「参った・・・いきなりアリサに泣かれるとは思わなかった・・・・」
「何言ってらっしゃるんですか。アリサ様は、本当にレニス様の事を心配してらしたんですよ」
「そーそー。レニスがいじけてる間、表面上はいつも通りだったけど、すぐにでも泣きそうだったんだから」
「主様・・・反省」
着替えの最中にポロッと零した台詞に、フレア達の突っ込みが入る。
流石に自業自得だと言う事は自覚していたのか、気まずそうな笑いを浮かべながら
着替えを終了する。
「でも、ただでさえ衰弱していた状態でガフレイドを使うなんて・・・無茶はしないで下さい」
「でもなあ。皆を巻き込まずに、確実に奴を撤退にまで追い込む方法って、あれ以外に思い浮かばなかったんだよ」
包帯でぐるぐる巻きにされている右手の状態を確認しながら、フレアの心配そうな台詞を跳ね除ける。
どうやら、右手の再生は順調のようだ。骨や筋肉はまだだが、既に外側は完全に修復されている。
「右手は使えんな・・・仕方ないか」
「左手もです。主様」
「へ?」
思わず間抜けな声を上げるレニス。
そんな事には構わずに、レミアは淡々と言葉を続ける。
「ドクタークラウドが仰ってました。2・3日は両腕を使わせるな、と」
「いや、でも。動くし、痛くないぞ」
「それでもダメです」
「そうよ。ダメよ」
「ダメです。主様」
むしろ、この状態で痛くないと言う事のほうがマズイのではないだろうか?
「・・・・どうやってドアを開けろと?」
「私達がやります♪」
ガチャ
何故か、すこぶる機嫌がよくなった三人が、嬉しそうにドアを開ける。
そしてイリスとレミアは自分の指定席――レニスの頭上と右肩を陣取る。
「では、参りましょうレニス様」
ニコニコと笑うフレアの先導のもと、レニスは自分の部屋を後にするのだった。
「あ、レニス兄さん」
「マスター、下りてらっしゃったんですね。朝食の準備は出来てますから」
「ああ、ありがとう。・・・アリサさんは?」
「キッチンの方にいらっしゃいますよ」
「そうか」
「おお、レニス。元気そうだな」
「そりゃ一晩も寝れば・・・って、なんで皆がここにいる!?」
当然のようにテーブルについている数人の男女に、思わず声を上げるレニス。
その反応に、ニヤリという笑みを張り付かせたアレフが、芝居がかった口調で
「冷たいなあレニス。目の前でぶっ倒れたお前をトーヤの所まで運び、尚且つ一晩中看病してやった俺に向かって」
「看病してくださったのはシーラさん、パティさん、メロディさん、リサさん、クリスさんです。
ピートさんとアレフさんは十分もしない内に高いびきをかいていました」
フィリアがあっさりと一刀両断する。
レニスは「そうか」と頷き、二人を視界から排除しながら皆に頭を下げた。
「すまない、皆。心配をかけたようだ」
「おーい。俺たちには〜?」
「はて? 何の事やら」
何事も無かったかのように席につくレニス。
アレフとピートはとりあえず無視だ(爆)
「レニスクン、下りて来ても大丈夫なの?」
「あ、アリサさん。大丈夫ですよ。腕以外は完治してますから、問題無いです」
キッチンから出て来たアリサに対し、安心させるような笑みを浮かべるレニス。
それに安心したのか、アリサはホッとした様子でテーブルについた。
「それじゃあご飯にしましょう。皆、どんどん食べてね」
「いただきまーす!」
「おい、ピート、がっつくな」
皆、美味しそうに食事を始める。
レニスも食事をとろうと箸に手を伸ばし・・・
「ダメです、マスター」
「・・・俺は食事をする事も許されないのか?」
「腕を使ってはダメです」
「・・・・・・どうしろと言うのだ・・・」
項垂れるレニス。
ちょっぴり犬チックだ(笑)
「私が食べさせて差し上げます。どうぞ」
そう言って箸を差し出してくるフィリア。
流石にこれは恥かしい。
「いや、自分で食えるから」
「腕を使うのはダメです。口だけで食べるのは論外です。さあ、どうなさいますか?」
「だったら腕を分子レベルで分解、再構成して・・・」
「却下です」
問答無用で箸を差し出すフィリア。何時に無く強気だ。
流石に観念したのか、フィリアが差し出す食事を口に入れるレニス。
味の方は文句無しである。
「美味しいですか? マスター」
「ああ、美味いぞ」
美味しい。美味しいのだが・・・
何故か、背後からヒシヒシと視線を感じる。
そちらのほうを向くと、シーラとパティがこちらへと視線を向けていた。
「・・・どうかしたか?」
「ん? べ、別に」
「う、ううん。なんでもない」
慌てて視線を逸らす二人。
周囲の連中(一部除く)は、その様子を楽しそうに見ている。
「・・・シーラ姉さん、パティ姉さん。我慢は良くないよ?」
突然の魅樹斗の『姉さん』発言に、皆が一斉にそちらを向く。
が、当の本人は全く意に介さず、美味しそうにご飯を食べている。
その檄(?)を受け、パティが行動に移った。
「はい、レニス。あ〜ん」
「・・・俺はガキか?」
「自分で食事をとれない所は同じよね。はい、あ〜ん♪」
どうせ無駄な足掻きだ。
それを悟ったのか、レニスは先程よりも抵抗無く、それを口に入れる。
「・・・ん? この味付けは・・・」
「解った? これ、私が作ったんだ」
「今日の朝食は皆で作ったのよ。レニスクン」
アリサに言われ、なるほどと納得する。
ちなみに、彼に飲み物を飲ませるのは、大きくなったフレアの役目である。
いつの間にかポジションをゲットしていたようだ。
結局、レニスはフィリアとパティとフレアの手により、無事に食事を終えることが出来た。
食事の後、何も出来なかったシーラは、少ししょんぼりしていたようだ。
「・・・・・・朝食を食べるだけで疲れたのは初めてだ・・・」
「かなり羨ましい状況だったと思うのは俺だけじゃないと思うぞ。レニス」
「まあいいか。ちょっと出かけて来る」
「どこへだ?」
「自警団寮。如月のお見舞いさ」
レニスは、自警団寮の如月の自室の前に立っていたが・・・入室する勇気が出なかったりする。
「・・・睦月がマイクを握ってるな・・・如月、お前は無事なのか・・・?」
「あれはね〜・・・文句言うほど下手じゃないから何も言えないのよね・・・・」
如月の身を案じるレニスと、呆れたような感じで首を横に振るイリス。
ふと、視線を横へ向けると、これから出勤なのか、それともただ単に出掛けるだけなのか、
自警団員の一人がそこにいた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
擦違いざま、軽く肩を叩かれる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
背中越しに親指を立てる自警団員。
それに対し、ニヒルな笑みを返すレニスとイリス。
・・・同じ戦いを潜り抜けた者同士の共感だろうか?
「・・・馬鹿やってないで入るか」
「・・・そうね。でも、中々ノリの良い人だったわね」
ふわりとレニスの頭上から降り立つと、イリスは、ある種の魔境の扉を開くのだった。
「生きてるか? 如月」
「ああ、もう慣れてる。これぐらいでくたばってたらあいつの相棒は務まらん」
「・・・慣れたくないわ。私は」
自分の背後から聞こえて来る、ホンの少しだけ狂った音。
だが、ホンの少しだけしか狂っていない事が、逆に神経を逆撫でする。
「・・・お前の相棒黙らせてもいいか?」
「その腕で?」
「・・・なんか腹立つなあ・・・」
満足に動かせない自分の腕を眺めながら、多少の苛立ちを覚える。
だが、しつこい様だが自業自得なのだ。特に右腕。
「そう言えば、そんな事しに来たんじゃなかったな。如月、魔鍵を使ったと聞いたが?」
「・・・・・・ああ。使った」
「如月、ホントに人間? レニスの事化け物なんて言えないわよ?」
「五月蝿い。使えたものは仕方が無いだろう」
「そりゃそうだ。さて・・・」
後ろを振り向くと、既にカラオケセットを片付けていた睦月と目が合った。
「ちょっとトリーシャと買い物に行って来るわ。如月の事お願いね、レニス」
「じゃあ、行って来るね如月さん。無茶したらダメだよ?」
いつの間にか買い物へ行く段取りが付いていたらしい。
二人は、如月の事をレニスに任せると、揃って出口の方へと向かった。
途中、食材の話が聞こえた事から、今夜の如月の夕飯の相談でもしているのだろう。
「トリーシャは、きっといいお嫁さんになるわね〜♪」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ゴメン。謝る」
「次は・・・無いぞ・・・」
「それが原因か。如月、鎖が見えてるぞ」
言われて、自分の身体を見下ろすと、紛れも無くあの時具現化した鎖がそこにあった。
・・・如月の身体を拘束するかのように・・・
だが、前回と違い、所々に亀裂が入っている。
「どうする? このまま砕く事も出来るが?」
「・・・修復してくれ。自分でも、理解しているつもりだ」
「解った。我慢しろよ?」
そのまま視線を鎖へと向け・・・『力』を解放した。
鎖を純白の炎が包み込み、所々に存在した亀裂が見る間に修復されていく。
「ぐうううううううっ・・・・・!!!」
苦悶の表情を浮かべ、全身を襲う灼熱感に堪える如月。
炎は激しさを増し、ついには如月の身体全てを包み込んだ。
そして、数分後―――
「・・・・・修復完了。前よりも強力にしておいたが・・・本当にいいのか?」
「はあっ、はあっ、はあっ・・・構わない・・・今の俺が使うには、大きすぎる・・・」
全身に滝のような汗を流しながら答える如月。
奇妙な事に、あれほど激しく炎が燃え盛っていたと言うのに、
如月の身体は勿論、着ている衣服やベッドのシーツにも、焦げ一つ付いてはいなかった。
「もう傷自体は治ってるんだろ? だったらシャワーでも浴びて来い。汗が凄いぞ」
「お前等、もう少し怪我人は労われ」
何処からか引っ張り出してきたタオルを投げつけられ、如月は小さな苦笑いを浮かべた。
なんとなく一人になりたくなり、ローズレイクへと足を運んだレニス。
イリスは少し不満気だったが、素直に先に帰ってくれた。
「・・・やっぱりいい町だよ、エンフィールドは。・・・なあ、二人とも」
誰にともなく呟き、静かにその場に座り込む。
「あの時の約束は、まだ有効だぞ?・・・俺はお前を守り、君の傍にいると・・・」
対岸に見える、小さな墓標。
それを見るレニスの眼は、とても優しく、とても哀しく・・・
「・・・でも、有効でも、実行できなければ、意味が無い・・・か。すまない」
そこまで呟くと、苦笑した。
―――これでは只の自己満足だな―――
少し、情けなく思う。
それを恥じる事は無い、と誰かに言われた事を思い出し、考え込む。
だから、自分の背後から近づく人物に、全く気付けなかった。
「レニス君・・・?」
「・・・ん? シーラ。どうかしたのか? こんな所に来て」
「その、レニス君に会いたくなって、こっちかなって思ったら・・・」
「そのブローチ・・・そうか。フィリアだな?」
自分の創ったそれから、見知った力の波動を感じる。
恐らく、自分を見つけるために少し細工をしたのだろう。
「そう言えば、三日後だったよな? 演奏会」
「うん。・・・レニス君は、演奏会に来てくれるの?」
「そうだな・・・君が望むなら、何処にでも」
その台詞を聞き、顔を赤くするシーラだが、レニスはそちらを見てはいなかった。
ただ、じっと対岸を見つめ、その瞳は、今まで見たことも無い程に深い色に染まっている。
その横顔を、心配そうに見つめていると、ふいに、レニスが視線をこちらに向ける。
「シーラ。シーラは、俺が・・・」
「レニス君が・・・?」
「・・・いや、なんでも無い。・・・もう暫らく、こうしてるけど・・・シーラはどうする?」
「うん・・・それじゃあ、一緒にいてもいい?」
「ああ、構わない。・・・一緒にいてくれ」
レニスの最後の呟きは、風に流され消えて行く。
いつの間にか、レニスの顔には、穏やかな表情が戻っていた。