中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第三十四話 大武闘大会 後編
FOOL


「睦月さん、痛い」

「はいはい、文句言わないの魅樹斗。試合とは言え、
あの状態のレニスと戦って生きてるだけでも行幸なのよ?」

半ば以上呆れながら魅樹斗を引き摺っていく睦月。
これから如月の試合が始まると言う事で、先ほど負けた魅樹斗が
見に行きたいと言い出したので、急遽睦月が呼び出されたのである。

「はい、到着。もう少し待てばトリーシャがポップコーンとコーラを持ってくるわ」

「プロレス観戦じゃないんだから・・・」

「? プロレスって何?」

「え? あれ? なんだったっけ・・・忘れた、かな?」

「既に記憶喪失なんだからこれ以上物忘れてどうするのよ」

盛大な溜め息をつきながらも優しく微笑む睦月。
レニスやフィリア程ではないが、彼女も魅樹斗には甘いようだ。

「ボケ老人じゃないんだから・・・それより、如月さんの対戦相手って誰なの?」

「う〜ん・・・トリーシャにとっては複雑な相手かな」

困ったように苦笑する睦月を見て、対戦相手が誰であるかを悟る魅樹斗。
闘技場の方へと向き、小さな声でポツリと呟いた。

「兄さん・・・残念ながら、だね」










薄暗い控え室の中、
如月は半ばまで抜いた刀の刀身を見つめながら静かに
そして小さく息を吐いた。

「・・・・・・行くぞ。獅哭丸」

刀を鞘に収めた如月の姿が、
一瞬、霞んだように見えた。










【これより! リカルド・フォスターVS如月・ゼロフィールドの試合を開始いたします!!】

歓声が響き渡る中。
互いに構えも取らずに睨み合う二人。

「一つ、聞いても良いかね」

「なんですか」

「うむ。ガシュレイ殿は息災かね?」

その名を聞いた途端。如月の眉がピクッと動いた。

「・・・そうですか。リカルド隊長があの爺さんの言っていた若造・・・」

如月の答えに、思わず苦笑するリカルド。

「やはり、ガシュレイ殿の縁の者だったか。その刀がガシュレイ殿の
持っていた物と似ていたので、まさかとは思っていたが・・・」

「本物ですよ。『地獄で使う刀は地獄で探す』とか言って俺に押し付けてくれました」

「地獄で・・・? もしや」

「とっくに死んでますよ。大体・・・5年ぐらい前かな? 山道を塞いでいた魔人と相打ちで」

「そうか・・・」

「もう、いいでしょう。・・・行きます」

その呟きが消えるか否かの間。
如月はリカルドとの距離を一瞬にして詰め、音速を超えた一撃を擦違いざまに叩き込む。
だが、リカルドにはたいして変わりは無く。先程のようにそこに立っているだけである。

「・・・避けますか。走牙を。掠るぐらいするかと思ったんですけど」

「危ない所だったよ。・・・君が本気で私を切り殺そうとしている事に気付かなければね」

「そうでもしないと、貴方には勝てないでしょう? 俺の目的の為と、俺を待ってる馬鹿の為にも」

再び刀を中腰に構え、抜刀の姿勢に入る。

「死合いをしてもらいます。これはただの俺の我が侭です。こういう場所でもないと、貴方と全力ではやり合えません」

一気に刀を抜き去り、不可視の衝撃波を打ち付ける。
それを追う様にして駆け出した如月は、体の位置を地面すれすれまで下げ、
刀を鞘に収める。

「壱・参、混合・・・」

リカルドに到達する寸前。
地面を薙ぐ様に抜刀する。

「虚鱗招来!!」

その一振りから発生した巨大な衝撃波は、虚斬の刃を飲み込み、下方からリカルドへ襲い掛かる。

「むん!!」

列波の気合と共に左腕を一振りし、衝撃波を霧散させるリカルド。
だが、その向こうに如月の姿は無い。
リカルドは慌てず周囲の気配を探るが、どこからも如月の存在を感じられない。
しかし、ふと首筋にチリチリと嫌な予感を感じ、すぐさまその場を飛び退く。

「裏奥技・闇月」

その言葉に、先程いた場所を見ると、如月が刀を振り抜いた状態でそこに立っていた。

「・・・やっぱり、気配の消し方が完全じゃないか。まあ、裏は睦月の管轄だしな」

「いや、見事な穏行だった。充分誇れる物だと思うが?」

「睦月なら五感だけでなく第六感すらすり抜ける事が出来ますよ」

「とんでもないな」

「そうですね。でも、どうでも良いですよ、今は」

そう言って再び構える如月。
それを見たリカルドは、やがて諦めたようにその剣を構えた。

「では、行くぞ如月君」

「どうぞ」

そのまま、今度は抜刀術ではない構えで迎撃体勢に入る如月。
駆け出したリカルドをしっかりと捉えながら、目を細める。

「はあ!!」

小細工も何も無く、ただ全力での一撃。
だからこそ避けづらく、そして必殺の威力を持つ。
如月はそれを刀の鍔で受け止めるが、あまりの力の大きさに衝撃を逃がしきれず、
先程の魅樹斗と同じように壁に叩きつけられた。

「あれを受けたか・・・」

「・・・一撃の王者って二つ名の意味。実感できました」

もうもうと絶ちこめる砂埃が晴れて行き、再び如月の姿をその視線に晒す。
そして、如月の姿を見たリカルドの眉間に、小さな皺が出来た。

「如月君、それは・・・?」

「・・・礼を言います。リカルド隊長」

煙が晴れた先には、全身を強固な鎖で雁字搦めに縛り上げられている如月の姿。
その異様な光景に観客席からも、ざわめきの声が聞こえてくる。

「やっと、決心がつきました」

ゆっくりと、その手を鎖にかける。
僅かながら、鎖に入っていた亀裂から小さな光が洩れ始める。

「悪いな、レニス」

その呟きと共に、如月は、その鎖を引き千切った。






鎖で縛られた如月の姿が現れた時。
トリーシャは思わず睦月に問おうとして、その言葉を失った。

「睦月さん・・・?」

そこには、如月と同じく全身を鎖で縛られた睦月の姿。
違いが有るとすれば、その鎖が如月の物よりも細めであると言う所だろうか。
魅樹斗は、何かを知っているのか、その姿を見ても何も言おうとはしない。

「決めたんだね、如月。だったら、私は何も言わないよ」

そこに吹く風のように囁きながら、柔らかな視線を如月へと向ける睦月。
そこでは、今まさに鎖を引き千切ろうとしている如月がいる。

「どうなっても。一緒だから」

その囁きと同時に、睦月の鎖が砕け散った。





そこに、如月が立っていた。
先程、自身を縛る鎖を引き千切り、自由の身となった如月が。
何も言わず、何も見ず、ゆっくりと刀を構える。
その全身から、思わず身震いするほどの何かが感じられた。

「リカルド隊長・・・・」

「何かね?」

「次の一撃を、最後にします」

自分の中の何かを抑え付けるように、如月が宣言する。
それと同時に、彼の全身から感じられた何かが小さくなっていく。

「神無月流剣術、奥義・死の太刀・・・」

発生させた気を全て刀に収束させ、再び抜刀の構えに入る如月。
リカルドもそれに合わせるように剣を構える。

「・・・真走牙!!」

そして、走牙の数倍はあろうかというスピードで
超神速の一撃が放たれた。



















「負けちゃったねえ」

「ああ、そうだな」

医務室のベッドに横たわる如月に、睦月がボーッとした表情を浮かべながら声をかける。
トリーシャもここに居たがっていたのだが、リカルドに何かあったらしく、
如月のことを気にしつつも父親の控え室へと向かっていた。

「さっきのは、『本当』の全力なんだよね?」

「鎖を切ったのは解っているだろう」

「・・・如月に勝てるのって、レニスと死んだおじいちゃんだけだと思ってた」

「買いかぶり過ぎだ、睦月。俺は・・・弱いよ。今まで自惚れていただけさ」

右腕で顔を隠しながら、口元に薄い笑みを浮かべる。
その弱々しくも何かを吹っ切ったような言葉に、睦月は嬉しそうな、
でもどこか哀しそうな、そんな微笑みを浮かべる。

「そ・・・。さて、如月の巻き添えでかけられてた私の封印も解けたし。
今度手合わせしてよね。さっきまでは私の方が強かったけど、今はどうか解らないし」

「んじゃ来週の日曜な。・・・っと、そうだ」

何か思い出したのか、如月は勢い良く身体を持ち上げると、
両腕の袖を肘の所まで引っ張り上げた。

「こんな物が出来てたんだが・・・どう思う?」

それは、『ヒビ』だった。
両腕の肘から先に、小さな面積ではあるが細かなヒビが入っている。
手首より先には何も異常は無い。

「何? これ」

「封印を解いた後か。違和感を感じたから、試合終了後に見てみたら、な」

差し出された如月の腕に、ゆっくりと指を這わせる。

「ヒビ自体には・・・触れないのね。違和感って?」

「動きが鈍いとか、反応が遅いとか、そういう物じゃない。
・・・強いて言うなら、腕に何かをはめているような感じか」

「何か害を与えるような雰囲気も無い、か。なら問題無いわね」

「おい。・・・まあ、そうなんだけどな。念の為に、お前も確認しとけよ。
もしかしたら、封印を無理矢理解いた影響かもしれん」

「そうなってたら、如月にキズモノにされたって事ね? 責任とって貰わなくちゃ」

「言ってろ」

楽しそうに笑う睦月の頭をパシンッとはたく。
一瞬、その腕から蒼い燐光が零れた。












「・・・・たー。・・・ま・・たー・・・」

「あー・・・眠い」

「マスター、起きてください。マスター」

「う〜ん・・・後五分・・・」

「もう試合が始まりますよ、マスター」

「・・・・なら後五年・・・」

「単位が変わってますマスター!」









「疲れてるね姉さん」

「はあ・・・ガフレイドで寝たマスターは寝起きが悪くなってしまうから嫌です」

「まあまあ。それより、早く皆のところに行こうよ」

ちょっぴり疲れた様子のフィリアを苦笑交じりに引っ張る魅樹斗。
原因は不明だが、普段は『目覚しいらず』『鶏キラー』の異名を誇るレニスは、
ガフレイドを使用した後の眠りの時のみ寝起きが悪くなる。

途中、皆に頼まれたお菓子や飲み物を買って観客席に戻ると、
今日は警備の為にここに来ているラピスが、神妙な顔付きをしながらも
どこか呆れているようなそんな器用な顔で立っていた。

「ラピス? どうしたの一体?」

「フィリアに魅樹斗か。丁度良かった。皆には伝えておいた方が良いと思ってな」

「何かあったんですか?」

何時の間にか皆にお菓子とジュースを手渡していたフィリアが、
ラピスにも「おすそわけです」と言いながらお菓子を手渡し訪ねる。

「ありがたいが仕事中だ。次の機会に頼む。・・・実はシャドウに逃げられた」

「はあっ!? おいおいおいおい自警団は何やってんだよ」

思わずすっとんきょうな声を上げたアレフが完全に呆れた声でそう言い、
他に皆からも冷ややかな視線が彼に突き刺さっていた。
それに対し、ラピスは素直に頭を下げる。

「すまない。全てこちらの落ち度だ」

「ちょっと待ってください」

不意に、フィリアが制止の声を上げる。
視線が集中する中、彼女はラピスへと向き直った。

「今までシャドウと相対したことが無いとは言え、シャドウの神出鬼没さや異常さは
マスターや如月さん達から聞いていたのでしょう? それなのに簡単に逃げられたと
言うのは・・・余りにも貴方らしくありません」

「そうね。いくらあの黒ずくめとは言え・・・ラピス君らしくないね」

フィリアの言葉に睦月が賛同し、ジッと半眼で睨みつける。
それでも平然としていたラピスだが、トリーシャの隣りで睦月と
似たような顔をしていた如月がポツリと呟いた。

「・・・・・・・・・アルベルト。だな?」

「よく解ったな。正解だ」

ラピスの表情は変わらない。
しかも友人を庇う事もしないところを見ると
彼もこの件に関してはアルベルトを弁護するつもりは無いらしい。

「シャドウをアルと他数名に任せたのがいけなかったか。
この前の借りを返すとか何とか言い出してな、結局逃げられたそうだ」

「ふうん。それじゃあ今度アルベルト君には模擬戦でもしてもらおっかな?
勿論二対二で、パートナーは自由。私と如月が相手するから」

少し不気味な笑みを浮かべながらそんな事を言う睦月。
この二人を同時に相手にするのは、レニスやリカルドですら首を横に振って嫌がるのだ。
単体でも十二分に強い上に、組んだ時にはその能力がさらに上昇するのだから性質が悪い。
その上コンビネーションも完璧と来ては最早手が付けられない状況になるのである。

恐らく組まされるのは自分かクラウス辺りだな、と確信しつつ、警護の任務に戻るラピスだった。










【それではこれより準決勝ぅっ! ジョートショップの謎人間! 太陽よりも早起きな男レニス・エルフェイムVS!!】

大声で叫ぶ審判の台詞に、「俺ってそう思われてたんだなあ」等としみじみ感じ入るレニス。
「謎人間」「太陽よりも早起きな男」と言われる事に依存は無いらしい。

【エンフィールドの英雄! 一撃の王者リカルド・フォスター!! 試合開始!!】

審判が高らかに宣言をし、そのまま二人の傍から離れる。

「どうかしたのかねレニス君? 試合は始まっているが」

訝しげに訊ねるリカルド。
何故か、レニスは試合開始の合図がかかった後も剣を抜く素振りを見せず、
ただやる気が無さそうにあさっての方向を向いているだけである。

「んー・・・ああ、リカルドには悪いがな。如月以外の奴、眼中に無かったから」

「ほう? 如月君かね。それは悪い事をしたな」

「気にしなくてもいい。してないだろうけど。如月が負けたのはリカルドの方が強かったってだけだから」

そのままスッと剣を抜き、構えを取った。

「如月しか眼中には無い、とは言っても、リカルドとやりたくない訳じゃない。・・・始めるか?」

「ふっ、そうだな」

無意識の内に間合いを取っていた二人。
そして、

ガキィィィィッ!!!

かみ合った刃はすぐに離れ、そして斬り込む角度を変えて再び甲高い音を立てた。

「流石。一撃の王者と呼ばれるだけの事はある」

「何、君の方こそ凄まじい斬撃だ。それに力だけではなく技術の方もな」

「我流だがな」

一瞬だけ緩んだ口元をキッと引き締め、勢い良く白刃を振り下ろすリカルド。
レニスはそれを横手に飛んでかわすが、振り下ろされた筈の刃が飛び跳ねるようにして襲い掛かってくる。
それを避けようとはせずに踏み込んで受け止め、踏み込んだ勢いそのままにリカルドに蹴りを放つ。
更に剣を弾き飛ばし、目にも停まらぬ突きを放つが、それをリカルドは剣の腹で受け止める。
刃の角度をずらし、レニスの横手へと回ったリカルドは、殆ど密着した状態から柄頭でレニスの脇腹を
狙うが、剣を引いた肘で叩き落される。逆にレニスはその拳をリカルドの腹部へと押し当て、
一気に力を解放した。

「破っ!!」

「ぐうっ!!」

激しい衝撃と共に吹き飛ばされるリカルド。
だが、倒れるような事は無く、レニスの放った一撃も
不安定な姿勢から放った不完全な物であった為
ダメージ自体も小さかった。

「あんたホントに人間か? っ、手が痺れた」

吹き飛ばしたリカルドを追う様な事をせず、その場で片手をブラブラさせているレニス。
どうやら思った以上に重い一撃だったらしく、手に痺れが残ったようだ。

「君も予想以上の化け物だな。先程からの動き、まるで私がどのように動くかが解っているかのようだった。
動きを読まれたのか、私も歳を取ったものだ」

「あんたの動きをそう簡単に読めるか。ただの勘だ」

その素っ気無い返事を聞いて、思わず苦笑する。
ただの勘であそこまでの動きをする。
それならば、それはすでに『勘』ではない。
『予知』だ。

レニスはそんなリカルドの内心を知ってか知らずか、
痺れの抜けた手で剣を持ち、滑るような動きで一気にリカルドとの距離を詰めた。
そのまま流れるような動作で剣を逆手に持ち、下から伸び上がような一撃を放つ。
リカルドは軽く地面を蹴って後方へと下がり、一撃を放った後の不安定な姿勢の
レニスに突撃しながら鋭い突きを放つ。
その切っ先をレニスは身を捻って回避するが、動作が一瞬遅れ僅かに肩を掠める。
そして、再び二人の距離が零になった。

「おおおおおおおっ!! 飛竜絶衝ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「ファイナル・ストライク!!」

レニスの突き上げるような拳が、空間に悲鳴を上げさせるほどの力を発生させ、
リカルドの剛剣がその身を軋ませながらそれを切り裂いていく。
だが二人ともそのままでは終らず、リカルドはそのまま剣を地面に突き立て、
それを支点にして身を捻り横からレニスの頭部へ肘を叩き込む。
レニスは打ち込まれてきた肘に自ら突っ込み、それを額で受け止めると
空いた脇腹に剣を打ち込む。だがリカルドはそれを読んでいたのか
あっさりと剣で受け止め――目を見開いた。

「業魔裁断・・・」

リカルドが受け止めたのは・・・誰の手にも握られていない剣。
見ればレニスの左腕の筋肉が一回り膨れ上がり、その五指の先からは十数cmの蒼白い炎の爪が現れている。
急いで体勢を立て直そうとするリカルドだが、既に、遅かった。

「破邪、輝迅閃っ!!」

そして、一瞬の後。
蒼白き焔の爪が、リカルドの身体を引き裂いた。








「勝者、レニス・エルフェイム!!」

審判の声が響いた瞬間。
コロシアムから割れんばかりの歓声と盛大な拍手が巻き起こる。
だがレニスはそれに感銘を受けた様子も無く、
ただ自分の左手を見つめていた。

「っ、まさか輝迅閃を使わされるとはな・・・やられた」

レニスはこの戦い、あくまでも自分の体と剣のみで戦うつもりだった。
しかし、結果は―――――

「ふふふ、流石だなレニス君。私の負けだ」

「はぁ・・・やっぱあんた、現時点での人類最強だ。俺が保障する」

そう言い残すと、レニスは首を傾げるリカルドを残し、
晴れ晴れとした顔で控え室へと戻って行った。












レニスが控え室に戻ると、一人の男の子がジュースを飲みながら椅子に座っている姿が見られた。
どうやらその子、レニスを待っていたようでその姿を認めると足早に近づいて来た。

「兄ちゃん、さっきの試合に勝ったんだよね? だったらお願いがあるんだけど」

「それ以前にお前誰だ?」

「ケビンって言うんだ。次の決勝の対戦相手だよ」

「ふうん」

レニスは、決勝の相手が目の前の子供だと聞かされても興味が無さそうな顔のまま
その脇を通り過ぎ、そこに置いてあった自分の飲み物を一口あおった。

「あのさ兄ちゃん」

「ん?」

「次の試合、棄権してくれない?」

「却下」

即答。返事をするのに一秒もかからなかった。

「な、なんでだよ!!」

「・・・・・・・・・・・そうだな。お前の事が気に入らないから。理由はそれだけで充分だ」

レニスはにべもなく言い放つと、話は終わりだと言わんばかりに長椅子に寝転がった。
ケビンは暫らくの間レニスの耳元で騒いでいたが、遂には諦めたのか静かに控え室を後にした。













今、闘技場の中央で一人の男と一人の少年が向かい合っていた。
片や甘栗色の髪を風になびかせながら刃無き剣を携えるレニス。
片や丈夫そうな昆を両手で持ち、構えにもなっていない構えを取るケビン。
後はただ、審判の試合開始の合図を待つばかりである。

「・・・子供が相手、か。まずいかもしれないね」

「リサ?・・・そりゃああんまり良い気分はしないけど・・・」

「違うよ、パティ。さっき噂で聞いたんだけどね、あの子、孤児院の子らしいんだよ」

「孤児院? なんでそんな子がこんな所にいるんだ?」

話を聞いていたのか、アレフが首を突っ込む。
見れば他のメンバーもこちらの話に耳を傾けているようだ。

「最近孤児院の経営が厳しくなってきているらしくてね。それを見かねて、って事らしいよ」

「へえ・・・よく勝ち残ってこれたなあ・・・」

「いや、それは違う」

何時の間に傍に来たのか、ラピスがリボルバーを片手で弄りながら
アレフの言葉を否定した。

「ラピス。違うって?」

「あの子供の対戦相手は全て棄権している。気になって棄権した者に
訊ねた所、訳有りそうな子供に棄権してくれと頼まれた。と言っていた」

「・・・馬鹿にしてんの? ここは戦う場所なのよ」

「運が良かったんだろうな。今までの対戦相手は全員、そこまでして戦う理由が無かっただけだろう」

如月が睦月の言葉に同意、補足する。

「でも、レニス君にはジョートショップを助ける為って言う理由が・・・」

「いえ、それは違います」

フィリアはシーラの言葉を遮り、視線をレニスに向けたままで続けた。

「皆さんにはまだ言ってませんでしたが、実はもう10万G貯まってるんです。余裕で」


・・・・・・・・・・・・・


『えええーーーーーーっ!?』

「ちょっとフィリア! それホント?」

「はい。今月の給料日に皆さんには教えるつもりだったんですけど・・・」

「マジか・・・しかも余裕で?」

「はい。それに何かあったとしてもマスターがいらないと言っている私物を売れば、
捨て値でも現在の数倍の額は手に入りますから」

至極当然の事の様に答えるフィリア。
流石に皆もちょっぴり呆然としている。

「レニスって・・・実は金持ち?」

「どちらかと言えば物持ちですね。・・・話を元に戻しましょう」

小さな苦笑から一転、神妙な顔付きになったフィリアが視線を皆の方へと移した。

「リサさんが危険と言ったのは、マスターに対する街の人たちの反応ですね?」

「ああ。このまま行くとレニスの奴、街の連中から総スカンを喰らうハメにもなりかねないよ」

「孤児院を助ける為に健気にも危険な大会へ出場した子供を情容赦無く叩き伏せる血も涙も無い男って?」

幾分、嘲笑の混ざった表情で馬鹿にしたように囁く睦月。

「そんな、レニスさんは悪くない。悪い事なんかしていないじゃないですか!」

「そうだねシェリルさん。でもさ、こうやって客観的に見れば
その人達の言い分も解らないでもないよ。絶対に共感はしないけど」

魅樹斗が興奮しているシェリルを宥めるように苦笑する。
よくよく耳を澄ませば、周囲からは既にレニスを非難する声がチラホラと聞こえ始めていた。

「今俺達に出来る事は無い。レニスがどういうつもりかは知らないが、任せるしかないだろうな」

そう如月が締め括ると、皆大声を上げる観衆と同じように闘技場の中央に立つ者達へと視線を向けた。












【それでは決勝戦・・・試合開始!!】

「うあああああああああああああっ!!!!」

試合開始と同時に雄叫びを上げながら我武者羅に突っ込んでくるケビン。
それに対してレニスは、

「・・・・・・・・・」

無言のまま、足のつま先をケビンの腹へと突き刺した。
ケビンは悲鳴を上げる間も無く地面と平行に飛んで行き壁にぶつかり
更に地面に激しくバウンドしてようやく止まった。

いきなりな事に、観衆は完全に静まり返り――――

爆発した。

浴びせられる罵声を物ともせず、レニスはいまだ倒れ伏すケビンに近づき
足先で目線の高さまで蹴り飛ばした。

「・・・・・・・・」

そして、ケビンの体が上昇から下降へと動きを変えようとした瞬間、
レニスの右足が霞み、ケビンの体が小さく小刻みしながらその場に滞空していた。
数秒の間そのままでいたが、やがて右足が動きを止め、
ケビンの頭上にレニスの左足が振り下ろされた。

ドゴオッ!!

ゆっくりと、振り下ろした足をどける。
そこには両手足が歪に曲がり赤い水溜りに沈むケビンの姿があった。
僅かに動く胸が、ゆういつ彼の生存を証明している。

「・・・・・・・・結構しぶといな」

レニスは嘆息すると虫の息のケビンを再び蹴り上げる。
何時の間にかかざしていた右手には、金色の輝きが混ざる闇の炎があった。

「呪解泉――――輝迅掌!」

燃え盛る右の掌で頭部を鷲掴みにし、壁に押し付けながら凄まじい勢いで走り出す。

「おおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!!!」

一周した時点で壁から引き剥がすと、力の限り地面へと叩きつけた。







「・・・・・いつまで遊んでいるつもりだ」

シンと静まり返ったコロシアム。
その中央の闘技場で倒れたままピクリとも動かぬ少年に向かい、
レニスは、苛立たしげに声をかけた。

「次は神剣で切り裂いてやろうか?」

「ヒャーーーッヒャヒャヒャヒャヒャッ!! なあんだバレバレかよ、クックックッ」

レニスの呆れたような言葉が終ると同時に、
衆人観衆の目の前で嬲り殺された少年の体が、
まるでアメーバのようにその形を崩すと、
黒ずくめの顔の半分を覆う眼帯を身に付けた男の姿へと変化した。

「ケビン、ね・・・。せめて姓名ぐらいは考えたらどうだ?
あそこの神父様は子供達に必ず姓名をつける人だからな」

「クックックッ、なるほどなるほど。俺の勉強不足か」

自分の事をさもおかしそうに語るシャドウ。
事態の変化に付いて行けない観客達がざわめき出す。
レニスは黙ったまま腰の剣を抜き、虚空を薙ぐ。
純白の炎が、レニスの剣を覆った。
シャドウも腰のショテルを手にし、虚空を薙ぐ。
金色の瘴気が、シャドウの剣を覆う。

「やられるだけってのは気分が良くないからなあ・・・」

「来いよ。ここはそう言う場所だ」

「言われるまでもねえ。魔狂硝禽―――」

「蒼魔旋律―――」

二人の囁くような声が、静かに闘技場に響き
レニスより僅かに早くシャドウが動いた。

「憎魔塵隗いいいいいっっっ!!!」

口元に狂喜の笑みを浮かべ、その剣を振るう。
金の奔流が大地を走り、猛然とレニスへと襲い掛かる。
地面を抉り、消滅させていく輝きをレニスは無感動に見つめ、
命中する寸前、それを空いた左腕で弾き飛ばした。
一瞬愕然としたシャドウを鋭い視線が貫く。

「―――屍懐冥皇斬。・・・砕っ!!!」

圧倒的な輝きを放つ白き炎刃が放たれた。
そして、シャドウがそれに飲み込まれた瞬間、
揺らめくようにして消えるのを、レニスはその眼で見た。
最後にシャドウの残した言葉と共に。




「モ・ウ・ス・グ・ダ」













「なあ・・・結局なにがどうなってたんだ?」

コロシアムから帰る道すがら、今回何が起こっていたのかイマイチ
理解できなかったアレフが、前方を歩くレニスに問い掛けた。

「結論から言えば、最初からケビンなんて子供はいなかった、って事さ」

「え?」

「催眠術・・・いや、暗示か。『ケビンという子供が孤児院にいる』っていうな。
それも一部の人間に信じ込ませれば後は簡単だ。噂として広がり、それがそのまま真実になる」

「なるほど。孤児院に何度も足を運んでいたラピスが気付かなかったのはそう言う事か。
あいつに違和感すら感じさせないとは・・・相当な物だな」

如月が空を仰ぎながら手近な小石を蹴り飛ばした。
それは小さな放物線を描き、道端の草むらへと転がった。

「ところで、その金はどうするんだレニス。お前には特に必要ないだろう」

「ああ。だから必要な所に持っていく。これをどう使うかはその人達に任せるさ」







大武闘会の翌日。
経営難だった教会の孤児院に多額の寄付が送られた。
それには一通の手紙が付け加えられていた。、

――喰い潰すなりなんなり好きにしろ――

これを見た神父やシスターは、ただその場凌ぎとして使うのではなく、
他にも出来る事があるのではないか? と、色々な道を模索し始めたらしい。
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