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時の調べ 第三十五話 策謀の海
FOOL


「と言う訳で俺達は海にいる」

「どーいう訳よ!!」

波打ち際で腕を組みながら宣言したレニスにパティの怒鳴り声が重なった。
今二人がいるのは見るからに『南国の無人島』オーラをバリバリ漂わせている小島の砂浜。
今日のレニスは黒髪バージョン。黒いロングコートが決まり過ぎである。
最も、周囲の風景とは余りにもミスマッチなので浮きまくりではあるが。
対するパティは何時もの服装。
余りの暑さに上着を脱ぎ、袖をまくっているがそれでも暑いものは暑い。

「なんでいきなりこんな所にいるわけ?」

「今日の依頼はこれでな」

ピラッと依頼書をパティに差し出す。
パティは憮然としながらもそれを眼に通す。



《依頼内容:娘のカナヅチの改善》

《依頼人:さくら亭店主 陸見・ソール》

《報酬:500G(レニスが担当すればCランチ一ヶ月タダ券)》




「・・・・・・何、これ?」

「見ての通り。今回の依頼はパティを泳げるようにする事だ」

汗一つかかずにその場に立っているレニス。
黒いロングコートが暑苦しい。

「買収されたでしょ? アンタ・・・」

「そんな事は無いぞ」

いけしゃーしゃーとそんな事をのたまうレニス。
パティがジト眼で睨みつけるが、その目の前に鞄を突き出される。

「ホイ。今朝セリカから預かった。陸見が言うには凄く嬉しそうに選んでいたらしいが」

「はい・・・?」

頭上に?を浮かべながらその中身を漁る。
まあ出て来るのは当然・・・

「・・・水着・・・」

「フレア、レミア。パティを頼む。イリス、ついて来い」

「はいレニス様。パティさんこちらへ」

「え、ちょっと」

「それでは主様、失礼致します」

そのままどこかへと転移する三人。
残されたレニスとイリスはどこからか取り出したパラソルやクーラーボックス等を
セットし始め、リゾート気分を味わう気満々である。



10分後



「レニス様、パティさんの着替えが終りましたよ」

「ん、そうか。で、肝心のパティは?」

辺りを見渡しても彼女の姿は無い。

「もうすぐレミアが連れて来るはずなんですが・・・あ、来ました」

フレアの隣りの空間が歪み、そこからレミアとワンピースの水着に着替えたパティが現れる。

「似合うじゃないか、パティ」

「あ、ありがとう・・・」

「な〜に照れてるのかなあパティは?」

「うるさいわよイリス!」

くすくすと笑いながら周囲を飛び回るイリスに、
顔を真っ赤にしながら怒鳴るパティ。
半ば流されているものの、やる気にはなっているようだ。

「さて、それじゃあ早速始めるか」

「えっと・・・ホントに、やるの?」

「往生際が悪いぞパティ。諦めろ」










――――三時間後

「・・・・・・・・・ここまでとは」

「これは・・・ちょっと・・・」

「天性のカナヅチ」

「ああっ、たった一時間で棒術を物にしたあの天才スポーツ少女はどこへ・・・?」

上からレニス、フレア、レミア、イリスの順である。
なお、イリスの台詞にはちょっとした振り付けもプラスされており、
それがまた腹立たしさを倍増させる。

「ああっ! もうっ! だから嫌だったのよ・・・」

「別に水を怖がってる訳じゃないんだがな〜。何故だ? レミアの言う通り天性の物か?」

「何か言ったレニス?」

「パティさん落ち着いて・・・お飲み物です」

パラソルの下に戻ってきたパティにクーラーボックスから
取り出したオレンジジュースを手渡すフレア。
レニスもイリスを頭に乗せたままで
アイスココアに口を付けている。

「ねえレニス。今更なんだけど、ここって何処?」

「ああ、ここは旅の途中で見つけた場所なんだが、
イリスとミキがやけに気に入ってな。直通の転移魔方陣を
設置しておいたんだ。まだ起動していたみたいで助かった」

適当に作った物だったからなー、と言いながらアイスココアをもう一口。
尚、使えなかった場合にはローズレイクを使用するつもりだったのはレニスだけの秘密である。

「ここに来る目的が泳ぐ事ではなければもっとよかったんですが」

レミアにグレープジュースを渡しながらそんな事をぼやくフレア。

「? どういう事フレア」

「はい。ここの周辺の海域にはクリメイトフィッシュと言う緋色の鱗を持つ
綺麗な魚が生息しているんです。夕方になるとここから見える海全部に緋色の
絨毯が敷かれたように綺麗に染まるんですよ」

「へえ・・・でも、それと泳ぐ事とどんな関係があるの?」

「簡単な事です。クリメイトフィッシュは肉食ですから。
結構凶暴な気性で時々鯨なんかも襲うんですよ」

ニッコリと笑いながら空恐ろしい事を言ってくるフレア。
さっきまでそんな魚が生息している海で泳いでいたと知り、思わず身震いする。
そんなパティを見て、クスリと笑うフレア。

「大丈夫ですよパティさん。だからレニス様は髪を黒くしておられるのですから」

「え?」

「クリメイトフィッシュは魔力に反応します。異質な物には特に。
古来よりジョクサーヌ地方では『魔、降りる時、緋の海は母なる蒼へと返る』と言う伝承があります。
これは伝承そのままで、巨大、もしくは異質な魔力を感じ取るとクリメイトフィッシュ達は深海へと
潜っていってしまうんですよ。で、それらを遠ざける為にレニス様はちょっぴり力を解放しているという訳です」

「それってつまり。レニスの魔力は巨大で異質だって事?」

「はい」

「・・・いいの? そんな事話して。前まで隠してた事でしょう?」

「はい。でも以前の事件を機にレニス様は隠す事を止めました。
これからは人間離れした事を苦も無くやってのけるでしょう」

そこで、フレアはパティに向かっていたずらっぽく笑う。

「怖いですか?」

「まさか。むしろ嬉しいわよ。それはレニスが私達を信用してくれてるって事でしょう?」

「はい。その通りです」









突如聞こえて来た明るい笑い声にそちらの方を向くと、
フレアとパティが楽しそうに談笑していた。

「・・・まあ、仲が良いのは良い事だ」

暑苦しい漆黒のコートを脱ぎもせず右肩にレミアを乗せるレニス。
イリスは既にレニスの頭上でお昼寝タイムに突入しており、
レミアはレミアで気持ち良さそうに小船を漕ぎ始める。

「フィリアやミキも連れてくれば良かったかな?」

パラソルで作られた木陰で気持ち良さそうに眠る二人の精霊を見ながら
ふと、そんな事を考えたが・・・・


《依頼内容補足・娘はあまり人がいすぎると泳ぎの特訓を拒否する可能性あり。
必要最低限の人員での依頼遂行を望む》


「・・・まあ、仕方ないな。うん」

Cランチがご破算になっては元も子もない。
とは言え先程までの様子を見る限り――

「どうしたのレニス? 何か浮かない顔をしてるけど」

「うむ。今回の依頼の成功率は限りなく低いと」


ゴス


「悪かったわね」

「何時からいた。パティ」

「さっきからアンタの後ろにいたでしょうがぁ〜っ」

「並より頑丈だけど梅干は止めてくれ。マジで痛い」

全然痛くなさそうな顔をしながら頭からずり落ちて来たイリスを受け止めるレニス。
しばらく続けていたパティだったが、流石にに疲れてきたのかそれとも木陰とは言え
暑さにやられたか、くたぁとレニスにもたれかかる様にその動きを止めた。

「ここが縁側で花火と鶏の串焼きがあれば言う事無しなんだが」

「あんた歳いくつよ・・・」

「二十から一万の内どれか。もしくはそれ以上」

「はいはい、二十歳ね。もう」

呆れたようにぼやくパティに何故か苦笑するレニス。
肩に乗っているレミアも珍しい事に小さく笑っている。

「いやいや、実は四十一歳だったりするんだ」

「そう言う具体的な数字を出されると信じちゃうじゃない」

可笑しそうに笑いながらレニスの首に両腕を回しグラグラと揺らしだすパティ。
こういう広い海、青い空的なシチュエーションは人を解放的にし
多少なりとも大胆な行動を取らせるようだ。
しかも今はイリスとレミアはお昼寝中、フレアは『何故か』姿を消している。

「そろそろ訓練再開するか」

「う・・・まだ、やるの?」

「ん・・・そう、だな」

嫌そうなパティの声を聞き、何もやる気の無さそうな眼でしばし空を見上げ、

「・・・・・・ま、今回は開き直って諦めるとしますか」

頭と肩ので寝ていた二人をシートに寝かせ立ち上がると
レニスはパティにスッと手を差し出した。

「折角こんな所まで来たんだ。遊ぶか」

差し出された手を反射的に握り返したパティは、
その顔に喜色満面の笑みを浮かべ立ち上がる。

「さ、行くぞ」

「って、ちょっと待って!・・・何処に行くの?」

「決まってるじゃないかパティ。足の着く所までしか行かないから大丈夫だって」

「アンタ絶対諦めてないでしょ!? そうなんでしょ!?」

先程までの笑顔は何処へやら。
パティは必死になって抵抗するが、ずるずるとレニスに引き摺られていく。
なおも抵抗を続けるが、いきなりレニスはパティを抱き抱え構わず歩き続ける。
暫らくの後、盛大な水しぶきの音と大きな歓声が海辺に轟いた(笑)









「――――で、ボウズ。首尾の方は?」

「一応希望通りにレニス兄さんとパティさん『ほぼ』二人っきりにする事は出来たよ。
でもフレア達までは僕にはどうしようもないからね。文句言わないでよ」

「ああ、充分だ」

カウンターの上に置かれた奢りのグレープジュースを口にしながら
魅樹斗は呆れたように陸見を見ている。

「意外と似てるんだよね。陸見さんとハルクさんって」

「ん? なんであいつが出てくるんだ?」

「三日後に似たような事頼まれてる」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・ちなみに僕が動くのは一ヶ月に一回だからね」

「ちっ」

ほんの僅かな一瞬に、凄く悔しそうに舌打ちをする陸見。
きっとまたセッティングを頼もうとしていたのだろう。
何食わぬ顔でコップを拭く陸見を少し疲れた目で見る
魅樹斗であった。
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