中央改札 交響曲 感想 説明

トリニティ・ウィル 第一話『泣く妹、案ずる兄』
FOOL


暖かな風が吹き、木陰に残った雪も解け始めた頃。
国によってしっかりと整備された街道を走る馬は、
上空から聞こえる小鳥の囀りを耳に、自分と繋がれた
背後の車を引っ張っていた。
その馬車の中には数人の旅装束を纏った男女が座っており
これが乗合馬車だと言う事を知らせている。
その中の一人、初老の男性が暇になったのか隣りに
座っている一人の旅人に声をかけた。

「これ、食うかい?」

「あ、ありがとうございます。丁度小腹が空いて来た所だったんですよ」

礼を言いながら焼き菓子を受け取ったその旅人は、とても綺麗な顔立ちをしていた。
使い込まれた旅装束に身を包み、腰には護身用であろう30cm程の刀剣が刺してある。
腰まではあろう長い黒髪を首の後ろで束ねており、
美しい中性的――いや、どちらかと言えば女性的な顔立ちの為に
性別がはっきりと解らない。男性とも女性ともつかぬ声は
それに更に拍車をかけていた。だが恐らくは男だろう。
初老の男性はそう思う事にした。

「あんた、何処まで行くんだい?」

「レイシンまで。そこから歩いてエンフィールドに行くんです」

焼き菓子を齧りながら行き先を告げる少年。
その答えを聞き、男性は思わず首を傾げた。

「おや? 確か、エンフィールドまでは直通の馬車が在った筈だが、そっちに乗らなかったのかい」

「はっはっはっ、出来ればそうしたかったんですけどね。ちょーっと懐が」

「ああ、なるほど。まあ確かにレイシンからエンフィールドまではそう遠くも無いからの」

「ええ。それで、貴方はどちらまで?」

「わしゃマリエーナまでじゃ。うちの息子夫婦に孫娘が産まれたんでな、顔を見に行くんじゃ」

少年の問いに、本当に幸せそうな笑顔を浮かべながら答える男性。
思わず釣られて笑みを浮かべる少年だったが、何かを思い出したのか自分の荷物を漁りだした。

「よかったら、これ。お孫さんにどうぞ」

「ん? これは?」

「カーネリアンの守護星と言う物です。所持者をあらゆる災厄から護ると言われているんですよ」

少年の差し出した手の平には、少し古ぼけてはいるが神秘的な輝きを放つ指輪が在った。
だが、素人目に見ても高価な物だと解るそれに慌てて首を横に振る男性。

「いや、そんな。気持ちは嬉しいが・・・」

「良いんですよ。僕達には必要のない物ですから」

そのまま男性の手の中に指輪と細い鎖を押し付けるように手渡す。
男性はまだ遠慮していたが、少年がにっこりと笑うと心がスッと軽くなるのを感じた。

「その鎖はさっきの焼き菓子のお礼です。お孫さんが小さい間は首から下げておけばいいでしょう」

結局受け取ってしまう男性。
その後、この指輪をプレゼントされた赤ん坊は
大きな不幸にみまわれる事無く長寿を全うしたと言う。

「すまんなあ、こんな高価そうな物を・・・」

「いえいえ、こう言ってはなんですが拾い物ですから」

「わしは、ラグド・コリュエードと言うものじゃ。お前さんの名前を教えては貰えぬか?」

「僕の名前は――」

その時、一陣の風が吹いた。
その風になびく少年の黒髪に、ラグドは一瞬心を奪われ、
薄い桃色の唇から零れた言葉に、我を取り戻した。

「流斗。遠凪 流斗(とおなぎ りゅうと)が僕の名前です」

















無限に広がる青空の下、桜通りを歩く一人の女性の姿があった。
その女性は両腕で犬のような生き物を抱え、なにやらその犬の指示に従って
歩を進めているようにも見える。

「ご主人様、足元におっきな石があるっス。気をつけてくださいっス」

「ありがとうテディ。・・・これね」

犬もどきの指示に従って足元の石を避ける女性。
どうやらこの女性、目が不自由であるようだ。

「あ、アリサさーんっ」

「あら、トリーシャちゃんに・・・そちらはアルベルトさんかしら?」

「は、はい! きょ、今日も良い天気ですねアリサさん!」

「ええ、今日も本当に良いお天気ですねアルベルトさん」

女性――アリサの前にやって来たのは元気一杯の少女、トリーシャと
ツンツン頭の大男、アルベルト。
何故かアルベルトは大量の荷物を持っている・・・いや、持たされている。
非番なのに不幸にもトリーシャに捕まって荷物持ちをさせられているのだろう。
・・・・・・哀れな。

「アリサさん、何処に行くの?」

「ちょっとね。今日は雫ちゃんのお見舞いにクラウド医院まで行くのよ」

「そうなんだ。あっ、ボクも一緒に行ってもいいかな?」

「ええ、きっと雫ちゃんも喜ぶわ」

「あの〜、アリサさん? 雫って一体誰ですか?」

楽しそうに会話する二人に取り残されたアルベルトが
ちょっぴり情けない声を上げる。

「知らないのアルベルトさん? 雫は五年前からクラウド医院に入院してる女の子だよ」

「雫ちゃんはあまり外に出ませんから、アルベルトさんがご存じなくても仕方ありませんわ」

二人の説明を聞いてなるほど、と思う。
確かに自分はあまりあそこの世話にはならないし
本人が外に出ないと言うのなら知らなくとも無理は無い。
そしてトリーシャの台詞。『五年前から入院している』。
それはその少女の病気がとても重い物であろうと言う事。
この男は直情型の性格の為か誤解されやすいが、
こういう事にはよく気がつく男である。

「そうだ! アルベルトさんも一緒に来ない?」

「え? お、俺もか? 怖がられないかな・・・」

トリーシャの誘いに困ったように頭を掻くアルベルト。
自分の外見に多少の自覚はあるようだ。

「大丈夫ですよアルベルトさん。雫ちゃんは人懐っこい子ですから」

「うんっ! すごい明るい子なんだよ。きっと喜ぶよ」

「ま、まあ、そこまで言うんなら・・・」

結局押し切られる形でお見舞いに同行する事になったアルベルト。
だがその内心ではアリサと行動を共に出来る事に狂喜していた(笑)














クラウド医院。
ここはエンフィールドの名医、トーヤ・クラウドが開業している
この町ただ一つの病院である。町の住民からの信頼も厚く、
トーヤの医療技術の高さも相まってかなり繁盛している。
・・・まあ、病院が繁盛するというのも、それはそれで問題があるのだが・・・
アリサ達が医院の扉を開けると、机に向かっていた20代半ばの男性が
椅子を軋ませながらこちらを向いた。

「おや、アリサさん。何か御用ですか?」

「こんにちはクラウド先生。今日は雫ちゃんのお見舞いに来ました」

「そうですか。・・・ん? アルベルト、お前もいたのか」

「おい、どう言う意味だ!?」

「そのままの意味っス」

「静かにしろ。ここを何処だと思っている」

「んだとお・・・っ!」

「ハイハイ、落ち着いてアルベルトさん。そんな顔してたら雫だって怖がっちゃうよ」

興奮するアルベルトを苦笑しながら抑えるトリーシャ。
気分は暴れ牛を目の前にした闘牛士だ。

「ん? お前も雫の見舞いか」

「ええ、アルベルトさん折角の非番なのにわざわざ来てくださったんですよ」

「そうですか。丁度検診の時間でもあります。ご一緒しましょう」

そう言って立ち上がり、三人を先導する形で歩き出すトーヤ。
アリサとトリーシャが慣れた様子で後に続き、アルベルトは多少
ぶつくさ言いながらもその後に続いた。

その病室は通路の一番奥にあった。
トーヤが扉をノックすると、扉の向こうから
明るい声で返事が帰って来る。
それを聞いた後、静かに病室のドアを開け病室の中に入っていくトーヤ達。
その後に続いたアルベルトは、当然の事ながらそこで初めて雫と言う少女を目にした。
病室の窓際に置かれたベッドの上に身を起こしている年の頃14・5の少女。
白い寝間着を着て、その上から蒼い上着を肩にかけている。
肩の辺りで切り揃えてある白い雪のような髪にシルバーグレイの瞳。
全体的に儚げな雰囲気を纏いながらも、太陽のような眩しさも持つ少女。
アルベルトが最初に思ったのは、病室の白さも手伝ってか
『雪のような娘』であった。

「こんにちはトーヤ先生。それにアリサさんにトリーシャにテディも、わざわざ来てくれてありがとう」

「雫、気分はどうだ? どこか具合の悪い所は無いか?」

「大丈夫ですトーヤ先生。それに私、今日はすごく気分が良いんですよ」

「なになに? 何か良い事でもあったの雫?」

「えっとね・・・」

「すまないがそう言うのは検診の後にしてくれないか?」

「あっ、ごめんなさいトーヤ先生」

トーヤはしばらく雫の手を取ったり舌を見たりと
色々と一般人には訳の解らない検査を行なっていたが、
数分後、

「うむ、これなら明日は予定通りに退院できるな」

「本当ですか!?」

「ああ、だが自分でも解っているだろうが無茶はしないことだ。いいな」

「はい!」

心の底から嬉しそうに返事をする雫。
その姿からは、先程アルベルトが感じた儚さは微塵も感じられなかった。
検診を終えたトーヤが退室すると、すぐにトリーシャが雫に飛びついた。

「雫! 退院するってホントなの!?」

「うん。明日退院なんだ」

「よかった〜。それじゃあ、もう病気は治ったんだね」

「ホントッス。退院おめでとうっス!」

「う、うん・・・」

そこでちょっと困ったような表情を浮かべる雫。
決まりが悪そうに自分の肩に置かれたトリーシャの手を払い、

「実は、ね。病気は、まだ・・・治ってないんだ」

病気が治っていない。
その言葉を聞いた時、アルベルトは先程感じた儚さの正体を悟った気がした。

「え? じゃあ、なんで退院するっスか?」

「今の私、病院にいても普通に暮らしてても大して変わらないから・・・
ここにいても、治らないんだ、私の病気・・・」

つまり、そういう事なのだろう。
名医と呼ばれるトーヤすら匙を投げた。
彼にとっても屈辱であろう事だ。が、ここにいて意味が無いのなら
これ以上彼女をここに拘束する必要も無いのだ。

「でも、もしいきなり発作が起きたりしたら・・・」

「大丈夫ですアリサさん。・・・あれ? そう言えば今日はお一人多いですね」

心配そうなアリサに笑顔を返すと、
その視線を部屋の隅に突っ立っていたアルベルトへと向けた。
アルベルトは一歩進み出ると、自分にできる限りの優しい笑顔を浮かべた。

「俺はアルベルト・コーレイン。この町の自警団第一部隊の隊員だ」

「初めまして。私、遠凪 雫(とおなぎ しずく)と言います」

ペコリとベッドの上で器用にお辞儀する雫。
つられてアルベルトも頭を下げる。

「アルベルトさん・・・その顔気持ち悪い」

「子供が見たら無くっス」

「なっ!? そりゃあ無いだろうトリーシャちゃん」

ジト眼で見られ、強烈なショックを受けるアルベルト。
自分の笑顔を気持ち悪いなどと言われれば無理も無かろうが。

「でも雫ちゃん。退院した後はどうするの? 住む所とかは・・・」

「それなんですけど・・・これ見てください!」

ベッドの上に置いてあった開封してある封筒を差し出す雫。
彼女に宛てられた手紙である事は間違いではないだろうが。

「これ・・・見てもいいのかしら?」

「はい」

「それじゃあ・・・テディ、申し訳無いけれど読んでくれるかしら」

「ウィッス! 任せてくださいっス!」

ピョンとアリサの手から飛び出たテディは雫から手紙を受け取ると
その内容を眼だけで読み続けていく。

「・・・・・・・・・あ! お兄さんが来てくれるっスか!」

「お兄さんが?」

「はい! お兄ちゃんが一緒に住んでくれるって言ってくれたんです!」

頬を上気させて声を上げる雫。
よっぽど嬉しいのだろう、その手紙には何度も読み返した跡が
遠目からでも見て取れた。

「雫、兄弟なんていたの?」

「うん。本人に言ったら機嫌が悪くなるけど、とっても綺麗なんだ♪」

「へえ、会って見たいなあ。雫のお兄さんなら凄くかっこ良いだろうね」

よっぽどその兄を好いているのだろう。
先程までの暗い雰囲気は綺麗に消え去り、
明るい表情で兄の事を話し始める雫。
その一時だけ、病室からは明るい笑い声だけが聞こえていた。


















エンフィールドに程近い森の中。
頭上には枝葉の屋根が覆い、その隙間から差し込む陽光が
地面に残った水溜りに反射して綺羅やかな輝きを放つ。
そして、そんな幻想的な世界の中、


流斗は一人の少女の手を引いて全力疾走してたりする。



「はあっ、はあっ、大丈夫かいクレア」

「は、はい。私ならまだ大丈夫ですわ流斗様」

流斗がクレアと呼んだ少女の身を案じ声をかけるが
予想よりもしっかりとした返事が帰って来る。

「はっはっはっ、出来ればその『流斗様』って言うの止めてくれないかな〜。
こういう状況になったの、完全に僕の責任だし」

「そんな事ありませんわ。それに私も反対致しませんでしたし・・・」

今二人が全力疾走する事になっている経緯はこうだ。
レイシンで乗合馬車を降りた流斗は一人の少女――クレアと知り合った。
少し話していると彼女の目的地も流斗と同じくエンフィールドだと言う。
そこで、一人で行くのもなんだからと一緒に行く事になったのだが・・・
途中、流斗が街道を外れ森に中を近道していこうと提案したのだ。
流斗は何度かエンフィールドに言った事があるらしく、
森の中の静かで美しい光景をこの一時の同行者に見せてやりたいと
思ったのだが・・・ものの見事に裏目に出た。
二人は全く知らなかった事なのだが、最近この森の中に魔物が出没し始めていたのだ。
そんな森の中にノコノコと入っていけばどうなるか・・・
それは今の二人を見れば理解できるであろう。

「コボルトやゴブリンならなんとかする自信があるんだけどな〜。
流石にオーガ・・・しかも三匹となるとね」

「流斗様・・・」

「あ、大丈夫大丈夫。いざとなったらクレアだけでも逃がしてみせるから」

「そんな、流斗様!!」

「大丈夫。僕も死ぬ気はさらさら無いからね。なんとかして逃げ切って見せるよ。
それにまだ君だけでも逃がさなきゃならないって状況じゃない」

かなり楽観的な口調でクレアを安心させようとする流斗。
だが背後から迫る魔物の唸り声や雄叫び。
地面を抉るような足音は確実に二人に迫って来ている。

「・・・ったく! こんな時に寝てるなんて、この役立たず!」

「えっ、あの、も、申し訳ありません! 流斗様の足を引っ張ったりしてしまって・・・」

「あ、ゴ、ゴメン。クレアの事を言ったんじゃないんだ。クレアじゃなくて、その」

流斗の小さな呟きを聞いたクレアが慌てて謝り、
流斗の方も慌てて弁明する。が、背後の脅威はそれを許してはくれない。

「グアアアアアアアアッッ!!!!」

「うおあっ!!」

いきなり投擲された石を慌てて避ける流斗。
どうやらあのオーガ、他の者に比べて知能が高いようだ。

「物を投げる程度でしかないんだろうけど・・・!!」

この状況ではかなりキツイ。
しかもそれを他の二匹のオーガもまね始めた。
大小様々な石や木片などが投げつけられ、
それを木を盾代わりにしながら避ける二人。

「あーもうっ! これじゃあ逃げるに逃げれん!!」

飛んできているのはたいした物ではないのだが、
それをオーガの筋力で投げつけられては・・・たまった物ではない。
結局、一本の巨木の陰に隠れ――いや、追い込まれてしまった。

「クレア、怪我は無いかい?」

「はい、ご心配無く。それよりこの状況のほうが心配ですわ」

クレアの言う通りである。
どうやらオーガは二匹が投擲を続け、残る一匹がじわじわと近づいて来ているようなのだ。
このままでは二人そろってオーガのお腹の中である。

「・・・ぬう。背に腹は代えられないか」

呟き、流斗はいきなり自分の荷物の中からごつい黒光りする物を取り出した。
それは世間にはあまり流通していない銃であった。
だが、通常の銃よりも一回りも二回りも大きいそれは
明らかに大きな破壊力を持つであろう事はクレアにも何となく理解できた。
この銃は俗にグレネードガンと呼ばれる物なのだが、そちらの方面に詳しくない
クレアにはそこまでは解らなかった。

「クレア、耳を抑えて。合図したら全力で向こうに走る。いいね?」

「は、はい。ですが流斗様は・・・」

「安心して。僕もすぐに逃げる。自己犠牲の精神なんて持ち合わせてないからね。・・・行くよ」

更に荷物の中から数個の弾丸を取り出し腰のベルトに刺す。
その内の一つを銃に込め、タイミングを計り始め・・・
一瞬。ほんの一瞬だけ、投擲が止んだ。

「喰らえっ!」

木の陰から僅かに身を乗り出し、適当な目測でグレネードを発射する。
どこか間抜けながらも、空気を振るわせる音と共に一発の弾丸が放たれ、
そして、先程の音など比べ物にならないほどの爆音が森に響き渡った。

「きゃっ!?」

「クレア! 走って!!」

自分で立ち上がるよりも早く流斗に引っ張られるクレア。
この細い腕の何処にそんな力があるのか、半ば軽々とクレアを引き摺っている。
何が何だか解らずに背後を振り返ると、オーガがいた辺りを中心に
木が数本と地面が吹き飛んでいた。

「ラッキーだった。適当に撃ったんだけど・・・近づいて来てたオーガに直撃してくれたよ」

クレアを引っ張る手はそのままに、手馴れた様子でグレネードの空薬莢を片手で捨て去り、
すぐに別の弾丸を込める。そして今度はそれを空に向けて引き金を引いた。
やかましい音と共に放たれたそれに、思わず問い掛けるクレア。

「流斗様、今のは!?」

「救難信号だよ。そろそろエンフィールドも近いから気付いてくれると嬉しいんだけど」

「で、でも、魔物は先程流斗様が・・・」

「オーガの体力と頑丈さを甘く見たらダメだよ。グレネードが直撃した奴は
仕留めたろうけど・・・後ろの方にいた二匹はちょっと吹き飛ばされた程度だろうね」

「と言う事は、逃げれるうちに逃げると?」

「そういう事!!」














「でもそのお兄さんも酷い奴っス。雫さんをほっぽり出してどこで何をしてるっスか」

いきなり、テディがそんな事を言った。
それは何気ない一言。
だが、それは雫の逆鱗に触れるには充分な一言であった。

「お兄ちゃんの事、何も知らないくせに、会った事も無いくせにお兄ちゃんの事悪く言わないで!!」

今までの彼女からは想像も出来ないほどの声量で絶叫する雫。
両肩を震わせ、目に涙を溜めながらジッとテディを睨みつける。

「ご、ごめんなさいっス。謝るっス・・・」

気まずい空気が部屋を包み、誰もが黙り込む。
そんな中、雫の目から小さな輝きが一つ、零れ落ちた。
逆鱗とは古来触れると龍の怒りを買うという鱗である。
だが、それは同時に龍の弱点でもあり、そこをつかれて
倒れた龍も数多い。そして、いま雫が触れられた事は、
彼女にとって正しく逆鱗であった。

「私・・だって。私だって、お兄ちゃんと一緒にいたいよ・・・。
でも、私の病気、入院だってお金がかかるんだよ。
私達、もう、お父さんもお母さんもいないから、
お兄ちゃんが働いて・・・ヒック・・・・・
お兄ちゃん、私のために働いてくれてるんだよ。
私より、二つしか違わないのに、遠い町に行って、
働いて、私の病気を治すために頑張ってくれて・・・ヒック・・
それでも、手紙をくれるし、時々・・・ヒック、一年に、
2回か3回だけだけど、会いに来て、くれるんだよ・・・」

「雫・・・・」

遂に堪えきれなくなったのか、声を殺して泣き始める雫。
トリーシャが気遣うように肩に手を置き、アリサも優しく
慰めの言葉をかける。
そんな光景を見ながら、アルベルトは自問していた。
自分にも妹がいる。今は、遠くの町の学校に通っていた筈だが。
もし、その妹が雫と同じ立場に立たされたら・・・自分は、どうするだろう?
妹の傍にずっといてやる。当然だ。大事な、大事な妹なのだ。
傍にいて、寂しい思いをしないように、哀しい思いをさせないように。
だが、それは自分には両親がいるから出来る事だ。
雫には、雫とその兄には両親はいない。傍にいて哀しい思いを
させないようにするか。それとも病気の治療費を稼ぐ為に働くか。
二つに一つしか選べない。これは、とても辛い選択だ。
他に家族がいるのなら、妹を任せるか、入院費を稼ぐかのどちらかを
任せることも出来る。しかし、一人しかいないのなら・・・どちらかを、捨てねばならない。
雫の病気の治療にどれだけの金額がかかるかは知らないが、途方も無い金額という事は
何となく解る。この町にはそうした大金を稼げるような仕事は無いから、金を稼ぐのなら
遠くの町に出稼ぎに出ねばならない。だが、理屈は解っても。頭では納得できても・・・
心は、感情は納得できはしない。先程のテディの言葉は、雫が無理矢理押さえつけていた
心を、確実に解き放った。

「泣かないで雫ちゃん。今日、お兄さんが来てくれるんでしょう?」

「そうだよ! 今日からは一緒に暮らせるんでしょ? だったら、泣いてちゃダメだよ雫!」

アリサとトリーシャの励ましに目元をごしごしと擦り
照れた様な恥かしいような笑みを浮かべる雫。

「えへへ・・・恥かしいなあ、こんな風に泣いちゃって」

「そんな事はないわ、雫ちゃん」

「アハハッ、雫、目が真っ赤だよ」

「ええ!? うう〜。やっぱり恥かしい・・・」

顔を真っ赤にしながらシーツを目元まで引き上げる雫。
もう、先程までの哀しい空気は何処にも見当たらなかった。
アルベルトは、この強い少女の為にも、今は笑う事にした。



















再度背後から聞こえて来た雄叫びに迷わず全力疾走する二人。
追って来るオーガは先程の攻撃で怒り狂っているのか
物を投げてくる様子は無く、ただひたすらにこちらに迫って来る。
追い付かれたら問答無用で挽肉にされる事請け合いだ。

「・・・うーん。さっきの一撃で完全に我を忘れてるな。
でも撃たなかったらさっきやられてただろうし・・・」

「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・」

「クレア、大丈夫?」

「も、申し訳、ありま、せん、はあ、はあ、私もう・・・」

流石にもう限界なのか、クレアは荒い息を吐きながら段々と走る速度を落としていっている。
今まで特に文句も言わずについて来ただけでも賞賛に値するだろう。
流斗は黙って再び救難信号を上空に撃つと、適当に見つけた
巨木を背にしてその場に立ち止まった。

「クレア、走れるようになったら町に向かって走って。街の自警団にこの事を知らせてくれないか」

「りゅ、流斗様は・・・?」

「この状況だ、聞かなくても解るだろう?」

苦笑しながら腰に刺してある30cm程の刀剣を抜く。
すると魔法でもかかっていたのか、それは1mほどの長さをもつ刀へと変化した。
切っ先から刀身の半ばまでが両刃の、一般に小烏(こがらす)と呼ばれる刀だ。

「こういう荒事は専門外なんだけどなあ・・・仕方ないか」

腰に下げてあったグレネードガンを邪魔そうに足元に落とし、
小烏を両手で構える流斗。その構えは見る者が見れば
素人ではありえないが一流には程遠い物であると言う事が解る。

「走れるようになったら町に向かって走るんだ。いいね?」

最後に念を押すと、流斗は木々の陰から現れた二匹のオーガに向かって駆け出した。

「流斗様!!」

背後からクレアの叫び声が聞こえた気がするが、今はそんな事に構ってはいられない。
二匹のオーガの意識をクレアからこちらに引き付けなければならないのだ。
多少の無茶は覚悟の上である。
元々少ない知能を逆上して完全に失っているオーガの超大振りの一撃をかわし懐に潜り込むと
小烏の切っ先を喉の辺りに突き刺し、筋肉に絡め取られる前に引き抜く。
この程度では致命傷にならない事は解っているので、すぐさまオーガの脇を潜り、隣りのオーガへと
肉薄する。また刺突をくりだせば確実に捕まってしまうので、こちらは軽く皮膚の表面を切るだけに留める。
これで二匹のオーガは完全に流斗しか目に入らなくなっていた。
普段の冷静さ(?)があれば流斗よりもクレアを狙ったのであろうが、先程のグレネードの一撃と小烏による
斬撃で冷静な思考が出来なくなっているようだ。

「一撃でも喰らえばアウトか・・・嫌なスリルだなあ・・・」

正直な話、逃げようと思えば逃げられるのだが、その場合クレアを見捨てる事が前提である。
流斗にしてみれば、こんな危険な目に遭わせてしまった負い目があり、またそうでなくとも
元来のお人好しである。見捨てる事など出来はしない。
先程首を刺されたオーガは流石に動きが鈍くなっているようでちょこまかと動く流斗を
完全に捉えられないでいる。しかし、もう一匹の方はまだまだ元気が有り余っているようで
流斗の動きにしっかりとついて来ていた。

「速い・・・! オーガの分際でぇっ!!」

放たれたオーガの拳を伏せながら避け、伸びきった腕に有らん限りの力を持って小烏を突き刺す。
差し込まれた場所が肘という事もあって本日何度目か解らない雄たけびを上げるオーガ。
その隙に旅装束の上着に仕込んであったナイフを投擲する。それは投げた本人ですら驚くほどの正確さで
オーガの片目を深々と抉り取った。

「・・・今日の僕ってラッキーボーイ?」

思わず呟く流斗。だがその台詞は次の瞬間訂正した。

「しまった! 小烏が抜けないっ!?」

刺してすぐに抜かなかった事が原因か、肘に差し込んだ小烏はピクリとも動かない。
大事な刀なのだが・・・命には代えられない。迷うのも一瞬、すぐに両手を離しオーガと距離を取る。
しかし、その迷った一瞬が命取りとなった。

「があっ!?」

何時の間にか背後に回っていた首を刺したオーガの爪が、流斗を襲う。
咄嗟に身を捻って致命傷は避けたものの、武器を失った今の状況は
さしずめ『丸腰』という名のケーキに『運動能力低下』という生クリームが飾られて、
更に『逃げ場無し』という砂糖菓子が乗せられ『絶望』という名の甘さが
見ただけでも伝わってくる。そんな気分だった。
その時、視界の隅に何かが映った。
一瞬、それが何かを認めたくなくて、でもそれを確実に目にしていると言う訳で。
とりあえず、耳を塞いで伏せる事にした。

「流斗様!!」

その可愛らしい声と同時に、あのどこか間抜けながらも空気を震わせる音が響いた。
そしてそれは、流斗の近く――簡単に言えばオーガの胸元にものの見事に直撃した。

「――――――っ!!!!!」

至近距離で発生した爆発と閃光に吹き飛ばされ、もみくちゃにされながらも何とか立ち上がる流斗。
自分が撃った物よりも数倍の威力はあった爆発に、朦朧とする頭で何が起こったのか考える。
まず自分は、重いのでクレアの近くにグレネードガンを捨てて来た。その時に弾薬も数個
そのまま置いて来た。それで、確か置いて来た弾薬は通常のグレネード弾二個、冷凍弾一個、
信号弾が三個に榴散弾が一個。そして・・・・

「まさかクレア・・・魔弾撃ったんじゃないだろうな?」

魔弾――その名の通り魔法を封じ込め使用する弾丸だ。
この魔弾、封入された魔法を詠唱も精神集中も無しに解き放てると言う事で
一部の人間にはかなり重宝されている代物である。
しかし色々と改良されているにも拘らずどうしても改善されない欠点が一つ。
封入されている魔法の威力が上がれば上がるほど、撃つ時の反動が凄まじい物になるのである。
開発当時、試験的に使用した時には、これのせいで指や両腕が跡形も無く吹き飛んだという話も
残るぐらいである。そして、あそこに置いて来た魔弾には――高位の攻撃呪文ヴァニシング・レイが封入されていた筈。
そこまで考えてようやく意識がはっきりとしてくる。

「っ! クレア!」

全身を襲う痛みも無視し、クレアのいる場所へと体を引き摺る流斗。
オーガに引き裂かれた傷から今も血が流れ出ているが、そんなの知った事ではない。
彼女を守るつもりが逆に助けられ、さらに下手をすれば彼女の両腕を失わせてしまったかもしれないのだ。
悔しさと後悔が入り混じり、焦る内心を押さえつけおぼつかない足でなんとか目的の場所に辿り着く。
そして、視界内に彼女の姿を見つけた時、流斗は今の自分の状態も忘れ駆け出した。

「クレアッ!」

自分と彼女の荷物に埋もれるように倒れている彼女は、見た所指や腕が吹き飛んだ
という事は無い様だった。彼女の傍らに座り、状態を確認するがどうやら気を失っているだけのようだ。
それを確認した後、ふとこの魔弾に魔法を封入した人物の台詞を思い出す。

(流斗じゃヴァニシング・レイの反動に完全に耐えられないでしょうから、威力は多少落としておきましたよ)

思わずその人物に感謝する流斗。
まあそれだけではなく純粋に運が良かったというのが殆どであろうが。

「良かった・・・って、良くはないな。吹き飛んでは無いとは言え、骨折・・・最低でもヒビぐらいは入ってるだろうし」

クレアの小さな手にしっかりと握られたグレネードガンからゆっくりと指を外し、
そこらに転がっていた信号弾を装填。再び上空に向け発射した。
それは甲高い音と共に空へと舞い上がり、赤や緑といった色とりどりの煙で空を染める。

「・・・とりあえず応急処置しなきゃな・・・っ」

我が身を襲う痛みを無視し、クレアの腕を取る流斗。
どうやら複雑骨折と言う訳でもなく、意外と綺麗に折れているようだ。

「ホントに今日は運が良いなあ・・・一生分の幸運使い切ったかも」

クレアに基本的な神聖魔法ティンクル・キュアをかけながらぼやく。
こんな初歩的な魔法でもかけないよりはマシだろう。
ついでに自然治癒力を上昇させるウンディーネティアズもかけておく。

「・・・っ、ん・・・」

「気がついた?」

「りゅ、流斗様・・・私、っ!」

「まだ無理はしないで。両腕の骨に損傷があるから」

意識を取り戻したクレアはまだ意識がハッキリとはしていないらしく、
慌てて起き上がろうとしたが、両腕を中心に全身を走る痛みに思わず言葉を失った。
流斗はこれ以上傷を悪化させない為にもその両腕でクレアの体を抑える。

「流斗様・・・」

「クレアは僕を助ける為にグレネードガンを撃ったんだよ。憶えてないかい?」

「あ、そう言えば私・・・流斗様がオーガに殴られたのを見てとっさに・・・」

「かなり無茶だったけど・・・ありがとう。おかげで助かったよ」

深々と頭を下げ謝罪する流斗。
そんな流斗にクレアは頬を朱に染めながら

「そ、そんな。私の方こそ流斗様の足を引っ張ってしまって、
それに先程の爆発で流斗様も巻き込んでしまいましたし」

「それでも、ありがとう。君がいてくれたから、僕は今生きている」

そう言って微笑む流斗に思わず見惚れてしまうクレア。
慌てて視線を逸らすが、その時視界に入った物を見て、顔を青ざめさせた。

「流斗様! 血が・・・!」

「大丈夫。この程度ならもう暫らくは持つ。・・・心配しないで。
さっきも言ったけど、自己犠牲の精神なんて持ち合わせていないから」

なら、その足元に出来ている血溜まりはなんなのだ。
これだけの出血が起これば、もう意識を保つのも限界に近いはず。
それなのに、彼は自分に心配かけまいと元気そうな笑顔を浮かべながら
回復魔法での治療も行なっている。
止めさせようにも彼の怪我を治療しようにも自分の体は彼に抑えられ
動きが取れないし、両腕はただ痛みが走るだけで自分の物ではないかの
ようにピクリとも動かない。今ほど、クレアは自分の無力さを恨んだ事は無かった。
ようやくクレアの治療に一段落ついたのか、流斗はクレアの体を抑えていた
手を離した。

「流斗様、私はもう大丈夫ですからご自分の治療をなさってください!」

「解ってるって。さて・・・っ!!」

流斗は一瞬険しい顔をすると、半ば反射的に足元に転がっていた冷凍弾を
グレネードガンに装填。その銃口を背後に突きつける。
そこには、全身を焼けただらせながらも仁王立ちしているオーガの姿があった。
焼かれても尚その赤き眼光は輝きを失わず、その腕には二人を殺すだけの力が
十二分に残っているようだ。
銃口を向けながらも、流斗は内心激しく焦っていた。
こんな至近距離で撃ったりすれば、オーガだけでなく自分や背後のクレアまで
氷付けだ。今はオーガの方も動きを止めているが、こちらが発砲出来ない事に
もうすぐ気付く―――。

(マズイ。ひじょーにマズイ。くそっ、こんな時に二人とも眠りこけて・・・やっぱ役立たずだ)

そして、オーガも気付いたようだ。
この驚異的な破壊力を持つ武器が使えないという事に。
半分以上剥き出しになった牙がにいと笑ったように思えた。
獲物に恐怖を与えるようにゆっくりとその腕を振り上げ、
振り下ろされようとした、その瞬間。
横合いから飛来した数本のナイフががら空きだった
オーガの脇腹に深々と突き刺さった。
苦悶の雄叫びを上げるオーガ。
そこからの流斗の行動は速いの一言であった。
装填していた冷凍弾をイジェクトし、転がっていた信号弾を
足で蹴り上げてそのまま装填。
オーガに銃口を押し付けてそのまま引き金を引いた。
凄まじい衝撃が腕を通じて全身を襲い、色とりどりの煙と共に
盛大に吹き飛ばされるオーガを視認する事無く、イジェクトされた
衝撃で未だ宙を舞っていた冷凍弾を再度装填。混ざり合って奇妙な色に
なった煙の塊に向けて引き金を引く。弾丸に込められた絶対零度の
凍気が解き放たれ、周辺の空気を軋ませて耳障りな音をたてる。
風が吹き、煙が晴れたそこには、周辺の草木と共に氷の彫像と化した
オーガが静かに佇んでいた。

「大丈夫かい!?・・・って、もしかして、余計なお世話だったかい?」

「いえ・・・助かりました。かなりやばかったですから」

森の中から駆けて来た銀髪の女性に苦笑雑じりの礼を言う流斗。
女性がやって来た方向から人の気配が幾つも感じられる。
恐らく、エンフィールドの自警団がやって来てくれたのだろう。
ならば、これ以上頑張る必要は無い。
最後に一つお願いをしてから意識を手放すとしよう。

「クレア・・・」

「流斗様! これ以上ご無理はなさらないで下さい!!」

「僕が、使ってた刀・・・回収して、もらえるように頼ん、でくれないかな?」

「はい。はい。私が責任を持って持ち帰ります。ですから・・・」

「うん。それじゃあ・・・少し、寝るよ・・・もう、眠くて・・・眠、くて・・・」

そこまで言うと、流斗はその意識を完全に手放した。
ただ、眠りにつく寸前にクレアの泣き声が聞こえたような気がして、
それは、少し後悔した。

















流斗が目を覚ますと、そこには、見た事も無い白い天井があった。
いや、見た事も無いというのは訂正しよう。ただ、普段天井などには
注意を払わないので気付かなかったが、ここは――――

「ん、ん? なんだ?」

起き上がろうとした所、何かがシーツの上に乗っていて起き上がれない。
なんだろうと視線を移せば、そこには雪のように白い髪を持つ少女が流斗が寝ている
ベッドにもたれかかるように眠りについていた。

「――――――雫」

小さく、優しい声色で最愛の妹の名を呼ぶ流斗。
起こさないように、ゆっくりと彼女の髪を撫でる。

「・・・・・んっ・・・」

気持ち良さそうに寝顔を緩める少女に、思わず微笑む流斗。
窓の外を見れば、どうやら今朝日が昇ったところであるらしい。
どうやら、自分は一晩中妹に心配をかけ続けていたらしい。

「・・・僕は、お兄ちゃん失格だな」

「そんな事、無いよ」

答えが返ってくるとは思っていなかったので、驚く流斗。
見れば、何時の間に起きたのか、悪戯っぽい笑顔の雫がこちらを見ていた。

「すまない。起こしたかい?」

「ううん。実は頭撫でられる前から起きてた」

えへへー。と照れたように笑う雫。
仕方ないなと苦笑し、再度雫の髪を撫でる流斗。
雫が一晩中泣いていた事は、真っ赤になった目元を見れば一目瞭然だ。
そのことの謝罪も含め、何時もより長く、いとおしく髪を撫でる。
気持ち良さそうにされるがままになっていた雫だが、ふと不安そうな顔を作ると
撫でていた流斗の手をとり、その胸に抱き締める。

「お兄ちゃん・・・もう、何処にも行かないよね? ずっと、私の傍にいてくれるよね?」

今にも泣きそうな顔で、もし今否定すればその場で崩れ落ちるような儚さで、
ただ、ぎゅっと、流斗の腕を抱き締める。

「雫・・・ああ。今日から、ずっと一緒だよ。雫」

「お兄、ちゃん・・・!」

雫の両目から、涙がこぼれた。
今まで溜め込んでいた想い。
今まで感じていた寂しさからの解放。
ずっと傍にいて欲しかった人の言葉。
それらが混ざり合い、もう、雫はどんな顔を
すれば良いのか解らなくなっていた。
だから、今のこの気持ちを、言葉でもなく、笑顔でもなく
ただ、しがみ付く様にして抱きつく事で伝えようと思った。
今まで甘えられなかった分、甘えたくて。
抱きついて、泣いて、自分の髪を撫でる流斗の手の感触が気持ち良くて。
久しぶりに再会し、そして、これからずっと共にいられることとなった兄妹は、
長い間、ずっと、そのままで。
一緒にいられなかった5年間を埋めるように、
ただ、抱き締めあった。










後書き

作者:ども。始めましての人もそうでない人もこんにちは。作者のFOOLです。

流斗:こんにちは。アシスタントの流斗です。って、自分の主演作品に向かってなんですけど、
   いいんですか? こんな新しい連載初めて。

作者:いやいや、流斗君。マズイに決まってるじゃないか(爆)

流斗:・・・(汗) 炎帝に焼かれても知りませんよ。

作者:まあほのぼのを目差していたのに何故かシリアスになっちゃったのは誤算だったな。

流斗:目差してたんですか? ほのぼの。僕はてっきり最初からシリアスだと思ってましたけど。

作者:実はこの作品の作り方はレニスと同じなんだよ。『時の調べ』のボツネタを張り合わせて
   形作られたのがこの『トリニティ・ウィル』だ。タイトルの由来は第二話で判明するだろうな。

流斗:勘のいい人ならすぐに予測がつくでしょうね。

作者:いいいのさ。すぐに解る様に作ったんだから。安直と言われようとも結構気に入ってるから変えんし(笑)

流斗:では今回はこの辺で。

作者:『トリニティ・ウィル』第二話。『二人の同居人』でまたお会いしましょーっ!!
中央改札 交響曲 感想 説明