中央改札 交響曲 感想 説明

時の調べ 第三十六話 清算(後編)
FOOL


腕が、痛い。


          腕が、いたい


    うでが、イタイ


      うでが、痛い


  腕がイタイ



うでが、いたいいたいいたい

                     腕が、いたい

 ウデガイタイ

腕が、痛い。痛い。いたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイうでがイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ腕がイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイウデガイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ腕がウデガイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイうでがイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイウデガイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ腕がイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ腕がウデガイタイいたいイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイウデガイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイうでがイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイ腕がイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイいたいイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイうでがイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いイタイイタイイタイ――――――――


如月は、既に何も出来る状態ではなかった。
原因不明の両腕の激痛。
他の全ての情報が遮断される程の衝撃。
気が狂う直前にまで追い込まれる。
意識を流されないようにするだけでも精一杯。
いくら鋭利な爪で切り裂かれようと。
一撃で岩をも砕くほどの拳打を受けようと。
その身を焼く紅蓮の魔炎に包まれようと。
両腕から伝えられるモノに比べれば、児戯にも等しい。
彼の腕から刀が消えている。
いつ手放したのか、覚えもない。
心を、魂を、まるで紙細工を壊すかのように容易く蹂躙するこの痛み。


「――――――――――」

「――――――――!!」



「―――っ―――――――!!!」



誰かが何かを叫んでいる。
その声が男か女かも解らない。
いや、それ以前にその声を認識する事すら出来ない。

違う。
自分が、この声を聞き逃したり、聞き漏らす事などありえない。
今までずっと一緒に生きてきた己が半身の声なのだ。
とても愛しく思い、その存在を渇望して止まぬ者の声なのだ。

なぜ、そんなに悲しそうな声を出すんだ?

なぜ、そんなに苦しそうな声を出しているんだ?

ああ、そうか。
今、自分は戦っていたのだ。

憎き男と。
この手で殺すと誓った者と。

あの男は、今、何をしているのだろう。
また、殺そうとしているのか。
また、俺の大事な宝石を壊そうというのか。

あいつを。

彼女を。

殺すというのか。

そうだというのなら、こんな所で苦しんでいる場合ではない。
自分は行かなければならない。


あいつを、    助け、
     彼女を、   護り、


そして――――





あの男を、殺さなければならない。





さあ、行こう。
邪魔するモノは消してやる。
この世に存在していた証すら残してはやらん。
だから、まずは、最初の邪魔者を消さなければならない。

それが何かは解っているな。
ああ、そうだ。
これが邪魔なんだ。
この、両腕から伝わってくる痛みが邪魔なんだ。
だから、消してやれ。
自分は知っているはずだ。
全てを消し去る力を。
自分にしか使えぬ奇妙な力を。




――――さあ、『第弐の力』解放の時だ――――














自分と如月の間で交わされた盟約。
それほど難しい事ではない。
ただ、手を出さないで欲しい、それだけの盟約。
でも、私が耐え切れなくなったら参戦しても良いというもの。
だから、私はこの荒地を疾駆する。
本当は、如月が突然両腕を抱えて苦しみだした時点で飛び出したかった。
しかし、私はまだトリーシャに伝えていなかったから。

如月と『あの娘』の事。

私の事。

トリーシャの事。

バーカスの事。

私の視界を鬼達が塞ぐ。
奴が自分の血を媒介にして召喚した悪鬼。
その肩越しに見えるのは、五匹の鬼にその身を縛められる私の半身。
周囲の事は何も見えていないかのように何かを耐えている。

――あのヒビだ――

大武闘大会の日、封印を強制解除した後に出現した両腕のヒビ。
レニスに聞いた時、あの男はなんと言ったか。

『別に問題は無いぞ。命にかかわるようなものじゃないしな』

何をふざけた事を。
帰ったらレニスが食べる直前のCランチを横取りしてやる。
これを一週間も続ければ泣いて謝ってくるだろう。
どうせ後でパティが作ってくれるのだろうし、問題無い。
いや、それも横取りすれば一日で頭を下げてくれるかもしれない。
これは実行する価値がありそうだ。
しかし今はそれ所ではない。
私の進路を妨害する愚者共・・・・

ふわ・・・

四属の宿った聖鍵を、愚者共との擦違いざまに一閃する。
愚者共は動かない。私は何事も無かったように地を駆ける。
少しして、動かなかった愚者共が、動き出す。
腕がありえない方向に曲がる。
首がビンの蓋の様にクルクル回る。
腰が真横に折れ直角になった後、竹とんぼのように回りだす。
自分の身体を抱き締め、自分の腕で自分の身体を絞め潰す。
全てが、歪む。
狂ったような、死の舞踏。


神無月流剣術裏奥技・死狂の舞


今の私は気が立っている。
この技は、如月と死んだお爺ちゃんから使用禁止を言い渡されたものだ。
消耗が大きく、更に世界のバランスを崩しかねない邪技。

だが、それがなんだ。

ハッキリ言ってやる。
私は、この場所に最終的に如月とトリーシャと私が五体満足で立っていればそれでいい。
他の生き物など知った事か。
私の前に立つな。
無駄だ。全てを、この世界を歪ませてでも、狂わせてでも消すのだから。
だというのに、なぜに次から次へと愚者が来る。
貴様らは、そんなに私の宝石を壊したいのか。
私の心を支える闇蒼の宝石を、そんなにまでして砕きたいのか。
さっきからうじゃうじゃと湧いて出る悪鬼共も。
その悪鬼を召喚するこの男も。

「汝に用は無いぞ、月影の聖女」

「私もアンタに用は無い。私は如月に用があるんだからそこを退け!!」

奴の剣と私の聖鍵がぶつかり合う。
やはり、強い。
数度打ち合うだけで奴の強さがわかる。
そして、もう一つ。
奴は時間を稼いでいる。
視界に五匹の悪鬼に縛められた如月の姿が映る。
そして、その前に立つ鬼が刀を如月の胸に突き立てようとしている。

如月の、刀を――

何をしているのだ、あの鬼は。
あの刀は如月以外に振るう事は許されない物だ。
ガシュレイさんが、如月に託した刀なのだ。
あんな屑に振るわれる為に在るのではない。

バーカスの剣を弾き、両足に風の聖霊ラセルの力を宿らせる。
一陣の風となった私は一瞬で鬼に接近。そのままの勢いで蹴りを喰らわせると
一刀の元に切り伏せた。

「獅哭丸・・・ゴメンね。私には貴方を持つ資格は無いけど、少し我慢してね・・・っ!?」

脳が、割れる様に痛い。
これはなんだ。
これは知識?
知らないはずの知識が流れ込んでくる。
ああ、この痛みは覚えがある。
私が聖鍵を手にした時に感じた苦痛。
聖鍵と、如月の魔鍵の知識が流れ込んできた時と同じ。
どうやら、今回もそうらしい。
私の力ではないけれど。
闇蒼の宝石の新たな輝きである事は間違い無い。



さあ、貴方の思うがままに――



――――敵を、全てを、喰らい尽くしなさい――



――『貪る者』魔拳アスクレプオス―――













両腕から、何かが砕ける音が聞こえた。
どうやら『粘土細工』が完全に壊れたらしい。
正面の僅か右の方に睦月が立っている。
ほんの一瞬で周囲の様子を確認した如月は、彼女の暴れっぷりに小さく嘆息する。
そして、自分の邪魔をする愚者共に、別れの言葉を捧げた。

「ヴァルスフィード」

不可視の力が如月を縛める鬼達を包み、最初から存在しなかったかのようにその姿を消す。
睦月が何も言わずに近付き、獅哭丸を手渡してくれる。
そして、如月はそれを受け取った。
今まで自分の腕だと思っていたモノ――『粘土細工』が砕け散った後に残った物。
それは、今までと寸分変わらぬ血の通った自分の腕。
そして、それを指先まで覆う、蒼い輝きを放つヴァンヴレイス。

―――魔拳アスクレプオス―――

ヴァルス――今まで魔法だと思っていたものは、『粘土細工』の隙間から零れた
この蒼き輝きを持つ篭手の力。全ての物質を消滅させる不可視の空間を生み出す力。

「睦月、アレは使用禁止だった筈だけど?」

「ん。問題無いわ」

少し咎めるような如月の言葉をサラっと流す睦月。
そんな相棒の態度に苦笑しながら、如月は刀を鞘へと戻す。
今は、この刃は必要ない。
如月は自覚する。
自分の両腕が餓えている。
血を寄越せ、肉を喰わせろと叫んでいる。
『貪る者』の二つ名に相応しい雄叫び。
幸い、血も肉も目の前に山ほどある。
如月の右腕が目の高さまで上がる。
左腕は腰の辺りに停止させる。
今まで散々腹を空かせて来ただろう両腕に、
たっぷりと食事を獲らせてやろう。

大地に広がる赤い水溜まりから次々と鬼がやってくる。
それは、とても喜ばしい事。
悪鬼の数が増えていく。

十・・・二十・・・五十・・・

その中央で笑う、一人の男。
何がそんなに可笑しいのか。
如月は拳を振るう。
殴られた箇所を中心に、球状の空間が消滅する。
心臓、頭部、如月が殴るのは、その二箇所。
底無しの胃袋を持つ蒼蛇が、最も好む生命と本能の源。
増えた鬼が、瞬く間に減っていく。

四十五・・・四十・・・三十二・・・四十一・・・

しかし、減るよりも増える方が確実に速いようだ。
だが、この場にいるのは如月だけではない。
巨大な銀光が数匹の鬼を両断する。
2mの両手剣を軽々と振るう女。
今、ここにいるのは、睦月・ファーレクスではない。
如月・ゼロフィールドの永遠のパートナー。
戦場において、唯一背中を預けられる伴侶。

睦月・ラグレード。

聖鍵に宿した四属の力が彼女の意思と共に増加する。
だが、それでも鬼の数は一向に減らない。
凄まじい速度で出現しては、蒼蛇の胃袋に収まり、
聖鍵の一撃の前にその命を散らしていく。
それでも、減らないのだ。

「くははははははっ、新たな力の目覚めか? まるで吟遊詩人のサーガのようだな。
ならば・・・次は、囚われの姫を助けに行かねばなあ・・・・皇子よ?」

バーカスの意思を受け、鬼が一匹、トリーシャのいる方へと駆け出した。
それを、ケタケタと笑いながら見送るバーカス。
如月も、睦月も、既に気付いていた。

この男は壊れている。

いや、正確には壊されたというのが正しいか。
恐らくは、奴の言っていた白い影――

「如月」

「ああ、風を頼む」

如月の声に睦月が応え、睦月の呼び掛けに風が応える。
風の巫女、風聖ラセルの息吹が荒地を包みこみ、穏やかな風を運ぶ。
鬼が、トリーシャの眼前に迫る。
トリーシャの眼に怯えの色は無い。
彼が、自分を護ってくれると言ってくれたから。
それは、どんな事があろうとも信じ続けられる事。
だから、今は自分に出来る事をするだけだ。

「グラビティ・チェイン!」

魔力で構成された数本の鎖が鬼の身体に絡みつく。
いきなり身体に掛かる重さが倍加し、膝を着く鬼。
そこに続けざまにトリーシャの魔法が叩き付けられる。

「ニードル・スクリーム!!」

渾身の力を込めた、近距離からの魔力の解放。
無数の蒼い魔針が鬼を襲い、その身をズタズタに引き裂いていく。
だが、まだ動く。
巨躯をゆっくりと立ち上がらせる。
地面に縫いとめようとする鎖を引き千切り、
トリーシャに向かって異様なまでに鋭い爪を持つ手を突き出して、

その動きを止めた。

その鬼だけではない。
如月と睦月と争っていた鬼達も。
バーカスの傍に立ち、何もしていなかった鬼達も。
全ての鬼が、その動きを止めた。
一体、何が起こったのか。

「これ・・・如月さんの仕業なのかな・・・?」

身動きが取れずに苦悶する鬼を前に、困惑する。
柔らかな風が吹き、何かの、銀の煌きが目に映った。

「銀の・・・糸?」









それは幻想的な光景だった。
如月の闇蒼の髪が風になびき、蒼き篭手は眼前で十字に重ねられたまま。
周囲の鬼達は、その表情は怒りと屈辱に歪めながら、指先一つ動かせぬ。
陽の光を受けた、僅かな煌き。普通ならば目に見えぬほどの細さの鋼糸が
縦横無尽にこの空間を支配し、全ての鬼達の動きを完全に封じ込めている。
鋼の煌きの発生源は、蒼き篭手。
両の指先と、指の付け根、計十八匹の銀の蛇が獲物を締め上げ、
今か今かと捕食の時を待っている。

「・・・これが、魔拳の真の能力か」

「さて、な。ただ、『貪る者』の二つ名は伊達じゃなくてな。
効果範囲の中では敵も味方もあったものじゃない。それが悩みだな」

狂喜の声か、怨嗟の声か、それとも驚愕の声だったのか。
バーカスが発した声は、すでにどれともつかぬ程に壊れていた。
『バーカス』の意思が残っているかどうかも定かではない。

「ヴァルス」

その言葉と共に、蛇は一瞬にして獲物を喰らう。
如月の拳を中心にしてではなく。
鬼達を縛る銀の糸を中心にして。
不可視の、如月にはお馴染みの空間が展開し、その中にある全ての物を消し去った。
後に残ったのは、如月と、バーカス。そして、離れた所に立つトリーシャのみ。

「この両腕は悪食だが・・・それでも、この鬼は不味いそうだ。
せめて、もう少し抵抗らしい抵抗のできる奴の方が好みだと」

静かに、右手を大地に添える。
傍らに立っていた睦月は、先程の消滅に巻き込まれたのかその姿を消している。
トリーシャの方は、少し驚いているようだが怪我は無い。

「アース・クレッシェンド」

大地が激しく隆起する。
その牙はバーカスへと向かわずに、周辺の大地を滅茶苦茶にして消えていった。

「何を・・・!! そウか、我が作った血溜まリを・・・」

「もう、終らせよう。俺の憎しみも。睦月の悲しみも。お前の執着も」

バーカスの声が、異質な物へと変わっていく。
急がなければならない。
まだバーカスの意思が残っているのだ。
だから、残っているうちにこの手で殺さなければ。
こいつを殺すと誓ったのだ。
他の意識に乗っ取られたこいつを殺しても意味は無い。

「おうジ、しせん、ギを・・・みセロoooooooooo」

既に、声に力が無い。
急速に侵食が進んでいる。
まるでゾンビのような地の底から響くような声。

「・・・ふう、こんな奴を殺す為に頑張ってきたっていうのは・・・なんか、嫌だな」

バーカスが剣を抜く。
その構えは、以前のそれと変わりなく、隙が無い。
如月は銀の蛇を放つが、その尽くを剣で弾き、避け、凄まじい速度で肉薄してくる。
その様子を、如月はつまらなそうに見つめ―――――

突然、バーカスの胸から、巨大な剣が生えた。

「・・・遅かったな」

「如月が物騒な事するからでしょ? ラセルを憑依させなかったら離脱できなかったわよ」

バーカスの背中に聖鍵を突き立てた睦月が如月に反論する。

―――聖霊憑依。

睦月が魔拳の攻撃範囲内から離脱した術である。
その名の通り、聖霊を直接自分の身体に憑依させ身体能力を増加させるもの。
しかし、これは聖霊術全般に言える事だが、使用者の精神状態等によって上昇率が激しく変化する為、
安定して使用するのはかなり難しい。

「で、どうするのコレ?」

睦月は、まるで、拾ったガラクタの処遇を訊ねるような声で、
聖鍵に刺さっているモノを如月の前に突き出した。
再生しようとする体。突き立てられた刃。
焦点の合っていない瞳。痙攣する四肢。声にもならない声を発する口。
如月は、バーカスの耳元に口を寄せると、静かに囁いた。

「お前の名前を聞かせてくれ」

「ワ、レレは・・・ナ名名なハ、ばアかあああ、す・・・・」

「それを聞いて安心したよ」

とても、嬉しそうな如月の笑顔。
どこかで、鯉口を切る音が聞こえる。
そして、音も無く、バーカスの頭部が地に落ちた。

「俺は、お前を殺したかったんだ」
















「終ったかな・・・」

「多分な・・・」

バーカスの首を切り落とし、その体ごと銀の蛇に喰らわせた後、
如月は、力尽きたかのようにその場に倒れこんだ。
よく見れば、これで動いていたのが不思議に思えるほどの大怪我だ。
衣服は完全にボロボロの布切れだし、隙間から覗く身体には
刺し傷、切り傷、獣の歯型、肉を抉られたあとetc・・・
そんな中で、美しい輝きを放つのは、両腕に装着されたヴァンヴレイス。
『貪る者』の名を関する魔拳、アスクレプオス。

「如月・・・動ける?」

「少し、待て。今レネを憑依させたから、十分ぐらいで動けるようにはなるさ」

「ふーん・・・あ、トリーシャだ」

との睦月の言葉に、少し無理をして頭を巡らせる如月。
それと同時に、凄まじい衝撃が如月を襲った。

「如月さん!!」

「ぐほおっ!?」

ここまで走ってきた勢いもそのままに、
大地に横たわる如月に抱きつくトリーシャ。
並みの怪我人なら・・・確実に死ねただろう。

「如月さん! 如月さんっ!!」

「ぐああっ! ト、トリーシャ、ギブッ、ギブッ!!」

「トリーシャ〜。そのまま続けたらマジで如月死んじゃうよ〜」

「え? わあっ!? ゴ、ゴメン、如月さん大丈夫?」

「止め刺されそうになったけど・・・生きてるぞトリーシャ」

あたふたと慌てふためいているトリーシャの姿に、思わず苦笑を浮かべる如月。
目が合った。よく見れば、トリーシャの清んだ瞳が潤んでいるのが解る。
気がついた時には、如月は、トリーシャの頭を優しく撫でていた。

「・・・・・・その様子だと、睦月から大体の事は聞いたみたいだな」

「・・・うん。如月さんの事、睦月さんの事、あの男の事、それから・・・」

そこまで言って、一瞬、言いよどむが、意を決したように続けた。

「スミレ色の髪の、女の子の事・・・」

そこまで聞いて、如月は大きく息を吐く。
トリーシャの頭を撫でる手はそのままに、
だが、その闇蒼の瞳は真っ直ぐに赤みが刺してきた空へと向けられる。
不意に、視界の片隅にあった睦月の姿が消える。
視線を落とすと、何をするでもなく、その場に座り込んでいる睦月。
そして、なんとも言えない、どこか、申し訳無さそうな顔をしたトリーシャ。

「そんな顔をするな・・・トリーシャには、知って置いて欲しかった事だから。
何時かは、話すつもりでいた事だから」

ゆっくりと、トリーシャの頭を抱き寄せる。
如月の胸に顔を埋められたトリーシャは、一瞬ビクッと震えたが、
すぐに力を抜き、全てを預けるようにもたれかかった。

「だから、聞いてくれるか? ちょっとした、昔話だけど」

トリーシャは、何も言わず、コクンと頷いた。
それが、少し嬉しくて、如月は、安堵した様に瞳を閉じる。


――そして、物語が語られる。

















今日は、月の綺麗な夜だった。
ここは、ローズレイクの湖畔。
静かな夜に、如月は懐かしい曲を聞いた気がして、夜の散歩としゃれ込んだ。
聞き覚えのある笛の音色。
大きな湖の波打ち際で、淡い輝きを放つ精霊達。
その光に照らされるのは、調べを奏でる黒髪の男。
こちらには気付いているのだろうが、演奏を止める気配は無い。
仕方なく傍に座り、笛の音に身を任せる。


どれほどの時間が経っただろうか。
不意に止んだ笛の音に顔を上げると、目の前に黒髪の男が立っていた。

「・・・で、なんで髪が黒いんだ、レニス」

「最近のマイブームだ」

「下手な冗談だな。・・・話せ。一切合切全部だ」

有無を言わせぬ眼光。
レニスにしても、如月に話すためにここに呼び寄せるような真似をしたのだ。
黙っている理由は無い。

「睦月にも協力を仰ぎたいんだが、いいか?」

「何も言わなくてもあいつの方から関わってくるさ」

「なら、話そう。これは―――俺と、お前の大切なものにも関わってくる事だ」





その日、エンフィールドに小さな地震が起こった。
普通に暮らしている人々はまったく気付かないほどの地震。
この地震が、エンフィールドを襲う災厄の前兆だと気付いた者は、少ない。
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