中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第三十三話 大武闘大会 前編
FOOL


12月27日。
その日、エンフィールドは、熱く燃えていた。


「レニスさんレニスさん! 何してるっスか? はやくコロシアムに行くっスよ!!」

「・・・なんで?」

「なんでって・・・知らないんスか!? 今日は年に一度の大武闘大会の日っスよ!?」

「ああ、知ってる。けど、別に見に行く必要は無いと思うが」

「何言ってるっスか。もうレニスさんの参加登録は済ませてきたっス。
早く行かないと失格になるっス」

「・・・は? 今、なんてほざいたテディ」

先程までの無気力そうな瞳をかなぐり捨て、怒気を隠そうともせずに睨みつけるレニス。
当然テディは竦みあがった。

「ひいっ! ボ、ボクなんか悪い事したっスか?」

「なんで俺の出場登録なんてしてきたんだ? 出る気なんぞこれっぽっちも無いぞ」

不機嫌そうに髪をかき上げながら、テディを睨む事を止めないレニス。

「で、でも、睦月さんとフィリアさんが、レニスさんは絶対出るって言ってたっス!」

「なに・・・?」

テディの言葉を聞き、考え込むレニス。
睦月がこういう無責任な事を言うのは今に始まった事ではないが、
それをフィリアも言ったというのは気にかかる。
レニスは、暫しの間沈黙していたが、ふいにテディに問い掛けた。

「テディ。俺の知り合いで出場する奴はいるか? いるとしたら誰だ?」

「えっと、フィリアさんと睦月さんは出ないって言ってたっス。
それで、出場するのはリカルドさんとマーシャルさんと如月さんと魅樹斗さんっス」

それを聞いた途端、目を細めるレニス。
口元には、うっすらと笑みも零れている。

「・・・・・・ほう、ミキに・・・如月か。それは確かなんだろうな?」

「ハイッス。・・・レニスさん? どうしたっスか?」

「何をしている。行くぞ、テディ」

「い、行くって、どこへっスか?」

「決まってるだろう?」

扉に手をかけたまま、首だけテディの方へと向け、笑う。

「グラシオコロシアムだ」









「お、来たなレニス。待ってたぞ」

「お前と待ち合わせた覚えは無いぞ。アレフ」

声をかけてきたアレフには目もくれず、目的の人物を探す。
とは言え、この場にはアレフも含めてほんの数名しかいなかったのであっさりと見つかった。
時間が迫っている為、他のメンバーは応援席の確保に向かっているらしい。

「フィリア、ちょっと来い」

「はい、なんでしょうかマスター」

「如月は、なんでこれに出ようと? らしくないだろう」

「『今の自分がどれほどなのか、それを確かめたい』と言っていたそうです。
睦月さんから聞いた話なので、確かではありませんが」

「そうか。ミキは?」

「それはマスターが一番良く分かっていると思いますが?」

「なるほど、ね。なら早目に控え室へ行っておくか」

「あら? レニス君、フレアちゃん達は?」

いつもレニスの肩や頭の上に座っている精霊達の姿が見えないので、
シーラは首を傾げた。フレアとレミアはともかく、イリスは絶対に来ると思っていたのだが。

「ちょっとな。あの三人には精霊界の方へ行って貰った」

「精霊界に?」

「ああ、最近ちょっと気になる事があってな。確認の為に向かって貰った。
・・・・・イリスは最後までぶーたれてたけど」

その時の光景を思い出したのか、小さく苦笑する。

「それじゃあ行って来る。またな、シーラ」

「レニス君、頑張ってね!」

「応!」

背後からかかるシーラの激励に片手を空へと突き出すことで応えたレニスは、
駆け足で選手控え室へと向かった。











選手控え室に着いたレニスは、すぐに部屋を見渡すが・・・

「二人ともいない・・・か。今は俺と顔をつき合わせたくないのかね?」

「オー、レニスさん。アナタもこの大武闘大会に出るアルカ?」

「あ、マーシャル。相変わらず貧弱そうで頑強な身体をしてるな」

「それ、誉めてるアルカ? それとも貶しているアルか?」

「誉めてるんだよ。さ、開会式と同時に第一試合が始まるぞ。誰の試合だっけ?」

「何言ってるアルか。第一試合はレニスさんと私の試合アル」

「・・・・・・なにか作為的なものを感じたのは気のせいか?」

「今日、レニスさんは私の最強伝説の一ページに刻まれるのよ!」

「・・・・・・まあ、いいか」








「勝者! レニス・エルフェイム!!」

「大丈夫かマーシャル?」

「・・・きゅう〜・・・」

「だめだこりゃ」











「あ、レニス。第一試合ご苦労様」

「パティ? 来てくれたのか」

「マリアもいるわよ☆」

パティの陰に隠れるように立っていたマリアが、ピョコンっと顔を出す。

「他の皆は?」

「応援席。さっき会えなかったから、顔見ておこうと思って」

「そうか。なあ、ミキと如月はどうなった?」

「二人とも勝ったみたいよ。でも、あの二人に勝てるのは、リカルドおじ様かあんたぐらいのものでしょう?」

「出場者の中ではな。ラピス辺りなら今の二人よりも確実に強い」

パティから飲み物を受け取り、口へと運ぶ。
そして、見下ろすようにマリアへ視線を投げ、一言。

「マリア。その手の中のものは何だ?」

「これ? これはね、レニスの為に作ったマリア特製のスペシャルドリンクよ☆
これを飲めば優勝なんて簡単に・・・」

ぺしっ

ばちゃ

「あーーーーっ! 酷い! 何するのよレニス!!」

「そんな物騒なものを持ち込むな!! 何が起きるか解らんだろうが!!」

頬を膨らませて抗議するマリアを一喝するレニス。

「とにかく、それは廃棄だ。他に作ったとしても絶対に処分するからな」

「ぶ〜〜〜〜☆」

「レニス、そろそろ次の試合じゃない?」

「そうだな。・・・このままだと、ミキや如月と当たるのはもう少し先だな」

「リカルドおじ様も、もう少し後の方になるわね」

「ああ、って、何をしているマリア」

ビクッと身を竦ませるマリア。
その手には、例のスペシャルドリンクとレニスが飲もうとしていたジュースが握られている。

「は、ははははは☆」

「・・・・・・マリア。俺の作ったクッキーを」

「ご、ごごごごっごごごおっごごおごっごごめんなさい!!!」

「解れば良し」

ただひたすらに謝り倒すマリア。
魂の根源にまでクッキーの恐怖は刻み付けられているらしい。

「はあ、自業自得ね」

その二人の様子を見て、パティはただ呆れるだけだった。









レニスが第二試合をあっさりと終了させて控え室に戻ると、
何か、慌しい空気がその場を満たしていた。

「おい、なにがあった?」

とりあえず何があったのかを知る為に、手近な所にいた男に声をかける。

「あ、あんたか。実は、運営委員会から選手全員に配られた飲み物の中に、痺れ薬が混入されていたらしいんだ。
しかも、即効性が高くて強力な奴が」

「なるほど、それでドクターが走り回ってるって訳だ」

押しかけ助手の少女と共に控え室を走り回っているトーヤ。
よく見れば、選手の殆どが苦しそうにうめいている。

レニスは、その光景を一瞥すると、興味が失せたかのように視線を逸らし
赤琥に目覚まし代わりを頼むと、静かにその目を閉じた。







「そうか、そう言えば今年は代理出場というルールも出来たんだったな・・・・」

だるそうに髪をかき上げ、目の前に立つ身長3メートルほどの岩の巨人を見上げる。

「ゴォォォォォォレェェェェェェェェム―――――」

「私のゴーレムちゃんに痺れ薬など効きませんよ!」

雄叫びを上げるゴーレムの遥か後方には、勝ち誇った表情(?)で高笑いを上げるハメットの姿もある。

「さあっ! 大人しく私の可愛いゴーレムちゃんの餌食となるのです!!」

高らかにゴーレムへと命令を下し、その命令を忠実に実行するゴーレム。
その巨大な腕が空気を切り裂き、唸りを上げてレニスへと向かう。

「ゴォォォォォォォォォォォレッェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエムッ!!!!!」

そして、その岩の拳は、レニスの顔面へと突き刺さった。
そのままの勢いで地面に叩き付けられるレニス。
そこへ追い討ちをかけるように再びゴーレムの拳が襲い掛かる。
その一撃は、ゴーレムの重さと怪力により地面にクレーターを生み出した。

「ゲラゲラゲラゲラゲラ! 他愛も無いですねえ。まあ、私のゴーレムちゃんにかかればこんな物ですよ」

ゴーレムは何度も何度もレニスが倒れた場所を殴り続ける。
この光景には、観客も顔を青ざめさせ、その岩の拳の下の惨状を想像し、顔を背ける者もいた。

ハメットは審判の言葉を無視しながら高笑いを上げていたが、
突如、命令も出していないのにゴーレムの動きが止まった事に気付き、その耳障りな笑いを収めた。

「変ですねえ・・・? 止めろという命令は出してはいないのですが・・・」

訝しげな顔をしながらゴーレムへと近づくハメット。
すると、地面にめり込んだままで停まっていたゴーレムの右腕が真っ赤に染まり、
あっさりと融解した。

「な!? い、一体何事でございますか!?」

「・・・・・・痛いだろうがハメット。もう少しいたわりと言う物を持ったらどうだ?」

「ひ、ひいっ!?」

地面に出来た溶岩――溶けたゴーレムの右腕――の中からレニスの声が発せられ、
その表面が盛り上がったかと思うと、そこから傷一つ焦げ一つ無いレニスが立ち上がった。

「な、なななななななあんななんんあななんなんなあああああああ!!!??」

「・・・つまらん。しかもこのゴーレム出来が悪い」

気が動転しているハメットを他所に、動きの止まったゴーレムの身体をコンコンと叩くレニス。
すると、それに抗議するかのようにゴーレムが再起動する。

「ゴォォォォレェェェェェェム・・・・・・」

「ゴ、ゴーレムちゃん! 早くこの男を叩きのめしなさい!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「何をしているのです! 早くこの男を殺すのです!!」

「ゴォォォォレェェェェェム!!」

ゴーレムが吠え、その拳を再び振り上げた。
そして、

ゴガアッ!!

「ひいいいいいいいいっ!!? ゴ、ゴーレムちゃん!?
こっちではありません! あっちです! あの男を攻撃するのです!!」

振り下ろされた拳は、ハメットのすぐ真横へと振り落とされた。
右腕が融解したためにバランスが崩れ、僅かに狙いが逸れたようだ。

ドス! バゴ! ガギン!

「ヒイッ! や、やめるのです! やめなさい!! ひえぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!」

「言い忘れたけど、そのゴーレムのコアをハッキング――って解んないか。
簡単に言えば、思考回路を弄らせて貰った。『自分に命令を出す人物を攻撃せよ』ってな」

いつものやる気の無さそうな表情のまま、唇のはしを持ち上げるレニス。
その目の前では、自分のゴーレムに追い掛け回されるハメットが、必死の形相(?)で駆けずり回っていた。





結局、ハメットがゴーレムから解放されたのは一時間後。
連絡を受けたラピスが、ロケットランチャーをぶっ放してゴーレムを粉砕した事により、騒ぎは収まった。

最も。何かの手違いで照準が狂い、2・3発はゴーレムではなくハメットの周囲に着弾したそうだが。












選手控え室に戻ったレニスは、少々気が立っていたのか、目の前に立ち塞がった黒い影を殴り倒し、
備えてあった長椅子の中央に座り込んだ。

「は〜・・・。つまらん。もう少し手応えのある奴がいるかと思ったんだが・・・期待外れかな」

「レニス貴様ぁっ!! いきなり人を殴り倒すか!? 普通!?」

「ん? ああ、シャドウか。なにか用か?」

本当に今気付いたのか、若干驚きながらシャドウを見るレニス。
その仕草をわざとらしく感じたのか、シャドウは両肩をプルプルとさせていたが、
やがて落ち着いたのか、深呼吸をするとその手に持った握り拳程の大きさの袋を突き出した。

「レニス、これがなんだか解るか?」

「なんだ。おやつ持参なのか? 用意周到な奴だ」

「違う!! いいか、これは毒なんだよ。これをこの部屋にばら撒いたらどうなるか・・・」

「シャドウ。食べ物を粗末にするのはよくない。ちゃんと自分で処理しろ」

いつの間にかシャドウの目の前にまで接近していたレニスは、
やおら毒の入った袋を掴むと、その中身を全てシャドウの口の中に押し込んだ。

「?&$#”’%)=$%%$!$#>?_>)’α&%$%!$???!!!」

「ああ、すまん。喉が詰まったのか。さ、飲み物だ」

喉を掻き毟るシャドウに、申し訳無さそうな顔をしながら
先程マリアから没収した『マリア特製スペシャルドリンク☆』を全て注ぎ込む!!

「ん? すまん、間違えた。まあ、マリアの作ったものだし死にはしないだろう」

レニスがもがき苦しむシャドウを見下ろしていると、
入り口からアレフ以下数名が顔を出した。

「おい、レニス。怪我は無いか・・・って、シャドウ!? なんでこいつがここに!!」

「俺の目の前で持参したおやつを捨てようとしていたんでな。勿体無いんでこいつの口に無理矢理押し込んだ。
そしたら喉を詰まらせたらしく、喉をかきむしっていたんで、手持ちのジュースを飲ませてやったというわけだ」

「あ、それマリアが作ったジュース・・・」

皆の背後でポツリと呟いたマリアの言葉に、皆が何が起こったのかを理解して戦慄した。
全員がシャドウを哀れみの眼差しで見ていたが、同情している者は一人もいなかった。

「そんなことよりレニス君、怪我は無いの?」

「ああ、大丈夫。あの程度ならダメージにならないから」

「ゴーレムに殴られたのがあの程度か。相変わらずの化け物ぶりだな、レニス」

「俺の場合、怪我の基準が皆とは違うからな。仕方ないさ」

苦笑するレニスの後ろでは、リサ達によって通報を受けた自警団員が、今だにもがいているシャドウを雁字搦めに縛り上げ、
かなり乱暴に引き摺っていく光景が見られた。

「パティ。試合表見せてくれないか」

「あ、この試合表、殆ど意味がなくなったわよ。さっきの痺れ薬で殆どの選手が棄権かドクターストップになっちゃったから」

「そうなのか? だったら、俺の次の対戦相手は誰なんだ?」

「大変だ大変だ!!」

レニスがパティと共に首を傾げていると、ピートが扉を打ち壊さんかの勢いで控え室へとやってきた。

「ピート。ドアが壊れる」

「そんな事より大変なんだ! 次のレニスの対戦相手・・・」

そこで一旦息を呑み呼吸を整えると、ピートはその対戦相手の名を告げた。

「・・・魅樹斗なんだ!!」










【それでは第四回戦。レニス・エルフェイムVS魅樹斗・エルフェイム。試合開始!!】

大きな歓声と共に、魅樹斗はゆっくりと腰の剣を引き抜いた。
その銀の輝きは、空から降り注ぐ陽の光を浴び、僅かに曇る刀身を白日の元に晒していた。

「おお、やる気満々だなミキ。かっこ良いぞ」

「レニス兄さん」

吐き出すように、その言葉を口にする魅樹斗。
その様子に、レニスの面からゆっくりと表情が消えて行く。

「僕は、『本気』で行くよ。だから―――」

「・・・ああ、解った。遠慮無く本気で行かせて貰おう」

その言葉を言い終えた瞬間、レニスが『変わった』。
何がどう変わったのかは解らない。
見た目はそのまま、身に纏う空気も先程までと同じ。
その表情は、魅樹斗が見慣れた『戦う』時のレニスの顔。
だが、レニスの中の『何か』が決定的に変わっている。
それだけは、かろうじて魅樹斗にも感じ取る事が出来た。



レニスの変化は、応援席で試合を見ていた、如月と睦月の二人も感じ取っていた。

「・・・今のレニスは危険だな。魅樹斗、お前は、それを知っても尚、レニスとの戦いを望むのか・・・?」

「魅樹斗はレニスの背中を追いかけてたからね・・・置いて行かれたくないんでしょう。それと――」

「それと?」

「あの子も、なんだかんだいって『戦士』なのよ」

「・・・なるほど」




「ミキ――」

いつもの彼とはかけ離れた、抑揚の無い声で呼びかける。

「来い」

その一言が、本当の試合開始の合図だった。











(僕とレニス兄さんの実力は、比べるのも馬鹿馬鹿しいぐらいに開いている。
勝機があるとすれば、僕が兄さんに剣を教えてもらったって事だけだけど・・・)

目の前に立つ『兄』を見据え、両足に力を溜める。

(そんな事は無意味。だから・・・とことん行くしかない!!)

無拍子で両足に溜めた力を一気に解放する。
一部の人間以外には、その姿が掻き消えたようにしか映らないほどの速さで
レニスの正面に突っ込んでいく。
脚部の限界を完全に超えたその速度。
足が二度と使い物にならなくなる事を理解した上での行動に、
その姿が見える一部の人間達は、あるいは眉をしかめ、あるいは感嘆の吐息を漏らす。

水平に剣を突き出す。
それは、奇妙な手ごたえを腕に伝えてくる。

(よしっ!)

躊躇いなど、無い。
そのまま剣を横に薙ぎ払い、レニスの周囲を駆けながら、
腕の筋肉の限界を超えた動きで斬撃の嵐を巻き起こす。

右こめかみから左脇腹。右足の脛から太股。胸部を真一文字。左の鎖骨からそのまま斬り落し。
頭頂部から股間。左腕ごと左脇腹を抉る。左肩から右の太股――――――――

「――――っぁぁっぁああああああ!!!!!」

最後に、レニスの頭部へと剣を突き入れる。
その太刀筋は、今までで最速のもの。

(とった!!)

キャィィィィ――――――――





魅樹斗は、何が起こったのか理解できなかった。
自分は、確かレニスに対し連続で斬り付けていた。
最後に剣で突きを放った筈だ。
今までで最高の一撃だった。
剣を通して、間違い無く肉を斬る手ごたえを感じた。
なのに、なぜ自分は『崩れた壁』に埋まっているのだ?
いや、それはまだいい。
まだいいのだ。
しかし、なぜレニスに『毛筋ほどの傷も付いていない』?
あれほど斬り付けたのにも関わらず、衣服にすら損傷が見受けられないのは何故だ?

「ミキ・・・何を考えている? 俺を舐めているのか?」

離れた場所から、静かな声が聞こえる。
自分の大好きな、敬愛する兄の声。

「俺は『本気』なんだぜ。この世界の法則を俺に当て嵌めるな」

呆れているのだろうか? それとも、怒っているのだろうか・・・?

「見るのを止めて『見ろ』。聞くのを止めて『聞け』。感じるのを止めて『感じろ』。
俺に傷を付けたいのなら、肉体と言う枷から抜け出ろ。世界の律を超えろ」

相変わらず無茶を言う人だ。
そんな事が出来る『人間』が、この世界に何人いると思っているんだろう?
片手で足りる数だと記憶していたけど。

「もう一度言う。俺は『本気』なんだぜ。とろとろしてるとぶっ殺すぞ、ミキ。死にたくなければ・・・」

声が途切れた。
なんで――

「超えてみせろ!!」

その言葉が間近で聞こえるのと、僕の体が空を舞ったのは、完全に同時だった。









試合開始の合図がかかったにも拘らず、レニスと魅樹斗の二人は、
対峙したまま動く気配を見せなかった。口が動いている所を見ると、
なにやら会話をしているようである。

「・・・どうしたんだろ。試合始まってるのに」

「ミキがマスターにお願いをしているんですよ」

「お願いって?」

「『本気』になって欲しいそうです。ミキ、前々から本気のマスターと戦いたがってましたから」

フィリアがパティの問いに答えるのと、魅樹斗の姿が掻き消えたのは、ほぼ同時だった。
レニスの周囲を砂埃が舞い、全員の視界からその姿を覆い隠す。
観衆から驚愕の声が聞こえる中、フィリアは小さく呟いた。

「無茶しますね、ミキ」

「どう言う事だよ?」

「今、ミキは自分の身体の限界を超えて動いています。
多分、いえ、確実にこの試合が終った後は身体が壊れますね」

「お、おい! それって・・・」

「それだけ、ミキにとってこの試合・・・いえ、『戦い』は重要なものなんです」

慌てるアレフ達を尻目に、フィリアは小さく苦笑する。

「最も、『戦い』ではなく『殺し合い』と言い換えても差し支えはありませんが」

突如、コロシアムの壁が激しい轟音と共に崩れ去った。
闘技場中央の砂埃が少しずつ晴れて行き、そこにレニスが全くの無傷で立っている。
そして、崩れた壁に向かって二・三言葉をかけると、凄まじい速さでそこまで駆け、足を振り抜く。
そこから飛び出した――いや、蹴り飛ばされたのは、満身創痍の魅樹斗。
全身を朱に染めたその姿は、痛々しくも決して他人の手出しを許さぬ気迫を伴っている。

「がっ・・・あ・・・!」

地面に叩きつけられ、すぐさま立ち上がろうともがくが、その両の足に力は入らず。
また、この状態になっても剣を離さぬその腕も、すでに動かす事すら難しい。

「情けない・・・避けるどころか、ガードすら出来ていない。しかも反応が鈍すぎる」

いつの間にか魅樹斗の傍らに立っていたレニスが、魅樹斗の首を鷲掴みにし、頭上よりも高く掲げた。
いきなりのことで呆然としていた審判が慌てて試合を止めようとするが、

「止め・・る、な・・・・」

弱々しくも、常人を圧倒する程の気を発する魅樹斗。
あまりのプレッシャーに、審判の男性は口を噤む。
レニスは、そんな出来事にも関心を示さずに、
ただ無言で魅樹斗の首を締め上げる。

「うぁっ・・・くぁ・・・・・・」

呻き声を上げる魅樹斗を冷淡な瞳で見るレニス。
しかし、魅樹斗がレニスを見るその瞳には、何者にも屈しない強い意志が見える。

「・・・意志力は合格点だな。だが、それだけだ!」

そのまま勢い良く魅樹斗を地面に叩きつけた、その瞬間。
レニスは、何の確証も予感も無く、ただそうしなければいけないという感覚を感じ、飛び退いた。
轟音も何も無く、ただ静かな瞬速の銀光がレニスの首を掠める。

「・・・・・・が、あ・・・うぅぅ・・・」

「驚きだな・・・あの状態、姿勢から斬り付けるか」

剣を地面に突き立て、杖代わりにしながら立ち上がる魅樹斗。
先程、レニスに地面に叩き付けられる瞬間。
レニスの手が首から離れた、ほんの一瞬に、魅樹斗はレニスに斬り付けたのだ。
しかも、しっかりとレニスの首を狙って。
レニスは右手を首に当て、そこから伝わる感触を確かめると口元を歪めた。

数秒の対峙の後。
魅樹斗は、自分の全ての力を搾り出すかのように雄叫びを上げた。

「うあああぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!! 次で終らせるよ! 兄さん!!」

「・・・いいだろう。現時点でのお前の全て。俺に見せてみろ、魅樹斗」

剣を右斜め後方へと構える魅樹斗に対し、
レニスはスラッと、無雑作に剣を抜く。
刀身に、美しい細工の施された、刃の無い剣。
それを持ち、身体を半身、横にずらす。
これが、この試合始まって初めて構えたレニスの姿だった。

そのレニスの姿を、歓喜の表情で見る魅樹斗。
それはそうだろう。レニスに構えを『取らせた』のだ。
今まで、自分相手の時には一度も構えを取らなかったレニスに構えを取らせたのだ。
レニスが手加減している事は解っている。
全力など程遠い力でしか自分の前に立たない事も解っている。

しかし。しかしだ。

自分は、『本気』のレニスに構えを取らせたのだ。
たとえ全力ではなかろうと。
たとえ小指を使わずともあしらえるのだろうと。
自分は、『本気』のレニスに構えさせたのだ。
認められたのだ。レニスに。

だから、自分はレニスの期待に答えなくてはならない。
自分を認めてくれた、この兄の為に。
そしてなにより・・・自分自身の為に!!

その全ての意志を瞳に宿し、目の前に立つ『世界最強の化け物』を睨みつける。

「禍光よ、来たれ―――――」

「紅一式―――――」


ゆっくりと、魅樹斗の剣に漆黒の輝きが宿る。
蒼の粒子が飛び交うその闇は、まるで自分の意志を持つかのように発光を繰り返す。

レニスの剣に、赤い焔が舞い踊る。
それは粘性の光のようにレニスの剣に絡み付く。


そして―――


「死黒剣!!」

「爆神撃!」





漆黒の光は、真紅の焔に切り裂かれた――――














「魅樹斗君!!」

「・・・どうしたんだ? 騒々しい」

大声を上げながら、ぞろぞろと控え室に流れ込んできた皆を見て、
魅樹斗を抱えて闘技場から戻ってきたレニスが、ビックリした顔になる。

「どうしたって・・・魅樹斗、大怪我してるじゃないか!!」

「何考えてんだよレニスも、魅樹斗も!!」

傍から見たら児童虐待にしか見えなかったか。等と考えながら、レニスは魅樹斗を傍にあった長椅子に寝かせる。
すぐにフィリアが駆け寄り、その手を取った。
暫らくそのままの姿勢でいたが、やがて困ったようにその形の良い眉をしかめる。

「・・・・・・マスター。少しやりすぎではないですか? 傷の修復・・・ちょっと難しいです」

「あ〜・・・まあ、普通の炎でとは言え、爆神撃喰らわせたしな・・・・」

あさっての方角を向きながら頭をポリポリと掻くレニス。
レニスは暫しの間悩んでいた様だったが、諦めたような顔をすると、
完全に気を失っている魅樹斗の胸に、右手を添えた。

「レニス君・・・? 何をするの?」

「ああ、ドクターには悪いが、魅樹斗の怪我を治す」

シーラの問いに、さらっとした口調で答えるレニス。
その答えを聞いたシーラは、不安そうな表情でレニスの顔を見上げる。

「大丈夫だ、シーラ。黙って見てろ」

その言葉に、シーラだけでなくその後ろにいる全員が口を閉じた。
静かに、ゆっくりとレニスの全身に紅い輝きが宿りだす。
甘栗色の髪は闇に染まり、その瞳には炎が灯る。

「ガフレイド、クォータードライブ・・・・・・」

その紅い輝きが、全てレニスの右手へと収束していき、そこから魅樹斗の身体へと流れ行く。
柔らかなその光は、魅樹斗の身体を包み込み、淡い発光を繰り返すと、溶けるように消えていった。


後に、傷一つ無い魅樹斗の姿を残して・・・


「フィリア、どうだ?」

「えっと・・・・はい、大丈夫です。暫らくは激痛が走るでしょうが、後遺症などは残りません」

元の姿に戻ったレニスの問いにフィリアが答え、
皆から、あからさまな安堵の声が上がる。

「よかった・・・魅樹斗君」

「一時はどうなる事かと思ったぜ・・・」

鼓膜を打つ皆の言葉を聞きながら、レニスは半分瞼の落ちた眼をフィリアに向け、
だるそうな声で要件を伝えた。

「・・・・・・・・フィリア、後頼む。次の試合まで寝るわ、俺」

「はい。時間になったら起こしますね」

フィリアの返事を待たずに寝息を付き始めるレニス。
その無防備な寝顔は、どこか嬉しそうに見えた。
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