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時の調べ 第三十六話 清算(前編)
FOOL


一月も終わりに差し掛かったある日。
ローズレイクの辺で寝そべっていたレニスは、ふと今日は非番はずの如月を見つけた。

「如月じゃないか。どうかしたのか?」

「レニス? ああ、睦月と少しな。お前は・・・釣りか?」

レニスの傍の地面に突き刺してある釣竿を見れば一目瞭然なのだが
あえて訊ねた。その理由は

「・・・釣り糸が無いぞ?」

「釣る気が無いから」

「素直に昼寝をしていればいいだろうが」

「ふっ、甘いな」

そう言うといきなり起き上がり、これまた傍に置いてあった縄を掴む。
その縄の先は湖の中へと沈んでおり、視界から完全に消えている。

「おい、まさか・・・」

「せーのっ」


ザバァ・・・・


「・・・・底引き網漁かよ・・・」

「釣る気は無いが捕る気はある。まあ邪道だがな」

喜々としながら魚をバケツに放り込むレニス。
かなりの量が捕れたが、その九割は湖に返す。

「普通に魚釣りを楽しもうと言う考えは無いのか?」

「一本釣りなら好きだぞ」

「だったらそれをしろ」

「だるい」

「・・・・・・最近顔の通りに無気力になってないか?」

「む、そんな言い方だと俺が何時も無気力な顔をしているみたいじゃないか」

「事実だ」

「あら、自覚無かったのレニス?」

「人妻という自覚の無い睦月に言われたくは無いな」

「あらら、薮蛇」

何時の間にか来ていた睦月が苦笑しながら如月の隣りに立つ。
こうして並んでいる所は本当に絵になる二人だ。

「それで、トリーシャ放っといて二人揃って何処に行くんだ?」

「街中でやるには・・・派手になりそうだから」

ニッコリ笑いながら背中の両手剣をカチャリと鳴らす。
恐らくは実戦さながらの戦闘訓練でも始めるのだろう。
この二人がそれをやる時には魔法も使用するもんだから
周囲に被害が出る可能性がある。

「まー気をつけていって来い。俺はここで寝てるから」

「そうする。じゃーな」

二人が軽く手を振りながら去っていくのを見届けた後、
レニスの表情が消え、その瞼が半ばまで閉じられた。
途端にすうっとその髪が闇に染まり、瞳には炎が宿る。

「・・・精霊達は混乱するばかり。しかもジャミングがかかってる・・・か」

「それとエンフィールド周辺の地表温度は平年よりも0,2℃上昇している」

近くの木に寄りかかるようにして立つ右眼を隠すように
バンダナを巻いている黒髪黒目の少年。
いつも通りの冷静な口調で涼やかな視線をレニスへと向けている。

「よう、ラピス」

「まだ見つからないか」

「てことはそっちも成果無しか」

「ああ、動かせる人員がほぼ俺一人だからな。やはり無理がある。
・・・・・やはり、如月にも言った方が良いのではないか?」

「それはダメだ。確かにあいつの協力が得られれば早くに見つかるかも
しれないが・・・今は、あいつに逃げ場を与えたくは無い」

レニスは何処からともなく釣竿をもう一本取り出し、
地面に突き刺していた釣竿を抜き、ラピスの方へと放り投げる。
ラピスはそれを受け取ると、手馴れた様子で手早く釣り糸を取り付ける。

「上手いな。釣り、好きなのか?」

「釣りと言うよりは魚が好きだ」

「なるほど」

順調に魚を吊り上げるラピスを見て思わず納得する。
レニスも負けじと竿を振りそこそこの大きさの魚を釣り上げた。
そのまま2,3匹ほど釣り上げた後は、魚も警戒しだしたのか
なかなかかからなくなってくる。

「・・・自分の逃げ場を用意しているお前に、如月の逃げ場を奪う権利があるのか?」

「無いだろうな。だが、今逃げると・・・もう、戻って来れない。
あいつの心の闇は、狂気は小さくはなったけど・・・消えては、いない」

「消えはしない。闇は意志を持つ者の心には必ず存在するものだ。それに例外など無い」

「流石は『心滅の血統』。そういうのは専門分野か?」

「勘違いをするな。俺が出来るのは『心』を・・・『想い』を誤魔化す事だけだ。
消す事も殺す事も出来ない。どれだけ大きな力だろうと、それだけは不可能な事だ」

「・・・充分だろ。それ」

「ああ、殺し合いの道具や実験材料にされるのには充分な理由だ」

沈黙が降りる。別に気まずい訳ではない。
レニスも、言った本人であるラピスも気にしてはいないから。

「・・・ところで」

「なんだ」

「なんで俺が逃げていると?」

「似た物同士は引き合うらしくてな」

「あ、そ」

再び沈黙。
そして少したった後にまたレニスが口を開く。

「動けるのがお前だけって言ってたが・・・増やせないのか?」

「リカルド隊長とノイマン隊長、そして俺。他にあんな荒唐無稽な話を信じる奴がいると思うのか?
それに下手に騒ぎを大きくする訳にも行かないだろう」

「・・・早めに如月の決着が付く事を祈ろう」

またも沈黙。
そして当然レニスが口を開く。

「前々から思っていたんだが・・・」

「ん?」

「お前のラピスって名前・・・女の子みたいな名前だよな」


ジャキッ


「体重を増やしたいならそう言え。いくらでも増やしてやる。・・・鉛球でな」

「実は気にしてるだろ。・・・って悪かったからその三連ガトリング砲をしまってくれ」

右手に釣竿を握ったままで左腕一本で器用にガトリング砲をポイントするラピス。
狙うのは勿論頭部である。

「・・・まあ、いい。それよりかかってるぞ」

「む、これはでかいか」

「糸の強度に注意しろ。なかなかの獲物だ」

その後は物騒な会話は一切無く、
ただ、釣りを楽しむ二人の姿だけがあった。










甲高い剣撃の音が響き渡り、一つになっていた影が二つに分かれた。
飛びずさった刀を持った影が減速せずにそのままの勢いで大剣を持つ影に突撃する。
その突撃を真正面から剣の腹で受け止め、その下から膝蹴りを放つ。
その蹴りに乗るように上空に飛んだ刀を持つ影は、車輪のように凄まじい
勢いで回転を始め頭上から襲い掛かるが、相手もそれを見切ったのか
一歩下がって攻撃範囲から離脱。下がった勢いをそのまま大剣に乗せ
薙ぎ払うが、相手は着地と同時に地面を這うようにその身を伏せ回避。

「っ!!」

「っけえええええええっっ!!」

地面を這っていた影が突如刀を斬り上げる。
それと同時に全高三メートル程の気の刃が発生し、
大剣を持った影はそれを受けきれずに吹き飛ばされた。
すかさず倒れた影に詰め寄り、その喉元へと刀を突き付ける。

「これで十戦中四勝三敗三引き分け、だな、睦月」

「あ〜あ、負け越しちゃった」

如月が差し伸べた手をさっぱりとした表情で握り返す睦月。
自分も強くなったと思ったが、相棒はそれ以上に力をつけたようだ。

「最後の『朧』。気刃が三m程しか出なかったけど?」

「無意味に十数m出したって仕方ないだろう。それにその分威力は上がってる」

《参ノ太刀・朧》
本来は全高十数mの気刃で上空の敵を斬る対空技である。

「うん。痛かった。私としてはさくら亭の焼肉定食ぐらいで妥協してあげたいな、と思ったぐらい痛かった」

「三戦目に『闇月』かましてくれた奴の台詞か。しかも剣の腹で後頭部を強打したくせに」

「なら焼き魚定食を奢ってあげよう」

「割に合わない気がするが・・・。まあ、それでいい」

苦笑しながら睦月を立たせると、
背後から既に聞きなれた明るい声がかかる。

「如月さーんっ」

「トリーシャ! どうしてこんな所に!?」

いま如月と睦月がいるのは実は町外れにある荒地。
近辺では魔物も多数徘徊している一般人にとっては
充分な危険地帯である。

「あ、私が教えたの。お昼ご飯はここで食べたいなーって思って」

「おいマテ睦月」

「町を出る途中でレニスさんに会ってさ。
ここに行くって言ったら赤琥を貸してくれたんだ。
何回か襲われたけどおかげで助かっちゃった」

「おいっ!?」

《それじゃ俺は帰るニャ。後は如月に守ってもらうニャ》

「ありがとう赤琥。今度マタタビ持ってくねー」

去り行く赤琥にニコニコと笑いながら手を振るトリーシャ。
呆れる事も怒る事も諦めたのか、如月は嘆息しながら頭を軽く振っていた。

「それでトリーシャ。お弁当は?」

「バッチリだよ睦月さん。二人ともお腹空かせてるだろうから沢山作ってきたんだよ」

「おにぎりの中身は?」

「シャケとおかかと梅干。それとカボチャの煮物だよ」

「完璧だわトリーシャ! 文句無しよ」

手放しで褒める睦月に顔を照れたように赤くするトリーシャ。
ちなみにカボチャの煮物は如月の好物の一つだ。

「・・・ま、確かに腹も減ったしな」

この一年近く延々と自分を振り回し続けているこの二人。
別に付き合うのが嫌な訳ではない。むしろ、一緒にいて凄く安らぐし、楽しくもある。
幼き頃より共に在った、自己の半身とも言える女性。
そして、この町で、エンフィールドで出会った、『あの少女』の面影を持つ少女。
面影を持つとは言え、似ていた訳ではない。
姿形だけでいえば全くの別人だし、性格も違う。
ただ、自分を慕ってついてくるその姿が、あまりにも・・・思い起こさせる。
あの時、あの町で、俺の後ろをついてきていたあの少女を。

「如月、何ボ〜ッとしてるの? それともいらない?」

「こらマテ。俺の分まで取るな」

「大丈夫だよ。如月さんの分はこっちに取ってあるから」

「ありがとう、トリーシャ」

初めて会ったときは、ただ、元気な娘だなと思った。
だが、彼女が自分について来出した時は・・・怖かった。
会う度に、その顔を見る度に責められているような錯覚も覚えた。
そんな感情を押さえ込み、ただ、笑っていた。
それが贖罪であると思い込んだ。
彼女が楽しいのならば、それで良かった。
彼女には関係の無い。ただの自己満足。
そんな時、睦月がやってきた。
いや、戻って来たと言うべきだろう。
戻って来たその日の夜。
誰もいなくなって、昔のように二人きりになった時。
今の俺の心の内を、あっさり看破してくれた。
翌日から、こいつは俺と彼女の間に立ち始めた。
彼女の中に見える、彼女の面影から俺を守るように。
膝をつきそうになる俺を支えるように。
恐らく、睦月がいなければ、俺はとうの昔に壊れていただろう。

「ん? 水筒に入ってるのって・・・お茶じゃ、無い?」

「えへへ、実はそれお味噌汁。お茶はこっちだよ」

「へえ。いや、お茶はいい。味噌汁の方を貰うから」

「あ、それじゃ私にお茶ちょうだい。お味噌汁ははさっき飲んだし」

「うん。はい、睦月さんどうぞ」

「ありがと」

何時からだろうか。
この少女が傍にいることが当然の事になったのは。
傍にいない時に、少なからず不安を覚えるようになったのは。
あの時の事を思い出すからだろうか。
自分の知らぬ内に傷付けられるのが怖いのか。
こんな所まで、あの時と同じにならなくても良かったのに。
ただの、自分勝手な、贖罪、だった、はずなのに。
どうして、こんなにも、この少女を――――

「・・・・・・トリーシャ・・・」

「ん? なあに如月さん?」

「あ、いや・・・何でも無い」

どこか哀しそうな苦笑を浮かべる如月の顔を心配そうに覗き込むトリーシャ。
だが、如月はそんなトリーシャの視線を無視しカボチャの煮物を一つ、口の中に放り込んだ。
それを見てこれ以上は無駄だと悟ったのか、トリーシャは寂しそうにしながらも如月から身を離す。
一瞬、気まずい雰囲気が三人を包んだかに見えたその時、
如月の正面に座っていた睦月が静かな、そして冷たい声で如月の名を呼んだ。

「・・・如月。来たわ」

「だ、な・・・そんな顔をするな。暴走なんてしないさ、今更な」

無表情ながら、その瞳の中に僅かに不安を湛える睦月に
安心させるような微笑みを浮かべる如月。
いきなり交わされた二人のやり取りに困惑の色が隠せないトリーシャ。
そんな疑問は、次の瞬間にあっさりと氷解した。
昼食を食べる為に地面に敷いていた布を中心に、次々と地面が盛り上がっていく。

「え? え? え?」

「トリーシャ、俺と睦月から離れるな」

「数だけの雑魚だけど・・・鬱陶しい事に変わりは無いわね」

盛り上がった土が弾け飛び、中から数種の魔物が現れる。
如月と睦月はトリーシャを背中で庇うようにして立ち、周囲の魔物達を
冷静な―――いや、冷たい氷のような視線で刺し貫く。
そんな三人を嘲笑うかのように次々と盛り上がる地面と雄叫びを上げる魔物の群。
すぐに襲い掛かってくる素振りは見えないが、大人しく返してくれる様子もない。

「クズが・・・やるぞ、睦月」

「OK。トリーシャ、如月にでもしがみ付いていて。派手なの行くから」

睦月の警告に慌てて如月にしがみ付くトリーシャ。
そんなトリーシャをサンドイッチにするように背中あわせに立つと、
如月は何処から取り出したのか、蒼き輝きを放つ大鎌を水平に持ち、
睦月はその背から抜き放った巨大な両手剣を切っ先が下を向くように垂直に持つ。
トリーシャは、如月の手の中にある大鎌の刃の輝きが、彼が大切に持っている
蒼水晶のペンダントと同質の物ではないかと、ボーッとした頭の片隅で考えていた。

「光聖メリエラ、樹聖エステル、土聖アトロム、水聖レネ。我と契り交わせし四大の姫君よ」

「闇聖ラシュエル、月聖エルシャ、風聖ラセル、火聖ユニ。我の御霊削り喰らいし四天の巫女達よ」

「我、如月・ゼロフィールドの真名の元」

「我、睦月・ファーレクスの霊名の力にて」

「「生誕を祝い、死出の導きたる静音を奏でん」」

土くれの中から生まれ出でる魔物の数が100を超えたと思われるその瞬間、
如月達を眺めるだけだった魔物の群れが一斉に三人に目掛けて突撃してくる。
しかし二人の詠唱が止む気配は無く、魔物の鋭すぎるほどに鋭い爪がその圧倒的な
膂力によって振るわれた。が、

「っ!!? グァッ!?」

突如現れた白銀の壁に弾かれ、その爪は逆に根元から折れてしまう。
その後も次々と魔物達の攻撃が続くが、その度に白銀の壁が現れそれらをいなしていく。

「あまねく不変の摂理に逆らいし咎人どもよ」

「天に舞う星々砕かんとその手伸ばす滅びの獣の眷属どもよ」

白銀の輝きが周囲を照らし、激しく明滅を繰り返す。
八色の軌跡が空を駆け、術者の意に従いその身に破壊の力を宿らせる。

「「聞けっ!! 聖霊の交響曲!!」」

携えていた武器を如月は横方向に、睦月は大上段に振り被り―――

『フォーギュスト・レナーディルト!!』

力の限り、その刃を振るう。
その瞬間、圧倒的な輝きがその周囲を包み込む。
まるで太陽がその場に降りて来たかのような眩い閃光が、
産まれいで行く魔物達を飲み込んでいき―――

後には、ただ、何も無い荒地だけが残された。

動きを止める事無く、睦月が地面にその両手剣を突き立てる。
突き立てられた刀身に、如月のそれと同じ蒼き幾何学模様が浮かび上がり、
それは水を得た魚のように力強く明滅を繰り返した。

「・・・・・・出て来いよ、バーカス。これ以上隠れると言うのなら」

「どんな手段を使ってでも、炙り出すわよ」

トリーシャが今まで聞いた事も無いような、とても、冷たい声。
もしも、二人が呼び掛けた人物が出て来なければ、今の彼等なら、本当に実行するだろう。

「怖いなあ・・・本当に怖い」

三人から少し離れた場所の空間が歪み、そこから一人の男が現れる。
口元を僅かに歪め、三人の方、と言うよりも如月と睦月の二人にその視線を注いでいる。

「クックックッ、聖霊の力・・・いや、この場合は皇子と聖女の力と言うべきか?
凄まじいな・・・怖気が振るう。・・・しかも、聖女が持つその剣。以前の時は気付かなかったが・・・」

「聖鍵ラスバーグ。如月の魔鍵セイクリッド・キーと対になる物よ」

「『閉じる者』・・・周辺の空間を封鎖したようだな。召喚術が発動しない、か」

「何しに来たの? 殺し合いに来たのなら遠慮する必要は無いわ」

ニッコリと、笑顔を作る。
大きな向日葵のような明るい、そして、その奥深くに在る
悪意、敵意、殺意を隠そうともしない、壮絶な『笑顔』。

「徹底的に、殺してあげるから」

そんな台詞を、臆面も無く吐き出す相棒に苦笑しながら、
如月は、その手に持った大鎌を、カチャリ、と鳴らした。

「ふむ・・・皇子が未だ力持たぬならば、そこの《剣聖》の娘を殺すつもりであったが―――」

バーカスはチラリとトリーシャに視線を向け、すぐに如月へとそれを戻す。
そして、唇の端をニィ、と持ち上げた。

「その必要は、無さそうだな」

「おかげ様でな。で、殺り合いたいんだろう?」

「その通りだ。我は、その為だけにここまで来たのだから・・・な!!」

バーカスの魔力が急激に高まり、十数本の黄金の槍が三人に向かい疾駆する。
高速で飛来するそれを前に避ける素振りも見せずに如月は手の中にある魔鍵で
眼前の空間を薙ぎ払う。すると、魔鍵の刃が切り裂いた空間が揺らぎ、
そこに突入した黄金の槍は何処かへと消え去った。
だがそうなる事は解っていたのか、バーカスは結果を確認する前に
その場を蹴り、如月も魔鍵を何処かへとしまい抜刀の構えを取りながら走り出す。
そして、その戦いの攻防は、ぶつかり合う事無く互いの頬を浅く掠めた第一撃で幕を切った。
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