる。

「っ! ・・・ごめんね、ごめんね。如月の方が苦しいのに。如月の方が辛いのに。わたし、わたしっ・・・」

「いいんだ・・・睦月には、いつも迷惑をかけるから・・・いや、かけられてるのか?」

如月からの、苦笑交じりの返事。
こんな時でも自分を気にかけてくれる事が嬉しくて、
頭を撫でられるのが気持ち良くて、それに縋る自分が情けなくて、

「泣いちゃ、駄目なのに。如月も泣いてないのに、如月より先に泣いちゃ駄目なのに・・・っ」

「泣いていいんだ・・・お前にも・・・その権利はあるだろう・・・?」

「ごめん、なさい・・・ご・・め・・ぁ・・・ぁ・・」

空から落ちた一粒の恵。
それが、引き金となった。

「ぁ・・ぁ・・わあああああああああああああああっ!!!!」

雲に覆われた空から雨が降り、
数分後、ついには豪雨となる。
それは聖女の慟哭を包み込み、泣けぬ皇子の頬に、一粒の涙を描いた・・・・









ローズレイクの辺。
雨にその身を晒し、何をするでもなく、ただ立っている男。
日に当たれば美しく輝くであろう甘栗色の髪は、この闇の中で濁り、
その瞳は、どこか定まらぬ焦点を合わせようと虚空を見つめる。

「・・・・・・・・・ク・・」

男の―――レニスの肩が震える。
小刻みに震えるその身体から、小さな声が聞こえてくる。

「・・クク・・クククク・・・ハハハハ、ハハハハハハハハハハ」

・・・レニスは、笑っていた。
肩を大きく震わせ、狂ったように笑い、天に向かい叫んでいた。

「ハハハハハハハッ、ハアッハハハハハハハハハハハッ!!」

どれほどの時が経ったであろう?
いつの頃からか、その狂笑は止み、ただ降る雨の音だけがその場を支配していた。
レニスは傷を押さえるように身体を抱きしめ、近くの木にもたれる。

そして―――

「痛い・・・・・」

天の恵みは、その小さな呟きを消し去り、
大いなる慈悲により、一晩の間その姿を隠してくれた。
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