中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第三十七話 清算(中編)
FOOL


――とある町に一人の少年と一人の少女が辿り着きました。


――二人は子供の頃から一緒にいて、随分長い間一緒に旅をしてきました。


――少女はこの町にいる友人に泊めてもらおうと言いました。


――少年はそれはいい考えだと言いました。が、面倒臭いので交渉を少女に任せて公園で昼寝をする事にしました。


――そして、少年はそこでスミレ色の髪を持つ一人の少女と出会ったのでした。





――――おやおや、こんなとこで寝てんの? 風邪ひくよ――――









「―――少年と女の子はすぐに仲良くなりました。・・・そろそろ移動した方が良いかな。
物騒にも如月も殆ど周囲に気を配らずに戦ってるみたいだし」

如月とバーカスの戦いが始まった直後、突如として、睦月は何かの物語を語り出した。
トリーシャは如月のことが心配ではあったが、何故か、自分はその話を聞かなければならない
と言う事を直感的に悟っていたのかもしれない。トリーシャは、動かずにそこに立っていた。
それは、睦月の何の感情も映さぬ瞳の中に、何かは解らないが、揺らめいている何かを見たからかもしれなかった。



「弐ノ太刀・蓮華」

周囲から飛んできた十数本の氷の矢を全て切り払いながら、
如月は再び手の中に出現した魔鍵を振るう。
切っ先が僅かに掠め、バーカスの腕から僅かに赤い飛沫が飛ぶが、
お返しとばかりに突き出された突きが如月の腹部を狙う。
刀を引こうともせずに如月は魔鍵を消し、開いた左手をバーカスの剣の延長線上に置いた。

「ヴァルス」

淡々とした口調で魔法を起動させる。如月の左掌から不可視のフィールドが発生し、
そのフィールドに突っ込んできた剣は何の抵抗も出来ずに消滅していく。
バーカスはすぐさま距離を取り、殆ど束だけになった剣で何も無い空間を薙いだ。
すると如月の魔法により消滅した筈の刀身が夢幻の如く再生する。

「レイ・ヴァース」

「カーマイン・スプレッド!」

お互いが発生させた超エネルギーがぶつかり合い、周辺に天地を切り裂くような轟音と
肌を嬲るように焼く熱風を撒き散らす。撒き散らされた爆煙が視界を塞ぎ、その向こう側から
悪意の塊が飛来するのを感じ取る。身を捻り、爆煙を切り裂いて飛翔する数本のナイフを回避するが
崩れた姿勢を修正する前に視界の隅にバーカスの剣の煌きが映った。











――少年はスミレ色の少女と仲良くなりました。


―― 一緒に旅をしていた少女や町に住んでいた友人もスミレ色の少女が大好きになりました。


――スミレ色の少女は孤児でしたがとても明るい子でした。


――ですが、スミレ色の少女は一つだけ、少年にとって困った所がありました。


――スミレ色の少女は少年の事を女の子のような名前で呼ぶのです。





――――きさらぎ・・・? だったらサラ君だね!――――








「――――少年は止めてくれるように頼みましたが、最後には諦めてしまいました。
・・・・派手にやってるなあ。如月は・・・大丈夫、かな? ま、どっちでもいっか」

「睦月さん・・・」

何時もと同じように飄々と如月の事を見続ける睦月。
だが、どこかが違う。彼女は微笑んでいる。
その笑顔が、どこか仮面じみていて、
その瞳の奥にある物が解らなくて。

「トリーシャ。如月の事、好き?」

こんな時にされる、突然な、そして場違いな質問。
そんなことをされれば、うろたえる事しか出来なくて。

「え? な、何で」

「答えて」

有無を言わさぬ睦月の声。
今日は一体何の日なのだろうか?
訳の分からぬ男がいきなり襲ってきた。
如月と睦月の、今まで見た事も無いとても怖い顔を見た。
目まぐるしい展開に思考がついていかない。
如月を助けなくても良いのか?
睦月は、なぜ自分に物語を聞かせ、こんな質問をしてくるのか?
だが、これだけは解る。
この質問には、答えなければならない。
でなければ、彼女は何も話してはくれないだろう。
自分が知りたいと思っている事も。
知りたくないと思っている事も。

「・・・好き、だよ。大好き。ボクは、如月さんの事が、世界で一番、好きだよ」

この胸に宿った、確かな想いを口にする。
それを聞いた睦月は、どこか、暗い瞳でトリーシャの瞳を見返した。


そして、物語は続く。





下方から迫る白刃。
如月は不安定な姿勢から無理矢理跳躍した。
全身に多大な負担がかかるが、完全に無視し光の聖霊術を広範囲にばら撒き
追撃しようとしたバーカスを牽制する。
煙が晴れてきたが、まだ視界は良好とはいえない。
バーカスを見失ってしまい、跳んだことを悔やむがやってしまった事は仕方が無い。
大地に降り立ち、周囲を警戒するが全くといって良いほど気配を感じない。

「・・・朧」

上空に何かを感じ取り、とっさに対空攻撃を行なう如月。
それは確かな手応えを如月に伝えるが、まだ安心できずにサイドステップでその場を離れる。
視線を先程立っていた場所へ送ると、如月を追うようにして着地したバーカスが
不敵な笑みを浮かべながら剣を構えるところだった。

「ふははははははっ!! 皇子よ、これで限界などと言うなよ。
不意を突かれたとは言え、我の腕を切り落とした時の力、無いなどと言うまいな?」

「・・・黙ってろ。心配しなくても殺してやる」

再度手に取った魔鍵を構え、如月は冷たく言い放った。
まるで、目の前に立つ男が物であるかのような視線と共に。










――ある日、とても悲しい事がありました。


――少年は悲しみ、公園の片隅でずっと泣き続けました。


――スミレ色の女の子はどうにかして元気付けようと一生懸命話し掛けました。


――少年はあまりの悲しみにスミレ色の少女を拒絶してしまいました。


――ですがスミレ色の少女は悲しみにくれる少年を抱き締めます。


――その悲しみを少しでも背負ってあげたくて、抱き締めます。


――そして、その時スミレ色の少女が囁いた言葉に、少年は心からの涙を流しました。





――――サラ君は、泣いてもいいんだよ?――――






「――――少年は明るさを取り戻し、再び幸せな日常へと戻っていきました。
・・・トリーシャ。如月が好きなのなら、今の如月から目をそらしたらダメだよ。
今の如月も、如月だから。冷酷で、残酷で、命を命と思わぬ人。
それも、間違い無く如月なんだから」

「・・・知ってる。如月さんは、強くて、優しくて、そして・・・怖い、人だから」

帰って来るとは思っていなかった返事。
睦月は、僅かながらに驚いたが、それが表に出る事は無い。
一瞬だけトリーシャへ視線を向ける。

「――そう」

それだけを口して、再び物語を紡ぎだす。




魔鍵の刃が空を抉り、バーカスの剣が地を穿つ。
如月の魔法が大地が隆起させ、無数の岩の槍が牙を剥き、
バーカスはその槍をかわし、砕き、受け流しながら如月へと接近する。
空気を切り裂きながら迫る刃を柄で受け止め、左手をバーカスの脇腹へと添える。

「ヴァルス」

「ぬおおおおおっ!!」

バーカスの脇腹がごっそりと球状に抉られるように消滅する。
だが、バーカスも全身を襲う激痛に耐えながら腕に隠していたナイフを
如月の右足に深々と突き立てる。
構わず石突を放つが、脇腹から溢れる血を物ともせずに後方へと跳び、回避する。
追撃に入ろうとするものの、突如視界が薄れ、四肢の動きが鈍る。
音が遠くなり、身体を荒々しく撫でていた風が小さく感じる。

「・・・っ、毒? いやこれは・・・ナイフを媒介にした全神経への直接攻撃か」

満足に力が入らない腕でナイフを引き抜く。
全身が軽い麻痺状態になったかのように固まっていく。
視界が揺れる。風の音が薄れていく。両手で握る魔鍵の硬い感触を感じない。
鼻を突いていた血の臭いが消える。口の中にある血なのか唾液なのか区別のつかない液体。

――――五感が弱っている。









―――少年は、いつしかこの町を出たくないと思っていました。


―――スミレ色の少女と離れたくは無かったから、旅を止めようかとも考えていました。


―――そんなある日、一緒に旅をしていた少女と友人が結婚する事になりました。


―――少年とその周囲の人々は彼女等を祝福し、その日は盛大なお祝いをしました。


―――結婚式の日、花嫁の投げたブーケはスミレ色の少女の手に渡りました。




――――え? 次は私? やったっ! ありがとサラ君♪――――



「―――スミレ色の少女はとても喜び、少年に抱きつきました。
・・・ねえ、トリーシャ。貴女、私がこの町に来た時、嫉妬したよね?」

「あ、あれは、そのっ」

睦月が何を言いたいのか、よく解らない。
物語を聞かせてくると思ったら、いきなり関係の無い事を訊いて来る。
恐らく如月に関する事なのだろうが、なぜそれを今聞いてくるのだろう。
困惑するトリーシャの言葉を聞いていないのか。
それとも最初から聞く気は無いのか。
睦月は、その顔に今にも崩れそうな微笑みを浮かべ、語りだす。

「私はね、貴女に出会ってから、ずっと―――――――嫉妬してた」






バーカスの剣が矢継ぎ早に繰り出される。
それはあるいは魔鍵に弾かれ、あるいは如月の身体に無数の傷を負わせていく。
先程の攻防、与えられたダメージはバーカスのほうが大きかったが、結果的には如月のほうが不利となった。
既に致命傷を喰らっている筈のバーカスはその動きを衰えさせる事無く、むしろ先よりも苛烈な攻撃が如月を襲っていた。

「・・・聞きたい事がある」

「なんだ」

斬撃の嵐の中、如月が感情のこもらぬ声を上げる。
いや、もしかすると、逆に感情が高ぶりすぎているのかもしれない。

「なぜ、俺達に拘る? 強者と戦いたいのなら、レニスの方が俺達よりも遥かに上だ」

如月の問いに僅かに顔を顰めるバーカスだが、
その顔には段々と嘲笑の色が滲み出してくる。

「どうでもいい・・・どうでもいいのだよ、あの男は。
我が求めているのは皇子と聖女・・・いや、それも違う。
我が求めているのは・・・汝のみだ。聖月の皇子よ」

「その理由を聞いている」

荒れ狂う殺意から辛うじて急所を庇うが、
防ぎきれない衝撃が体中の関節を軋ませる。
両腕にかかる強大な負担からか、何かがひび割れる様な音が聞こえる。

「くだらぬ理由さ・・・ただ、強くする為に」

「・・・? 強く・・・だと?」

「その通りだ。誰かも知らぬ。見も知らぬ男か女かも解らぬあの・・・白い、影。
その影が告げた。『如月・ゼロフィールドを強くせよ、手段は問わぬ』とな」

「気でも違ったか」

斬撃の隙間を縫って虚斬を撃ち、一瞬怯んだ隙に何とか距離を取る如月。
バーカスは追う事もせずにその場に佇み、その口元に狂喜を張り付かせる。

「信じる信じないは汝の自由だ。それに、それはきっかけに過ぎん。
従う気は無かったが、気が向いて汝の顔を見に行った・・・ふははは、
あの時の事は忘れもせんよ。あの、ベアトリア城攻防戦、汝は覚えているか?
自分が、何をしたかを」

「・・・死染技・・・」













――スミレ色の少女は不安でした。


――なぜなら、いつも傍にいた少年が旅支度をしていたからです。


――一緒に旅をしていた少女はこの町に留まります。


――それでも少年は旅に出る。それだけは、スミレ色の少女にもわかりました。


――そして、いつの間にか目の前に少年が立っていました。


――少年は言いました。『一緒に来てくれないか?』。


――スミレ色の少女は一瞬何を言われたのかわかりませんでした。


――それでも、次の瞬間には歓喜の笑顔と共にその瞳から涙が零れました。





――――ずっと・・・・大好きだよ――――



「―――抱き合う二人を、天空に浮かぶ銀の月が優しく見守っていました――
・・・如月の心を今も縛り続けてる『あの娘』も、縛られた如月の心を
解き放とうとしているトリーシャも。私は、凄く、羨ましい。妬ましい。
赤ん坊の頃から一緒にいたのに、如月の事なら、本人よりも解っている
つもりだったのに・・・私には、如月を、助ける事が出来ない・・・」

「睦月、さん」

なんとなく、トリーシャは理解した。
今、彼女が動かないのは、如月が頼んだ事なのだろう。
あの男と、一対一で戦いたかったのか、
それとも、絶対に自分の手で殺したかったのかは解らない。
だが、それが真実である事を、血が出るほどに握り締められた拳が証明していた。

「私にとって、誰よりも大事な人。死んだお爺ちゃんよりも。あの町に置いて来たカインよりも。
そして、私自身よりも大切な人。私は彼を護り、支え、共に歩む事を運命付けられ、
その運命を自分自身の意思で選んだ者。・・・でも、何も出来なかった」

「睦月さん、本当は、如月さんの事―――」

どこか悲しそうなトリーシャの声。
それに対し睦月は、ガラスのような微笑みを
浮かべたままで首を横に振った。





「そうか! 死染技と言うのかあの技は!! ふははっ、ははははははははははっ!!
自分の『死』と相手の『生』を入れ替えるあの魔技!! まさに死神の技だなあれは。
一つ間違えれば間抜けな自害にしかならぬ。くくくっ、はあっはははははははははっ!!!」

距離を取った如月を追う事無く、ただただ狂ったように笑い続けるバーカス。
その笑い声はどこか滑稽で、先程までの彼とは全くの別人のようにも見える。

「先程、貴様は炎帝と戦えば良いと言ったがな。アレはダメだ。
あの男は自分の命を最優先としている。己が命と引き換えにしてでも
勝利する。そういった戦いに、勝利に対する執念が無い」

バーカスの声を聞きながら、如月はある事に気付く。
相手を警戒しながら、視線を僅かに下げる。
すると、バーカスの腹部から流れ出る血が止まっていた。
傷が塞がった訳ではない。現にまだそこにはポッカリと穴が開いている。

「それに比べ汝はどうだ!? 自らの命を絶ち、その『死』を敵の『生』と入れ替える。
くはははっ、戦いに絶対勝利するという執念! それを体現したかのような魔技、死染技を操る汝!!
だからこそ! だからこそおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

獣のような雄叫びと共に周囲の空気が淀みだす。
それと同時に大地に所々生み出されていた血溜まりが泡立ち、
額に角もつ鬼が現れる。恐らく、自らの血を媒介に召喚したのだろう。
バーカス本人の傷も肉の軋む音と共に修復されていく。

だが、今はそれ所ではない。

「・・・っ」

腕が、痛い。
自分の腕が陶器になったような感覚。
それが度重なる衝撃に耐え切れず、ひび割れる。

「我は、汝と殺し合う! 奴との契約は果たし、汝は強く強く強くなった!!
もう、何も遠慮する理由は無い。さあ――――」

腕が痛い。痛い。痛い。痛い痛いいたいイタイいたい痛い―――――

「宴の、始まりだ」











――少年と町に残る少女は走っていました。


――今日は旅立ちの日。少年と、スミレ色の少女が新たな道を歩み始める日。


――二人はスミレ色の少女の待つ丘へと駆け上がります。


――少年はスミレ色の少女と旅立つ為に。


――少女は二人の旅立ちを見送る為に。


――そして、丘の上で二人を待っていたのは・・・




――――サラ・・・君? あはは・・・サラ君の、顔・・・よく、見えないや・・・――――



「―――黒き十字架を突き立てられた、朱に染まるスミレ色の少女。
・・・私は、カインとは愛し合ったから結婚した。それは断言できる。
でもね。それ以上に、カインを愛する以上に、私は、如月・ゼロフィールドと云う人の事が好きなの。
別に如月の事を自分の主とも思っていないし、異性として愛している訳でもないけど、
でも、本音を言わせて貰えば、如月は誰にも渡したくない」

ゆっくりと、睦月がトリーシャと向き合った。
合わされたライトブルーの瞳は、透明なままで。

「それでも、私は『あの娘』も、トリーシャの事も好きだから。
だから、如月の事、任せてもいいかなって、思えたんだ」

トリーシャは無言のままで睦月と対峙する。
今は、まだ自分が言葉を発する時ではない。





鬼の豪腕が振り下ろされ、ゴミ屑のようにその体が宙を舞う。
鋭い爪に引き裂かれた袖からひび割れた腕が顕となるがそんなことに構ってはいられない。

「っ、アース・クレッシェンド」

割れた大地が隆起し十数本の岩槍が鬼を襲うが、それらは腕の一振りで砕かれる。
腕に走る激痛や五感の低下による精神の疲労により聖霊術の威力が格段に下がっているようだ。
如月の両腕に握られた魔鍵が空を裂くが、鬼達はすぐに距離を取りそれを回避する。

「どこを見ている?」

「ちっ・・・!」

横手から放たれる衝撃波をなんとか腕でブロックするが、
それと同時に、腕に走る亀裂が凄まじい勢いで指先まで侵食していく。
勿論、それに比例してその身に走る激痛も増加する。

「ウォーティー・スクライド」

如月の両手から吹き出した高圧水流が左右から飛び掛ってきた鬼達を吹き飛ばす。
ダメージは与えられなくてもその衝撃まではそうそう消せはしない。
敵の攻撃を何とか凌ぎ、互いの動きが止まった所で如月は現在の状況を考えてみる。
まず敵はバーカスと奴が召喚した鬼が五匹。
バーカス本人の強さは言うまでも無く、鬼のほうもかなりの知能を持ち、
しかもかなりの防御力を持っているらしく、現在の自分の聖霊術ではダメージを与える事は難しい。
対して自分。
見た目はボロボロだが、ダメージ自体は小さい。
体力、魔力共に余裕はある。
だが、致命的なのが両腕に走る激痛と五感の低下である。
しかし痛覚が低下していることにより腕の痛みが緩和されている
という事実を考えると、なかなかに皮肉なものを感じざるを得ない。
しかも五感の低下はともかく、両腕の痛みの原因は不明。
恐らく五感の低下は時間が経てば治るのだろうが・・・
その時、腕の痛みに自分が耐え切れるかどうかは疑問だ。
なにしろ今の状態でさえ戦いを放り出してのたうちまわりたい位なのだから。

「どうしたのだ・・・先程までの覇気はどうした」

どこか、壊れたような笑みを浮かべながらバーカスが足を踏み出す。

「見せてみろ・・・死染技を・・・他者の生命を操る術を・・・!」

いつの間にか周囲を囲むようにしていた鬼達が一斉に飛び掛ってくる。
今の自分では魔鍵を振り回している余裕は無いであろう。
すぐさま魔鍵を消し、手近な鬼に走牙を仕掛ける。
高速で接近、抜刀し斬撃を放ちすり抜けずに肩口から体当たりをぶつける。
鬼の重量はかなりのものだったが、走牙で僅かに宙に浮いていたので
比較的楽に転がす事が出来た。
体調が万全なら吹き飛ばす事も出来たかもしれないが、今はこれが精一杯だ。
振り返りざまに後ろにいた鬼を切り倒し、すぐにその場を離れる。
恐らく先程の走牙も、振り向きざまの一撃も大したダメージを与えていないだろう。
如月が足を止め、抜き身の刀を構えたとき―――それは、来た。

「っ!!? が、ぁ・・・!!」

視界がクリアーになる。
吹き荒ぶ風の音が聞こえる。
周囲の鬼達の荒い息が鼻につく。
口内に溜まった血が舌を刺激する。
使い慣れた刀の感触が手の平からハッキリと伝わってくる――

予測よりもかなり速い、五感の回復だった。











―――黒き十字架のそばには、一人の男が立っていました。


―――男は何も言わず、スミレ色の少女に突き立てられた黒き十字架抜き放ちました。


―――朝霧の残滓が舞う宙に朱色の華が咲きました。


―――少年は激怒しました。人に対し、これほどの殺意を抱いた事は在りませんでした。


―――しかし男はそんな少年を置いて消えていきます。唇を斜めに歪め消えていきます。


―――少年と少女はスミレ色の少女を抱き上げます。


―――絶望に包まれた少年に、スミレ色の少女は最後の言葉を伝えます。





――――サラ君に、そんな顔は似合わないんだよ?――――



「―――少年は、この後誰にも言わずに旅に出るの。そして、とある町に住み付いた・・・
私が教えて上げられるお話はここまで。このお話をもっと詳しく知りたいなら、如月に聞いて。
多分・・・トリーシャになら、教えてくれると思うから」

先程までの儚げな雰囲気が一掃され、いつもの通りの明るい声で向日葵のような笑顔を浮かべる睦月。
如月のそれとは対照的なライトブルーの髪が風に揺れ、両手剣――聖鍵を握る右手に力を込める。

「ね、トリーシャ」

幾分、スッキリしたような、どこか吹っ切れたような声で、トリーシャを呼ぶ。
睦月の左手が、風を纏う。それに焔が加わり、銀の光燐が零れ、闇の息吹が安らかなリズムを生み出す。



「私の大事な大事な宝物。

闇蒼の宝石を、私は、トリーシャにあげたい。

トリーシャに、それを受け取って欲しい。

闇蒼の宝石に宿る妖精はね、トリーシャと一緒にいたがってる。

でも、でもね、私は、まだそれを手放す事はしたくない。

私は、まだ、宝石を手放せるほど強くはない」



それは、歌声の如く朗々と、染み込む様に耳朶を打つ。
何かを決意したような、それでも、どこか躊躇っているような。

「だから、半分こ」

「え?」

「何時かは、貴女に全部あげる。でも、今は半分こ。これが私の最大限の譲歩」

一転して、どこか悪戯っ子のような小悪魔的な笑みを浮かべる睦月。
彼女の提案に呆けたような顔をしていたトリーシャだが、その意味を理解していく毎に
現在の状況を忘れ、不謹慎ながらクスクスと笑い出す。

「睦月さん。この提案、妖精さんは納得してるの?」

「さあ? してなくてもさせるの。妖精さんは・・・優しいから。
弱い私は、その優しさに甘えちゃうんだ」

左手に纏った力が聖鍵を包み込む。
四属の力が互いを高めながら激しいスパークを巻き起こす。
可笑しそうに笑っていたトリーシャの顔が、真剣なそれに変わる。

「妖精さんをお願いします」

「当然。私とトリーシャの大事な宝物、壊されたらたまらないもんね」

そして、月影の聖女が戦場へと降り立った。
中央改札 交響曲 感想 説明