中央改札 交響曲 感想 説明

第三十一話 ある晴れた日に
FOOL


おやつ前の午後2時30分。
雷鳴山の森の中。魅樹斗・エルフェイムは真剣な面持ちで
木々の向こうに広がるエンフィールドを睨みつけていた。

「・・・・・・ジョートショップがあそこ。教会が向こうで・・・」

暫しブツブツ呟くと。素早くジョートショップが視界の中央に来るように移動する。
しかし、

「・・・またか。これで三十二回目だ」

落胆の溜め息をつき、手早く荷物を抱えると再び移動を開始する。

今日、魅樹斗はエンフィールド・・・いや、正確にはジョートショップの絵を描く為に
雷鳴山に登っているのだが、なかなかいいポイントが見つからない。
エンフィールドを描くのは問題無いのだが、ジョートショップを中央に持って来ようとすると、
なぜか必ず木々の枝葉が邪魔をする。

今朝、レニスにいいポイントは無いかと聞いた所。

「空を飛べ」

との答えが返ってきた。
魔法が苦手な自分にそういう事を言うと言う事は、
『自力で探せ』との事なのであろう。
こうなったらレニスは梃子でも教えてはくれない。
そう言う人だ。

「え〜っと、こっちから向こうまでは全部調べたから、こんどはあっちの崖の方に行ってみよっか」

スケッチブックを片手に、草木の生い茂る森の中をピョンピョンと飛び跳ねていく魅樹斗。
朱金のポニーテールは先程から彼の背中に触れてはいない。
単純に魅樹斗が速く走っているからである。

「あ、エルさん発見。丁度良いや、良い場所が無いか聞いてみよ。エルさーん!」

少し向こうの方に現れた、エメラルドグリーンの髪を持つエルフ。
恐らく薬草を取りに来ているのだろうエルに声をかける。

「ん? なんだ、魅樹斗じゃないか。どうしたんだ、こんな所で」

「うん、ジョートショップを中心としたエンフィールドの絵を描きたいなって思って。
それで、さっきから良い場所が無いか探してるんだけど・・・」

「見つからないのか?」

「うん。エンフィールドを描くのには問題はないんだけど、
ジョートショップを中心にするとなると、木の枝や葉っぱが邪魔になって見えなくなるんだ」

「う〜ん・・・悪いけど、そう言う場所に心当たりは無いな」

「そうなんだ・・・ゴメン、余計な手間取らせて」

「ああ、気にするな。それより、気を付けろよ。この辺は魔物も出るからな」

「うん、それじゃまた」

エルに礼を言うと、魅樹斗は再び森の中を駆け出した。







「魔物か・・・まあ、ここら辺に出るのはゴブリン、コボルト、オーガに大蜘蛛・・・それぐらいだな」

数で来られると厄介だが、自分にとっては大した相手ではない。
魔法は使えはしないが、その分様々な戦い方をレニスからも教わっている。
まあ、それ以前に今回の目的は絵を描く事なのだが。

「あ、そうだ。森の事は森の住人に聞く方が早いか」

そのまま方向転換。
そしていきなりジャンプ。
目の前の背の高い木の枝を飛び交い、目的の場所に到着する。

「ひゃあっ!?」

「あ、怖がらなくていいよ。危害を加えるつもりは無いから」

目の前で転がるフサの子供に、ニッコリと微笑みかける魅樹斗。
フサは暫らくは怖がっていたものの、魅樹斗の笑顔を見て恐怖が薄らいだのか、
ゆっくりと近づいて来た。

「あのね、この辺に―――」

フサを怖がらせないように、一定の距離を置いたまま、魅樹斗が目的の説明をする。

「――そんな場所、ないかな?」

「・・・・ごめん。フサ知らない」

「そうか・・・ありがとう」

「待って。フサ、付いていく」

「え? でも、危ないよ」

「付いていく」

フサの子供は、魅樹斗の制止を無視し、無理矢理肩にしがみ付く。
どうやら本気で付いて来るつもりらしい。

「・・・身の安全は保障しないからね?」

「早く行く」

「わかったよ」

小さく苦笑しながらも、魅樹斗は再び地上を駆け出した。









カリエスの花の咲き乱れる草原。
それが、魅樹斗の目の前に広がっていた。

「綺麗な場所だね」

「ここ、フサ好き」

「でもエンフィールドは見えないんだよね・・・」

「人間の町、あの森の向こう。見えない」

「あの木を登れば見えるかもな。うん、行ってみよう」

少し離れた場所に巨木を見つけ、とりあえず登る。
先程の木よりも、木の皮がごつごつしており登りやすい。

「・・・のはいいんだけど・・・服がボロボロ。アリサおばさんやフィリア姉さんに怒られるかなあ」

ホンの少しだけ後悔しながらも、黙々と登り続ける。
フサの子供は相変わらず自分の肩にしがみ付いている。

(イリス達が肩に乗るのってこんな感じなのかな?)

魅樹斗は、いつもレニスの頭や肩を陣取っている精霊達の事を思い出した。

・・・静かな分こっちの方がマシか。

本人達の前で言えば、確実に怒るであろう(特に次女)台詞を心の中で呟きながら
魅樹斗は丁度良い高さにある木の枝に腰を降ろした。

「・・・・・・凄い」

「フサ、ビックリ・・・」

二人の目の前に見えるのは、魅樹斗の見慣れたエンフィールドの町。
それは、魅樹斗が登った木と同じような巨木に挟まれ、さながら
大自然の額に収まった一枚の絵のようであった。

「しかもジョートショップがど真ん中。嬉しいねえ♪」

見惚れながらも、嬉々としてスケッチブックを取り出し、鉛筆を走らせる。
一瞬の内にその顔が楽しそうなのはそのままに真剣な物となる。
白い紙の上を踊るように走る鉛筆がサラサラと音を立て、目の前に広がる景色をそこに出現させる。
はじめてエンフィールドにやってきたときに潜った、祈りと灯火の門。
毎日歓声が絶える事の無いグラシオコロシアム。
あまり好きではない(レニスに喧嘩を売る馬鹿がいるため)自警団事務所。
いつもの爆発音を轟かせるショート邸。
立派な佇まいのシェフィールド邸。
春には美しい桜の花びらが舞う桜通り。
その中に建ついつもの皆が集まる店、さくら亭。
先日、音楽祭の行なわれたリヴェティウス劇場。
最近奇妙な形の骨董品を展示し始めたフェニックス美術館。
子供達が走る姿の見える日の当たる丘公園。
湖面がクリスタルのような輝きを放つローズレイク。
仲間達に無理矢理連れて行かれた洋品店ローレライ。
フィリアに行くなと言われたシーブズギルド。
その全てが、魅樹斗の手にあるスケッチブックに描かれていく。
白い紙にひかれる黒い線達。
それが形をなし、家を、道を、人を、木を、町の全てに変わっていく。
その左右に聳え立つ二本の巨木が額になり、その絵に不思議な雰囲気を与えている。
そして、いままで手を付けていなかった空白の場所。
紙の中央に筆を走らせる。
仲間達が集う場所を。
兄の安らぎの場所を。
そして、自分の帰るべき家を描く為に、その筆は、舞踊った。








「・・・で、出来たのがこの絵か」

「うん。どうかな?」

ニコニコと上機嫌でレニスに絵を差し出した魅樹斗。
今はフィリアの作ってくれたココアを両手で持ってレニスの正面に座っている。

「よく見つけたな、こんな場所。この絵から判断して・・・カリエスの花畑のあたりか?」

「うん。近くの木に登ってみたんだ。そしたら・・・ね」

「なるほど。それで服がボロボロだったわけだ」

「あ・・・それは・・・・」

「それ、アリサさんから貰った服だろ? 後でアリサさんに謝っとけな」

最も、彼女ならそんな事は微塵も気にしないだろうが。

「で、いつ完成予定?」

「今週中には」

「そっか。頑張れよ」

「うん!」

屈託の無い笑顔で頷く魅樹斗を、
レニスは穏やかな眼で見つめるのだった。
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