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時の調べ 第四十話 それぞれの夢
FOOL


「・・・夢?」

「そう。夢。皆には無いの?」

皆が集まるさくら亭。
その中で、イリスが唐突にそんな事を聞いてきた。

「夢って・・・寝てる時に見る奴じゃなくて、将来の、とかか?」

「そう。その夢」

ポリポリと頭を掻きながら訪ねるアレフに、当然と言わんばかりの表情で頷くイリス。
ちなみに彼女が陣取っているのは完全指定席のレニスの頭の上である。

「シーラの夢がピアニストになる事だってのは知ってるけど、
他の皆もそういうのが在るのかな〜って思って」

レニスの頭から落ちないように器用にバランスをとりながら質問の理由を語るイリス。
座られているレニス本人はやはりと言うか当然と言うか、Cランチを至福の表情で口に運んでいる。
一応付け加えておけば、彼の両隣はフィリアとシーラが占拠しており、
カウンター席なので眼の前には当たり前のようにパティが立っている。

「夢かぁ・・・僕は、学校の先生になる事・・・かな。少し自信無いけど」

クリスが少々照れながら自分の夢を告白する。
彼らしいと言えば彼らしい夢だが、女生徒とまともな対話が出来るのだろうか?

「マリアの夢は世界一の大魔法使いになる事よ☆」

絶対に無理だ。
その場にいた全員の心の声だった。

「俺の夢は、いや、使命は全世界の美しい女性に愛を届けることだ!」

「はいはい。それで、他に自分の夢を教えてくれる人はいないの?」

「さらりと流すなよ・・・」

イリスを非難の眼で見るアレフだが、
そんな事気にする人間はこの場には居なかった。

「私の夢は・・・やっぱり、この店を継ぐ事かな。
それ以外考えられないし、ここを守っていきたいって気持ちも有るし」

何時もは変な意地が先行して表に出てこない言葉が、あっさりとパティの口から現れた。
奥にいるソール夫妻がこっそり目尻に浮かんだ涙を拭うのをレニスは見逃さなかった。

「僕の夢はレニス兄さんを超える事」

「それは止めておけ、魅樹斗」

「そうよ。それは人間を止める事と同義よ」

ピョコンと手を上げながら自分の夢、と言うか目標を口にする魅樹斗に
沈痛の表情を浮かべながら彼の肩に手を置く如月と睦月。
魅樹斗は少々不機嫌そうな顔をしながら唇を尖らせた。

「別に夢なんだから良いじゃないか。そういう二人は夢があるの?」

「私の夢? 私の夢はね、如月と私の子供を結婚させる事」

「おいコラ」

「とゆーわけでトリーシャ。私の夢の為にも頑張って元気な子供を生んでね」

「え? え? ええええええええっ!?」

如月のどこか呆れた様な半眼を無視し、
ニッコリ微笑みながらトリーシャの肩に両手を置く睦月。
暫らく混乱していたトリーシャだったが、
少し落ち着いたのか大人しくなり、その後
顔を真っ赤にしながらコクンと小さく頷いた。

「おおっ! 二人の関係は何時の間にそこまで!?」

「式は何時なんだい如月?」

「まてまてまてまてまてまてまてまていっ!!」

「ん? なに? もしかしてトリーシャじゃ不満だとか言う訳?」

「如月さん、ボクの事嫌い?」

「勝手に話を進めるな! トリーシャも涙目で上目遣いをするなぁっ!!」

「如月をからかうのは後でも良いでしょ。ほらほら次々」

周囲に追い詰められている如月を放って置いてとっとと次を促すイリス。
その言葉で如月を追い詰めるのは後回しにされたようだ。

「私は、出来れば将来小説家になりたいです」

「うんうん。シェリルならではだね」

「シェリルちゃんなら、きっとなれるわ」

「ありがとう、魅樹斗君、シーラさん」

多少はにかみながら微笑むシェリル。
レニスはCランチの鶏の唐揚げ五個中三個目を口に入れながら
皆が自分の夢を告白する所を眺めている。
と、四個目の唐揚げに手を出したところで、
頭上のイリスが窓際の席で一冊の本を読んでいた
ラピスに声をかけた。

ちなみに、本のタイトルは『Missing』である。

「あ、そうだそうだ。アンタの夢って結構気になるんだけど」

「ん? 俺か?」

「ラピスか・・・確かに気になるな。お前、将来の夢ってあるか?」

「ふむ・・・まあ、無い事もないが」

窓際の席で我関せずを貫いていたわりにはあっさりと会話に加わるラピス。
皆、興味津々と言った表情で彼のほうへと聞き耳を立てる。

「変わらないままで変わり続ける毎日を送る。それが俺の夢だ」

「? ふみぃ〜、よくわかりませぇん・・・」

「今の生活が続く事。メロディにも解り易く言えばそうなるな」

「なんか・・・ふつーって言うか平凡な夢だな・・・」

どこか不満そうに言うピートに、
ラピスはバンダナで隠されていない左眼を向け、
何時に無く静かな声で言った。

「覚えておけ、ピート。この世界には、幾ら望もうとも
その極平凡な人生すら歩む事が出来ない人間もいるのだ」

そう言って視線を手元の本へと戻し、沈黙するラピス。
どうやらこれ以上語る気は無いらしい。
そこへ、少々重くなりかけた空気を払拭するかのように
エルが視線をイリスに向けた。

「そういうお前の夢は何なんだ? 皆に言わせておいて自分だけ言わないなんてのはなしだぞ」

「私の夢? ふふん♪ 契約を交わした精霊の望みはただ一つ!
契約者と永遠に共に在る事よ! それ以上の望みなんて無いわ!」

レニスの頭で仁王立ちになってきっぱりと断言するイリス。
食事中に頭上で騒がれるのはいい加減鬱陶しいのか、
レニスはイリスを鷲掴みにするとそのまま肩の上に置き、
ラストの鶏の唐揚げの制覇に乗り出した。

「なんか夢と望みがごっちゃになってるね〜」

「まあ、似たようなものだし、良いんじゃないかい?」

「で、フィリアの夢は?」

「私ですか?」

睦月がフィリアに話を振る。
彼女はレニスの横顔に向けていた視線を睦月に向け、
ついで周囲の人間の顔を見回し、暫し思案する。
イリスと同じ答えが即返って来ると思っていた一同は
少々虚を突かれた形になり、おやと首を傾げた。

「その・・・私の、夢は・・・」

小さな声でポツリと呟き、頬を少々染めてチラリとレニスに視線を向けるフィリア。
それだけで、一部の人達は何となく彼女の夢がなんなのか理解できた。

「そうか。道のりは長いだろうが、頑張れ」

「私は基本的に中立だからあまり多くは言えないけど。
夢は諦めたらそこで終わりだからね」

「フィリア姉さん。僕は姉さんのその言葉を待ってたよ。
今日から僕はフィリア姉さんだけの味方だからね」

如月、睦月、魅樹斗と続き、他にも何人かが激励の言葉をフィリアに送る。
数名の少女はその顔に複雑な表情を浮かべ、奥の厨房にいるソール夫妻は
協力者が減ってしまった事に小さな焦りを感じていた。

「はい、とゆーわけで今回のメインイベント・・・」

「さあレニス。お前の夢をきりきり白状して貰おうか?」

Cランチを全て平らげ、満足そうな表情でくつろいでいるレニスに
ズズイッとアレフが詰め寄った。

「俺もか・・・まあ、構わんけどな」

食後のお茶を堪能しつつ、のほほんとした声を出すレニス。
先程のラピス以上に皆身を乗り出し、レニスの言葉に耳を傾けた。

「俺の夢は・・・・・・父親になる事だ」











『ぬわんだとぉっ!!?』

一瞬の間を置き、店内の空気が爆発した。
皆同様にその顔を驚愕に歪め、一部の者などは完全にその意識を手放している。

「レニス!!」

奥の厨房から陸見とセリカが飛び出してくる。
そしてそのままレニスの目の前に直行すると、
ガシッと右手を握り締め、こうのたまった。

「家の娘は元気な子を産むぞ!!」


ゴスッ


「眼は覚めたか?」

左ストレートを陸見の顔面に叩き込み、冷たい声で訊ねるレニス。
突然の父親の発言にゆでだこ状態になっていたパティだったが、
この声で何とか正気に戻り、他の面々も次々と意識を取り戻していった。

「もしかして言い方が悪かったか?」

「もしかしても何もあるか・・・」

先程から全く変わらぬ無気力そうな顔でアレフに訊ねるレニスと、
その言葉に全身の力が抜けるような感覚を味わうアレフ。
どうやら結婚願望や自分の子供が欲しいといった意味で
言った訳ではないらしい。

「しかし、スマンが他の言い方が無い。親世代連中なら解ると思うんだが・・・」

「俺達の世代・・・? なんでだ」

「その昔エンフィールドで『甘栗色の悪夢』とまで呼ばれた悪ガキが
唯一尊敬していた人物・・・さて、これで解らない訳が無いよな。陸見?」

どこか意地の悪そうな笑みを浮かべ、手元のカップを弄ぶレニス。
一方の陸見、及びセリカはレニスの答えを聞き、
何故かその頬を引き攣らせた。

「まさか・・・まさか、お前の言う『父親』って・・・」

「お義父さんの・・・事かしら?」

「そう。パティの祖父にして陸見の父。初代さくら亭の店主『聖哉(せいや)・ソール』の事だ。
あの男の全てを一言で表す言葉は『父親』以外に無いだろう?」

器用にも頬を引き攣らせたまま、なんとも複雑そうな表情を浮かべる二人。
その納得できそうで、でも微妙に相手の正気を疑うような視線が、
その聖哉という人物の性格を表していると言える。

「別に子供が欲しい訳でも結婚がしたい訳でもない。
ただ、俺が目標とした人物を表す言葉が『父親』以外に無かっただけさ」

「おい・・・あの時、親父みたいになりたいって言ったの・・・冗談じゃなかったのか!?」

「俺はいつでも本気だが?」

「・・・・・・・・・それは・・・分からないでもないけどっ、
よりによってお義父さんだなんて・・・!!」

「それは俺も同意するが、目標なんだから仕方が無い」

他の皆を取り残し、三人だけでずんずんと話が盛り上がって行く。
と、その間、皆の問い掛けるような視線を受けたパティは、
小さく肩を竦めながら首を横に振った。

「おじいちゃんの事、私は知らないの。
私が物心つく前に死んじゃったから・・・」

「そうか・・・でも、まあ。あの二人の反応を見る限りまともな人物って訳じゃ無さそうだな」

「エンフィールドでまともな人物を探すほうが難しいと思うけど」

魅樹斗の鋭い突っ込みに、何故かアレフは反論できなかった。
反論する為に周囲を見回す。

・・・・・・・・・・・・・

「ふっ、まともなのは俺だけか」




―――――――――皆様のご想像にお任せします―――――――――――





「さて、何故かアレフの姿が消えたけど・・・何も問題は無いね」

「そうだね。まあマリアの所のモルモットの事はどうでも良いね」

エルとリサがやけにさっぱりした表情で額の汗を拭っている。
何故かマリアの姿が消え、数名の表情に哀れみの色が浮かんでいたが、
十分日常の許容範囲内だ。

「でも、確かにレニスさんって時々そんな感じがしますよね。
『お兄さん』というか、『お父さん』というか・・・そんな感じが」

「あ、シェリルもそう思ってたの? 実はボクもなんだ」

「・・・・そうか? 俺にはそうは思えんが・・・」

「如月に同意。あれは『父親』じゃなくて『自分勝手な子供』って言うのよ」

「そんな事はありません! レニス君は傍にいてくれるだけで
安心させてくれる不思議な雰囲気を持ってます!」

昔の話で盛り上がるレニス達三人とは別に、
こちらは『レニス=お父さん派』と『レニス=自分勝手なガキ派』に分かれ、
結構熱い論争が繰り広げられ始めた。






「確か最初は将来の夢とか望みとか、そんな話だったと思うんだが?」

「お前の発言のせいだろう・・・全く白々しい」

話を切り上げ皆の論争を眺めるレニスに、
何時の間に窓際の席から移って来たのか、
ラピスが近くの席から呆れたような視線を向けていた。

「なんだ。お前は参加しないのか?」

「俺の意見は『レニス=愚かで憐れな道化』なのでな。皆とは合わん」

「あいたたたたた・・・痛い所突いて来るなラピス」

「そりゃあ自業自得だろう、レニス。ちなみに俺とセリカもそっちだ」

「きっと他の皆もそうね。そうじゃないのは何も知らない若い人達だけよ」

「ははははははははは」

三人の波状攻撃に、ただただ苦笑するしかないレニス。
とりあえず、もう一つCランチを注文しようかなと思い、
論争の中心からパティを引っ張り出した。

どうせ同じ値段なら美味しい方が良いに決まっている。
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